使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第53話『移ろう形勢』

 

「うわああああああああ!」

「ああああああああ――――っでっ!」

 

 滑り台の如く滑りながら落下していた才人とシュタルクは、転がり落ちていきながらやがて、何処とも知れぬ部屋の床へと到着する。

「な、なんだぁ……?」

「くそ、フェルンたちとはぐれちまったか……」

 

 舞い散る埃を振り払いながらも、立ち上がって周囲を見渡す。

 やがて、落ちてきた穴から、フリーレンの送った光に当てられ、周囲が見える。

 どうやらここは、ルイズの家のエントランスホールみたいだ。背後には開いたままの巨大な扉があり、そこから眩い光が漏れている。

 

 例にもれず、ここにも花が咲いていた。

 黄色のカーネーション、ゴボウ、黒のチューリップ……。

 それらの花が、扉付近に多く咲いている。まるで「お帰りください」、「出口はこちらです」と囁いているかのよう。

 

「こっちの扉から行けば、フェルンたちと合流できるかな?」

「違うな。そっちは夢から現実へと戻る放流口。俺の勘がそう言ってる」

 

 デルフがカチカチと、鍔を鳴らしながらそう答える。

「じゃあ、ここをくぐればこの世界から脱出できると? なんのために……」

「それだけ俺らが脅威だと思われてんのさ」

 

 シュタルクの問いに、デルフは答えた。

 確かに先の戦闘を振り返ると、魔法使いに対しては蔓を使って捕縛なりして、メタを張っているようにも見えたけど、戦士職に対してはそこまで対応できているようには思えなかった。

 どうやらフリーレンの言う通り、この呪いは〝前衛〟に対して有効的な対処法を確立できていないのだろう。

 

「だから、わざわざ俺たちを排除しようと、出口まで用意してきたと?」

「『今ならまだ間に合うからとっとと帰れ』。この呪いの主はそう言ってんだろうさ」

「何言ってんだよ! このまま手ぶらで帰れるか! ルイズやフェルンだっているんだぞ!」

 流石に使命感から、才人は首を振った。

 女の子だけ危険な状態で取り残して自分だけ逃げるだなんて、男としてしたくないという。

 才人はそのまま、光零れる玄関口とは正反対、固く閉じられている部屋の奥へと向かう扉の方へ進もうとして……、急にその扉が、蔦で急速に覆われていく。

 

「な、なんだ!?」

「下がれサイト!」

 

 シュタルクの叫びに反応した才人も、思わず跳躍で後退、デルフを構える。

 まるで侵入を阻むかのように、ひとしきり扉を覆い隠した蔦は、やがて自ら絡まり、寄り合い始めて更に野太い蔦を形成していく。

 蔦はまるで意志を持つかのように、竜の顔を形成し始めた。目に当たる部分に巨大なタンジーが咲き乱れる。

 扉からまるで生えるかのように巨大な竜の顔を形成した蔦は、端から葉っぱの形状をした蔦を伸ばし、才人に斬りかかる。

「くっ!」

 才人はそれを受け止めるが、同時に強烈な火花を散らす。

 

「なるほどね、硬度を最大限まで上げて抵抗するって魂胆か」

 吹っ飛ばされた才人の手から、デルフの冷静なコメントが提供される。

「い、言ってねえでよ! 何とかあれできないの!? こう、ガアーッとした必殺技とかさ!」

 才人の情けないコメントに、デルフは「いんや」と返答。

 

「俺の本質は『剣』だぜ。意志を持つとはいえ、言っちまえばただの道具にすぎねえ。使いこなすか否かはすべて使い手次第だ。『ガンダールヴ』」

「『ガンダールヴ』?」

「太古に俺を使いこなした初代の使い手も『そう』だった。怒り、悲しみ、愛、喜び、そういった心の高ぶりが強さを決めるんだ」

 

