使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第56話『死闘の狭間で』

 

「――――はっ!」

 

 ヴァリエール屋敷。とある大広間にて。

 夢から覚醒したシエスタは、ここで上半身を起き上がらせた。

 

 周囲を見渡す。窓からは双月の朧な光が流れている。

 そこから振り返れば、ベッドの上でうなされている本物のカトレア。その周りには同じく眠っているフリーレンやルイズ、公爵夫人やエレオノールたちがいた。

 

「よお、起きたか嬢ちゃん」

「あ、デルフ……さん?」

「どうやら、あっちもこっちも火ぃ噴いているみたいだなぁ」

 

 デルフの言葉に、シエスタはごくりと唾を飲み込む。

 真夜中、コオロギの鳴き音に交じって微かな衝突音が、外から聞こえてくるのだ。

 どうやら、ワルドは未だ魔物と交戦中らしい。

 

「あの……デルフさん……」

「気持ちは分かるぜ嬢ちゃん。実戦経験はゼロってタイプだろ?」

 

 デルフの言葉に、シエスタはこくりと頷く。

 手は震えたままだし、身体全体を冷や汗が覆っている。

 未だに足が動かない。これから戦場に行くという……恐怖で。

 

「ま、そんな嬢ちゃんを助けるために相棒(フリーレン)が俺を呼び戻したんだ。細かな指示は俺が飛ばしてやるから、気負わず行け」

「あ、ありがとうございます……!」

 シエスタはデルフの柄を手に取る。デルフの刀身は細身ではあるが、分類上は大剣である。

 しかし、刀身を抜き取るシエスタの動きにまごつきは一切見られない。きちんと剣の扱い方を熟知した動きに、デルフは「ほぉ」と、小声でつぶやく。

 

「嬢ちゃんって、どこかで剣術でも習ったのか? きちんと(おれ)の重みを理解して抜いただろ」

「え? ええっと……、実をいうとわたしの家、故郷(タルブ)にあるんですけど。そこにご先祖様が開いた道場がありまして……、子供の頃に色んな手ほどきを受けていました、はい」

「タルブって……ああ! もしかしてお前さん、ササキのじーさん家の子か? そっか、道場なんて開いてたんだなぁ……」

「知ってるんですか? うちのご先祖様のこと」

 まさかこのインテリジェンスソードから、自分の祖先の名が出てくるなんて思ってなかったシエスタは、驚愕で尋ね返してしまう。

 

「昔ちょっとな。俺の前の使い手……、勇者ヒンメルもそこで、色んな武術をじーさんに教わってたんだよ。ああ懐かしい」

「え、ヒンメルさんって……、古代竜戦で活躍したっていう、あの!?」

 シエスタは口元を押さえる。フリーレンから何度も聞いた名前だ。

 平民の剣士なのに、エンシェント・ドラゴン戦時の中心人物で、直に巨竜にとどめをも刺したとかいう、リアル・イーヴァルディのような人物だと。

 

「昔ヒンメルが習っていたのと同じ剣術を教わっていたと。成程ね、だったら俺でもなんとかなるだろうな」

「どういうことですか?」

「俺もそのヒンメルの動きはよく知ってるからよ、俺の魔力で嬢ちゃんの身体と同調してこう……上手く動かすことは多分出来ると思うぜ」

「本当ですか!?」

 それを聞いて、シエスタは期待のまなざしをこの剣に向ける。

「そういうこった。ピンチの時は俺がサポートしてやるから、気負わず行け。嬢ちゃん」

「はい! 頑張ってみます!」

 シエスタはそう言うと、デルフを担いで部屋を出る。

 

 

(……俺が魔力で動かせるのは『担い手(サイトとフリーレン)』だけなんだけどな。まあ、こう言って乗せとけば大丈夫だろ)

 

 

 握られて分かる。この子、かなり強い。

 必要なのは『覚悟』だけ。それを教えてやれば化けるだろう。

 

(……しっかし俺ぁ、つくづく勇者様と縁があるらしいな。まあ、それもまた一興か)

 

 デルフは内に、昔を思い出したかのようなワクワク感を秘めて、シエスタと共に戦場へ向かう。

 

 

 

「―――くそっ!」

「まあ、人間にしては頑張ったな。だがもう、限界だろう?」

 

