使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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外伝その5『六千年前の記憶』

 

「ふぁ……っ!」

 

 その日、平賀才人は背伸びをしながらベッドから起き上がった。

 窓からは暖かな日差しが、さんさんと照り付ける。青空が澄み渡るいい天気だ。

 思わずカーテンを開けて、外の空気を堪能する。外国ならぬ異世界の微風を顔に受け、思わず顔を綻ばせた。

 

「あぁ、今日もいい天気だなぁ」

「ようサイト、起きたか」

「おーシュタルク! おはよう!」

 

 別室にいるシュタルクが、扉を開けて才人に呼びかける。才人もまた、気兼ねなくシュタルクに呼びかけた。

 

 フリーレン失踪から2ヶ月半後。

 北部高原、魔法都市シュラーフェンにて。

 

 美しい木組みと鮮やかな色使いをした壁面の家が立ち並ぶ、御伽噺の絵本から飛び出たような街だ。

(こういうの、なんだっけな。……ああそうだ。ドイツのローテンブルグってやつだ。それに近い街並みだなぁ)

 

 ネットサーフィンで海外の画像を漁っていた頃の記憶を思い出し、一人思いに耽る才人。

 今、彼が暮らしている屋敷の二階建ての窓からは、天まで届かんばかりに聳えた塔が見える。あれが大陸魔法協会の施設らしい。ただ、オイサーストの方がもっと大きかったと、フェルンは言ってたけど。

 

 街の中央には噴水広場があり、昼になると家族や恋人で活気が溢れる。その噴水の中央には、勇者ヒンメル、大魔法使いフランメ、そして人類最強と言われた南の勇者の三つの銅像が建てられていた。

 みな、この街と関わりのあった人物らしい。噂によればこの街を立ち上げたのがフランメで、過去二度襲ったという『脅威』から救ったのが、この二人の勇者なのだとか。

 その功績を受けて、歴史上偉大なる三人の人物の銅像が、一堂に会しているようなのだ。

 

「身体はどうだ? サイト」

「う~ん、まあ、気怠い感じは消えたかな。魔法ってすげえよな」

 シュタルクと会話しながら、一階への階段を降りていく才人。

 

 数日前、夢の世界でルイズの姉、カトレアを『呪い』から救う戦いが行われた。

 大きな外傷こそ才人は負わなかったものの、あの日起きた時は、全身筋肉痛で寝たきりを余儀なくされた。

 それほどに、デルフリンガーという大剣が発揮した『勇者(ヒンメル)の動き』は、大きな負担となってのしかかったのだ。

 

「あんときは本当にヤバかったからなぁ……まあ、教会に行ったら治ったからよかったけど」

 

 一応、この街にも教会はあるようだ。

 シュタルク曰く「回復は僧侶の専門」らしく、教会は怪我や病を治す病院としての側面も持っているらしい。

(俺の知ってる教会と違う……)と、当時は思いながらも、ゲーム大好きな才人はそういう側面を持つゲームもたくさん遊んだことがある。

 持ち前の順応性もあり、すぐにそのことを受け入れた。

 何より、教会の神父がかけてくれた〝女神の魔法〟のおかげで、こうして歩けるくらいに回復できたのだ。もうこの世界は()()()()()()だと思うしかない。

 

「そうだ、フェルンはどうなんだ?」

「朝早くから神父様の魔法を受けてるよ。肩の怪我、まだ治り切ってないらしくてな」

 

 あの戦いで一番無茶をしたフェルンは、まだ万全には戻ってないようだった。

 まあ仕方ねえかな、と才人は思う。最後なんか、自分の肩を魔法で貫いていたし。仕方が無いとはいえ。

 ちなみにシュタルクは速攻で元気になった。なんなら女神の治癒すら受けてなかったりする。

 

「シュタルクも結構ボロボロにされてたよな? なんでそんな治りが早いんだ?」

「え? あれくらいの怪我は戦士なら治って当然だぞ?」

「えぇ……そうなの? なんか違うような気が……」

 

 シュタルクの化け物染みた回復力に、そろそろ疑問符を浮かべ始める才人。

 一階で朝食を食べた後、木刀を持って軽く素振りの練習。シュタルクと一緒に瞑想したり胸を貸してもらったり、暇な時間は街中を探索したりなどが、この世界での才人の生活となっていた。

 

「後で訓練に付き合ってくれねえかなシュタルク、あのデルフって奴に舐められぱなしってのは癪だからな!」

「負けず嫌いだよなあサイトは」

 

 スクランブルエッグとソーセージを齧りながら、そんな会話を交わす二人。

 朝食も終えて一息ついたころ、デンケンとフェルンがやってきた。

 

「二人とも、もう大丈夫か?」

「お、デンケンじっちゃん!」

「フェルン、もう歩いて平気なのか?」

「はい、魔法はまだ覚束ないですが、歩く分には問題ありません」

 

 フェルンのその言葉に、安堵の表情を浮かべる二人。

 包帯なども巻かれておらず、体調は問題なさそうだ。

 

「それよりもサイト、今日は少しだけ付き合ってはくれぬか?」

「どうしたのじっちゃん?」

「お前の左手の中に眠る『刻印(ルーン)』に解析を加えたいのだ。元の世界に戻る手掛かりがつかめるやもしれぬ」

 

 

 

 才人達はそのまま、黒塗りの豪華な馬車に乗って『大陸魔法協会』の施設へと移動する。

 その間、才人はどういうことかの説明を受けていた。

 

