使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第72話『タルブの記憶 その続き②』

 

 神社で飾られていた、三人の銅像を見て、錆を綺麗に取った後。

 ルイズ達はその足で『タルブの星』という名物のブドウを採りに、神社の奥にある裏山へと向かった。

 

「小舟の上に蝋燭をつけた紙を、一斉に川に流すだなんて、変わったお祭りね」

 その道中にて。

 茂みの中に咲いている『タルブの星』の花を触り、覚えながらルイズは言った。

 

「ええ。なんでも、死者の魂を奉る意味があるそうなんです」

「蝋燭をつけた船を川に流すのが、『奉る』ことになるの?」

「はい。なんでもその火が、魂を迷わずあの世へ導く、『送り火』としての役割を果たしているのだとか。……まあ、わたしも良く分かってないんですけどね。あ、あった」

 

 なっていた山ブドウを採取しながら、話を続けるシエスタ。

 ルイズは「変な風習もあるものね」というような顔で彼女の話を聞いていた。

 

「デルフ、あんたどうなの? 何か知ってるんじゃないの?」

 ルイズは、シエスタの背中にかけられたデルフに問い掛ければ、

「ああ、ちょうどそんなこともやってたっけな」

 案の定というか、当事者でもあるデルフは「懐かしい」といったような風情の声色。

 

「あー、そっか。デルフさんは勇者様の愛剣でしたものね」

「おう、特にタルブには長いこと滞在していたからな。あのジョンを『元の世界』に送り返すために色々やってたから」

 その期間中、ふとしたきっかけで佐々木氏が始めた風習が、こうして残っているんだろうと、デルフは続ける。

 

「ねえ、その『灯篭流し』は明日の夜に始めるんだよね?」

「ええ。みたいですね」

「ふーん」

 フリーレンはこれまた興味があるような顔つきで、ルイズを見る。

 ああもう、止まらない顔だなこれは。ルイズはため息をついた。

 

「分かったわよ。別にそこまで急いでもいない旅だし、せっかくだしね」

「お! 見ていってくれるんだ! 面白い行事ってわけじゃないけど、風情はあると思うよ、楽しみにしてて!」

 

 嬉しそうな顔を浮かべたジェシカ曰く、数十もの灯を乗せた小舟が、一斉に川へ放たれる光景は、派手さはないものの幻想的な風景を生み出すのだそう。

 

「あとねー、ウチならではの行事ってのもあるのよ。せっかくだし、参加していかない?」

「何をするの?」フリーレンが尋ねると、

「んっふー、秘密!」

 ジェシカはにこやかに人差し指を口元に当てて、そう答えた。

 

 

 その後、シエスタの生家にお邪魔したフリーレンたちは、そこで一泊することとなった。

 その晩はタルブの郷土料理『ヨシェナベ』に舌鼓を打ち、家族とワイワイ交流して。

 食後の運動とばかりにアニエスとスカロンが道場で手合わせしている裏で、フリーレンたちは明日の夜やる『灯篭流し』の準備を軽く手伝ったりなどして。

 

 その次の日。

 

「……ねえジェシカ、これはなに?」

 ルイズは呆れと疑問符が交じりあった顔を、「それ」を目の前でおっぴろげるジェシカに向けていた。

「わたしが昔着ていたんだけど、今のあなたにピッタリだと思って、ワザワザ手直ししたのよー!」

「……もしかして、昨日あんたが言ってた『ウチならではの行事』って、これのこと?」

「そ! 女性はこれ着て村の人たちの案内をしたり、後で舞踏を披露したりするのよ!」

 そう言って、「それ」を、ルイズの目と鼻の先に突き付けるジェシカ。

 

 ジェシカが差し出してきたもの、それは奇妙な服装だった。少なくともハルケギニアでは見ない類の服。

 赤くてひらひらで長いズボンのようなもの……「(はかま)」というらしい。それに真っ白な上着……「白衣(びゃくえ)」というそうだ。という組み合わせの衣服。

 シャツのように着るのかと思いきやボタンがない。どうやらこれは紐で腰に結び付ける形で着るようだ。

 

「これって、結局何なの?」

「これは『巫女服』だって! なんでもササキおじいちゃんのいた場所では、女性はこれを着て神様を祀るんだってさ!」

 

