使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第59話『優雅な朝日』

 

「……う~~ん……っ」

 ルイズは寝ぼけた声を発して、暢気に上半身を起きあがらせる。

 あれ……? 

 確か、急に眠気が襲ってきて、バルコニーによりかかって……眠ってしまって、あの後どうなったんだっけ……?

 

「おはよう、ルイズ」

 

「――――え?」

 その声で、ルイズは目をぱちくりさせた。

 やがて、同じく眠っていた面々、カリーヌやエレオノール、ガストンなども、目を覚ます。

 だが、ルイズはそんな周囲を気にする余裕はなかった。

 なぜなら、自分は今ベッドの中にいて、その隣には、

 

「ありがとう、ルイズ。本当に助かったわ」

 

 上半身を起きあがらせて、笑みを浮かべるカトレアがいた。

 今まで化け物の姿ばかりしか見てなかったけど、この温かみと微笑みは間違いない。

 ルイズは、自分をやさしく撫でてくれるカトレアの抱擁を受け、大粒の涙を零し始める。

 

「ち、いねえさま……」

「か、カトレア……! あ、あんた……もう平気なの……?」

「ええ、大丈夫ですわエレオノール姉さま。いつ以来かしら。すっごく優雅な朝日を受けて、気分が良いわ。ルイズ達のおかげよ」

 

 カトレアの微笑みに、とうとうルイズは感情が限界突破した。

 明日を迎えられぬ姉が、こうして生きている。これは夢なんかじゃない。

 ようやく終わった悪夢に、ルイズはカトレアを抱きしめようと―――、したが、先客がいた。

 

 真っ先にカトレアを抱きしめたのは、カリーヌだった。

 

「――――あぇ?」

「か、かあさま?」

 

 いつも厳粛の仮面を取らない母が、この時ばかりは大泣きした。

 

 

「よかった……本当に、よかったよぉおおおおおおお!」

「……はい、母さま。ご迷惑をおかけしました」

 

 

 母は泣いた。誰より大声で。

 だけど、それもそうだろう。自分で腹を痛めて、産んだ娘の一人なのだ。

 表情には出さなかったけど、ずっと辛い思いを抱えていたのだろう。

 

 それだけに、娘が少しでも快調になったことで、とうとういつもの無表情が、取り繕えなかったのである。

 

 勿論、エレオノールも抱き着いてきて大泣きした。眼鏡の奥からぽろぽろと真珠のような雫を落とす。

 勿論、ルイズも泣いた。みんな泣いた。ガストンも男泣きしていたし、ジェラートも、執事や使用人たちも、梟のトゥルーカスも、みんなカトレアの回復を祝って泣いた。

 

「……あの、みなさん。泣いてくれるのはうれしいけど、あんまり大声出しちゃうと……ね?」

 

 カトレアはここで、「しーっ」と人差し指を口元に浮かべる。

 ちょっとそれで冷静になったルイズは、そういえばフリーレンがいないことに気付く。

 

「あれ……フリーレン? フリーレンは?」

「彼女はね……ふふ」

 

 カトレアはルイズとは反対側のベッドをはがす。

 そこにはいつもの、ふにゃふにゃ顔のずぼらエルフがぐうすか寝ているところであった。

 おまけに寝間着姿でいる! いくら疲れたからといって!

 

「あーっ! フリーレン、あんた! いつのまにちいねえさまのベッドの中に!」

「しーっ……」

 

 一瞬、大声を出し呆気たルイズだが、カトレアに諭され、自分の手で口を覆う。

 

「寝かせてあげて? すっごく疲れているのだから、ね?」

 

 カトレアにそう言われ、ルイズも「うん」と、こくりと頷いた。

 聞けば、朝日が昇るまで魔物や魔族がいないか、ずっと探して回っていたのだという。

 その上でカトレアにも問題なさそうだというところで気力を全部使い果たしたらしく、そのままカトレアのベッドに寝入ってしまったのだとか。

 そこまでしてくれたんだ……、と、逆にルイズは先に寝入ってしまった自分を恥じた。

 結局、最後までフリーレンにはお世話になりっぱなしだったな……。

 

「あなた達も休みなさい。動ける者はこの戦いに臨んだ者たちに、相応の労いを」

 

