使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第57話『遠く、遠くで聞こえる声』

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 ――――ルイズ、ルイズ?

 

「ちいねえさま?」

 

 どうしたの? こんな真夜中に姫殿下も一緒で。

 

「あのね、ちいねえさまにききたいことがあるの」

 

 あれ、ここは……?

 ルイズは朧げな視界の中、まだ元気だったころのカトレアを見上げていた。

 隣には幼きアンリエッタ姫。そうだ、この記憶、確か八年前の……。

 

「聞きたいこと? 何を聞きたいの?」

「わたし、『こいびと』をつくるきがないの。そしたらひめさま、そんなのむりだっていうのよ」

「むりよ、いずれわたくしもルイズも、こいびとをつくるわ」

「もー、ひめさまは! わたしの『ちゅうせい』をおうたがいになられるのですか?」

 

 いつだったか、アンリエッタ姫が自分の屋敷に遊びに来た頃の記憶。

 恋人を作る作らないで口論になって、ちいねえさまに尋ねに行った頃。

 

「あらあら、そんなことを尋ねにこっそり抜け出してきたのね。いけないわ、バレたら怒られちゃうわよ」

「だいじょうぶですわ! それで、ちいねえさま。ほんとうにいっしょう、『こいびと』をつくらないって、むりなの?」

「どうかしら……」

 カトレアはそう言うと、椅子に座って手紙を認めていた。

 

「なにをかいているの?」

「大事なお手紙よ」

「もしかして、とのがたですか?」

 

 アンリエッタの言葉に、当時のルイズは躍起になって首を振ったものだ。

 こんなにも優しくて包容力に溢れた人が誰かのものとなってしまう。そんなこと耐えきれなかった。

 

「だめよ! ちいねえさまだめ! おとこのひととつきあっちゃだめ!!」

「確かに殿方に書いているけど、これは恋文じゃないわ」

 

 聞けば、今カトレアが書いている手紙。

 それは当時、困っていたカトレアを救ってくれた、名も知らぬ貴族の殿方だったという。

 その貴族は非常にやさしく、足をくじいて倒れていたカトレアを水魔法で癒し、助けてくれたのだ。

 そうして交流を続けていたら、手紙が来た。今度舞踏会を催すから、一緒に踊ってくれないかと。

 

「だめ! だめだめ! ちいねえさまはわたしのものなのー!」

「だから、お断りの手紙なの」

 

 それを聞いて、当時のルイズはきょとんとしたことを思い出す。

 

「どうして? おこのみのとのがたではなかったのですか?」

「まあ、姫殿下はおませであられること。違いますわ。とっても素敵な殿方でしたわ」

 

 カトレアはそう言って笑うけど、本当は寂しそうな表情を浮かべていた。

 幼い頃のルイズは気づかなかったけど、こうして記憶を振り返ると、はっきりと『辛そう』な表情をしていたことを、思い出した。

 

 

「誰かとお付き合いするには、わたしはちょっと身体が弱いの」

 

 

 ちいねえさまは、こいをしたことってあるの?

 

「さあ、どうかしら。あったかもしれないし、なかったのかもしれない」

 

 はっきりいわないのは、わたしずるいとおもうわ。

 

「本当にわからないのよ。それが恋なのかどうか、分かる前にわたし、逃げてしまうから」

 

 どうして?

 

 

「自信が無いのね。多分」

 

 

 ちいねえさまは、いつもやさしかった。

 誰に対しても穏やかに接し、怒った所を見たことない。

 魔法が使えなくて、怒られたり失望されたりする時でも、ちいねえさまは、いつもやさしく側にいてくれた。

 

 だから、ずっとずっと甘えていた。

 ちいねえさまさえいれば大丈夫。それだけでわたしは良かった。

 

 でも、そのせいでわたしは気づかなかった。

 ちいねえさまだって、本当はずっとずっと辛かったのに。病気のせいで、外へ出ることも学校に行くことも、友達や恋人でさえ、ずっと作ろうとしなかった。

 

 いずれ病で先立つから、誰にも迷惑かけないようにって。

 

 そんな次女の影からの悲鳴に、鈍感だった当時のわたしは気づけなかった。

 もし気づいてあげられていたら、もっと早くちいねえさまを「頼れる人」じゃなく「苦しんでいる人」だって、理解できてたら。

 もう少し、楽な道を歩ませることができたのかな……。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「ご、めんね……ちい、ねえ、さま……」

