フリーレンと旅立って10日後。
ヴァリエール領、カンゼル関所前。
十日をかけ、ようやくヴァリエール領の出口に差しかかったフリーレン一行は、関所前を程よく見渡せる森の中にいた。
次の瞬間、煙とともに爆発音が森に響き渡る。
「次、いくよ。ルイズ」
「ええ、来なさい!」
旅の途中であっても、フリーレンとの修行が途切れることはない。
ルイズは、フリーレンから贈られた耳飾りを揺らし、シエスタからもらったグリップを装着した愛用の杖を強く握りしめ、フリーレンと向き合った。
ルイズから二メイルほど距離を取ったフリーレンは、おもむろに杖を向けると、〝
ルイズはそれを〝防御魔法〟で受け止めた。
フリーレンの魔力の発生源を的確に先読みし、着弾点に合わせて防御魔法の破片を展開していく。
「今のが、大体三級魔法使いが扱う練度の〝一般攻撃魔法〟だ。それくらいなら、『全面展開』をしなくてもちゃんと読めるようになってきたね」
ルイズの修行の成果を確認するように、フリーレンはそう分析する。
直線、曲射、時間差攻撃……。三級相応に手加減はしているものの、それくらいであれば『全面展開』を使わずとも、必要な分だけ防御の破片を展開し、的確に防ぎ切れるようになっていた。
「ルイズは魔力量こそ膨大だけど、それに胡坐をかきすぎなんだよね。だからちゃんと『魔力の発生源を的確に読み、相手の攻撃を見抜く癖』を身につけてほしい」
そう言われて以来、ルイズはこうして魔法攻撃を先読みする修行を、最近は重点的に取り組むようになっていた。
「ふふん、今日はいい調子ね。もうちょっとレベルを上げてもいいわよ、フリーレン!」
ルイズはニヤリとした笑みを浮かべ、快活な声でそう返す。
攻撃はすべて読み切れていた。自信がついた分、少し調子に乗っているのもあった。
フリーレンもその様子を見て、まだ余裕がありそうだと判断したのか、難易度を一段階引き上げることにした。
「じゃあ、次は
フリーレンは杖を軽く振るった。
すると今度は、先ほどとは比べものにならないほど、魔法の発生源が一気に十二、いや十四ほどにまで増えていた。
三級相当では多くても五つ程度だったものが、倍以上に跳ね上がったのだ。
「え!? ちょっ……まって――――!」
もちろん、ルイズの懇願など意に介さず。
無数の魔力源から閃光が迸り、上下左右前後、あらゆる方角から一斉に殺到する。
「あ、危なかった……」
幸い、防御自体は間に合った。
〝防御魔法〟によって攻撃はすべて防ぎ切れたが……、量が多すぎて読み切れず、結局『全面展開』で横着してしまったが。
「やっぱり、すぐに『全面展開』に頼るのは、ルイズの悪い癖だね」
なまじ莫大な魔力量を持つがゆえに、〝防御魔法〟の消費を力押しで踏み倒せてしまうからこその弊害。
その結果、相手の魔力の微細な変化を見抜く力が、他の魔法使いと比べて拙い。
学院時代から抱えている、ルイズの明確な欠点の一つだった。
「で、でも……こうして防げてはいるじゃない」
ルイズは少し悔しそうな表情で反論する。
だが、フリーレンは首を横に振った。
「確かに、消費面で問題がないのは強みだよ。でもね、私がルイズに身につけてほしいのは『危機管理』なんだ。防御魔法は決して無敵じゃない。それは、ルイズ自身が一番分かってるでしょ?」
そう言われると、ルイズは口を膨らませながらも、反論できなかった。
『土くれ』との戦闘、エンシェント・ドラゴン戦、混沌花の魔族との死闘……。
便利ではあるが無敵ではない。フリーレンに言われなくとも、それはもう嫌というほど思い知らされている。
「どんな魔法にも一長一短がある。〝一般攻撃魔法〟だって基礎であって、最終形じゃない。……まあ、それでも万能で強いけどね。結局、魔法使いに一番必要なのは、冷静に状況を判断する力だよ」
「ええ、それはフェルンにも言われたわ」
『全面展開』を解除し、ルイズは立ちあがる。
