使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第70話『ダングルテール』

 

 ダングルテールは、トリステインの北西部に存在する寒村である。

 歴史を辿れば、何百年も前にアルビオンから移住してきた人々が開いた土地であった。

 アルビオン特有の独立独歩の気質を色濃く残したその村は、飲むところは飲み、取り入れるものは取り入れる要領の良さで、時の王から睨まれることはあったものの、取り立てて弾圧されることも無く、要領よくやっていた。

 

「ここが私の家だ」

 

 二つの月が水平線から伸びあがっている頃になって。

 ルイズ、シエスタ、フリーレンの三人は、旅の途中で知り合ったアニエスの伝手で、この村へとやってきた。

 

 今は暗いが、月が面する方向には綺麗な海原と浜辺がある。磯の匂いが程よく鼻腔を刺激する、そんな村だ。

 さて、アニエスの両親は、アポなく貴族を連れてきて仰天した。

 

「こ、これはこれは貴族様! うちの馬鹿娘が世話になったようで、どうも申し訳ございません!」

「このような寒村では、御貴族様のご期待に沿えるもてなしができるか、自信がございませんが、それでもよろしければ……」

「構わないわ。疲れたし……お腹すいた。何かあるかしら?」

 

 ルイズはもう、目をしぱしぱさせて呟く。

 ご飯食べたい、早く寝たい。今日はもう疲れた。目がそう訴えていた。

 

 その後、アニエスの母が、もてなしとして精一杯の海鮮料理を振る舞って来た。

 海の近くであるため、焼き魚や香草でつつんだミートパイなど、後はよく取れるという牡蛎を使った料理などだ。

 

「ふぅ、美味しかったわ。ご馳走様」

 地方の料理を食べることに楽しみを見出してきたルイズは、これも良く食した。

 身体がエネルギーを欲していたこともあって、食べるもの全てが、凄く美味しく感じられるのだ。

 シエスタもフリーレン(耳は縮め済み)も、同じような感想で頷いた。

 

「御貴族様達にもご満足頂けたようで、何よりでございます」

 アニエスの両親は、冷や汗ながらも貴族に満足してもらったようで、嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 

 

「アニエスさんのご両親、凄くびっくりしてましたね」

「まあ、いきなり貴族を迎えればそうもなるか」

 

 からからと、アニエスは笑う。

 今、彼女たちは村長による計らいで、この村で一番大きな屋敷の一室へと案内されていた。

 当たり前だが、いきなり貴族を呼び込んで来たアニエスは、大目玉を食らったらしい。先ほどまで両親に無茶苦茶怒られていたにもかかわらず、当人はあまり気にはしていない様子。

 ルイズはすでに寝床でぐっすり。体力のあるシエスタとこういうことに慣れているフリーレンは、まだ起きてアニエスとこうして駄弁っているのである。

 

「アニエスって、なんで武者修行しているの?」

 

 おもむろに、フリーレンはアニエスに尋ねる。彼女は浜が見えるベランダに腰かけながら。

 

 

「恩人をな、探しているんだ」

 

 

 ぽつりと、だが力強い目と声で、そう言った。

「恩人?」フリーレンは聞き返す。

「ああ」

 アニエスはそう言うと、月面が反射する水面を見ながら、言った。

 

「綺麗だろう? ここから見える浜の景色は、それはもう優雅なものだと思っている。タルブの大平原には劣ると思うがな」

 そう続けながら、更にこう続ける。

 

 

「二十年前、ここは火の海に包まれかけたことがあった。杖で武装した男たちが、挙って村を焼き払い始めたんだ」

 

 

 声色を暗く変えて、アニエスはそう切り出す。

 その声を聞いて、思わず身を竦めるシエスタ。相変わらず無表情のフリーレン。

 

「その日は火の色が、より強く出た夜だった。まるで悪夢を見ているようだと思ったよ。だが……あの熱気、あの情景、あの恐怖、今でも夢に見る。本当に恐ろしい現実だった」

 

 語るアニエスの目には、暗い情景が映し出されていた。

 その目の先にあるものは、今でも和やかに静かにある村。でも、恐らくは昔あった悲劇の火が、栄えていた情景を心の中では映しているのだろうか。

 

「もし()()()がいなかったら、私達の村は今頃、地図に名前も残らないぐらいに焼き滅ぼされていたのだろうな……」

「その方って、どんな人なのですか?」

 シエスタは思わず尋ねる。

 

 

「その人は昔、ロマリアから逃げてきたメイジだと言っていた。名前は……ヴィットーリアだ」

 

 

(ヴィットーリア……?)