 最初、夢の世界でフリーレンと会った時、『ガンダールヴ』の力と共に、六千年に及ぶ記憶も一緒に送り込まれたこと。

 ルイズの扱う魔法は『虚無』という、大昔の大魔法使いブリミルが扱った魔法と同じ系統であるということ。

 それを解析すれば、才人が元の世界に戻れる魔法やメカニズムも掴めるかもしれないということ。その専門家が、昨夜やってきたというのだ。

 

「俺の知らない間にそんなことやってたんだな。ってか、六千年分の記憶って……」

 

 才人は思わず左手を見る。普段はただの左手にしか見えないが、武器を握ると光とともにその紋様が一瞬だけ発現する。『契約』の力はちゃんと受け継がれてはいるようだ。

 その力の中に、六千年前の記憶が眠っている。なんだか壮大な話になってきたなと、少し緊張した。

 

「少なくとも向こうの世界の『召喚』魔法は異世界の壁をも隔てる代物であることは確かだ。その構造を模倣すれば、その逆、『帰還』の術を見つけられる可能性は高い」

 

 デンケンは髭をしごきながら答える。

 フェルンも頷いてこう続けた。

 

「上手くいけば、こちらからフリーレン様のいるハルケギニアとも接触することが、可能になるかもしれませんね」

「そこまでいけるものなの?」今度はシュタルクが尋ねる。

「まあ、それを知るための〝解析〟だ。今日は窮屈に思うだろうが、しばし付き合ってほしい。サイトよ」

「いやいや! 俺こそ皆から世話になりっぱなしだし……、逆にできることがあったら言ってほしいっていうか……」

 

 そうか、もう(・・)帰れるのか……。

 そう思うと、ちょっと一抹の寂しさを覚える才人。

 帰れるようになったら、みんなともお別れになるのだろうか。

 

 

 シュタルク、フェルン、デンケン、フリーレン、そして……ルイズという女の子。

 

 

 まだまだ、みんなの事を知りたい。そう思うと、帰ることに一瞬躊躇いを覚える。

 でも……、それと同時に故郷日本の事を思う。今頃、いなくなった自分を心配して、必死になって探しているだろう家族のことを考えると、強い罪悪感も覚える。

 

(けどまぁ……きっと、こっちと自分の世界を行き来できる魔法だって、ある筈だよな)

 

 早く家族に自分の安否を伝えたい。それは間違いないけど、もう少しこの世界を冒険してみたい。

 複雑な少年心を宿しながら、才人は施設へと向かった。

 

 

 

 さて、教会の施設へとやってきた才人達。

 受付の案内を受けて、別室へと導かれていく。

(まるで美術館のような綺麗さだな。魔法ってすげえ)

 そんなことを思いながら、先導するデンケンの後を歩く才人。

 

「ここだ」

 そう言って、デンケンは廊下にある扉を指す。才人はごくりとつばを飲んだ。

『専門家』って、どんな人なのだろうか……。と少し緊張でドキドキしてくるのだ。

 ……ええい、怯えたって仕方ねえ! 取って食われるわけじゃなし!

「失礼します!」

 覚悟を決めた才人は、思いきり扉を開ける。

 

 

「あんだとぉ! もういっぺん言ってみろテメエ!」

「あだだだ! 許して! いたいいたいって!」

 

 

 開けた部屋の中では、二人の少女が喧嘩していた。

 正確には、髪長の少女が二つ結びの少女に馬乗りになって髪を引っ張っている。

 才人は思わず、目を丸くする。

 

 あれ? 解析のスペシャリストがいるって聞いていたけど……。あの二人がその専門家なのカナ?

 

「また喧嘩しておるのか、カンネ、ラヴィーネ」

「まったく、あいつらはいつもあの調子だ。目を合わせれば下らないことで喧嘩を始める」

 

 才人の後で部屋に入るデンケン。

 彼の声に反応したのは、部屋の隅で、椅子に座りながら本を読んでいる男性だった。

 

「お前も来たのか、リヒター」

「お上から指令が届いてな。でなくば誰が好き好んで北部高原まで足を運ぶか」

 

 皮肉めいた言葉と声で、デンケンに対して一歩も引かない不遜さで、リヒターという青年はじろっと、デンケンを睨んだ。

 

(なんだこいつ、感じわりいな)

「……そいつか、デンケン」

 

 リヒターはそのまま、その冷たい目を才人にも向ける。

 なんか感じ悪くて、少し身じろぎする才人。

 まさか、こいつが皆の言っていた『専門家』なのか? だったらやだなあ。

 

「ああ、既に連絡はオイサーストの支部にも伝わっておろう」

「まったく、面倒なことになったもんだな。フリーレンが消失したって?」

「ああそうそう! それ聞きたかったんだよ! フリーレンが消えたって本当かフェルン!」

 

 ここで馬乗りしていた髪長の少女が、勝ち気な目を向けこちらに迫る。

「ええ、『ハルケギニア』なる別世界に転移したとのことです」

「なんだよそれ、『異世界』とかマジで言ってるのか……?」

「少なくとも、ここにいるサイト様も別の世界からやってきた人です。といっても彼は、ハルケギニアとはまた異なる世界から来たとのことですが」

「ええ? じゃあ異世界が二つあるってこと? 何が何だか分からなくなってきたね……」

 

 馬乗りにされた、二つ結びの少女も起き上がって、こちらを見てくる。

 少し威圧的な髪長の少女と比べると、こちらは温和な笑みを浮かべていた。

 

「私はカンネ、こいつはラヴィーネ。三級資格持ちの魔法使いです。よろしく」

「あ、ああ! 俺、平賀才人。地球の日本ってところから来たんだ! どうも」

 

