使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第55話『最深部にて』

 

「来ます!」

 フェルンの言葉とともに、ルイズは後退する。

 遅れて、ズドン! という音と共に鋭い刺突が地面にめり込んだ。

 その時の衝撃で水しぶきが宙を舞う。回避したルイズは杖を向ける。

 杖先にあるカトレアを助けるには、どうすればいいのか。

 

「ねえフェルン! ちいねえさまを縛っている蔦を壊せば、助けられる?」

「……どうでしょうか」

 

 フェルンも少し、悩ましげな顔をした。遅れて飛んでくる蔓の斬撃を、部分的に防御して対処しながら。

 

 もし定石通り、混沌花の(コア)を撃ち抜いて倒せるのであれば、自分が〝一般攻撃魔法〟を、カトレアの口に咲いている花に向けて撃って、それで終わりだ。こんなに悩むようなこともない。

 

 だが、魔力探知で探って気付く。もう呪いの花は開花し始めているようだ。

 すでに根は彼女の精神に深く絡みついている。あれでは強引に破壊した場合、彼女に多大なる精神負荷を与えてしまう。

 カトレアがそれに耐えきれなければ重度の後遺症……、いや、最悪呪いと共倒れで死ぬ可能性も高い。

 今の弱り切った彼女に、我慢を強制するのは酷だ。

 

(だけど、やりようはある)

 

 核を直接破壊できないのであれば、縛っている呪いの力を弱らせてから、やさしく葬ってやればいい。

 どうやらこの部屋自体が呪いの力、そのものを指しているようだ。

 自分たちを切り刻もうとする蔓。カトレアの魔力を吸っている蔦。それを動かす力が、目に見えないところで巡っているのが分かる。

 その巡っている魔力の『点』を追ってみると、そこには必ず花が咲いている。蔦の動きと連動して、花が開花したり閉じたりを繰り返す。

 

(呪いを強固にする魔力の核、それが複数個に渡って存在しているようですね)

 

 ならば話は早い。

 まずは蔓を動かす、要所で巡っている魔力の花を壊して弱らせる。

 そうして呪いの力を弱らせ、カトレアの精神から呪いの根を引き離す。

 そしてその後、改めて花の核を破壊して終わらせるのだ。

 

 時間はかかるが、それが現状、カトレアを無傷で救える手段だ。

 

(ルイズ様……)

 

 斬撃をやり過ごしながら、フェルンはちらとルイズを見る。

 自分と違い、〝防御魔法〟を全面展開して身を守るという贅沢。これほどまだ魔力が有り余っているのなら、消耗が激しい防御はルイズに任せ、自分は攻撃に専念したい。

 

 ルイズはそれに対し、頷くことで答える。

 

 彼女も冷静に、自分と同じ分析と思考にたどり着いていた。

 きちんと先の戦闘から反省を活かしている。フェルンは微笑みでルイズを見た。

 

 

 

「では、私の分も防御をお願いします」

「ええ、任せて!」

 

 

 

 ルイズがフェルンの一歩前に出る。

 フェルンは一瞬、こうやって役割分担しながらクヴァールを倒したことを思い出した。

 

 あの時は自分が防御側で、攻撃はフリーレンに任せていたけど。今度は逆の立場になるなんて。

 

 でも、なんだか不思議と胸が熱くなるような、そんな気持ちを無意識に覚えた。

 ルイズは気合を込めて防御魔法を、フェルンの分まで負担する。

 

 刹那、敵の攻撃が激化した。

 動きが一段と早くなり、重みが増した。衝撃で防御壁に切り傷を残すほど。

 これ以上ない強い攻撃。ルイズは何度か破片を切り崩されるも、その度気合と根性で障壁を復活させる。

 

 そんなルイズの背後で、フェルンの杖先が魔球を構成し始める。

(十、二十、二十三、二十八……)

 この蔓を操作、力を与える花の数。

 魔力探知で、それを探りながら。

 

(三十……、三十と……三!)