 その名前を聞いた時、デルフはなにか「ずきり」としたものを感じた。

 初めて聞いた名前の筈なのに、何か思い出せたようなナニカがあったような……。

 

 

「その人が助けてくれたの?」

 フリーレンは構わず、アニエスに尋ねる。

 

「ああ、当時の私は三歳で、子細な記憶は朧げなんだが……。彼女の背が、炎を背にやってくる悪魔どもを追い払ってくれた。それだけは確かに覚えているよ」

 アニエスはそこまで言うと、怒りを湛えていた無表情から一転、優しげな微笑みをシエスタたちに見せて、こう続ける。

 

「実を言うとな、その人は浜辺で倒れていたのを私が介抱したんだ。その縁で彼女には良くしてもらっていた。とてもやさしくて、メイジだというのに威張らず、村人からも好かれる人柄だった」

「へー、そんなお貴族様もいたのですね」

「貴族かどうかまでは分からなかった。あの人は昔のことをあまり語りたがらなかったからな」

 アニエスはそう言うと、「ふぅ」と一息つく。

 

 

「ヴィットーリア殿のおかげで、村の危機は去った。だが……代わりに彼女はその連中に連れていかれてしまってな。その後どうなったかは……、定かではない」

 

 

 今度は、至極残念そうな表情を浮かべアニエスは口を開く。

「普通に考えれば殺されたんだろうと……思うのだが、私は信じたいんだ。『あの連中を追い返してくれた人なのだから、まだ生きている』と。生きているのなら会って礼をしたいし、もし死んでいるのなら、その最後をきちんと知りたい。それがこの村を救ってくれた恩人に対する、私なりの義理の通し方だと思っている」

「だから、武者修行して鍛えているんだ」

 フリーレンも、ようやく納得したかのような表情を浮かべる。

 身体を鍛えているのも、各地を旅しているのも、かつては助けてくれた恩人と再会するためだと。

 

「ああ、だから幼少期にタルブの道場で戸を叩いたし、そこでシエスタ殿の御家族とも、いろいろと交流させてもらった。だがまあ、まさかこのような形で再会するとは思っても無かったがな」

「ええ、わたしも驚きました」シエスタもくすりと微笑む。

 

「スカロン殿は息災か? 私は彼に武道や剣術あれこれを教わったからな」

「ええ、ジェシカ共々『魅惑の妖精』亭で元気にやってます」

「そうか、ならなによりだ。ヴィヴァン殿は……?」

「曾祖母ですか? 流石に……はい……」

「そうか……あの人もかなりエネルギッシュな人だったが……だが、そうか」

 アニエスは脳裏の奥に潜む、快活過ぎて元気すぎるシエスタの曾祖母のことを思った。

 

「お前たちは、これからタルブに行くとか言っていたな?」

「ええ。わたしの家の奥に飾ってあった、あの銅像、アニエスさんは覚えてますよね?」

「あの木で組まれた屋敷か? 確かに中で何か飾ってあったな。シエスタ殿の先祖と友人たちと聞いていたが……」

「実を言うと、その方とここにいるフリーレンさんは、昔一緒に旅をした大切な人じゃないかって、確かめるために村へ案内している最中なのです」

 

 シエスタはフリーレンを紹介しながら、説明する。

 

「そうか……、かつてこの世界を救った勇者(イーヴァルディ)と。これはまた大きな話になってきたな」

「信じてくれるんだね? この国の人間は、あまりヒンメルの存在について信じてないっぽいけど」

「流石にあの洞窟であれこれ聞いた後だとな。フリーレンの実力も間近で見たことだし、嘘を言う性格じゃないのも良く分かったしな」

 

