使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第6話『ヴェストリ広場での決闘①』

 

 一方、ヴェストリの広場では、

「諸君、決闘だ!」

 ギーシュが薔薇状の杖を掲げて叫ぶ。周囲は雄たけびを上げてそれに応える。

「『青銅』のギーシュが決闘するぞ! 相手は『風上』のマリコルヌだ!」

「おうギーシュゥ……! ようやくお前を公衆の面前でぶちのめす権利が得られたってことだなぁ!」

「はっはっはっ! 非モテのぽっちゃりに何を言われようとも、なんの痛痒もないがね! あのレディたちも、薔薇の花を愛でることの意味を知らなかっただけさ!」

 髪を撫でつけ、ギーシュは笑う。ファサァ……という擬音が聞こえてきそうだ。

 それを見たマリコルヌはもう、ビキビキと額に青筋を浮かべていた。

 

(あのナルシストぶり、ヒンメルみたいだ)

 

「どうしたの?」

「ん、いや別に」

 ヴェストリの広場から少し離れたベンチにて、フリーレンとタバサの二人は腰かけていた。ここからでも一応、周囲の様子は見える。

「じゃあタバサ。お願いしてもいい?」

「分かった。使うのは『ディテクトマジック』だけでいいの?」

「そうだね。タバサの『ディテクトマジック』を主軸に、私が軽く弄ってみる。上手くいけば少しの間だけ、『周囲の魔力を目視できるようになる』よ」

 この世界の『ディテクトマジック』を主軸に用いているのは、そちらの方がメイジ達にも影響を与えやすいと考えたからだ。

「一級魔法使い相当の視界だから鮮明に映るし、魔力の動きも分かるよ。ルイズの魔法の膨張具合も絶対に追える」

「そんなことできるの?」

「できるように〝解析〟して同調する。魔力探知と『ディテクトマジック』。同じ『魔法を探知する』という元々の特性は同じだから、イメージを構築、改造するのにそんなに時間はかからないよ」

「凄い自信」

 フリーレンの言に、タバサは思わず呟いた。

 フリーレンはまだ来たばかり。昨日初めてハルケギニアの土を踏んだ以上、まだこちら側の魔法については、そこまで見識を深めたわけないはずなのにどうしてと、続けて尋ねる。

 するとフリーレンは、懐から小石を取り出し、ぽいとタバサに放る。

 

 

「……ただの小石?」

「正確には〝真鍮()()()小石〟。『錬金』魔法を解析して解除してみた」

「!?」

 

 

 タバサは思わず、小石を二度見した。

 どうやらこの小石、授業でシュヴルーズが『錬金』した小石だったようだ。それを元通りになるよう〝解析〟した!?

 しかもシュヴルーズが『錬金』したのは昼食前の授業の時。せいぜい一時間あるかないかくらい。図書室で知識を漁るのと同時並行で、この解析を行ったという事になる。

 

「だからできる。詠唱による魔力の発動、流動、発揮。プロセスは大体掴んだから。まだ『再現』はできないけど。ある程度はこちらで干渉し、弄れる自信がある」

 

 そもそも『ディテクトマジック』自体、昨日コルベールから受けたばかりだ。だからより、フリーレンには自信があった。

「分かった。わたしとしても是非見せてほしい。あなたの魔法を」

 タバサは思った。このエルフ、やはり魔力や知識量や技術操作は、自分など及びもつかない域にいる大魔法使いなんじゃないかと。

『千年以上生きてきた』という言葉を嘘と感じさせない。タバサはもっと、フリーレンを知りたいと強く思った。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 ヴェストリの広場へ向かう前。

 

「『ディテクトマジック』を使って、ルイズの魔力量をみんなに見てもらう?」

「うん」

 

 まだ『アルヴィーズの食堂』にいた時。

 フリーレンはキュルケとタバサに向かって、そう言った。

 ちなみに彼女たちの周囲には、盗聴と騒音防止のためとタバサが『サイレント』と呼ばれる風の膜を張っていた。これで膜内で行われている会話は外から聞こえないし、外部の声も聞こえてこない。