 

 今、探知できる中で開花している花の数。

 すべて捕らえた。居場所も覚えた。

 ここでフェルンは、激しくなる猛攻で、顔をしかめるルイズに向かって言った。

 

「ルイズ様、合図しましたら一瞬だけ〝防御魔法〟を解除してください」

 

 立ち位置的に、どうしてもバリアが邪魔になる。

 ルイズは頷く。いつでもフェルンのタイミングで、壁を解くことが出来る。

 フェルンもまた、敵の攻撃、魔力の残像を見ながら、どのタイミングで仕掛けるべきかを見極める。

 そして、その時は来た。

 

「今です」

「―――っ!」

 

 ルイズは〝防御魔法〟を解除する。野太い鏡面の刃が、一斉になって無防備な彼女たちに襲い掛かる。

 一見すれば、彼女たちが後手に回ったと思うだろう。

 だが――――、それでもなお、フェルンが『速い』。

 

 

 

「――――〝魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)〟」

 

 

 

 刹那、フェルンの杖先から幾条もの閃光が迸った。

 それがかつて、フリーレンがオーク鬼の軍勢を一瞬で葬った、あの時よりも更に速く、多量に、敵の急所へと伸びあがっていく。

 四方八方に飛び散った殺意の閃光は、的確に開花している花をぶち抜き破壊する。

 ご丁寧に、閉じている花には開いている瞬間に当たるよう、タイムラグもきちんと完備して。

 フェルンたちに襲い掛かっていた刃の葉っぱは、痙攣したかのように攻撃を止め、体勢を立て直す。このおかげで無防備だったルイズ達は無傷だった。

 ルイズが見上げた後には、崩壊した花々が、花弁とともに舞い散り落ちていく光景だった。

 

 

(すごい……)

 

 相変わらず、フェルンの〝一般攻撃魔法〟は見ていて惚れ惚れする。

 ルイズはそうして、杖を構えることすら忘れるくらいに、その光景を呆気に取られて見つめていた。

 

 一方フェルンは、その目には勝利の余韻など一切ない風情で、油断なく杖を向ける。

 先ほど咲いていた花は、確かに吹き飛ばした。だがこれで全てではない。

 弱らせはしたが、まだ呪いの力は健全。〝魔力探知〟で探ってもまだ撃ち漏らした花はまだまだある。

 数十……いや、数百はあるか。どうやら蔦の中に忍ばせていたようだ。

 攻略法は見出せた。問題は……魔力量。

 

(残りの魔力をすべて攻撃に費やさないと……、これは辛いですね)

 

 万全を「十割」とするなら、現在の魔力量はおよそ「二割」。

 やっぱり、変異体との戦闘で魔力を吸われたのが余計だった。

 ここからは自身の魔力と相手との消耗戦。カトレア救出後、帰りに魔法を使うことはもう考えない。

 ルイズの〝一般攻撃魔法〟では、攻撃を察知されて逃げられてしまう。相手に魔力を察知されずに花を撃ちぬくには、ルイズの攻撃は「遅すぎる」のである。

 

 

「ルイズ様、引き続き防御をお願いします。その代わり、カトレア様は絶対に助けますので」

「分かったわ。こっちこそお願いね。フェルン!」

 

 

 動きを鈍らせていた鏡面の刃が再び動き出す。

 役割分担しながら、ルイズとフェルンはカトレア救出に尽力するのであった。

 

 

 

 一方、現実世界のヴァリエール家。

 屋敷前の庭園にて、ワルドとドラートが激闘を繰り広げていた。

 

「ぬっ!」

 

 ワルドは飛んでくる糸の刃を回避しながら、この事態を生んだ元凶であろうドラートに斬りかかる。

 杖に『ブレイド』という、斬撃属性を付与する魔法を使うことで、近接戦闘での火力を上げる。

 

「――――疾ッ!」

 

 ワルドは自身の二つ名、『閃光』に恥じない接近で一閃、横一文字に斬りかかる。

 ドラートはそれを跳躍して回避。ワルドの斬撃はサフラン・ド・ラ・ヴァリエールの彫刻を切り裂いていく。

 

「接近戦もできる風属性の魔法使いか」

 

 ドラートは冷静に分析しながら、もう片方の手からも魔力の糸を伸ばしていく。

 ワルドの攻撃後の硬直を狙った一撃。両手を交差するように振り抜き、ワルドを十字に裂いた。

 

 だが、次の瞬間ワルドは風と共に消えていく。

 

 

「ん、分身か?」

「正確には『風の偏在(ユビキタス)』だ」

 

 

 本体のワルドはそう嘯きながら、ドラートの背後から一突きにせんと迫る。

 しかし、偏在撃破前から『本体ではない』と気づいていたドラートは、すぐさま振り向きワルドの刺突を、跳躍しながら回避する。

 だがワルドもまたさるもの。刺突が回避されると判断して次の手をすぐに打っていた。

 唱え切っていたルーンで魔力を解放。杖を斬撃(ブレイド)ではなく稲妻で満たす。

 