 自信満面の笑みでそう言うジェシカ。

 ルイズは首をひねった。ハルケギニアにも神様という存在はいるとされる以上、『巫女』という概念自体は分かる。

 ただ、このような形の服は初めて見るので目を丸くしていた。

 

「せっかくだし、年に一回あるかないかの風習だからね! まあ、騙されたと思ってさ! 着付けだったらわたしがやってあげるから!」

(ジェシカったら、ミス・ヴァリエールたちにただ着せたいだけじゃん)

 内心突っ込むシエスタ。ジェシカの背後にはちゃんと人数分の巫女服が用意されている。中には昔、自分が着ていたものもあった。

 今の自分が着るとキツイけど、ルイズやフリーレンなら問題なく着れそうな大きさだ。

 

「これが服なんだ。サイトたちの世界は面白い服があるんだね」

 

 フリーレンはジェシカがよこした一着の巫女服をまじまじと見る。袖の部分がぶかぶかそうな造りとか、袴とか、凄く興味深そうに見ている。

「そうそう! 絶対フリーレンは似合うわよ! 物は試しってことでさ! いろんなことを知るために旅してるんでしょ? これも体験よ!」

「まあ、ジェシカがそこまで言うのなら」

 着ること自体にはあまり興味がなさそうな感じだったが、ジェシカの「せっかくだから」攻撃に押し切られる形となったフリーレンは、仕方なさそうに頷いた。

 ルイズは最後まで面倒くさそうな表情を浮かべていたが、結局は使い魔同様、ジェシカに押し切られる形で服を着ることとなった。

 

 

 そしてその夜。

 タルブ名物の風習『灯篭流し』が始まった。

 

「……どう?」

「うん! 似合ってるわよ!」

 ルイズの問いに、ジェシカは親指を立てて応える。

 

 彼女の目の前には、巫女服に身を包むこととなったルイズ、フリーレン、アニエスがいた。

 

「なんで私まで……」

 と、顔を真っ赤にさせながらもじもじするアニエス。

 この日も朝から昼までスカロンの稽古に付き合っていたせいで、「巫女服を着る」と知ったのはついさっき。

 その頃にはもう、ルイズもフリーレンもシエスタもジェシカも着ていたため、今更自分だけ断れる雰囲気でもなく。

 ついには観念して彼女たちと同じ格好にさせられたわけだが、初めて着る衣装ゆえになかなか慣れない。

 

「分かるわ。袖とかこの『袴』……だっけ、とかが大きめだからスースーするのよね」

 変な違和感を解消できないのか、動きが少したどたどしいルイズ。

 

「そうね、そこは慣れないとちょっと気恥ずかしさを覚えてしまうでしょうね!」

 同じく、巫女服を着たスカロンが、うねうねしながら同意する。

 

「…………」

 ルイズは圧を含んだ表情でジェシカに耳打ちした。

 

(ねえ、なんであいつまで着ているの? これって女性限定の服じゃないの?)

(まあまあ、お父さんは例外ってことで!)

(なんで? どういう基準!?)

 

 心底理解できないとばかりにルイズは首を横に振るが、シエスタの家族は苦笑いしながらも受け入れている。どうやら彼のこうした態度は家族公認のようだ。

「ほら、そんなことより、そろそろ始まるからさ。この村の人たちの案内、よろしくね!」

 

 

「なんでわたしがこんなこと………」

 ぶちぶち文句を垂れながらも、一応言われた通りのことを、ルイズはこなしていく。

 学院での暮らし以前だったら、こんなこと絶対しなかっただろう。

 良くも悪くも、旅をしていることで、徐々に心持に変化が訪れているのだった(当人はまだ自覚がないのだが)。

 一応、ジェシカには『タルブの星』の場所まで案内してくれた恩もあるのだし。それに応える形、というのもあった。

 

「あれ、お姉ちゃんタルブの人じゃないよね、どうしたの?」

「臨時のアルバイトよ。ほら、みんななら向こうにいるわ」

「ありがとーお姉ちゃん!」

「こけるから走るんじゃないわよー!」

 

 お礼を言いながら小走りで去っていく子供に、ルイズは注意を促した。

 

「なんだかんだ言って、ちゃんとしてるじゃん、ルイズ」

「……あんたはもう少し手伝いなさいよ。主人にばかり手間を押し付けてないでさ」

 