 ヴァリエール屋敷の庭園。

 ワルドが肩で息をしながら、苦渋の目で周囲を見渡していた。

 左右に複数体の混沌花、前方にドラートが糸を生成しながら余裕の表情。

偏在(ユビキタス)』で混沌花を対処し、その隙にドラートを……と思って戦っているのだが、その偏在が出せる許容量を、余裕で越える数の暴力。

 

 先に花の化け物を消そうと動いても、別の場所から攻撃が飛んでくるため、反撃の手を挟み込めない。

 なにせ気を抜こうものなら、すぐに不可視の糸による斬撃が飛んでくる。

 それは巧みに自分の首筋に向かってくる。叩き斬ろうにも『風の刃(エア・カッター)』程度だと弾かれてしまうため、回避するしか対処法が無い。

 

「無駄だ。俺の作ったこの〝魔力の糸〟は、魔族の中でも随一。この程度で最強を騙るお前如きに斬れると思うな」

 

 何せ、この魔力糸の研鑽にドラートも生涯を費やしてきたのである。

 糸の強化。そのためならあらゆる手段を講じてきた。

 

 ドラートはそのまま、糸を鞭のようにしならせ、そして伸ばして攻撃。跳躍したワルドを狙うように放った一閃だ。

 ワルドは『飛翔(フライ)』を巧みに使い、錐もみ回転して回避。遅れて上空をかすめる糸の刃に、戦慄しながらも無傷でやり過ごす。

 

 糸の斬撃はそのまま、ワルドの背後にあった木々を斬り裂く。切断された木は、斜めにゆっくりとずり落ちていく。

「……チィ!」

 着地したワルドに、容赦ない周囲の混沌花による、刃のような葉による攻撃が飛んでくる。正直埒が明かない。

『偏在』はいつの間にか、全て消されていた。まだ追加を出そうと思えば出せるが……、正直、増やしたところで逆転の一手になるとは考えにくい。

 常にワルドは防戦一方を強いられていたのだ。

 それでも反撃と、せめて一体だけでも減らさねばと、杖を近場にいる花の(コア)に向けるも――――、

 

「隙ありだ」

 

 油断なくワルドの影を追っていたドラートが、糸の攻撃を飛ばす。杖を持つ腕に糸を絡ませ、手首をそのまま切断する腹積もりだった。

 

「――――グッ!」

 間一髪、殺気を読んだワルドは腕を引っ込めるも、血しぶきとともに小指が切り飛ばされた。

 

「はぁ、はぁ……!」

 熱い痛みが、血と共に徐々に湧き上がってくる。ワルドはすばやく『治癒』を唱えて止血する。しかし、その合間にも上段から、葉っぱの刃が飛んでくる。

 素早く後退する。切り離された小指はゆるゆると落ちていき、やがてドラートの手に収まった。

 ドラートはワルドの小指を見るや否や、それを一口で食す。

 

「うん……美味い」

 

 ぼりぼりと音を立てながら、無表情で自分の肉を食らう。

 ワルドは唖然とした。吸血鬼然とした見た目でオーク鬼のような様相。改めて未知の怪物を見たかのような気持ちに襲われたのだ。

 

「小指でこれなら、お前の全身を食らえれば、更なる魔力を得られそうだな」

 ドラートは完全にワルドを、『敵』ではなく『餌』としたような目で見ていた。

「というわけで、もっと食いやすくなってくれ。サイコロステーキぐらいにな」

 再びドラートは、ワルドに糸を繰り出しながら襲い掛かる。他の混沌花も、同じように迫りくる。

 完全な飽和攻撃。逃げ場はない。ワルドは佇んでいることしかできない。

 

「――――危ない!」

 

 そんな彼を助けたのは、シエスタだった。

「なっ! きみは――――!」

 シエスタの手に押され、飛ばされたワルドは、唖然として自分を助けた少女を見る。

 フリーレンじゃない。彼女の周囲をちょろちょろしていた、使用人のメイドにまさか自分が助けられるとは――――!

 

 一方、ワルドの位置にいたシエスタはというと。

(右足、左胸、後頭部に攻撃が来る――――!)

 一秒後、このまま突っ立っていたら傷を負う箇所。

 

 次いでどうやったらその未来を避けられるか、無傷で済む未来を己の身体で選択する。

 ぴょんと右足を上げて軽く跳躍し、横回転して胸に来る斬撃をよけ、その他飛んでくる触手の攻撃を回避。

 着地後、背後から飛んでくる糸の攻撃には、肩から担いだデルフリンガーを抜刀。

 刀身が外へと現れると同時に、ドラートの糸を一瞬にして切断した。

 

「――――は?」

 

 今度はドラートが目を丸くした。

 突然の乱入にも驚いたが、何よりも……なぜ……切断された!?