 アニエスは笑って、フリーレンを見る。

「そうか……」と呟いたのち、やがて彼女たちに向かってこう言った。

 

 

「なあ、その旅、私も付き合っても構わないか?」

 

 

「え?」シエスタは目を丸くする。

「当時はあまり関心を寄せなかったが、かつて世界を救ってくれた勇者の像というのであれば、きちんとお参りしないと思ってな。世話になった道場への礼もしたいし。それに……」

 アニエスはウインクをして、こう続ける。

 

「お前たちの旅に付き合っていけば、いずれヴィットーリア殿に関する手がかりも見つけられるかもしれない。何となくそう思ったんだ」

 

 勿論、足手まといにはならない。これでも剣には自信がある。

 アニエスはそう続ける。

 

「どうします? フリーレンさん」

「別にいいんじゃない? シエスタも『前衛』が増えれば戦う時、気が楽でしょ?」

 

 フリーレンは特に気にすることなく、二つ返事で了承した。

 

「こうやって旅の道連れを作るのも旅の醍醐味だ」

「まあ、わたしもアニエスさんに来て頂けるのであれば、心強いですしね」

 

 彼女の剣の腕前は、スカロンが直々に認めるほどのものだと、フリーレンに説明する。

 

「そうか、彼のお墨付きなら、こっちとしてもありがたいかな」

「ミス・ヴァリエールは……寝ちゃってますね」

「いいんじゃない? ルイズには後で伝えておくよ」

 もう連れていくこと自体は決定事項な風情で、フリーレンは頷く。

 

「じゃあ改めて、よろしくね。アニエス」

「ああ、こちらこそ頼む」

 

 アニエスとフリーレンは、固い握手を交わした。

 

 

 

 さて、次の日。

 

彼女(アニエス)も連れて行くって?」

 ルイズはあくびを一つ、かましながら昨夜の会話の内容を、シエスタから聞いていた。

「ええ、腕前は保証しますし、アニエスさんにも目的があるみたいで」

「恩人を探す旅ね……。まあ、いいんじゃない?」

 

 ルイズも特に、反対する理由も無さそうな顔で聞いていた。

 自分に内緒で勝手に決めやがったことについては、それなりにご立腹だったけど。

 むしろ、このことでかなり揉めたのが村の人々やアニエスの両親だったり。

 貴族様に粗相があってはならねえ! 良いからお前は大人しくしろ! そんな声が村長の家の奥から聞こえてくる。

 

 だが、最終的には「皆は気にならないのか! かつて村を救ってくれた恩人が、その後どうなったかを! きちんと知って、礼をすることこそ肝要なんじゃないか!」と。

 そう叫ぶアニエスの気迫に押される形で、最終的には許可を貰った。

 

「どうか、うちのじゃじゃ馬娘を、よろしくお願いいたします。お貴族様……」

「そんな畏まらなくても良いから。気にしないで頂戴」

 

 何度も何度も頭を下げてくるアニエスの父に、逆に委縮したルイズは、彼を宥めるようにして落ち着かせた。

 その後、朝食の焼き魚を頂き、一息ついたところでダングルテールを去ることとなった。

 

 新たな旅仲間、アニエスを連れて。

 フリーレン一行はひとまず、タルブを目指す。

 

 

 

 

 同時刻、トリステイン魔法学院。

 地下の特別施設にて。

 

 

「では、今日の特訓はここまでにしよう。ミス・ツェルプストー」

「はぁ……はあっ……!!」

 

 この夏休み中、キュルケはずっとコルベールと一緒に『地獄の業火』をコントロールする特訓に励んでいた。

 特に帰省する予定もなかったし、今まで通り魔法は使えるようになったとはいえ、まだ『地獄の業火』を制御できるようになったわけではない。

 なによりこの特訓をきっかけに、コルベールを絶対堕とすと決めていたキュルケは、特訓にかこつけて色々なアピールを開始していた。

 

