その後、ヴァリエール家では大々的な祝賀会が行われることとなった。
「おめでとうございます! ルイズお嬢様!」
三十人は余裕で入れるヴァリエール家でのダイニングルームでは、トリステインでも屈指の料理人が丹精込めて作った料理が並べられていた。
それをてきぱきと配り始める使用人たち。ルイズの前には、彼女の好物である、クックベリーパイがあった。
席にはルイズの他、公爵夫婦、エレオノール、カトレア。
向かいの席にはフリーレンと、シエスタもいた。
(あ、あの……本当にわたしなんかがこの席についてよいのですか?)
料理に手をつける前に、シエスタは小声で隣のフリーレンに話しかける。
本来自分は、部屋の隅に控えている使用人側でいるべきだと思っているのだ。
こうして賓客として豪勢な料理を堪能する側なんて、慣れていないのである。
何かあるんじゃないか、自分の行動が粗相につながるんじゃないかと、さっきから落ち着かないのであった。
「気にしなくていいよシエスタ。シエスタだって頑張ったんだ。報酬は受け取れる時に受け取っておくものだ」
当然、フリーレンはまったく気にすることなく食事に、蜂蜜の乗ったローストチキンに手をつける。
旅すがら、困った貴族に手を貸してもてなされることが多い。こういう対応もなれっこだった。
「そうよ、あなたもまた、紛れもないわたしの命の恩人。遠慮せず召し上がって」
向かい側のカトレアが、慈愛の微笑みを浮かべてシエスタにそう勧めた。
「で、では……」と、シエスタはまずサラダから手を付ける。マルトーにも引けを取らない贅を凝らした料理に、シエスタは思わず「美味しい!」と声を上げる。
「あ、ご、ごめんなさい。大声出しちゃって……」
「いいのよ、気にせず食べなさい。今夜は無礼講なのだし」
厳粛なエレオノールも、そういってシエスタの気を和らげる。
カリーヌも、無言の中で静かに頷く。
「最初に会った時から思っていましたよ。あなたには他の平民にはない、何か特別な力を持っていると」
「そ、そんな……全然わたしなんて、貴族様の魔法に比べれば……」
「謙遜しなくて結構ですよ。私は凄いと思ったことを、そのまま口にしているだけですので」
特に、カリーヌはシエスタの力が特に気になっていたようなのか、普段無口に振るまう彼女にしては珍しいくらい、色々尋ねていた。
「ワルドに引けを取らぬ武術で魔物たちとやり合ったそうですが、その技術はどこで?」
「タルブで……その、今も細々と経営している道場があるんですけど、そこで昔……今は死んじゃったお祖母ちゃんに、手ほどきを受けたんです」
「具体的にはどのようなものを?」
「えーと、剣術、柔術、居合、長刀、棒術、槍術、弓、馬術、捕手術……あたりはひと通り。色々教わりましたけど、結局お祖母ちゃんには一回も勝てませんでした」
「なるほど、その努力が先の事件解決への一助になったと。これは興味深い……」
カリーヌはふむふむと、さらに身を乗り出す。……ちょっとトリステイン最強の騎士としての血が、騒いでいるのかもしれない。
今のカリーヌは、ルイズどころか夫ピエールすらちょっと冷や汗をかくほどの、凄絶な笑みを、無意識に浮かべていたのだ。
「お、お母さま。そんなに詰め寄っちゃったら……、シエスタさん、困っていますわ」
「……これは失敬。あなたを見るとどうしても、昔に置いてきたはずの『騎士の血』が騒ぎ始めまして」
なんかもう、カリーヌのシエスタを見る目は完全に『未知なる好敵手』を見るようなそれである。
よほど、気に入られてしまったらしい。
だが、杖も無いのに現魔法衛士グリフォン隊隊長ワルドと、なんら引けを取らぬ立ち回りで魔物の群れとやり合ったというのだから、興味を持つなという方が無理だろう。
「いつかあなたとは、別の手段で心置きなく
「は、はは……で、できればご遠慮させていただければと思います……」
シエスタはもう、乾いた笑いを漏らして夫人の視線から全力で逃げるしかなかった。
(母さまが興味を持つって、どんだけよあんた……)