「それだけでも分かってもらえれば、あの子が馬鹿にされる数も減ると思うんだ」

「でもどうやって? 単純な『ディテクトマジック』だけじゃ察知できないと思うわよ。多分先生方が何度も試しているだろうし」

 熟達な魔法使いが集うトリステイン魔法学院でさえ、ルイズの魔法を『失敗』と評するあたり、ルイズの魔力膨張はほぼ一瞬で行われるようだ。事実フリーレンでさえ、きちんと見極めてなければ見落としていたかもしれないほど、一瞬で広がり、一瞬で縮小した。 

 あれでは気づかないのも無理ないことであろう。

 

「その『ディテクトマジック』を上手く応用して、皆に見えるようにすることはできると思うよ」

「何か考えがあるのね。フリーレン」

「うん。周囲への注目に関してはこの決闘は使えそうだね」

 決闘のおかげで、多くの学生が見に来ることだろう。

「あとはルイズを、どうやってみんなの前で魔法を披露してもらうか」

「それに関しては安心なさい。あたしが釣り出すから。ルイズにとってもツェルプストーの名前は無視できないわけだし。無理やりにでも連れてきてあげるわ」

「じゃあ、ルイズは任せたよ。キュルケ」

「ええ、任せなさいな」

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「では早速、始めようじゃないか! 覚悟はできたかいマリコルヌ!」

「お前こそ、後で吠え面かくなよギーシュ! 今のぼくは嫉妬の力で過去一魔力が滾っている自信があるぜぇ!」

「心配なさそうだな。よかろう! では――――」

 ここでギーシュやマリコルヌ、そして周囲が怪訝な顔をする。

 何故かタバサが、二人の間に割り込んできたからだ。

「なんだいチビッ子。ぼくたちはこれからモテるモテないで血みどろの戦いを繰り広げるところだぜぇ。止める気なら―――」

「止める気はない。これをあげる」

「なんだい、その薬瓶」

「ゲルマニアで流行っているという〝魔力の流れが見える薬〟。一風変わった決闘が楽しめる」

 タバサがそう言うと、周囲は沸き立った。

「面白そうじゃねえか!」「やってみろよギーシュ!」と、やいのやいのと騒ぎ立てる。

 ちなみにさっきのゲルマニア云々や薬の話は、完全に口から出まかせだった。いきなり『ディテクトマジック』をかけると怪しまれるため、開き直って「そういう決闘方法がある」と、情報を開示した方が良いとタバサが判断したのだ。

 手に持っている薬も、授業用の空瓶に魔法で生成した水を入れ、それっぽい感じに着色しただけに過ぎない。

 そう言う塩梅ではあるが、もともとこの広場に来た学生たちは血の気が多い。そう言う薬があるという彼女の嘘に、何の疑問も抱いてなかった。

 

「なるほど、それは面白そうだ。是非使ってみてくれたまえよ」

 事実、ギーシュはすぐ了承した。遅れてマリコルヌも頷く。

 

「では」

 タバサは薬瓶を地面に向かって垂らす。水滴は地面に落ちず、宙に浮いて水球になる。それを更に自分の風魔法で、飛散させて周囲の空気と攪拌させた。

「あとはわたし自身が『ディテクトマジック』を唱えることで完成する。しばらく深呼吸してて。やがて魔法のオーラが目に見えて分かるようになる。この場にいる全員」

「おお、おれらも分かるのか! そりゃあすげえな!」

 これまた楽しそうに騒ぎ始める周囲をよそに、タバサは背を向けて去っていく。

 

「これでいいの?」と目線で合図すると、「ありがとう」という笑みを、フリーレンは浮かべた。

 

 頷いたタバサは、次いで『ディテクトマジック』を詠唱する。彼女の周囲が一気に、光の粉が浮かび上がる。

 やがて、その微粒子は魔力に反応する多くの生徒に反応して光り輝く。いつも使っている、タバサの知る『ディテクトマジック』の反応だった。まだ、オーラのようなものは見えない。

