呪いは、シュタルクの放つ斬撃によって断ち切られた。
ドラゴンすらも屠る強靭な一撃は、強靭に構築したはずの外殻の蔦を、一瞬にして寸断する。
まるで、竜の首がそのまま飛んだかのように。
シュタルクが着弾したと同時に、蔦の塊は宙を浮く。
「あ……ぁ……」
その中に潜んでいた、呪いの核たる混沌花の魔族もまた、この一撃で綺麗に泣き別れにされていた。
やがて、徐々にその魔族は黒い残滓となって、蔦の塊と共に掻き消えていく。
次の瞬間、池の底に咲いていた花は全て枯れ果てた。
呪いの力が維持できなくなった証拠である。
「フェルン! 大丈夫か?」
全てを片付けた後、シュタルクはまず、浅瀬で横になっているフェルンに駆け寄った。
「……遅いですよ、シュタルク様」
「ごめんよぉ……」
「……そんな本気で受け止めないでください。助かりましたから」
結構本気で傷ついてそうなので、すぐフォローに回るフェルン。
シュタルクはいつものように、フェルンをお姫様抱っこして、才人達の方へと向かった。
「肩、痛くないの?」
「結構いたいです」
夢の世界だから、身体の一部を消し飛ばしたとて、現実で物理的に消し飛んでいるわけではない。事実、ルイズだって貫かれた腹の傷はすでに治っている。
だが、痛みが無いわけじゃないらしい。フェルンは削られた肩を元通りにすることもせず、ぐったりとした様子でシュタルクに抱えられていた。
だが、彼らには歓談する余裕はなかった。
次の瞬間、世界はぐらつき、周囲を覆っている蔦は急速に腐りだしていく。
「この世界は呪いによって作られた世界ですから、崩壊が始まったようですね」
「え! ど、どうするんだよ!」
「こういう時こそ前衛の出番ですサイト様。私もルイズ様も凄く疲れ果てているので、よろしくお願いいたします」
ようは、力仕事お願いということなのであった。
「なんだそれ!」と才人が叫ぶも、女性陣は揃ってぐったりしているし、逃げる力を残しているのは男性陣しかいない。
「言ってる場合じゃねえ! 早く逃げるぞサイト! ルイズの方は頼む!」
「わ、わかった!!」
比較的体力に余裕があったシュタルクは、気絶しているカトレアとフェルンをそれぞれ両脇に抱きかかえる。
才人も、さっき限界を超えた力を発揮した反動はあるけど、ここは泣き言をいう場合じゃないと、そのままルイズを担ぎ上げる。
「きゃっ!」
「しっかりつかまってろよ!」
才人はそう言うと、物言わぬデルフを片手に、『ガンダールヴ』の力を発揮する。
崩れ落ちる地面から跳躍し、腐り消えていく天井より零れる光を目指し、フリーレンたちの待つ地表へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それは、魔王軍がまだ、全盛の力を振るっていた時の事。
「はぁ、はぁ……」
どことも知れぬ森の中、少女は逃げていた。
優しい栗色の、三つ編みの髪が、風によって靡いていく。
そんな彼女の背後には住んでいた村が、今は燃えている村があった。
親しかった家族は皆、先ほど殺された。魔王軍直下の『将軍』の手によって。
「これで全部か? ここに住むという、『人類最強』と謳われた男の血族は」
「いや、一人逃げ出した。……見ろ」
全身に白金の鎧と兜を着こんだ魔族は、上半身が狼、背中に九つの蛇を生やした獣人魔族に向けて、指さす。
その先には、先ほど逃げ出した少女の姿があった。
「次なる最強を生む因子は根絶やしにしろ……か。シュラハト様も徹底しておられるな」
「まあ、当然であろう。こちらとしても多くの同族をあの男に屠られた。次なる『人類最強』など、我々魔王軍としても悪夢以外の何物でもないからな」
これもまた、遥か昔に行われたという『エルフ狩り』に近い様相だった。
考えてもみれば当然だ。人類最強の血族。それが育ち、次世代の最強を生む未来など、敵軍からすれば許容したくはない悪夢。
故に彼と『今も未来視で争っているであろう』、〝全知のシュラハト〟の命により、魔王軍でも屈強な『将軍』がこうして、未来の因子を潰して回っていたのである。