話には聞いていたけど、こうして『烈風』が本気で興味を持っているのを見ると、なんともいえない冷や汗をかくしかなかったルイズだった。
あまりにも空気が緊張でピリピリしていたので、ここで公爵が咳を一つして、話題を変える。
「そ……そういえばエレオノール、お前とバーガンディ伯爵との婚約話はどうなったのだね? そろそろわしもカリーヌも、孫の顔が見たいなぁ……なんて、なぁ?」
これを聞いた周囲の空気は更にどんよりとした。
フリーレンですら一瞬、料理に手を付けるのを止めるくらい。エルフたる彼女ですら気づくほどの凍結具合だった。
どうやらこの長女の婚約話がどうなったかについては、両親はまだ知らなかったようである。カリーヌも、少しきょとんとした様子で長女の顔を見る。
「……かいしょう、ですわ」
「へ? 解消?」
「ええ、つい最近、そのような手紙が一方的に送られてきたのです。なんでも、『もう限界』だとのことで……」
これまたエレオノールは顔を真っ赤にさせて、声とともに見えない角度で拳を震わせていた。
目に見えて怒っているのが分かっているので、思わずルイズも委縮したように身を縮こませる。
「それはまた、どうしてそのようなことになったのです?」
そんな中、あっけらかんとしてそう告げるのは母カリーヌだった。
彼女だけは、長女のそんな怒りなど、心底どうでもよさそうに、只どうしてそうなったかの理由を問い詰める。
「バーガンディ家は、かつてワルドやグラモン同様、かの『厄災』に身を投じた勇猛なる者を祖に持つ家です。なればこそ、あなたを是非にと話を進めていたのですが……、そんなに彼が気に食わなかったのですか?」
「いえ、……それはその……」
「何がどう『限界だった』と、彼の口から言わせたのか、あなた自身からの観点と言葉で、今すぐ説明して頂けますか?」
「いや、だって……その……」
母のこれ以上ない詰問に、怒りも忘れてわたわたし始める長女。
ここでカリーヌは、執事ジェロームに、婚約解消を告げてきた、伯爵からの手紙を持ってくるよう指示。
震える執事の手から手紙を受け取ると、さっそく広げ、しばらく夫と共に読み進めていく。
……しばらく後、母の目はどんどんと、鷹のように鋭く尖っていった。
「エレオノール、話があります。後で部屋に来なさい」
「か、カリーヌ、え、エレオノールも傷心しているのだし、もう少し穏便にだな……」
「分かりました。あなたも一緒に来てください」
「えぇ! ナンデ!?」
「大体あなたが娘に甘いからこうなるのです。厳しいのはいつも表面だけ。長い間黙ってみていましたが、おかげで随分とわがままに育ってしまったようですね……!」
そんな話を繰り広げた頃には、粗方食事も片付いていたようなので、手を叩いてお開きを告げる。
「さて、名残惜しいですが祝賀会もこれにて。私はこの後二人に話を聞かねばならないので、ここで。ルイズ、カトレア、
そう告げると、顔を真っ青にした夫と長女を連れ、夫人は退出していった。
「……すっごい怒ってたね、魔力があらぶってたよ。カリーヌ夫人」
「ええ……そうね」
他人事のように呟くフリーレンに対し、ルイズは体を恐怖で震わせながら頷いた。
月明りが良く見える天気なのに、今宵は嵐で荒れるだろうな……と。
なんにせよ、豪華な料理をたらふく食べたフリーレンたちは、ちょっと休憩した後、散歩がてらシエスタと共に、ヴァリエール家の中庭を歩く。
「フリーレン、シエスタ、こっちよこっち」
彼女達は、ルイズに呼び出されて向かっている最中なのだった。
やがて、中庭の奥、ルイズが幼少期から悲しいことがあるたび、いつも向かっていた小池へとやってくる。
小池といっても、他の家から見れば湖といえるくらいの大きさを誇った池だ。その桟橋、ぷかぷかと浮かぶ小舟の上に、ルイズとカトレアはいた。
「せっかくだし、みんなで一緒に、小舟で回りましょう?」
そう提案してきてくれたカトレアの言葉を受けて、フリーレンとシエスタ、ルイズの四人は、昔使っていた小舟に乗ったのだ。