 

 走馬灯のような記憶から現在へと戻ったルイズは、喀血しながら弱々しい声を出す。

 自分の腹を貫く、野太い触手に、弱々しく手を置きながら。

 

「わたし……ずっと、あまえてた……。あまえたかった……」

 

 口から血を吐きながら、それでもルイズは続ける。

 

「だから、ちいねえ……さまが、苦しんで、いるのに、めをそむけて……」

 

 昔の記憶を振り返って気づいた後悔。

 誰も見てくれなくなった自分に、唯一愛情を与えてくれた存在。だからずっと、その飴を受け取り続けていた。

 

「くるし、かったんだよね、そうだよね……ほんとうは、ちいねえさ、まも、こいびと、つくりたかったんだよね……」

 

 その飴ばかり見ていて、くれる人の顔を見ることをしなかった。

 その顔にもっと気付けたら、もっと早く、自分も与える側になろうと、躍起になれただろうに。

 

 だから、だからこそ自分の番なのだ。

 

「だから、こんどは……わたしが、ちいねえさまを、たすける、から……」

「どうしたのルイズ? 急に起きたりして。ほら、いい子はおねむの時間よ。昔のように一緒に、添い寝してあげるから――――」

 

 ルイズの懺悔に、知性を得たばかりの魔族は疑問符を浮かべる。

 なんだ? この小娘は何をしゃべろうとしているのだ?

 この魔族も他の魔族と同様、ルイズが何を思って語りかけているのか、さっぱり分かっていなかった。

 ただ、「ねえさん」と「死にたくない」を交互に言い続けていれば、この小娘は何もできずに弱っていく。その事実だけを理解しているだけなのだ。

 

 そんな中、ルイズは明確に魔族を、敵意のある目で浮かべて見つめる。

 なにか、この状況で一矢報いることができないか。必死になって考える表情。

 

 そんなルイズの中に灯った、閃光のような瞬きの記憶。

 それは、あろうことかこの魔物が吐いた言葉だった。

 

 

『ねえルイズ、私の前でもう一度見せてよ』

 

『あなたの()()()()()()()()、きちんと間近で見たいな、ねえさん』

 

 

 その言葉を何とはなしに反芻した時、突如脳裏に『ある発想』が閃く。

 どうせこのまま死ぬのであれば、試してやる。

 そう思ったルイズは、自分を貫く触手に手を置き、再び口を開いた。

 

「あんた、い、言ったわよね……、わたしの、まほう……、まぢかで、見たいって?」

「?」

 

 ああ……、そんなことも言ったっけ。

 一方の魔族は内心、鼻白む。

 

「みせ、てあげる。わよ……、わたしが、さいしょにおぼえ、た……花を咲かせる、まほうを」

 

 うん、そう。だからなに?

 こんな状況で、花を咲かせる?

 それが、一体全体何の解決になるのだろうか?

 

 しかし、ルイズは最後の力を振り絞らんばかりに、両手で触手をがっしりとつかむ。

 

 

「あんた、わかってないみたいだから、いってあげるわ……」

 

 ルイズはこれ以上なく歯を食いしばりながら、カトレアの魔族を見下ろす。

 その目には絶望の光は宿っていない。これから一矢報いてやるという、野望と挑戦で彩られた、ギラついた目だった。

 

 

 

「はなを、自由に咲かせられるってことは……その逆、『 枯 ら せ る 』ことも、自在って、ことなのよ……ぉ!」

 

 

 

 この言葉と共にルイズは両手から〝花を咲かせる魔法〟のエネルギーを、過剰に投与し始めた。

 次の瞬間、カトレアに擬態した魔族から、笑みが消える。

 突如内側から湧き上がる、空気のように送り込まれる膨大な力に腹が、内臓が悲鳴を上げ始めたからだ。

 

「ぎゃぁぁぁああああああああああああああッ!!」

 

 いたいいたいいたい。

 膨大なエネルギーが、一気に送られたせいで逆に吸収ができない。

 こうなると発信源たるルイズと至近距離にいることが仇となった。ルイズはカトレアの精神を傷つけることなく、魔族の精神にのみ過剰注入できる距離にいたのだから。

 

 

「いたいよいたいよいたいよるいずぅぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!」

 

 

 カトレアとは思えないほどのドスの利いた奇声が、魔族の口から発される。

 身体は蠢き、刺し貫いたルイズも強く苦しむ。

 だが、逆にルイズがこの魔族に引っ付いた。こうやって魔力を過剰投与し続けているのには、この魔族に一矢報いるためだけじゃない。

 ちゃんとした、『次に賭けた渾身の一手』だった。

 

(お願い! 届いて!)