「正直、この程度の修行で躓くようだったら、永遠にフェルンには追いつけないよ」
「……そうね」
フェルンの名を出され、ルイズは自分の頬を軽く叩いた。
そうだ。これくらいで甘えていては、絶対に届かない。
『あの域』には……。
夢の中で見た、あの大立ち回り。
周囲に咲く花という花を殲滅するかのように魔法を乱射するフェルンの姿を、ルイズは改めて思い描く。
「でもねルイズ。フェルンの後を追うのはいいけど、何もかも真似する必要はない。ルイズはルイズ、魔力量も、魔力操作も、使う魔法も、
「…………」
「だから、フェルンを目標にするのはいい。でも、戦い方はルイズ自身が模索していくんだ。いいね?」
「……分かったわ」
自分の攻撃魔法は、ほぼ爆発一辺倒。
フェルンとは性質がまるで違うことも、頭では理解している。
それでも、急にそう言われると、どう進めばいいのか分からなくなる……。そんな思いが胸の中で燻っていた。
そんな時だった。
「お二人とも、ご飯ができましたよ~!」
シエスタの朗らかな声が、場の空気を和らげる。
「とりあえず、今日の修行はここまでだね。これからの課題は、『会得した自分の魔法をどう成長させていくか』。そこを中心に考えていこう」
「うん……」
「じゃあ、ご飯にしようか。……あと、魔力操作の修行も忘れずにね」
「まだやるの? もう魔法は扱えるようになったんだし……」
そこまで言ったところで、フリーレンに無表情で見つめられ、ルイズは言葉を飲み込んだ。
旅に出てから、攻撃察知の修行と並行して、魔力操作の訓練も課されるようになっている。
学院ではそこまで厳しく言われなかったが、最近は「何かをしながらでも、魔力を体内で動かす癖をつけること」が重要だと言われるようになった。
正直、フェルンと比べると自分の魔力操作が拙いことは、ルイズも自覚している。
だから強く反論はできないのだが――。
「まあ、これは
魔力操作の修行を告げたとき、どこか憂いを帯びた表情でフリーレンがそう言ったことだけは、妙に心に残っていた。
フリーレンはそのまま、焚き火の上で鍋をかき混ぜるシエスタへと視線を向ける。
「シエスタ、今日の昼ごはんは?」
「キノコと山菜、それにわなで仕留めたウサギ肉を入れたシチューです。『ヨシェナベ』っていうんですよ」
「ああ、タルブの郷土料理か。これも美味しいよね。今まで食べたことがない味って感じで」
「お気に召して何よりです」
そう言って、フリーレンは鍋の中を覗き込む。
そのとき、ルイズがまだ立ったまま、真剣な表情で考え込んでいることに気づいた。
「ミス! そろそろご飯にしましょう!」
「あ、うん! ちょっと待って!」
少し遅れて、ルイズも焚き火のそばへとやって来る。
その様子を見ながら、フリーレンは静かに思った。
(シエスタもそうだけど……ルイズに足りないのは、やっぱり『実戦経験』だね)
それを補うのに、少し役に立ちそうなものがある。
フリーレンは懐に手を伸ばし、目当ての地図がそこにあるかを、そっと確認するだけに留めた。
やがて昼食を終え。
一息ついたルイズたちは、そのままヴァリエール家の出口にあたる関所へと足を運んだ。
「話はすでに領主様より伺っております。どうかお気をつけて、ルイズお嬢様」
門番がルイズを見るなり深く会釈すると、そのまま関所を通過できた。
ようやく、自分の庭ことヴァリエール領を抜けられる。ここからが、本当の旅立ちである。
「はあ……やっと領地を抜けられたわ……」
「本当に広いですね、ヴァリエール領は……」
シエスタも感嘆する。
他の貴族領と比べても、広さや格の違いは明らかだ。
「でも、見た感じ困窮しているような村はなかったね。それだけ今の公爵の領地運営が凄まじいんだろうね」
「当然じゃないの」と、父を褒められたことを自分のことのように嬉しそうに胸を張るルイズ。
「で、これからタルブへはどう向かおうか」
フリーレンが地図を広げ、道を指し示す。
