第61話『ヴァリエール家の闇と光①』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なんで余計なことをした!」
その声を聞いて、六千年前生きた老剣、デルフリンガーはぱちりと鍔を鳴らす。
ここはどこだ……? と考えるより先に、自分は誰かに背負われているのに気づく。
この背中はフリーレンじゃない。シエスタでもない。こいつは……ヒンメルだ。
「あいつはぼくが倒すはずだったワイバーンだ! この村の困窮を救わんと、ぼく自らやってきたというのに!」
「ってもよぉ、『スクウェア』のおれですら一人じゃ食い殺されそうだったんだぜ。あんたじゃ無理だろ、坊ちゃん」
隣では、気怠そうに灰色の長髪をかく男がいる。出会ってまだ一週間ほどとなる頓狂なメイジ、名前はそうだ、オスマンだ。
確か……そうだ。俺たちは竜害に困っていた村人たちを助けるべく、その元凶だったワイバーンを倒して、その最中オスマンと出会って、なんだかんだこいつがついてくることとなって……。
「そんなことは聞いてない! あいつは! ぼくが、倒さねばならなかったんだ! これはぼくらヴァリエール家の問題だ! よそ者が勝手なことをするな!」
キンキンするような甲高い声で、先ほどからヒンメルとオスマンの二人に怒鳴っている少年へと、デルフは視線を移す。
そうだ、そしたらこの身なりのいい坊ちゃんが、いきなり来ていちゃもんつけ始めてきたんだった。
少し前までは歓迎ムードだった村人たちも、いきなり自分たちの領主……の子供が殴りこんできて、困惑の色を強く浮かべていた。
先ほどから『ヴァリエール家の貴族』と名乗るこの少年。
一言で言い表すなら、余裕のない子供。そんな感じだった。
短く纏めた金髪に片眼鏡をかけた少年。年の瀬は十と四……、か五くらいか。鳶色を映した瞳は程よい大きさで、整った顔立ちだ。
怒ってなければ、さぞ女性からの受けがよさそうだというのに。もったいねえとデルフも思ったものだ。
その少年はさっきから、ヒンメルたちに向かって怒鳴り散らしている。
よほど、ワイバーン討伐を取られたのが癪だったのだろう。
「生意気言うんじゃねえよ坊ちゃん。分かるぜ。お前、せいぜい『ドット』レベルだろ。おまけに戦闘経験もろくに無さそうだ。ワイバーンのお肉になるのがオチだな」
オスマンは耳に小指を突っ込んで、少年を馬鹿にする。実際いきなりこんなこと言われてそれなりにむかっ腹が立っていたのだろう。反骨精神で旅を始めたオスマンに、上流貴族に対する
「なぁにが気に食わねえんだよ。そんなにワイバーンの御馳走になりたかったのか? 最近の貴族様のご趣味は変わってなさるなぁ」
「なんだと貴様! 誰に向かって暴言を吐いているのか、分かっているのか!?」
「世間知らずでドット風情で口うるせえガキンチョ様にでごぜぇますが」
「オスマン、そろそろ抑えて」
そう言って穏やかになだめるのは、自分の今の相棒、ヒンメルだ。
彼とも会って二週間以上かそこらとなるか。度を越えたナルシストで臆面もなく「魔王を倒した」とか、嘘をついて辟易する時もあるが、困っている人間を見れば必ず助ける。何とも不思議な雰囲気を持つ青年だった。
隣にいるオスマンも、そんな彼の不思議な魅力に当てられた人物の一人である。
さて、先ほどまで少年の逆恨みを静々と受けていたヒンメルだったが、彼は何を言うのだろう?
デルフはそんなことを思いながら、己を担ぐ今の主の行動に注目する。
ヒンメルはずっと黙ったままだったが、吐きたいことを吐き出して落ち着いた少年のタイミングを見計らって、静かに尋ねる。
「ずっと聞いていて思ったんだけど、きみは自分の手であのワイバーンを倒さなくちゃならない、理由があったということでいいのかな?」
わざわざ屈んで、目線を少年と同じ位置に下げて。
ヒンメルの静かな目と問いに、一瞬少年は戸惑いの色を浮かべる。
それを見た少年は……拳を震わせ、涙を零して、先の怒りとはまた違った想いを吐露する。
「今の自領は最悪だ……、父が民を脅し、金を、水を、食料を、平和を奪い取っている……!!」
至極悔しそうに、拳を握りこんで。
その鳶色の目に、真珠のような大粒の涙を幾つも落としながら。
悲壮な決意を湛えた顔で、少年はヒンメルにこう言い切った。
「ぼくは、そんな父の蛮行を止めなければならないんだ! このままでは領地が崩壊する! そのためにも、ぼくが父の代わりにならねばならないというのに……! 武勇の証明にワイバーンを利用するつもりだったのに……!」
「……つまり、みんなから認められたいがために、ワイバーンを討って名を上げたかったと?」
ヒンメルの問いに、少年は「そうだ!!」と強く答える。
「それがこのぼく、サフラン・ド・ラ・ヴァリエールに課せられた使命なんだ! だから邪魔をするな!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――――ルフ? デルフ?