 再び厳粛な態度を取り戻したカリーヌは立ち上がると、周囲にそう告げる。

 ここまで来ると誰も、エルフを恐れる者はいなかった。カトレアのベッドで隣になることに、異を唱える者はいなかった。

 

 本当に、彼女……フリーレンのおかげで、カトレアは死という呪縛から解き放たれた。

 そこに感謝こそすれ、疎む者など、ヴァリエール家の中には存在しなかった。

 

 

 

 さて、命がけの医療後のヴァリエール家は、程よく慌ただしく過ぎていった。

 フリーレンは完全に気力を使い果たしたらしく、この日一日はぐうたらしていた。

 とはいえ、キチンとカトレアの術後について、経過を見る時は見ていたが。

 頑張ったシエスタについても、賓客(VIP)対応がされており、豪華な個室で最上級の食事や飲み物が提供されることとなった(当然ながら、当人は困惑しっぱなしであったが)。

 

 左手の小指を消失したワルドは、ガストンによる治療が施され、大事には至らず。

 とはいえ、握りで重要な小指を失ったのは大きいため、近いうちに魔法の義指を製作するとか。

 

「いやはや、とんでもない日になったものだね」

「あの……、ワルドさま」

「だが、カトレアを救えたんだ。これぐらいの傷なんて、どうってことない。名誉の傷さ」

 

 消えた小指を見て、申し訳なさそうにするルイズの頭を撫で、ワルドはそう言った。

 

「ぼくは一旦、王宮に戻るとするよ。『例の件』で召集命令が来てしまったからね」

「あの……本当にありがとうございます」

「いいってことさ。カトレアにも、あとフリーレンにも、よろしく言っておいてくれ」

 

 ワルドはそう言うと、乗ってきた幻獣グリフォンに跨る。

 そんな彼を、「ジャン!」と、遠くからエレオノールが声をかけた。

 

「慌ただしいわね、もう行くつもりなの?」

「仕方が無いことさ、大きな仕事だし。本当はもう少しゆっくりしたかったが……ね。ピエール殿にも、よろしく言っておいてくれ」

「今度は来るならきちんと連絡頂戴よ。もてなしくらいならちゃんとするんだから」

「おや、今日のきみはいやにやさしいじゃないか。どうしたんだい? バーガンディ伯爵との結婚日がとうとう決まったのかい――――」

 

 次の瞬間、エレオノールの金髪がぶわっと両側へと広がった。

 あ、ヤバイ。これは逆だったか。しまった、地雷を踏んだか。

 ワルドはすばやくグリフォンに鞭を打つ。

 

「そ、それじゃあルイズ! ま、また会おう! 今度は使い魔くんも交えて、ゆっくり話したいな!!」

 早口でそうまくしたてると、ワルドはグリフォンを走らせ、空の彼方へと消えていった。

 

「……ったく、馬鹿」

 

 エレオノールはそんな風に颯爽と去っていく彼の背を見て、ぼそりと呟く。心なしか、顔は赤い。

 ルイズはそんな長女を見て……、何を思ったか、こんな質問をしてしまう。

 

「え、エレオノール姉さま。バーガンディ伯爵と、ついにご結婚を?」

 

 さっきの長女の反応を見てこの発言。なんともまあ、空気の読めない子であった。

 当然ながら、それは今のエレオノールの逆鱗に触れるには十分な威力を誇っていた。

 

「かいしょう……よ、解消」

「え? な、なぜ……?」

「知らないわよ! 良く分からないけど『もう限界』ですって! 何がどう限界なのかしら!」

「い、いびゃびれひゅう!」

 

 しばらくルイズは、怒りをふり撒く長女の癇癪に付き合わされる羽目となった。

 

 

 

 この日の昼頃、屋敷の主であるヴァリエール公爵が帰ってきた。

 事情を聞いた公爵は、すぐさまカトレアの部屋へと猛ダッシュする。

 部屋を開けた時は丁度、一人で身体を起き上がらせてガストンやフリーレンの触診を受ける、カトレアの姿があった。

 

「あら、お帰りなさいお父さま」

「か、カトレア……もう、もう大丈夫なのか?」

「ええ、ガストン殿やここにいるフリーレンさん、ルイズ、母さま、姉さま、ほか沢山の方々に助けて頂きましたので。この通り」

 まだ走り回るほど体力はないが、立ち上がる分には問題ないくらい回復していた。

 だが、最近寝たきりだった次女のことを思えば、持ち直したという事実だけで公爵の喉が熱く満たされる気分を覚えたのだ。

 