 タバサはフリーレンを見る。彼女はしばし遠くを見ているままで座っていた。特に詠唱をしている雰囲気でもなかったが……、

 

 やがて、フリーレンのところにまで浮遊した光の粒子、その一部に指で軽く振れる。

 すると、光は弾け飛ぶという、今までにない反応を示しだした。

 一瞬で他の粒子も霧散していく。タバサは困惑した。まるで魔法を『勝手に書き換えられている』ような、奇妙な感覚が身体を包む。

 

 しばらくして――――、

 

「おお! 見える! ぼくにも見えるぞ!」

「これが魔力のオーラかぁ! ゲルマニアは進んでいるなぁ!」

「おお! お前のオーラちっちぇな!」「お前こそ――――」

 

 やがて、タバサの目にもはっきりと見える。これが恐らく、フリーレンたち『一級魔法使い』とやらが見ている、魔力の流れなのだろう。

 本当に魔力を鮮明に可視化できるようになった。そのことにまず、タバサは驚かされた。

 そして学生たちと同じように、更なる驚きの目でフリーレンを見た。

 こうして視覚的に見ると、良く分かる。フリーレンの魔力の規模。()()()()()聳え立つ、魔力の火柱。

 全身から柱のような魔力の力が発散されている。自分も身体を火で包むようなオーラが出ているのは分かるけど、それと比すると、スクウェア以上……、いや、王家のみが許されるといわれる秘伝の域、『ヘクサゴン・クラス』以上、あるかもしれないと思わせる魔力量。

 

 

 

「『ディテクトマジック』の解析終了。その目を見るに問題なく視認できているようだね。タバサ」

 

 

 

 研究者の如き風格を纏わせながらそう言うフリーレンを見て、タバサは改めてとんでもないエルフが召喚されたのではないだろうかと、心の底から思った。

 

 

 なお、フリーレンはこの時内心、こう思っていた。

(まだ魔力の出力が大きすぎるか……、みんな驚いちゃってるし。あまり周囲の目を引かないくらいの量まで制限かけないと)

 既に魔力量に大きな制限をかけているフリーレンだが、それでも周囲にドン引かれてしまったようだ。せめて『スクウェア』クラスだと思われるぐらいにまで落とそう。

 これ以上の魔力制限は、例えるならキツめのコルセットを常時身に着けるようなものなのだが、仕方がない。

 誰も彼も、フリーレンの魔力は今発散しているもの以上だという事に、気づくことはなかった。

 

 

「お、おいギーシュ。あんなのと決闘する勇気はお前にもないよな……」

「人を誰彼構わず喧嘩を売る狂戦士(バーサーカー)呼ばわりしないでくれるかい? あんな、タバサの二倍以上の魔力を持つエルフと、ぼくが一人で戦わねばならない理由を教えてくれたまえよ」

 マリコルヌとひそひそ話していたギーシュはふと思う。今回の決闘の発端となった香水。あれをもし彼女が拾ってこの流れになったら、果たしてぼくはエルフ相手に決闘を吹っかけるのかと……。

 

(いやないな、うん)

 

 ありもしないIF(もしも)から素早く思考を切り替えて、ギーシュはマリコルヌと向かい合った。

「それよりも、きみこそ帰ってふるふる蹲ってなくていいのかい? マリコルヌ」

「ふっ、冗談。幼馴染の彼女がいながら臆面もなく後輩と付き合う。その面の皮の厚さを剥ぎ取ってやるよギーシュ!」

「はっはっはっ! いやあ嫉妬とはかくも人を醜く変えるのか! いいだろう! かかる火の粉を払うのも貴族の責務よな!」

「いい加減その減らず口を閉じさせてやるよ! さあ血みどろショーの始まりだぁ!」

 

 

 

