使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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外伝その3『魔族と吸血鬼とミノタウロスと①』

 

 ルイズ達がヴァリエール家から旅立ったのと同時期。

 ハルケギニアの中でも屈指の大国ガリア。

 そのどこかの森にて。

 

 鬱蒼と生える木々。その中の一本が、強烈な衝撃によって倒れていく。

 倒れた木には鋭利な斬撃跡があった。十メイル以上もの得物で切断したかのような強烈な跡。

 

「やったかドゥドゥー!」

「いや……。避けられたよジャック兄さん」

 

 ジャック、といった筋骨隆々の大男は、ドゥドゥーという貴族風の金髪少年と、そんな会話を繰り広げていた。

 

「ちょこまか動きやがって、しぶといったらありゃしない……」

 

 彼は苦い顔をして、その手に持つサーベルのような形状の杖に、魔力を行き渡らせる。

 すると剣先から、強烈な魔力が『大剣』としての形を成していく。先の大木を切断した攻撃は、このドゥドゥーというメイジによるものだった。

 

「おらっ!」

 ドゥドゥーはその、大剣とも形容すべき巨大な『剣化(ブレイド)』を、先ほどから回避し続ける少女……リーニエに向けて振り下ろす。

 衝撃と破砕音。リーニエの背後に聳えていた大木が、また倒れた。

 

「フンッ!」

 跳躍して後退したリーニエの背後に、丸坊主で筋骨隆々の大男ジャックが、瞬間移動の如き速度で迫る。

 そしてそのまま、拳骨を彼女に向けて振り下ろす。直撃の瞬間、魔法で拳を鋼鉄に『硬化』して、威力を底上げしていた。

 しかし、リーニエはそれに反応すると、手の甲を軽く添えて正拳突きを逸らす。

 

(なんだこいつ! この受け流し方、まるでおれの……!?)

「ジャック兄さん! 避けて!」

 

 刹那、ジャックを巻き込む勢いで放ってきたドゥドゥーの唐竹割りが、リーニエの頭上へ飛んできた。

 再び、濛々とした煙と共に、とてつもない衝撃音、そして振動が彼らの身を震わせた。

 

「やったか!」

「いや、やっぱり避けられたよジャック兄さん」

 

 つい五秒前のやり取りを繰り返す兄弟。

 舌打ちしながら、ジャックは回避に徹し続けるリーニエと対峙していた。

 その時だ。

 

「ね、ねえ! 助けてリーニエお姉ちゃん!」

 

 木々の奥から、幼き少女の悲鳴が響く。

 リーニエは気怠そうにそちらを見る。すると、リーニエの連れである吸血鬼少女が、これまた怪しげな雰囲気を持つ少女に羽交い絞めにされていたのだ。

 

「あら、可愛い悲鳴。思ったんだけど、あなたも吸血鬼なのね」

 

 エルザを捕まえている少女は、青髪を流した切れ目を湛えていた。

 白いフリルがついた黒いドレス。一見するとリーニエに近しい体躯だが、顔に浮かぶ笑みは妖艶なものを漂わせている。

 

「きゅ、吸血鬼って……やっぱりあなたも……」

「ええ、半分そうよ(・・・)。だから仲良くやりましょうよ。ね、エルザちゃん」

 

 青髪の少女はそう言うと、ぺろりとエルザの頬を舌で舐める。

 正確には、頬から溢れる汗を舐めとっているのである。吸血鬼にとって血は栄養なら汗は水分。

 つまり、この少女も吸血鬼ということになるのだが……、この力の差は何だろう?

