ドラートは他の魔族の例に漏れず、何処とも知れぬ場所で生まれた。
生まれた時に家族もおらず、友人と呼べるような者もいない。
ただ『生きるため』、『強くなるため』に人を食らい、魔力を研鑽し、魔法を極める。幾百幾千にならぶ他の魔族となんら変わらぬ経緯で世を渡り歩いてきた。
そんな彼はやがて、自身の魔法の力の本質は『糸』であることに見出した。
生まれてから数年に及びその力に気付いたドラートは、これまた他の魔族同様、その力を伸ばそうと試行錯誤し始めた。
その甲斐あって、同年代で生まれた魔族の中ではそれなりに強い力をドラートは有し始めた。それがまた、彼の『自惚れ』、『過信』を増長させる要因にはなったのだが。
「もっとだ、もっとこの糸の強度を高めて、いずれは魔族一に仕上げてやる」
ドラートは野心に満ちていた。ひときわ強い力を持つがゆえに。
強い野心はそのまま、侮りや侮蔑にもつながるのだが、彼に関しては特にそれが顕著だった。
とはいえ、そうやって過信という名の海に溺れるだけの力は備えていたし、それ相応に研鑽に対し貪欲だった。
十年も経たないうちに、ドラートの糸は他の魔族でも一目置くくらいには切れ味を持つようになった。
だが、まだ足りない。
もっと強度を足すには、何かが必要だ。
自分の魔力だけでは、一定の魔族に評価はされつつも『魔族随一』を名乗れる強度には仕上がらない。
様々な研究と研鑽の果て、それを解決したのは魔物の一つ、『混沌花』の生み出す成分だった。
混沌花は数ある魔物の中でも特殊で、土地の原生植物と交わることで多数の亜種を生み出す。つまり地域ごとによって多種多様な顔を持つ亜種が存在するわけで。
その中でも北部高原の最北端。
そこで咲く混沌花は生物を養分とした後、上質な蜜を核から生み出すのだが、これが自身の魔法糸を最上へと仕上げる、最後の
これにより、ドラートの糸は魔族の中でも随一、強力な人間の魔法使いといえども容易に切断されないほどの力を持つ糸に、仕上げることができた。
ただ、欠点もある。
それは、常に最高の状態を維持するとなった場合、定期的に蜜を投与しなければならない事。
あらゆる手を尽くしたが、蜜自体を長期保存する手法は現時点では無理と悟ったドラートは、なんとかしてこの混沌花を持ち帰れないかに思考を費やすようになった。
幸い、そちらの方は何とかなった。件の魔物は他の普遍的な花と同様、咲いては種を残して枯れて一生を終える性質を持っているのだが、この種を保存すること自体は問題ない。
更にドラートにとって僥倖だったのは、この種を植えればどこの地域でも、高原北部最北端の混沌花、その亜種を生み出すことができたということだ。
「魔族の癖に、魔法そのものにではなく付属品に労力を割くとは。そんなことだからお前は魔法の高みにはいけんのだぞ、ドラート」
後年、自分の研究を見たリュグナーはいつもため息交じりに馬鹿にしていた。
他の知り合った魔族もそう言ってきたが、そんなことはドラートにとってどうでもいいことだった。
種の保存も効くようになった。常に魔力糸も最高状態を維持できるようになった。
後は糸の多数展開やより長距離まで伸ばせるように研鑽、強化していけばいい。
だが、そんな人間の血糊と死体と養分でできた、だが彼にとっては太陽の如き明るい道は、一つの恐怖によって塗り潰される。
北部高原最北端。当時、魔王軍の補給経路の心臓部だった場所。
そこでドラートはいつも通り研究していた。ここで行っていた理由は単純、「安全圏だったから」。
誰も彼も、こんな最北端に挑みに来る人類などいやしない。そう、高をくくっていた。
化け物が来た。人類最強という名の
「お、おのれ! たった一人の人間如きが生意気に!」
「噂には聞いているぞ人類最強! 長年鍛えたこの〝
「我は将軍! 魔拳のドラング! この四方八方の弾幕に耐えられるか―――!」
死んでいく。死んでいく。
ゴミのように。屑のように。
この地域に詰めていた魔族は皆、歴戦の大魔族や将軍ばかり。
皆相応に人間を食らい、叩き潰し、その魔法を人間の血で研鑽した者たちで構成されていた。
元来、ここにいる魔族は、なんなら一人だけで人間の小国一つ、軽く落とせるくらいの戦力、魔力を有していたのである。
「ぎゃあ! や、やめてくれ――――!」