「なに? 『ガンダールヴ』じゃと?」

「はい! こ、こここれは一大事でございますぞオールド・オスマン!」

 トリステイン魔法学院、学院長室にて。

 オールド・オスマンは全身汗まみれのコルベールの方を向いて言った。

 あの後も色々な場所で本を漁って纏め、確信を得られた段階で学院長室へやってきたのだ。

「し、しかも彼女……、ミス・フリーレンは、主人の系統は『虚無』ではないかと進言してきましたぞ! なんでも……、魔法詠唱時のミス・ヴァリエールの魔力量は、他を圧倒していると……!」

「ふむ」

 聞いたオスマンは顎髭をしごきながら、物思いに耽る。

 

「なるほどのぉ……、流石大魔法使い。会って一日足らずでミス・ヴァリエールの系統を見抜くか。ほっほっ、聞きしに勝る優秀さじゃの」

「あの……、オールド・オスマン。やはり彼女のこと知っているのでしょう? 隠さずに教えていただけませぬか?」

「初対面なのは本当じゃ。酒場の席でよく、彼女の話を聞いた程度じゃな」

「酒場の席?」

「そう、半世紀以上昔の頃にな」

 

 どこか遠い目で見つめながら、オスマンは呟く。コルベールはただ、「はぁ……」と言うしかなかった。

 その時だ。

 

「オールド・オスマン、失礼します!」

「おおミス・ロングビルよ。どうしたのじゃ?」

「ヴェストリの広場で、生徒たちが決闘騒ぎを起こしているようです! 止めに入った教師もいたのですが、生徒たちに邪魔されて止められず……」

「『眠りの鐘』の使用許可でも求めに来た……といったところかの。たかが子供の喧嘩じゃろう。放っておきなさい」

 オスマンは呆れてため息をついた。国が禁止令を敷いたとはいえ、こういう決闘騒ぎは別に珍しくもない。下らないことで杖を抜くことなど、それこそこの学院でも数えきれないほどある。

 

「一応、誰と誰じゃね? まさか(くだん)のエルフ少女も関わっておるのか?」

「いえ、ギーシュ・ド・グラモンとマリコルヌ・ド・グランドプレの二人です」

「なんじゃ本当にどうでもええわい。大方女がらみのトラブルが発端じゃろ。グラモン伯の子は皆、輪をかけた女好きじゃからな」

「ですが一応、そのエルフ少女も観戦に来ているみたいです。それに……、良くは分からないのですが『オーラが見える』とかなんとか、周囲が騒いでおりまして……」

「ほう」

 

 オスマンの目は光った。ちょっと面白いことになるかもしれない。そんな興味を宿した光だった。

 ただ、表面上は下らなさそうに口の端を歪めて、

 

「どうせ気のせいじゃろ。なに、全ては小事じゃ。きみは気にせず、今日の仕事を片付けなさい」

「りょ、了解しました」

 

 ちょっと納得いかなさそうな顔だが、言われた通りにロングビルは去っていく。

 コルベールは唾を飲み込んで、オスマンに促した。先の話を聞いて、まさか本当に『気のせい』と思っているわけではあるまい。

「オールド・オスマン」

「うむ」

 オスマンは杖を振る。壁にかかった大きな鏡『遠見の鏡』に、ヴェストリの広場が映し出された。

 

 

「いました。彼女がミス・フリーレンです」

「ほう、あの子か。確かにあの両耳はエルフじゃの」

 鏡の前へと移動した二人は、映し出された光景の中で、フリーレンを見つける。

 丁度彼女は今、タバサと何かしらの会話をしているようであった。

 その光景の端でギーシュとマリコルヌの決闘が始まっていたが、オスマンは杖を更に一振りすると、フリーレンの姿をより大きく映し出した。

 

「うぅむ。何がとは言わんが、見事なまでに平坦じゃのう」

「……オールド・オスマン?」

「あいや、すまんすまん。確かにあの左手はお主が持ってきた情報と一致するの。ミスタ・コルベールよ」

 