 ワルドはそのまま『稲妻(ライトニング)』を放った。一瞬が重要なこの剣戟。『(クラウド)』を使うという暇はなかった。

 ドラートに向かって稲妻が飛ぶのに賭けたワルド。幸い賭けには勝ったのか、青白い閃光は敵目がけて飛んでいく。

 しかし、ドラートもまた伸ばした糸を混沌花の触手に巻き付け、鏡面の葉っぱを盾のように引き寄せて防ぐ。

 葉と衝突した稲妻は、反射してあらぬ方向へと飛んでいく。庭園の木に直撃し、真っ二つにへし折り黒焦げにした。

 

「魔法を反射するのか……面倒な特性を備えおって」

「そっちこそ、大人しく狩られればいいのに、無駄に抵抗するな」

 互いに舌打ちせんばかりに顔をしかめる。

 

「フン、最強の風系統の使い手をそう簡単に狩れると思うな」

「その程度で最強を名乗るとは、この国の『最強』基準は随分低いらしいな」

 

 思うような目で、ドラートは呟く。

 かつて、本物の『最強』を知っている自分からすれば、この程度でその単語を羅列されても滑稽にしか映らない。

「貴様こそ、この程度の戦闘で、俺の力を全て知ったと思うなよ」

「ふーん、全てを出し切ってないと?」

「では御開帳差し上げよう。風系統が何故最強と謳われるのか。その所以を」

 ワルドはそう言うと、杖を上に向けルーンを唱える。

 

「ユビキタス・デル・ウィンデ」

 

 するとワルドは本体を中心に、四体生成される。

 先ほど見せた分身魔法か。確かに意思を独立させる技術は相当だと思うし、それを一気に四体生成するのも、まあ大したものと褒めても良い。

 

 だが、それで『最強』を名乗るにはあまりにも滑稽。その感想は今でも変わらない。

 

「これが風魔法の神髄『風の偏在(ユビキタス・デル・ウィンデ)』だ。風は偏在する。風の吹くところ、何処(いずこ)となくさ迷い現れ、その距離は意思の力に比例する」

 

 ワルドはそう言うと、軍杖をドラートに向かって構える。他の偏在もそれに倣った。

「これで数的有利が逆転したわけだが、これでもまだ余裕を保ってられるのかい?」

 向こうだって混沌花を後ろに侍らせているのだ。今更、数の暴力を卑怯と謗られる謂れはない。

 数的には優勢を保ったことで、無意識に笑みまで浮かべるワルド。

 しかし、ドラートもまた、特に動揺を浮かべることなく、

 

「お前こそ気づいてないみたいだな。『誰がこの花一体だけしかいない』と言った?」

 刹那、右端のワルドの偏在が、背中から貫かれた。

 

「――――なにっ!」

 ワルドは一斉に其方へと目をやる。なんと、背後からまた混沌花が現れたのである。

 

「この地一帯はすでに、この混沌花の群れで満たされている。より高みへと目指すため、全ての人間を食らって強くなるためにな」

 

 この地の連中は喰らえば喰らうほど魔力が強化される。それがメイジならなおのこと。

 勿論強力な魔力を持つ者を食らえば、より強くなれる。

 

「この程度で『最強』などと抜かすお前と俺とじゃ、目指すべき舞台(ステージ)が違うんだよ」

 

 やがて、様々な木々から混沌花はやってくる。その数、十は余裕でいる。

 数的不利は変わりそうもない。流石のワルドも、閉口して杖を構えた。

 

 

 

 一方、こちらは才人、シュタルクチーム。

 

「――――ぐわっ!」

「シュタルク!」

 

 花弁の叩きつけるような触手の一撃に、吹き飛ばされるシュタルク。

「いった……くねえけど、くしょん!」

 これで十回目になる吹き飛ばしである。巨木のような一撃を何度も喰らっては、シュタルクはこうして壁に叩きつけられていた。

 

 先ほど花粉によるブレスを食らったせいで前後不覚に陥っていた。そのせいで才人よりも攻撃を受ける回数が多かった。それでも致命傷になるような攻撃は経験則で回避していたが。

 その花粉の毒も抜けてきたようだが……、まだ、反撃できる態勢は整えられていない。

 できたとしても、花粉ブレスという接近殺しがある以上、迂闊には攻められないわけで。

 

