そんなわけで、アウラがいるだろうアルビオンに向けて旅を始めるリーニエとエルザ。
歩いて、とりあえず歩いて……一週間ほど経っただろうか。
今、彼女たちは鬱蒼と生い茂った森の中にいた。どこにいるのかさっぱり分からない。
『空飛ぶフネ』の発着場を求めて旅をしているのだが、情報が無いからとりあえず適当に旅するしかなかったのである。
〝飛行魔法〟で飛んでいくことも考えたが、どの方角にあるのかすらも分からない上に高度三千メイル以上あるとのことだ。流石に自重した。
「本当に、ここはどこ?」
「お姉ちゃん、結構適当に歩くよね……」
エルザがため息交じりに呟く。
まあ仕方が無い。アウラたちと会ってからは、自主的にどう歩こうとか考えてこなかったし。
全部そういうのはアウラやリュグナーが決めていた。それより前は、とりあえず適当な言葉で人間を油断させて、食べながら過ごしていた。目的を持って歩くということ自体、これが初めての経験だった。
「多分、この茂みを抜ければ……と」
ここでエルザが草木をかき分け身を乗りだす。視界の先に、馬車が何度も通ったような道が見つかった。
「良かった、これ人間が使う道みたい。辿っていけば、街か……最低でも村は見つかるかも」
「そっか、なら良かった」
「言っとくけど、人里見つけたからって急に襲っちゃだめだからねお姉ちゃん。『フネ』の情報を手に入れるのが今回の目的だから」
「分かってるよ」
何度も釘を刺すエルザ。その度にリーニエは無表情で頷く。
本当に分かってるの……? とぼやいた時だ。
ガラガラと、こちらに向かって何かが来る。
リーニエはピクリと眉を動かす。人間、それも結構な数がこっちに向かってくるのを探知したのだ。
「あれは……」
エルザも、そちらを向いた。大きな荷台の馬車が、こっちに来ていたのだ。
馬車はやがて、リーニエ達の前で止まる。
するとそこから数人の男性が、いかにも『取り繕った笑顔』を浮かべて、こちらにやってきた。
「やあお嬢ちゃんたち、こんな夜中にどうしたんだい?」
「ここは危険だよ、なにせ『ミノタウロス』が潜んでいるって噂だからね」
男たちはリーニエ達の顔や身体を見て、ニヤケを隠せない声でそう言ってくる。
勿論内心では、綺麗な作りの少女二人を、こんな人気のない場所で見つけられたことに、内心歓喜していたのだが。
(見ろよ、かなりいい顔つきの嬢ちゃんだぜ。あの角は良く分かんねえけど。魔よけのアクセサリーかね?)
(隣のガキも……ちょいちっちゃいが、こういう年頃が好みって野郎は少なくねえ。こりゃあいい)
そんな下卑た会話を仲間たちと共有していた傍ら、リーニエはエルザから『ハルケギニアのミノタウロス』について、話を聞いていた。
強靭な体躯と鋼のような皮膚、首を刎ねられてもしばらく動き回るほどの、生命力を宿した怪物。
怪力は十メイル級ゴーレム並みとも言われ、その厄介さは並みのメイジを遥かに凌駕する。
そんな彼らの好物もまた、魔族同様、人間の肉であるとか。
「そいつらも人間を食べるんだ」
「まあね、……にしてもこいつら」
エルザは先ほどから『危ないから一緒に乗ろう』と、善意を押し出したように言ってくる男共を見る。
エルザでもすぐに分かった。こいつら、人さらいだ。
さっきから穏やかそうな声で安心を誘っているけど、気づけば取り囲まれている。その手には刃物や縄がちらりと見えた。もう少し隠せばいいのに。
(吸血鬼と魔族に気づかず攫おうとするとか、これ以上ないほど頭お花畑の盗賊たちね)
この程度の連中、リーニエが動けば一瞬で倒せるだろう。
そう思っていたのだが……、当のリーニエはしばらく考え込んだ後、盗賊たちに尋ねる。
「ねえ、空飛ぶフネってどこにあるか知ってる?」
(ええええぇ……、こいつらに聞くのぉ……??)