 

 今のルイズには、触手を通じてこの魔族がどうやって根を張っているのか、〝魔力探知〟で詳細に分っている。

 その根の一つはまだ、池の底に沈んでいるフェルンにつながっていたのだ。

 そこに自分の魔力を送って、彼女の魔力を無理やり回復させる。

 自分の信頼するフリーレンの一番弟子。その実力を間近で見たからこそ、彼女に賭けた。

 

 

(フェルン! 起きて! 死なないで!!)

 

 

 ルイズは痛みで歯を食いしばりながら、フェルンの覚醒に賭けた。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 ――――フェルン、フェルン?

 

「……ハイター様?」

 

 そんなところで寝ていたら風邪をひきますよ。さ、帰りましょう。

 

「あれ、私……」

 

 ここは……? と、幼きフェルンは身体を起き上がらせる。

 すぐ目に入ってきたのは、優しき僧侶の笑顔。何もかもを失い、死すらも考えていた自分を拾ってくれた恩人。

 

 次いでフェルンは、ここは一番岩の練習場所、切り立った崖の上で倒れていたことに気付く。

 

「魔法の練習も結構ですが、魔力切れで倒れてしまうのは感心しませんね」

「……ごめんなさい」

「いえいえ、怒っているわけではありません。ですが、あまり無茶はしないように、いいですね?」

「はい……」

 

 フェルンはそのまま、ハイターに背負われる形で家へ帰る。

 修行時代、フリーレンに出会う間の頃。幼い時の記憶の一幕。

 

 拾ってくれた恩人に、「自分は立派になりました」と、胸を張って言えるように。

 あの頃はただひたすらに、魔法を鍛えた。早く一人前になった姿を見せようと、ひたすらに魔法を撃った。

 

「あの、ハイター様」

「なんですか?」

「もう、大丈夫です……その、一人で歩けます」

 

 フェルンはそう言って、自分を降ろすように伝える。

 ハイターの背中が嫌だったわけではない。むしろ、甘えていいならずっと背負ってもらいたかった。

 でも、最近のハイターは病気がちになっていた。ついこの間も風邪にかかっていたし、今も咳き込んでいる。彼の負担になりたくなかったという、心配から出た言葉だった。

 

「そうですね、あなたに私の風邪を移したら、たまったものじゃないでしょうしね。はっはっは」

「いえ、そんなつもりじゃ……!」

「分かってますよ。あなたは本当にやさしいですね、フェルン」

 

 ハイターは微笑みを湛えてそう言うと、フェルンを降ろしてあげる。

 そして今度は、互いに手を繋ぐ形で歩き始めた。

 

 

 ハイター様に残された時間は、あとどのくらいなのだろう。

 

 

 自分はハイターに与えられてばかりだった。生きる希望、帰る場所、魔法という将来、そして杖。すべて彼から与えてくれたものだ。

 

 自分はきっと、この受けた(あめ)をすべて返すことができない。

 だからせめて、一人前になることで「救われた恩」を、返すことにした。

 

 だからずっと、魔法を撃った。

 ひたすらに、あの遠く険しい一番岩を撃ちぬくまで。

 百? 千? それ以上は撃ち込んだ。

 

 雨の日も風の日も、真夏日も雪の時も台風の時も。

 そうして練習して、特訓して、修行にずっと明け暮れて……。

 

 そうしてハイターが生きている内は、『一人前になるため』という目標のために、強い熱意を見いだせていたのだ。

 でももう、この時点でフェルンも気づいていた。これは夢、いや、走馬灯なのだろうか。

 

 

 今の自分は、魔力が切れて池の底に引きずり込まれて。

 息も続かず、植え付けられた花に死ぬまで魔力を吸われ続けて、今池の底で沈んでいる。

 