 カンネと握手する才人。やっべえ、いい子だ。

 女の子と握手するだなんて、学校時代じゃなかった経験なので少しどもってしまう。

 その隣、ラヴィーネが腕を組みながら思うように言う。

「フリーレンには一級試験で世話になったからな。まさか、消えるだなんて思いもしなかったが」

「ええ、私も驚きました。お二人も協会の指令を受けて?」

「うん。エーデルの護衛任務で一緒にって。他の一級魔法使いは色々と忙しいみたいだし」

「俺だけ土木工事も兼任だがな」

 遠くでため息交じりの愚痴をこぼすリヒター。彼の魔法は大地を操る。例の祭壇の復旧役も兼ねているのだとか。

 

「いいじゃねえか、おっさんじゃねえんだろ? 若いんだからあくせく働けー」

「ったく、口が減らねえガキだ。『あの時』のあてつけのつもりか」

「やめなよラヴィーネ、もう試験は終わったんだからさ」

 

 なにやら才人を放っておいて言い合う三人の魔法使い。

 

「なんかあの三人、すっごい険悪なんだけど大丈夫なの? じっちゃん」

「まあ、試験時に色々あってな」

 

 と、これに関しては言葉を濁すしかないデンケンであった。

 実際、試験時ではデンケンとリヒターはチームを組んで、フリーレン含めたカンネ、ラヴィーネ組を襲撃したのだ。

 なんなら試験で合意とはいえ、殺し合いまで発展したんだからまあ、多少ピリつくのは仕方が無い。

 

「で、結局専門家って誰?」

「あ、私達じゃないよ。エーデルって子がそうなんだけど、今ちょっと遅れているみたいで」

「俺は異世界から現れた小僧が、どんなツラをしているのかを拝みに来ただけだ」

 

 そう言うと、リヒターは席を立つ。もう見ることもないだろうという風情で。

 才人はムッとする。なんかこいつだけ、いちいち風当りが強い。

 なんか言おうと身を乗り出そうとするも、デンケンによって阻まれる。

 

 

「お前も大変だなデンケン。黄金郷問題が片付いたと思えば、今度はこんなガキの御守とは。あんなに泥塗れになって得た『一級資格』だというのにな」

「なに、全て好きでやっていることだ」

 

 

 皮肉にも動じないデンケンを見て、リヒターはフンと鼻を鳴らす。

 そしてそのまま、先に部屋を退出した。

「なんだよあいつ! えらっそうにお高くとまりやがって!」

 リヒターがいなくなった後、それはもう才人は怒りを吐き散らかした。

「まあそう言ってやるな。あいつも、お前がやってきた祭壇の復興作業としてかり出されたのだ。その実力は間違いない。許してやってくれ」

「でもよお……!!」

「そうそう、あいつ素であんな奴だから、いちいち腹立てたってキリねえよ。……もし腹の虫がおさまらねえってんなら、今度『おっさん』と呼んで仕返ししてやれ、結構効くから」

「お、そうか。ありがとうラヴィーネ、今度言ってやるわ」

「いいか、こういうのは面と向かって『さりげなく』が重要だぞ」

「りょーかい!」

 

 悪い顔で情報を共有するラヴィーネと才人。

 さて、そんな時だ。

 

「邪魔するぞー」

 

 新たに、ボブカットの少女が部屋へとやってくる。

「ふむ、そやつか?」

 その少女は、古風な喋りで才人をじろっと見つめた。

「ああ、彼がそうだよエーデル。今日はすまないね」

「まったくじゃ、まさかまた北部高原を横断するとは思わなんだぞ」

 少女のすぐ後ろから、今度はレルネンも部屋に入ってくる。

 才人は、今度こそこの少女が例の専門家の魔法使いなのだろうと思った。

 

「紹介がまだだったね、彼女はエーデル二級魔法使い。精神操作に卓越した一族の出で、記憶調査の専門家だ」

 

 彼女以上の精神魔法の使い手は中々いない。とレルネンは続ける。

 黄金郷事変では、一触れしただけで魔族の中でも最強格のマハトの記憶を、百年分攫ったこともある。精神魔法に関して言えば、フリーレンからもお墨付きをもらえるほどの技術を持っているのだ。

 

「え、ええと、俺、才人といいます。その、本日はよろしく」

「なに、そう緊張せんでいい。魔族よりかはまだ人間の方が簡単じゃろうしのう」

「だが、六千年分あるというよ。大丈夫なのかい?」

 

 そう、今回の記憶量は過去最高かもしれない、六千年の記憶。それが才人の左手にすべてつまっているとか。

 精神構造は人間だから、解析は容易とはいえ、流石に膨大過ぎる量だ。

 

「六千年の全部をさらうことはないのじゃろう? 必要ない情報は体よく弾いて進めてみるわい」

「その情報の取捨選択が難しいと、儂は思うのだが」

「それに関してはそうじゃろうのう。未知なる魔法、『虚無』とやらの解析。人間の使う魔法とはいえ、容易にはいかぬことじゃろう。とりあえず、今日中に終わる保証はないというのは先に言っておくぞ」

 まあ、仕方が無いかと頷く周囲。才人もそうだろうと思っていた。

 

 

 エーデルは二つの椅子を魔法で浮かせると、部屋の中央に持っていき、その一つに座る。

 そして対面の椅子に才人を座らせた。

 

「最初にいくつか質問する。分からなければ『分からん』でいいぞ」

 

 そしてデンケン、シュタルク、フェルン、カンネとラヴィーネ、レルネンが見守る中、才人の『ガンダールヴ解析』が始まった。

 

「一つ、お主は『その記憶』とやらを五感で体感したことがあるか?」

「体感?」

「例えば寝ている時でもいい、なにかこう、自分が見たことのないような世界や人物を、夢か幻覚で見た覚えは?」

「いえ、今のところありません」

 