みんなが乗ると同時に、カトレアはカヌーを取ろうとする。それにフリーレンは待ったをかける。
「そんなの使わなくても、いい魔法があるよ。〝勝手に舟がゆらゆら動く魔法〟」
「……すっごい限定的な魔法ね」
「あら、でもすごく助かっちゃうわ。小舟が自由に動いてくれるのでしょう? ぜひお願いしますわ。フリーレンさん」
フリーレンは頷くと、小舟に魔法をかける。
すると、フネはゆらゆらと、二つ月を水面が映す湖面を、自由に漂い始めた。
「改めて、お礼を申し上げます。フリーレンさん、シエスタさん、本当にありがとうございました」
しばらくして、カトレアは優雅に頭を下げる。
「いえ、わたしはそんな……」
当然だが、公爵令嬢からの心からのお礼に、平民のシエスタはわたわたするばかり。
「私やシエスタだけの力じゃないよ。ハイターもそうだし、夢の中で助けてくれたフェルンたちの力もあったからこそ、こうしてうまくいったんだ」
一方、フリーレンはそう言って補足する。
「だから、もしフェルンたちに会うようなことがあったらお礼を言ってあげて」
「はい、是非わたしもそうしたいです」
ころころとカトレアは微笑む。
ルイズも、色々と思うような表情を浮かべて、静かな時間の中、二つの月を見上げた。
「ねえルイズ、フェルンはどうだった?」
そんなルイズに向かって、フリーレンは尋ねる。
「そうね……」と、ルイズは思うような声で、
「なんていうか……凄かった」
「どう凄かった?」
「わたし、子供の頃から立派なメイジになろうって、努力を続けてきたつもりだったんだけど……、今思えば、その『立派なメイジ』ってなんだろうって、具体的なイメージができてなかったと思うの」
昔は多分、オールド・オスマンとかトリステインの教師陣とか、あるいは英雄として名を馳せた両親とか。
身近な例なら姉二人とか。そんな漠然とした目標を抱えていた。
けど……、今は違う。
「わたしが目指すべき魔法の高みは、フェルンなんだってことが、あの戦いで分かったのよ」
それぐらい、強烈な印象をフェルンの姿に見出していた。
あんな風に強くなりたい。ルイズの中で、明確な目標ができた瞬間だった。
「ねえフリーレン、フェルンみたいになるのって、どうすればいいの?」
「簡単な話じゃないよ。フェルンは私に会う前から必死に鍛えて今の実力を身に着けたんだから。それこそ魔法に人生を捧げるほどに努力しないと、フェルンに追い付くことは一生ないよ」
「魔法の研鑽に、人生を捧げる……」
そこまでは、考えたことが無かったルイズだった。
魔法を権威に据えている社会なのに。生涯をかけて魔法を研鑽する。そんなことを考える貴族はトリステインでどのくらいいることだろう。
みんな、ある程度実力を身に着けた時点で成長を止めてしまう。最低でも平民に威張れる力さえあればいいと、公然と言い切る貴族すら多いのだ。
勿論、自分や家族は違うと思うけど……、それでも、『魔法に生涯を捧げる』という、凄絶な考えをすることはルイズもなかった。
でも……
「死ぬほど努力すれば、今からでもフェルンに追い付ける?」
「さあね。ルイズ次第だ」
そう言うフリーレンの口元は、少し笑顔で緩んでいた。
本当に、自分の努力次第で自分はどうとでも成長できる。人生の大きな岐路に差し掛かっているのだろう。
何を唱えても爆発する『ゼロ』時代は、どれだけ努力しても報われることはなかった。
でも、今はフリーレンのおかげで、努力すればするだけ報われる。
だったら、死ぬまで努力してみるだけだ。自分の才能を全て使い果たしてみるまで。
無意識に拳を握り、笑みを浮かべるルイズを見て、カトレアは誇らしげに笑顔を向けた。
「頑張ってねルイズ。ねえさん、応援しているから」
「うん! わたし、もっともっと凄いメイジに、歴史に名を遺すメイジを目指してやるんだから!」
ルイズの中で、鮮明な目標ができた瞬間だった。
「そのためにも、まずは修行しながら色んな花探しの旅にでなきゃね。ちいねえさまを早く治すためにも」