 オスマンは大きな咳を一つする。コルベールのジト目視線から逃れるように、再び杖を振って少し俯瞰した光景に変えた。

 

「で、見えるかの? その『オーラ』とやらが」

「いえ、少なくとも私の目には何も……」

 

 眼鏡の端を持ち上げ凝視するが、何も回答を得られないとばかりにコルベールは唸る。

「わしもじゃ。どうやらあの広場でのみ、何かが起こっているようじゃな」

「……ミス・フリーレンの仕業でしょうか?」

「そこまでは分からんよ。……っていうかやっぱりあの子、わしらが覗き見ていることに気づいておるの」

「えっ!?」

 コルベールは慌てた様子で、オスマンへ向けていた視線を、鏡へと戻す。

 

 

 

 

 ……こっちを見ている。

 コルベールの心臓は一瞬、緊張で跳ねた。

 

 

 

 

 鏡越しから見てくるフリーレンの瞳に一瞬、吸い込まれそうな恐怖を覚えたのだ。

「わしらが遠望しておることすら察知済みか。まあ、当然であろうな。彼女ならば気づくであろう」

 一方のオスマンは至極楽し気。これぐらいはやってもらわねば困る。そう言いたげに顎髭を撫でつける。

 

「さて、ではわしらも参ろうかの。ヴェストリの広場へと」

「えっ! お、オールド・オスマン?」

「何が起こっているのか、直にこの目で見定めねばならんからのう」

 ほっほっ、と笑いながらオスマンは自室を出た。

 

 

「いけぇ! ぼくの戦乙女(ワルキューレ)! 醜い嫉妬をその剣で裁いてやれ!」

 ヴェストリの広場では丁度、決闘の真っ最中であった。

 視界をどことなく空に向けていたフリーレンの目は、ギーシュの声で再び決闘の光景へと向ける。

 ギーシュという少年は、薔薇を象った杖を振り上げ花弁を地面に落とす。すると、甲冑を着込んだ女戦士の人形が三人ほど、生成された。

 

(『土系統』か。花弁に魔力を溜めておけるんだな。かなり器用なことをするもんだ)

 

 フリーレンがそんな感想を抱いている中、ワルキューレはその手に武器を持ちながら、鎧とは思えない速度で殺到する。

「なんの! ぼくの風魔法が驕り高ぶったナルシストに鉄槌を下す! 二目と見られないブサメンに変えてやるよギーシュゥ! 一緒にモテねえ辛さを味わおうぜぇ!」

 一方のマリコルヌもまた、杖に風の竜巻を纏わせながら叫んだ。

 

(あっちは『風』か。授業の時は『ドット』相当だったけど……、魔力のブレ幅が著しいな。一瞬だけタバサを追い越すほどの魔力量になる時もあるし)

 

 その現象は、マリコルヌが心の底から吠えた時にだけ、一瞬だけ発現する。

『感情』で魔力がある程度減増するのだろうか? そういえばここの世界は魔力の量を『精神力』で表すというのを思い出す。

 

 心の揺らぎが、呪文の威力に大きな影響を及ぼすようだ。マリコルヌとかいう小太りの少年は、出っ張った腹を揺らしながらワルキューレの猛攻を回避し、杖を振って風の刃を飛ばす。受けたワルキューレは真っ二つに斬り裂かれた。

 

「ほう! 少しはやるようだな! 手加減は無用かマリコルヌ!」

「お前こそ、さっさと本気を出さないと一生後悔することになるぜギーシュ!」

 

 だが、決闘自体はどちらが優勢と言ったようなこともなく、拮抗状態のまま平行線を辿っていた。

 周囲は魔力の流れがより鮮明に見えるこの試合を、何の疑問も思わずに楽しんでいる。

 

 

「どう?」

「うん、見ていて面白いね」

 隣のベンチへ再び座ったタバサの問いに、フリーレンは答える。

 なにせ、これが初となるこの世界での、魔法を使った戦闘なのだ。魔力の流れ、それによっておこる現象。同格同士故に長く続く、肉薄した戦闘。

 何もかもが新鮮な気持ちで見られる。フリーレンは体育座りしながら、その様子を遠目で眺めていた。

 