 なんか、医者にかかっている気分だ。思わず敬語口調になる才人。

 

「二つ、お主は武器を持つと力が湧くと聞く。その時のイメージを具体的に言い表せるか?」

「ええと、なんかこう、羽が生えたような、身体全体がふわっとした感じになります」

「それだけかの?」

「後は……ああ、そう。なんかこう、武器を握ると『こう使える』ってイメージが、頭の中に流れてくるというか」

 才人は言葉を掴みながら説明する。

 武器なんて生まれてこの方、握ったことない。だが、ナイフや剣、それらを握ると「こう使えばいい」という、情報が流れてくるのだとか。

 単純な身体能力が上がるだけでなく、より効率的な武器の使い方を、直接頭に叩き込まれる。そんなイメージを説明した。

 

「……なかなかに興味深い情報じゃな」

「ふむ、確かに」

 

 エーデルは頷き、レルネンは紙に羽ペンを走らせる。

「そうなんですか?」

「うむ、お主の力のことは前もってレルネンから聞いていたが、妙とは思っておった。どうして握ったこともない武器を持って、それをいきなり扱える? 単純な身体強化魔法とはどうしても思えなくてな。剣を握って身体が頑強になったとて、剣に関する技量が得られるわけではあるまい」

 

 確かに、と。

 才人もそれに関する理由を考えたことが無く、首をかしげる。

 

「聞くが、只の木の棒を握っただけでは力は発揮しないのじゃな?」

「ええ、そうです」

「そしてお主自身、特に武道や剣術の経験は皆無と」

「……はい」

 恥ずかしいけど、正直に頷く才人。

「優れた剣術家なら、只の木の棒でも立派な凶器と化す。だがお主の身体は『武器を握った時』と『そうでない時』に対して、露骨なまでに練度が分かれる。つまり『武器を握る』という条件下において、()()()()()()()()()()何らかの特殊な作用が、お主の『刻印』から起こっていることは確定ではあるのう」

「ああ、それは確かに思います」

 才人も頷いた。武器を握ると突然強くなるのは、確かな引き金(トリガー)なのだ。

 だが、どうしてそれが起こるのかまでは分からない。

 

「それもまた、『記憶』によって齎される作用の一つなのかもしれぬな。過去に扱われてきた武器の記憶を掘り起こし、精査し、発動中だけ使用法を脳内に叩き込む。あり得ぬ考察ではあるまい。その構造を明らかにしていった方が、解析が早く進むかもしれぬのう」

 

 エーデルの推理に才人は息を飲んだ。

 どんどんと自分の能力の皮をはがされていくような感覚。流石魔法の専門家。見かけは少女でも周囲から認められるだけの事はあるなあ。

 

 その後も、エーデルの問答は幾つか続き、それに答えていく才人。

 レルネンの羽ペンが止まったと同時に、エーデルは一息ついて言った。

 

「まあ、これ以上の考察は保留じゃな。実物を見てみぬことには全て、机上の空論にすぎんわけじゃし」

「じゃあ、これから始めるって感じですか?」

「ああ。まあその前にちょっと実験を挟むつもりじゃが……、それよりも腹が減った。何かないかの?」

「そうそう! この近くのパン屋さんでね! 新作のかにさんパンが売ってたよ? 後で一緒に買いに行こうよ!」

「ハサミと足の部分を一口でかぶりつくのがオススメだぞ」

「残酷だって! もっとこうさぁ! 可愛く仕立ててくれたかにさんを愛でようって気持ちはないのぉ!」

「そう言うと思ってな、既に買い尽くしておる。休憩がてら、食事にしよう」

「あ、相変わらずのブルジョワじゃな……!!」

 

 と、ここで芳醇な香りを纏ったパンを乗せたカートがやってきた。レルネンが手配してくれていたようだ。

 和やかな雰囲気になってきたので、才人達も一息ついた。

 

 休憩後……。

 

 

「では、続きを始めようかの」

 空にしたコーヒーカップをレルネンに渡しながら、エーデルは言った。

 彼女は食事中に出てきた銀ナイフを手でいじくった後、「握ってみろ」と才人に渡す。

「おお、手が光った」

 これぐらいのナイフなら、『ガンダールヴ』は反応するようだ。

 才人は今、身体に羽が生えたような高揚感を味わっていた。

 

「どうじゃ、何か変化はあるか?」

「ええ、身体が軽くなって……力が溢れてくるような」

「では、椅子から立ち上がらずに、そのナイフをあのりんごに当ててみよ」

 

 エーデルはくいっと親指で、レルネンが準備した、テーブルの上にあるりんごを指さす。

 才人は慣れた動作で手の内にナイフを納めると、上段からひと振り、ナイフを放つ。

 ナイフは目にも見えない速度と寸分違わぬ精度で、リンゴの中心点に見事着弾した。

 それを見たカンネはぱちぱちと拍手を送る。「どうもどうも……」と有頂天になる才人。

 

「ふむ、やはり武器を握ると、左手から発せられる魔力が活発になるのう」

「そして武器が消えると同時に流れも消えた」

「武器を握ることが、魔力発動の引き金になることは間違いなさそうですね」

 

 エーデル、レルネン、フェルンが思い思いに発言する。

 

「それも全て、自分で考えて動いた結果か? サイト」

「いえ、『ナイフをりんごに当てたい』って考えた時にはもう、身体が勝手に動いたような気がします」

「思考に対して連動し、魔力が身体を自動で補正するような感じじゃな」

 

 エーデルの言葉に、レルネンは再びペンを動かす。

 魔力の流れがどう動くかとか、仔細について書いているようだ。

 

 

「では次に……、少しいじわるな実験をしようかのう」

 