「わ、分かった! あんたは強い! だから許して――――!」
「あんただって言葉があるんだろ! 俺たちだって同じだ! だから話し合いを―――!」
それなのに、なんだこの悲鳴。
そんな百戦錬磨の豪傑たちが、揃って今時の三流魔族ですら吐かないだろう命乞いを吐き散らしながら、無残に消えていく。
まるで
もしこれを人間側が見たら恐らくこういうのだろう。それは『地獄』なのだと。
研究を止め、唖然としながら逃げまどうドラートは、一瞬だけ見た。
両手に剣を持ちながら、「全ては予定調和」とばかりに、息一つ乱さぬ人間を。
それを見た瞬間、ドラートは悟った。
死んだ。と。なぜなら向こうは一瞬、こちらを見てきたから。
その目から放たれる圧は、これから自分は命乞いすら与えるまでもない、強烈な死を与えるには十分であったから。
ドラートは確かにこの瞬間、「恐怖」を覚えた。
あれは人じゃない。人の皮をかぶったナニカだ。
そう思い込まねば、自分を保てなかった。過呼吸で死にかける経験は今でも覚えている。
だが、奴は何故か見逃した。まるで、『見逃さなければ何かが変わってしまう』という、そんな強迫観念を持ったかのような挙動で。
「まだだ! 人類最強! まだおぉれの――――!」
背後から湧き上がってくる将軍ドラング。元は八つある拳(もうあと二本しかないが)を振り上げ迫りくるも、奴は片手を軽く振り上げるような所作で、将軍の残りの手と落として黒き残滓へと還していく。
そこで、今度は巨大な爆炎が奴のいた場所に発生。ドラートは吹き飛ばされ、崖から落ち、激流の川へと流され行く。
かろうじて完成した魔法の糸を巧みに使って一命はとりとめ、命からがら戻ってきたときはもう、全てが終わっていた。
同じく生き残った魔族から聞けばあの後、爆炎の直後。
魔王の腹心、千年後の未来を見通すとされる『全知』のシュラハト含む、七崩賢全員。
そしてあの化け物こと『南の勇者』が激突したという。
端から見れば単騎の
だが、それでも奴は置き土産とばかりに三人の七崩賢幹部、そしてシュラハトすら相打ちで葬ったという。
まさに人間でいう『台風』や『津波』、『地震』という災害に遭ったような感覚。
建物が消し飛び、あらゆる場所で焦げ跡が残り……かと思えば一部が傷つかぬ黄金でできていたり、何処からか湧いてきた首無し人間の死体がそこここに散乱していたりと。
何が起こったかさっぱり分からない。ただ、とてつもない魔法の極みによる戦闘がそこでは起こっていた。
それだけドラートは分かったのだ。
(……それにしても、全部、最初からやり直しかぁ)
とはいえ、ドラートは特にそれ以上感情が湧き上がることはなく。
同族へ悼みも無ければ、魔王軍の心臓を一突きにされたこと、魔王の幹部が軒並み葬られたことへの焦燥も無い。
魔王軍が消えれば流浪の旅に出るだけだし、同族に対する悲哀や憐憫など、これまで一片たりとも湧いたことはなかった。
これはドラートが特別なのではなく、魔族というのは特段そういうものである。
彼がこの魔王軍にいるのも、「ここにいればとりあえず魔法の研究が安全にできるから」以上の意味合いはなかった。
ただ、あの勇者の目だけは、どうしても消えることが無かったが。
そして数年後……。
「なに? アウラ様の元で仕えたいだと?」
「ええ、雑用でもなんでもやりますので、どうかよろしいでしょうか? リュグナー様」
それからドラートは、あの死闘の中で生き延びた七崩賢の一人、〝断頭台のアウラ〟の一派と独自に接触した。
理由はあの時から変わらない。「そちらの方が安全そう」だからだ。
彼女はあの
先の戦いで消耗したとはいえ、未だ数百数千にも上る『不死の軍勢』、そして彼女の持つ〝
彼女の元でなら安全に魔法の研究ができるに違いない。それに、噂に聞く七崩賢の魔法というのを間近で見てみたいという気持ちもあった。
「まあいいだろう。だがくれぐれもアウラ様の不興を買わぬようにな。彼女の気分一つでお前のような若造、いつでもからくり人形に仕立て上げることができるのだぞ」
幸い、アウラはそこまで誰それが入ったことを気にしない性格だったので、特に苦も無く彼女の配下『首切り役人』の末席に加わることができた。
彼女のわがままに付き合いながら、影で魔法の研鑽、及び糸の強化に精を出す日々。