「焦る必要はないよ。徐々にとはいえ、カトレアの身体も安定してきているし。冬にならないと咲かない花とかもあるからね」
カトレアの身体を安定させるのに、どんな魔法花が必要かというのは、聖典のおかげで分かっている。
その中には、冬にならなければ咲かない特別な花もある。慌てても仕方のない状況ではある。
そのため、旅自体はゆっくりできる土壌はあるのだった。
「そうね……」とルイズ。
カトレアもまた、笑顔で頭を下げた。
「本当に、何から何まで、ありがとうございます。フリーレンさん」
「別にいいよ。……っと、そうだ。それでね、シエスタに一つ、聞きたいことがあるんだけど」
「はい、なんですかフリーレンさん?」
ここで、急に話を振られたシエスタは、綺麗な景観からフリーレン達の方へと視線を、慌てて移す。
さて、フリーレンはというと、ぽかんとする彼女に向かってこう言った。
「シエスタには、是非私とルイズの旅に、一緒に来てほしいんだよね。強力な〝前衛〟として」
「――――え?」
シエスタは目を丸くした。
まさか、ここにきてそんな話を振られるとは、思ってなかったのだろう。
「ちょ、ちょっとフリーレン……」
「シエスタももう分かったでしょ。シエスタは、最強の勇者の魔法と血を受け継いでいる。その才能、眠らせたままなのは勿体ないよ」
「は、はぁ……」
シエスタは顔を俯ける。
なんというか……どう反応したらいいのか分からないといった顔だ。
別に、ルイズやフリーレンのことは嫌いじゃない。むしろ、好きだと思っている。
でも、またあんな荒事に巻き込まれるんじゃないかと、心のどこかで考えている自分もいる。
確かに、昔は祖母の影響で色々教わったけど、別に進んでこの力を振るいたいわけじゃない。ドラートで思ったけど、やっぱり戦いを『怖い』という気持ちが、完全に払拭できたわけじゃないのだ。
今のシエスタは、誘われて嬉しいという気持ちと怖い気持ち、その半々で揺れ動いていた。
「まあ、急に言われて困惑するのも分かるけど、どの道私達は、最初はタルブに行こうと思ってるんだよね」
「え、タルブにですか?」
「オスマンやデルフから聞いているから。シエスタの先祖、ヒンメルと交流があったんだってね。銅像も立ってるって。行って確かめてみたいんだ」
「それに、ちいねえさまを治す魔法花も、タルブにあるみたいなのよ。シエスタも聞いたことあるでしょ? 『タルブの星』っていうブドウがあるって」
それを聞いたシエスタは、「あぁ……!」と、手をポンと叩く。
トリステインでも有数なブドウの原産地として知られるタルブ。その中の一つ、『タルブの星』と呼ばれる特殊なブドウ。
タルブの野山に自生するノブドウであり、果実に肝臓疾患や胃弱に強い効能を持つ。この夏の時期に一斉に実をつけ、夜になると眩く発光するさまが『山々に点在する星の光』を思わせるさまから、『タルブの星』とも呼ばれている。
「だから、この家から直接タルブに行こうと思ってたんだ。そういう意味でも、シエスタの道案内があると嬉しいんだよね」
勿論、嫌だというなら仕方はない。強制はしないよ。
フリーレンの勧誘に、シエスタは考える。
旅かぁ……。
貴族のお嬢様と、エルフとの三人旅。
多分、一生に一度あるかないか、いやこれを蹴ったらもう一生無いと断言できるだろう一大イベント。
(おばあちゃんやジェシカがこれを知ったら……。いや、あの二人だと『行かないって選択肢なんてないじゃない!』とか言って、背中を蹴っ飛ばしてきそうだなー)
シエスタも、フリーレンの旅路については、学院で何度も聞いていた。
下らなくって、馬鹿馬鹿しくって、それでも振り返れば『楽しかった』って、笑顔で振り返れるような旅路。
それをルイズや、フリーレンと一緒に楽しめる……か。
それに……、
(わたしの中に流れる、この
こんなこと、今までなかったことだから。
それに、ここまで必死になって助けたカトレアが最後まで快調になる姿を見たい。という気持ちもあった。
ややあって、シエスタは言った。