 まあヒンメルは『ガンダールヴ(そんなの)』がなくっても強かったがな。

 デルフが内心そう呟く。その合間にもシュタルクが硬質化した巨大な蔓と激闘を繰り広げていた。

「おらっ!」

 シュタルクが剛力で斧を振るい、鋼鉄の葉をかち上げる。

 その隙を利用して跳躍。ドラゴン状に形成された蔦の頭部に向かって、斧を振り下ろそうとした時だった。

 

 竜は大口を開けて、ブレスと見紛うような、巨大な花粉弾を放射してきた。

 

「ごわっ!?」

 もろに食らったシュタルクは、吹っ飛ばされて才人の隣へと着弾する。

「だ、大丈夫かシュタルク!?」

「だ、だいじょう……、ぶあっくしょい!」

 

 盛大なくしゃみをかまして、起き上がるのも辛そうに。

 しょぼしょぼな目をごしごしさせて、シュタルクは立ち上がる。

 

「あれ……どっちだサイト……、ぶえっくしょい!」

「お、おい大丈夫かよシュタルク!」

「やべぇ……、目がしょぼしょぼする……、くしゃみがとまらねえ……!」

 そしてまた、盛大にくしゃみするシュタルク。

 どうやら先の花粉ブレスは、殺傷能力はない割に、地味にいやらしい効果を持っているらしい。

 さっきからシュタルクがふらふらしている。方向感覚を狂わされたようだ。

 

「ど、どうするんだよ……」

 

 叩きつけるように飛んでくる蔦の柱を、才人はシュタルクを掴みながら回避。

「あ、ありがとザイ……ごほっ!」

「しっかりしてくれ! シュタルクが駄目になったら本当に詰むぞ!」

 こんなの、一人でどうこうできるとは思えない。

 これ以上ない絶体絶命。才人は思わず、背後にある……「現実へ戻れるという扉の光」を、無意識に見つめていた。

 

 

 

 さて、フリーレン達の方はというと。

「――――はあっ!」

『烈風』カリーヌが、杖を鋭く振って敵の大軍を吹き飛ばしていた。

「まったく、本当に無尽蔵に湧いてきますね」

「フェルンたちが呪いの根源を絶たない限り、これは続くだろうな」

 隣のデンケンは、厳しい双眸で状況を推察する。こちらはまだそれらしい危機は陥っていないが、安全圏とまでは言い切れない、どちらにも傾かない天秤を見ているかのよう。

 

 

「――――〝裁きの光を放つ魔法(カタストラーヴィア)〟」

 

 

 デンケンの周囲に、十字を模した光の槍が形成。

 それらは電光石火の速度で、カトレアの姿をした花々に飛んでいく。

 着弾と同時に破裂、そして爆破。手足を模した蔦や花が、宙を舞い、黒い残滓となって消えていく。

 

(あれが異国の魔法というわけか。今のルイズも、彼と同じ魔法体系を使っている……ということでいいのかね?)

 

 デンケンの魔法を遠目で見ていたワルドは、襲い来るカトレアの頭部を杖で一閃、突き刺し撃破。

 次いで『風の刃(エア・カッター)』を詠唱。背後で迫りくる三体のカトレア、その上半身を切り飛ばした。

 

「ふむ」

 そんな風に立ち回るワルド……の『偏在』を静観する、本体のワルド。

 彼は次いで、隣で魔法の光を展開しているフリーレンの横顔を、興味深そうに見つめていた。

 

「随分余裕そうだね、ワルド」

「まあ、現状『偏在』で何とか対応できているからね。長期戦を見越しての温存さ」

 この発言自体に他意はない。短期決戦が望ましいとはいえ、防衛になるのならば長期戦を見越して、精神力を温存するのはおかしいことではない。デンケンもそう言っていたわけであるし。

 何より火力担当のカリーヌやデンケンで現状、どうにかなっている事情もある。

 つまり、周りを俯瞰して見る余裕が今のワルドにはあったのだ。

 

 ワルドは今、フリーレンやデンケンの使う魔法について、かなり興味津々といった様子だった。

 

「その魔法は何だい? エルフ特有の先住魔法……というわけではないようだけど」

「先住魔法じゃないよ。これは女神様の魔法だ」

 