程なくして、『ヴェル・エル街道』と書かれた看板が目に入った。
ここは『西シャンルー地方』と『首都トリスタニア』への分岐点である。
「あとは、この細道を進めば『ド・オルニエール』という土地に出るみたいだ。領主は不在で、国が治めている地域らしい」
「ここからでしたら、首都トリスタニア方面に進み、分岐点から『グリフォン街道』に向かう方が早いですね」
シエスタは指で地図をなぞりながら言った。
「ねえ、それより今日はどこで寝るつもり?」
ルイズは気怠そうに太陽を見上げる。すでに向きは斜陽。近くに村の明かりも見えない。
「まあ、百パーセント野宿確定だね」と、断言のフリーレン。
「ミスの領地ではありませんし、資金管理も気をつけましょう」
と、懐の金貨袋に手を触れながらシエスタも言う。資金のやりくりは彼女に一任しているのだ
ヴァリエール領では顔パスでほぼ無料宿泊できたが、ここから先はそうもいかない。
「一応、ここから最寄りの村だと『
「はぁ……じゃあ、野宿でいいわ」
ルイズは諦めたように項垂れる。
「途中、馬車を使ってもいいかもしれません。このまま徒歩だと、タルブ到着が一か月後とかになりかねませんし」とシエスタ。
「そうだね、そこは臨機応変に行こう」
フリーレンも、移動施設を縛っているわけじゃない。使えるなら馬車の相乗りとか、休みながら移動できる手段も積極的に使って行こうと思っていた。
「でもその前に、立ち寄りたい場所があるんだよね」
「というと?」
ルイズとシエスタが首をかしげると、フリーレンは公爵から、カトレア救助の礼として受け取った『ボロボロの白紙魔導書』を取り出し、その本に挟んでいた一枚の用紙を広げる。
「それは?」
「マチルダからもらった、『面白そうな
「ああ、そういえばもらったわね」
ルイズは呆れたように思い返す。そういえば『民間魔法』を指導する時の報酬として頼んでたっけ。
「それによると、この近くにダンジョンがあるみたいなんだ。せっかくだし、行ってみよう」
「行くって……これから?」
「こういうダンジョンこそ、珍しいお宝がいっぱいあるんだよね」
フリーレンは「むふー」と笑みを浮かべる。ルイズとシエスタは揃って悟った。
「あ、これは絶対に行くつもりだ」と。
というより、フリーレンの足はすでにその方へ向いている。
旅の大先輩たる彼女なしでは、二人の旅は成立しない。渋々顔をしながら、二人は使い魔の後を追うしかなかった。
「で、ここがその洞窟ってワケなの?」
洞窟前で野宿の準備や夕食を終え、落ち着いた頃、ルイズがそう呟いた。
目の前には、切り立った崖にぽっかりと空いた大穴が口を開けている。
「ねー、本当に行くつもりなの? フリーレン……」
ルイズは心底嫌そうに言った。どうしてわざわざ危険そうな洞窟に向かわなければならないのか、顔でも訴えている。
シエスタもぶるぶる震えていた。こんないかにも何かが出てきそうな洞窟で野宿するどころか、入るなんてとんでもない、と同じように訴える。
「どっちみち、ルイズは行かないとダメなんじゃない? こういう所にこそ『
「あー、そうだったわ……」
ルイズはその言葉を聞くと、ガクッと項垂れた。
「『シモリョウセン』?」
「洞窟の冷気と『風石』の魔力で咲く、霜のような形と色をした結晶花。魔石の力で育つから、光のない場所でこそ咲くんだ。ルイズたちメイジの魔力を増強する『精神安定剤』として使われることもある」
「エレオノール姉さま曰く、『魔法を薬で強めるのはアカデミーでは冒涜』らしいけど、適量ならちいねえさまの魔法を安定させるきっかけにもなる、最重要な花の一つなの」
二人の説明を受け、シエスタが尋ねた。
「じゃあその花が、この洞窟の奥に咲いているということですか?」
「可能性は高いね。マチルダ曰く、かなり地下深いダンジョンらしいから」
この洞窟は古くから存在し、さまざまな旅人が挑戦してきたが、最深部まで到達できた者はいないという曰くつきである。