「分かりました。わたしなんかでよろしければ、よろしくお願いいたします」
そうして、ゆっくりと頭を下げる。
フリーレンとルイズは、互いの顔を見合わせる。フリーレンが頷いたので、ルイズもこくりと頭を上下した。
ルイズも、シエスタの事は嫌いじゃない。彼女もカトレアの命の恩人の一人なのだから。
戦うところを直で見たことはないけど、母やフリーレンがこれほど興味を示すのだから相当なものなのだろうし。
良くも悪くも、夢の世界で前衛の強さを間近で見ていたため、平民だからと侮る悪癖も、和らいでいたのだった。
「こっちこそ、よろしくね、シエスタ。……思えば、あんたとは奇妙な縁よね」
「そうですね。あの時……ミス・ヴァリエールが手を差し伸べてくれたから始まったご縁ですよね」
そう言って笑い合う二人の少女を、微笑ましそうにカトレアとフリーレンは見つめていた。
その裏で、強風が屋敷の中で荒れ狂っていたのは、内緒の話。
翌日。
ヴァリエール家、エレオノールの部屋にて。
「いっつつ……」
「大丈夫ですか? エレオノール姉さま」
「大丈夫に見える……?」
その日、エレオノールはベッドでうつ伏せになりながらぐったりしていた。
なんとなく予想はしてたけど、やっぱりただの話し合いで終わらなかったらしい。
今の長女の体はボロボロ。可哀そうだと思ったので、こうしてルイズが様子を見に来たのである。
「えーっと、むち打ちや擦り傷に効く薬は……と」
ルイズは長女の書斎の机の上で、色んな魔法花を作って手製の塗り薬を、即興で作り上げる。
そんな末娘の背中を、寝ながら見つめていた長女は、ふと尋ねる。
「聞いたわよルイズ、あなた、薬師になるんですって?」
「……うん」
薬瓶に色とりどりの花を詰め、杖でかき回しながら水を入れて、鮮やかな色合いの薬を作り上げる。
作業をしながらルイズは思った。何かまた小言を言うのだろうか? と。
「やっぱりエレオノール姉さまからしたら認められない? これ、系統魔法じゃないし」
「……そうは言ってないわ。ただ、あまりこれ見よがしにやるのは自重なさい。平民ならまだ分からないでしょうけど……、貴族の連中とか。本当に頭が固い奴ばかりだから」
特に
「善意で作った魔法に難癖付けられるのは、あなただってイヤでしょ?」
「……エレオノール姉さま」
「あなたはまだ、そこのところの分別がついていないんだから、本当に気をつけなさい」
そうしている合間に、ルイズは作った塗り薬で湿布を作る。
ルイズはそれをエレオノールのうなじや首、肩などに貼ってあげた。
「ありがと、ルイズ」
「……うん」
素直に長女が礼を言うだなんてと。ちょっと意外に思いながらルイズは頷く。
「……じゃあわたし、そろそろ行くから」
ちょっとこそばゆい空気だったので、そのままルイズは扉のノブに手をかける。
「ちょっと待ちなさい」
「なに? 姉さま」
「机の上のそれ、持っていきなさい」
ルイズは言われた場所に目を向ける。
そこには小さな木製の箱があった。なんだろうと思ってはいたけど、開けようとしたら怒られるだろうからと無視していたのだ。
「開けていいわよ」とエレオノールから言われたので、開けてみるとどうやら薬箱みたいだった。
開けると左右に広がる多層構造らしく、思った以上に色んな薬品が収納できる。
中も空瓶から始まりピンセットやはさみ、包帯などが既に入っている。
「何があるか分からないから、とりあえず思いつくもの、詰め込んでおいたわ。ガストンにも協力してもらってね」
「エレオノール姉さま……!」
「ほら、わたしのことなんていいから、早く行きなさいって」
「うん! ありがと! エレオノール姉さま!」
ルイズはにこやかな顔で、長女に礼を言うと、そのまま去っていく。
「はぁ……」と、妹が去った後。らしくないことをしたなあ、と、ため息を吐くエレオノール。
(まったく、素直じゃないんだから)
そんな長女の寝転がる姿を、ルイズが去った後、扉の隙間越しに覗いていたカトレアが、微笑みながら呟いていた。