 母や娘と同じように、カトレアを抱きしめ、そして大泣きした。

 

 

「さて……」

 しばし時間が経過して。

 ピエール・ド・ラ・ヴァリエールは再び、公爵家当主たる眼力を持った目で、豪奢な居間の窓から沈みゆく太陽を眺めていた。

 

「事情は全て、オスマン学院長から聞いておる。だからそんなに畏まらんでほしい。フリーレン殿」

 

 彼の背後では、片膝をついて畏まるフリーレンの姿があった。

 きちんと貴族に対する礼節はあるじゃないの……。と、ソファ越しでそれを見ていたルイズは、彼女の礼節をきちんと重んじる一面を見て、内心そう呟いた。

 

「では」

 と、フリーレンは立ち上がり、そして聖典を開く。

「術後のカトレア殿の体調も、徐々に回復。彼女の命を蝕む〝呪い〟は完全に切除されたのは間違いありませぬ」

「そうか……」

 その言葉に万感の意を示す公爵。ルイズも、公爵の隣に立つカリーヌ公爵夫人も、ルイズと隣のソファで座るエレオノールも、同じ思いでそれを聞いていた。

 

 既に公爵には、呪いに関する事情、昨夜起こったこと、そのあらましについて、すべて伝えていた。

 俄かには信じられない事ばかりな話であったが、既にオスマンからある程度『異世界』について聞いていたことや、こうしてカトレアが復帰してくれたこと、それは確かな事実であったため、全て信じた上で話を聞いていた。

 

「むしろ、すまなかったと思っておる。わしがおらぬ間にそんな大変なことが起こっていたとは……」

「お父さま……」

「お前たちにも辛い思いをさせてしまったね、ルイズ、エレオノール」

 そう言う公爵の声には、今までルイズが聞いたことのない、親としての優しさが含まれているような気がした。

 魔法が使えなかった時代には、絶対気付かなかった。心から自分を案じる声。

「確かに、辛くなかったと言えば、嘘にはなります。ですが……」

 ここでルイズは、強い意思を宿した目で、父に告げる。

 

 

「母さまや姉さま、フリーレン、シエスタ、ワルド様。そして異国の魔法使い……フェルンやシュタルク、デンケン殿、サイトが……みんなが助けてくれたから、ちいねえさまをお救いすることができました」

「娘の窮地に参じてくれた彼らには、本当に頭が上がりません。彼らは紛れもない恩人です」

 

 

 カリーヌ夫人も、万感の思いでそう補足した。

「そうか、ジャンの奴も来ていたのか……、あの格好つけめ」

 ワルドの話が出た時、公爵は僅かに口元が緩んでいたような気がした。

 そうしてしばし微笑んでいた公爵だったが、「それよりも……」と、聞きたいことがあるかのようにこう続ける。

 

「カトレアの病。確かに治ってはきているようだが……、それでもまだ『振り出し』に戻っただけという解釈でいいのか?」

 

 そう、カトレアは確かに九死に一生を得た。

 だが、それでも最初の『身体が弱かった頃』に戻っただけ。

 彼女を完全に元気にさせるには、この身体が弱い原因を解決せねばならない。

 

「その解釈で合ってます。ですが、その身体が弱い原因についても、心当たりがあります」

「本当かね!!」

 

 それはもう、公爵はずいっとフリーレンに詰め寄った。

 カトレアがお天道様の元を、気兼ねなく歩ける。その姿を現実にできると、想像したのだろう。

「折角ですし、その原因と対処療法について、カトレア殿と一緒にお話しできればと」

 

 

 

 そういうわけで、場所を居間からカトレアの部屋へと移した一同。

 彼女の体調が少し良くなったということで、彼女に懐く動物も再び集まり始めていた。

 

「で、カトレアの身体を悪くする原因とは、何なのだね?」

 

 せっつくように、公爵は尋ねた。

 フリーレンはここで、ルイズを手招きして、上半身だけ起き上がらせて寝ているカトレアを見る。

 

「ルイズ、〝魔力探知〟を会得したならもう、気づいているでしょ?」

「うん……」

 