「ところでリヴァーレ殿は?」
「もう帰られた。所詮我々は残党狩りみたいなものだ。強き者は大体あの方が狩ってしまったからな」
「相変わらずであるな。あの御仁も。……では、奴を消して我々も帰還するか」
この村で、人類最強の親族は全て根絶やしにしたということになる。
残りはあの少女のみ。見かけからして五、六歳。戦闘能力もないことだろう。
魔族は、これも仕事とばかりに殺意を少女に向け始める。
「た、たす……たすけ……て……!」
だがそんなこと、無関係な少女からすれば、たまったものではなかった。
今日の昼まで、普通に父や母と、兄妹と一緒に暮らしていたのに。
そんな幸せな生活を、あの魔族たちが、あの炎が奪い去ってしまった。
涙を流し、必死になって逃げ、助けを求める少女。
だが、無情にもその正面に、鎧の魔族が立ちふさがる。少女からすれば、まるで瞬間移動したかのようにしか見えなかった。
更に彼女の背後には獣人の魔族も現れた。完全なる挟み撃ち。逃げ場はない。
「ひ、ひぃ……!?」
「安心しろ。嬲る趣味はない。大人しくするなら楽に消してや――――」
鎧の魔族の言葉は、そこで途切れる。
首が、ころりと傾いた。次いで、身体も地面に傾いていく。
「なっ――――!」
少女と挟み撃ちしていた獣人の魔族が、その光景に呆気に取られた。
「もう大丈夫だ。助けに来たぞ」
残滓となって消えていく鎧の魔族の更に背後。
そこには憤怒の形相をした、人類最強の勇者が立っていた。
「き、貴様は南の―――――!」
咄嗟に魔力を解放しようと、獣人の魔族は猛る。
魔力解放。コンマ一秒に満たない時間。それと同時に獣人の首は、燃え尽きた村の方まで飛ぶほどの勢いと速度で斬り飛ばされていた。
「申し訳ない。
数秒後、少女は助けに来てくれた勇者こと、南の勇者に背負われていた。
「わたし、どう、なるんですか……?」
「……ここにいたら、また連中に狙われるだろう」
南の勇者はそう言うと、近場で広がる洞窟の中へと、少女と一緒に進む。
少女は強い不安感に襲われるも、その度に「大丈夫だ」と、南の勇者からの励ましを受け心を強く保つ。
やがて、勇者は古めかしい様相の石扉を開ける。
そこには、鏡があった。人一人分、包めるほどの古めかしい鏡。
「これは……?」
「別世界へつながる扉だ。ここをくぐればもう、魔族は絶対に襲ってこない」
勇者はそう言うと、少女を下ろし、鏡の前に立たせる。
すると、ぽわ……と、鏡が淡い光を放ち始める。
「この世界にいると、君はまた魔族に襲われる。連中は徹底的に、私に繋がる血族を根絶やしにする気なんだ」
「そんな……」
落涙する少女と同じ目線でしゃがみこんだ南の勇者は、やがて自分の人差し指を額に当てる。
すると、そこから淡い光が現れた。その光を、ゆっくりと少女の額に移す。すると、光は少女の中へと吸い込まれていった。
「私の〝魔法〟の一部を、君に分け与えた。あらゆる危機を未然に察知できる力だ。……これが精一杯の償いだ。君しか救えなかった、不甲斐ない私を許してくれ」
少女は、仄かな光が自分の身体の中に巡っていくような感触を覚える。
すると、何故か脳裏にこれから行く世界……、二つ月があって、広大な草原が広がる、牧歌的な村という光景が映し出された。
自分はそこで、鋼鉄の竜を巧みに操る黒髪の青年と出会って。
そして――――、
「――――はっ!?」
「見えたかい? 君が歩む未来の一部が」
南の勇者は優しい笑みを浮かべると、少女の肩を優しく手をあて、そして鏡の前へと向かせた。
「この鏡をくぐれば、先ほど見た未来を確実に辿ることとなる。君は向こうの世界で幸せを掴んでくれ」
朧気ながらも見えた、〝確かな未来〟という感触に眩暈を覚えながらも。
それでも気を確かに、少女は仄かに光る鏡を見る。
「――――いたか!?」
「いえ! ですがこの近辺に微小な魔力残滓が二つ……」
「リュストング殿とベスティエ殿、お二人の魔力残滓か。リヴァーレ殿に次ぐと言われる強さを誇ったあのお二人を、鎧袖一触で屠れる者など『人類最強』しかいなかろう!」