 才人は論外だ。花粉は喰らっていないが、あまりにも攻撃が激しくなっていくせいで、反撃できる隙すらそもそも見つけられていない。

 だがそれも仕方のないこと。才人にとってカトレア変異体が初の実戦。その変異体は北部高原に住まう魔物に匹敵するレベル。

 つい最近まで一般人だった才人がやりあうには、あまりにも酷。銃を手にしたからといって熊と戦える勇気まで、すぐ身に付くわけが無いのだ。

 

「ど、どうするんだよこれ……!」

 デルフを構えながら、額に汗をぬぐって才人は呻く。

「まあ、向こうさんも決定打に欠けるってのはあるんだろうがな」

 一方のデルフは至極冷静に、状況を見て発言する。

 事実、敵の方も攻めあぐねているのか、致命傷になるような攻撃はデルフの警告もあって回避の余裕がある。

 だからこそ、出口を常に示して精神的に排除しようと追い込んでいるのだろう。

 実際、才人は『帰ろうかな……』と、その言葉が何度も脳裏に過ったほどだ。

 

「ぐっ……!」

 相手の葉を防ぎながら、それでも『逃げる』という選択肢を選びたくないとばかりに。

 才人はどうしようかどうしようか、それのみをずっと考えていた。

 そんな中だ。

 

「なあ坊主」

「なんだなんだなんだ今取り込み中だ!」

「死にたくねえか?」

「何言ってんだよ! 当たり前じゃねえかよ死にたくねえよ!」

「じゃああそこの扉に逃げ込めばいい。そうすりゃあ坊主だけ逃げられる」

「そんなわけにはいかねえだろ!」

「へえ、なんでそこまで戦うんだ? 死にたくねえなら逃げればいい。そこまでしてあの娘っ子らに付き合う義理が、お前さんにあるのか?」

 

 急に質問を続けるデルフ。

 それに対し才人は、

 

「確かにさア! 俺に力をくれたあの子、ルイズって言ったっけ!? 凄く生意気で高慢ちきで性格はこれっぽっちも可愛いとは思わねえけど! けど!」

 

 シュタルクを担ぎながら、叩きつけるように迫る触手の攻撃を回避して、才人は剣を構える。

 

「受けた恩を仇で返すほど、落ちぶれちゃいねえんだ!」

 

 ともあれ、ルイズがくれたルーンの力によって、自分は戦える力を手にした。

 そのおかげでこうして、戦場で、シュタルク達の助けになれている。

 そんな彼女の姉が、危篤だというのならきちんと助けてあげたい。そんな気持ちは別に可笑しくないはずだと。才人は叫んだ。

 

「―――って、どわっ!」

 

 しかし、いくら猛ろうが才人の攻撃など、敵は一笑に付していく。

「へえ、面白いじゃん坊主」

 だが、デルフはそんな才人に、感心したような声色を発していた。

「もう一つ聞かせてくれね?」

「なんだよ!」

 触手の刃を回避しながら、才人は喚く。

 そんな彼に対し、デルフは神妙な声で。

 

 

「このまま死ぬのと、全身筋肉痛になりながらも先に進むの、どっちがいい?」

 

 

「はあ!?」

「断言してやるぜ。お前さん一人じゃあいつにゃ勝てねえ。そして先を急ぐんだろ? あっちの坊主の回復待ってたら、もっと時間かかるぞ」

 才人はシュタルクの方を見る。くしゃみはもうしていないけど、まだ苦しそうに鼻をすすりながら攻撃をやり過ごしている。

 主力の彼があの調子では、いつまで経っても先には進めない。それは確かだ。

 

「でも、お前さんがさっきの言葉の後者を望むってんなら――――」

「な、なんだよ!」

 才人は期待しながらこの剣の言葉を待つ。

 もしかしたら、何かとんでもない必殺技を持っているんじゃないかと思ったのだ。

 

 

 その次の瞬間、才人の身体は、何かに乗っ取られたかのような感触に襲われた。

 

 

「――――え?」

 才人は唖然としながら、デルフを納刀する。

 表情は驚いているのに、身体は熟達の剣達者のそれだ。

 

 彼の背後では、納刀の音と共に野太い触手が、いくつも寸断されていた。

 それはまさしく、彼の世界でいう『居合術』だった。

 

「え、サイト……?」

 

 それを見ていたシュタルクも、少し驚いた表情を浮かべた。

 才人の動きのキレが、急激に上がったように見えたのだ。

 

「で、デルフ……?」

「俺ぁ『内蔵した魔力で使い手を動かす』ことができんだ。なんでこんな力があるのかはもう覚えちゃいねえが……」

 デルフは、かちん、と鍔を鳴らす。

 刹那、才人の視界は高速移動によってぼやけていく。編集画面でいう『ブラー』にかかったかのような、すべてに靄がかかったような視界。

 そして身体の方は、まるで頭とは別の意思が宿ったかのように動き始める。

 