 フリーレンの言葉に、ルイズは軽く頷いた。

「何が見えてるの?」

 カトレア含む周囲は困惑しているが……、今のルイズには、はっきりと見える。

 

「……ちいねえさま、もしかしてずっと魔法を使ってる? 身体中の魔力がずっと乱れてるんだけど」

 

 ルイズの問いに、カトレアは疑問符を浮かべる。

「魔法って……使っているつもりはないのだけど……」

 カトレアは「うーん」と、人差し指を口元に当てて考えている。エレオノールは「何を言っているのよ」という風な顔をしていた。

 

 その時、棚の上で巣をつくっていた小鳥が一羽、カトレアの肩へと止まる。

 

「あら、よしよし」

 カトレアはそう言うと、ベッドの隣に置いてある小箱から餌を取り出し、小鳥に与える。

 まるで、この小鳥はお腹を空かせたからやってきたのが、分かっていたかのようだ。

 

「それです」

「はい?」

「それが魔法なのです。カトレア殿は自覚なく、魔法を垂れ流すように使っている。そのせいで必要以上に魔力が流出し、結果身体まで悪くしてしまっているのです」

 

 それを聞いた周囲は、これまた騒然とした。

 主治医であるガストンも、「そこまでは分からなかった」という顔を浮かべている。

 

 だが、気づけなかったのも無理はない。

 カトレアが無意識に使っている魔法は、分類でいうなら『系統魔法』でも『先住魔法』でもない。

 どちらかというとフリーレン世界の魔法……いわゆる〝民間魔法〟に分類する魔法なのだから。

 

 

 そう、彼女は幼少の頃より、無意識で異世界の魔法を構築、体得した、無自覚の天才だったのだ。

 

 

「それは私の世界で言うなら、〝生き物の心を読む魔法〟と、いったところでしょうか。カトレア殿は幼少期、無意識にその力を発現させてしまったものの、思うように魔力操作が上手くいかず、その所為で身体まで弱らせてしまった。そんなところでしょう」

 

 だから、その対処法を知らないハルケギニアの民は、誰も彼女を治せなかった。

 身体が悪いのだろう、という推測の元で本来、()()()()()()()()()に薬を与えてしまい、逆に悪化させてしまったと。

 

師匠(せんせい)との修行の旅路で、この魔法を使う一族とも接触したことがありましたので、症状にはすぐピンときました。この魔法、かなり魔力を消費する上に使用自体は無自覚で済ませてしまうケースが多く、そのまま衰弱する者も後を絶たなかったとか。原因は魔力経路であり、身体には影響にはないけど症状的には『身体が衰弱する』というのも、診断を誤りやすい事故要因でもあるのです」

「……そういう絡繰りであったのか」

 

 フリーレンの言葉に、公爵は思わずうなった。

 思えばカトレアは幼少期から、いやに動物に好かれていた。その本質がこの魔法を過剰に使ったことによる反動だというのであれば、納得はいく。

 そういえば、カトレアが弱り始めたのも、動物に懐かれ始めた時期だったっけ。

 

「な、治すにはどうすればいいのだ?」

 公爵は身を乗り出す。夫人も長女も末っ子も、目を見張ってフリーレンの言葉を待つ。

 

「一番良いのは、今すぐにでも魔力操作を覚え、きちんと魔法を制御できるようになることでしょう」

「でも、どうやればいいのでしょうか?」

「この聖典に、やり方が書かれています」

 フリーレンはそう言うと、今まで使っていた、戦友(ハイター)がくれた聖典を、カトレアに渡す。

 聖典には付箋が張られており、そこを開くと『今すぐできる魔力操作法』という文面と共に、色々な療法がハルケギニア語で書かれていた。

 それもすぐ実践できる範囲。呼吸を整える、イメージを思い描く、瞑想の方法とか、そんなことが書かれている。

 

「元々この書には、カトレア殿の病気を完治するにはどうすればよいのかが、全て記されております。この書の通りに従えば、いずれはこの魔法を自在に操りながら、なおかつ完治も可能です。実践頂ければと思います」

「すごい……、本当に色々書いていますのね」

 カトレアは驚いたように、書物をぺらぺらとめくる。ルイズも思わず、身を乗り出した。

 本当に、カトレアがどうすれば治るのか、懇切丁寧に書かれている。夢の世界でも思ったことだけど、凄い魔導書だと思った。

「こんな魔法があるだなんて、驚きだわ……」と、隣のエレオノールでさえ、素直に感心したかのような表情。

 

