使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第66話『未踏破の洞窟(ダンジョン)③』

 

「倒したわ!」

 石兵(ガーゴイル)二体をまとめて爆破し、完全に破壊した後。

 ルイズは思わず、杖を上げて勝利の余韻に浸っていた。

 

 これと同時に、行く先を阻んでいた石の扉が、音を立てて開かれていく。

 同時に、シエスタの身体に纏わりついていた魔力の繭も消え去った。

 

「あー、やっと立てます……」

「シエスタ、あんた大丈夫?」

「はい、なんとか」

 

 服をぱっぱっ、と埃を振り払い、自分の身体を見渡すシエスタ。

 魔力弾を食らったけど、特に外傷は与えない代物だったらしい。あくまで拘束用に特化したものなのだろう。

 

「でも、これでやっと進めますね」

「ええ、……本当にこの洞窟、いったい何があるのかしら?」

 

 ルイズも初めて、ここでこの洞窟自体に興味を示していた。

 侵入者をやさしく追い返すような造りをしていながらも、さっきのガーゴイルといい、ここまで来るまでの仕掛けといい、相当難易度が高い。

 踏破した者は一人もいない。といわれるのも納得だと思った。

 

「ねえ、本当にあんたは知らないの? デルフ」

「さあなあ。ヒンメルらも引き返した以上、俺もこの先に何があるのかは分かんねえ」

 ただ……、とデルフは続ける。

 

「オスマンも言ってたぜ。これは、相当魔法に詳しいメイジが作っただろうって。色々と青い頃だったとはいえ、オスマンでも手古摺る洞窟だってのは、覚えておいた方がいいかもな」

「オールド・オスマンですら苦慮した洞窟……」

 

 ルイズはその言葉の意味を噛み締めた。

 トリステインきっての大賢者すらも、かつては舌を巻いた洞窟。確かにそれは、生半可な気持ちで突破できる代物じゃないだろう。

 だからこそ、フリーレンは自分たちを鍛える修行場としいて、定めたのかもしれない。

 

(面白いわ、やってやろうじゃない!)

 

 今頃フリーレンは、悠々自適に最深部へ向かっているのだろう。自分たちは、そんな使い魔を追いかける形で進んでいかなければならないわけだ。

 これしきの試練、自力で突破できないようなら……魔法の高みに、フェルンに追いつけない。

 そう思ったルイズは、改めて意識を前向きに切り替える。

 

「行きましょシエスタ、デルフ! フリーレンより先に、最深部へ行って待ち構えてやりましょ!」

 ルイズはそう言って、開かれた扉の先へと、足を向ける。

 シエスタもまた、「ええ!」と声を出して、デルフを担ぐ。

 

「ごめんなさい、デルフさん。途中で落っことしちゃって……」

「そうだな、さっきの戦闘、娘っ子は及第点、嬢ちゃんは落第点だ」

「き、厳しいですね……まあ、分かってますけど……」

「娘っ子はさっきの戦闘で一皮むけた。次は嬢ちゃんの番だぜ」

「……」

「『自分は平民だから』、だなんて遠慮は戦いで必要ねえ。いつまでも受け身に回らず、積極的に攻めることを覚えるこった」

 

 さっきの戦闘もそうだ。

 シエスタ一人だったら、『予知』できる分色々対応できただろうに、『どうしたらルイズと自分が揃って無事に済むか』。そんな無茶な予測ばかり繰り返した結果があの無様。

 貴族と平民、慮るべきは前者の方。ハルケギニアにてその考えは当然であり、破る方が間違い。それは事実だ。

 だがこういった戦闘では、逆にその遠慮は悪手を生む。それは回り回って、勝てたはずの選択を自分で摘んでしまう可能性だってあるのだ。

 

「お前さんは、そこいらの貴族なんざ足蹴にできる実力を持ってんだ。それをまずは自覚するところから始めな。……最終目標はそうだな、その壁にある『斬撃痕』くらいか」

「『斬撃痕』……?」

 

 

 呟きながら、何気なく壁を見ていたシエスタは、そこで気づいた。

 右の壁から手前の壁の上部、そして左の壁という三面にかけて、巨大な横一文字の跡があったことに。今気づいたのだ。

 

 

「これ……、まさか……」

「ああそうさ、ヒンメルが『錆びたままの俺』を振るった時に作った斬撃だ。やっぱまだ残ってんだな」

「これを、勇者様が……??」

 

 シエスタはあんぐりした。

 今持っているデルフを使って作り上げたという斬撃の痕。ざっと見る限りでも、最低十メイルくらいはあるんじゃなかろうか?