「んあ?」
ここでデルフは、ぱちんと鍔を鳴らす。
心地よい、のどかな微風が柄と鍔にかかる。
しばらくぶりな穏やかな気持ちを、味わいながらデルフはあくびをした。
「また寝てたの? ほんっと、放っておくとずっと寝てるわよね、あんた」
「でも、戦いのときはすっごく頼もしかったですよ。デルフさんがいなかったら、わたしもどうなっていたか……」
「そうなの? なんか普段の立ち振る舞いはそんな気にさせないのよね……」
ああ、そうだ。デルフは思い出す。
今度はこいつらと旅することになったんだっけ……。
今、自分を担いでいるのはシエスタという、最強と謳われた勇者の子孫だ。この世界だと平民ということになるらしいが。
デルフはここで、自分を見つめる一人の少女、『あの時』と同じ鳶色の瞳を持つ、桃色がかった
「――――はっ」
「なっ、あんた今鼻で笑ったでしょ!? いきなり何!? 喧嘩売ってんの?」
「いや、お前ら本当に変わんねえな……って思ってな」
これほどまでに分かりやすい、と思える子孫もいないことだろう。
泣き虫で、弱虫で、それなのにプライドと気高さはいっちょ前で。
でも、その心は常に弱い立場の者に向けていた。そんな少年の顔を、デルフは無意識でこの少女に重ねていた。
「ちょ、ちょっとそれどういう意味よ? ちゃんと分かるように言いなさい!」
「ま、まあまあ落ち着いてくださいミス・ヴァリエール」
「そうだよ、喧嘩したって余計な体力を使うだけだ。それともまだ休憩が足りなかった?」
「いいわよ、これ以上休んだら夜までに村へつけないんでしょ? 歩くわよ……」
そんな会話する、三人の少女達。
その中の一人――――、
「もうすぐ村につきそうだよ、デルフ」
「そうかい、……楽しい旅になりそうだな」
今の相棒、フリーレンの言葉に、デルフは静かな笑みを漏らした。
フリーレン召喚から3ヶ月と9日後
夏休み。
ヴァリエール領地にて。
それは、ルイズとシエスタとフリーレン。三人の少女が旅を始めた週でもあった。
フリーレンはヒンメルの足跡を、ルイズは様々な魔法花を求めての旅路。
それに付き合うこととなったシエスタと、道案内役を兼ねることもあるデルフ。この、三人と一本の旅が、始まって五日は経過した。
「はあ、つっかれたぁ……」
「あそこの村で宿が取れそうだね」
「今日もずっと歩き詰めでしたからね」
旅に慣れているフリーレンと、体力のあるシエスタ。その二人に遅れてしおしお顔のルイズが追従する。
「なっさけねえな娘っ子。もうへばったのか」
「るっさいわね……」
ルイズはぐったりした様子ながらも、じろっと
馬車ではなく徒歩で歩くこととなった始まりの旅。
五日経っても未だに自分の領地を抜けることすら叶わない。改めて自分の家の庭の広さを、実感したルイズだった。
だが、これでも初日と比べると大分落ち着いた方なのである。
旅を始めて一日目。
初の野宿となった時、ルイズは生まれて初めてベッドではない、まっさらな草原の上で寝ることとなる。
食事も、魔法で咲かせた薬草のサラダや、シエスタが採取してくれたキノコの炒めものなど。学院や家では決してお目にかかれないだろう、粗末な食事が出た時はルイズもとにかく憤慨したものだ。
「あ、あんた! こんなしょっぱいものをわたしに食べさせる気なの!?」
「しょうがないよ。これしか食べるものないし」
「諦めましょうミス・ヴァリエール。旅ってのはこういう感じです」
文句をつけたところで、食事の彩りが変わるわけでもなし。
旅をなめ過ぎていた。結局、その時のルイズは渋い顔で、苦いキノコやすっぱい野草を嚙み締めたものだ。
そして就寝時は当然、ふかふかなベッドがあるわけもなく。
貴族令嬢たる自分が、こんな草原の上で横になるなんて! と、これまた当時のルイズは散々に喚いた。
「なんかないのフリーレン? こう、〝ふかふかなベッドが出てくる魔法〟とか!」
「ルイズが研究して作ればいいんじゃないかな?」
あっさりとそう返されたルイズは、それはもう嫌々ながら、フリーレンが出してきた毛布を受け取ったものだ。
一方、フリーレンはいつも通りといった風情で、毛布に包まって寝息を立て始めた。
ルイズは「はぁ……」と、ため息をつく。