確かに『情報が欲しいから、人間は殺さないでね』と、さっき釘を刺したばかりだが……。
明らかに人選ミスである。エルザは溢れんばかりのため息を心の中で吐き出す。
まさか、ここまで頓着が無いとは。もっと別の人間に聞けばいいのに。
案の定、男共は「喰いついた!」という顔を隠そうともしない。
「もちろん知ってるさ! お嬢ちゃんたちは空飛ぶ船でどこかへ行くつもりなのかい?」
「うん、アルビオンに行きたいんだけど」
「アルビオン! あそこは危険だよ! 何せ『首無し幽霊』が夜な夜な徘徊するって噂が、まことしやかに囁かれているぐらいだからね!」
あー、きっと『不死の軍勢』だな。リーニエは内心呟く。
男共はその噂に半信半疑、っていう表情をしているけど、リーニエはすぐに気づいた。まず間違いなく、アウラはアルビオンで活動している。
「でも……、そっか。そんなに空の国へ行きたいのであれば、俺らの伝手でフネの手配をしてあげるよ」
「本当?」
「そうともさ! だからお嬢ちゃんたち、おじさんたちと一緒に行こう? ね?」
(お、お姉ちゃん、本気?)
エルザはそそくさと、リーニエに耳打ちする。
(こいつら人攫いだよ? フネまで案内してくれるって保証もないのに!)
(それだけ人間が多い場所へ行けるってことでしょ? そこまで案内してもらおうよ)
そう返されると、エルザも一瞬首をかしげる。
確かに、このままリーニエの案内に従って、また森の中をさ迷うのも御免だし、ミノタウロスと遭遇するなどもっと御免だ。
ならば、わざと捕まってそれなりに人の往来が激しい場所まで、連れてってくれた方がありがたいのも確か。
ミノタウロスと人間の盗賊、どちらが脅威かといったら比べるまでも無いし。
「分かったわ、じゃあおじちゃん、お願いしてもいい?」
最終的には、リーニエの案にエルザも乗った。
一度決めると態度の切り替えも早く、「右も左も分からない子供ですぅ」といった、哀願的表情で、盗賊たちを見上げた。
これには盗賊たちも、ほっこりした表情で出迎える。
「勿論さ! その前に……」
「馬車は激しく揺れて危ないからね、落っこちたりしないよう固定するために、お嬢ちゃんたちを縛らせてね!」
そう言って縄を取り出す盗賊たち。
(もうちょっと上手い言い訳を取り繕えよ……)と、内心思うエルザ。
まあ、男共のこの様子を見るに、自分もリーニエも、人間と信じて疑ってはいないようだ。
エルザは一瞬、リーニエの方を見た。彼女も特に拒否するような態度をしなかったため、渋々ながらこれにも従うことにした。
エルザは縄を打たれた。リーニエも大人しく縛られていく。
完全に拘束できたと思った連中は、どんどん紳士的な表情を崩しながら、二人を荷台の中へと案内していく。
「おらっ! とっとと入りやがれこのアマ!」
突如、紳士の皮を剥がした男共は、叩き入れるように二人の少女(片や魔族、片や吸血鬼)を、荷台の中へと放り込んだ。
「っ!」
「いだっ! なにするのおじちゃん……!」
「うるせえ! ったく馬鹿だよなあガキんちょ共! 俺らがそんな聖人君子に見えるかってんだ!」
「ちげえねえ!」
そう言ってげらげら笑い合う男たち。
(バカはどっちだよ)
エルザも内心こいつらを小ばかにする。誰を捕まえているのか知らない癖に。
ちなみに台車の中には、何人か犠牲者がいた。誘拐された年若き少女たちが、縛られて泣いている。
彼女たちは縄うたれて放り込まれた二人の少女を、哀れな犠牲者を見るような目で迎える。
「今日は大量だなジェイク! これでしばらくは金に困らねえぜ!」
「おうよ! 今夜は祝杯だな!」
「……あまりはしゃぐな。まだ仕事は終わったわけではない」
「わあってるよ!」
そう言って、ジェイクなる大男は、帽子を被った、頬こけた男の肩を叩く。