 フリーレンも、当たり障りない程度にワルドに解説した。

 女神の魔法。天地創造の女神が遺したその力は、万物を弄り生命を癒す強力なものが多いと。

 そこまで来るともはや始祖の領域だと、にわかには信じられなさそうな表情を一瞬だけ浮かべたワルドだったが、言っているのが強力な魔法を使って聖地を阻むエルフというのもある。そういうものもあるのだと認識するしかなかった。

 

「まあワルドは女神様の魔法より、こっちの方が(・・・・・・)興味あるんだろうけど、まだこのルーンについてはまだ良く分からないんだよね」

 

 フリーレンはそう言って、左手の甲……そこに刻まれたルーンをワルドに見せる。

 ……やはりバレていたか。あの一瞬、現実で初対面の時に握手した時、目を煌めかせていたのを察知されていたようだ。

 

「その左手のルーン、伝説に聞く始祖の使い魔『ガンダールヴ』じゃないかなと思ってね」

「随分詳しいね」

「子供心に、歴史と(つわもの)に興味があって、色々本を漁ってね。もしや……と思っただけさ」

 ワルドは茶目っ気たっぷりにウインクをする。

「始祖の紋章が、聖地を阻むと言われるエルフに渡った。何ともおかしなことになったものだと思ってね。――――ああいや、心配しなくていいよ。これを他の誰かに言いふらすようなことはしない。それくらいの甲斐性は弁えているつもりさ」

 

 きみはルイズの使い魔だしね。

 ワルドは笑顔を浮かべて言った。さて、その笑顔にどういう意味があるのか、容易には分からない。

 とはいえ、ワルド自身はフリーレンに強い興味を示している。それだけは間違いのない事実なのだろう。

 当人はもっと、何か聞きたいような表情を受かべているが、流石に今は緊急事態。

 

「さて、夫人に怒られたくはないから、ぼくも持ち場に戻るとしよう」

 その時だった。

 

「――――?」

 遠くを見つめていたデンケンが、思わず目を細める。

「どうしました?」

 カリーヌの問いに、デンケンは杖先を向けることで答える。

「彼女は……」

 デンケンの視界の先、そちらの方を向いてカリーヌは目を細めた。

 

「きゃああああ! やめてよ! わたしよカトレア! どうしちゃったのよ一体!?」

「なになに!? どうしてこうなっているんですかぁ!?」

「エレオノール!? それにあの子……!」

 

 いつも厳粛な夫人も、これには少し動揺を隠せない。

 なぜ、現実にいるはずのエレオノールとシエスタが夢の世界に……?

 

「いやああああああああああ! やめてカトレアああああああああああ!」

 

 そんな二人は、今カトレアを模した化け物に食われようとしている。

 彼女たちは魔物が生み出した奇策ではなく、正真正銘の本物。瞬時にそう判断したデンケンは、杖先から〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟を撃ち放ち、彼女たちを救う。

 

「いやっ!? って……ええ??」

「はあっ、はぁ……、た、助かりましたぁ……」

「あなたたち、一体どうしてこんなところに?」

 

 化け物の顔を消し飛ばし、一命をとりとめた二人を『浮遊魔法(レビテーション)』で素早くこちらに引き寄せた後、素早く情報を聞き出そうとするカリーヌ。

 彼女たちもまた、どうしてこんなことになったのか分からないといったような感じで、

 

「それが何が何だかさっぱり……、カトレアの看病をしていたら、なんだか急に眠たくなっちゃって……」

「本当に、気づけばここにいたんです……」

 

 申し訳なさそうに、顔を俯けるエレオノールとシエスタ。

 これは二人の不手際というより、外で何か起こったとみる方が妥当だろう。カリーヌも、静かにそう分析する。

 

「ならば二人とも、もしかしたら混沌花の〝呪い〟で眠らされたのかもしれんな」

 