 

「当時は、これを動き出そうとするガーゴイルに向けてぶっ放したのさ、当たり前だが石像どもは一瞬でバラッバラになったよ。奴らの戦法を全然知らなかった理由、これで分かったろ?」

 

 つまり、自分たちが苦戦したこの石兵たちは、歴戦の勇者にとっては文字通り『路傍の石ころ』に過ぎなかったということなのだ。

 

「わたしの最終目標が、これなんですか……??」

「それぐらいできる潜在能力と才能が、嬢ちゃんにあるってこった。頑張りな、『人類最強の血を受け継いだ嬢ちゃん』」

「ほら! 何してるのよシエスタ! 早くいくわよ!」

 

 遠くでルイズの声が聞こえる。

 ずっと呆けていたシエスタは、ここで「はっ!」となって、慌ててルイズの後を追った。

 

 

 

(……無事、関門を突破できたみたいだな)

 ルイズ達が無事、ガーゴイルを撃破できたことを、『使い魔の耳目』を使って知ったフリーレン(当然だが、フリーレンからの一方的なもので、ルイズ自身はフリーレンが覗き見していたことについて全く知らない)。

 

「……嬉しそうだな」

 アニエスはそんなフリーレンを見て、そう呟く。

 色々専門用語を出されてついていけてないのだが、不可思議な雰囲気を放つこのエルフを放って先に進むのは、自重したようだ。

 

「まあね、ルイズ達が無事先に進めると分かったからね」

「その、『ルイズ』というのがお前の連れか?」

「そうだよ」

 

 フリーレンは座ったまま、鞄に『空のロケットランチャー』を再びしまい込む。

 肩に担ぐくらいの大きさの筒がするすると鞄の中に入っていくが、魔法の鞄なのだろうと、もう気にしないことにしたアニエス。

 鞄にしまった後、フリーレンはガーゴイルが携帯していた『魔改造銃』を、まじまじと見つめる。アニエスもそれは気になっていたのか、じっとその武器を見つめていた。

 

「いる?」

「え?」

「いや、ずっと欲しそうに見つめてたから」

 

 おもむろに言ってきたフリーレンの言葉に、アニエスは逆に狼狽した。

 いや確かに、凄い興味があるし、使いこなせれば戦略の幅が広がる。拘束特化とはいえ、相手を遠距離から無力化できるのは便利だ。

 

「だが、私でも使えるのか? それは魔法の銃なのだろう?」

「弾倉に仕込んである『風石』の風力を、筒内にはめているレンズで魔力弾に変換する仕組みみたいだ。持ち手の魔力に左右されないから、魔法が使えない人でもこれは使えるよ」

 ついでに言うと、弾数は仕込んだ『風石』の魔力に由来する。

 短時間で連射すればすぐに弾切れとなるだろうが、マガジンを取り外して動力源たる『風石』を風にさらせば、時間経過で再利用が可能となる。そのように作られているようだ。

 なお、既にフリーレンはこの銃弾に関する『解析』も済ませているため、これで撃たれても拘束を無効、解除は自在に可能である。

 

「さっきの『解析』で大体のことは分かったし、私は使う予定もないしね」

「……そうか、では、ありがたく使わせてもらおう。感謝する」

 

 アニエスは一礼して銃を受け取った。

 エルフを見ても恐れない、この謹直な態度も、フリーレンがアニエスを信用して銃を渡した要因だった。

 会って数分も経ってないが、先の戦闘で実力もあるし信頼できると、フリーレンは思っていたのだ。

 

「で、アニエスはこれからどうするの?」

「そうだな……、まあ、武者修行で来たのだから、行ける所まで行ってみたいものだな」

 

 ずっとこの門の前で躓いていたのである。

 特に強い目的などもないが、進めるのなら進んでみたい。この先に何があるのだろうか。そういった興味が湧くのはおかしいことでもないだろう。

 

「そっか、じゃあ一緒に行く?」

「いいのか? ……では、よろしく頼む」

 

 アニエスはフリーレンと握手を交わす。こうして旅の道連れを作って先に進むのも、旅の醍醐味であり、魔王討伐時代によく通った道だ。

 フリーレンはアニエスを特に気にすることもなく、受け入れた。

 