(あいつ……、メイジか)
遠目でそれを見ていたエルザは、目敏くその男が懐に隠し持っている杖の柄を見つける。
別に、メイジの全員が貴族ではない。いろんな理由で干された貴族が下野し、こういった裏事に携わるのは珍しくはない。
あのメイジがこの盗賊団のリーダー格みたいだ。
(ま、一応目をつけておくか)
必要な時が来たら、
そんな事を考えながら、いかにも「これからどうなるんでしょう」というていで、身体を震わせ、年相応な演技を始めるエルザ。
リーニエも、特に暴れることなく荷台の隅に身体を預けていた。
盗賊に誘拐されて、一時間くらい経っただろうか。
「大丈夫?」と、しきりにこちらを気にかけてくれる女性を見ながら、ふとエルザは思う。
(あー、お腹空いた)
吸血鬼の好物は人間の血、それも若ければ若いほど、そして生気が溢れている女性程良い。
思えば最近、碌にご飯にありつけてなかった。村がそもそも見つからなかったというのもある。
「あいつら、鬼畜生だよ。こんな小さい子まで売り飛ばそうだなんて……」
(こんな目の前に美味しそうなごちそうがあるのに、ありつけないなんて辛いよぉ……)
憐憫の声をかけてくれる女性には悪いけど、もうエルザの頭の中は彼女たちの中に流れる血潮の事でいっぱいだった。
これだけ抵抗できない女性がたくさんいるのだ。汗だけでもちょっともらえないかな……とか、逃げる時に一人だけでも攫ってもいいよね、とか、色んなことを考える。そしてその度自重していた。
一方、リーニエもぐでんとしていた。さっきから彼女もしきりに腹の音を鳴らしている。
「元気出して! きっと、衛兵様が私達を助けてくれるから……! だから一緒に頑張りましょ!」
(賄賂渡して見逃すに決まってるじゃん)
必死に声をかけてくれる村娘を見て、冷静にツッコむエルザ。
まあ自分たちは目的地が見えたらそのままオサラバするつもりだけど。
早く着かないかな……。とか考えながら、エルザはぼうっと荷台の天井を見つめる。
さて、その時だった。
「――――?」
「リーニエお姉ちゃん?」
急に、寝転んでいたリーニエが身体を起き上がらせたのだ。
「どうしたの?」
「何か来る」
「へ?」
急なリーニエの言葉に、エルザ含む囚われの少女たちはぽかんとする。
「多分、ミノタウロス」
その言葉を放った次の瞬間、ドズン! と荷台が激しく揺れた。
「う、うわああ!」
「な、ななななんだ貴様!」
男共は、激しく困惑の表情を浮かべた。
なんと、馬車の行く先を塞ぐように、本物のミノタウロスが現れたのだ。
高さは二メイル以上はあるだろうか。幾つも筋が浮いた筋肉、引き締まった巨躯、見る者を圧倒させる威圧感。ねじれた角、牛頭に巨大な大斧。
「ひっ、ひいいいいい!」
「本物だ! 本物のミノタウロスだぁあああああああああああ!」
盗賊たちは慌てて武器を取り出し、脅威を排除しようと動く。
拳銃を一斉に撃つが、銃弾は怪物の分厚い皮に阻まれ、めり込むことなく地面に落ちていく。
今度はリーダー格のメイジが身を乗り出し、『氷魔法』を放つ。しかし、それすらも先の銃弾と同じように弾かれていった。
「ちっ、効かないか!」
「ど、どどうすんだよ!」
「やむを得ん、商品を見捨てて逃げるぞ」
「はあ! せっかくの上玉を捨てていけってのか!?」
「おい! こっち、こっちくるぞ!」
「うわああ! お助けええええ!」
盗賊団はパニックに陥った。武装がある彼らでこれである。
戦う手段のない、しかも縛られているから逃げることもできない女性たちは、発狂の悲鳴を上げていた。
「やだ! 助けて!」
「死にたくない!」
「お父さん! お母さん!」
少女たちの悲鳴が合唱の如く流れる。
エルザもこれにはどうしようと、リーニエを見る。