 ここでデンケンが、カリーヌの方へ近づき進言する。

 エレオノールは一瞬、「誰?」といった顔をこの爺さんに向けたが……、どう考えても格式高い服装に杖。そして母の隣にいても遜色ない風格を醸し出していることに気付き、礼を正す。

 

「あの、あなたは一体……」

「儂か、名はデンケン。ただのお節介な魔法使いだ」

「ですが、実力、格式は確かです。エレオノール、くれぐれも粗相のないように」

 カリーヌからそう言われては、普段は傍若無人に振る舞うエレオノールも礼儀正しくしているしかない。

 というか、そんな風に振る舞おうものなら母に地獄のような折檻をされる。公爵家だからこそ、同格、目上の人間に対する礼節は幼少期より、厳しく叩きこまれているのだ。

 

「そ、そうでしたか。わたしはヴァリエール家公爵家長女、エレオノールと申します。以後お見知りおきください。ミスタ・デンケン」

 エレオノールの優雅な会釈に、シエスタも慌てて頭を下げる。

 公爵家の令嬢すら頭を下げるような大人物なんて、怖いなんてものじゃない。

「そこまで畏まらんでいい」と、デンケンは手を振って、二人に頭を上げるよう促すが。

 

 さて、そんな風に対応をしていると、同じくエレオノールたちが来た方角から悲鳴が聞こえてきた。

 

「きゃあああ!」

「なに、なんなのここ!?」

「お、落ち着け! とにかく一旦落ち着くのだ!」

 

 様々な執事や給仕たち、騎士たちがこちらへとやってきたのだ。

 その中にはガストンもいた。

 

「あれも、そちらの者か?」

 デンケンの問いに、「ええ……」とカリーヌ。

 遠くではワルドが杖を振り、カトレアの大軍を振り払いながら「こちらへ!」と促す。

 

「状況が変わった。デンケン、現実世界にいる人間たちが〝呪い〟に侵食され始めている」

 

 この様子に一旦、聖典を閉じて駆け寄るフリーレン。

「どうやらそちらの屋敷に、呪いを植え付けた混沌花がやってきたみたいだな」

 デンケンも頷いてそう答える。

 今、この世界へとやってきた人たちは、花の放つ呪いに負け、この世界へ転移してきたようだ。

 現実世界では恐らく、ヴァリエール家領内の人間、全員が眠りについているのだろう。

 

 

「となると、現実世界の私達は完全に無防備と。――――ヤバいね」

 

 

 フリーレンはしれっと爆弾発言を放つ。

 意識のある人間が屋敷内にいないということは、外から襲って来たであろう混沌花からの脅威には誰も……、それこそフリーレンでも抗えないというわけで。

 今襲われたら一溜まりもない。最悪な状況なのであった。

 

「何か、手はありませんか?」

 

 カリーヌは魔法で召使たちを救いながら、フリーレンに尋ねる。

「一応、手段はあるよ。無理やり起こすこと自体は可能だ」

「では、それで我々を目覚めさせれば、この状況から脱せると?」

 ガストンの問いに、フリーレンは「そうだよ」と答えつつも、

 

「ただ、この場にいる全員は無理だ。いけて二人まで」

「……では、戦える人間が赴く必要がありますね」

 

 全員の復活が無理と分かった瞬間、カリーヌは思考を切り替えそう言った。

 武闘派の人間を現実に復帰させ、襲い来るであろう混沌花を退ける必要がある。

 

「本来なら、私が向かうべきなのでしょうが……」

 

 カリーヌは眉を顰めながらも、杖を振る。巨大な竜巻が敵を吹き飛ばす。

 ……心なしか、敵の数が増大したような気がする。

 自分の風魔法が一番多く一掃できているのだ。守るべき部下たちも増えた今、自分が抜けると一気に劣勢に追い込まれる可能性が高い。

 

「そうだね、カリーヌはいてくれた方が良い。私は未だに動けないし」

「では、消去法で僕ということになるね」

 

 デンケンは夢の世界でしか動けないから選択肢に上がらない。

 現実世界(ハルケギニア)で問題が起こっている以上、その場にいる人間が直接向かう必要がある。

 