 

(なんだあいつ……、俺の糸を!?)

 

 魔族随一を誇る筈の魔力糸を、なぜあんな剣ごときに斬り裂かれた!?

 人間の魔法使いでも……、自分を殺したあのエルフでさえ、「切断は無理」と言っていたのに!

 

「おお、動けるじゃねえか嬢ちゃん」

「で、デルフさんが魔力でサポートしてくれているおかげです……」

 シエスタが、剣を振り切ったままデルフに答える。どうやら彼女は、これまでの動きはデルフあってのものだと思っているらしい。

 

「それにしても、やっすい魔力で作ってんなぁ……」

「……それもデルフさんの能力ですか? 糸を吸い込んでいるように見えましたけど」

「ああ、おりゃあ『魔力を吸収できる』んだが……しょぼい味がするんだよな。なんだろう、変なものを混ぜているせいで、不味いって言うか」

 

 ドラートはそんな会話を繰り広げる、一人の少女と剣を見つめた。

 あいつ、あいつが魔力を吸収したのか……? そんなバカな!

 今でも、彼の中では「あり得ない」と、心の中で叫び続けている。

 

 

 だが、これが『魔法戦』における相性差なのである。

 いかに魔族随一を謳おうとも、純然たる魔力でこの糸は作られているため、『魔法そのものを吸収する』デルフリンガーとは、最悪の相性を誇っていたのである。

 

 

 だが、そんなことは分かるはずもないドラートは、動揺で全身が支配される。

 感情とは無縁な魔族といえども、冷や汗は掻くし未知の現象には怯みもする。

 先ほどワルドが、ドラートに抱いていた……『不気味』という感情をそのまま、この少女と剣に抱いたのだ。

 

「……何者だ、お前は?」

「え、ええっと……」

「通りすがりの英雄の剣と勇者の子孫ってやつさ。それよりも、この下らねえ騒動はお前の仕業か小僧」

 大見得を切るのに慣れていないシエスタに代わり、デルフが歴戦の戦士のような風格の口調で尋ね返す。

 

(勇者……? いるのか? この世界にも……!?)

 

 いや、只の勇者程度でビビる神経など持ち合わせてはいない。

 だが……、何故かこの少女には得体の知れない恐怖を覚えた。

 

 そう……、半世紀以上前に覚えたあの恐怖。

 反抗する気力すら一切湧かせぬ隔絶した実力者を。

 

「と、とにかく、こんなひどいこと今すぐやめてください!」

 

 シエスタはそう叫んで剣を構える。

 無言でドラートは腕を振る。不可視の魔力糸による斬撃。しかしシエスタはまるで見えているかのように、しゃがんで回避する。

「―――チィ!」

 ドラートはそのまま。指一本から糸を一本生成して、五本一斉に糸を伸ばす。

 シエスタの全身を切り刻むつもりだったが、その前に、デルフを的確に振り回すことで、その糸をバラバラにする。

 次いで飛んでくる。触手の攻撃を、後退することでやり過ごした。

 

「うし、動けているな。頑張れよ嬢ちゃん。俺が隙を見つけてやるから」

「はい! お願いします!」

 

 シエスタは剣を構えて、意気高く声を張り上げる。

 ドラートは恐怖と焦燥、相反した感情を抱えながら、シエスタを見つめていた。

 

 

 

 

 夢の世界、呪いの最深部にて。

 

「――――〝魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)〟」

 

 声と共に魔弾が着弾。

 衝撃音と共に花弁を吹き飛ばす。

 

「……はぁ、はぁ」

「だ、大丈夫? フェルン」

「はい、まだ大丈夫です」

 

 心配をかけまいとそう答えるフェルンだが、正直もう魔力切れが近い。

 なのに花弁が一向に減らない。いや、減ってはいるのだろうが……、全体数が思った以上に多いのだ。

 このままでは、先に魔力が無くなる。

 

(攻撃役をルイズ様に代わってもらうか……)

 いや、どの道魔力が無くなったら自分は役立たずになる。

 魔法使いはどこまで行っても、魔力が無ければただの人になるのだ。

 魔力が無くなる前に、なにか打開策はないかとあれこれ思案するも、何も思い浮かばない。

 

(……フリーレン様だったら、この状況をどうするのでしょうか)

 

 師匠なら……と必死に考えるフェルン。

 その横で、不安そうにルイズは見つめている。

 触手による斬撃は薄まっているのだが、攻撃は続いている以上、〝防御魔法〟を解くわけにはいかない。

 こうして『全面展開』を続けていても自分は全然余裕でいるのだが、フェルンのように花を高精度に撃ちぬける気がしないのだ。

 

(せめて、わたしの魔力をフェルンに渡せたら……!)

