使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第7話『ヴェストリ広場での決闘②』

 

「遅かったじゃないの、ヴァリエール」

 キュルケは髪をかき上げて、ルイズの前に立つ。

 ルイズもまた、口を真一文字に結んでキュルケの方を睨んだ。

 

「臆せずに来たことだけは褒めてあげる。負ける言い訳は考えてきた?」

「あんたこそ、フリーレンは絶対に渡さないんだから!」

 

 きっと睨みつけ、毅然とした表情でルイズは杖を突きつけた。

 ようやく調子が戻ってきたわね、とキュルケは内心思いながらも、表面上はいつものようにルイズを嘲る。

 

「ほんっと、威勢だけはいいわね。ではこうしましょうか? もしあんたが負けたら、フリーレンをあたしに頂戴な。それぐらい賭けてみせなさいよ」

「なっ! ダメに決まってるじゃない! あんたなんかに絶対絶対渡さないって言ってるでしょ!!」

「そうは言うけどねえ、フリーレンだって、自分のことを放っておく、落ちこぼれのご主人様の面倒をこれから一生見ていかなきゃいけないのよ。それなんて罰ゲームよ? いいからあたしに預けなさいな」

「キュルケ」

 抑えて、と言わんばかりの声で、フリーレンは窘める。

 ここでルイズも、フリーレンの方を見る。

 

 ルイズは一瞬、何か言いたそうに口を紡ぎ出そうとするが、結局は止めてしまう。先のことで謝りたかったのに、周囲の反応やプライドが、それをさせなかったかのよう。

 フリーレンも何か言おうと考えるが、どうにも言葉が思いつかなかった。

 なにせルイズのように、何に対しても直情的に感情を現す人間はフリーレンの中でもそんなにいない。端的に言えば、距離の測り方がまだよく掴めてなかったのである。

 

 今はとりあえず、キュルケに任せるとしよう。

 しかし……、

(疎まれていると思ったら今度は二人の取り合いにされたり、色々大変だな今日は)

 フリーレンは内心そう思った。

「同情する」

 タバサはそんなフリーレンの肩を叩いた。

 その合間にも、二人の会話は続いていく。

 

「じゃ、じゃあもしあんたが負けたら一体何をしてくれるっていうのよ!」

「そしたら今まで馬鹿にしてきた非礼を、まとめて謝罪してあげるわ」

「えっ!?」

 聞いたルイズは目を剥いた。

「見たくないの? ツェルプストーの優雅な謝罪の姿を」

 確かに、見たくないかと言われたら嘘になる。

 でも彼女の謝罪以上に、フリーレンを渡さないという一心と、ちゃんと使い魔に自分の実力を分かってもらいたいという勢いで、

「い、いいわ、受けてやろうじゃない!」

 ルイズは高らかに、キュルケに向けて杖を向け叫んだ。

 

「おお!! ヴァリエールとツェルプストーの、因縁の決闘も今日は見られるのか!」

「トリステインとゲルマニアの国境を隔てた、仇敵同士の闘い!」

「こりゃあ見ものだぜ!」

 

 この様子に気付いた周囲は、今度はルイズとキュルケが決闘するのだと知り、注目をそちらへと変える。

 あっという間に、ギーシュとマリコルヌの周囲にあった人だかりは、見事に消え去ってしまった。

 体中ボコボコで顔や肌が腫れ上がっていた二人は、この光景を見て、揃ってため息をつく。

 

「なあギーシュ、もうやめない?」

「だな……、はは、文字通り役者が違うよこれは」

 揃って力尽きたかのように、大の字になって倒れて、遠目から彼女たちの決闘の様子を見ることにした。

 

 

「ルイズ! 今回はトリステイン人としてお前の方を応援してやるぜ!」

「キュルケ、もし何かあったらぼくらが決闘の代わりをいつでも引き受ける」

「いらないわよそんなの。いいからあんたらはすっこんでて」

 親衛隊のように群がる男共をキュルケは手の一振りで払いのける。先程までギーシュ達の決闘を見ていた学生は、今度はキュルケとルイズ、二人の周囲へと集まった。

 周りの反応に気後れすることなく、ルイズは憮然と言った。

 