「そうなるね。ワルド、頼んでも良い?」

「ああ、僕だってこのまま死にたくは無いしね」

 

 そうと決まれば早く行った方がいい。

 幸いにも途中で目覚める方法は予め聖典の方に記載されている。つくづく用意が良いなと思いながらも、ありがたいとフリーレンは思った。

 

「いい? 混沌花の弱点は中央の(コア)。それ以外は魔法を反射する可能性があるから注意して」

「奴を倒せば、カトレアの呪いも解呪されるのかい?」

「いや、ここまで根を張った呪いは無理だろうね」

 

 既にこの世界の呪いは種を植え付け、新たな花とする苗床とし始めている。混沌花を倒してもカトレアが救われることはない。

 

「でも、倒しておくにこしたことはない」

「だろうね」

 

 ワルドは軍杖を改め直し、呼吸を整える。

 精神力は常にこまめに回復していたし、大した消耗も無い。

 そういう意味でも、混沌花討伐はワルドに一任した方が良いというのもあった。

 

「あともう一つ、〝魔族〟がもしいたら注意して。〝相手の技を真似する少女〟がいたら特に」

 

 魔族? ワルドは顔を少し首をひねる。聞きなれない単語だ。

 ただ、恐らくは吸血鬼の亜人かなんかだろうと、ワルドは思った。少なくともエルフほどではないだろう。

「ああ、分かったよ」と、深く考えることはせず、ワルドは快諾する。

「じゃあ、任せたよワルド」

「ああ。……それとあと一人、復帰させられるんだっけ?」

「うん。一応ね」

 

 もし行かせるのだとしたら、候補は一応あるのだが。あとは当人の覚悟次第。

 後で聞くつもりだが、先にワルドに行かせるとしよう。

 フリーレンは開いた聖典から魔力を解放し、聖なる光を別の手に宿した。

 

「〝目覚めの解呪〟」

 

 それと共に、ワルドは光に包まれ、瞬時に消える。

 先の魔法は、ザインをして『五秒間』しか持たない魔法だったが、既にこの呪いに対する構造を熟知した聖典のプラス効果もあり、『永続かつこの呪いに対してのみ、強力な耐性』を対象に付与させることに成功している。

 つまり、ワルドがまた途中で眠ってここに戻ってくるということもない。

 さて、魔法を使ったフリーレンは、ここでため息をつく。

 なんともはや、事態が中々好転しない。まあ、ヒンメルがいたらこんな状況でもなんとかしてくれるのだろうけど。

 後はもう、ルイズ達が呪いの核を早く潰してくれることを祈るだけだ。こちらはこちらで、やれることをやるしかない。

 

「ごめんなさい、フリーレンさん。結局わたし、何の役にも立てず……」

 

 シエスタが、今にも泣きそうな表情でフリーレンに謝ってきた。

 彼女的には、任されたからには精一杯やり通そうと思っていたのだろうけど、まさかこんな事態になるとは思わなかったようだ。

「仕方が無いよ。こんな状況だ。私でもこの本が無かったらどうしようもなかったろうね」

 

 本当に、この本を遺してくれたハイターには頭が上がらない。またあいつには借りを作ってしまったな。

 

 そしてフリーレンは、再び大穴に向かい、聖典を手に魔法の力を発現する。

 行く当てがなかったシエスタも、彼女に続いて奈落のように深い穴を見下ろした。

 

「この中に、ミス・ヴァリエールやフリーレンさんの弟子さんがいるのですか?」

「そうだよ。後はもう、ルイズ達がいかに早く呪いを根絶できるかにかかっている」

 

 フリーレンは手から光球を作り、それを深部に向かって落とす。

 こうしないと、この呪いの穴で一切の視界を確保できないからだ。地味なように見えて、この魔法を定期的に放たないと、穴の中にいるルイズ達は文字通り、暗中模索で進まなければならない。

 故に、状況が良く分からなくともこの魔法は持続的に使わなければならないのだ。

 また一粒、光球を落とす。その様子を何となしに見つめていたシエスタの方を向かず、フリーレンは尋ねる。

 

「ねえシエスタ」

「はい、なんですか?」

「シエスタって戦いはできる?」

 

 ――――え?