「では、先に進むとしようか」

 アニエスはそう言って、石兵を倒したことで開かれた、地下への扉に向かう。

 しかし――――、

 

「ああ待って。まだこの階層を隅々まで回ってないから、一旦引き返そう。もしかしたら何かまだあるかもしれない」

「え? あ、ああ……」

 

 フリーレンは階段とは真逆の方角を指さし、隠し部屋の探索を始める。

 アニエスは一瞬戸惑いながらもついていくが……、

 

「ここに大体、隠し扉があるんだよね」

「そ、そうなのか……」

 

 何もない壁にべったり張り付きながら、隠れたスイッチを数十分かけて探し始めたり。

 

「お、宝箱発見」

「おお、本当に隠し扉があったのだな。さすがだ」

 

 ちゃんと成果が出て、隠し扉の先にある宝箱を見つけるも……、

 

 

 

 

「暗いよー! 怖いよぉおおおおおお!」

「………………」

 

 

 

 

 宝箱の罠にかかって上半身を食われたエルフの下半身を、ただただ呆然と見下ろすだけのアニエス。

 こんな調子でずっと、エルフのわがままに付き合う羽目となったアニエスだった。

 

 

 

 フリーレンらが上層階で気ままに探索を始めた頃。

 むしろルイズ達の方が、順調に下層へと突き進んでいた。

 

「ううっ、寒い……」

 身体をぶるっと、震わせながら両腕で自分を抱きしめるシエスタ。

「『霜玲仙』が咲いているかもしれない深さまで潜ったかしら……」

 同じくぷるぷるしながら、ルイズ。彼女はやせっぽちなため、使い魔同様寒いのが特に苦手である。

 

「〝身体がポカポカ暖かくなる魔法〟とか、ないんですか?」

「あったらわたしが使いたいわよ……」

 

 ルイズは天井を思わず見上げる。なぜかフリーレンの魔力は上層階をうろうろし始めている。

 迷ったのか、隠し部屋の探索に精を出しているのか……、間違いなく後者ね。

 そう思いながら、ルイズは階段下の先にある、扉の前で立つ。

 

「最下層に着く前までに、『霜玲仙』を見つけておきたいわよね」

「だったら、その隣の壁で覗く亀裂を見てみな、『霜玲仙』がバラっと咲き誇る場所まで行けるぜ」

「詳しいですね」

 思わず、シエスタは言った。

 確かに自分たちがいる右の壁に、劣化からか亀裂が入った穴がある。人が潜れるほどの大きさだ。覗いてみると、下まで通じているだろう岩肌の段差が見える。

 

「ヒンメルのやつぁ、行けると分かったらとことんまで調べまわる性格だったからな。勿論この亀裂の先まできちんと巡ったもんだぜ」

「じゃあ、この穴の先に『霜玲仙』が?」

「俺の記憶じゃ確かだぜ、今もあるかまでは分かんねえから、絶対とは言えねえが」

 

 デルフの言葉に、ルイズは杖先から光を作る。これもフリーレンから教わった魔法の一つだ。

「まあ、こういうのってダメもとで行って、無かったら残念、それでいいと思います」

「それもそっか、まだあったらめっけものってね」

 シエスタの言に、頷くルイズ。

 一旦扉は脇に置いて、『霜玲仙』を探しに亀裂をくぐった。

 

 

 亀裂の先は、湿った空気が漂っていた。どうやら鍾乳洞らしい。

 天井から伸びる氷柱から滴る、水滴の音が暗闇の中で反響する。

 

「きゃっ!」

「滑りやすいから注意しなさい」

 足を滑らせかけるシエスタを、支えながら立ち直らせるルイズ。

「この先に『霜玲仙』があるんですか?」

「『霜玲仙』はね、すくすく育った大樹の根っこに生える花なの」

「根っこに生えるんですか?」

 シエスタは尋ねる。

「地下で眠っている『風石』と大樹の根が反応して、霜の花を咲かせるのよ。それが『霜玲仙』」

「へえ、それもまた魔法によるものなんでしょうね。すっごい不思議……」

「原理は未だ良く分かってないみたいだけど、『風石』のような魔石は、単純な魔力とは違う、別系統の力が働いているみたいなのよね。それによる作用の結晶が『霜玲仙』なんだと思うわ」

 

 学院で調べたことをシエスタにも解説しながら、ルイズは先へと進む。

 