「じゃあ、さっさと始めるわよキュルケ!」

 恐怖を無理やり抑え込んでいるかのような声で、杖先を改めてキュルケに向ける。

 しかしキュルケは、杖を抜こうとしない。

 一瞬、フリーレンの方に向けて目配せすると、今度はルイズに向き直り、両手をひらひらさせてこう言った。

 

「まあ待ちなさいな。決闘とは言ったけど、別に殴り合いをしたいわけじゃないわ。さっきのギーシュたちのように、肌が荒れたり顔が腫れるのは嫌だもの」

「じゃ、じゃあ何をするっていうのよ!」

 

 ルイズの問いに、キュルケはマントの中から赤いりんごを取り出す。

 一口、ゆっくりと口につけてかじる。妖艶な雰囲気を見せながら。

 見ていた男共は思わず「おおっ」と、恍惚が混じった声を漏らす。

 やがてキュルケは、一口かじったリンゴをルイズの目の前へと放り投げる。

 

 

「その赤りんごを、『錬金』で青りんごに変えてみせなさい」

 

 

「はあっ!?」

 ルイズは呻いた。言うに事欠いてこいつ!

 わたしの魔法が爆発して失敗するのを知っているくせに!

「なに? できないの? ちょっと応用を利かせればこんなの簡単でしょう? 今時のメイジなら六歳児でもできる芸当よ。それぐらい簡単なことをこなすだけで、あたしが頭を下げる姿を見ることができるのよー」

「う、うぐぐ……」

「それとも、恥をかきたくないからフリーレンを差し出して逃げ出す? 別にいいわよー。でもね、ヴァリエールがツェルプストーに背中を向けて逃げ出したなんて、ご家族が知ったらなんて思うのかしらねー」

 そう宣うキュルケを見て、やっぱりこいつはツェルプストーだと、ルイズは悔しさで拳を震わせた。

 こいつはここで、自分を徹底的に恥をかかせて、退学にまで追い込むつもりなんだ。そうとしか考えられなかった。

 

 なお、この決闘方法を聞いた周囲は一気に後ずさった。特にルイズの事を知る面々は、彼女とは五メイル以上距離をとっていた。

 ルイズは杖を持つ手を震わせる。そもそもとして『錬金』すらまともに成功したことないのに、応用なんて利かせられるわけもない。

 

 でも、ここで逃げたらもう本当に『ゼロ』になってしまう。そして……、フリーレンも取られてしまう。

 

 今にも泣きそうな気持を、ぐっとこらえるも、喉の奥は否応なしに熱くなっていった。

 ルイズは思わず、フリーレンの方を見た。

 

 今にも泣きそうな主人を見ながら、ふとフリーレンの脳裏に、ある記憶の一部が過った。

 それは、魔王討伐の旅の途中でのこと――――

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 旅の中で立ち寄った、とある戦士の村の中での一幕。

 

 

「ヒンメル様にはわかんねぇさ! 最初から強かった人に、おれの気持ちは!」

 

 

 その村には故あって、一ヶ月ほど滞在することとなった。

 魔物討伐が常態化しているその村では、戦場で命を落とさないよう、幼少期から徹底した訓練を強いられる。

 その中にいた、とある一人の少年は武器が上手く扱えない落ちこぼれだった。

 

 剣を握ればバットのように振り回す、模擬戦でもほかの子に大いに後れを取る。それゆえ周囲からもお荷物呼ばわりされ馬鹿にされる。

 孤独の中にいた、その戦士の少年の面倒を、一番見ていたのがヒンメルだった。

 

「彼はとてつもない才能を秘めている。このまま埋もれさせるのはもったいないよ」

 