「り、リーニエお姉ちゃん、ど、どうする?」
「……はあ」
リーニエだけは、本当に気怠そうに、荷台の奥でゆっくりとやってくるミノタウロスを見据える。
「折角『フネ』に近づけると思ったのに」
「お姉ちゃん?」
すると、リーニエは立ち上がる。両腕は後ろに縛られているが、足は特段、拘束されていない。
縛られた状態で、足に力を込めたリーニエは、弾丸のような速度で跳躍。
そして――――、
「邪魔」
そのまま、馬車に近づこうとするミノタウロスを、思いきり蹴飛ばした。
「―――ぬおっ!?」
これにはミノタウロスも、驚いたような『人の声』を発する。
それだけ、強力な膂力から放たれた一撃だった。
攻撃は斧で防げたが、衝撃までは打ち消せず仰向けに倒れ込む。
怪物は急いで起き上がる。自分を蹴り飛ばした正体……頭に角を生やした少女が、優雅に宙を浮いて今、馬上に着地する。
「な、なんだ……お前は?」
ミノタウロスは明確な人の声を発して、少女に問い掛ける。
見れば少女は、杖も無ければ武装もしていない。なんなら腕を縛られている。外見上なら誘拐された少女の一人だろうに、この威圧感は何なのだ?
「しゃべるんだ、ますます私達魔族みたいだ」
一方の少女、リーニエは、ミノタウロスがしゃべることに興味を示すも、そこまで驚いた様子でもない。
外見上、化け物のような姿をした魔族だって何人も見てきた。ミノタウロスもしゃべるのだろうと、そんな風に知識を更新した。
「魔族? なんだ魔族とは……」
「どうでもいいよ。そんなことより、邪魔」
そう言うと、リーニエは馬から跳躍、刺すような飛び蹴りを撃ち放つ。
今度はミノタウロスも回避した。一瞬地を揺らすほどの衝撃の後、轟音と土煙を発生させる。
揺らめく土色の煙幕を、横切るようにリーニエがまた接近してきた。
再び、飛びながら回し蹴りを繰り出す。この前戦闘した『元素の兄弟』、次兄ジャックが使ってきた体術を、模倣で繰り出しているのである。
(両腕を縛られているのに、ミノタウロスと
この未知なる怪物の身体を得て、初めて感じる恐怖、緊張感。
エルフかと思ったが、耳は長くない。じゃあ吸血鬼なのかと思ったが、身体能力がここまで高いとは聞いてない。
じゃあこの子は一体何なんだ!? 得体の知れない焦燥が、知能のあるミノタウロスを襲った。
(うそぉ……縛られてるのにミノタウロスと張り合ってやんの……)
さて、遠目でこれを見ていたエルザはというと。
いきなりリーニエが飛び出したかと思ったら、まさかそのままミノタウロスとやり始めるとは思わなかったという顔をしていた。
ミノタウロスは斧による斬撃を繰り出しているも、リーニエの流暢な身のこなしによってすべて直撃はならず。
どうやらまた『見』に回っているらしい。それなりに強い奴相手だと、ああやって相手の攻撃を観察する傾向にある、何かの儀式だろうか。
(ま、リーニエお姉ちゃんなら心配するだけ無駄か。それよりも……)
エルザは、荷台の中からこの様子を眺めている、盗賊団の背中を見る。
「い、いったいなんだあの嬢ちゃんは……?」
「ミノタウロスを、蹴飛ばしたぞ?」
「どういうことだ? 吸血鬼じゃねえよなまさか……?」
「何言ってんだ! あいつらにミノタウロスを蹴り飛ばす力なんてあるかよ!」
(それはそう)
口々に遠目で、リーニエとミノタウロスの戦闘を見て言い合っている。最後の内心ツッコミはエルザだ。
商品を捨てて逃げずに済んだ。とりあえず助かったのか……? そんな安堵の空気が一瞬だけ流れる。
(でも、この状況だとわたしも詰められそうだな)
エルザは一人推理する。
リーニエが異能ともいえる力を発揮してミノタウロスと戦っているのだ。一緒にいた自分も、同じ異能だと思われる可能性は高い。