 汗を舐めとられたエルザは、恐怖のあまり身動きが取れなくなってしまった。

 

「動くな! あの子に危害を加えられたくなければ、大人しく降参することだ」

 

 ジャックはそう言って、エルザに目を向けるリーニエをけん制する。

 人質作戦。汚いやり口ではあるが、これ以上『仕事』に時間をかけたくない。依頼主から心証を悪くするのはことだ。

 

「えーっ、別にこんな卑怯なことしなくってもさ、ぼくとジャック兄さんとならあいつ倒せるでしょ。さっきから避けてばっかりだし」

 事実、隣のドゥドゥーは渋い顔。彼は仕事よりも戦闘そのものを楽しむ癖がある。自慢の魔力を以て敵を薙ぎ払う、その快感に酔わせてやりたいが、ジャックは首を横に振る。

 

「お前、これ以上ダミアン兄さんの顔色が怖くなっても良いのか?」

「うっ……」

「お前のせいで任務完了までに時間がかかったと、後で報告しても良いのならまだ少しだけ遊ばせてやる」

「分かった分かったよ! もう、じゃあさっさと早くやっつけようよ」

 

 ドゥドゥーは魔力で剣を形成し、ジャックは両腕を硬化してそれぞれリーニエに迫る。

 

 

「り、リーニエお姉ちゃん……」

 

 

 人質にされたエルザは、動揺で声を震わせ、相方の名前を呼ぶ。

 魔族と名乗るかの少女と出会って三年。なあなあで付き合ってきたが、彼女の事は未だに良く分からない。

 

 

 彼女と出会ってから、コソコソ隠れる必要はなくなった。

 血を飲みたいと思った時は、村を蹂躙すればよくなったのだから。

 

 

 だがリーニエは、食うでもないのに村に向かえば村人を殲滅する。必要以上の殺しは人間に目を付けられるだけ、だからやめようと、何度も言ったのに彼女は止めてくれない。

 飢餓とは無縁となったが、危ない道を歩んでいるような気がしているのは、間違った予感ではないことだろう。

 

 この前だってそうだ。なんかの村……名前は忘れたけど、そこに向かった時も、リーニエはいきなり焼き滅ぼしにかかった。別に空腹じゃないのにだ。

 ()()()()()()()()()。それだけの理由で、彼女は人を殺す。

 

 その最中、あの青髪の少女……名前は出てこないけど、と大雨の中、リーニエは殺し合っていた。正直エルザからすれば、いつ人間の騎士による追手が来るかもしれないと、戦々恐々としていたから逃げようと、何度も叫んだのに。

 

 それが終わってから一週間も経たずか。このような殺し屋の追手が非常に増えた。

 間違いなく、自分らは人間……それも大国クラスの強さを持つ精鋭に目をつけられている。そう想像するのに難くなかった。

 大抵の敵はリーニエが返り討ちにしてくれるが、今回の敵は恐ろしく強かった。あのリーニエが、防戦一方とばかりに反撃できない手合いなのだから。

 

(だ、大丈夫かな? わたし、もう人生詰んでないかな……?)

 

 追手に殺されかけながら逃げる流浪の日々。時折そんな言葉が頭に過っては、必死になって首を振り、言葉を振り払う。

 その度に自分は、リーニエを見ることでなんとか平静さを保つことにしていたのだ。

 

 流石に三年、そう、三年一緒にいたんだ。

 

 魔族だろうと何だろうと、こう、なんとか……連れ添いなりの情が芽生えてしかるべき、エルザはもう、リーニエの中にあるであろうそれに懸けていた。

 さて、そんな中、リーニエはというと。

 

「うん、もういいや」

 

 そう言って、両手をだらんとさせる。

 ジャックは目を眇める。諦めた? 本当に降伏の意志を見せたのか?

 それほどまでにあの吸血鬼の少女は、この角の生えた少女にとって、大切な存在だったのだろうか?