洞窟の外で、そんな会話が聞こえてくる。
どうやらもう、時間が無いようだ。
「早く行きたまえ!」
「あ、ありがとう……ございます!」
少女はそう言うと、光る鏡に向かってその身を投げる。
鏡は強烈な光を残したかと思うと、やがて消えていく。少女の姿もなくなっていた。
「これが貴様の望みだろうシュラハト。親族の一人と引き換えに、私の力の一部を削ることが」
立ち上がった南の勇者は、腰に据えている二つの剣を引き抜く。
「だが、それでも私を簡単に殺せると思わないことだ。貴様も側近二人寄越して五分五分のつもりなのだろうが……親族を巻き込んだこの借りは高くつくぞ。私と運命を共にするだけでは飽き足らん。
これもまた、千年先を見据えているだろう〝全知〟との争いの一部。
親族と引き換えに己の力の一部を削ぐという、彼等しか見えない
次の瞬間、南の勇者はまだ辺りを散策していた数人の将軍たちに向かい、無双の剣を振るい続けた。
鏡を抜けた少女は、その後、
自分が飛び込んだ鏡もこちら側に来たらしく、お守りとしてそれを持ちながら。
冴え渡るような〝予知〟を手にした少女は、その未来の向かう先へと歩を進める。幸いにも、すぐ村を見つけた。未来でも視た村だ。
そこで少女は、予知の通り村で働きだし、時にその予知を使い、無くしものを見つける『占い師』として活躍し始める。
少女が女性となるほどに成長した頃、一つに重なった月から、かつて未来で見た『鋼鉄の竜』が、この村……タルブの草原に降り立った。
この竜の乗り手と最初に出会った女性は、やがてこの人の妻となり、子供を産み、家族を作った。
全ては、あの人がくれた未来の通りに、進んでいった――――。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「不思議な鏡でこの世界に来た
「ふぅーん」
幼きシエスタは、なんとなしに気のない返事をする。
彼女は今、まだ生きていた祖母の膝の上で、昔の話……異世界からやってきたという祖先が愛し愛されの頃の話を楽しそうに語っていた。
「わたしもねぇー、お母さまほどじゃなかったけど、昔はすごかったのよー!」
「またヴィヴァンおばあ様の自慢話ー? シエスタ、飽きちゃってるじゃない」
「何言ってんのよジェシカ! あんたも来なさい! 耳にタコができるまで聞いてなさい!」
「ジェシカはそっちだよ、わたしはシエスタだよぉ」
「どっちだって変わんないじゃないのさ!」
「「変わるわよぉ!」」
いよいよ自慢話が本格に始まる。
シエスタがぶーたれて逃げ出そうとするも、ジェシカ共々つかまってしまい、渋々ながら話を聞かされる。
晩年の祖母はまあ、自慢話が鬱陶しいおばあちゃんだった。特に武勇伝を語り始めると止まらないのなんのって。
もう一人現れた異世界の勇者様と、スケベだけど強かったメイジと共に、トリステインの闇を暴いたとか、でっかい竜を家族と一緒になって止めたとか、そんな話ばっかり。
そのくせその詳細を尋ねたり、勇者様の名前とかを聞くと「忘れた」とか言っちゃうんだから、ボケも始まっていたのだろう。よく自分と
まあ、その勇者様の像は、家の真後ろの山奥に飾られている社で、銅像と共に残っているのだから、姿は知っているのだが(ネームプレートは剥げてどっかに行ってしまったけど)。
「だからあんたたちも! お貴族様だとかそんなことでいちいち恐れてないで! 強くありなさい! そして悪い奴を裏でぶちのめすくらい偉くなりなさい! あたしのよーに!」
そう言って高笑いするのがいつもお決まりだった。今思えば、愉快な人だったなと思う。
でも、それぐらい昔のことを大事にするお祖母ちゃんだった。
そのお祖母ちゃんが、今、剣を振るって花の化け物と戦っていると知ったら、なんて言うのだろうか。
(何やってんだいシエスタ! 今こそ教えてやった技の数々を活かす時だろう! ほらそこ! 相手の脇ががら空きじゃないか! ぶっ潰せー!)