 ちょっと嗜虐的な笑みを浮かべながらそう言うので、才人はちょっと身構えた。

 エーデルはぱちんと指を鳴らす。するとレルネンが操るゴーレムが、再びカートを引いて部屋へと入る。

 そこには、様々な武器が置かれていた。刃物ではあるらしいが、才人にも「どう使うんだ?」と思えるようなものばかり。

 

「これ、お主は分かるか?」

「あ、それはスマホで見たことはある。『チャクラム』って奴ですね」

 

 そう言って才人は、円形状の剣を手に取って見る。

 再び『ガンダールヴ』の力が巡ったようだが……、先ほどのナイフと比べると、少し違和感を覚えたような表情を浮かべる。

 それは、魔力の流れを見ていた他の魔法使いも同じようだった。

 

「今度はちょっと『迷った』のう」

「ええ、魔力の動きが一瞬、淀んだように見えました」

「だが、一瞬だけだったね」

 レルネンが紙にペンを走らせながら補足した。

「どうじゃサイト? その武器は使えそうか?」

「ええ……多分」

「それでは、それもあのりんごに向けて投げてみろ」

 

 言われた通り、才人はチャクラムを構え、それを別のりんごに向けて投擲する。

 りんごは、確かにチャクラムの刃に着弾。しかし、ナイフと比べると少し刺さりが甘いというか……、中心を捕えてはいなかった。右端で挟まったような格好だ。

 重心が偏ったことで、りんごは机から落ちていく。地面に落ちる前に、エーデルが魔法で浮かせて、潰れるのを防いだ。

 

「やはり、日常でもよく見かけるナイフと比べると、触ったことのない武器に関しては練度が甘くなるようじゃ」

 浮かせたチャクラム付きりんごを手繰り寄せて、ふむふむ……、と頷くエーデル。

「だが、最終的には『どうやって投げれば当てられるのか』という回答を、ルーンが探り当てたように見えるね」

「サイトよ、もう一回その武器を投げてはみてくれぬか? ()()()()()()()()()()()()()()

 りんごからチャクラムを抜き、それを再び才人に渡しながらエーデルは言った。

 言われた通り、再び別のりんごにチャクラムを投げてみる才人。

 最初は大丈夫かなぁ……と不安げだったが、武器を握った瞬間、すぐにそんな暗い感情は吹き飛んだ。

 事実、今度は中心を捕えた上で机からも落ちない、絶妙な刺さり方をしたのだ。

 

「おー!」

「すげぇな!」

 遠くでカンネとラヴィーネも、それぞれ賞賛の言葉を送る。てへへ……と照れた様子で頭をかく才人。

「未知の武器に対して、どうすればうまく扱えるのか、二投目ですぐ補正しおったのう」

 エーデルもまた、「予想通り」といった笑みを浮かべて頷いた。

 

 その後も色んな未知の形状の武器を試して、触って、手に取ってみて……と。

 中には魔力を上手く通さねば起動しない、特別な形状の武器も触らせたが、最終的には見事に起動してみせた。

 そんな実験を小一時間ほど続けた後、解析陣の結論が出る。

 

「どの武器も、手に取った時の練度は低かったが、時間をかけるごとに『達人』と言い切れるレベルに仕上がっていったのう」

「これってやはり、『記憶』も関連しているだろうか?」

「多分そうじゃろうとみておる」

 

 ひそひそと話す解析陣に、「どういうこと?」と、置いて行かれそうになった才人が呟いた。

 

 

 

「この実験で分かったことは、お主の左手に宿る魔法は、『武器と認識したものならば遍く、どう扱えるかが分かる高精度の解明機能を備えている』ということじゃ」

 

 

 

 それを聞いて、思わず「マジか……」と、才人は呟いた。

 じゃあ、例えば俺の世界で蔓延る武器……銃とか、マシンガンとか、大砲とか……、乗り物だったら戦車とか、戦闘機とか、戦艦とかも操れるってことなのだろうか?

 

「それって凄いことなの?」

 いまいちピンと来なかったカンネが、疑問符を浮かべて尋ねた。

「凄いことじゃぞ。わしらですら理解できぬ構造の武器でも、恐らくは一瞬で解明し、術者に知識を与える。正確な情報を取捨選択できる性能の高さ。そこに至るまでの速度。全てが異次元の領域じゃ」

「そしてそれを成すのが、『六千年』に及ぶ膨大な記憶という事か」

 デンケンの言葉に、「だろうね」と相槌を打つレルネン。

 

「なになに、どういうこと?」

「『ガンダールヴ』の中にどうして『大容量の記憶』も眠っているのか、その理由じゃ。未知の武器を握っても、『六千年』という膨大な記憶から『これが正しい』という経験と記憶を抜き出し、咀嚼してお主に伝える。ようは『武器を理解するために』、膨大ともいえる量の『過去』を一緒に入れ込んでおる、ということじゃ」

 

 なんとも壮大な話になり、すこしぽかんと口を開ける才人。

 だが……もしこれが本当に……例えば『自分の世界の武器すらも』扱えるようなら……確かにその性能の凄まじさは何となく理解できる。

 ってか、これって……、

 

 

「なんか、それってAIみたいだな。さしずめ記憶は『データベース』ってところかな?」

「……? すまない、エーアイとは?」

 

 

 聞きなれない単語に、レルネンは聞き直す。

 

「あ、ええ。俺の世界で生み出された技術っす。人工知能……って、言っても伝わらないだろうけど……コンピュータっていう、計算とかいろんなものを処理してくれる道具があるんですけど……そいつが人間の知能や経験を学習して、その経験と記憶を元に問題解決とか、言葉の翻訳とか、そういう提案や解答をしてくれるってやつなんです」