 

「ははっ、なんだよ。あっさり諦めるじゃないか」

 

 ドゥドゥーはリーニエの言葉を表面的に受け取って一歩、足を前に踏み出す。その手に魔力を迸らせた杖を握って。

 さて、その言葉を聞いたリーニエはというと。頓狂な顔をしてこう言い放つ。

 

 

「諦める? 何言ってるの? もう()()()からいいやって言ったんだよ」

 

 

 次の瞬間、リーニエは魔力を掌で生成。ドゥドゥーそっくりの大剣を作り上げると、それを何の躊躇も無くエルザを捕まえる少女に向けてはなった。

 

「ジャネット!!」

「――――ッ!」

 

 ジャックの叫びと共に、これ以上ない冷や汗を少女――ジャネットはかいた。

 元々エルザは『お気にいりの人形化』する予定だったので、殺す気が無かった。そのため、命の危機からあっさりとエルザから離れる。

 しかし、今の一瞬で、リーニエは跳躍して逃げたジャネットと一気に距離を詰めた。

 

 

「この――――!」

 ドゥドゥーが助けに向かおうとするが、先にリーニエがジャネットとの距離を詰める。大剣を解除し、今度は素手による徒手空拳だ。

 

(こいつ、ジャック兄さまの拳法を……!)

 

 動きも速度も威力も、ほぼ次兄と変わらぬ威力の攻撃を放ってくるリーニエ。勿論攻撃の瞬間は『硬化』で威力を上げていた。()()()()()()()()()()()()()()

 ジャネットはそれを腕で受け止めるも、体内で骨がきしむ音が聞こえる。

 

「―――ぐっ!」

「あなたの動きも見たかったけど、もういいや。エルザがうるさいし」

 

 リーニエはそう言って回し蹴り一閃。

 ガードごとジャネットを蹴り飛ばすと、未だに呆然としているエルザの腕をひっつかみ、跳躍。そのままダッシュでこの場を離れる。

「この、逃がすか――――」

 ドゥドゥーが(ブレイド)を振り回して追いかけようとする、そんな彼の眼前に次の瞬間、直径一メイル程の『氷の槍(ジャベリン)』が数十本、かっとんで来た。

 

「なにっ!?」

 空を切る速度で飛んでくる水色の鏃を、ドゥドゥーは魔力を纏った剣ですべて受けきる。

 だが、咄嗟に飛んできた不意の攻撃という事もあり、足を止めてしまった。ドゥドゥーは細めの目を、驚愕で見開く。

 見れば、リーニエは一瞬だけエルザを宙に放り投げ、その両手にふしくれだった長杖を持っていた。

 

(なんだあいつ! 氷? 水か風系統なのか!? でもジャック兄さんレベルの『硬化』を扱えて、さらにこの練度の氷だなんて……!)

 

 さっきまで攻撃を回避していたのは、()()()()()()()()からじゃなく、()()()()()()()()()()()()()()。ということなのか?

 

(まさかあいつ、ぼくやジャック兄さんの技術を盗むために回避に徹していたのか? ()()()ぼくらの技を会得できると? そんなバカな!!)

 

 これでも自分たちは諸事情により、そこいらのメイジ等及びもつかないほどの実力と魔力を誇っている。

 技術に関しても、メイジの光から闇の、隅々まで把握していたつもりだった。

 そんな自分たちでさえ、理解できない『異能の才』を、あの少女は先ほどから発揮している。

 なんだ、あいつは何の魔法を使っている……!?

 

「ぼさっとするな! ドゥドゥー! 奴が逃げるぞ! 追え!!」

 

 ジャックはそう言って発破をかける。彼にも氷の槍が飛んできていたが、ドゥドゥーのように怯むことなくすぐに破壊し、追走していた。ドゥドゥーも兄の背を追う。

 やがて、物みたいにエルザを掴みながら健脚で逃げるリーニエの前に、十メイル以上広がる崖があった。

 

 だがリーニエはそのまま、思い切り崖に向かって飛び降りていく。

 

「きゃあああああああああ!」

 エルザが悲鳴を上げるが、リーニエは終始無表情。

「逃がすか!!」

 

 崖際まで到達したジャックは地面から一個、小石を掴む。

 そして魔力と筋力を掛け合わせ、大砲の如き速さで石を投げつける。

 

 

 

「それはもう覚えた。――――〝模倣する魔法(エアファーゼン)〟」

 

 

 