 

 

「ちょっと身体を借りるぞ。坊主、お前さんに『伝説(ヒンメル)』を見せてやる」

 

 

 

 才人は一足飛びで跳躍、遅れてその場に触手の刃が殺到するが、あまりにも遅すぎて彼を捕えることは敵わない。

 そのまま壁に張り付いていた才人は、そのまま再び跳躍。障害物のように蠢く蔓は、デルフの一刀によりこともなげに、寸断されていく。

 

「おわ――――やべ――――ぇ――――」

 

 才人自身、あまりに速すぎて自身がどこを飛んでいるのかさえ分かってない。

 ただ、気づいた時は今まで自分たちを阻んでいた触手をすべて斬り潰し、竜を模した頭の上に跳躍したということ。

 

 切り札の花粉ブレスを、敵が発する間もなく、そのまま才人は、上空から下突きによる強襲で、あっさりと核を切り潰していた。

 

 あまりの速度に対応できなかった呪いの核は、この攻撃であっさりと破壊。黒い残滓となって消えていく。

 

 

「う……うぷ……」

「さ、サイト! 大丈夫か……?」

 

 呪いの魔物が残滓となって消えたため、地面に剣を突き刺したまま固まっていた才人は、デルフを手放し千鳥足でさ迷う。

 そして、「おええええ」と、蹲って吐き出し始めた。

「お、おい! 本当に大丈夫かよ!!」

「まあ大丈夫じゃねえだろ。夢の世界である程度融通が利くとは言え、ヒンメルの剣技を模倣したんだからな」

 

 地面に突き刺さったままのデルフが答える。

 魔力である程度保護してあげたとはいえ、古代竜を討った勇者の剣技である。一般人の才人にはあまりにも体の負担が大きいのだった。

 

 才人は今、何も答えられる状況じゃなかった。脳みそが揺れる。内臓がぐでんぐでんしているような気持ち悪さ。身体中の筋肉が痙攣している音。耳鳴り、揺らぐ視界。

 

 しんどいなんてものじゃない。今すぐぶっ倒れたかった。

 

「ま、まあ頑張ったよサイト。後は俺に任せて、どうだ? お前だけでも先に帰ったらどうだ?」

 幸いにも、帰りを示す出口はまだ開いている。帰ろうと思えば帰れる。

 しかし、才人はシュタルクの裾を掴んだ。

 

「ガッツあんじゃねえか、気に入ったぜ坊主」

 

 デルフが感心したような声を出す。シュタルクも、才人の意気に応えたのか、そのまま腕を掴んで背負ってあげた。

「分かったよ、一緒に行こうぜ、サイト」

 

 

 

 才人は、そのままシュタルクに背負われる形で歩いていた。背負っていた斧やデルフは手に持っている形だ。

 

「すま、ねえ……シュタルク……、お前だって……辛いはずなのに……」

「気にすんなよ。俺のはもう大体治ったから……くしょい!」

 

 まだくしゃみは抜けていないようだが、それでも才人を安心させようと、シュタルクは笑顔を浮かべる。

 

 才人はそんな彼がすごいなと思った。自分はもう動けるかどうかも分からないのに。シュタルクの頑強な体が羨ましい。

「シュタルクは、強くていいよな……、ってか、なんでそんなに強いのに、いつも怯えんだ?」

 ある程度、喋ることができる程度にまで回復した才人はふと、そのような疑問を口にした。

 北部高原からシュラーフェンまでこっち、シュタルクの頑丈さは才人も何度も見てきている。竜に齧られても、すぐ復帰して来ることもあるし。

 それほどまでに強いのだから、もっと堂々としても良いと思うんだけどなあ。それはシュタルクに会ってから、ずっと心の中で抱える疑問だった。

 それに対し、シュタルクは少し影が差したのような微笑みで尋ねる。

 

「サイトってよ、家族はみんな生きてるのか?」

「ん? なんだよ急に」

 

 そう思ったが、シュタルクが聞きたそうだと思ったので才人も答える。

 ちゃんと両親も健在だし、学校で友達もそこそこいると。

 すると、シュタルクはこう答えた。

 

「俺はよ、家族を見捨てて逃げたことがある男だ」

「――――え?」

「戦士の村で育ったんだが、ガキの頃から失敗作だの役立たずだの、さんざん言われて育ってきた。なまじ優秀な兄貴がいたというのも、あったんだけどな」

 