「でも、あなたの方が遥かに魔力が高い」

 タバサの言に、フリーレンは無言になって、タバサの方を見る。

「わたしは、あなたの魔法に興味がある。……戦闘についても」

 一瞬だけ、タバサはその言葉に『殺気』を乗せた。表情は弟子と同じくらいに無表情。だがその目にある煌めきは、確かにフリーレンに対して気迫を飛ばしていた。

 

 

 ねえモンモランシー。あんたのカレシ、決闘しているわよー。

 

 

 見ていかないの?

 

 

 いいわよ、もうあいつにはほとほと愛想が尽きたわ。

 

 

 だが、フリーレンもまた無表情でタバサを見つめるのみ。タバサもまた、乗ってこない挑発を続けても仕方がないとばかりに、殺気を鎮めた。

「ごめんなさい」

「いいよ。本気でやるつもりなんてそもそもなかったんでしょ」

 フリーレンの問いに、タバサは無言で肯定した。

 

 やさしい子だな。フリーレンは思った。

 本気でやるなら問答無用でぶっぱなしてくるはずだし。実際レルネンはそうしてきた。

 それに比べたら直前で思いとどまれる分、全然いい子だ。いや、やっぱアイツがおかしいだけか。

 

「でも、いつかは知りたいと思っている。あなたの魔法もそうだけど、その戦い方というものを――――」

 

 その時だ。

 ガァン! と、一際大きい風魔法が舞った。

 それと共に、一体のワルキューレはバラバラとなって吹っ飛んでいく。

 

「おいおい、ここまでぼくのワルキューレを粉々にするとは。今日のマリコルヌは一味違うな――――」

 ちょっと冷や汗をかきながらも、まだまだ余裕の笑みを浮かべるギーシュだったが、すぐにその顔は騒然となる。

 別に、身の危険からじゃなかった。飛んでいったワルキューレの破片が問題だった。

 粉々になった青銅の破片は、強烈な風に煽られてギーシュの真上を越えていき、そのまま広場の向こう側へと飛んでいく。

 

 そして丁度、学院の壁際の道を歩いていた女生徒の一人……、もっと言えば、歩いているモンモランシーの方へと飛んでいった。

「モンモランシー! 危ない!」

 ギーシュは思わず叫ぶ。マリコルヌも気づいて風の方向を変えようとしたけど、間に合わない。

 

「――――えっ?」

 そしてモンモランシーの方は。この声で迫りくる身の危険にようやく気付く始末。魔法で対応など、できるはずもない。

 壊れたワルキューレ、その鋭利な破片が彼女の視界を覆っていた。

 

「――――ッ!」

 タバサもまた、杖を構えた。自身の得意な風魔法『ウィンドブレイク』で破片を吹き飛ばそうかとしたが……遠い上に速すぎる!

 少なくとも魔法を展開する時にはもう、モンモランシーの全身に鋭利な刃物が食い込んだ後だろう。

(駄目だ、間に合わな――――!)

 

 

 

 タバサがそう思っていた頃には既に、()()()()()が全ての青銅の破片を撃ち落とし、モンモランシーの危機を救っていた。

 正確には、破片を〝貫通〟して破壊していた。放たれた閃光の威力はそれだけに留まらず、壁の方へと着弾。

 

 

 

 周囲は再び驚いた。一瞬、決闘のことなんかすっかり忘れて、ポカンと皆、口を開けていた。

 

「ダメだよちゃんと周り見ないと。危ないよ」

 

 諭すような声色で言ったのは、フリーレンだった。その手にはいつのまにか、紅玉を組み込んだ長杖が握られている。

 その時になって周囲は、一体何が起こったのかを漸く飲み込む。

 モンモランシーの突然の危機を救ってくれたのは、ルイズが召喚した少女、フリーレンなのだと。

 