そうなる前に、もう動いた方が良いか。
エルザは混乱した空気に乗じて、リーダー格のメイジのうなじに、ゆっくりと近づき、吸血鬼特有の牙を覗かせる。
「そ、それ! あんたその牙!」
「きゅ、吸血鬼!」
「きゃあああああああああああああ!」
牙に気付いた女性の悲鳴と、エルザがメイジの首筋に嚙みつくのが、同時に行われる。
「ぐぅああああああああああ!」
噛まれたメイジは呻いた。必死になってエルザを振り落とそうとするが、荷台という閉所故に、思うように抵抗ができない。
「り、リーダー!」
「くそっ!」
「やっぱりこいつも化け物か!」
盗賊の何人かは慄きながらも銃を構えようとしたが、さっきミノタウロスに撃ったので弾は出ず。
ジェイクという大男は槍を構えようとするも、
「馬鹿止めろ! 商品に当たる!」と別の男に止められる。
「じゃあどうすんだ!」
ジェイクの叫びを、風の魔法が中断させる。
首筋から零れる鮮血を浴びながら、ジェイクは斃れた。
「おい、おいジェイク!」
「リーダー! なんでこんなこと……!」
数人は怯えたような声を発する。さきほど魔法を放ったのは、リーダーのメイジだったのだ。
「呼びかけても無駄よ。残念だけどこの人はもう、わたしの『
エルザはにっこりと、口の端を凶悪な笑顔で歪めた。
メイジはこくりと頷くと、そのままエルザの縄を解いていく。
そして、ゆらりと立ち上がって杖を、仲間であった盗賊たちに構える。
「それじゃ、あいつら邪魔だから消しちゃって」
「はっ!」
吸血鬼が、ハルケギニアの民から『脅威』といわれる理由。
人と見分けがつかないこと、そして血を吸った人間を『
他にも他の亜人同様『精霊の力』を行使することができるが、こちらは
なにせこうして鬼屍人を増やしたのも、久しぶりだった。
さて、吸血鬼の手先と化したメイジは、意思なき杖を仲間たちに向け、魔法を発砲。
いくばくかの悲鳴の後、男たちの声は聞こえなくなった。
「――――くっ!」
ミノタウロスは、冷や汗で侵された身体で、角が生えた少女に向かって攻撃する。
しかし、いくら打ち当てようとも少女は身軽な動きですべて回避する。両腕を戒められてなおこの身のこなし。
腕が自由になったら、どのくらい強くなるのか? 考えたくもない。
「ラグーズ・イス・イーサ……」
ミノタウロスはメイジが使う系統魔法を詠唱。
次の瞬間、『
魔力だけなら、『スクウェア』クラスはあると自負している。そんな高威力の魔法を撃ち放つのだが……、
「この世界の魔法使い、遠距離攻撃魔法ってそういうのばっかりだよね」
リーニエは着弾地点を的確に見切って回避する。まるで詠唱の段階で何の魔法を使ってくるのかが分かっているかのように。
「火弾、風刃、氷の矢、ちょっと強い奴だと稲妻とか。口語も覚えちゃった」
「くっ……!!」
ミノタウロスは斧を唐竹割にと大上段に振り上げる。手加減しない、本気の一撃だ。
この身体の性能を、最大限発揮させる勢いで、振り下ろしにかかるも。
「素人だな、戦士アイゼンの斧捌きには比べるべくもない」
無情な評価が、斧の着弾先から発される。
強烈な振動と共に一筋の亀裂を残すも、手ごたえは無し。
上空を見る。すると二つの月を背に、縄が切れて自由になったリーニエが舞っていた。
彼女は魔力球からこれまた、ミノタウロスの持つそれとそっくりの斧を、その手に形成。
そのまま、先の大上段の振り下ろしを〝模倣〟する。
「〝
上空から迫るという、重力を用いて威力を底上げした一撃は、ミノタウロスの斧を真っ二つに破壊した。
「な、何者だ、お前は……?」
身の丈に合わぬ斧を肩に担ぐ少女に向けて、ミノタウロスは再び問い掛ける。どうしても気になって仕方が無い。この少女は何者なのだ?