だが一方で消えない、未だに悪魔のように夢に出る『
あれを振り払おうと、時に無茶な理論を持って人類に突撃することもあった。
それはリュグナー達から見れば、酷く滑稽でそれこそ「若さゆえの無知」、「経験知らずからくる血の気の多さ」と映ったことだろう。
奴は賢しらにそうして小ばかにしてくるが、少なくとも俺は知っている。恐怖の意味。
だが、同時に生まれ持った過信や自惚れを今更是正するには、年を取り過ぎたというのも事実。
増長と焦燥という、相反しているようでしていない、そんな煮え切らぬ感情を抱えたままドラートは過ごし、時を渡り歩いた。
やがて、今度は魔王が新しき
アウラも同じで、無謀にもその化け物を『不死の軍勢』に加えると息巻いて挑んだ結果、返り討ちに遭い魔力を大幅に落とす始末。
とはいえ、五体満足で帰ってくるのだからやはり実力はあるのだろうと、当時留守を任されて参戦していないドラートは思った。
まあ、一時は無力の癖にあまりにも居丈高に構えるものだから、リュグナーに反旗を促すことはあったが。
「腐っても七崩賢だ。どれだけ慢心しようが、暗殺が成功するとは思えん」
そんなこんなで時は流れ、化け物が息絶えアウラが魔力を取り戻したと同時に、今度は因縁の地であるグラナト伯爵領を戦の末、『交渉』で堕とすべく、活動を開始。
交渉役という立ち位置故に、文字通り余計な種となる混沌花を持っていくことができず。とはいえ十年二十年程度ならまずは劣化しない程度にまで『糸』を仕上げることはできてはいたため、そこまで苦には思ってはいなかった。
どうせそこまでには陥落している筈。そう高をくくっていた。
「この程度で勝利を確信か」
「今の魔族は駄目だね。実戦経験が少なすぎる」
そんな中出会ったあのエルフ。あの魔法使い。
あいつの冷徹な目を見た瞬間、恐怖がぶり返った。
数十年経っても未だ消えぬ、あの化け物の目を。思い出した。
そして思い出したときはもう、すべてが手遅れだった。
だからもう、同じ轍は踏まん。
死という隔てを経てこのハルケギニアにやってきたドラートは、非常時のためにと秘かに備えていた混沌花を使い、まずは周囲を混乱させ、枯渇した魔力の増強に勤しんだ。
そして三年という雌伏の時を経て、さらなる力を求めてヴァリエール家に強襲したのである。
「というわけで、大人しく細切れになって死んでくれ」
ドラートはそう言って、自身を更なる高みへ押し上げてくれるであろう生贄。ワルドに向かって、糸による斬撃を繰り出していた。
糸は彫像、造花、庭園の切り出した木々を容易に斬り飛ばしながら、吹き飛ばしていく。
ワルドも、この触れたら終わりな魔力の糸を必死になって掻い潜りながら、どうにかドラートを討伐できないか、思考を巡らせていくのだった。
一方、夢の中では。
「わたしが……人類、最強……??」
おおよそ理解できない言葉を投げかけられたシエスタの思考は、完全に上の空だった。
なんで、どこをどう思ったらそんな単語が出てくるのか、本気で理解できない。
「じょ、冗談はやめてくださいよフリーレンさん……。確かに不思議な直感とか、そういうのはありますけど、本当に、わたしはただの平民ですよ?」
滝のような汗をかいて、否定する。当然だ。血で血を洗うような戦いなんて、本当にしたことがない。
幼少期から貴族という階級がどれほどの力を持っているのか、教えられてきたからこそ、その貴族より上の人類最強なんて言葉、到底信じられるはずもなし。
ははは……と、乾いた笑いをこぼすシエスタ。いっそのこと場を和ませるために吐いたジョークだと、そう言ってくれるのを待っていた。
だが、フリーレンは自分の乾いた笑いに関しても、冗談を告げるような目ではなく真剣に見つめるのみ。
「ねえ、嘘って言ってよ……。わたし、本当にそんな大それた力なんて……」
とうとう我慢の限界が来たシエスタが、フリーレンの服をつまんでくる。
しかし、フリーレンはなおもこう続ける。
「昔ね、私のいた世界にとても強い勇者がいたんだ。魔王は倒せなかったけど、間違いなく彼がいなかったら魔王を倒せなかったと言い切れるくらい、多大な貢献をしてくれた勇者が」