 ヒンメルはそう言って、少年と付きっ切りで稽古に付き合っていた。

 先の長期滞在も、もとはと言えばヒンメルがその少年を見捨てられなかったのが原因だった。

 だが、ある日のこと、とうとう少年の方の鬱憤が爆発してしまった。それが先の言葉なのであった。

 

 

「どうするのヒンメル。まだこんなこと続けるの?」

 当時は分からなかった。なんでヒンメルがこんなにも子供一人の面倒を見るのか。

「もう二週間になるよ。あんな風に拒絶されたのに、まだあの子を鍛えるつもりなの?」

「まあいいじゃないですか。たまにはこんなのんびりした旅も」

 ハイターが笑って宥める。ヒンメルは同じ戦士職であるアイゼンに尋ねていた。

「なあアイゼン、きみだって分かるだろ? あの子は将来、絶対化けるって」

「才能があるのは認める。だがあれは間違いなく大器晩成型だ。開花するのにも五年か十年はかかるだろう。そこまで今の俺たちは面倒見切れんぞ」

「分かっているさ。僕らには『魔王討伐』という最終目的があるってことは」

 ヒンメルもそこは、大きく頷く。

「分かってるのに、どうしてこんなこと続けるの?」

「彼は今困っているからだ。このままじゃ才能が花開く前に潰れてしまう。あの子が成長すれば将来、より多くの人が魔物の手から救われるだろうに。きっかけだけでも、何とか与えてやりたいんだ」

 相変わらずのお人よしっぷりで、彼は言った。こういう時のヒンメルは絶対譲らない。

 まあ、時間は無限に有り余っている私から見たら、そこまで気にしなかったからいいけど。

 そんな風に考えている自分に向かって、最後にヒンメルは笑顔を向けてこう言った。

 

 

「いつか分かるよフリーレン。今回は剣だったけど、魔法だったらきみも絶対、今日の僕と同じことをするはずさ」

 

 

 その後もずっと、ヒンメルは少年に寄り添い、そして剣の立ち回りを辛抱強く教え続けた。

 

 意外にも、彼が伸びるきっかけを齎したのは、途中から参加したアイゼンだった。

 ドワーフ特有の斧の振りを参考にした彼は、めきめきと上達の兆しを見せ始めた。

 

 その甲斐あって、私たちが村を旅立つ頃には、馬鹿にしていた周囲を打ち負かすほどに、剣の才覚を発揮するようになっていた。

 風の噂では、青年となったかの少年は村一番の戦士となり、彼が天寿を全うするまで、一回も村に魔物どころか魔族の侵入すら許さなかったという。

 そんな彼は死ぬまで毎朝、英雄となったヒンメルの銅像の前で感謝の祈りをささげることを忘れなかったとか。

 

「助かったよアイゼン。きみがいなかったらこう上手くはいかなかったろうね」

「案外、やってみると楽しくはあったな」

「お、自分の技術を教える楽しさに目覚めたのかい?」

「終盤なんか、結構ノリノリでしたものね」

「まあ、この旅を生きて帰れたら、弟子を取ってみるのも悪くはないかもしれんな」

 

 村の去り際にそんな会話もした、たわいもない一幕だ。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

(そうだねヒンメル。今だったら私も分かる気がするよ)

 

 

 

 千年の修行を容易に超える、天性の魔力量。

 それが、何を唱えても爆発で終わるからという理由で、周囲からの理解を得られないのはあまりにも勿体ない。

 フリーレンは杖を構えて、ベンチに座り直した。

 目を閉じて、精神を統一する。

 すると、左手の『ガンダールヴ』のルーンが、少しだけ淡く光輝いた。

 ルイズの精神と同調しているからだろうか? だったら『上手くいくかもしれない』。

 

(そう言えば、コルベールによるとこのルーン、武器を持つとその力が発揮されるんだっけ)

 