だが、リーニエはそんな問いを無視して、荷台の方を見る。
魔力の数がガクッと減った。盗賊が死んだらしい。多分エルザの仕業だ。
せっかく『フネ』の居場所をあいつらに案内させるつもりだったのに、その計画もパーになってしまったな。
仕方が無い。といった風情で、リーニエは今度はミノタウロスに問い掛ける。
「ねえ、『空飛ぶ船』って知ってる?」
「……? なんだ急に?」
「私アルビオンに行きたいんだけど、そこに向かう『フネ』のある場所が分からなくってさ。知っているのなら案内してほしい」
少女の問いに、ミノタウロスは黙考する。
アルビオンは知っている。なんなら『人の身』であった頃に行ったことがある。
だが、一体何の目的で?
そんな、思案するミノタウロスの背後から、人攫いの馬車から一人の少女が姿を現す。
小さい、金髪の少女だ。その隣には、盗賊団の頭目らしき男が傅いている。
「リーニエお姉ちゃん、そっちはどう?」
「エルザ、そいつはどうしたの? 魔法か何か?」
「あーこれ? そう言えばお姉ちゃんには初めて見せたっけ。わたしたち『吸血鬼』は、こうやって血を吸った人を一人、操り人形にできるの」
と、悪びれもせずそう言うエルザ。
(吸血鬼!? この子、吸血鬼なのか!)
内心驚くミノタウロスを尻目に、エルザはリーニエに尋ねる。
「ところでさ、お姉ちゃんは何やってるの? いつもの舐めプ?」
「舐めプじゃないよ見ているだけだよ。あと、エルザが
「え、喋れるの? ミノタウロスが!?」
ハルケギニアの住民たるエルザは、あり得ないとばかりに目を見張る。
逆にリーニエは、
「え、ミノタウロスって喋らないの?」
「喋るミノタウロスなんて聞いたことないよ! 言葉を話せる種族なんて、そんな多くはないわ。
そこまで言うと、興味津々とばかりにエルザはミノタウロスを見あげる。
「あなた、何者?」
「……分かった、私も身の上を話すから、お前たちの目的と正体を、教えてくれ」
どのみち武装もなくなったので、これ以上戦うことも無い。
「私はラルカスという。こんな身なりだが、元は人間の貴族だ」
そうしてラルカスというミノタウロスは、自身の過去について語る。
旅の中、村人たちに頼まれ、この近辺に住み着いたミノタウロスの討伐に乗り出したこと。
火の魔法を用いて洞窟内の空気を奪い、窒息死させたとのことだが、斬っても焼いても死なない生命力に、人の身であった彼は惹かれたという。
「当時の私は、不治の病に侵されていた。余命を使って最後の旅行をしていたのだ。その時にこの身体に出会ったのだ」
人の身では名うての『水のトライアングル』だったラルカスは、この時、恐るべき発想を思いつき、そして実行に移したのだという。
「病に蝕まれた己の身体を捨て、禁忌とされる『脳移植』を、このミノタウロスの身体に施したのだ」
それを聞いたエルザは愕然とした。なんとまあ、とんでもないことを考える人間がいたものである。
「それで今に至るってワケだ。そうして現在は、この近辺を住処に研究を打ち込んでいる」
「研究? なんの?」
「……それはまあ、秘密だ。それよりも、ここまで話したんだ、お前たちのことについて聞かせてくれ」
今度はエルザが、ラルカスにここまでの事情を説明した。
「〝魔族〟だと? そんな種族は聞いたことないが……?」
「でも事実としているわけだし、信じてもらうしかないわよ。使う魔法も、精霊でもなければあなた達の扱う魔法でもない、それはもう、あなたも分かるんでしょ?」
そう言いながら、エルザはどこから取ってきたのか知らないが、りんごをしゃくしゃくしているリーニエを指さしそう言った。
ラルカスも、リーニエの異常な身体能力と魔法は間近で体験した。なので、信じるしかないとばかりに頷く。
「で、お前たちは魔族の仲間がいるというアルビオンに向かうと?」
「そういうこと、ラルカスおじちゃんは分かる?」
「『フネ』の発着場は知っている。案内しても良いのだが……私も忙しくてな」
ふごごご、とラルカスは笑う。
するとここで、リーニエが腹の音を鳴らした。
「お腹空いた」
「さっきりんご食べたじゃない」
「りんごは美味しいけどお腹が膨れないんだよ」
すると、リーニエは身を乗り出す。荷台の中にはまだ、縛られている女性たちが転がっている。
「エルザ、食べよっか」
「そうしよう、お姉ちゃん」
「いや、ちょっと待て! その子たちは攫われた子たちだろう! 見逃してやれ!」
流石に看過できないとばかりに、ラルカスは立ち上がる。
そもそも彼がここに現れたのも、夜な夜なここを通る人攫いから、捕まった子たちを助けるためだった。
せっかく助けたのに、それを奪うなどとんでもない。
あれは俺のモノ――――!