「きみの世界については色々聞かされてきたけど、そんな技術を作っておるのか」

 これまた、興味津々とばかりに頷くレルネン。

「その極致があの魔導書(スマートフォン)とも聞いているが……」

「まあ、もう『電池切れ』で動かなくなっちゃいましたけどね」

 この場でスマホを見せれば手っ取り早く理解を得られたのだろうが、残念ながら予備のバッテリーも既に使い果たしてしまった。今は只の、黒い絵が映るだけの板だ。

 

「魔法が無い世界は、斯様な形で技術を発展させるのじゃな……」

 と、イメージしづらいけど同じく好奇心を刺激されるような面持ちで、エーデルも言った。

 

「で、先ほども言ったんですけど、ようは『何か分からないことがあったらAIに聞く』ってのが最近の流行りになってまして、この『ガンダールヴ』も、武器限定とはいえそんな感じなんじゃないかなって思ったんです。そういう受け答えができるために六千年もの記憶をデータベースとして繋いでるんじゃないかって」

「そのAIを『魔法』で置き換えると……『魔法そのものが術者の疑問に、過去の経験から最適な方法を回答できるほどの知能を有する』といったことかい?」

「ああ、魔法使いだったら、そっちの方が理解しやすいかも」

 

 当たらずとも遠からずだと思った才人は、特に訂正せずにそう頷いた。

 事実、それを聞いて魔法使いたちも、各々驚いたような表情を浮かべた。

 

「……なあフェルン、この『契約魔法』を刻んだ奴って、どんな魔法使いなんだ?」

「トリステインという国の公爵令嬢です。ですが……彼女の世界では、このような力を持ちながらも正当な評価はされてなかったようで。()()()()()()()()()、ただそれだけの理由で、『落ちこぼれ』と判断されていたようです」

「え、落ちこぼれ!? これだけ異次元な魔法構造を他の人に送れるような子が?」

「マジありえねえよ……どんだけボンクラな学校通ってんだそいつ、可哀そうすぎるぜ……」

 

 案の定、ルイズの身の上を伝えた面々は、驚愕の瞳で首を振るばかり。

 

 

「ちなみにその技術、サイトの世界では普遍的なのか?」

「はい。まあ最近作られた技術ですけど」

「もう一つ、お主の国は、建国から何年続いておるのだ?」

「一応、二千年っす」

 すぐさまパッと出てきた西暦の方を、即座に述べる才人。皇紀とかあるけど面倒だし。

「二千年って、帝国よりも長いじゃねえか……」と、これを聞いたシュタルクも、唖然として反応した。

 

 

 

「二千年以上続くお主の世界でも、最先端に例えられる仕組みを、六千年前もの大魔法使いが既に見出していた。そう言えば、お主にも如何にあり得ぬ魔法かが分かるかのう?」

 

 

 

 エーデルの結論に、才人はとうとう言葉を失ってしまった。

 やべえどころじゃねえ。とんでもねえ可能性の塊じゃねえか……!

 今まで特に気にしてなかったけど、こうして専門家から解説されたことで、自分に宿った刻印(ルーン)の未知なる力に、心の底から震えが来た。

 

(これを作ったブリミルって、一体どんな天才なんだ……?)

 

 そして何故、この力がルイズに受け継がれたのだろうか?

 才人もまた、ハルケギニアの魔法というルーツに、強い興味を示し始めていた。

 

 そうしてしばし、回答と実験が続いた後。

 日も暮れる頃合いになって。

 

 

「それでは本題、記憶調査に移るとしよう」

 

 

 エーデルはそう言うと、再び用意したナイフを才人に渡す。

 実験に時間を多く割いてしまったが、いよいよ本命ともいえる、記憶の解析が始まるのだ。

 

「今度はじっと握っておるのじゃ。魔力発動中の流れが見えた方が、精査しやすいからのう」

「……うっかり自分の手を傷つけないかな?」

「安心せい、お主の精神は落とす。そっちのほうがやりやすいでな」

 そう言うと、エーデルは才人の目をじっと見つめる。そして宣告する。

 

 

「〝跪け〟」

 

 

 それを聞いた才人の目から、光が消えた。

 そして無言になって、彼女の前に傅く。

 

「すっげ……これが本場の精神操作魔法か」

「こんなすごい技術があるのに一級落ちたんだ」

「あれは試験内容が悪い。ちょっと今度ゼンゼの奴に文句言わせてくれんかの」

 

 カンネとラヴィーネの会話に、膨れ面で返すエーデル。

 精神操作魔法が主流なのに精神が無い敵が試験相手とか、流石に色々思うところはあるようだ。

 

 さて、エーデルはナイフを持ったまま跪く、物言わぬ才人に命ずる。

「手を」

 そう言われ、才人はゆっくりと武器を持たぬ方の手を差し伸べる。

 エーデルはそれを受け取り、目を瞑った。

 

 

 

「……ここはどこだ?」

 才人は目をぱちくりとさせる。

 気づけば知らない世界にいる。空に快晴、周囲は地平線の先まで草原が広がるのみ。

 

「うまく記憶の中へと潜り込めたようじゃな」

「っと! エーデル先生!」

「先生か、まあ悪くない呼び名じゃな」

 

 ちょっとまんざらでもなさそうに、両手で腰を当てるエーデル。

 今、才人とエーデルの二人は、『ガンダールヴ』の記憶の中で映し出される情景の上に立っているようだ。

 

「それでサイトよ、ここはハルケギニアか? それともお主の世界か分かるか?」

「いえ、ちょっと分かりません。月があれば分かるんだけどな……」

 