 その兄貴だけは、影で自分に良くしてくれていたが。

 だが、そんな兄貴や家族、村に強力な魔族が襲い掛かった時、自分は真っ先に逃げ出した。

 勿論、兄貴が逃げるように諭してくれたというのもあったのだが……。

 そして逃げた先で魔王を討った伝説の戦士に師事するようになったけど、そこでも彼に失望されて、殴られて……。

 

「サイトはいっつも俺をすげえすげえ言ってくれるけど、とんでもない。俺の根っこは逃げてばかりの臆病者だ。本音を言えば、俺だってあの扉をくぐって逃げ出したいって、さっきまで思ってたくらいだからな」

「……そんなことねえよ、シュタルクだって、逃げなかったじゃねえか」

「俺はそんなすごい男じゃねえよ。むしろお前の方がすごいんだぜサイト。逃げずにずっと戦ってるじゃねえか。戦士でもねえのに……」

「シュタルクだって、すごいじゃねえか!」

 

 才人が、シュタルクの懊悩をかき消すような音量で叫んだ。

 

「頼むからさ、そんなこと俺に言わないでよ。すげえ惨めになるじゃねえか。なんつうの、そういうの、なんか『言い訳』にして、逃げてるようにしてさ……卑怯じゃねえか、そんなに強いのに……」

「サイト……」

「俺、ずっとシュタルクに憧れてるんだぞ、剣の振り方だって、ずっとお前を参考にしてんのに……、頼むから、そんなこと言わないでくれよ……」

「まあそうだな。赤髪の坊主。お前さんはまだまだ強くなる」

 デルフも、太鼓判を押すようにそう言ってくれた。ずっとシュタルクの手に握られているためか、彼の実力はもう分っているのだろう。

 

「あんま後ろ向きにならん方が良いぜ、それだけの強さで卑屈になるのは相手にとってもあまり良い影響を及ぼさねえからよ。もうちっと前向きになってみな」

 

 ヒンメルのようにな。デルフはそこまで言った。

「……ってかあんた、しれっと勇者ヒンメルの名前を出したけど、もしかして使われたことがあるのか?」

「あたぼうよ、なんたって俺は――――」

 

 そこまで言いかけた時だ。

 デルフは「あ~~~」と、ちょっと困ったような声を出す。

 

「な、なんだ?」

「どうした?」

 蔦が侵食している廊下を歩きながら、シュタルクはデルフを担ぎ上げて見る。

 やがて、困ったような口調でデルフは言った。

 

「どうやら向こうもお困りのようだ。わりぃ坊主共。俺という精神は一旦、相棒(フリーレン)のところへ行かせてもらうぜ」

「え!?」

「い、いきなりそんなこと言われたって!!」

 

 いきなりの宣告に、唖然とする男子二人。

 しかしデルフは更にこう続ける。

 

「安心しな、刀身(がいかく)自体は残しておくから。あくまで喋ったり魔法を吸収したり、さっきのような動きができなくなるってだけだ」

「いや最後のそれ! いっちばん困るんだけど!」

 

 あの最強の動きができなくなる。

 そう言われた才人は困ったように叫んだ。

 

「どっちみちヒンメルの動きをまたするつもりなら諦めな。今度こそ持たねえからよ。俺を扱いたきゃもう少し鍛えてこい。シュタルクの坊主くらいとまでは言わねえが、俺がそれなりにと思えるまでな」

「うぐ。け、けど……」

「もし強くなりたきゃ、もうちょい『ガンダールヴ』を使いこなしてみろ」

 

 デルフにそう言われ、才人は「うぐぐ……」とうめき声を上げる。

 だが、正論だ。自分はまだまだ未熟。この戦いで嫌というほどそれを思い知った。

 それに、デルフの言を聞くに、地表方面もそれなりに危ないらしい。フリーレンが呼び出すほどなのだ、よほどのことだろう。

 

 

「わ、分かったよ……ってか! 俺の名前! 平賀才人だからな! 坊主じゃねえから!」

「そう呼んでほしけりゃ、もうちっと強くなってくるこったな。生憎今の俺は『相棒』と呼べる人材に困っちゃいねえんだ」

 

 

 発破をかけるようにそう言うと、デルフの刀身からふわりと、白い球がゆらりと現れる。どうやらデルフの精神体のようだ。

 それは、天井をすり抜けどんどんと上へと昇っていく。

 

「見てろよデルフ……その減らず口、絶対いつか黙らせてやるからな!」

 