『
「労力に対して、あまりにもリターンが見合わないと思ったのさ」とは、本人の弁だ。
そのため、知る人々はこの洞窟を『未踏破の
「え、マチルダさんでも断念したって、相当難しいダンジョンってことじゃないですか……?」
「だから、二人にはいい経験になるんだよ」
ルイズとシエスタは首をかしげる。
フリーレンは鞄を取り出し、毛布を二人に手渡した。
「二人はもう『古代竜戦』や『夢の世界』で自分の中にある素質を見出している。でもまだ圧倒的に場数が足りない。こういう経験が自信につながるんだ」
つまり、二人に『自信』という名の経験を積ませるための試練というわけだ。
「どのみち、旅を続けていれば、これくらいの困難は雨のように降りかかる。今のうちに経験を積むことは悪くない」
フリーレンはそう言うと、先に毛布に包まって横になった。
ルイズとシエスタも互いに毛布を手に取り、見つめ合う。
「……まあ、明日のことは明日考えましょう、ミス」
シエスタはにっこり笑い、深く考えるのを止めて毛布に丸まった。
「はあ……あんたのそういうところ、ちょっと羨ましいわ」
ルイズは呆れたため息を零しながら、大人しく毛布に包まった。
次の日。
朝起きて、朝食を用意し、まだ寝ているフリーレンを叩き起こす。
みんなで「いただきます」をして、ある程度休憩を挟んで。
「じゃあ早速、行ってみようか」
フリーレンを先頭に、いよいよ数多くの冒険者が引き返してきたという『未踏破の洞窟』へ、足を踏み入れることとなった。
「く、暗いですね……」
「待ってて、シエスタ。今明かりをつけるよ」
フリーレンが魔法で灯火を生み出し、先へ進む。
日光の差さない、暗い通路の岩肌は、そこまでごつごつしていない。人々が行き来したせいか、地面もある程度整えられているようだ。
やがて先へ進むうち、地面や壁、天井が人工的な赤いレンガ調に変わっていった。
「何かしら、これ……」
「人の手で作られた感じですね……」
「…………」
フリーレン達は何事もなく進んでいく。
最初はオークやコボルトが住んでいるのではと警戒していたが、その気配は特に感じられない。
たまに天井を蝙蝠がバサバサ飛んで驚かせるくらいだ。
「ちょ、ちょっと拍子抜けね。何にも出てこないじゃない!」
「そ、そうですよねー! これならあっという間に『霜玲仙』を見つけられるんじゃないでしょうかー!」
「…………」
気を紛らわそうと、調子のいい声で会話するルイズとシエスタ。
シエスタは肩にデルフを担いでおり、戦闘への準備は整えているが、なるべく抜きたくないという面持ちで進んでいた。
「どうした相棒? さっきからずっと神妙な顔してるけど」
するとここで、デルフが鞘から顔を出し、フリーレンに問いかける。
そう、フリーレンはさっきから黙ったまま、壁や地面のレンガに手を触れていたのだ。
ルイズ達も気になったのか、フリーレンの方へ向き直る。
「ねえ、フリーレン。さっきからどうしたの?」
「いや……もしかしてこれ……」
「その壁に、何かあるのです?」
シエスタも興味を示し、フリーレンに近づく。
しばらく壁を触った後、フリーレンはおもむろに立ち上がった。
「このデザインのダンジョン構造、一度見たことがある」
「え?」
「私がこの世界に来る前に立ち寄った洞窟……それと同じ構造だ」
「それって、確かあんたをこの世界に連れてきたという『鏡』や、『宝箱の化け物』があった洞窟?」
ルイズが尋ねる。
フリーレンがハルケギニアに召喚される前、摩訶不思議な魔法を操る死体がうろつく洞窟。
その中には、フリーレンの世界とこの世界を隔てる鏡などがあったという。
「うん。まさかもう『当たり』を引くとはね……」
「え、じゃあまさかここって……」
「まあ、とりあえず行ってみよう。何があるか楽しみだ」
ワクワクした口調で、フリーレンはルイズ達を促す。