ああ、こんなこと言いそうだな。
それぐらい強烈な、愉快だけどものすごく強かった、武術の師匠の顔を思い出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――――フッ!」
シエスタは襲い来る魔力の糸を、身を翻してやり過ごす。
最初は極度の緊張で動けるか心配だったけど、『死』につながる攻撃は予知で事前に察知できる。
そうやって動いていく内に、段々と昔のことを思い出していたのだ。
祖母と、従妹と、ダングルテールの姉貴分との、道場で過ごした日々の事を。
「なんだ……こいつ!?」
逆に対峙するドラートは、この訳も分からぬ少女に翻弄される自分に、憤りと……それ以上に困惑を感じていた。
百歩譲って、糸を切られるのは分かる。相性が悪い、それが理由ならまだ納得できたからだ。
だが……この少女自身の身体能力は、さっぱり分からない。不可解だ。
魔力は確かにあるのは分かるけど、操作を全くしてないところを見るに、そこまでの手練れには見えない。
武術に覚えもあるのだろうが、まだ人間の域を出ているわけではない。
もし『人類最強』なら、何かを察知する前に消されているのが、昔あった記憶で確かに刻まれているからだ。
だが、それならなぜ攻撃が回避される?
こと、こちらの急所への攻撃に対する嗅覚は尋常じゃない。
不可視レベルにまで魔力を消した糸を使っても、事前に察知される。背後から狙った攻撃も、何故か回避される。
周囲の混沌花も援護射撃を行っているものの、やはり彼女に致命傷を負わせることは叶わない。
(読まれているのか? 俺の動きが――――?)
一瞬、ドラートの中に動揺が生まれる。
あの目、彼女……シエスタが自分を見る目が、何故か『あの時』。
あの―――――、反抗する気概すら与えない殺気を放つ、『人類最強』の覇気を思わせる煌めきを宿していたように見えたのだ。
「――――ッ!」
ドラートは吐き気を堪える。
いや、まさか……でも、いや、ありえない。
奴はもう死んだはず! 親族だって根絶やしにしたと報告があったと!
じゃあなんで、あいつを、あの
消した方が良い。こいつは、今ここで。
覚醒する前に、魔法を使いこなしてくる前に――――!