 

 そんな死を待つだけの自分が最期に見るのが、この光景なのだとしたら。

 それもどこか悪くないのかもしれない。そう思うのはおかしなことなのだろうか……。

 

 

(私が分からないのは君だよフェルン)

 

(その若さで君ほど優秀な魔法使いは見たことがない。相当な修練を積んだはずだ)

 

(なのに君からは情熱も執念も感じない。不思議な子だ)

 

 

 ふと、一級試験時でゼンゼに言われたことを思い出す。だが、確かにそうだ。

 こうして振り返ってみると、一番頑張っていた時期はやっぱりここなんだなと。

 それだけ彼……ハイターがずっと大事で、大好きだったんだろうと。当たり前のことを思い出していた。

 

「さあ、着きましたよ」

 

 やがて、ハイターに連れられる形で、あの懐かしき家に帰ってくる。

 旅に出てかなり経った筈なのに、未だにこうして家の景観をしっかり、細部まで鮮明に思い出せる。

 

「疲れたでしょう? 今日の夕食は私が作りましょう。いつもフェルンにはお世話になっていますからね」

 

 ハイターはにこやかに笑いながら、フェルンの手を放し、先に家の扉を開け、中に入っていく。

 

 

 ……この家に入ったらもう、二度と出ることは叶わない。

 この家に帰って来ること。それは『死』であるということは、フェルンも既に気付いていた。

 

 

「どうしました? フェルン」

 

 そんな中、ハイターは、いつもようにやさしく、佇んでいる自分に呼びかける。

 一瞬、その笑顔に激しい郷愁を感じたフェルンは、無意識に彼の手を取ろうとして――――。

 

 

 フェルン! お願い! 死なないで!

 

 

 遠く、遠くで自分を呼ぶ声が聞こえる。

 フェルンはこれまた無意識に、ハイターへと伸ばした手を引っ込めた。

 

「……フェルン?」

 

 ハイターが、意外そうな声と表情で、自分を見る。

 でも、その合間にも声は強まっていく。

 自分を生かそうと、呼び戻そうと語り掛ける声が、遠巻きながらもしっかりと強くなっていくのを、フェルンは感じた。

 

 そしてその声の方向は家とは正反対。今や暗闇となった外の方から聞こえるのだと。

 

「ごめんなさい……ハイター様……、私、行かないと……」

「……どこへですか?」

「皆のところへ」

 

 声が、消えてくれない。

 ずっとずっと、自分を助けようと呼びかけてくれている。

 同時に、悲鳴も感じる。自分の助けを期待している声だ。

 それと同時に、今までの旅路……、フリーレンやシュタルク、サイト、そして新たにできた妹弟子(ルイズ)の顔を、一気に思い出したのだった。

 

「……フェルン」

 

 ハイターはやがて、家から外に出てその手をフェルンに伸ばす。

 フェルンは一瞬、何か言われるのかと身を竦めてしまったが、その手は……。

 

「貴方にも、大切なものができたのですね。それはとても良いことです」

 

 いつも通り、優しい暖かさ。

 優しい動きで、ハイターは、フェルンの頭を撫でていく。

 

「行ってあげなさい。あなたならきっとできる。自分を信じなさい」

「……はい! あの、ハイター様……」

 

 彼の笑顔と言葉に嬉しく思いながらも一瞬、フェルンの表情が曇った。

 それは、彼の病が酷くなった時でもなお、修行に明け暮れていたことへの懺悔。

 

「あの時は……本当にごめんなさい。私、一人前になりたいと、ハイター様に心配をかけまいと必死になって、それなのに私、それらしいお礼を何も返せなくて……」

「フェルン、良いのですよ」

 

 フェルンの懺悔に対しても、ハイターはいつも通りの笑顔で、やさしく頭を撫でてくれる。

 

「むしろ今こそ、この日のためにと鍛えた魔法に、意味を見出す時なのです。自信を持ちなさい。その力であなたが大切にと思う者を、助けてあげなさい」

 

 その言葉を聞いて、決心したように顔を上げる。

 むしろハイターは、心身ともに成長を遂げたフェルンを、心から祝福している様だった。

 