 聞けば、ハルケギニアは二つ月があるという。この空では、地球なのかハルケギニアなのか、断定しにくい。

 まあ、『ガンダールヴ』の記憶なのだから、間違いなくハルケギニアの世界だとは思うのだが……。

「すまんのう、まだ時間軸が上手く弄れん。いつの時代かもわからん」

 ただ……。とエーデルは続ける。

 

「『記憶』という名の箱を開錠したら、真っ先に出てきた光景がこれじゃ。まずはこれから解析してみようと思う。よいか?」

 勿論、才人も是非はない。ここがどこなのか、何があるのか、興味津々だった。

 すると……。

 

「はっ! たっ!」

「こっちだサーシャ!」

「分かってるわよ!」

 

 誰かの声が聞こえてくる。

 一人は男性、一人は女性だ。

 どうやら、何かと戦っているらしい。

 

「なんでしょうかね?」

「ちょっと待っておれ」

 

 エーデルは手を軽く振って、自分たちの場所を書き換える。視界全体に歪んだ線のようなノイズがかかる。

 まるで一昔前のテレビの早送りシーンみたいだな。とか思いながら、才人目まぐるしく変わる記憶の中で立ちすくんでいた。

 

 

「は~~っ! 危なかったぁ……!」

「危なかったじゃないわよこのバカブリミル!! いい加減にしろ!!」

 

 

 次の瞬間、才人の目の前で男性が、女性にドロップキックをかまされる場面へと移行した。

 

「あんたほんっと、いっつもそうよね! このバカ蛮人! 魔法の実験に付き合って変なところにワープして! これ本当に何回目よ!」

「で、でも仕方が無いじゃないか! この魔法を研究すれば、あの『ヴァリヤーグ』とか、この苦境をどうにかできる鍵を作れるかもしれないって……!」

「それはあんたら『マギ族』の問題でしょうが! わたしは高貴なる砂漠の娘たる『エルフ』なのよ! そんな高貴な存在を使い魔としたのだから、もっと敬意に払ってしかるべきでしょうか!」

 

 そう言って、蹴倒した男性を散々と足で踏みぬくサーシャ。その女性の耳は、長く尖っていた。フリーレンのように。

 

「あれは……!」

「エルフじゃな」

 

 まあ、六千年前からいてもおかしくはないだろう。協会の長ゼーリエだって、長き時を生きていると言っていたし。

 さて、二人の男女は才人やエーデルに気付くことなく、痴話喧嘩を繰り広げる。

 

「はぁ……もういいわ。さっさと帰りましょうよ」

「あ、ああ……ちょっと待ってくれ、今(ゲート)を……」

 そう言って、ブリミルは杖を取りだす。聞いたことない詠唱の後、鏡のような扉が象られる。

 

「全く、変な魔法ばっかり。大いなる意思に逆らう魔法は感心しないわ」

「まあまあ、だがこの魔法のおかげで僕たちはギリギリを食いつないでいけているんだ。神に……この魔法を齎してくれた『あの子』や彼女達に感謝しないとね」

「外部から来たわたしが言うのもあれだけどさ、あいつら本当に信頼して良いの?」

「僕は信頼するよ」

 

 そう言って、扉の中へと入っていくブリミルとサーシャ。

 誰もいなくなった地にて、エーデルは先の会話を反芻する。

 

「サイトよ、ブリミルとサーシャに聞き覚えは?」

「いえ。……ああでも確か、ブリミルは聞いたことあります。なんでも六千年前にハルケギニアで存在したという、魔法使い達の始祖だとか」

「では、奴が後の『始祖』ということになるな」

 

 しかも彼は、エルフを使い魔としたと言っていた。まるで今のルイズとフリーレンのようだ。

 

「あの『刻印』を作ったのだからどんな天才かと思ったが……、見てくれは凡庸そうじゃのう」

「ですね……、東京や渋谷とかで見かけるガイジンさんって感じでした」

 サーシャに殴られ蹴られでぼこぼこにされた時のブリミルの顔つきは、外国人だけど『どこにでもいそう』と、なんとなく思えるような人だった。

 まあでも、歴史上の偉人も、実際に会ってみるとこんな感じなんだろうな……、と思う才人。実績ばかり語られるから変な先入観を持っていただけだろう。

 

「まあよい、とりあえず辿ってみるかのう」

 

 エーデルは指を鳴らす。

 再び、記憶の濁流が早送りのように流れていく。

 

 気づけば別場面。どこかしら牧羊的な草原の中に才人とエーデルはいた。

 

 その村は「ニダベリール」という村らしい。先程すれ違った村人との会話に、そのような単語が流れてきた。

 移動式のテントが所狭しと並ぶ、小さな村だった。まるでモンゴルの遊牧民のようだと、才人は思った。

 

「遊牧民っすかね?」

「の、ようじゃな。しかもここ居る者、全てが魔法使いのようじゃ」

 

 記憶の中なので確信までは持てないが、杖を使って魔法を扱う者がそここにいる。

 杖を振って洗濯をしたり、食器の準備をしたり、乳を搾ったり。生活が魔法の一部となっているようだ。

 エーデルが遊牧民たちの生活ぶりに注目する。杖を振り、異世界の魔法というのを見るのに集中していた。

 

 

 ノルン、こっちこっちー!

 

 まってよー、フランメちゃん!