 こうなると、攻撃できない自分でも、もどかしい気分にさせられる。

 そんな折――、

 

 

『ルイズ様、防御を解いてください』

「わ、分かったわ!」

 また何か考えがあるのかと思い、フェルン(・・・・)の声の通りにバリアを解くルイズ。

 だが、それを見たフェルンは慌てて叫ぶ。

 

 

「だ、ダメですルイズ様! 今の声は()のじゃない――――!」

 

 

 それを聞いて、「え?」と呆気に取られた声を出すルイズ。

 最初に声のした方向。そこにはイヌホオズキが咲いていた。

 そこからフェルンそっくりの声を出して、ルイズを欺いてきたのだ。

 

 まんまと嵌められたルイズは、一瞬防御を解いてしまった。その隙にイヌホオズキは、花から種子の弾丸を飛ばしてきた。

 それは再展開しかけていたバリアをすり抜け、真っすぐにルイズの方へと向かって行く。

 

「ルイズ様、危ない!」

 フェルンが咄嗟にルイズを庇い、飛んできた種子を右肩に受ける。

 

「うぐっ……!」

「フェルン!!」

 再び『全面展開』したことで、これ以上攻撃を受けることはなくなった。

 しかしルイズは、攻撃を貰ったフェルンを見て、後悔の表情に包まれる。

 

 フェルンの右肩、そこから背中にかけて、真っ白な月下美人が咲き始めていた。

 

(この種子……私の魔力を吸って、成長している……)

 

 さっきの蔦拘束だと強引に破られるから、こうして種子を埋め込むことで、恒常的に魔力を吸い出す手法に切り替えてきた。

 声を偽装してルイズを騙したことといい、もしかしてこの魔物……。

 

 

(カトレア様や私達の魔力を吸って、魔族化しているのでは……?)

 

 

 自分の言葉を持ってないだけで、騙し方が完全に魔族のそれであることに気付いたフェルン。

 だが……、それに今更気付いたってもう、どうしようもない。

 この種の所為で、魔力は全て吸い取られた。完全なる魔力切れ。もうなにもできない。

 持っていた杖を足元に落として、完全に蹲る。その合間にも背中に咲いた月下美人の花は、どんどん大きくなっていく。

 

「フェルン! ごめんなさいフェルン! わたし、わたし……!!」

 

 ルイズは泣きながら何度も謝った。

 バリアを解かなければ、こうはならなかったという後悔。自分を庇ったという負い目が、そうさせていた。

「気に、しないで……それよりも……〝防御魔法〟を……」

 フェルンは心配させまいと、声をかけてルイズに指示をする。

 彼女に非はない。なにせ今回の魔物は、フェルンが今まで会った中でもかなり知能が高い。下手な魔族よりも頭が良いのだ。ルイズにそれを対処させるにはあまりにも酷だろう。

 だが、これで状況は一気に劣勢へと傾いた。

 

(後はもう……シュタルク様達が来るまで時間を稼ぐしか……!)

 

 ルイズの〝防御魔法〟でやり過ごしている間に、なんとかしてシュタルク達と連絡を取れないだろうか。

 魔力と共に生命も吸われる激痛に耐えながら、必死に思考を巡らせるフェルン。

 ルイズは動揺と焦燥で精神を揺らがせながらも、なんとか冷静を保ってバリアを展開していた。

 そんな中、カトレアの精神を捕える、池の中心で佇んでいる化け物花の方に、異変が起こり始めた。

 

「な、なに……!?」

 

 呆気に取られるルイズの視界の先、カトレアを覆い隠すように、黒い霧が花から噴き出し始めたのだ。

 あっという間に、カトレアの姿は黒い霧で見えなくなっていく。

 しばらくして……、

 

 