「仕方ありませんよ、ミス・ヴァリエール。旅ってのはこういう感じです。いいじゃないですか、『自分のおうちの庭』で寝ているものだと思えば」
「……あんた、順応早くない?」
同じくフリーレンから貰った毛布を受け取り、寝転がるシエスタをじろっと睨むルイズ。
「子供の頃は、よく山の中を歩き回ってましたからね。歩き疲れて大樹の根の下とか、洞窟の中とか、結構そこで一夜過ごしたことありましたよ」
「……なに、あんた野生児なの?」
「まあ、体力が余ってたというか……。昔、子供ながらに『日が落ちるまでにどこまで歩けるかな?』って思いながら、山二つほど越えた先の村まで行ったことはありますよ。お父さんたち心配して、最後にはスカロン叔父様がわざわざ迎えに来てくれたことがありました」
あ、叔父様は、『魅惑の妖精亭』のあの人ですよ。とシエスタは補足する。
ルイズは、あのオカマか……、と、脳内で身体と顔を思い描こうとして止めた。
「今でもジョギングがてらトリスタニアまで走っていくこともありますよ。馬代も馬鹿になりませんし」
「……学院から? トリスタニアまで?」
馬でも
ルイズは首をかしげる。
「ええ、
そう言うと、シエスタは小さくあくびをした。
「明日も早いですし、わたしももう寝ますね。おやすみなさいミス・ヴァリエール」
「ええ。……え? 往復で? え?」
ルイズがそう言っていた時にはもう、シエスタはぐーすか寝始めていた。特技はすぐ寝ることらしく、横になるとあっという間にシエスタは意識を落とす。
「え、待って。ジョギングで往復三時間って、……ちょ、ねえ。首都から学院まで? え??」
その日、悶々としたルイズは「えぇ……?」と、日が昇るまで寝付けなかった。
これがルイズの、初のシエスタに対するドン引きエピソードであった。
そんなこんなで始まった旅路。
まずはタルブに向かうこととしたフリーレン達だったが、道中でまた、ルイズが探している『魔法花』……、カトレアの病気を早く治す素材となる花を見つけながら、旅をしていた。
「あった、『空色ヒマワリ』」
「この時期に咲く特別な魔法薬だね。葉っぱは血圧予防、茎は頭痛や吐き気、種子は砕けば下痢対策にもなるね」
「種は炒ればピーナッツ感覚で食べられます。マルトーさんから聞きました」
「へー、やってみせてよ、シエスタ」
とのことなので、覚えるついでに実際にシエスタに炒ってもらい、三人でぽりぽり食べながら歩いたり。
「これは『首落ちアサガオ』だね」
「……すっごい物騒な名前の花ですね」
「咲いている間は綺麗に見えるけど、養分の大部分が根や茎に集中しているからね。手で軽く触るだけで首のように花の部分が落ちていくからそう呼ばれているみたいだ」
「でもって、その根っこは色んな魔法薬の素材になる。水腫の治療薬になるし、駆虫薬にもなるわ」
そう言うとルイズは、素手で魔法アサガオの葉に触れる。
「あ、ダメだよルイズ。本によると『首落ちアサガオ』の葉っぱは、触っただけでも強い痺れを起こすから、素手で触るのは危険だって」
「え? わたしが読んだ本には『誤飲しなければ大丈夫』だって」
「それ古い本だよ。こういうのは常に新しい本を読まないと、古い情報よりも最新の情報のほうが正確なんだから。遅効性らしいから発見が遅れたとも書いてあったよ」
「……だ、大丈夫よ大丈夫。そんなねえ、ほら、ちょっと触ったぐらいで……」
次の日、ルイズは倒れた。
フリーレンとシエスタの二人は、そんなルイズの看病で一日を使う羽目となった。
そして五日目。
ようやく毒から復帰したルイズは、フリーレンたちと一緒になって『とある村』へと進んでいた。
「ねえフリーレン、デルフの案内で本当に大丈夫なの?」
今、ルイズ達が向かっている村というのは、デルフの案内で向かっていた。
そろそろまともな家の下で休みたいと、ルイズが愚痴り始めたので、村がありそうな道を進んでいたのだ。
その際、デルフリンガーが「ああ、ここなら前に通った覚えがあるぜ」と、そんなことを言い出してきたのである。
「この道について詳しいのですか? デルフリンガーさん」
「ああ、ヒンメルが歩いていた道筋だからよ」