 リーニエもまた、空中でくるりと振り向きながら魔力を、小石ほどの球体に変える。

 そして投げつけるのではなく、蹴とばす形で放ってきた。

 どちらも衝撃波が発生するほどの速度で放たれた弾丸。当たった二つの球体は轟音を立てて弾け飛んでいく。

 

「あ、あれ……って、やっぱりジャック兄さんの技だよね……」

「技を盗用されるとは……あれを素でやっているとしたら、相当な強者(つわもの)だな」

 

 ジャックは崖下、流れる急流を見る。

 もう、リーニエとエルザの姿は消えていた。

 

「仕方が無い、一度ダミアン兄さんに怒鳴られに行くか」

「えーっ……、逃がしちゃうの?」

「なんだ、まだお前、あいつに勝てると思っているのか?」

 

 ジャックの厳しい問いに、ドゥドゥーは項垂れる。

 確かに、あいつは時間を与えるごとにどんどん強くなっていく。それに、まだ底を見せているわけじゃない。

 

「相手の手札が全て見えてない状況で挑んでも勝てる手合いじゃない。やるならダミアン兄さんも含めて作戦も練って、全員でかからないとな」

 

 そうそう、と、言葉を引き継いだのは彼らの末の妹、ジャネットだ。

 歩きながらではあるが、上の兄たちに追い付いてきたらしい。

 

「どの道ドゥドゥー兄さま一人ではあいつに勝てませんわ。アイツ、ドゥドゥー兄さまの剣化(ブレイド)もそうですけど、ジャック兄さまの動きすらも完全に模倣してましたわよ。ドゥドゥー兄さまよりも強いジャック兄さまのを」

「言うなよジャネット……」渋い顔でドゥドゥーは呟く。

「ジャネット、腕は大丈夫か?」ジャックは末の妹に怪我の様子を問う。

「後遺症は残らないと思うけど、完全な治癒にはちょっと、時間がかかりそうですわ」

 真っ赤に腫れた腕に『治癒(ヒーリング)』の魔法を唱えながら、ジャネットは言った。

 妹もとりあえず無事と知ったジャックは、ため息交じりにリーニエの消えた崖下を見つめて言った。

 

 

「数多の村を食い散らかした『未知数の吸血鬼とその亜種』か……噂以上だな。おれたち以外ではまず討伐できまい」

 

 

 ハルケギニアで最大の力を持つ大国、ガリア。

 勢力争いが激しいかの国で巻き起こっている、小さくも無視できない問題。

 地方の村々が、化け物に襲われるという怪事件。

 

 それは吸血鬼とも、ミノタウロスとも言われていたが、実態は不明。

 ただ一つ分かること。それは『討伐に向かった騎士隊は誰一人、生きて戻ってこない』という現実だけだった。

 

 これに対処すべく、ガリア国は秘密裏に『北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)』……。謀略、暗殺、裏事などの、表に出せない仕事に従事する騎士たちを送り込んだ。

 送り込んでなお、この有り様なのだが。当然こちらも、生還した者はいなかった。

 

 この事態に憂慮した北花壇騎士の団長でもある、ジョゼフ王の娘、イザベラ・ド・ガリアは、今出せる『最強の北花壇騎士たち』こと、『元素の兄弟』に討伐を命じた。

 高い依頼料を引き換えに、この手の裏事で失敗したことが無いと言わしめるほどの手練れの四兄弟。

 

 そんな彼らでさえ、舌を巻くほどの実力者。それが今のリーニエだった。

 

「一度帰るぞ。奴に関する情報を持ち帰れただけでも、一歩前進といったことだろう」

「ああ、それなんだけど兄さま、これ」

 

 ここで、蝙蝠の使い魔を肩に乗せたジャネットが、持ってきた手紙をジャックに見せる。

 

「なんだ、それは」

「ダミアン兄さまからの報告ですわ。どうやら今の依頼を破棄して、別の依頼をこなしてほしいって、ガリアの国王様から」

 国王……。

 ということは、ガリア姫であり自分たちの上司でもあるイザベラの実父、ジョゼフ・ド・ガリア王からの依頼か。

 