「そういえば、ミス・ヴァリエールっていろんな花を咲かせられるのですよね。そういう木の枝や根っこに咲く花って、どうしてるんです?」

「その場合は何でもいいから木に触れることで咲かせられるわ。ライラックの木でミモザの花を咲かせることもできるし、冬にラベンダーもやろうと思えばできる。……まあ、別の花を咲かせるのは木に大きな負担をかけちゃうから、必要な時以外は使わないようにはしているけど」

 

 ルイズの説明に、「はえー」と感心するシエスタ。

 

「こうして聞くと、魔法って、本当に奥深いですね」

「フリーレンから教わった魔法だけどね。でもこうやって、利便性とか様々な視点からものを見るっていう考えは、確かにしてこなかったのよね」

 

 学院で教わるのは、究極的には『ブリミルの魔法はすごい!』に収束する。

 それが『すごい魔法が使えるから、使えない奴らより偉い!』になり、『使えない奴らより偉いから、何をしてもいい!』へと繋がっていく。

 フリーレンが来なかったらきっと、こうやって多角的な視点で魔法を見ることなど、多分考えることすらなかったことだろう。

 それがいいのか悪いのかはまだ分からない。ただ、『楽しい』と思えるのは間違いのない、確かな感想だ。

 

「ホント、フリーレンと出会ってからというもの、魔法が楽しくて仕方がないわ」

「今のミス・ヴァリエールは、魔法がお好きなのですか?」

 

 その言葉に、なんとなくシエスタの方へ振り返るルイズ。

 そういえば、フリーレンからよく尋ねられたっけ。『魔法は好き』って。

 今なら言える。

 

 

 

「そうね、今は大好きよ」

 ルイズのはにかんだ笑顔に、つられてシエスタも微笑んだ。

 

 

 

「楽しく駄弁っているとこ悪いがお二人さん、そろそろ着くぜ」

 デルフが鍔を鳴らす。「だが……」と、どこか神妙な声で続ける。

 

「なんか変な空気だな……分かるか?」

「……ええ、変な臭いが漂ってるわね」

「……嬢ちゃん、一応俺を構えとけ」

 

 デルフの言葉に、シエスタも再びデルフを抜き放つ。

 ルイズも杖を構えた。

 魔法の灯により、三メイル先が薄っすらと見え始める。

 そこにあったのは……、

 

「これは……」

「きゃあっ!」

 

 

 シエスタは思わず悲鳴を上げる。ルイズも思わずその声を飲み込んだ。

 何故か周囲に、いくつもの死体が倒れていたのだから。

 

 

「……なにこれ、死んでるの?」

「だろうな。前来た時はこんなもんなかったが……」

 

 ルイズは震えながらも、杖先を死体へ向ける。ゾンビのように動いたり、襲ってくるようなことはないらしい。先の悪臭はこれによるものか。

 初めて見る人の死体に、思わずえずくルイズ。シエスタに至っては目をそらしていた。

「やだもう、気味悪い……」

「は、早く先に進みましょう……」

 二人の少女は、あちこちに散らばる死体になるべく目を向けず、そろりそろりと先へ進む。

 

 やがて、灯を使わずとも暗闇が明るくなり始めた。どうやら周囲の石が淡く光っているようだ。おかげで、視界が確保できた。

 この辺りになると、死体はもうなかった。代わりに彼女たちを迎えるのは、幻想的な光景。

 

 淡く、青白く輝く池の天井に、巨大な根っこがうねるように突き出ている光景。

 そしてその根っこの部分をよく見ると、霜の花が咲いていたのだ。

 

「これが……」

「ええ、ようやく見つけた。あれが『霜玲仙』ね」

 

 ルイズは胸をなでおろして言った。ここまで来たのは無駄にならなかったようだ。

 霜の花弁が洞窟の光と反射して、ある種の幻想的な風景を醸し出していた。

 ……死体さえなければ、ここで少し黄昏ていても良かったのだが……。

 

「早く取って先に進みましょ」

「はい……」

 

 ルイズはふわりと浮いて、天井から伸びている『霜玲仙』に触れる。

 ぽわ……、と、彼女の手のひらが光り出し、花の成分について解析を始める。

 大体三分ほど、そこに佇んでいたルイズは、やがてゆっくりと、シエスタの元へと着地した。

「終わったわ」

 着地するなり、ルイズは言った。どうやら解析は終了したようだ。

 そうしてそのまま、再び扉のある方向に帰ろうとした時だ。

 