「隙だらけだぞ小僧」
葉っぱの刃をいなしていたデルフが、からからと笑う。
ドラートはここではっとした。そうだ、いつの間にかワルドがいない。
「しまっ――――!」
そう、ワルドは静かに気配を断って、ドラートの背後に回っていたのだ。
冷静になっていれば〝魔力探知〟で気付けただろうに、シエスタに集中しすぎて、気づくのが遅れた。
「ハッ!」
ワルドは至近距離から『
そのまま、ドラートの左手首を切り上げる。
「ぐっ――――!」
ドラートはそのまま跳躍して後退。追撃をやり過ごす。
手首から漏れ出す血と黒い瘴気を、腕の中に隠しながら。
一方、斬り飛ばされた左手の手首は、そのまま宙を舞い、ワルドのレイピアのような軍杖に深々と突き刺さった。
「これで、さっきの小指の借りは
皮肉を述べながらワルドはそのまま、『
「もう、こんなことやめてください!」
シエスタも、四方八方飛び交う混沌花の攻撃をいなしながら、再三降参を忠告する。
「ふざ、ふざけるな……、こんな、五十も生きてない人間如きに……!!」
だが、当然彼女の言葉を聞き入れることも無く、ドラートは激昂する。
アウラやリュグナーからは『新参』と馬鹿にされるが、それでも人間の年月でいえば、ドラートは結構な月日を生きた魔族である。
こんな、自分より魔力も経験も遥かな年下に情けをかけられ、恥をかかされ。
この雪辱、果たさずにいられようか。
結局のところ、どこまでいっても、ドラートは短慮、傲慢の塊だったのだ。
だが――――、その怒りも、次の声で。
「よく頑張ったね。シエスタ、ワルド」
極寒の滝つぼに突っ込まれたかのような気分を覚える。
それは、かつて自分を容赦なく死に追いやったあの声……。
「後は、私がやるよ」
手が、足が、身体全体が、これ以上ない動揺で震えた。
ドラートは夜空を見上げる。
そこには、二つ月を背景に佇む……自分を殺した白髪の少女が、浮いていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時間は、このようになるちょっと前まで巻き戻る。
夢の世界は、徐々に崩壊の兆しを見せ始めていた。
「デンケン、カリーヌ」
フリーレンはここで、二人のいる方を振り向く。
カリーヌは膝を軽く突いていた。デンケンも少し、汗をかいている。
あと数分遅れていたら、未だ湧き上がるこのカトレアの軍勢に押し潰されていたことだろう。
だが、そのカトレアを模した魔物の軍勢が、どんどんと消えていく。
黒い残滓を撒き散らしながら、瘴気に変わって天へと昇っていった。
「終わった……のか?」
「うん、ルイズ達が無事呪いの核を絶ったみたいだ」
「じゃあ、カトレアは……」
エレオノールは立ち上がって、期待を込めた目でフリーレンを見る。
フリーレンは一息ついたかのような顔をした後、視線を大穴の方へと戻す。
「今、カトレアの精神体を連れて、ルイズ達が戻ってきているみたいだ」
やがて、大穴から大ジャンプして才人、シュタルクがやってくる。
勿論、ルイズやフェルン、カトレアも連れて。
「よし、じゃあ現実に戻るよ」
一切の余韻を与えず、フリーレンはそう言い切った。
やがて、夢の世界として構築されたルイズの屋敷は、ぐにょりと歪み始めた。地面も、天井も、何もかもが。
「え!? え、ちょっと待ってフリーレン! まだみんなにお礼を――――!」
「
フリーレンは有無を言わさず、聖典を閉じる。
すると、全員の精神が乱気流に飲み込まれたかのように、バラバラに離れ始めた。
「うわっ!」
「サイト!」
ルイズは無意識に、飛ばされそうになっている才人の手を掴んだ。
なんのため? 分からない。
でも、まだ助けてもらったお礼を言えてない。勿論、フェルンやシュタルク、デンケンにも言いたかった。
そんな感情で手を掴んでいたが……徐々に握力が無くなっていく。やがて、捕まれている才人の方が言った。
「ルイズ! 姉ちゃん助かってよかったな!」
「サイト! なにを……!」
「俺一人っ子だから兄妹とか分かんねえけどさ! 姉ちゃんと仲良くやってくれよ!」
笑顔でそう言うと、才人とはルイズと離れ離れになっていく。
「サイト! サイトぉおおおおおおおおおおおおおお!」
ルイズは彼の名前を、無意識に叫び続けていた。
「……やれやれ、撤収か。最後まで慌ただしいな」
一方でデンケンは、抗わぬまま流されゆく。
「じっちゃああああああん!」
途中、飛んできた才人やシュタルク、彼らに捕まれる形で、この乱気流をやり過ごす。
「目を閉じて気を楽にしろ、二人とも。そうすれば目が覚める」
「わ、分かった!」
そう言って目を瞑る二人をよそに、デンケンは一瞬、遠くへ消えていくカリーヌに目線を移す。
この御恩、一生忘れません。
目で礼を述べる夫人に、デンケンは穏やかに顎髭を扱くことで答えた。
最後に勿論、フリーレンも乱気流の中で流されていく。
その最中、フェルンとすれ違った。
フリーレン様。
なに?