 ルイズは、何もせずぬぼーっと木の幹に座って読書している、ずぼらエルフをジト目で睨みつけた。

 

「こういうのって、勝手が良く分からないんだよね」

 だから任せる。

 という自信満々の笑みを主人に向けるフリーレン。

「わたしだって分かんないわよ! てか『分からないから』で逃げるな! あんた一応わたしの使い魔でしょうが!」

 ビシッ! と指を突きつけ、ルイズは突っ込んだ。

 するとここで、シエスタが手を振ってやって来た。

 

「すみません、ミス・ヴァリエール、フリーレンさん。ありがとうございます。もう村人たち全員集まったので、始めようと思います」

「やっと始めるのね」

 

 それを聞いたルイズは、思わず空を見上げる。

 夜空の中、流れゆく雲がちょうど、赤い月だけを隠している。

 青い一つの満月が、タルブの草原を照らしていた。

 

「最初ここに来た時も思ってたけど、すっごい綺麗よね。この草原」

「この時期、高台から見ると凄いですよ。色とりどりの花がぶぁっ! って咲き乱れているんですから! 村を出る時に案内しますよ!」

 

 今日の昼間、休みがてらシエスタに案内される形で草原に来たのだが、その光景にはルイズ達も圧倒されっぱなしだった。

 まるで緑の海に来たかのような、自然が作り出した景観は、なにか新鮮なものをルイズの心の中に残したようである。

 

(ここだけでも凄いと思うのに、高台かぁ……。ちょっと見てみたい気もするわね。どんな感じなのかしら?)

 

 そんなことを心の隅で考える自分もいた。タルブを去る時になったら、そこへ行ってみるのもいいだろう。ルイズはそう思った。

 

 そうこうするうち、『灯篭流し』は始まった。

 

 場所はここ、タルブの平原の中を、横切るように流れる川の端で行われるようだ。

 見れば、みんな思い思いに作った小舟の上に立てた、蝋燭に火をつけてそれを流していく。

 蛍の光のような、淡くも煌めき宿す灯の群れが、静かに揺蕩って川の向こうまで進んでいった。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「これは?」

 当時のヒンメルが、疑問符を浮かべて「それ」を見て問いかける。

 

「笹の船の上に囲いを作り、蝋燭を立てて明かりをつける。『送り火』といってな。こうやって死者の魂を弔う行事だ。わしの国で古くより伝わっておるのを、少し工夫を凝らした感じだな」

 

 家の中で笹の船を作りながら、佐々木氏がそう答える。

 

 当時のタルブには、特に風習や祭り、遊びといったものがない、本当にどこにでもあるありふれた村の一つに過ぎなかった。

 かといって排他的な雰囲気でもなく、よほどのことがない限り流浪の人でも受け入れる度量はある村であったから佐々木氏も気に入ってはいたのだが、今一つ面白味がない。

 

 そう思った佐々木氏が、ふと……、といったていで始めたのがこの『送り火』だったのだという。

 この地一帯の笹の葉は大きく、上手く折りたためば上に物を乗せられる。

 佐々木氏はその上に蝋燭をたて、四角で囲って明かりを灯して流す。そんな工夫を凝らしたのだという。

 

 当時の村人たちは、そんな変わったことを始めた佐々木氏を、怪訝な顔つきで見ていたという。

「神」に対する価値観の違いもあってか、排斥されるようなことはなくても、あまり興味を引かなかったようだ。

 この時の人々からしても、「ああ、なんかやってるな」くらいの面持ちだったという。

 

「なるほど、あなたの国ではこうして死者を悼むってことなんだね」

「なにしてんだヒンメル?」

「ああ、オスマン、ジョン。笹の船を作っている」

「なんで?」

「楽しそうだからだ」

 

 気づけば、本当に気づけばヒンメルは笹の船を作り始めていた。

 その様子に呆れ顔のオスマン。楽しそうだと加わるジョン。

 それを遠目に見やるデルフリンガー。

 なんていうことはない。くだらない旅の中で作られた一節だ。

 

 その日の夜、タルブの川の端で、静かに灯篭は流されていく。

 最初は「何が楽しいんだ?」といった風情で見ていたオスマンだが、暇ということもあってここまで付き合っていた。

 隣では、同じくジョンも灯を乗せた笹の葉を流していく。か細くも確かに存在を主張する(ともしび)の群れは、ゆらゆらと揺蕩いながら流れていく。

 