「……?」

「どうしました? ミス・ヴァリエール」

「……誰か来る」

 

 ルイズの声に、シエスタは少しすくみ上る。

 どうやらルイズの持つ〝魔力探知〟に、何か引っかかったらしい。

 

 ルイズは魔力のする方へ杖を向ける。第六感は間違いなく『誰かいる』と告げているのに、視界の先は暗闇で何も見えない。

 

「誰!? そこにいるのは分かってるわよ! 出てきなさい!」

 ルイズは毅然とした調子で言った。シエスタも、肩にかけたデルフに手を伸ばす。

 

 

 やがて、暗闇の先、まずは魔力源のものであろう足先が現れる。

 可愛らしい、それこそ格式高いお嬢様が履くような黒い靴。

 

 

「へー、こっそり後ろから驚かせてやろうと思ったのに、すごい鋭いのねあなた」

 

 驚きと興味が混じったような声で、こちらにやってくるのは、水色の長髪を流した少女だった。

 白いフリルをあしらった黒のドレスに身を包んでいる。黒い頭巾の中、人形のような翠眼が光っている。

 シエスタは一瞬畏まる。見てくれから貴族ではないか、と疑ったのだ。

 だがルイズは、どちらでもいいというような風情で、怪しげな雰囲気を纏う少女を睨み据える。

 

『魔力探知』で精査すると、かなり不思議な魔力の流れをした少女だった。

 肘、膝、肩、手首、足首。関節という関節から魔力の塊みたいなものが流れている。初めて見る魔力の流れだ。

 

「あんた、何者? わたしたちに何か用?」

「別に、用などありませんわ」

 

 少女は両手を広げて、やれやれと首を振る。左手は裾をまくっているのか、そこから白い肌が見える。その二の腕部分が赤く腫れていた。

 

「たまたまここで休憩していたら、偶々あなたがここへやってきた。興味があったから近づいた。それだけですわ」

 

 少女はクスリと微笑む。嘘は言ってないのだろうが、なにかこう、信じられない。

 いかにも胡散臭げな眼をしているおかげで、ルイズの警戒度は下がるどころか上がりっぱなしだった。

 

「じゃ、じゃああの向こうにある死体はなに? あれはあんたの仕業じゃないの?」

 

 次いでルイズは、この道先で倒れていた死体に目を向ける。

 状況が状況なので、この死体と少女、何か関係があるのではないだろうか。とルイズは穿ったのだ。

 

「ああそれ? それもわたしの仕業じゃありませんわ」

 

 対する少女は、あっさりと首を振って否定する。

 勿論、それを鵜吞みにするルイズじゃない。

 

「本当に? 嘘言ってるんじゃないでしょうね?」

「まあ、『やってません』なんて、いくらでも言い繕えますわね。でも本当ですわ。むしろ、わたしがここへ来た時はまだ、そいつらは幽鬼のようにこの辺をうろついていたから、可哀そうだと『止めて』さしあげましたのよ」

 

 どうやら、この死体も元は動いていた亡者擬きだったようだ。

 そんな生ける屍を、この少女は止めたのだという。

 

 

「本当に、趣味が悪い魔法ですわね。『死体を自在に操る』だなんて。何処の誰が考えたのかしらねー」

 

 

 手をひらひらさせて含みのある発言をする少女。ルイズは何か、気味悪いものをこの少女に覚え始めた。

 

「……もう一度聞くわ。あんた、何者なの?」

「あらあら、まだ聞き足りないの? わたしだけ質問に答えて、不公平じゃないかしら?」

「質問に答えなさい! あんた、本当になんなの?」

 

 ルイズは警戒心を露に叫ぶ。

 ただ、死体についてそれなりに詳しい、その上、未踏破である洞窟の深部にたどり着ける実力のある少女。

 それだけでもう、こいつは只者じゃない。そう思い始めたのだ。

 

「まあでも、いつまでも『あんた』呼ばわりも嫌だし」

 ここでまずは、と少女の方が名乗りを上げる。

 

 

「わたしの名前はジャネット。まあ、『ある界隈』ではそれなりに名の知れた存在ですわ」

 少女……こと、ジャネットはぺろっと、舌を出してそう言った。

 

 