ルイズ様の事、よろしくお願いいたします。
一瞬のすれ違いの後、目だけで『それだけ』を交わして。
フェルンは静かに目を瞑って、安らいだ笑顔で、遠く遠くへと消えていった。
(ありがとう、みんな)
フリーレンは内心、強く感謝しながらフェルンや、消えていくシュタルク、デンケン、そして才人を
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――――はっ!?」
ルイズはここで、身を起き上がらせる。
「……ったた……!」
同時に、腹に凄い激痛が襲って来た。
そうだ、夢の中で蔦に貫かれてたっけ……。
「ここは……?」
ルイズは身を捩らせる。まだ、みんな寝ているようだ。
先に起きているのは、フリーレンだけだった。
「フリーレン……?」
「大丈夫、カトレアの容態は安定してきているよ」
フリーレンは先に、カトレアの様子を見ていたらしい。
確かに、カトレアはすやすやと寝息を立てている。先程のような苦しそうな面持ちはどこにも見られない。
「じゃ、じゃあ……」
ルイズは涙ながらにそう言うと、フリーレンは人差し指を口元に当てる。
「まだ安静にしなきゃだめだ」
そう言われたので、カトレアに飛びつくのは自重するルイズ。
「それよりも、そろそろ後始末を始めないとね」
フリーレンはそう言うと、杖を呼び出し二つ月の踊る月光の元へと、その身を浮かせた。
「よく頑張ったね。シエスタ、ワルド」
「後は、私がやるよ」
その声を聞いたシエスタは、思わず彼女の名前を叫んだ。
「ふ、フリーレンさん!! 起きてくれたんですね!」
「では、カトレアは……無事と」
シエスタは嬉し涙を零し、ワルドも一息つく。
逆に、この言葉を聞いて、一番心臓を跳ねさせたのがドラートだった。
「え?
今までドラートは、この少女の名前など知らなかった。
ただ、自分を殺すほどの実力を誇った魔法使いエルフ。それぐらいしか情報が無かったのだ。
だが、その名前は知っている。
その名はかつて、魔王を討伐した
ということは、あいつは、まさか……
「『葬送』のフリーレン……! お前が、お前が……そう、なのか……!!」
「『葬送』……?」
その二つ名を聞いたワルドと、バルコニーから身を乗り出していたルイズは、同時に眉根を寄せる。
彼女にもこの世界のメイジのような、二つ名があったとは。
しかも、なんかちょっと格好いい……。
さて、そんな感想を抱いていた二人をよそに、フリーレンはドラートと最初に退治した
「やっぱりお前も蘇ったのか。アウラ配下の首切り役人、ドラートだったな」
「――――ッ!」
二つ月昇る夜空を背景に、フリーレンは問う。
その目は一切の感情が無い。〝消す〟という思考にすべてを注ぎ込んでいるかのような表情。
不快害虫を見る目。家にゴキブリが湧いたら誰だって殺意を持って葬る。そこに一切の揺らぎが無い顔だった。
「一つ聞く。お前や模倣する少女……リーニエか。奴がいるということは……もしかしてアウラも蘇っているのか?」
ドラートは瞬時に腕を動かす。糸を出し、魔法を反射する鏡面の葉っぱを手繰り寄せて身を翻し、防御の構えを取った。
そして、言葉と共に飛んできた閃光を、防ぐ予定だった。――――が。
「ぐっ、ぎゃああああああああああああ!!」
絶叫をドラートは上げた。
腕を消された。先の閃光……〝
答えは一切聞いてない問答無用さ。消されたのは幸い、ワルドによって斬り飛ばされた左手首の方であったが……、今度は左肩から下が消えていた。
「混沌花! 命がけで俺を守れ!!」