「ありがとうございます、フリーレンさん。わたしなんかのために、ここまでしてくれて」

「礼なら、ハイターに言って頂ければと。この本を使えるようにしてくれたのは、その者のおかげです」

 

 ハイター? と、カトレアは首をかしげる。

 

「友です。私は彼やその仲間たちと共に旅をしてきました。彼が遺してくれたこの書が無ければ、カトレア殿がここまで快調になることはなかった」

「……大切な友達なのですね」

 カトレアの慈愛の微笑みに、「はい」と、フリーレンは断言する。

 

「その者にも是非、礼をしたいのだが」

 公爵はそう告げるが、

「残念ですが、その者はもう……」というフリーレンの言葉に、「失礼した」と、公爵は返す。

 

「あ、ですが、よろしかったら此度の件の報酬として、お酒を貰ってもよろしいでしょうか? あいつ、すごい酒好きでしたので。喜ぶと思います」

「よろしい。この領地で一番良い酒を、すぐに手配しよう。如何ようにも使ってくれ」

 

 フリーレンとしても、ハイターから受けた借りは返したい。

 また聖都に寄ることがあったら、その酒瓶を供えてあげるとしよう。

 

「じゃあ、これで本当に、ちいねえさまは治るのね……!」

「そうだよルイズ、ただ……聖典を見るに、それでも二十年以上かかるとのことだけど」

「え、そうなの……?」

 

 それを聞いたルイズはまた、渋い顔をする。

 確かに時間をかけるならそれぐらい必要なのも分かる。でも……、今から二十年も時間をかけたら、完全に行き遅れてしまうではないか。

 きちんと、ちいねえさまには女性としての幸せもつかんでほしい。ルイズからすると、何とももどかしい気持ちを覚えるのだ。

 

「うん、だから、その期間を短縮するために、色んな花を、地方から集める必要がある」

「あ……!」

「主治医ガストン殿の見立てもまた、正しいよ。今のミス・カトレアは魔法を無意識に使いすぎた余り、身体を弱らせ過ぎている。二十年という見立てはあくまで、聖典に記された療法のみを実践した場合だ」

「じゃ、じゃあ! 要所で咲く魔法花を集めて、それを素材に薬を作ってあげれば……!」

 

 この夏休みでやろうとした目的。

 魔法花を集め、そしてヒンメル達を知るための旅路。

 学院で、彼女を治すためにと色々考えていた時間は無駄にはならないということに、ルイズは嬉しさで震えた。

 

 

「そういうことだ。ルイズが各地で様々な魔法花を覚えて、それを自在に出せるようになって薬を作れるようになれば、一年かからずミス・カトレアは治るよ」

「~~~~~~ッ!!」

 

 

 それを聞いたルイズは嬉しさで舞い上がった。

 やっと、やっとカトレアが治る。その目途がついに立った。

 周囲も、嬉しさで顔を綻ばせる。カトレアも、ここまでみんなに愛されていると改めて分かり、彼らのためにもきちんと自分の体調を治そうと、内心、強く決意する。

 

「ねえルイズ、姉さんにもう一度見せてくれない? あなたの魔法」

 

 ここでカトレアは、ルイズにそう言った。

 喜びで小躍りしていたルイズは、ここでハッとする。

 そうだ、あの時は呪いの所為で、きちんと見せてあげることができなかったっけ。

 

「う、うん! 双月草でいい?」

「ええ」

 

 ルイズはすぐに、杖を使わずに種を手に持ち、両手で覆い隠す。

「見ててね、ちいねえさま」

 両手の中が小さく光る。

 光が収まり、手を開けると、そこには双月草の花があった。

 

「まあ、すごい! あなた、本当に魔法を爆発させずに使えるようになったのね!」

 

 カトレアは自分の事のように、ルイズの魔法を褒めた。

 ああ、やっと聞きたかった言葉を、現実でもらえた。

 ルイズも、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「ほら、その魔法、父さまにも見せてあげて」

「うん! あの……父さま、これ……」

 