「ぐっ……!!」
ラルカスはここで、頭を抑える。
……薬が弱まったか? 『人食い』の本能を、抑える薬が……。
「ねえおじちゃん、わたし達と一緒に来ない?」
ここでエルザが、邪悪に顔を歪めてラルカスを勧誘する。
「な、なにを……?」
「おじちゃん、こう言うと否定するんだろうけどさ、わたし達にはわかるよ。
「な、なにを馬鹿なことを! 私は貴族だぞ!」
エルザの予言通り、ラルカスは否定する。
だがエルザも、なんならリーニエも分かっている。
その死臭を、この牛角の大男からも感じるのだ。
「わたしが思うに、さっき言ってた秘密の研究って、もしかして『人食いの本能』を消す薬だとか?」
「い、いうな……!」
「わからないなあ。ミノタウロスに憧れて、人の身体を捨てたのに、どうして今更、人であることにこだわろうとするの?」
「やめろ! 言うな!!」
ミノタウロスが怒号を発する。
それに構わず、リーニエは縛られている女性たちを、引きずりながら持ってくる。
「何人いたっけ?」
「十人くらい」
そう言うリーニエの口元はもう、真っ赤である。
彼女に担がれている女性たちは、もうリーニエの事を化け物のような目でしか見ていない。
「やったあ! ひっさびさの御馳走! いっぱい血がすえるぅ!」
エルザなんか小躍りして喜んでいる。逃げ出そうにも女性たちは縛られたまま、彼女たちは自分の運命が、こんな最悪な形で迎えるという事実に、心の底から震えた。
「ゆ、ゆるして……助けて!」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、わたしはリーニエお姉ちゃんと違って頭っからかぶりつくようなことしないから、大人しくしていれば、眠るように死なせてあげる」
そう言うと、エルザは少女の首筋に牙を突き立てようとする。
「や、やめろ!!」
思わず、ラルカスが手を伸ばして駆ける。エルザの行動を阻止しようとしたのだ。
しかし、エルザはそれを待っていたとばかりに、笑みを深くする。
「風の精霊よ、かの者を浮かせ、届けよ」
それは人間が『先住魔法』と呼ぶ魔法。
この地に住む精霊と契約することで、自然の力を行使する魔法だった。
リーニエはこの魔法が好きじゃない。なぜか心の底がざわつくような、嫌なものを覚えるからだ。
あからさまにしかめっ面を浮かべるリーニエをよそに、エルザは食おうとした
「え……?」
「おいしそうでしょー。いっちゃえガブッと」
エルザはそう言うと、悲鳴を上げる別の少女へと手を伸ばす。
隣ではリーニエが、頭から少女を噛み千切っていた。
いや、違う、止めねば。
貴族として、このような蛮行を、止めねば――――。
そう、この子だけでも助けなければ。そう思うのに、腕が、身体が動かない。
ただ、本能が慟哭する。
数分後、ラルカスは掴んでいた少女をその手で喰らっていた。
「美味しい?」
エルザは酷薄な笑みを浮かべる。
ラルカスは、獣のように少女を貪っていた。
「あれだけ自分は貴族だって、叫んでたのに。結局負けちゃうなんて、ざぁ~こ、ざぁ~こ。メンタルよわよわおじちゃん、結局誘惑に勝てなかったねぇ~?」
「うっ……ううっ……!!」
ラルカスは泣いた。結局獣の本能に抗えなかった己の弱さに。
それでもなお、身体は貪ることを止めない。その事実に。