 シエスタは呆然とした。勿論、戦いなんてしたことはない。

 というより、戦いは上に立つ『貴族』の責務だ。山で狩猟などはしたことはあったけど、それが対人に通じるなんてこと、当然ながらシエスタは思ってなかった。

 

「実を言うとね、『あと一人』、魔法で誰かを起こせるんだよね。さっき聞いていたと思うけど」

 

 しかし、フリーレンはそんなシエスタの感情を知ってか知らずか、こう続ける。

 

「もしこの魔法で誰かあと一人、起こせるんだとしたら、私はシエスタを選ぶ」

「な、なんで……??」

 

 震え声で、シエスタは呟く。自分のどこを見てそんな結論に至ったのか。本気で理解できなかった。

「なんで、わたしなんですか? フリーレンさん……」

「シエスタの前だから、言うね」

 フリーレンはそう言うと、シエスタにしか聞こえない音量で、一切の嘘を乗せずにこう告げる。

 

 

 

 

「信じられないだろうけど、シエスタは私の世界で『人類最強』と謳われた血統と魔法を受け継いでいる。時折使っている〝未来を見通す能力〟が、その証だ」

 

 

 

 

「――――は……ぇ??」

 その言葉に、シエスタはこれ以上なく、恐怖と動揺で震えたのだった。

 

 

 

 さて、視点は現実世界に戻る。

 カトレアの部屋にて、ワルドだけが起き上がる。

 頭を軽く振って、周囲を見渡す。確かに全員、眠っていた。

 

 最初から寝ていたフリーレン、カリーヌ、ルイズ。その周りでエレオノール、ガストン、シエスタ。そして控えていた筈の看護師や給仕たちも。

 そして中央では、未だに身体を震わせ、うなされているカトレアがいる。

 

 

「……みんな頑張っているんだ。もう少しだけ、耐えてくれよ」

 

 

 ワルドは優しい手つきで、カトレアに毛布を再び被せると、杖を改めて部屋を出る。

 廊下も他の部屋も閑散としたものだ。通りゆく道のそこここには揃って眠りについている給仕や護衛の騎士たちがいる。

 かつん、かつんと。ワルドは先に進んでいく。『探知魔法(ディテクトマジック)』により、敵がどこにいるのか、それはもう分っている。

 

 ヴァリエールの屋敷と巨大な城門の間にある平面幾何学式庭園。大通りの道の真ん中に巨大な花が佇んでいた。

 

(あれが混沌花か)

 ワルドは羽帽子を目深に隠して、蔓を触手のように蠢かせながら屋敷へ向かう化け物花を見る。

 あんな生物はハルケギニアで見たことはない。未知の怪物を見たようで一瞬、ワルドの中で恐怖が巡るが、すぐにそれを殺意で押し潰す。

 

 あれさえ退治できれば、これ以上の被害拡大は防げる。

 弱点は核と言っていたな。あそこを『稲妻(ライトニング)』で撃ちぬき、さっさと終わらせてしまおう。

 

 ワルドは白造りの彫像に隠れて杖を構える。あんな化け物に正々堂々などいらんだろう。不意を突いて一撃で仕留める。

 ワルドは呪文を唱える。確実性を期すために『稲妻の雲(ライトニング・クラウド)』を撃ち放とうとした時だ。

 

 

「お前、なんで眠ってないんだ?」

「――――ッ!!」

 

 

 ワルドはすぐにそちらの方を向こうとして、杖を向ける。

 冷えた雲から、強烈な稲妻が発生する。しかし、当てようとした対象はするりと後退して跳躍。

 奇襲は完全に失敗。

 混沌花は巨大な花弁をワルドの方に向ける。そして鏡面の如き尖らせた葉を、ワルド目がけて飛ばしてきた。

 

「チィ!」

 