その後、ルイズはその足で書斎へと向かう。
今頃はフリーレンが、昨夜の報酬として魔導書を貰うことになっているからだ。今頃まだ選んでいることだろう。
「おお……これはすごい」
書斎にやってきて、ルイズは自分の予想は正しかったと思い知る。
公爵が管理する、下手な図書館にも劣らぬ本棚の列を端から端まで眺め、フリーレンはうんうんと頷いていた。
「ここにある本なら、好きなものを持っていって構わんよ」
「本当ですか? ……どうしよう、二時間くらい悩もうかな」
「フリーレン」
「分かってるよルイズ。これと、あれと、あとあれと……、あ、この本も良いな……」
「三冊になさい」
「せめて五冊」
「だぁめ。早く、旅に出るわよ」
ルイズにせっつかれているため、とりあえず並んでいる本棚のタイトルだけ軽く見ていくフリーレン。
帝王学、歴史書、魔法使いに関する育児書、地理、経済学……、流石に大貴族なだけあって様々な本が所狭しと並んでいる。
一番多く目についたのは『魔法が発現する過程・方法論』、『系統が判別する技術』などだ。十中八九、幼きルイズのための本だろう。
どうしよう、本気で一ヶ月は悩みたいなあ。これだけだと。どんな本があるのかという探索だけでも時間を使っちゃいそうだ。
勿論、そんなことしたらルイズにどやされるから、やらないけれども。
さて、そんな折――――、
「ん?」
フリーレンは思わず眉根を寄せる。
微弱だが、得体の知れない魔力を一冊の本から感じたのだ。
精度を上げないと分からないくらいに微弱な力を持つ魔本。フリーレンはその出所を探り当て、それを見つける。
古びた本だ。革の装丁が成された表紙はボロボロ。色褪せた羊皮紙のページは、茶色くくすんでいる。
(……なんだこれ)
「なによそれ、何も書かれてないじゃない」
隣で様子を見に来たルイズは、本を見るなり怪訝な顔をした。
何も書かれていない古い本である。当然といえば当然の反応だ。
「お父さま、この本は一体何なのですか?」
「う~む、すまんルイズ。わしにもわからん」
父の返答に、ずっこけそうになるルイズ。
まあ、図書館と見違うほどの広さと量の本棚である、その中には公爵が生まれる前から置いてあるものもあるだろう。全部を把握できていないのも仕方が無いことであった。
しかし―――、フリーレンは眉をさらに深く寄せる。
(確かに何も書かれていないが……、じゃあ、微弱に漂うこの魔力はなんだ?)
しかもこれ、よくよく精査するとルイズの魔力と微妙に合致する。
ルイズの魔力と非常に似た魔導書……。もしかして……。
(これは大当たりかな)
多分、
ルイズの中に眠る、潜在的な力。大昔に始祖が使ったという、失われし系統。
それに類する魔道具なんじゃなかろうか。フリーレンはそう思った。
「この本だけ、報酬として頂いてもよろしいでしょうか?」
「まあ、是非もない。むしろそんなのでいいのか?」
「えー、そんな本でいいの? あんたって本当、ろくでもないものばっかり欲しがるわよね……」
父は困惑しながらも頷き、ルイズは呆れたように首を振る。
すでにこういった、下らないアイテムばかりに目をつけるフリーレンを見てきたというのもあったため、特に不審や疑問に思うこともない様子だった。
というわけで、フリーレンはカトレア救助の報酬として、『始祖に関するだろう古びた魔導書』を、手に入れたのだった。
その日の昼頃。ヴァリエール家の門前にて。
「では、父さま、母さま、エレオノール姉さま、ちいねえさま、みんな、行ってくるわね」
豪奢な馬車を前にして、ルイズは言った。
隣にはシエスタやフリーレンもいる。シエスタは背中に、眠っているデルフリンガーを担いでいた。
ちなみにシエスタの諸事情については、ヴァリエール家を通じて学院に連絡済みとのことだ。
「うむ。……本当、辛くなったらいつでも帰ってきていいのだぞ」
「あなた、甘やかしすぎです」
娘が旅に出る。