 ここでフリーレンは目を開ける。杖だと反応が乏しいため、何か武器みたいなものが無いか探し始める。

 確かギーシュたちの決闘の時、一本青銅の剣が、飛んでいったはず。あ、あった。

 杖を振り上げ、フリーレンは地面に突き刺さっていた剣を手元まで呼び寄せる。

 何事? と周囲が驚くのをよそに、フリーレンは直に手で剣を握ってみる。

 すると今度は、体中から活力が溢れるのを感じた。魔力が増強するというよりは、身体に羽が生えたかのような感触を覚える。

 

(剣なんて振ったことないのに、()()()()()()()()()。そう思わせるほどの力がこのルーンには流れているってことか)

 

 ルーンについても色々調べたいけど、今はどちらかと言うと、この活力を利用してよりルイズの魔力と同調する『回線』を作り上げる。

 この世界のメイジがどうやって魔力を操作するのかは、先のギーシュ達との決闘で何度も見てきた。だからできる。イメージできる。

 後は、ルイズの詠唱と上手く精神の波長を合せることができれば……、と、考えていた時だった。

 

「ん?」

 ふとフリーレンが目を開けてみると、そこには唖然としたまま固まっている周囲の姿が。

 だがそれも仕方のないこと。いきなり剣を呼び寄せ地面に突き刺しずっと難しい顔をしているエルフが目の前にいるのである。怖いとかいう次元じゃない。

 ルイズに至ってはもう、あまりにネガティブが極まってこう考えるようになっていった。

 

(あ、わたし、そこまで嫌われていたんだ……)

 

 でも、思い返せば当然である。

 だって自分は、フリーレンにあんなこと言って拒絶したにもかかわらず、何にも主人らしいことをしていない。

 嫌われたって、見捨てられたって当たり前だ。でもこうやって剣を構え始めるフリーレンを見ると、もうこの決闘に敗北したら自分を斬り捨てにかかるんじゃないかという、強迫観念にまで囚われてしまっていた。

 ルイズは杖を握った手を、今度は恐怖で震わせる。

 フリーレンにまで見捨てられたらもう、本当に自分は一生『ゼロ』のまま終わるだろう。

 もし、これが最後の別れになるのなら……

 

「フリーレン……」

「なに?」

「授業の時、あんなこと言ったこと、今までほったらかしにしたことを先に謝るわ。……ごめんなさい」

 

 ルイズの謝罪に、フリーレンより先に周囲が驚きの声を上げた。

 なにせあのヴァリエールである。魔法の才はともかくとして、トリステインでは由緒ある家柄の三女。プライドだって相応に高い。

 誰彼構わず頭を下げるような性格じゃないことは、この場にいる学生たちが良く知っていた。

「いまさら、ムシのいい話だってのは分かってるわ。でも、どうしても謝りたかったの。じゃないと一生後悔すると思ったから……」

 だがルイズは、周囲のことを気にせず、先の授業で癇癪を起したこと、今までずっとほったらかしにしていたことを含めて、頭を下げた。

 

「ルイズ」

 

 フリーレンの声に、ルイズはビクッと身を震わせた。

 とうとう、何か言われる。何を言われるのだろう?

 嘲笑? 失望? 今更謝ってももう遅い?

 それでも今回は、彼女の声を遮らず待った。何を言われても受け止める覚悟でいた。

 そんなフリーレンはというと。

 

 

 

「やっと、私の名前を呼んだね」

 という、優しい声であった。

 

 

 

「フリーレン……」

「いい、ルイズ。集中して。『魔法はイメージの世界』。失敗すると心の中で思ってたら、絶対に魔法は成功しない」

 まるで教え子に教えるかのような口調で、フリーレンはルイズの方を見つめる。

 ルイズは無意識に、こくこくと頷いた。

「大丈夫だよ、ルイズ。必ず何とかしてあげるから、今は私を信じて」

「……うん!」

 不意に零れ落ちた涙をぬぐって、ルイズは地面に置かれたりんごを、次いでキュルケの方を見る。

 キュルケもまた敵役を楽しんでいるかのような、厭味ったらしい顔と声で、ルイズを見る。

 