もうこうなったら破れかぶれだ。
そう命じたドラートは即刻逃げの手を打つ。
あの未知数な使用人少女もいる中で、『葬送』となんてやり合えない。それくらいは弁えていた。
二十体はいる混沌花は一斉に開花し、花粉をまき散らす。
呪いを含んだ花粉の濃霧に、ドラートは隠れる。
だが、その中で一体だけ、特に大きい混沌花は、何故か命令に従わない。
「な、なにをやっているんだお前! 早く俺を守れ……!」
命令違反などしないよう、調教は欠かさなかった。
こんな反応、今までになかった。
その時になってドラートは気づく。そう言えばこの花、カトレアを襲わせた混沌花だ。
「……る、さい」
「え?」
「うるさい……命令するな……!」
やがて、花の核から、カトレアそっくりの魔族が、にょっきり姿を現した。
夢の世界でシュタルクに屠られる寸前、かろうじて残した魔力を親元であるこの混沌花に伝播させ、意識を乗っ取ったのである。
「あいつらを食らうのはわたしだ……絶対ぶっ殺す、ぶっ殺して食らってやる」
「お、おいお前……なにを……!」
「あと少し、あと少しだったのに……! 逃すものか、ルイズ、ルイズぅぅぅ……!!」
魔物は怒り狂っていた。当然ながら、夢の記憶は引き継いでいるのだ。
カトレアにルイズ。あの二人に加え、この屋敷一体の連中全てを食らえば、
そうして高みを目指すのはドラートなどではない。この私だ!
「き、貴様……! 言う事を聞け! 俺の命令を忘れたのがっ……!」
なおも喚くドラートの言葉を、しかし混沌花の魔族は聞き入れることはなく、むしろ伸ばした蔓の一振りで彼の横っ腹を強かに打ち付け、吹き飛ばした。
魔族の関係など、所詮『力』に終始する。
力で従えられない弱者の言葉など、聞き届ける必要などないのだ。
「そうだな。それがお前達〝魔族〟の、永劫変わらない関係だ」
一部始終を静観していたフリーレンは、杖先を吹っ飛ばされて森の奥へと飛んでいったドラートよりも、尚も巨大化を始める混沌花の魔族へと向ける。
カトレア、ルイズ、フェルンの三人の記憶と魔力を吸い取って力を得たこの化け物花は、今はドラートよりも厄介だ。周囲で蠢く混沌花の群れも放置できない。
このままでは、また大量の呪いをこの領域内にいる全員に植え付けられることだろう。そうなったらせっかくの救出劇も無意味と化す。
事実、援護に向かおうとバルコニーの手すりに寄りかかっていたルイズと、地上にいるシエスタ、ワルドの三人は、この花粉によって眠ってしまっていた。
どうやら施した〝目覚めの解呪〟よりも更なる比重の呪いに負け、再び眠りの世界に誘われたのだろう。
今ここで起きているのは、手に持っている
ドラートと混沌花、どちらが現在脅威度が高いかを計算し、まず杖先を上空に向けた。
「――――〝
膨大な魔力が、上空へとぐんぐんと。
二つ月まで届かんとする勢いで伸びていく。
やがて、上空まで飛んだ魔力の塊は、花火のように弾け飛ぶ。
次の瞬間、流星群の如き魔力の弾丸が、呪いを撒き散らす混沌花の
それは、二十はいた花の化け物の核を、一瞬にして貫いていった。
撃ち抜かれた花の核は黒い残滓となって消えていく。
その内の一本は、森の奥で消えたドラートの方に向かっていく。
「はぁ、はぁ……うわあああああ!」
森林の奥で絶叫が聞こえる。ドラートのものだろう。
すぐにでも死んだか確認したかったが、今はこっちだ。
「ぬぅうううううううっ!」
唯一、混沌花の魔族だけは、この攻撃を鏡面の葉っぱでやり過ごした。