「たとえこれが幻の中でも……、こうしてまたハイター様と話せて、良かったです」

「私としてもホッとしましたよ。あなたはまだこっちに来てはいけませんよ」

 多分、ハイターは自分が死を受け入れる選択とそうでない選択、どちらを取っても温かく迎え入れる心づもりだったんだろう。

 彼のやさしさに内心、一筋の涙を零しながら、それでも力強く、フェルンは言った。

 

 

「では……行ってきます。ハイター様」

「ええ、行ってらっしゃい。フェルン」

 

 

 フェルンは涙をぬぐい、ハイターに背を向け、闇を駆ける。

 走る足はぐんぐんと伸び、いつしか子供の頃から今の自分の姿へと、急成長していく。

 そうして飛び込んだ、暗闇の中で迸る一筋の光。それを掴むと、そこには愛用の杖が、恩師から貰った杖があった。

 ルイズから貰った魔力で覚醒を果たしたフェルンは、池の底でその手に力を、魔力を込め始めた。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「ぃぃぃいいいいいいいいいいいたぁぁあああぃぃよぉぉおおおおおおおおお!!」

 

 

 呪いの部屋を構築した花の魔族は、暴れ狂った。

 ルイズの魔力、その底力をなめていた。

 これほどまでに深く、そして膨大だったとは!

 

 彼女から過剰に投与される養分を、上手く吸収できない。そのせいで自身の魔力や体を上手く動かすことすらままならない。

 本物のカトレアの精神を人質に取っているのにも関わらず、その手が封じられた状態だった。

 

「やめろぉおおおお、やめろおおおおおおおおおおぉぉ!!」

 

 花の化け物が悲鳴を上げるたび、池に咲く花もさざ波のように変わる。

 カサブランカが黄で覆ったかと思えば、ロベリアの花が咲き乱れる。

 その後もマリーゴールド、クリスマスローズ、オダマキ、黒の薔薇……。

 

 今は睡蓮が池の上で咲いていた。

 それと共に、水中から巨大な、鋭利な触手が幾本もわき上がる。

 

 もうこの小娘は危険だ。

 自分ではこの魔力をすべて吸収できない。

 

 カトレアの口から咲いていた魔族は一度引っ込み、今度はカトレアを縛る蔓の上まで移動する。

 そうして意識と魔力を整えた後、今度は明確にルイズを殺そうとした。

 この野太い触手を尖らせ、ルイズの後頭部を一気に破壊しようと迫ったのだ。

 それでもルイズは抗った、魔力を注入し、池の底で眠っているフェルンに賭ける。

 

「フェルン! 起きてフェルン!」

 

 ルイズの叫びと共に、しかしまず先にやって来るのは、触手の突端。

 腹を貫いたのと同じ鋭利さを誇る刺突が、ルイズに差し迫る……。

 

 

 その瞬間、水底から幾本もの閃光が飛び出した。

 閃光は的確に、この触手を操る力の核であろう、咲いていた花を撃ち抜いていく。

 破壊された触手は力を無くし、水しぶきを上げて湖面で漂う。

 

 

「……え!?」

 ルイズはそれを見て、驚愕と共に安堵の気持ちが徐々に湧き上がるのを覚える。

 

 さっきの閃光、間違いない。〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟だ。

 それが池の底から飛び出したということは……!

 

 次いで、池の底から大きな水柱が起き上がる。

 杖を構えたフェルンが、池から上空へと飛翔してきたのである。

 

「フェルン! やった! 届いたのね!」

「はい……、おかげで助かりました、ルイズ様」

 

 ルイズの魔力を、混沌花の蔦越しに供給できたフェルンは、魔力を「七割」ほど復活させることができた。

 だが、まだ肩には月下美人の花を咲かせたまま。このまま何もしなければ、魔力を吸われて再び戦闘不能となることだろう。

 

 そんな、緊迫した状況なのに……。

 フェルンは優雅に湖面に立つ。そして、くるりくるりとその身を回転させた。

 

 

 くるりくるり。

 片足だけ立たせて、目を瞑りながら優雅に。

 回転に応じて、湖面に僅かな波紋が揺らぐ。その上で揺蕩う睡蓮が、若干上下した。

 

 

 勿論、遊んでいるわけではない。魔力探知を総動員して、カトレアを縛る呪いの根。その力を司る花の核の数を探しているのである。

 先ほどまでは二割しかなかったせいで、探知が甘かったけど、今だったらもっと深くまで探知できる。

 