「ジャネット……」

 ルイズは少女の名前を反芻する。当然聞いたことのない名前だ。

「さて、わたしも名乗ったのだし、今度はあなた達の名前を教えてくれるかしら?」

 そう言われてしまっては仕方も無い。今のところ、少女からは害意を感じられないし。ルイズ達も名乗った。

 

「わたしはルイズ。こっちは連れのシエスタよ。わけあって、この洞窟に挑んでいる最中なの」

「へー、ルイズに、シエスタね。わざわざこんな古びた洞窟にまで足を運ぶだなんて、よっぽどのもの好きなのね」

 

 ふぅーん、とジャネットは二人の少女を舐めるように見つめる。

 それがなんか、下心あるようなナニカを感じさせて、思わず「ぞわり」とした悪寒を覚えるルイズ達。

 

「あなたは……貴族でしょ? それもかなり大きな家の」

「ええ、……え? 何で分かったの?」

「分かるわよ。確かに垢抜けたところも出ているけど、まだまだ旅に慣れてない感じがあるもの。かといって家出……って感じでもなさそうね。不思議」

 

 顎に指を添えて、ふむふむと頷くジャネット。

 やがて、彼女はそろっとした足さばきで、至近距離までルイズに詰め寄る。

 

 そして、いきなりルイズの頬を、ジャネットは舐め上げたのだ。

 

「ひゃん!?」

「ふふ、良い汗。溌溂として健康的。なのに独特で軽やかな感じ。本当に面白いわね、あなた」

 いきなり汗をなめとられ、目を白黒させてしまうルイズ。余りに自然とやってきたので、〝防御魔法〟を使う暇すらなかった。

 

「あなたも……、そうね、平民なんだろうけど、なんだろう。ルイズとは別の魅力を感じるわ」

 そう言って、今度はシエスタの頬を舐めようとするジャネット。

 だが……、

 

「とぉぅ!」

 シエスタはすらりと回避する。『予知』で読んだからだ。

「?」

 避けられた。

 初めての経験に、今度はジャネットが目を白黒させる。

 その後も、何度か接近して試してみるも、全部避けられた。

 

(わたしの動きが、読まれてる?)

 

 わけあって、自分の身体、及び魔力はそこいらのメイジとは比べ物にならないものを持っている。

 それなのにこの体捌き、それも平民相手にこれほどまでに避けられたのは、ジャネットの中でも初めてだった。

 

 そうこうする間に、いつの間にかジャネットは、『六角形の障壁』の中へと閉じ込められた。

 ようやく『舐められた』という恥辱から思考がフリーズしていたルイズが、再起動を果たしたのだ。

 

「あ、ああああんた……、い、いいいきなりなにをするのかしらぁ……!」

 

 ルイズはそれはもう、顔を真っ赤にさせて杖先を向けている。

 その杖先も、なんなら声も震えていた。ルイズは極限までキレると、声が思いきり震えるのである。

 自分の頬を舐めてきた不埒者を、いつでも成敗できるように。まずは〝防御魔法〟の全面展開で閉じ込め、その上でいつでも〝一般爆裂魔法(エクスプロージョン)〟を撃ち放とうとしているのだ。

 

(……? なにこの障壁?)

 

 逆にジャネットは、真剣な表情で自分を閉じ込める、半透明な障壁に手をついた。

 次いでコンコン、と手の甲で叩いてみる。かなり緻密に組み込まれた魔力壁らしい。こんなのは当然、ジャネットは初めて見た。

 破壊……は、できなくもないだろうけど、こうまで組み上げられたものを破るとなると、持ち前の魔力を総動員しないと難しいだろう。少なくとも片手間では絶対に壊せない。そういう風に作られている。

 

「む、む無駄よ、無駄無駄。そ、そその『防御まひょう』は、あ、あんたなんかじゃ絶対にとととっぱできないんだから!」

(噛んだ、まひょうって……)

 

 勝ちを確信して不敵な笑みを浮かべるルイズを背景に、思わず後ろで突っ込むシエスタ。一応、声には出さずに黙っておいた。

 

 

「『防御魔法』? 初めて聞きますわ。今のメイジの魔法はこれが主流なのですの?」

 

 

 ジャネットは純粋に興味を持った風情で尋ねる。

 この防御壁といい、ルイズの杖先からまろび出ている魔力の光といい、初めて感じる波長だ。

 メイジの光どころか『闇』の部分まで知りつくしたと思っていたジャネットだったが……、いつの間にこんな効率的な魔法壁が作られたのだろうか。

 特に彼女の杖先から迸る小さな光。あれは……言葉にできない何か危険なものを、孕んでいる。

 身の危険を感じることなど、いったいいつ以来だろうか、思わず、そんなことを考えるジャネット。

 