 デルフが昇っていった天井を見つめ、握りしめた腕を突き出し、誓うように才人はそう言った。

 

 

 

 さて、デルフがこのように動く前の事。

 夢の世界、地表では戦いが激化していた。

 

「……はぁ、はぁ」

「もって、あと十五分ほどか」

 

 カリーヌが肩から息をしながら、湧いてくるカトレアを模した魔物軍に魔法を飛ばす。

 デンケンもまた、自身の消費している魔力から換算して、あとどのくらい持つのかを時間で宣告した。

 

 彼らはより、激しい魔法の使用で消耗していたのだ。

 理由は二つ。一つは守るべき者が増えたことにより、より広い安全圏の確保を強いられることになったこと。

 もう一つは、襲い来る魔物の数が激増したこと。これは外で多数の『混沌花』がやってきたことに起因している。

 ようは、呪いの比重が強くなったことで抵抗力が強まったのである。先ほどまではカリーヌの一撃で吹っ飛ばされたが、ここに来て耐える魔物まで出てくるようになった。

 自然、二撃目三撃目を撃つ必要があるのだが、当然魔力の消費も相応に嵩んでいく。デンケンもそれは同じことだ。

 

 そんな様子を、戦えない侍従たちは、怯えたような目で見ているしかなかった。

 その中にはシエスタもいた。ずっと蹲っていたい。フリーレンにああ言われた時からずっと、自分は弱者の側でいたいという、願望に支配されていた。

 

「きゃあああっ! 誰か!」

 また一人、夢の世界へと落ちてきた従者の一人が、カトレアの魔物から逃げ回っているのが見えた。

 咄嗟に身体が動きそうになるシエスタ。だが、その従者を助けたのは、エレオノールの土壁だった。

 

「早く! こっちに避難なさい!」

 エレオノールも、魔法の杖を振って従者を守る壁を何枚も構築していた。そのおかげで、一命をとりとめる従者は多くいた。

「あ、ありがとうございます。エレオノールさま……!」

 戦えない者たちは涙ながらにお礼を言いながら、自分と同じ場所で、嵐が過ぎ去るのを待つかのように怯えていた。

 

 こうやって、魔法を使える者たちはずっと戦っている。

 戦闘用の魔法を使えないガストンも、的確にエレオノールのサポートをして回っている。

 みんな、自分にできる範囲のことを精一杯頑張っている。

 じゃあ、自分は……?

 

 

『シエちゃんは絶対才能あると思うのよね~』

『本当、勿体ないよ』

 

 幼い頃、まだ『佐々木道場』で遊んでいた頃の記憶。

 子供だったシエスタは、よくそこで鍛えていたスカロンとジェシカが、そう言っていたことを思い出す。

 

『でも、わたしたちがどれだけ強くなっても貴族様には敵わないじゃない』

 

 これ自体は、ずっと本心だった。

 どれだけ強くても、魔法が権力になっているこの世界で、抗ったって無駄な事。

 それだけは、ずっと変わらない感想だった。

 

『でもさ、じゃあシエスタは納得できない嫌なことがあっても、泣いて逃げるだけ? あたしは嫌よ、抗えるなら抗ってやるわ』

 

 うちの道場は、別世界からやってきたご先祖様が開いたのが始まりだった。

 今でも家の奥で祭っている銅像の人達。その人たちとの交流で、『何かを残したい』と思うようになったらしく、それが『道場』と『武術』だったのだとか。

 

『強さというのは、見せびらかすだけじゃないと思うのよシエちゃん。いつかのっぴきならない事態になった時に自分を守る力。そういう風に見ればいいのよ。私たちだって、この力を使ってなにも貴族様をひっくり返してやろうだなんて、思っちゃいないもの』

 

 この道場で学んだことは、いずれどこかで役に立つはず。スカロン叔父様はいつもそう言って、よく自分を道場に誘っていたっけ。

 

『ここで学んだことは決して裏切らないわシエちゃん。あなたに必要なのは〝覚悟〟だけ。それさえあれば、何処へだって羽ばたけるはずよ』

『そそ、なんせあたしが一回でもあなたに勝てなかったくらいだものね。本当に、その〝予知〟みたいな勘の鋭さ、羨ましいわ』

 

 

 そこまで思い返した時、使用人の一人が悲鳴を上げる。

 彼女たちは自分と違って、本当になすすべがない。襲われたら終わりなのだ。

「ひぃいい! お助け……!」

「しっかりなさい! はやく、あなたもこっちへ……!」

 エレオノールが杖を振りながら使用人を助けていた時、シエスタの脳裏に過る『未来』。

 