 

 

「なんの依頼だ?」

「アルビオンでのミッション。浮遊大陸の調査だってさ。あっちも手練れの間諜がみんな帰ってこないんですって」

 

 

 

 アルビオンも最近は、実態がよく掴めていない。

 分かっていることと言えば、結婚を通じてトリステインと同盟継続の会合が行われるとかなんとか。それぐらいだ。

 そんな中ではてさて、なぜこのタイミングでこの依頼を命じてきたのか。

 

「まあ、金を貰えるのであれば何でも構わん。ダミアン兄さんならそう言うだろうな」

 

 そういうことで、ジャックはリーニエ討伐は一旦棚の上に置き、帰還する。

 しかし、最近色んな国が騒がしいな、とは思うジャックであった。

 

 

 

「ふぁ……」

 あくびを一つ、かましながらリーニエは、切り立った崖に開いていた穴の中へと入っていく。

 なにせ昼寝していたところ、あの連中に襲われたのだ。

 落下途中に〝飛行魔法〟を使ったことで、急流の川に落ちることなく、この暗がりの細道へと入ることができた。

 魔力や痕跡も消したし、追ってくることはまずあるまい。

 

(あいつら、それなりにはまあ、強かったかな)

 

 リーニエでもそう思うくらいには、先ほどの連中は手練れとは思っていた。

 今まで自分を殺そうとやってきた奴等は皆、模倣する価値もないほどの塵ばかり。

 ちょっと良かったなと思えたのは『豪雨の中で会った青髪の少女』くらいだった。

 

 時が経つにつれ、最強の戦士アイゼンの模倣練度はどんどんと衰えていった。今や魔力で形成する斧ですら、十分な切れ味を保てないほど。

 もうアイゼンの動きは完全に捨てることにしたリーニエは、この三年間、色んな刺客と戦いながら、模倣の技術を極めていた。

 そんな中でも、あの連中はかなりの上澄みだと思ったので、時間をかけて技術を習得していたのである。

 

「り、リーニエお姉ちゃん、大丈夫?」

 

 明かりをつけることなく、暗がりを進みながら話しかけてくるのは吸血鬼の少女、エルザ。

 三年前、あの夜に出会って以降、なんだかんだ連れ添っている。

 年の割にはそれなりに生きている(といってもせいぜい三十年ほどだが)ため、色んな人間社会の情報を持っている。異世界における案内人(ナビゲーター)としてはまあ、役に立つ。

 そんな彼女は、何を言おうか迷っている様子だった。

 やがて、エルザは意を決したように口を開く。

 

「あ、あのね……もう、必要以上に殺すの、やめない?」

「……なんで?」

「だ、だって、またあんな危険な連中が来るかもしれないのよ? リーニエお姉ちゃん、食べもしないのに殺す時があるでしょ?」

 

 単純に、今の魔法のレベルを知りたいから、人間相手に試し斬りしているだけなのだが。魔族ならば何らおかしい行為ではない。

 が、最近のエルザは人間の殺し屋にいつ何時、襲われるかもしれない現状に、ほとほと参っているようだ。

 聞けば、エルザの両親は魔法使い(メイジ)に殺されたという。だから人間の、特にメイジを憎いと思っている一方、トラウマといえるくらいに恐怖も覚えているようだ。

 

 

(親を殺された……か。親ってなんだろ?)