巨大な花の中心部で、カトレアの上半身がまろび出た魔族。魔力を吸収し、親元に寄生して意識を乗っ取り、こうして現実世界に顕現してきた。
大方そんなところだろうと、フリーレンは分析した。
「無駄だ! そんな
一方、魔族はフリーレンの魔力を観測して鼻で笑った。
人間よりも、フェルンよりも、ルイズよりも小さな魔力だ。その癖眠らないのは気になるが……、今はそんな事よりも、一刻も早くルイズをこの身に収めたい。
こんな雑魚、食らう価値すらない。
だが向こうは退く気が無いようだ。阻むというのなら容赦はしない。
魔族はそのまま、蔓を伸ばしてフリーレンを一気に絡めとる。
フリーレンはなされるがまま、蔓に巻き付かれていく。
「相手が悪かったな。彼我の実力差を認めてさっさと退いていれば、命だけは見逃してやったものを……」
カトレアの姿をした魔族は、舌なめずりしながらどす黒い笑みを浮かべる。
ルイズが見たら嫌がるだろう、次女が悪い顔をそのまましたような表情。
「お前のような蠅、食らう価値もない。このまま一気に絞め殺してやる!」
そうして、巻き付けた蔓に力を一気に圧縮させ、フリーレンを絞め殺そうと迫る。
しかし、一方でフリーレンはずっと無表情のまま。
どうあがいても勝ちの目などないだろうに、なぜそこまで他人事でいられる――!
「お前のような魔族を見るたび、いつも思うことがある」
「なんだ?」
さっさと死ねよ。無駄に耐えるなよ。
そんな表情を無意識に浮かべながら、魔族は今わの際にいるだろうフリーレンの言葉に耳を傾ける。
「
どういう意味だ?
その言葉が過る前に、カトレアの魔族は目を見開いた。
どんな仕掛けを使ったのか知らないが、目の前の捕らわれのエルフは一瞬にして、大火のような大魔力を放ち始めたのだ。
「は?」
魔力を制限させて欺く。
そんな手法、理合いの外。おおよそ想定しえぬ、埒外の発想。
この魔族もまた、千年かけて積み上げた、このエルフの『
魔族にとって、誇り高き魔法を愚弄する、最低最悪な手段。
故に想像できるはずもない。
呆気に取られる魔族をよそに、フリーレンは膨大な魔力で蔦を、紙屑のように引きちぎる。
そして、魔法で杖を呼び寄せ、一瞬にして魔族の目の前に魔力球を構築。
「〝
極大の魔法閃光が、未だに理解に苦しむ表情を浮かべた
「ひ、卑怯者が!! 貴様、魔法をなんだと思って――――!」
醜悪な顔に歪めてフリーレンを罵倒する。それがこの魔族の最後の言葉だった。
次の瞬間には、魔族の顔に向かって、殺意の奔流が向かって来たから。
十メイル以上にまで成長、巨大化していた魔族は、花の中心部に巨大な風穴を作り上げて。
そこに
やがて、風穴が開いた魔法花全体もまた、黒い瘴気になって消えていく。
長らくヴァリエール家を苦しめていた花の魔物は、呪いは、『葬送』のフリーレンの手によって全て
(混沌花はこれで全部か。あとは……)
魔族の捨て台詞を気にすることも無く。
魔力を探って敵はもういないことを確認したフリーレンは、森の奥で消えただろうドラートの痕跡を追う。
奴に向かって放った閃光の着弾場所から探索したが……、結局、それらしい影は見当たらなかった。
死体は残滓となって消えてしまう以上、詳しく確認する手立てはない。
倒したと思いたいが、油断なき目を、フリーレンは浮かべていた。
(あいつらがいたということは、恐らくアウラも……)
まったく、また面倒事が増えた。
フリーレンはそう思いながらも、とりあえず屋敷の方へと戻っていく。
その頃にはもう、地平線の先より朝日が昇りきっているところであった。