「覚悟は決まったようねヴァリエール。失敗する前に、何か言いたいことがあったら聞いてあげるわ」

「りんごを青くするだけでいいのね。簡単なことじゃない! あんたには絶対、フリーレンは渡さないんだから!」

 

 ルイズは杖をビシッと突きつける。そしてりんごの方に、杖を向ける。

 ついに始まる。周囲はどうせ爆発するだろうと恐れて、一気に防御姿勢をとる。

 

「どうせ爆発するって」

「ツェルプストーもエグイよな。本格的にヴァリエールを退学に追い込む気だよあれは」

「てか、ルイズのオーラなんであんなに小さいんだ? ドット以下だぞあれは」

「さすがゼロのルイズだ。オーラすらゼロとはなぁ」

 

 そう、周囲は未だに魔力を『オーラ』という形で視認できる状態になっている。

 ルイズ自身は必死だったために気付かなかったが、キュルケもまた、ルイズのあまりにも微弱な魔力量に内心、首をかしげていた。

 

(確かに、こんなにもオーラが小さいのに、あんな広範囲の爆発を起こせるって、よくよく考えるとおかしいわよね)

 

 キュルケはタバサの方を見る。彼女も同じ気持ちなのか、視線を向けると小さく頷いた。

 そして今度は自分の手を見る。沸き立つオーラは湯気のように揺蕩っている。タバサと同クラスほどに。自身がトライアングルだとはっきりわかる量だ。

 ……まあ、その隣にいるフリーレンのオーラは、もっとでかいのであるが。

 

(あたしやタバサ以上の魔力量を持つフリーレンが、評価するほどの魔力か。是非見せてちょうだい、ルイズ)

 

 さて、そのフリーレンはずっと瞑目していた。

 主人の証である『ガンダールヴ』のルーンを用いてまで、ギリギリまでルイズの精神と同調する。彼女の魔力に対しできる範囲で〝解析〟を加えているのだ。かつて黄金郷との戦いでやった時のように。

 やがて、フリーレンの視界は『地面に置かれたりんご』が見えるようになる。

 精神の同調が進み、使い魔の特典たる『視界の共有』が、可能になったのである。

 

 やがて、ルイズもまた目を瞑って杖を掲げる。

 失敗するとは考えない。フリーレンの、使い魔の言ったことを正確に思い起こしながら、ルーンを唱える。

 その一瞬、フリーレンをも驚愕した……大火の如き膨大な魔力が一瞬、周囲を圧した。

 

「――え?」

「――――ッ!」

 

 キュルケとタバサも、はっきりと気づいた。

 杖を唱えた時のルイズの魔力。それは自分たちをあっさりと追い越し、フリーレンすら上回り、ヴェストリの広場全体を覆う。

「ひいっ!?」

「な、なんだあのオーラ!?」

 周囲でさえ、驚愕を隠せない。それほどまでに迸る、魔力の奔流。その具現。

 

 

(い、今まであの子はこんな魔力を叩きつけていたの? そりゃ爆発するに決まってるじゃない!?)

 

 

 この瞬間、メイジたるキュルケは何故ルイズの魔法が爆発するのか、思考ではなく心で理解した。

 無論タバサも。なんなら周囲を見ていた学生たちも。

 周囲が唖然としていたが……、しかし、フリーレンの考えはまだ、違っていた。

 

(確かに、この膨大な魔力量も要因の一つだけど、根本的な問題は別にある)

 

 再確認する。魔力の動きが、あまりに歪だ。

 ルイズ達は魔法に必要なルーンを唱える際、『身体』から『杖』に向かって魔力が流れていくが、何故か彼女のはその合間にできている『見えない障壁』のようなものに、堰き止められている。

 魔法が爆発するのは、この障壁で止められているせいで、魔力の奔流が行き場を失い暴発する、というのが一因のようだ。

 この障壁を消さないと、ルイズはずっと魔法を使えない。取り除いてあげようかとも思ったけど……、今この瞬間でそれはまず不可能。それほどまで強固な〝呪い〟とも形容すべき強固な障壁。