 

 

 生まれた時から孤独を当たり前とする魔族の一人である。家族という概念など、理解できるわけもない。

 ただ、エルザを見るに吸血鬼は『家族』や『兄弟姉妹』という、血縁での概念はあるらしい。まあ、だから何だと言えばそれまでだが。

 そんなことを考えながら、黙って先に進むリーニエ。

 

「あ、あの……リーニエお姉ちゃん?」

 

 エルザは先ほどの答えが欲しいとばかりにせっつくが、無視して進む。

 実を言うと、彼女の〝魔力探知〟に、懐かしい痕跡が引っかかったからだ。

 

(この魔力……)

 

 リーニエは歩を進める。真っ暗故に人間の視界では判別できないだろうが、怪物である彼女たちの地面の先には、『食い散らかした蝙蝠の死骸』が見えた。

 

「え、なにこれ……何かいるの?」

 

 エルザは一瞬、この洞窟はコボルトかオーク鬼の住処なのではないかと疑った。

 だがリーニエは気づいていた。この蝙蝠を食い散らかした者の正体に。

 さらに進む。行き止まりの空間、そこにある小さな岩で寝そべっている人影が一つ。

 

 

「……なんだ、やっぱりドラートか」

「お前……リー、ニエか?」

 

 

 かつて同じ首切り役人の同僚。

 そして今は、フリーレンから辛くも逃げ切った魔族、ドラートを見た瞬間、リーニエはため息をついた。

 

「随分ボロボロだね、また負けたの?」

「……っるさい……」

「リュグナー様、かんかんだったよ。お前が先走った挙句やられて、懐柔作戦が全部台無しになったって」

「ここはグラナド伯爵領じゃないだろう……! 昔の話を蒸し返すな……!」

 肩から先を消失した左腕をかばいながら、ドラートは呻く。

 

「ね、ねえ……、お姉ちゃん、この人、だれ?」

 

 リーニエの背中に隠れていたエルザが、スカートの端をつまんで質問する。

 会話内容からして、リーニエの知り合いみたいだが……。

 

「……まあ、元同僚かな」

「なんだ、リーニエ。お前、そいつ……人間か? 人間を連れているのか?」

「違うよ、この子は『吸血鬼』だって。私達のいた世界じゃお目にかかったことのない種族だ」

 

 ドラートは次いで、リーニエの後ろにいる少女、エルザに目を向ける。

 吸血鬼、という種族名にも驚いたが、何よりも『リーニエが誰かを連れている』という事実に目を剥いたようだ。

 

「……まあいい、そいつをよこせよ。蝙蝠だけじゃ足りないんだ。もっと新鮮な血肉が欲しい」

「え……?」

 

 それを聞いたエルザは、身を震わせながらリーニエの背後に隠れた。

 まさかこいつ、本気で自分を食うつもりなのか……!

 ただ、ドラートの言葉には、目には一切の冗談が含まれていない。

『喰われるかもしれない』という、未知なる恐怖で、頭から足先まで電流のような衝撃が走る。

 

 しかし、意外にもリーニエは、エルザを背後に隠してドラートの要求をはねつけた。

 

「ドラート、そのままとどめを刺されたい?」

「…………」

「この子は()()()()だ」

 

 ドラートはしばし唖然とさせたまま、リーニエを見上げる。

 ……そういえばこいつ、『三年前』より大幅に魔力を上げている。

 なんだ? 俺だって数多の人間を食らってきたのに、この差は……?

 

 そう、いつの間にかリーニエとドラートの間には、隔絶した魔力の練度差があった。

 ドラートは今まで、混沌花による催眠の呪いで、眠らせてから人間を食らってきた。

 だが、リーニエはこの三年間、食らいながら戦闘し、魔法の練度を高めてきた。その実戦経験の差が、同じ命を散らしたあの時より、大きく差をつけられていたのだった。

 

「……っ、分かったよ」

 ドラートは諦めた。強硬手段に出たって、今のリーニエには敵わない。

 そもそもとして、こちらはフリーレンから、命からがら逃げ切った身。体力も魔力も大幅に消耗している。

 

 だが、渇く。とにかく渇く。

 この世界に来てからというもの、何故か生きているだけで魔力を消耗するかのような辛さがある。これはいったいなんなんだ?