「泣けば許されていると思っている、人間じゃないのに人間でありたいラルカスおじちゃん、人間の女の子は美味しいでしょ?」
「うおぉ……ウオッ! ウォオオ!!」
エルザの下衆な笑みが劈くも、ラルカスは貪ることを止められない。
既にリーニエは、さっき食べていた少女の骨をポリポリさせている。
エルザもまた、別の少女の首筋を被りついた。
そして至極美味そうに、血を吸い上げていく。張りのある肌が枯れ枝のようになり、縛っていた縄がはらはらと落ちていく。
ここに『人間』は一人もいない。
ただ、人食いの化け物だけが、今宵の生贄たる少女を食らっていた。
「……三年前だ、子供を襲う夢を見た」
食事が終わった頃。
一人、蹲っていたラルカスは、訥々と語り始める。
「獣になって子供に食らう夢。何度も何度も見るようになった。初めはまやかしだと思った。目が覚めて、意識がはっきりして、側に転がった骨を見てなお、現実とは思えなかった」
食らった少女の骨を埋め、ラルカスは続ける。
「だんだんと、己の精神がミノタウロスに近づいていると気づいたのはその時だ。空腹のときなど、無性に人間が食べたくなる。理性で否定しても、感情が言うことを聞かんのだ」
エルザが喰らった、枯れ枝となった少女の遺体も、続けて埋めていく。
「それでもなお、私は人間でありたかった……。死のうとも思ったが、私は己の命を絶つ勇気が無かった。己の中に潜む獣を殺そうと、色んな薬を作った。心だけは、人でありたかったのだ……」
ひとしきり、埋葬を終えると、最後に墓石を作って、ラルカスは立ち上がる。
「無駄だよおじちゃん。おじちゃんはもう、人食いの化け物だよ」
エルザはラルカスの背後から、そう告げる。
「そうだな、……私はもう、化け物だ。人と共に暮らすことなど、不可能なのだろう」
「じゃあなんで、遺体を埋めたの?」
今度はリーニエが問いかける。
隠ぺい目的で埋めるなら分かる。でも、墓石を立ててしまったらバレてしまうではないか。
わざわざ「ここに埋めてあります」と、指し示す意味なんてない。
「それでも、僅かな理性……それだけは失いたくはない。まあ、最後の悪あがきだな」
ラルカスはあくまで、供養のつもりだったのだろう。
それが、今できるせめてもの償いと思っているようだ。
勿論、それで死んでいった彼女たちの心が晴れるとは、微塵も思ってはないが。それでもなお、けじめとして、したかったのかもしれない。
さて、そんな機微すら良く分からないリーニエは首をかしげるしかないのだが。
「で、どうするのおじちゃん? まだ無駄な薬の研究する? 私達と一緒に行く? 人肉を食らえば、最低限の理性は保てるんでしょう?」
エルザの呼びかけに、ラルカスは振り向き、頷いた。
「旅……か。まさかこの身になってまで、旅に誘われるとは思わなんだな」
「おじちゃん強いでしょ? いてくれると助かるんだよね、同じ人食い同士、仲良くやりましょ?」
「アルビオンか……」
ラルカスは遠くの空を見上げる。いつの間にか、伸びあがった太陽が自分たちを照らしている。
こんな暖かな日差しを浴びる権利が、自分にあるのだろうか。
葛藤したラルカスは、自分の影で隠れる埋葬場所から横にずれることで、死した彼女たちにも日光を浴びさせる。
「いいだろう。人食い同士でできた
こうして、三人となった人食いの化け物たちは、風雲急を告げるアルビオン大陸を目指すこととなった。