 

 だから今は、自分の魔力を送って、別の経路を用意する。

 

 ルイズの精神と同調し、そこまで理解したフリーレンは、ルイズの魔力と干渉しながら、〝独自の魔力の回線を生成し、そこに自分が今までに得た魔法を発現させる〟。

 

 その手法を使って、ルイズに〝民間魔法〟を使わせる。

 幸い、精神には上手く同調した。このままいけば―――――、

 

 

 

 そうか、きみもこっちに来たんだね。フリーレン。

 

 

 

(――――え?)

 フリーレンは一瞬、同調した視界の先に、懐かしき人の顔を、目の当たりにした。

 あの姿は、一生忘れない。忘れるはずもない。

 

 

(……ヒンメル?)

 

 

 刹那、ルイズは杖を振り下ろした。

 膨大な魔力が、一気にりんごの元へと殺到していく。

 

 次の瞬間、爆発音が辺りに響き渡った。

 

「うわあぁああ!」

「きゃああっ!!」

 

 いつもの爆発。いつもの硝煙。

 もうもうと立ち込める煙に、固まっていた生徒たちはせき込んだ。

「けほ、けほ」

 キュルケも目を閉じて、せき込んでいる。

 ルイズは固まっていた。目を開けたくない。見たくない。

 もし、もし失敗したら……

 

 でも、ルイズの中にある魔力のうねりは、彼女を不思議な気分にさせていた。

 いつもだと、魔法を唱えると魔力の動きが大きく淀む。本来だと体の中を循環する感じがうねりと変わり、リズムとなって、それが最高潮に達すると、魔法が発現するというのだが……。

 そんなことは今まで一度もなかった。今回もそうだと思ってた。

 でも、杖を振り下ろす瞬間、優しい光の靄が、自分を導いてくれたような感じがあった。リズムとは若干外れたものだけど、その光は暗闇の中で歩くだけだった自分を、導くように先へ進んでくれた。

 その先を追いかけて、そして――――

 

(ど、どうなったの……?)

 

 ルイズは恐る恐る目を開ける。地面を見るも、りんごがない。

 ルイズは青ざめた。やはり、先の爆発で粉々に吹き飛んだのだろうか。じゃあ、この決闘の行方は……

 

「こっち」

 タバサの声を聞いて、ルイズはハッと振り向く。彼女の目の前には、りんごが浮いていた。衝撃で飛んできたので、『風』の魔法を使って空気の緩衝材を作ったのである。

 

 そしてそのりんごは、赤から青へときちんと変貌していた。

 

「え? ……えっ……」

 誰よりも呆気にとられたのが、ルイズだった。

 今まで、今まで爆発だけだったというのに……?

 もしかして、本当に……??

 

「せ、成功したぁ!!」

「おい嘘だろ!? ゼロのルイズが!?」

「なんてこった! 来週の天候は嵐か何かか!?」

 

 周囲もまた、騒然としていた。

 遠巻きに見ていたギーシュやマリコルヌも、呆気にとられて駆け寄る。

 確かに、タバサが持っているのは青色のりんごであった。キュルケがまず、りんごを手にする。齧った跡に、自分の口を近づける。

「うん、本物ね。あたしの口と一致するもの」

 そしてまた一口。「味もちゃんと変わってるわね」と、周りに告げる。

 再び、周囲は驚愕で沸き立った。

 

 とうとうルイズが、魔法を成功させたのである。

『ゼロ』からついに一歩を踏み出したことに、まだ戸惑っていたルイズだったが……

 

「フリーレン……」

「今回はちゃんと成功したね。ルイズ」

 フリーレンの声に、表情に、ルイズはとうとう我慢していた涙を、鳶色の瞳から垂らす。

 

 

「やっだぁああああああ! やっだよぉフリーレン!! わだし、わたじほんとに……!」

 

 