 

(なに? 今の魔法……)

 だが、タバサだけはまだ、啞然とした表情でフリーレンを見ていた。

 魔法を詠唱していた自分より、はるかに上回る速度であの閃光を発射していた。

 その速さもさることながら、ギーシュの青銅の鎧を粉々に貫く……、どころか、学院の壁にも薄い亀裂を入れる破壊力。

 罅自体はあまりに小さいものだったため、このことに気付いた生徒はタバサ一人だけだったのだが……、この学院はあらゆる魔法効果を無効化する障壁や『固定化』魔法などがかけられている。曲がりなりにも、魔法を教える学院であるからして。魔法による防御も当然ながら万全にしてあるのだ。

 その事実をきちんと知識として取り入れていたタバサからすれば、フリーレンが起こした現象は本来、『天地がひっくり返ってもあり得ない』のである。

 

 なんでもないような攻撃魔法だけで、トリステイン魔法学院屈指の防御壁を、物理的にも魔法的にも破壊してきたのだから。

 自分の操る風や氷の魔法を遥かに凌駕する強力な魔法を、こともなげに操る。その練度。

 この魔法。もっと知りたい、会得したい、極めたい。

 タバサの中に、新たな欲望の火が刻まれた瞬間だった。

 

 一方のフリーレンはというと。

 

(あぁ、ついいつもの感覚で撃ってしまった……)

 モンモランシーを助けるためで仕方なくとはいえ、反射で〝一般攻撃魔法〟を撃ってしまった。

 当然彼女も気づいていた。ギーシュの破片を壊して、魔力の結界に守られし壁に、容易にヒビを入れてしまっていたことに。これでもかなり抑えたというのに……。

〝一般攻撃魔法〟に対する耐性が無かったがゆえに起きた現象。この攻撃魔法の特性を考えれば、当然ともいえる現象なのではあるが……。

 

 

 

(げに恐ろしきはクヴァールの奴だな。この世界においては依然この攻撃魔法は〝人を殺す魔法〟のようだ)

 

 

 

人を殺す魔法(ゾルトラーク)〟。

 フリーレンも認める、魔族の賢老が生み出した貫通魔法。

 人類の防御魔法は無論のこと、装備の魔法耐性さえ容易に貫通し、人体を破壊する。

 この魔法を生み出した当人が封印された後、人類はこぞってこの魔法を解析、研究したことで〝一般攻撃魔法〟と呼ばれるほどにまでに格落ちしたのだが……。逆に言えばそうしなければならないぐらい、この魔法が当時の人類にとって脅威であったことの証左。

 

 そしてここハルケギニアにおいて、そんな積み重ねは当然ない。

 

 最高級の魔法防壁を展開しているであろう学院の壁でこの結果なら、多分この攻撃魔法に対応できる防御魔法は、存在しないと考えた方がいい。

〝腐敗の賢老〟が生み出した悪意の閃光をそのまま使うには、この世界ではあまりにも眩しすぎることだろう。

 

(ちょっと考えないとな……。聞けばこの世界、魔族もいないようだし。ハルケギニア用に調整した〝一般攻撃魔法〟を作ってから運用しないと)

 

 というか、さっきからジッとタバサがこちらを見つめている。

 口にはしないけど、その目は「さっきの魔法はなに?」と、雄弁に語っている。

 フリーレンはしれっと目をそらす。タバサは構わずジーッと見つめてくる。

 しばし、見つめるタバサと目逸らしするフリーレン。その二人の外では……。

 

「違うんだモンモランシー! 話を聞いてくれ!」

「なんの話よ! 信じられない! もう本当愛想が尽きたわ! 金輪際わたしに近づかないで話しかけないで!」

 釈明に走ったギーシュが、決闘を一時中断してまでモンモランシーに駆け寄るも、当然ながら彼女は彼の言葉に一切の耳を貸さなかった。

 