そのことに心配性な公爵は直前まで「護衛はどうするか」とか、「馬車は豪華で立派なものを拵える」とか、「こっそり密偵をつけて無事かどうか、三日に一度は確認、報告させる」とか、「週一で仕送りを送るかどうか」とか、色んなことを直前まで妻に相談していたのだ。
しかし、カリーヌは文字通り「そんなもの要りません」と、ばっさり切り捨てたのである。
「私がルイズくらいの年頃は、少しの資金と己の魔法だけで騎士になるべく首都に向かったのです。それぐらいの状況から大成してこそ真のメイジというもの」
「い、いや……だがねえカリーヌ……、お前とルイズは流石に時代も違うというか……」
「ルイズ、あなたもそろそろ誰かに甘えることを止めて、一人で旅立つことを覚えなさい」
カリーヌはそう言うと、杖を一振り。竜巻のような豪風を巻き起こし、ルイズの後ろにあった馬車を吹き飛ばした(勿論、馬は無事だったが)。
「馬車なんてもってのほか。歩いていきなさい」
「え、あ、あの……母さま……」
「フリーレン殿から聞きましたよルイズ。あなたはフェルン殿を目指すそうですね。彼女は常日頃から馬車を用いて旅をしているのですか?」
「まあ、たまに使うことはあっても常日頃は使わないかな」
「そうでしょう。徒歩は身体を鍛える第一歩。それぐらいできないで魔法の高みなど、笑止千万。フェルン殿にそう言われたくなければ、自力で旅することも覚えなさい」
ヴァリエール家を歩く? ルイズは顔を青くした。
何せ、ヴァリエール領地は馬車でも三日かかる領地である。まず自分の庭から出るのに、どれくらいかかるのだろうか!
しかし……いかにルイズが抗議の姿勢を送ろうと、最強の母の圧力の前には全てが無為と化す。
これは昨晩、
資金もたった四十エキューぽっち。これは母が若かりし頃、首都へ旅立つ時に両親から貰った額と同じという。
「ど、どどどどうしようフリーレン! たった四十エキューって、宿にも泊まれないじゃない!?」
「一晩四十エキュー以上も使う宿って、どんだけ豪華なんですか……?」
「ルイズは旅を何か勘違いしてない?」
狼狽するルイズに、突っ込むシエスタとフリーレン。
そもそも、「歩け」と言われて堪えているのはルイズだけで、フリーレンやシエスタは別にどうってことなさそうな表情をしている。
「な、なあカリーヌ……少し厳しすぎやせんか? せめてもうちょっと……」
「 あ な た は 黙 っ て て く だ さ い 」
結局、夫人のこの言葉に反論できる者は、皆無だった。
渋々、本当に渋々と言った風情だが、ルイズは徒歩で歩くことを決意した。
「で、では……行ってきます……しゅん」
しおしお顔を晒しながら、ルイズは項垂れた格好で、家の門から外に出る。
そんな彼女たち三人の道筋、その横が花で埋め尽くされていく。
フッキソウ、イカリソウ、スイートピーといった色とりどりな花たちが、ルイズ達の行く道を彩っていく。
「頑張ってねルイズ! あなたならできるわ! 自分を信じて!」
「まったく、しょげた顔をしない! やるって決めたんでしょ? ちゃんと前を向いて歩きなさいな!」
『錬金』で地面に花を咲かせながら、カトレアは笑顔で、エレオノールも自分なりに考えた応援の言葉を、妹に送る。
顔を上げたルイズは、ここで後ろを振り返る。今度はカリーヌが杖を振り、穏やかな風を送って、ルイズの行く先を花弁で舞い散らせる。
「辛くなったら戻ってきなさい。ここはあなたの家なのだから」
そう言って娘を案じながら。
なんだかんだいって、娘の事はやはり大事なカリーヌなのであった。
ルイズもそれは分かったのだろう。とびきりな笑顔を浮かべて、
「うん! じゃあみんな! 今度こそ本当に行ってくるわね!」
そう言って手を振って、前を向いて歩き始める。
去り際、フリーレンは一瞬だけ、公爵と目を合わせる。
(娘を、どうかよろしく頼む)
そう語る公爵の目を見たフリーレンも、無言で頷いた。
色とりどりの花が咲き乱れる中、ルイズ、シエスタ、フリーレンの旅が始まった。
「カリーヌや、わしは決めたよ」
娘の姿が見えなくなるまで見送った公爵は、ふと、隣の夫人にそう告げる。