「どうジャン? さっきの放射制御は中々のものだと思ったのだけれど……」

「ああ、私が見ても最初期と比べて、洗練されてきているように見えるよ。後もう少しだな!」

 コルベールは素直に褒め、キュルケを伸ばす。

 キュルケは純粋に嬉しそうな顔をしながらも、そこは恋と情熱に生きるツェルプストー。そこだけで終わらせない。

 

「ねえジャン? せっかくお褒めの言葉ももらえたわけだし、言葉だけでなく、もっと別の『ご褒美』も頂きたいわ」

「え? ご、ご、ごほうび……?」

 思いっきりきょどるコルベール。そんな彼に向かって、まるで草食獣に食らいつく肉食獣の如く、ずいっと迫るキュルケ。

 

「もう、ツェルプストーが望む『ご褒美』だなんて、分かってるじゃないかしら?」

「え、い、いや……ですが、その……」

「あたしはもう、あなたの眩さにクラクラなのよ。頭の事だけじゃないわ。その立ち振る舞いも、言葉遣いも、何もかもに……」

 

 い、いかん。これはいかんぞ。

 コルベールは必死になって男の本能を押さえつける。

 

 確かに教職に就いて二十年。変な開発と研究で未だに嫁さえ来ない。

 それに対して思うところが無いと言ったらウソとなる。一時期はロングビルに、密かに想いを寄せたことがあった。

 

 だが、だからといって相手は生徒ではないか。しかも公爵家ヴァリエールとタメを張るゲルマニアの名門の子女とそんな……。

 

 いろんな思いがグルグルめぐるコルベール。最終的に彼は『理性』を取った。

 

 

「おお! そうだそうだ! これからちょっと『がそりん』について研究をしなければならないところであった!」

 

 

 苦しい言い訳を叫びに変え、迫る彼女を勢いで押し戻すコルベール。

 

「『がそりん』?」

 キュルケは目を丸くして尋ねる。

「そう! なんでもそれさえ大量にあれば、鉄のように重く、大きな物体も! 魔法を使わず動かすことができるとのことです! これが普及すれば輸送産業に革命が起きるかもしれませんぞ!」

 

 熱を上げて叫び始めるコルベールに向けて、「へぇー」と、若干引き気味に答えるキュルケ。

 昔だったら、彼のこの対応もさぞ鬱陶しく映っていただろうが、恋のフィルターを備え始めた今のキュルケには、彼のこの対応も『子供っぽくて素敵』などと思ってしまうのだが。

 

「フリーレンも言ってたけど、あなたの授業って面白いものが多いわよね。『魔法を使わずに魔法のような現象を起こせる』ってことなのよね?」

「ええ! 我々ハルケギニアの貴族は、魔法をただの道具か、神の御業という一種の称号のように使うことが多い。だが、どうせなら色々な可能性を模索したいじゃないか! タルブで見たあの『ジープ』なるものを見て、私は心底思ったのだ。可能性は何も、魔法のみに眠っているわけではないと!」

 

 更にボルテージが上がったのが、更にまくしたてるように喋り始めるコルベール。

 これはもう止まらないな。思ったキュルケは、しばらく彼に喋らせるままにしておく。

 

「これこれこういうわけで、この『がそりん』の調合に今、私はつきっきりなのだよ。何とかあれを、動かせるようにしてみたいのだ!」

「面白そうじゃない。その研究、是非あたしにも見せてもらっても?」

 

 特訓で気を引くことはもう難しそうと判断したキュルケは、素早く恋の駆け引き、否、戦術を切り替える。

 こういう時は、男性の趣味を詳しく知ることが肝要だ。人との繋がりは、同じ興味を持つ者同士が強く惹かれ合うもの。殿方の趣味をより知り、それを通じて楽しく会話できるようにするのが、良い女であること、ひいては良い伴侶になれるということを、キュルケは家柄の血筋で知っているのだ。

 

「おお! ミスも興味が出てきたのですかな! 良いですとも! 是非とも見てほしい!」

 