「ほぉー、こうしてみるとなかなかに綺麗じゃないか」

「だね、幻想的というか、心に沁みるというか」

 

 オスマンの感心した声に、同調するヒンメル。

 彼はやがて、佐々木氏の表情に顔を向ける。

 佐々木氏は……どこかしら疲れているような顔をしていたからだ。

 ヒンメルが「具合が悪いのかい?」と尋ねると、佐々木氏は目をつむって静かに首を振った。

「……いや、少し昔を思い出していただけのことだ」

 そう言って、佐々木氏は続ける。

 

「わしは戦の途中でここへ来た。前にそれは語ったな」

 流れていく灯篭の光を、瞳の中に宿しながら。

 

「……未だに心の中で、罪悪感があるのかもしれんな。果たして、『わしだけこんな幸せな余生を送ってもよかったのか』と」

 笹の船を流しながら、懺悔のように続ける。

 

「皆、御国のためと散っていった。わしより若き隊員が、我先にと空で命を落とす光景も何度も見てきた。このような安寧な生活は、彼らにこそ相応しいのではないのか。なぜわしだけ、生き残った……」

「ササキ殿……」

 

 今の佐々木氏の顔は、悔恨の二文字が浮き出た顔を、皺に刻んでいた。

 

「夢を見るとな、昔の事ばかり思い出すのだ。可愛がっていた後輩、気兼ねなく杯を重ねた同輩、厳しくも時にお目こぼしをしてくれた先輩。彼らが夢の中で問いかけるのだ。『佐々木よ、なんでお前だけ死んでないんだ? どうして一緒に来てくれないんだ』と……」

 そこまで言うと、佐々木氏は自分の両腕を抱きしめて、震え声で何度も謝った。

 戦争PTSD(心的外傷後ストレス障害)……、戦争によって負ったトラウマ。仲間だけ死んで、自分だけ生き残って。

 その悔恨は、容易に消えるものじゃない。戦の中で刻まれた心の傷は、そう簡単に癒えることはない。

 

「すまない、みんな、すみません、上官……私……、私一人だけ、この地で無様に生きながらえて……、私は……!」

 そんな佐々木氏を、彼の妻がやさしく抱きしめた。

 夫の震えは、妻の抱擁でゆっくりと戻っていく。この症状は、これが最初ではないらしい。慣れている対応だった。

 

「あなたの気持ちも分かります。俺もそうでしたから」

 ややあって、そう言ったのはジョンだった。

 彼もまた、空から地上から注がれる弾丸や爆撃の嵐の中を、必死になって生き延びてきた。

 中には自分を庇って肉の塊になってしまった戦友もいた。一緒に故郷や恋人について楽しく語り合った人の手足が転がってきた時、ジョンはもう『これ以上戦えない』と、はっきり自覚したのだという。

 

「私だってそうです。家族を置いて、私だけ生きながらえてしまった。だから、あなただけ自分を責めないでください」

 佐々木氏の妻も、そう言って夫を強く抱き寄せた。

 彼女もまた、魔族から逃げる上で大事な家族を置き去りにしてしまった。そのことに対して、思うところが無いわけではない。ずっと心の中で抱える傷だった。

 

 ジョンと佐々木夫妻がそうやって互いを慰め合う中、おもむろにヒンメルは言った。

 

「多分だけど、ササキ殿。貴方自身が『忘れたくない』から、このような催しをしたいと思ったのかもしれないね」

「……ヒンメル殿?」

「今挙げた人たちは、まぎれもなく貴方の中の拠り所だった大切な人。だからこそ生き残ってしまったことに対して罪悪感を抱えている。『忘れられない』んじゃなくて、『()()()()()()』んだ。その想いが、この船という形となって、催しとなった。それはとても素晴らしくて、素敵なことだと思うよ」

 

 ヒンメルの言葉に、佐々木夫妻も、ジョンも、家族を亡くしたオスマンさえも、耳を傾ける。

 

「だから僕も、精一杯の祈りをこの笹の船に込めようと思う。旅の中で『天国』へと旅立っていった人々に向けて。『忘れない』という気持ちをどこかで思い出す日もまた、必要になってくるだろうからね」