 常に何かを食わねば死んでしまう、そんな飢餓感がドラートを襲っていた。

 

 

「なあ、リーニエ。ここは……この世界は、一体なんなんだ?」

「さあ、分からない」

 

 

 リーニエとドラートは同時に嘆息する。

 どちらも今、『こいつに聞いたのが間違いだった』。という表情を浮かべていた。

 

「アウラ……様やリュグナー様も、この世界に来ていると思うか?」

「さあ、それも分からない。少なくとも私が死ぬ前はまだ、二人は生きていたし、案外生き延びてるんじゃない?」

「……『葬送』のフリーレンがこの世界にいる。それでもか?」

 

 その名を聞いて、リーニエも瞳を一瞬、驚きで揺らがせた。

 かのリュグナーをして『天才』と言わしめる魔法使い。衛兵に引き立てられていた耳長の、エルフの少女。

 あの白髪エルフが、自分たち魔族を長年に渡り葬ってきた『葬送』のフリーレンだということは、リュグナ―から聞いて知っているが……。

 

「彼女もこの世界に?」

「ああ、こっちは必死になって逃げ延びてきたんだ。あの魔力と容姿、忘れるものか」

「分からないな。ここが『死後の世界』と断定できるなら、フリーレンはアウラ様に負けて死んだからこの世界にきた。で納得できるのに」

 リーニエはここで、会話についてこれなかったエルザを見る。

「ここは死後の国じゃないんでしょ?」という問いに、疑問符を浮かべながらエルザは首を横に振った。

 

「結局、この謎を明かすんだったら、自力で動いてみるしかないってことだろうね―――?」

 

 ここでリーニエは、ピクリと反応する。彼女の広い探知網に、何かが引っかかったようだ。

 

「ど、どうしたの?」とエルザ。

「ねえドラート、これ……」

「ああ」

 ドラートも、天井にまだ引っ付いていた蝙蝠を糸で引き寄せ、スナックのように喰いながら立ち上がる。

「アウラ様の魔力だ」

 

 

 

 洞窟から出てきたリーニエとエルザ、ドラートの三人は少し歩き、とある崖上までたどりつく。

 そこから見下ろすと、あるものが見えた。

 

 数十からなる騎士団が行軍している。鎧や兜を身に纏い、鉄の軍靴が小気味よい音を鳴らしながら、先を進んでいく。

 

 傍から見れば何でも無さそうな情景だ。だが、魔力探知ができる二人の魔族には、懐かしい『色』をこの軍団から感じた。

 

「リーニエ、あれはまさか……」

「そうだね、〝服従させる魔法(アゼリューゼ)〟だ」

 

 元首切り役人として、アウラの懐刀を務めていた二人である。察知は容易だった。

 首こそ斬り落としていないようだが、あれはまさしくアウラ必殺の魔法、〝服従させる魔法(アゼリューゼ)〟による影響を受けた操り人形の軍。

 

「珍しいね。アウラ様が首を切り落とさずに人間を操るだなんて」

「……まあこれで、アウラ様もこの世界に来ていることは確定したわけだ」

「でも、アウラ様本人はあそこにはいないみたい」

「俺達でも感知できないほどの遠距離から操ってるのか……? クソッ、化け物め……」

 

 二人がそんな会話をしていた最中、エルザだけはこの人間の軍を見て、別のところに注目をする。

 

「あれ、『アルビオン軍』じゃないの」

「『アルビオン』?」

「うん、人間が作ったでっかい国の一つに、高度三千メイル以上もある浮遊大陸があるの。その上に建てられた国がアルビオンっていうんだけど」

 

 始祖ブリミルが自身の死後、託した子孫たちによって作られた三つの国。

 一つは水の国トリステイン、一つは土の国ガリア、そして最後のもう一つ、風の国アルビオン。

 これに加え、ブリミルの弟子フォルサテが興したとされる火の国ロマリア、そして新興国ゲルマニアで、ハルケギニアの世界は構築されている。

 どうやら眼下を歩くこの操られた軍は、その国の装飾で作られた甲冑らしいと、エルザは説明した。

 

「じゃあアウラ様も、アルビオンってところにいる可能性が高いわけだ」

 