「なにをですか?」
「わしは、この国の王を目指す」
「父さま! それって……!」
父の言葉に、エレオノールは目を見張った。
確かに今のトリステインは空座。本来冠を被るべき人物は夫の死を理由に喪に服し続け、その娘も『今後の事』を思えば、王を引き継がない可能性が高い。
トリステインの頂点が消えたことで勝手し続ける貴族を諫める、新たな王が必要である。その必要性はエレオノールも分かっていたが……。
「ルイズの、あの子の笑顔を『異端』の一言で塗り潰させるわけにはいかん」
笑顔で、将来は人を救う仕事に就きたいと宣言した娘の将来を、『異教だから』、『未知』だからという理由で消させはしない。
たとえ、始祖の導きに背くことになろうとも、公爵はもう、エルフを敵とは思わない。
そのエルフに、自分は大切な家族を救ってもらったのだから。
その恩に報いずして、何が貴族、何が公爵か。
(始祖ブリミルよ、あなたが遺した『召喚』によってこの道を辿るのだとしたら、それもまたお導きの一つ、そうとらえさせて頂きますぞ)
公爵は思いを馳せる。
いつかは薬師として大成したルイズが、笑顔で薬を持ってくる光景を。
それを飲んで、わざと苦そうな表情をして娘を困らせて、「まあいけませんわお父さまったら!」と、楽しく笑い合う光景。
そんな将来を想像するだけで、何か内側から活力が溢れてきそうな気がするから不思議なものである。
「わしは王となり、オスマン殿が進める『民間魔法学』を広く認知させ、トリステインの魔法レベルを一段階引き上げる。そのことにこの身、生涯を捧げようと思う」
ついてきてくれるか? 公爵は妻と娘たちに目を向ける。
「勿論、その『民間魔法学』についても、私はもっともっと知りたいと思っています。更なる高みを目指す意味でも」
「……お前はそう言うと思ったよ」
更なる高みを目指せそうで、楽しそうにする夫人を、滝汗で諫める公爵。
「そうね、別視点の魔法。異端抜きに色々興味深かったわ。アカデミーでも働きかけてみるわね」
「それよりも、貴女には今一度淑女としての振る舞いとは何か、教え直すこととします。ともすれば、貴女がこの国の第一王女になることになるのですよ? 流石に今の立ち振る舞いは看過できません」
カリーヌの言葉に、しゅんとするエレオノール。「まあまあお母さま」と宥めるカトレア。
そんな女性陣に目を向けながら、公爵は小さく頷いた。
妻も、娘たちも同調してくれた。ならばもう、あとは進むだけだ。
「それが、わしがフリーレン殿にできる、精一杯の恩返しだろうからな」
公爵はそう言って、快晴をいつまでも眺め続けていた。
妻も、二人の娘も、微笑みながら同じく空を見上げた。
フッキソウ『吉事、良き門出、祝意』
イカリソウ『旅立ち』
スイートピー『ほのかな喜び、門出、優しい思い出』
実績解除『カトレアの病気解決』
これで第二章、終了となります。
今回の章は「どうやってルイズとフリーレン、そしてシエスタが、何のしがらみも無く旅ができるか」という説明の章となりました。
ルイズが旅に真剣になれる理由にカトレアは丁度良かったのですが、病気という事情故にのんびりできない。なので「このままでも治るけど、ルイズが頑張ればもっと早く治る」という形をとることとしました。
そこに家族の話やフェルンたちの現状、学院、蘇った魔族の暗躍などの要素を打ち込んでみましたが、そのせいで全体的に長くなってしまい申し訳ありません……。
次回より、外伝を三話ほどやって第三章となります。ここからヒンメルの過去を交えた旅(原作フリーレンに近い形)の話になっていきます。
その関係上、某レガシーのような感じで過去の人物とはいえ、オリキャラご先祖様が多数出てきます。ゼロ魔やフリーレンの雰囲気にあった造形を心がけていますが、ご留意いただけますと幸いです。
また、ストックが少なくなっているので次週より、週一投稿になります。すみません。
ストックが増えたらまた投稿速度を上げますので、よろしくお願いします。
お団子