 呪いの深部。そこにある花の数、九十、百、百二十……。

 総数、百三十八か。よくもまあこれだけあるものだ。

 

 

 

 

 だが、幾ら咲こうと関係ない。

 全 部 撃 ち 抜 い て や る 。

 

 

 

 

「ルイズ様、もう少しだけ、耐えていてください」

「フェルン……」

「ルイズ様から頂いたこの魔力、決して無駄にはしません」

 

 

 きっと私は、このために魔法を鍛えたのだろうから。

 涙をほろほろ流しながら、期待の光を灯した妹弟子(ルイズ)を助ける。今この一瞬のために。

 ようやくフェルンの中で、必死になって魔法を鍛えた時間に、意味を見出した瞬間だった。

 

 

 フェルンは着ていたローブを脱ぎ、白のドレス一枚となる。魔力を巡らせ、気合いを入れる。

 次の瞬間、魔族は悲鳴を上げた。

 その怒声を聞いた触手が池の底から湧き上がり、一番の脅威たるフェルンに、一斉になって襲い掛かる。

 

 フェルンはそれを、最小限の〝防御魔法〟でやり過ごす。

 まともに受けたら割れる。なので『逸らす』形で破片を展開し、摩耗を防ぐ。

 それに伴い身体も引き、回避できる攻撃はやり過ごす。一切に無駄のない動きを、ルイズは驚きの目を以てみていた。

 

 上段斜め、真横、下からの奇襲は優雅な足さばきで回るように回避して。

 防御、回避、回避、防御、防御。

 その合間に杖先を上下左右、縦横無尽に向けながら〝一般攻撃魔法〟を撃ち放つ。

 フェルンはなにも見ていない。完全なる『ノールック』。傍から見れば、何処に魔法を撃ってるんだと思えるような軌道も多かった。

 

 だが、そのどこへ向かうか分からないような弾道も、きちんと補正し、最終的には花へと着弾する。

 先程の宣言通り、一発の無駄なく。葉っぱの鏡面による『反射』をも利用している場面すらあった。

 あらぬ方向へ向かっていた弾道が、葉っぱの鏡面に当たるとともに軌道を真逆に変え、死角に咲いていた花を撃ちぬいた時はルイズも思わず口から声が出た。

 

「す……ごい……」

 

 ここまで来るともう、それしかルイズは言えなかった。

 舞踏会で踊るような動きなのに、全部の動きに意味がある。死んでいる挙動が一つもない。

 それでいて彼女の周囲にはいくつもの〝蝶の形をした魔力球〟が浮いていて、確実に花を破壊できるタイミングを読んで、きちんと飛んでいく。

 

 そもそもとして、フェルンの肩には花が咲いたままだ。それはつまり、死闘を演じている今もなお、魔力を吸われていることを意味する。

 そのせいで魔力操作は乱されている筈。それなのに放つ魔法の軌道に、一切のブレがないのだ。

 

 歪な魔力操作で苦戦している自分の操作技術がスライムなら、フェルンの魔力操作はどこまでも整然とした流水。山紫水明な景色の中で流れる、一切の淀みなき川瀬を思わせた。

 

 

 

(すごいわフェルン。これが〝魔法の高み〟なのね……)

 

 

 

 飛行魔法、防御魔法、魔力探知、そして一般攻撃魔法。

 既にこれらを習得したルイズだからこそ分かる。これらを限界まで極めるとこうなるという、一種の到達点。

 

 

 それがあの子、フェルンなんだと、ルイズは強く思った。

 同時に、強い憧憬(あこがれ)という光を、戦う彼女の背中に見出し始めた。

 かつてフェルンが、複製体(フリーレン)と戦って魔法の高みを理解したように……。

 

 

 そうこうする間に、フェルンの魔法、その動きが更に加速する。

 もう魔力吸収によるデバフを覚えた上での魔力操作。

 魔力を吸われることに慣れたフェルンの操作技術は、さらに一層、洗練されていく。

 

 当然、相対しているカトレアの魔族は、たまったものではなかった。

 

 

 撃ちぬかれる、撃ちぬかれる。撃ちぬかれる。

 速い、速い、速い。

 