それは、まるでお伽話のような物語を聞かせるような口調であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「断る。私じゃ魔王には勝てないよ」
「ふむ、やはり無理か」
それは勇者ヒンメルと再会する前の事。
その日も一人その日暮らしで薬草を摘んでいたフリーレンは、当時の南の勇者とそんな会話を交わしていた。
勧誘を受けたが断った。無為に時間をかけ過ぎた。
師匠は自分に期待していたようだけど、あれから膨大すぎる時間が流れた。
どれだけ研鑽を積もうと、自分ひとりの力じゃ魔王どころか、七崩賢にすら勝てない始末。
四百年前、〝黄金卿のマハト〟との戦闘で、それを嫌というほど味わわされた。
そんな体たらくなのに、なおも力を着々とつけてきている魔王軍との戦いなんて、どうせ無理。
そんな諦観染みた感情が強かったがために、当時人類最強との呼び声高い勇者との勧誘も、蹴ってしまっていた。
「私は君を説得するだけの言葉を持ち合わせていない」
「まるで結果がわかっていたかのような物言いだね」
「実際に分かっていたのだよ。……君には言っても問題ないな」
スカウトを蹴られた南の勇者も、落胆はなく予定調和とばかりな顔をして、さらにこう続ける。
「君は私の魔法を知ったとしても、一生誰にも言うことはない」
南の勇者が人類最強たる
それは『未来が見えること』だった。
それから彼は今から一年後、シュラハト含む七崩賢全員という圧倒的不利な戦いの中で命を落とすことを宣言。
とはいえ、フリーレンはついてきても来なくても結果は変わらないと、気に病む必要はないと言ってくれていたが。
「近いうちに君の元に一人の若い勇者が訪れる。世界を救うのは彼だ。実に不本意ながらね」
君はその勇者とともに旅に出て魔王を倒す。
そうなるとはとても、この時点では思えなかったけど、それでも彼は「君の人生を変えるぞ」と、強く太鼓判を押してくれた。
やがて、言うだけ言った南の勇者は、その場から立ち去ろうとする。
「道は必ずこの私が切り開く、人類最強であるこの南の勇者が」という伝言を残して。
……この話にはまだ、続きがあった。
「……ああ、そうそう」
今度こそ去ろうとした南の勇者は、ふと、思い出したかのように足を止め、背中で語り始める。
「もし君が、無事魔王討伐を果たし、再び旅に出て、その最中、
その言葉に対し、当時は純粋な気持ちで疑問符を浮かべていたような気がする。
彼は何を言っているのだろうか。それもまた、未来で予測した「道」の一筋なのだろうか。
そんなことを考えながら、南の勇者の続きの言葉を待つ。
「私に似たような力を持った子に会ったら、一つよしなに頼む。私が唯一シュラハトの魔の手から逃がせた、遠戚の子孫なんだ」
その子には唯一、未来を読む魔法のことを君は話すだろうね。
意味深な笑みと言葉を残し、今度こそ南の勇者は去っていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……そんなことが、あったんですか」
一通り話を聞いたシエスタは、それ以上呂律が回らず、どうしていいかわからず手で口を抑える。
「シエスタとは最初に会った時から分かっていたよ。みんなは気づいていないし、シエスタも分かってなかったみたいだったけど。魔法の力を潜在的に眠らせていたことについてはね」
だから最初、シエスタと会った時に「あの子も魔法使い?」と、キュルケに聞いたのである。
「まあ魔法のことは分かっても、私もシエスタから『直感』の話を聞くまで確信は持てなかったけど、逆に言えばあれで南の勇者との最後の会話を思い出したんだ」
「で、でもわたし……本当に戦いなんて……」
シエスタは何度も首を振る。
そりゃあ、勿論シエスタも、ご先祖様がどちらも遠い世界から来たという男女ということ、その女性は『占い師』と呼ばれるくらいに聡い人であったことは知っている。
でも、それで急に『人類最強の子孫』だなんて言われても、飛躍しすぎて反応に困ってしまう。
シエスタは身体を震わせる。戦いとは、魔法という奇跡を持った貴族がするもの。それに逆らうことがいかに恐ろしいか。周囲の反応と教育を受けて、今まで生きてきた。
いまさら、そんな自分が武器を持って戦う? しかも、貴族どころかエルフであるフリーレンすら持て余す未知の怪物と?