確かに、何があるのかは誰にもわからない。ルイズ達も同じ思いで、洞窟の奥へと進んでいった。
「そこ、気を付けて。何か仕掛けられたスイッチがある」
「え、うん」
フリーレンにそう言われ、ルイズは思わず足先を引っ込めた。
「随分お詳しいですね」とシエスタ。
フリーレンのおかげで、罠の仕掛けを起動させずに進める。
シエスタは未来予知、フリーレンは知識量で回避できるが、ルイズにはまだ難しい。
「ヒンメルがダンジョン好きだったからね。魔王討伐時代はよくみんなと一緒に行ってたんだ。その時得た知識と経験だよ」
フリーレンは歩きながら言う。
ルイズも思い出す。オスマンの話の中で、ヒンメルがよくダンジョンに行っていたことを聞いたことがあった。
「え、じゃあヒンメルもこのダンジョンに来てたってことにならない? こんな分かりやすいところにあるんだし」
「どうなんです? デルフさん?」
シエスタは、かつてのヒンメルの愛剣を軽く引き抜き尋ねる。
「あー……、確かに一度、ここ来たな。覚えがあるぜ」
するとデルフは「今思い出した」というようにカチカチと鳴らす。
ルイズとシエスタが揃って「え?」と、驚愕した。
「あんた、そういうことは先に言いなさいよ」
「わりぃ、すっかり忘れてた」
デルフは悪びれず答える。
「オスマンの奴がすっげえぼやいてたな。『わざわざ全
「ええ……、この怪しい洞窟を全部見回ったの?」
「流石勇者様ですね」
「実際マジで隅々まで回ったからな。けど……」
「けど?」
「踏破はしなかったな」
「「え?」」
ルイズとシエスタは揃って唖然とした。
じゃあこの洞窟は、『土くれ』はともかくとして、ヒンメルとオスマンの二人でも踏破できなかったダンジョンになる、というわけだ。
「ああ、勘違いすんな。最深部一歩手前までは行ったぜ。ただ、その扉の前でヒンメルは引き返したんだ」
「へー……、なんで?」
フリーレンが興味ありげにデルフに問う。
あのヒンメルが踏破直前で引き返すなんて、想像もつかない。
「まあ……色々思うところがあるみたいだった。『ここはまだ、僕が開けるべき扉じゃない』って言ってたのは覚えているぜ」
「……??」
「正直、俺もさっぱりさ。行ってみれば分かるんじゃないか? 相棒」
「それもそうだね」
とりあえず、先へ進むことにする。
フリーレン達は足を動かした。
やがて、道の先にいくつかの小部屋らしき空間が現れた。
ここまでならヒンメルでなくても来られる者は多く、特に危険なものはない。その代わり、お宝になるような物も特になかったが。
フリーレン達は、仕掛けられた罠を見破りつつ進んでいく。
「結構降りたかしら?」
「確かに、ちょっと冷えてきましたね」
脅威となる存在がいないので、周囲を見回す余裕も出てきたルイズ達。
案内役にデルフも加わったのもあった、古い記憶に基づく情報が有益に働いている。
やがて、彼女たちは小さな滝が流れる場所に到着した。
歩き詰めで疲れていたため、ここで休憩タイムを取る。
「ふうっ、疲れた……」
ルイズは岩肌に身体を預けて座り込む。
まだ元気なシエスタは滝の水を汲み、水筒を満たしていた。
横目でその作業を見つつ、ルイズはフリーレンの方に目をやる。
彼女は壁に魔法陣を展開し、先の罠を手際よく解除していた。
ややあって、彼女は呟いた。
「うん、やっぱりそうだ」
「なに? 今度はどうしたの?」
ルイズは立ち上がり、フリーレンの元へ駆け寄った。
「今までに仕掛けられた罠、ハルケギニア式というより、私の世界にあったダンジョンと同じ構造をしている」
「……どういうこと?」ルイズは首を傾げた。
「分からない。でも、これは……」
フリーレンは顎に手を当て考える。今まで見てきた罠の特性を振り返り、一つの結論を導き出す。
(ここまでの罠は、人への殺傷能力を極力抑えつつ、入り口まで戻すような作りだった。しかし、的確にメイジなら引っかかるような設計でもある……)
そして、この罠の魔法構造に覚えがある。