 そうと決めたら話は早い。

 リーニエは立ち上がった。

 

「行くの?」

「アウラ様ならこの世界や、どうしてこうなったかの状況についても詳しいだろうし、行ってみる」

 

 この世界に来るきっかけとなった魔法。あれはソリテールによって齎されたものだ。

 そのソリテールと、この魔法について長く会話していたのがアウラだったのだから、彼女に会えばその理屈についてもある程度判明することだろう。

 再び彼女に仕えることも、否というわけではないし。少なくとも隣の能無しよりかは進展が見込めるはずだ。

 

 リーニエはそう言うと、ドラートに背を向け歩き出す。

 エルザもまた、その後をついていった。

 

「おい、俺はどうなるんだ……?」

「足手まといはいらない」

 

 恐ろしく冷えた声でそう言うと、リーニエはドラートを置いてその場を去っていった。

 ドラートは足に力を籠めるも、立ち上がることすら難儀している状態。魔力を回復させなければ、最悪餓死もありうる状態だった。

「くそっ……絶対、絶対這い上がってみせるからな……!」

 歯を食いしばりながら、ドラートは睨め上げるように、リーニエ達の背中を、目で追いかけていた。

 

 

 

 さて、エルザは最後まで、取り残されたドラートの方を見ていた。

「い、いいの? 仲間なんじゃないの?」

「今のあいつがいたって仕方が無いし」

 興味もない。

 それだけ伝えて、リーニエは先に進む。

 エルザはそんなリーニエの背中を見つめていた。

 

 

『この子は私のものだ』

 

 

 この言葉を、額面通りに受け取っていいのだろうか。

 確かに彼女は冷淡で、仲間? でさえどうでもよさそうな表情を崩さない。

 でも……、

 

(逆に言えばそれだけ、わたしのことだけは大事にしてくれている……ってことでいいのよね?)

 

 思えば、先ほどの刺客たちとの戦闘も、なんだかんだいって助けてくれたし。

 情が無いわけじゃないのだろう。多分、いやきっとそうだ。

 するとここで、リーニエはエルザの方を向いて質問する。

 

「ところで、アルビオンってどうやって行けばいいの?」

「うーん、わたしもよく分からない、行ったことないし」

 

 するとリーニエから刺すような視線が送られる。

 ちょっとまずいと思ったエルザは、とりなすように続ける。

 

「で、でも人間が作る『空飛ぶ(フネ)』に乗って、移動するって聞いたことはあるわ! それがあればきっと行けるんじゃないかしら?」

「へー、この世界、空飛ぶ船があるんだ」

 

 船自体は別に珍しいものじゃない。

 人間が大海を渡るのに使う移動手段の一つ。それぐらいはリーニエも知っている。

 だが、空飛ぶ船は流石に聞いたことない。大陸が浮いているというのも、初めて聞いた。

 

「ちなみに聞いても良い? そのアウラ……って人も、お姉ちゃんの仲間?」

「仲間……、仲間かな? 私やドラートは三年前まで、アウラ様の元で首切り役人をやってたのは間違いないけど」

「じゃあ上司? なのかしら。人間の軍を操ってたって言ってたけど、そんなに強い人なの?」

「強いよ。魔王直下の幹部級、七崩賢の一人だから。彼らが操る魔法は、人類どころか私たち魔族でも理解できない代物ばかりだ」

 

 エルザは驚いた。リーニエでさえかなり強いと思えるメイジなのに。彼女以上なのかと。

 

「そ、そんなすごい人なんだ……」

「人じゃなくて魔族だけどね。アウラ様だったら、この世界について間違いなく知ってるだろうし、行ってみて損はない」

 リーニエが確信めいたことを言うので、エルザもそれに倣うことした。

 




Q:なんでタバサにリーニエ討伐依頼出さないの? あの意地悪姫なら嬉々として出すのでは?
A:色々、複雑な理由が絡んでおりまして……。

あとタイトル詐欺になって申し訳ありません。ミノタウロスは次回出ますので!
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