「ねえルイズ、もうこんなことやめましょう」

「――――え?」

 

 

 その声に、ルイズは唖然とする。

 今のは、カトレアの声だ。

 

 すると霧の先、今度は蔓に縛られていない、健康そうな顔つきと身体をしたカトレアが、微笑みをもってルイズ達の前に現れたのである。

 

「そうやって泣くあなたを見るの、ねえさん辛いわ。ねえ、こんなことやめましょう。そうしたらいつものように、優しくあなたを抱きとめてあげるから」

「ちい、ねえさま……」

 

 ルイズは思わず、言葉に詰まってしまった。

 この声も、身体も、微笑みや挙動、その全てが本物そっくり。

 だからこそ、動揺で身体を震わせてしまったのだ。

 

「騙されないで……ルイズ様。あれは、カトレア様の声じゃ……」

 

 フェルンの言葉に、気を持ち直すルイズ。

 勿論そんなことわかっている。もう二度と騙されるものか。

 あれはカトレアの声じゃない。カトレアの中に巣食う魔物が、そう言わせているだけにすぎないのだ。

 あれは幻影だ。あの花の化け物が生み出した幻影だ。そう、幻影……。

 

 

 

 

 

「ねえルイズ。あなた、やっと魔法を成功させたのね」

 

 

 

 

 

「――――ッ!!」

 優しさを湛えたその言葉に、ルイズは揺らいだ。

 それは、ずっとずっと欲しかった言葉。

 現実世界でまだ、貰えていない言葉だった。魔法を見せたら、ちいねえさまの容態が悪化したから……。

 

 

「あの時は怖がっちゃってごめんなさいね。でもわたし、本当は嬉しかったのよ。それこそ、自分の事のように誇らしかったわ」

「黙って……」

 

「いつもいつも、あなたは泣いていた。悔しくって、誰にも理解されなくって、それでもあなたはずっと頑張り続けていた」

「だ、だまれ……!!」

 

「あなたはめげず、諦めず、ずっとずっと頑張り続けていた。その結晶があの花なのよね。ああ素晴らしいわ! 素敵なメイジに育って、あなたは私の誇りよ。ルイズ。ルイズ・フランソワーズ」

「おねがい、もうやめて……!」

 

 

 なんで、なんでこうもわたしが欲しかった言葉ばかり……こいつは並べ立ててくるんだ!

 ルイズは髪を振り乱しながら、それでもなんとかして、冷静さを保とうとする。

 だが、カトレアから言葉が紡がれるたび、ルイズは発狂しそうになるのを抑えきれなくなるのだ。

 

「ルイズ、さま……」

 フェルンもまた、歯を食いしばりながら起き上がろうとするも、激痛のせいで言葉が紡げない。

 無理もない、このやり口、まるで幻影鬼(アインザーム)のよう。

 昔の自分も、同じことをハイターでされた時、動くことができなかった。ルイズが混乱してしまうのも、仕方のないことだった。

 

 

 

「ねえルイズ、私の前でもう一度見せてよ。あなたの花を咲かせる魔法、きちんと間近で見たいな、ねえさん」

 

 

 

 魔物はカトレアの記憶を的確に読み取り、今のルイズを強く揺さぶる言葉を吐きかかる。

 事実、効果は覿面だった。彼女は大きく揺らいでしまった。

 集中が切れかけ、〝防御魔法〟の強度が緩む。

 

 次の瞬間、死角から飛んできた刃のような触手の刺突で、あっけなく〝防御魔法〟は砕けてしまった。

 

「ルイズ様!!」

 再び、フェルンが強くルイズを突き飛ばす。

「きゃっ―――!」

 突き飛ばされたルイズは、再び唖然とする。

 今ので防御の壁を掻い潜ってきた一本の触手が、フェルンを絡めとってきたのだ。

 

 

「ルイズ様! 私の事は気にせず! お姉さまを救うことだけ考えて――――!!」

 そのままフェルンは、池の底へと引きずり込まれていく。

 

 

「フェルン! フェルン!!」

 ルイズは必死になってフェルンを助け出そうとするも、その時はもう、彼女の身柄は池の底だ。

(わたしのせいだ! わたしのせいで……! フェルンが……!)