いやだ。こわい。戦いたくない。
シエスタはもう、歯の根が合わないくらいにがちがちにならしていた。それくらい、未知への恐怖で足をすくませていたのだ。
フリーレンはそんな彼女を見て、冷めたような目(あくまでシエスタ視点ではそう見えた)で、こう続ける。
「うん、だから無理強いはしないよ。戦いが怖いというのも本当だろうし、シエスタが行けば必ず事態は好転する……と言い切るには不確定要素が多すぎるしね」
フリーレンはそう言って、シエスタから背を向ける。再び大穴に向かって魔法の光を落とし始めた。
その光景が、なんか「あなたには失望しました」というような風情にシエスタは見えてしまい、余計感情がさざ波のように荒ぶってしまう。
勿論、当人はそんなこと微塵も思ってないだろうけど、それでも思わず、シエスタはフリーレンにまた駆け寄った。
「ふ、フリーレンさん……! わ、わたし……わたしは……!」
「大丈夫だよシエスタ。ワルドが時間を稼いでくれる間に、この呪いを根絶すればいいだけの話だ。そうすれば私やカリーヌも動けるし、シエスタが無理に戦わなくても済む」
フリーレンは再び、光を落とす。
地味に見えるが、重大な作業だ。早くこの呪いを解いてもらうためにも。
「だから、一刻も早く終わるように女神様かブリミルに祈ってて。ああ勿論、一番は頑張っているルイズ達にだけど」
フリーレンはそう言って、再び手に光球を作り出し、それを穴に向けて落とす。
シエスタはただ、その様子を震えた体で見ているしかできなかった。
夢の世界。呪いの穴。
その最深部に向けて、ルイズとフェルンは歩を進める。
「では、〝
「そうよ、……やっぱり、爆発する現象って、フェルンでも珍しいの?」
「珍しいというか、聞いたことありませんね……」
草木が生い茂っていく廊下を進みながら、フェルンはルイズと話していた。
『爆発』する一般攻撃魔法。確かにカトレアの変異体の時も、縛っていた蔦を吹き飛ばすのに使っていたっけ。
初めて聞く現象に、無表情ながらも興味深そうにするフェルン。一方ルイズは、爆発現象はフェルン達にとっても普通じゃないと知り、軽く落胆してしまうのだが。
「……やっぱり、わたしの魔法がおかしいってことなのかしら?」
「そうは言ってませんよ。確かに普段使いするには限定される場面が多いですが、中にはもっと使い道のないくだらない魔法とか、たくさんあるんですから」
「例えば?」
「〝服が透けて見える魔法〟とか」
「うわ」
ルイズは呻いた。そんな魔法、トリステイン魔法学院のエロ男子に広まったら悪用されるどころじゃ済まなさそうだ。
「使い道の狭さだったら、〝卵を割った時に殻が入らなくなる魔法〟とかありますしね」
「それはシエスタとかマルトーが喜びそうな魔法ね」
まあマルトーは一流の料理人だから、卵の殻を間違って入れるようなヘマはしないだろうが。
「とまあ、そんな風に色々あるんです」
「フリーレンからいろんな魔法を教わったけど、民間魔法って、本当に数がたくさんあるのね」
「千年以上生きているフリーレン様でさえ、すべての魔法を習得しているわけではないですし、こうしている今でも新しい魔法はどんどん生み出されていきますからね」
だから、単純に魔法には終わりは来ない。
学べば学ぶだけ、新たな知見や進歩が得られる。後ろ暗い気持ちで悩むより、いろんな魔法を見て発想を豊かにするのが大事なこと。
「だから、ルイズ様が今使っている魔法も、もしかしたらとんでもない進化をするのかもしれません。『魔法はイメージの世界』。どんな魔法も使い方や発想次第でがらりと変わることもあるのです」
「そういうものなの?」
「ええ、ですから自信を持ってください、ルイズ様」