「あんたなんか大っ嫌いよこの馬鹿ぁ!」

「ごばあっ!?」

 

 最後にモンモランシーは盛大なビンタをギーシュにかまして、去っていく。涙の粒をこぼしながら。

 頬を張られたギーシュは、尻もちをついてぺたりと座り込む。あまりに真に迫った光景ゆえに、彼をからかう人間は……、マリコルヌも含めていなかった。

 

「…………」

「お、おいギーシュ?」

 やがてギーシュは、意を決したかのように立ち上がる。

 そして今度は、なんとあろうことかフリーレンの方へと向かったのだ。

 

「お、おいギーシュ止めろ! 自棄になるんじゃねえ!」

 

 生徒たちは一瞬でざわめいた。誰もがギーシュが「おかしくなってフリーレンに八つ当たりする」と思ったのだろう。

 しかしギーシュは周囲の声に一切耳を貸さず、ずんずんとフリーレンの前に立つ。

「ミス・フリーレン……」

「なに?」

 フリーレンはあっけらかんとした様子でギーシュを見る。一方のギーシュは拳を盛大に震わせた後……、

 

「モンモランシーを助けてくれて、感謝する」

 

 そして最大限の礼を以て、優雅に頭を下げた。

「ぼくは馬鹿だ。大馬鹿だ。もしあのまま彼女に傷を負わせでもしたら、あんなビンタじゃ絶対すまなかった。なにより一生自分を、許せなくなるところだった」

 ギーシュは今、ブリミル教徒の敵たるエルフ相手に、毅然として頭を下げていた。さらにギーシュは周囲の目など、気にしないとばかりに続ける。

「だから彼女の危機を救ってくれたきみには、礼を尽くしてもしたりない。本当にありがとう」

「大丈夫だよ。まあ、次から気を付けた方がいいかもね」

「……ぼくはどうやら、エルフというだけできみを誤解していたようだ。もし困った時は遠慮なく言ってくれたまえ。このギーシュ・ド・グラモンもきみの助けになることをここで誓おう。ミス・フリーレン」

 臆面もなくそう言うギーシュに周囲は唖然としているが、彼は彼なりの礼儀なのか、真剣な表情でそう言っていた。

「うん、ありがとうギーシュ。これからよろしくね」

「あぁ。では」

 言いたいことは言ったとばかりに、ギーシュは再び決闘の方へと向かっていく。

 

「な、なんだよ……まだ続けるのか?」

「いや、ぼくもきみももう精神力は尽きたろ? それにまたあんなことが起こって、他の誰かを巻き込むのも御免だ」

 ギーシュは花弁の杖を投げ捨て、マリコルヌの前に立つ。

「けど、曲がりなりにも始めた決闘を、なあなあで終わらせられるわけないだろう? 魔法が使えないのなら、後はもう……」

「ああ、そういうことね」

 マリコルヌもまた、ニヤリと笑みを浮かべて同じように杖を投げ捨て、ギーシュにずんずんと歩いていく。

 魔法が使えない。しかし決闘の決着はちゃんとつけたい。ならばもう、やることは一つ。

 

 

「殴り合いだぁああああああああああああああああああ!!」

 

 

 拳で語り合い始める二人にまた、周囲は沸き立った。

 

 

「あら、殴り合い始めたの?」

 その頃になって、キュルケが先にフリーレンの方へとやってくる。

「うん、なんかどうしても決着つけるんだって、息まいてる」

「はぁ……、まったくこの学院の男共は、そろいもそろって馬鹿ばかりねぇ」

 呆れたような声で、キュルケは髪をかき上げる。

「それでキュルケ、ルイズの方は」

「まあ来るでしょ。ほらあそこ――――」

 キュルケは指さす。フリーレンもそちらの方を向いた。

 悲壮な決意を固めたかのような表情で、ルイズはヴェストリの広場にやってきていた。

 




ヒンメルの活躍とクヴァールの危険度はいくらでも盛っていい。
フランメの手記にもそう書かれている。
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