 ルイズは一転、ちょっと不安そうな表情で父を見上げる。

 魔法とはいえ、『系統魔法』ではない。何か言われるんじゃないかと思っているのだった。

 

「……それが、学院で学んできた成果か。ルイズ」

「は、はい……!」

 

 父、公爵は難しい顔を浮かべていた。

 ルイズが魔法を使えるようになった。それはもちろんうれしい。すごくうれしい。むっちゃうれしい。

 

 だが……オスマンから聞いた言葉。『虚無の担い手』。そしてエルフの使い魔。その事実がどうしてもノイズとなる。

 六千年の時を経て、始祖の魔法が蘇りかけている。それを素直に喜べないのは、信仰心に欠けることなのだろうか……。

 

『聖地回復』という大義から目を背け、娘ルイズがこの先、安寧に健やかに、それを見守ることだけ考える。それはブリミル教徒として、恥ずべきことなのだろうか。

 いろんなことを考える。彼女の幸福のために、自分は何を成すべきか……。

 

 そんなことをずっと頭の中で考えているものだから、こちらを見るルイズの顔が、どんどんと顔を歪ませ始めていることに、遅れて気づいた。

(あ、しまった……)

 公爵はやってしまったと思った。

 ルイズは今、目でこう語っていたからだ。

 

 どうせ認めてくれない。

『系統魔法』じゃないから。

 やっぱりわたしはこの家じゃいらない子。

 系統が判別してないから……。

 

 目に涙まで溜め始めている。難しい顔をしているのは、難癖を付ける言葉でも考えているのだと思っているのだろう。ショックを受けているのは容易に想像できる顔だ。

 

 

「 あ な た 」

 

 

 隣のカリーヌが、厳しい声で夫を叱咤する。ギクッ、と身体をこわばらせる公爵。

 これはマズい。そんな空気を察した公爵は、一度大きく「うおっほん!」と、咳を出す。そして次いで、部屋の隅で控えていた使用人たちに向けて叫ぶ。

 

「ええいお前たち! 何をしているか! ルイズが魔法を成功させたのだぞ! 今日はカトレアの快気祝いとルイズの魔法初成功の記念日だ! 派手に祝わんか!!」

「はっ!!」

 

 公爵の怒声に慣れている使用人たちは、速やかに準備をすべく去っていく。

 

「あの、父さま……」

「ルイズ、とうとう魔法を成功させたのだね」

 公爵は優しい手で、ルイズの花を恭しく受け取った。

「教えてくれないかね? ルイズ。お前はこの先、魔法を覚えて何になりたいのだ?」

 

 公爵の問いに、ルイズは顔を俯ける。

 一瞬、フラッシュバックする。

 腕を切り落としかけたマルトーの事、そしてタバサの顔を思い出したルイズは、やがて凛とした態度と声で言った。

 

 

 

 

 

「……薬師(くすし)になりたいです。いろんな魔法花を覚えて、いろんな薬を作れるようになって。もうちいねえさまのような悲劇を、誰にも、それこそ民にも味わわせないために」

 

 

 

 

 

「……そうか」

 公爵は顔を、自分の手で覆う。

 娘は今、立派な大望を抱えて飛び立とうとしている。

 嬉しさで涙がこぼれそうになるのを、必死になって堪えた。

 かつては無能(ゼロ)とまで馬鹿にされてきた末娘が、民のためとここまで立派になった。父として、これ以上の幸せはない。

 

「……一つ、頼みがあるのだが」

「はい……なんでしょう? 父さま?」

「もし薬を作れるようになったら、胃薬を作ってくれないかね? 最近胃の調子が悪くてね」

 おどけるように、そう言って笑みを浮かべる公爵に対し、ルイズは破顔して強く頷いた。

 

「はい! 最高の胃薬ができたら、真っ先に父さまに差し上げますわ!」

「ああ、楽しみにしておるぞ、わしの可愛いルイズや」

 

 父はそうして、娘の額に接吻する。

 そして、改めてルイズの使い魔こと、フリーレンに向き直った。

 

 

「あなたは二人の娘の将来を、光ある方へ導いてくれた。ヴァリエール家の大恩人だ。ささやかではあるが祝いの席を設ける。是非参加していってほしい」

 

 

 心からの感謝と共に、公爵はそう言って頭を下げる。

 フリーレンも、微笑みを浮かべて頷いた。

 

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