 ちょっとこれは、火遊びが過ぎたかしらね。

 そう思ったジャネットは、素直に両手を上げた。

 

「はいはい、わたしの負けですわね。降参しまーす」

「え?」

 ルイズは戸惑いの声を上げる。

 いや、突破されるとは万が一にも思ってないけど、こうもあっさりだと何かあるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 

「そもそも、本当にわたしはあなた達と争う気なんかありませんでしたもの。さっきの『あれ』も、わたしなりのスキンシップのつもりなのでしたから」

「スキンシップですってえ! 嘘おっしゃい! じゃあなんで嫌がるシエスタに何度も迫ったのよあんたは!」

「だあって、『避けられた』なんて初めての経験ですもの。ちょっと色々試しちゃったの。それぐらいの茶目っ気ぐらい、許してほしいわ」

「あ、あんたねえ……!」

 閉じ込められている筈なのに、さもルイズをからかうのが楽しいという風情で、ジャネットは笑う。

 

「まあまあ、折角お知り合いになれたのですし、『お友達』になりませんこと? わたし、あなた達のこと気に入っちゃったのよ」

 

 むしろ、いけしゃあしゃあとばかりにそんなことまで宣い始めるジャネット。

 これにルイズは戸惑いの色を見せるも、更に彼女は続ける。

 

「あなた達、この洞窟の最深部に用があるのでしょう? わたし、最奥一歩手前の大扉の前まで行ったことがありますの。そこまで案内してあげてもよろしくてよ?」

 

 今度は具体的なメリットを提示してきた。

 そうやって懐柔するつもりなのだろうか? ルイズは悩む。

 だた、少なくとも害意は感じられない。それは本当だった。そういう意味では、彼女、ジャネットが今言っていたことはとりあえず、信じてもよさそうだ。

 

「ど、どうしますか? ミス・ヴァリエール」

 

 シエスタは耳打ちで尋ねる。本音を言えば、別に連れて行かなくてもいいんじゃないか? とその目が語っている。

 ルイズも、シエスタの言い分はすごく良く分かる。良く分かるけど……、

 

「でも、あの死体の事も気になるし、フリーレンに突き出せば、何か色々なことが掴めるかもしれないわ」

 

 フリーレン? とジャネットは『防御魔法』の中で耳を欹てる。

 

「あなた達、まだ連れがいたの?」

「ええそうよ。わたしの使い魔。いっとくけど、かなり強いわよ」

「へー、なんの?」

 

 ルイズは答えない。突き出すならどうせエルフだとバレるだろうけど、自分から言う必要もない。

 一方ジャネットは、そんな彼女の表情から、『他人には容易には言い触らせないほどの強力な種族』だというのを、内心では推察していた。

 

(なにかしら、コボルト、オーク、吸血鬼……、もしかして、エルフとか)

 

 つらつらと考える。もしかして、先ほどからルイズが使っている得体の知れない魔法も、その使い魔から習ったものなのだろうか? そこまで推理していた。

 

(まあいいや、どうせ後で分かることでしょう)

 ジャネットは静かに首を振った。

 

「信じられないのならふんじばってくれても構わなくてよ? それであなた達が安心できるのであれば、そうすればいいじゃない」

「……流石にそこまではしないわよ」

 ルイズは一息つくと、檻代わりにしていた〝防御魔法〟を解除する。

 自由になったジャネットは、うーん、と背伸びをする。

 

「でも、次にまた変なことをしたら、今度は容赦しないから。肝に銘じておきなさい」

「はいはい、気をつけますわ」

 

 ジャネットはそう言うと、指をぱちんと鳴らして、手の先から小さな光を作り出す。

 

「じゃあこっちよ、ついてきて。ルイズ、シエスタ」

 

 そうして、ジャネットは、ルイズ達を先導し始める。

 

 色々、悩むところはあったが……、シエスタの反応を見るに、突然襲い掛かってくる、といったことも無いようだ。

(とりあえず、『見える範囲』で危険を感じたら、お知らせします)

(ええ、お願いするわ、シエスタ)

 

 こういう時、彼女の『勘』はありがたい。

 ルイズは頷くと、ジャネットの背中を追った。

 

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