 数秒後、上空から襲い来るカトレアによって、彼女が頭から食われる『死』の光景を、シエスタは確かに視た。

 

「駄目! 逃げて―――!」

 とうとう居ても立ってもいられず、

 シエスタはエレオノールを突き飛ばした。

 

「いだっ!?」

 平民に突き飛ばされて呆気に取られるエレオノールだが、突如真上から殺到したカトレアという事態に、思考が追い付かなかった。

 カトレアはそのまま、端まで裂けた口から、鋭い棘のような舌を突き出す。

 

(胸、左腕、右足……!)

 

 シエスタは『未来』を読んだ。

 順に襲い来る攻撃を予知で回避した後、不意に突き出してきた舌の触手をひっつかみ、そのまま背負い投げ。

 飛ばされた魔物は上空で、十字型の魔法に直撃。デンケンの〝裁きの光を放つ魔法(カタストラーヴィア)〟の着弾先を読んで、そこに撃ち当てたのである。

 

「――――?」

「あ、あなた……いったい……?」

 

 デンケンも、少し疑問を浮かべた目をシエスタに向ける。

 エレオノールは、助かった礼を言うよりも先に、何がどうなっているのか問いただしたくなるような顔で、シエスタを見つめた。

 だが、逆にこの攻防で、シエスタは覚悟を決める。

 

「……フリーレンさん!」

「行く? シエスタ」

 

 フリーレンも、すぐに反応した。

 呪いの力が収まるどころか悪化している。つまり、ワルドは今苦戦を強いられていることは想像に難くない。

 彼に助け舟を送らないと、今の状況は改善されない。そんな中彼女の提案は渡りに船だ。

 

「行く……っていうか、わた、わたしで本当に……大丈夫です?」

 

 一方のシエスタは、先ほどの威勢はどこへやら、また尻すぼみな発言を残す。

 実際、心の底では湧き出る臆病を、必死に抑えつけるような顔を、今のシエスタはしていたのだから仕方も無い。

 フリーレンも、そんな彼女をいきなり現実に帰すことに抵抗はあったのだろうか、おもむろに開いた方の手を広げる。

 

「大丈夫だよシエスタ、味方をつけてあげるから」

「え?」

「今、呼び戻してきているから待ってて」

 

 そう言うと、フリーレンの手に吸い寄せられるように、大穴から魔力の球が戻ってきた。

 

 

「どうした相棒? また俺なんか呼び戻してよ。坊主の奴、すっげえ愚痴ってたぞ」

「こっちも非常事態だからね、デルフ。今度はシエスタについていってあげて」

 

 

 フリーレンはそう言うと、デルフという名の魔球を、シエスタに見せる。

 

「ああ、この嬢ちゃんね。あの坊主と違ってすっげえ強ぇとは思ってたが……」

「でも初実戦らしいから。見ていてあげて」

「わあったよ。しっかしヒンメルといい、坊主といい、この嬢ちゃんといい、退屈しねえなこの世界は。なあ相棒(フリーレン)

「まだまだ楽しめそうで良かったよ。デルフ」

 

 フリーレンはやがて、開いていた手を握りしめ、魔球を霧散させる。

 

「デルフを一足先に現実世界に帰した。シエスタ、デルフの指示に従って、ワルドの手助けをしてあげて」

「……分かりました。やってみます」

 シエスタも、ここまできたら覚悟を決めたかのように、頷いた。

 

「……どうか、よろしくお願いいたします」

 

 遠くで、カリーヌがそう言って軽く頭を下げるのが見えた。

 ガストンも、エレオノールも、デンケンも。

 自分がこうやって話すことさえ憚られるほどの雲上人から、期待されている。

 緊張で死んでしまいそうだと思う反面、この人たちを助けてあげたい。その気持ちもまた強まるシエスタなのであった。

 

 なぜなら、この人たちになら、命を懸けたって構わないと、そう思えるような気持ちを、覚えさせてくれたのだから。

 

「じゃあ、頼むよシエスタ」

 そして、フリーレンやルイズ、頑張っている皆を少しでも支えてあげたい。

 シエスタは「はい!」と、力強く答えた。

 

 フリーレンは薄っすら微笑みながら、手をかざす。

 ワルドの時と同じ要領で、女神の魔法を発現させる。

 

「〝目覚めの解呪〟」

 

 次の瞬間、シエスタは光に包まれて消えていった。

 

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