 ルイズは泣きながら、髪をかきむしる。

 さっきから、自分がドジを踏んでフェルンを危機に追いやっている。

 だが、それも仕方のないこと。

 

 なにせ、ルイズは初めて今、〝魔族〟と戦っているのだから。

 

 魔族の特性、人を食らうために「声」、「言葉」、「容姿」、「魔法」、あらゆる手段を以て騙し抜く種族。

 それをルイズが理解するには、あまりにも経験不足で、すべてが未知なる体験だった。

 

「よくも、よくもフェルンを――――!」

 ルイズは杖を握る手を怒りで振るわせ、魔力を解放。

一般爆裂魔法(エクスプロージョン)〟を、カトレアの幻影に向かって振り上げようとして――――、

 

 

「いいの? それ撃ったらねえさん死んじゃうよ?」

 

 

 それを聞いて、振り上げた腕の力が抜ける。

 そう、これ自体は嘘ではない事実。

 まだ呪いを強固にしている蔦の花は、数百はある。この状態で無理にカトレアを縛る花の核を破壊すれば、カトレアの精神体も道連れとなる。

 

 

「ねえさんが死ぬの、いやでしょうルイズ。私は知っているわ。あなたは優しい子だって、弱り切った私を撃ちぬくなんて非道なことしないって、ねえさん信じてるわ」

 

 

 ルイズは歯をこれ以上なく食いしばりながら……、しかし振り上げた腕は目的を失ったかのように徐々に降りていく。

 

 殺したい。今すぐあの魔物をカトレアから引き離してずたずたに引き裂いてやりたい。

 でも、そのせいでカトレアを死なせたくない……。

 

 どれだけ怒りと殺意に呑まれようとも……。全てはカトレアを模した魔物が言った通り。

 誰かの命を天秤にかけるには……。ルイズはあまりにも優しすぎた。

 

 次の瞬間、ルイズは一気にカトレアの元へと引き寄せられる。

 さっきのフェルンと同じように、野太い触手がルイズの胴体に巻き付き、幻影のカトレアの先にいる、本物のカトレア……、正確には、カトレアの口の中に咲く花の近くへと、引き寄せられたのだ。

 

 

「いい子、いい子。分かっているわ、ルイズ。()()()()()()()()()()って」

 

 

 カトレアの口の中から咲くスノードロップは、垂れていた蕾を起き上がらせながら開花させて、その姿をルイズに見せる。

 それは、カトレアそっくりの姿をしていた。ただし、その頭は魔族特有の、二本の角が主張していたが。

 カトレアの記憶や魔力を吸い取った混沌花の呪いは、開花する過程でルイズ達を欺くために、容姿をカトレアに変えたのだった。

 

 先の声も、この魔族の肉の声だった。

 とうとう魔物は、知性をもって人を騙す〝魔族〟へと進化したのである。

 

 蔦に縛られた本体のカトレアは、そんなルイズを見て涙だけ零していた。

 ルイズもまた、ただひたすらに悔しそうに涙を流すしかなかった。

 杖も、さっき引き寄せられた時に池の底に落としてしまった。もう抵抗らしい抵抗ができなくなっていた。

 

「泣かないで、可愛いルイズ。そんな悲しい顔をしていたら、ねえさんも悲しくなっちゃうわ」

「地獄に落ちろ……、この悪魔!」

「まあひどい。そんなこと言う子に育っちゃったなんて。でもねえさん許してあげる。これからルイズは、わたしとずっとずっと一緒にいられるんだもの。今ここで、仲直りしましょ? ね?」

 

 花の核の上で小さく、上半身だけカトレアの姿をした魔族は、くすりと笑って指を鳴らす。

 

 

 刹那、本物のカトレアを縛る蔦の一本が先鋭化し、ルイズを腹から背にかけて貫いた。

 

 

「一緒に素敵な夢を見ましょう。ね、いずれお母さまもエレオノール姉さまも、お父さまも後で必ず来るから。これからはみんなで楽しく笑顔で。そんな夢を見続けましょうね、可愛いルイズ」

 

 腹を貫かれた激痛で、視界が暗く歪んでいく。

 腕に力を無くしていく。腹から背中まで貫いた蔦から、血を被ったアングレカムの花々が咲き始める。

 カトレアを模した魔族の言葉が陶酔のように、でもその声も淡く揺らいでいく。

 ルイズの視界に、闇が降り始めた。

 




イヌホオズキ『嘘つき』
月下美人『危険な快楽』
アングレカム『いつまでもあなたと一緒』


次回、逆転劇。
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