 このままでは、人質に取っているカトレアの精神体。そいつを縛れなくなる。

 魔族は絶叫を上げる。もう、なりふり構っていられなくなった。

 

 このまま物理的にカトレアの精神を引きずり込んで、命ごと全てを取り込んでやる。

 

 そうして完全体となって物理的に覚醒、カトレアを苗床にして顕現し、現実で眠っているルイズ達の身体を直に喰らってやる。

 そう決めた魔族は、真っ先に拘束しているカトレアを池の底に引きずり込もうとする。

 

「やっ、やめて! ちいねえさま! ちいねえさま!!」

 ルイズは必死になって魔力を送り込むが、魔族も慣れてきたのか、必死になって耐えてカトレアを取り込もうとした。

 

「フェルン! ちいねえさまが!」

 

 フェルンだって猛攻に耐えているのだ。無茶言うなと思うかもしれないが、それでもルイズは言わずにいられなかった。

 だが、フェルンはそちらの方に目を向けなかった。いや、向ける意味がなかった。

 もう、()()()()()()()()

 

(やっと来ましたね。遅いですよ二人とも……)

 

 だが、まだ探知が甘いルイズは気づけなかった。

 そうしている間にも、カトレアは水の底に呑まれていく。このままではカトレアは死ぬ。

 

「やめて! やめてぇええええ!」

 

 ルイズは絶叫を上げた。ここまできて、カトレアを死なせたくない。

 涙ながらの声を聞き届けたのは、フェルンではなく、この部屋の真上。

 

 一筋の亀裂を生み出した天井が、次の瞬間粉々になって破砕する。

 そしてフェルンが動かなかった理由が、ルイズ達を助けた。

 

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおお! 俺、参上!」

 

 

 

 落下しながら、デルフの刀身を真下に向けながら、平賀才人がやってきたのだ。

 その刃はカトレアを縛る蔦を、一瞬にして切り崩していく。

 

「さ、サイト……?」

「大丈夫かルイズ! この人が姉さんだよな! 本物だよな!」

 

 才人はそう言いながら、カトレアを縛る蔦を切り裂いていく。

 そしてぐったりとしたカトレアとルイズを担ぐと、水面に浮いている触手の丸太を足場にし、意味も無く揺蕩っていた小舟の上へと移動した。

 いつも子供の頃、使っていた懐かしきボートの上に。

 

「お、おお俺も、助けに来たぞ! どうだルイズ! 『ガンダールヴ』って、すげえんだな!」

「サイト……」

「ってかお前、腹に穴開いてんじゃねえか! だ、だだだ大丈夫なのかよオイ!」

 

 ルイズはしばし、ぽけーっとした表情で、才人に抱かれたまま窮地を脱する。

 さっきカトレアと一緒に自分を貫いていた触手も、才人が切ってくれたため、一緒に脱することができたのだ。

 

「……だい、じょうぶよ。多分。だってここ夢だし」

「え、あ、そういうもんか……そういうもんなの?」

 

 ルイズはすごく苦い表情を浮かべて、風穴が開いた腹を手でさする。

 さっきフリーレンが言っていたイメージ……、夢の世界だから融通が利くという言葉を思い出し、「腹の傷が塞がる」という意識を強く紐づける。

 するとあら不思議、徐々に傷は塞がっていった。

 

「おお! マジで治った! 魔法ってすげえな!」

「いや、これ夢だから塞がっただけよ。現実でこんな傷負ったら普通に死んでるからね」

 

 それでもこの傷を完治できたのは、ルイズの中に眠る、膨大な魔力によるところも大きいのだが。

 そこに関しては無自覚だったルイズは、やがてその目を才人に向ける。

 

「とりあえず、間に合ったってことで、いいんだよな?」

「……うん」

 

 いや、本音を言えばもうちょっと早く来て欲しかったけど。

 でも、こうして来てくれた。助けてくれた。

 手を差し伸べてくれる才人の目を、ルイズはぽかんとして、徐々に顔を赤くして見つめていた。

 その手を、無意識にとったルイズ。そして立ち上がった瞬間、湖面で地震が起こる。

 

 

「かえせよおかえせよぉぉおおおおおおおおおお! そいつはわたしのえものだよぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 フェルンにあれだけ撃ちぬかれ、精神的な余裕が完全に消失した魔物は、その身をドラゴンの頭部のようなものへと変貌させる。