人を、そして自分をも、からかうような罠の作り方。
それを開発した者……そいつが千年前に存在していたこと。
次に、蘇るのは、ゼーリエの時の会話。
『その様子だと、お前の勇者どころか、フランメの奴が来ていたことにすら、気づいてなかったみたいだな』
(これ、もしかして
その時だった。
ガコン。とフリーレンの横の壁が、扉のように音を立てて開く。隠し扉のようだ。
どうやら、正確に罠を解除すると開く仕掛けだったらしい。この時点で正確に解除できるのはフリーレンだけ。恐らく誰も……ヒンメルすらも入ったことのない小部屋だろう。
早速、部屋を覗き込む。
先には、ひとつの宝箱が置かれていた。
「あ、宝箱……」
「本当ね、でも……」
ルイズは首をひねる。
……なんかよく分からないけど、ちょっと「怪しい」と思ってしまったのだ。
(え、これ、本当に宝箱なの? 罠とかじゃないわよね……)
一見すれば、仕掛けを解いたご褒美のようにも見える。
だが、よく考えれば『誰が、何のためにこんな部屋に宝を用意したのか』という疑問も湧く。
「ねえフリーレン、この宝箱って……」
「そうだね、開けようか」
「えぇ、ちょ、大丈夫なの――――!」
ちょっとくらい調査とか解析とかすればいいのに。
ルイズがそう思う合間にはもう、フリーレンは迷いなく宝箱を開けていた。
その二秒後。
「暗いよー! 怖いよー!」
「……はい?」
ルイズは口をあんぐり開けた。
誰よりも頼れるエルフの使い魔が、宝箱の化け物に上半身を丸ごと呑まれる光景。ハルケギニアの人間が見たら、誰だってお口をあんぐりすることだろう。
「ああっ! 暗いよ怖いよ! 暗いよ怖いよぉおおおおお!」
「え? ……なにやってんの、あんた??」
ルイズは唖然としながら、足をばたつかせ、尻を踊らせながらもがくフリーレンを見下ろした。
自分ですら開けるのを「どうなの?」と思っていたのに、このポンコツエルフ……!!
「み、ミス・ヴァリエール!」
ここで騒ぎを聞きつけ、シエスタが駆けつけた。
「あ、シエスタ。……どうすればいい? これ」
「すぐに引っ張ってください! フリーレンさんが、どっか行っちゃいます!!」
ルイズが振り返ると、更に衝撃的な光景が広がっていた。
なんと、フリーレンが宝箱の化け物に食われ始めていたのだ。
「ちょ、ちょっと!!」
「ああっ! もう駄目、間に合わない――――!」
ルイズが動く前に、シエスタの悲痛な声が響く。
その間にも、フリーレンは宝箱に飲み込まれ、姿を完全に消した。
「ええっ! ふ、フリーレン! フリーレン!!」
獲物を飲み込んだミミックは、ただの宝箱に戻る。
部屋ではルイズの悲鳴が、虚しく響き渡った。
「――――った!」
吐き出されるような衝撃と共に、フリーレンは尻もちをついた。
周囲を見渡す。ここはどこだろう……レンガ調の床から察するに、多分ダンジョンの別部屋のようだが。
幸い、ルイズの魔力の波長はすぐに探知できた。使い魔の耳目も使える。この距離なら、向こうも自分が別の場所に飛ばされたことには気づくだろう。
吐き出した宝箱は、普通の宝箱へと戻っていた。強制転移の魔法陣が組み込まれていたらしい。手に触れて解析してみるが、複雑な術式で再利用は難しそうだ。
(閉じ込められたわけじゃない……普通に出られるし)
フリーレンは部屋を出る。鍵もかかっておらず、扉を開ければ外に出られる。狭い廊下が続いている。
危害は感じないが、どこかおちょくられているような感覚に思わず嘆息する。
いやがおうにも、師匠の「してやったり」という顔が浮かぶのだ。自分なら解ける罠に仕掛けを施し、宝箱型の罠を用意しておく。まさにピンポイントな設計。
(この洞窟、師匠の研究施設だったのかな……)
ゼーリエから、フランメが過去にここを訪れていたことは聞いている。ハルケギニアに来ていたことは間違いない。
しかし、なぜ師匠がこんな場所に……?