「ここはまだヴァリエール家の領地よ? じゃあなに? ヒンメルもわたしの領地を旅してたって、ことなの?」
ルイズは疑問符を浮かべて問い掛ける。
少し間を置いて、デルフは頷いた。
「ああ、『マンチーニ』が治めていた頃のな」
「…………」
「ミス・ヴァリエール?」
それを聞いたルイズは、苦虫を嚙み潰したような顔をして、押し黙ってしまった。
「ルイズ?」と、フリーレンも彼女の顔色をうかがう。どうしたのだろうかと。
「……よりにもよってあいつかぁ」
ルイズはため息を吐く。
「……よく無事だったわね、あんたもヒンメルも」
「まあ、思うように近寄れなかったのはあったな。マジで荒れててビックリしたんだぜ。それに比べると、すごい今は綺麗になったなここら辺も」
「……そう、なのね」
それっきり、ルイズは顔を少し俯けて歩いていく。
「どうしたんでしょうか?」
シエスタはルイズにではなく、フリーレンの方を向いて尋ねる。
「まあ、要するにヒンメルの時のここらは相当、問題があった領地ということなんだろうね」
「ふ、フリーレンさん! ちょ、ちょっとそれは直球というか……!」
「いんや事実だ。マンチーニ公爵のヤバさはガチだったからな」
デルフの声に、ルイズは一度立ち止まる。
「はぁ……」と、ため息を再び吐く。
「ルイズ?」
「わたしの祖先、マンチーニ・トゥール・ベニーニ・ド・ラ・ヴァリエールはね……」
暗い顔のまま、こう続けた。
「……ヴァリエール家きっての『癌』。歴代最低の領主として、決して忘れてはいけない反面教師だと、両親から教わったのよ」
やがて、歩き続けるフリーレン達の前に、それなりに大きな村が現れる。
草を食む牛や馬が、柵の向こうで疎らに見える。牧場もあるらしい。
柵の中の鶏に餌を撒く村人の一人が、少女三人組……とりわけ、マントをつけた桃色の髪の少女を見ると、仰天したような声を上げた。
「やや! ルイズお嬢様! わざわざこんなところまでお越しになられて!」
その声と共に、村人は「わっ」と一斉に集まってくる。
ここはまだルイズの領地である。なので自分たちの村を治める長の娘の対応は、盛大に行わなければならない。
「馬車も使わずに、徒歩で来られたのですか?」
「色々あって旅しているのよ。いいから、適当に宿を見繕って頂戴」
「ははっ! かしこまりましてございます!」
正直、彼ら村人も急な事なので、貴族を満足できるような場所など用意できるはずもない。
ただ、ルイズ的にはとりあえずベッドがあるならなんだっていい。五日間野宿したせいで背中がそろそろ痛かったのである。
この五日間の旅路で、宿の基準がグンと下がったルイズなのであった。
「大変申し訳ございませんお嬢様。このような夕食しかご用意できず……」
夕食の時も、塩と胡椒をまぶしたチキンのローストや野草のサラダ、卵焼きを乗っけたパンにコーンポタージュ。後は牛乳など。牧場であるため肉が食べられたのは僥倖だった。
それでも学院の食事と比べると、随分質素。だが歩き詰めでお腹が空いたルイズは、これも良く食した。
「ふう、むしろ学院で食事するより美味しく感じたわね。ご馳走様」
「そりゃああれだけ歩けばな」
身体を動かした分、学院の食事よりもおいしく感じると思ったルイズなのであった。
フリーレン(魔法で耳を縮めている)とシエスタの二人も、その夜は満足そうな顔でお腹をさすっていた。
「さすがのわたしも、三日三晩あの食事はちょっと……って思ってましたから、すごく美味しく感じましたね」
「歩いてお腹が空いていたのもあるだろうけど、それだけ食事を美味しくすることに労力を割ける時間が、ゆとりがこの村にはあるってことなんだろうね」
フリーレンもそう言って、部屋のベッドに腰かける。
貴族と平民が一緒の部屋にいる状況。普通はあり得ないが、ルイズたっての希望で、三人で大きな部屋で過ごしていた。
「ありがとうデルフ。ここまで案内してくれて。おかげで五日ぶりに豊かな食事にありつけたよ」
「それならよかった。もうなくなってるもんかと思ったけど、この村も豊かになったもんだな」
デルフは鍔を鳴らして少女たちに答える。
「ここに来たことがあるのですか?」
疑問に思ったシエスタが尋ねた。