フェルンはそう伝えて、ルイズの頭をなでる。フリーレンがいつも自分を褒めてくれた時、そうしてくれたように。
お貴族様の頭を撫でるなんてこと、いつもなら不快に思うだろうが、褒められ慣れていないルイズは思わず、顔を綻ばせた。
さて、そういう風に歩いていくと。
彼女たちの前に、十メイルはある崖が広がっていた。その先には扉があり、そこへ向かって光球が導くように飛んでいく。
どうやら先へ進むためには、この崖を越えて奥まで行く必要があるみたいだ。
とはいえ、彼女たちは魔法使い。〝飛行魔法〟はある。こんなの飛んで越えれば済む話。
「あの崖の先が進むべき道ってことね。飛んでいきましょフェルン」
事実、ルイズはそう言って、飛ぼうとしたのだが……、
「待ってくださいルイズ様」
「きゃっ! どうしたのよフェルン!」
「天井、花弁が花粉をばらまいています」
花粉が届かない距離まで通路側に下がり、フェルンは言った。
ここいらの部屋の壁には多数の木が生えており、そこから月下美人が花粉を撒いているようだ。
ただの花粉……なんてことはない。フェルンは薄っすらとこの花粉にも魔力……もっというなら『呪い』の
強行に飛んで行ったら、どんなデバフが降りかかるかもわからない。激戦後で消耗しているからなおさらだ。
「あの花粉撒いてる花、全部吹き飛ばす?」
ルイズは杖を上に向ける。
「余波でこっちに飛んでくるとも限りません」
花粉が届かない距離まで通路側に下がり、フェルンは言った。
「何とか防ぎつつ、安全に飛べるのが望ましいのですが……」
いっそのこと〝防御魔法〟を全面展開して飛ぼうか? いや、今の状態でそんなことしたら魔力が切れて途中で落ちる。
数少ない魔力という手札で何を切ろうか、あれこれ考えるフェルン。
なお、ルイズはあっけらかんとした様子で、
「〝防御魔法〟を全面展開して飛べばいいんじゃないの?」
さっきフェルンが考えていたことを平然と宣った。
「……ごめんなさい、ルイズ様。今の魔力だと私が途中で落ちてしまいます」
「そうなの……って、そうだ!」
ルイズはここで手をたたく。
そしてフェルンのそばまで寄り添うと、二人分包めるくらいの巨大な防御魔法を発動した。さながら『傘』のように。
更に、〝防御魔法〟で道のように細長く展開し、遠くの崖まで歩いて行けるような『橋』まで作り出す。
「こうすれば歩いていくだけでいいわよね? さっきフェルンが言ってた発想の転換ってやつね!!」
ルイズは先ほど言ってくれたフェルンの言葉を思い出し、自力で考え、解決法を導き出したのだ。
「どう、すごいでしょ?」
とルイズは褒めてほしそうに胸を張る。
(違う、そうじゃない。〝防御魔法〟はそんな風に使わない……)
フェルンは内心、唖然としていたのだが。
こんな真似できるのはルイズくらいなものだ。大概の魔法使いは「そう使えれば便利」だと思いつつも、消費面から絶対にそんなことしないし、できない。
やはり改めて思う。ルイズの尋常じゃない魔力量。まだまだ底が見えない。
とはいえ、せっかく張ってくれたのにこうして悩む時間がもったいないのも事実。二人分の大きさのバリアだ。消耗だって相応に降りかかるだろう。そうとなれば一秒すら無駄にできない。
「ありがとうございます。これなら無事向こうへ渡れそうです」
なので、脳内思考は二秒程度に済ませ、素早くフェルンはルイズと一緒に、〝防御魔法〟で作られた橋を渡り切る。
結果として、魔力の消費は避けられた格好だ。
「思ったけど、普通に魔法を使えるわよね、わたしたち」
無事向こう岸までついた後、暗がりの細道を通りながら、ルイズは言った。
魔法を使うとまた蔓で拘束されるかと警戒していたけど、特に問題はなさそうだ。