 ルイズは人目を憚らず、フリーレンに抱き着いてきた。彼女もまたそれを受け入れる。

「よしよし」と、フリーレンもルイズの頭を優しく撫でつける。

「はあ、これはあたしの負けね、ルイズ。……って、聞いちゃいないか」

 キュルケがやれやれと首を振るも、ルイズは彼女のことなど忘れんばかりの大泣きを始めていた。

 ああ、本当に辛かったんだな。キュルケもタバサも、気づいてあげられなかったルイズの葛藤を少し恥じた。

 

「キュルケもありがとう。ここまで協力してくれて」

「いいのよ、さっきも言ったように、ちゃんと知ってから馬鹿にしないと、最後に馬鹿を見るのはあたしなわけだし」

「それで仇敵に、これから頭を下げることになっても?」

 意外そうな表情で、タバサは尋ねる。キュルケは微笑んだ。どうやらこの青髪の少女は、自分のことを心配してそう言ってくれたらしい。

「いいのよ。あたしの頭一つ下げるだけで今後も面白そうなものが見れるのなら、何度だって下げてあげるわよ」

 大人の色香を交わらせた微笑みを浮かべて、タバサに言った。タバサもまた、可笑しそうにクスリと、小さな笑みを浮かべた。

「でもあの魔力量は確かに尋常じゃなかったわね。あれはもしかしたら『スクウェア』クラス以上、あるんじゃないかしら?」

「結局、彼女の系統はなに?」

「ああ、それは推測だけど―――――」

 タバサの疑問に、フリーレンが答えようとした時だ。

 

 ちりん、ちりりん。

 

 鐘の音と共に、一人、また一人と。倒れていく。

 倒れた学生たちは、すやすやと寝息を立て始める。どうやら眠ったらしい。

「え、なにこれ……?」

 異常事態に戸惑うキュルケとタバサも、突然襲い来る睡魔に抗えず、くたりと崩れ落ちてしまう。

 ルイズはそのまま、泣きつかれたかのように眠ってしまった。

 

(……音で眠りを誘う魔道具か)

 

 フリーレンも一瞬、思考がぐらつきかける。しかし歴戦の勘と経験が、彼女を眠りの世界への誘いを阻んだ。

 杖を素早く手繰り寄せ、フリーレンの周囲に風の膜を展開する。

 それは先ほどタバサたちと内緒話をしていた時に使っていた『サイレント』を、彼女なりに疑似的に作り上げたものだった。

 今まで得てきた様々な魔法を複合させ、即席で模倣した〝音を遮断する魔法〟を独自に作成、鐘の音を無効化する。

 

「さすがだのう。『眠りの鐘』を弾くか。まあきみならこの程度は初見でも対処することじゃろうのう」

 

 やがて、ヴェストリの広場へ二人の人間がやってくる。

 フリーレンはしばし臨戦態勢をとる。やる気かとも思ったが……、眠りの鐘の保持者は、これ以上は使わないとばかりに、懐へ道具を戻していく。

 

「この通り、わしはこれ以上きみに何かするつもりはない。()()()()()()()()()()()が出てきそうだったのでな。周囲には眠ってもらった次第じゃ」

 

 両手を上げてそう言うので、フリーレンも風の膜を解除した。

 再び、外の音が彼女の長耳に入り始める。フリーレンは改めて、長い顎髭を生やした老人と、彼の後ろに控えるコルベールを見た。

 ちなみにコルベールは、自分の杖とは別におそらくオスマンのものであろう杖も抱えている。

 杖を別の者に預けていることで、無防備であることを伝えているようだ。

 

「あなたは?」

「申し遅れた。わしはこのトリステイン魔法学院の学院長をしておる。オールド・オスマンじゃ。噂はかねがね聞いておるよ、ミス・フリーレン」

 しばし、茶に付き合ってもらえぬかな?

 オスマンは和やかな笑みを浮かべながら、フリーレンにそう言った。

 




実績解除『ギーシュ越え』。
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