「当時の俺とヒンメル。あとオスマンは、ここで祝いのパーティをする『予定』だったんだ。その時はワイバーンによる竜害が酷くって、村人の服もボロボロ、土地は荒れ果てて草も生えてねえ、そりゃあもう、ひっどい有様だったさ」
ヒンメル。
その名を聞いたフリーレンは、「ここが……」と、思うように部屋を見渡す。
旅に出て五日。どうやら自分はもう、ヒンメルの足跡、その一部を発見できたらしい。
「……『予定』?」
シエスタが疑問符を浮かべて、更に尋ねる。
「ああ、うるせえ貴族の坊主がいきなりやってきて、そりゃあもうヒンメルにガミガミ言い始めたんだ。『なんでワイバーンを討伐したんだ~』『それはぼくが狩るべき相手だったのに~』」
情けない声を出して、その坊主の真似を始めるデルフ。
「貴族って、まさか……」
「その通りさ娘っ子。お前さんの祖先、サフランの坊主がここに来てたのさ」
「ヒンメルが、わたしのひいじいさまと……?」
ルイズは思わず、フリーレンの方を見た。フリーレンは微動だにしない瞳に多少の興味を覗かせながら、静かにデルフを見た。
「ねえ、聞かせてよデルフ。ヒンメルはここで何をしたの?」
「……その前に、当時のこの領地の状況について語る必要がある。少し長くなるぜ」
勇者ヒンメルがハルケギニアを旅していた、当時のヴァリエール領。
それは、控えめに言って『最悪』の一言だった。
当時の領主、マンチーニ公爵は、若き頃から苛烈な領主として、名を馳せたメイジだった。
ゲルマニア――とりわけ宿敵ツェルプストー家との戦に明け暮れたその時代。
彼は境界線の一歩一歩にまで血を流させ、地図の線を引き直すためだけに戦を繰り返した。
まるで戦そのものを糧とするかのような、狂気じみた政争と戦争の日々だったのだ。
そんな彼が老境に達した瞬間、苛烈さは更に引き上がった。民から人手や食料、金を容赦なく取り立て、荒れた土地の整備もせず、オークや竜の被害にも無関心。
逆らえばすぐに手勢を差し向けて粛清する――まさに典型的な悪徳領主と化していった。
当人は戦で領地を広げているつもりだったが、後から記録を見ると、人手不足で村が荒れ、戦費で資金も枯渇。領地はかえって狭くなっていたという。
そんな時代に暮らす当時の民は、たまったものではなかった。
まさしく当時のヴァリエール領は、暗黒期といって差し支えない時代だったのだ。
「んなひっでえ時代にたまたまここで居合わせたのが、俺らの勇者ヒンメルと、マンチーニの息子サフランの坊主。まあ娘っ子の曽祖父だったってわけさ」
「はえー、そんな時代があったんですね……」
シエスタは上の空といった様子でデルフの話を聞いていた。
現当主、ルイズの父でもあるピエール公爵は全然そんな風に見えなかったけど、そんな荒れ果てた時代があったとは。
当時の人々には申し訳ないけど、そんな時代に、この土地で生まれてこなくてよかった、と内心シエスタは思っていた。
その間、ルイズはずっと気まずそうな顔をして、フリーレンたちから目線を逸らしていた。
「続けていいか? 娘っ子」
「……わたしの許可がいるの?」
足をプラプラさせながら、ちょっと不貞腐れた表情でルイズは呟く。
「そう不貞腐れるな。マンチーニの奴は最悪だったけど、その分息子はまともだったからよ」
デルフはそう言ってフォローに回った。
「マンチーニとサフランは親子だったんでしょ? 仲が悪かったってことなの?」
フリーレンの問いに、デルフは頷く。
「まあ、少なくともサフランは、うるせえっちゃうるせえけど生真面目なやつだったな。父の横暴に心を痛めていた。それは本当だったぜ」
「ルイズみたいに?」
フリーレンの質問に、ルイズは「ちょっと!」と、無意識に彼女の方を振り向いた。
「ああー、確かに娘っ子みたいなやつだった。ちと融通がきかねえっていうか、弱いくせに正義感から身を乗り出そうとするところとか。魔法の才能はそこまでなかったから、ずっと泣いていたりとかな」
「……ご先祖さまが?」
それは初耳とばかりに、ルイズも尋ねる。
「そういうやつだったのさ」とデルフは返す。
「まあだから、『あの時』のヒンメルの奴も、あいつにお節介してたんだろうなあ」
思うように、デルフは再び過去の記憶を掘り起こし始めた。