「脅威になるような敵兵もいない。向こうも向こうで、余裕がないのでしょう」
これ自体は事実だ。
実はこの呪いの主の魔力は今、才人とシュタルクの排除に全力を尽くしている。
故に、ルイズ達に関しては、脅威となるようなものを送れなかったのである。
先に進むフェルンの道を照らすかのように、光球が再び先導していく。
途中、パァンとはじけ飛ぶ。暗がりを消した視界の先には、大穴があった。
どす黒い靄を残した穴。フェルンもルイズも確信する。
ここが最深部への入り口だと。
「結局、シュタルクやサイトとは合流できなかったわね……」
ルイズはポツリとつぶやく。
「少し待ってみますか? それも一つの手です」
「ううん、もう行きましょ」
見れば、どんどん穴は小さくなっていく。「早く来い」と、誘っているかのよう。
時間がないのも事実。ルイズとフェルンは互いの顔を見合わせ、そして頷いた。
「行くわよ、フェルン」
「はい、ルイズ様」
二人はそのまま、穴の中へと飛び降りる。
飛行魔法は使わず、暫くは重力に身を任せて落下していく。
やがて、奈落のような穴の底で一筋の光がともった。ルイズ達はそこで杖を振り、落下速度を和らげた。
真っ白な輝きが一瞬、前面を覆った後、見えたのは水面だった。
「……これって」
「ええ、いつも隠れていた『秘密の場所』よ」
地面全部が池に覆われており、周囲は晴天を模した空が描かれている。
どうやら下は浅瀬でできているらしい。水面の底では花が咲き乱れている。チューベローズだ。
ルイズ達がやってきた出口から、最後の光球が飛んできて、周囲の明るさを確保する。それと同時に、出口は幾条もの蔓で遮られた。
まるでもう、「逃がさない」と宣告するかのように。
ルイズとフェルンは、杖を手に池の浅瀬へと着陸する。
彼岸花を踏み越えて、ゆらゆらと浮かぶ小舟の先。部屋の、池の中心部。
一人の女性が、十字架のように体中を蔦で拘束されていた。
「……ちいねえさま!!」
それを見たルイズは叫ぶ。体中を蔦と花で蝕まれ、苦しそうに嗚咽をこぼす桃髪の女性。
「……ルイ、ズ」
巻き付かれたカトレアは、締め上げられて声を出すのもつらそうな表情で、助けに来た妹を見る。
指一本、一切動かせない。そんな彼女が妹を見る目は、悲壮の一言に満ち溢れていた。
助けて?
来ちゃダメ?
どちらとも取れる、相反した表情。
「待っててちいねえさま! 今助けに――――!」
ルイズは歯を食いしばった。あれは間違いなく本物だ。あの蔦さえはがせれば――――!
ルイズは走ってカトレアの方へ向かおうとした。
「待ってくださいルイズ様!」
フェルンが引き留めながら、ルイズの襟を慌てて引っ張る。
地面から、柱のごとき巨大な蔦が現れた。その先端は鏡面のごとき透き通った葉っぱで形成されている。
見渡せば、地面から幾つもの同じような蔦が出現していた。
「落ち着いてください。落ち着いて、対処しますよ」
激昂でまた周囲が見れてないルイズに向かって、フェルンは優しく諭す。
その言葉で頭を冷やしたルイズは、深呼吸を一つ。
そして、決意溢れる目でフェルンの方を向く。
「ええ、ありがとう、フェルン」
やがて、カトレアの口から一本の花が咲く。それはスノードロップだった。
花が開花したと同時に、池の周りで咲いていた花が、一気にスノードロップへと咲き変わっていく。
真っ赤な池が白に染まる。
周囲でうねる鏡面の蔦を見ながら、二人の少女は杖を構える。
「もう少しだけ待っててね、ちいねえさま! 必ず、必ず助けるんだから!」
ルイズの声と同時に、蔦は襲い掛かってきた。
月下美人『危険な快楽』
チューベローズ『危険な快楽』
スノードロップ『あなたの死を望みます』