 

「げぇっ! またあんな風になるのかよ!」

 

 さっきまであの姿の魔物に苦戦していた才人は呻いた。

「サイト! ちいねえさまが!」

 ルイズも後ろで悲鳴を上げた。

 せっかく助け出したカトレアだが、彼女にもフェルンと同じように、黒薔薇の花が咲いていたのだ。

 どうやら心臓部に根付いているらしい。無理に引き離せば……。

 

「ふざけないで! あんたこそちいねえさまをさっさと返せ!」

 

 ルイズもまた、気を失っているカトレアを見て、魔物に激昂する。

 どうあってもカトレアを手放そうとしない魔族に、怒りが湧き上がった。

 だが、魔物としてもカトレアを手放したらもう、死一直線しかないわけで。

 せっかく手にした力と知性を、こんなところで失いたくないという、悲鳴と絶叫でその身を竜に変えていく。

 

 その頃にはもう、フェルンはほぼ全て花を撃ち壊していた。

 

「あと、二つ」

 

 それさえ壊せば、今度こそカトレアを解放できる。

 フェルンは叫んだ。

 

「サイト様、カトレア様の上半身を起こしてください!」

「え、おう!」

 

 よく分からないけど、何かあるのだと思った才人は、言われた通りカトレアの上半身を起き上がらせる。

「な、なにするの!?」

 ルイズはその光景に呆気に取られるも、その時にはもう、フェルンは行動に移していた。

 

 残りの(コア)。あと二つ。

 それはフェルンの肩とカトレアの胸に咲く花。

 これを壊さないと、魔力をずっと奪われ続ける。

 

 

 それを知っていたフェルンは、まず自分の背中をカトレアの方へと向ける。

 そして最後に杖先を自身の右肩に向け、自分に向けて発射した。

 

 

 貫通する閃光は、フェルンの右肩に咲く月下美人を破壊。

 その後も閃光は飛んでいき、真後ろにいたカトレアの黒薔薇すらも、心臓に届かないギリギリを見極め破壊した。

 

 カトレアの心臓まで〝貫通〟しないように。

 その手前で閃光が消失するよう、巧みに操作した匠の一撃だった。

 

「フェルン! ちいねえさま!!」

 

 この光景を見てルイズは唖然とする。

 だが、カトレアはここで「こほっ」と、咳を一つして目を開ける。

 

「……ルイ、ズ」

「……ちいねえさま、ちいねえさま! 助けに来たよ!」

「ええ、……あり、が、とう……ルイ、ズ」

 カトレアの、本当の声を聞いたルイズは、思わずカトレアを抱きしめた。

 

 逆に、魔力の核をすべて破壊された混沌花の魔族は、地獄のような怒声を上げる。

 

「よぐも、おまえさえ、おまえさえいなければあああああああああ!!」

 

 そして、自分自身を撃ったことで、浅瀬で倒れるフェルンを食らおうと、一口で迫る。

 

「フェルン!」

 

 ルイズは絶叫した。

 このまま助けに行っても間に合わない。まず先にフェルンが食われる。

 

 だが……、フェルンの目には一切の動揺が無い。

 才人も、ここぞとばかりに上空を見上げて叫んだ。

 

 

「あとは、お願いします。シュタルク様」

「全部終わったぞ! やっちまえシュタルクぅ!!」

 

 

 大口を開けて喰らう、竜を模した魔族の頭上。

 呆気に取られた魔族の死角に、質量ある()きが……、()より、竜すら屠る一()が、無警戒の脳天へ一気に向かう。

 

 

 

「 閃 天 撃 ! 」

 

 

 

 巨大な轟音と共に。

 シュタルク渾身の一撃が、竜の頭を、その中に潜む、魔族の首ごと断ち切った。

 睡蓮の花びらが舞い散る中、呪いが生み出す悪夢が、消えようとしていた。

 




黄のカサブランカ『裏切り』
ロベリア『悪意』
マリーゴールド『絶望』
クリスマスローズ『中傷』
オダマギ『愚か』
黒薔薇『恨み、死ぬまで憎みます、あなたを呪う、永遠の死』
睡蓮『滅亡』
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