 

 

 才人の背後で駆け抜けていった子供も、紐のない風船を浮かせて遊んでいる。

 楽しそうだなぁ、微笑ましい光景だなー、すれ違った二人の少女の背中を、なんとなしに見送る才人。

 

「ねー先生、この光景を見てどうっすか?」

「ん? ああすまぬ、集中しておった。いかんなこれは……現実世界の日を跨ぎそうじゃ」

 あまりに注目すべきところが多すぎて、逆に情報の取捨選択に戸惑っている様子のエーデル。

 そりゃあそうだろうなあ、と才人も頷いた。

 さて、そんな時だ。

 

「おおう、お帰り族長!」

「まあたサーシャちゃんとおでかけ?」

 

 やがて、才人達は一際大きいテントの入り口で集まる人々を見つける。

「いやあ、おでかけっていうか、失敗に付き合わせてしまったというか……」

「ほんっと、迷惑しちゃうわ! 実験に付き合わされる身にもなりなさいっての!」

 ぷりぷりと怒るサーシャ。それをなだめるブリミル。

 とはいえ、まんざらでもなさそうな顔つきでいる。サーシャはブリミルの足をしきりに蹴っているが、周囲もそれがいつものやりとりであると思っているらしく、気にしてはいない様子だ。

 

「ところで、ヴァリヤーグの襲撃は?」

「今のところなし。……あいつら、一体何なんでしょうかね?」

「さあね。でも、戦わねば生き残れない。それだけは確かだよ」

 

「ヴァリヤーグ?」と才人。

「どうやら、二つの種族が何やら争っているようじゃな」とエーデル。

 さっき言ってた『マギ族』が、当時のブリミルたちの種族名らしい。そして『ヴァリヤーグ』なる種族か……。

 

「けどなあ、あいつらの攻撃も日に日に激しくなってきている。どこか安全に暮らせる場所とかないものだろうか……」

「……何とか考えてみるよ。丁度さっき『別の場所へと向かえる魔法』を発明したんだ。これをもっと研究すれば、いつかは安寧なる地を見つけられるかもしれない。誰にも干渉を受けず、暮らせる世界を」

「そんな、『聖地』みたいな場所があれば万々歳だけどなあ」

 マギ族の一人が、愚痴をこぼすかのように言った。

「あはは……」と力なく笑うも、ブリミルは族長としての責任感からか、力強い声で言った。

 

「人は、自らの拠り所のために戦う。だが、拠り所たる我が氏族は小さく、奴らに比する力を持たない。でも……神は我々をお見捨てにならなかった。サーシャと彼女達が来たおかげで、僕はこの魔法を構築することができた。さながら、神からの贈り物かもしれない」

 

 熱を上げるように、拳を高々と上げるブリミル。それに沸き立つ周囲。

「馬鹿馬鹿しい」と首を振るサーシャ。

「いいからあんたは、早くわたしを元の世界へと送り返す魔法を開発しなさいっての」

「あ、ああ! 分かってるさサーシャ! ぼくだってこんな危険な地帯にきみを召喚してしまったこと、本当にすまないと思っているよ!」

「本当かしらぁ?」

「誓って本当だって!」

「だったら危険な研究は少しは自重なさい! あんた、族長なのよ!」

 

 すっげえ押しが強いなあこのエルフ。

 フリーレンというよりは、あのルイズって子に近いな。才人は思わずそう感じた。

 でも、言葉はきついけどブリミルの事を案じているように聞こえるあたり、大切にも思っているのかもしれない。

 そんなことを思ってた時だ。

 

「お師匠様ー!」

 

 そう言いながら、才人の隣を横切る影。

 エーデルは横切ってブリミルたちへと向かう影を見て……、絶句と共に言葉を吐き出す。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんで魔族がこんなところにおるんじゃ?」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 才人もまた、視線をそちらに移す。

 確かに、今横切った少女……の頭には、角が生えている。

 

「やあフォルサテ! 研究はどうだい?」

「うん、―――――は進んでいるけど―――――はどうにも―――――」

「そうか! ―――――は―――――だか――――で―――――――」

 

 声に、一気にノイズがかかる。

 急に、場面が波のように揺らぎ始める。

 

 

 エーデルは大量の冷や汗をかき始める。

 まずい、これ以上の記憶干渉は――――!

 

「サイト! 早くここから脱出するぞ!」

 

 エーデルは才人を連れて、記憶の中を飛ぶように逃げようとする。

 だが才人もまた、緊張で鼓動を高鳴らせる。

 褐色の肌に白銀の長髪。その上に生えた二本の小さな角。

 フォルサテ……といった、外見だけなら九歳児の少女は、喜色をあらわにした笑みをブリミルに向けていたが、最後にその紫の眼光を向けて、冷たく一言。

 

 

 

 

「邪魔しないで」

 その瞬間、ブツン……! という音と共に視界が真っ暗闇に暗転した。

 

 

 

 

「――――デル! エーデル!」

「しっかりして!!」

 

 記憶が揺れるように、現代に戻ってきた才人。

 彼の目の前には、鼻血を出して倒れたエーデルがいた。

 

「早く教会に連れていくぞ! この症状はまずい!」

「すでに手配しておる! もうしばし待て!」

 

 レルネンとデンケンが、必死になって気絶した彼女を介抱していた。

 カンネとラヴィーネも、エーデルに呼びかけている。

 騒然とする周囲に、フェルンは優しく肩に手をかける。

 

「……サイト様、何があったか、覚えてますか?」

「え、なんであの子、倒れて……」

「急に、エーデル様が血を吹いて倒れたのです。何か覚えてませんか?」

 

 フェルンの問いに、才人は必死になって思い起こそうとする。

 だが……、記憶が靄がかかって思い出せない。なんだっけ……

 ただ、一つだけ思い出せたことがあった。それは……

 

 

 

 

「ブリミルが、魔族を弟子にしていた……」

 

 

 

 

 才人の言葉を受けて、周囲は絶句したような沈黙が、重々しく流れるのだった。

 




次回より、第3章となります。
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