 案の定、コルベールは快諾してくれた。

 キュルケは内心でも表情でも、「上手くいった」という笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 はてさて、案内されてキュルケは、コルベールの研究施設へとやってくる。

 

 色んな薬品を入れた瓶が、所狭しと並んでいる。へんな、ツンとした臭いなども混じり合っているため、最初キュルケは鼻を手で抑えた。

「ああすまない。換気するからちょっと待っててくれたまえ」

 コルベールは窓を開け、臭いを一旦外へ押し出す。

「凄い数の薬品ね。これ全部『がそりん』なの?」

「いや、大体は失敗作だ。まだ『がそりん』を上手く『錬金』で構築するイメージができなくてね。似たようなものは作れるのだが、あともう一歩といったところだ」

 

 コルベールは、真ん中にある机の上にかけられた、ビーカーの中に入っている液体を掲げる。

 これが彼曰く、『実際のジープの中に入っていた、本物のがそりん』ということ。

 

「だが、今日は特訓しながらずっとイメージを構築してきた。それに必要な素材も用意できた。今回こそは行けると思いますぞ!」

 

 コルベールは忙しない挙動で、机の上にある素材を片付け、その上で薬品の調合を一から始める。

(本当、子供みたいなんだから)

 と、内心思いながらも、そんな彼も愛おしいとばかりに見つめるキュルケ。

 まだどんな感じで進めるのか分からないのだし、余計な手は加えず、興味だけあるような風情で色々尋ねたり、聞いたりした。

 

 コルベールもそれを嬉しいと思っているのか、彼女の純朴な問いには全て答えてくれた。

 そんな中、遂にそれは訪れる。

 

 最後の仕上げ。

 『本物のがそりん』の匂いを嗅いで、実際に作るべき素材を入念にイメージする。

 その上で、冷やしたビーカーの中に向けて『錬金』を唱える。

 すると液体は「ぼんっ!」という音と煙と共に、色合いを本物に近い、茶褐色のそれに変えた。

 

「やった! やったぞ! 今度こそ上手くいった! 完成だ! やったぞミス・ツェルプストー!」

「まあ、良かったじゃないあたしのジャン! いわゆる歴史的大発見にあたしは立ち会ったというわけね!」

 

 すごくうれしそうにはしゃぎまくるコルベールに、笑顔で拍手を送るキュルケ。

「早速これを、『ジープ』に入れて試してみたいが……。これだけの量では全然足らないな。後はもっと、これを増やしていかねば。だが、最初の関門は突破できたぞ!」

「ふふっ、良かったわね」

 キュルケは微笑みながら、そのままはしゃぎ疲れて椅子でぐったりするコルベールを見る。

 

 その時、視界の中、開かれた小箱の中にある、赤い宝石が映った。

 

「あれ、なにかしら?」

 キュルケは思わず、その宝石が気になって手に取って見る。

 指輪のようだ。そこに真っ赤な宝玉が挟まっている。まるで炎のようだと思った。

 

「ねえジャン、これはなんですの?」

「え? あ、しまった。開けっ放しにしてた……」

 

 コルベールは一転、悲しそうな表情を浮かべて『それ』に手を取る。

 キュルケは疑問符を浮かべた。あれほど熱狂していた熱が嘘のように、今は鎮火してしまっている。何があったのだろうか?

 

「それ、何の宝石ですの? 誰かからの貰い物?」

「……貰い物ではないよ。むしろ、無くし物、といっても差し支えない」

 

 そう言うと、彼は赤い宝石の嵌った指輪を、そのまま小箱の中にしまった。

 

「私はずっと預かっているんだ。もしまた再会できた時、いつでも返せるようにと……」

「ふうん、一体どなたの?」

 恋人……というわけではなさそうだけど、この指輪を見るコルベールに、何か特別な感情があると気づいたキュルケ。

 嫉妬ではない。嫉妬では……と思いながらも、キュルケは尋ねずにはいられなかった。

 すると、コルベールは憂いを残した笑顔を浮かべ、言った。

 

「恩人さ。二十年前のあの日……私に『罪』を教えてくれた、大切な恩人の落とし物だ」

 

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