 背中から飛んできたそれを、ワルドは見ずに回避する。流石に風の音が強すぎるおかげで、目に見えなくとも攻撃を容易に探知した。

 しゃがんだことで空ぶった鏡面の刃が、石造の彫像に突き刺さる。

 

「ふぅん、混沌花の呪いに耐性があるのか。人間の言う〝僧侶〟って感じじゃなさそうだが……」

 

 一方、声を発した影は別の彫像の真上に着地する。ワルドは目を細めた。

 双月の月光が、影に色を与えていく。

 

 頭に角を生やした青年だ。見てくれはかなりの優男。

 吸血鬼……? と思ったが、人間に擬態するというのが長所(アドバンテージ)な吸血鬼が、自らその優位を捨てて「私は化け物です」と主張するだろうか?

 

 つまり、あいつは吸血鬼じゃない……?

 まさかあれが、フリーレンの言っていた〝魔族〟か……?

 

「お前は何だ? 名は何という?」

 ワルドは軍杖を突きつけ青年に問う。

「この世界の人間に名前を聞かれたのは初めてだな。まあ、大体その前に死んでいくから当然だが」

 

 青年は、右手の人差し指をぴっと上げる。

 それを見た、ワルドはゾクッと身体全体をこわばらせる。

 まったく視界には映らないのだが、何か『糸』のようなものが自分の首の周りに巻き付いてくような、そんな冷たい殺気を感じたのだ。

 

「――――グッ!!」

 

 ワルドは即座に頭を下げる。その判断が正しかったというのは、彼が被っていた羽帽子が証明した。

 彼の周りを揺蕩っていた糸は、急速に締まっていく。それは彼の羽帽子を一瞬にして寸断した。

 

「へえ、避けるんだ。勘が鋭いのか見えているのか……、まあ、どっちでもいいか」

 

 これまで狩ってきた相手とはレベルが違うと判断したのだろう。

 青年は『ヴァリエール家を立て直した立役者、サフラン・ド・ラ・ヴァリエール』と書かれた彫像から降り、ワルドと同じ目線で対峙する。

 

 

「一応、聞かれたからには名乗っておこうか。断頭台のアウラの配下だった()首切り役人の一人。そして未来の大魔族。ドラートだ」

 

 

 大魔族? なんだそれは……?

 何が何やらわからないが、『危険』であるという臭いだけは強く感じる。

 一方、ドラートはワルドをしばし睨みつけた後、おもむろに呟いた。

 

「お前を食らえば、俺はさらなる魔力を得られそうだ」

 

 その言葉に、ワルドは冷や汗をかく。

 食らう? 俺を食べるつもりなのか?

 そんな中、ふと過るフリーレンの言葉。

 

『〝魔族〟がもしいたら注意して』

 

 ではこいつが、ヴァリエール家を苦しめている元凶という事か。

 気づいたワルドは杖を向け、激昂した声で叫ぶ。

「我が名はトリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長『閃光』のワルド! 貴様こそ、公爵家ヴァリエールの前でこのような狼藉! 生きて帰れると思うな!」

「ほぉ、それなりに強いってことか。いいね、今まで喰らってきた肉の中でもお前は極上の血肉になるってことか」

 

 刹那、ワルドの背後から混沌花の一撃が飛んでくる。

 それをワルドは宙を舞って避ける。ドラートは何でもないような挙動で腕を振る。

 今度は糸を鋭く飛ばして切断するつもりだ。微風でそれを読み取ったワルドは体を捻って回避。

 再び着地。二対一、しかもどちらにも情報が少ない未知なる相手。

 

 

「さて、何秒持つかな。ええと……悪い。名前忘れちゃったよ。ああ、また言わなくていいぞ。どうせ覚える気も無いし」

 

 

 ワルドは冷静に杖を構えて、化け物花と人食らいの青年。―――魔族と対峙した。

 




黄色いカーネーション『拒否』
ゴボウ『私に触らないで』
黒のチューリップ『私を忘れて』
タンジー『抵抗、あなたとの戦いを宣言する』
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