(まあ、進めばわかるだろう)
一息吐き、フリーレンはダンジョンの奥へ進む。
ルイズ達とは後で合流すればいい。一人のほうが気楽だし、ルイズ達にはいい経験になるだろう。魔法的な仕掛けをどう突破するのか、様子を見させてもらおう。
(とりあえず、先に進むか)
そう思っていたのだが、すぐにフリーレンは足を止める。
廊下の突き当たりに誰かいる。剣戟が聞こえる。誰かが戦っているらしい。
「ふっ! はあっ!」
フリーレンは小走りで近づく。金髪の女性が剣を振り、亡者の群れと戦っていた。
(……『あの時』の亡者もどきか?)
北部高原からハルケギニアに来る前、村人の依頼でフェルンやシュタルクと共に退治した亡者たち。
摩訶不思議な魔法体系を使い、どこから来たかもわからない紋章のマントを背負っていたあの亡者……。
そして鏡の近場に散らばっていた、あの死体……。
間違いない、今目の前の女性が戦っているのは、それと同じ奴だ。
「くっ、キリが無い!」
女性は剣を振りながら冷や汗を流し、舌打ちする。十体以上の亡者に囲まれ、斬っても回復されるため苦戦していた。
そんな女性の背後から、亡者がとびかかる。疲労からか、女性は反応が遅れた。
「っ! しま――――!」
彼女に牙を突き立てようとした、その亡者に向かって殺意の閃光が翻る。
「え……?」
金髪の女性は驚き、光の発生源を見つめる。助太刀したのは……二つ結びの白髪エルフだった。
「え、エルフ……?」
女性は唖然とするが、白髪のエルフ……フリーレンは杖先を向け、閃光で亡者たちを撃破していく。
(味方……というアピールか?)
なんにせよ、ありがたいとばかりに女性も剣を構えた。
「すまない、そのまま助太刀を頼む!」
「いいよ」
女性はそのまま、再び亡者たちに斬りかかる。フリーレンの支援もあり、脅威の亡者をすべて排除できた。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫?」
フリーレンは金髪の女性に声をかける。
「ああ……まさかエルフに救われるとは思わなかった」
「嫌だった?」
「まさか、おかげで助かった。ありがとう」
フリーレンの差し伸べた手を取り、女性は立ち上がった。
倒れた亡者はそのまま死体として残った。魔力の残滓となって消えることもない。
(この亡者も、師匠の技術か? いや、師匠がこんな悪趣味な魔法に走るはずがないか)
時折おちょくられて腹は立つけど、そこは信頼しているフリーレンだった。むしろこういう魔法は嫌悪する側だろう。
これはまた、別の誰かによるもの。一瞬、フリーレンの脳裏に『奴』が過る……、そこまで考えた時、一息つけた女性が話しかけてきた。
「改めて礼を言わせてくれ、私の名はアニエス。アングル地方を中心に旅している……まあ、冒険者といったところか」
金髪の女性こと、アニエスはさわやかな笑みを浮かべて、フリーレンに手を差し伸べた。
「私はフリーレン。よろしく」
フリーレンもまた、アニエスの握手に応じた。
実績解除『暗いよー! 怖いよー!! in ハルケギニア』
これが今年最後の投稿となります。ここまで読んで頂きまして本当にありがとうございます。
来年もよろしくお願いします。
お団子