「……たまーにお前、良いこと言うよな。その口は自己愛(ナルシシズム)以外吐き出さねえのかと思ったぜ」

 

 オスマンの軽口に、「たまには僕だって良いこと言うさ」と、笑って返すヒンメル。

 

「続けていこうよササキ殿。『過去を思い出す』という日を作り出すことを。僕もこの日になったら、またここで笹の船を浮かべるからさ」

「……わしがいなくなっても、続くだろうか」

「続くさ。だって『亡くなった人』を想う日なんだから。その確かな意思が込められた行事は、絶対に忘れ去られることはない。貴方の御国だって、忘れられてないから連綿と続いてきたのだろう?」

 

 

 忘れたくないことを、遠くへ追いやらないように。

 佐々木氏はその言葉を聞くと、手に持った笹の船を流し。手を合わせて目をつむった。

 瞳の裏で住み続ける者たちへ、祈りを捧げる。

 

 

 太平洋の海戦、身寄りがいなかった自分にとって、そこで一緒に馬鹿をやれた周囲こそが家族であり、友人だった。

 戦場でいつでも散ってよかった自分が生き残って、家族や恋人がいた周りだけがいなくなった。

 そんな自分がこうして家族を作り、故郷を作った。そのことに対する罪悪感は、恐らく一生消えることが無いだろう。

 だが……、

 

「ありがとうございます。ヒンメル殿。貴方の言葉で、少し胸のつかえがとれました」

 

 心底嬉しそうな声で、そう言うと佐々木氏は目を見開きそう言った。

 灯が灯った笹の船は、波に揺れてゆったりと向こうへ消えていく。か細い明かりはどんどん奥へ奥へと小さくなる。

 

「『忘れたくない日を作る』。そうですな。彼らの分まで、私は精一杯生きて行こうと思います」

「その意気さ、ササキ殿」

 

 ヒンメルはそう言って、また笹の船を流す。

 周囲は、何をやっているのか不思議そうな顔で、こちらを見始めていた。

 

「じゃあおれも、死んじまったとうちゃんかあちゃんに祈りでも捧げっかな」

 オスマンも、そう言って笹の船を流す。

 

「僕も。一緒に戦ってくれた友や先輩、上官たちに向けて」

 ジョンも、一緒になってそれに倣う。

 

 その頃には佐々木夫妻が、村の人達にどういう事情かと色々話していた。

 やがて、その行事を興味深そうに聞いていた、当時のタルブの村長が、深く頷いた面持ちで、

 

「わしも混ざってよろしいですかな? コボルト被害で亡くなった姪を、しっかりと弔いたいのです」

 

 そう言って、まだ余っていた笹の船を手に取って流す。

 ヒンメル達が来るまでコボルト被害に悩まされた、亡くした人がいる村人たちは、これを機にと彼らに倣う。

 

 タルブの大草原の中、大きな川の中で流れる灯が、蛍のように淡い光を放って流れていく。

 死者を悼む行事だというのに、ある種の幻想的な美しさを誇る彩りが、そこには確かに作られていた。

 

「……ヒンメル殿」

「なんですか?」

 

 行事が終わって、後片付けもきちんとみんなで終えて。

 この日を終えようと各々帰路についていた。その最中、佐々木氏は言った。

 

「妻は言っておりました。『コボルトの大軍から我らを救ってくれる人は、かつて一度世界を魔王の手からも救った救世主』だと」

「奥さんの未来視は本当にすさまじいね」

「生憎とわしの住む国に、魔王なるものはおりませんでしたが……妻がそう言った理由、それが分かったような気がします」

 佐々木氏は、深く頷いて夜空に浮かぶ二つの月を眺めた。

 

「まっこと、勇気ある武士ちゅうのはおはん(あなた)のことをいうのじゃんそなあ」

「そうだね、僕もきみに助けられたわけだし。きみのような者を『HERO(ヒーロー)』と言うのだろうね」

 

 日本人と米国人。

 異世界の二人の人間でさえ、勇者ヒンメルをそう称したのが、デルフの中に確かに残っていた。

 

 

「……ってか、さっきすげえ訛ってたな、ササキのおっさん」

「わしの生まれ故郷(さと)方言(ちご)でもす」

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「……ってなこともあったな」

 

 時は再び、現代に戻る。

 

「その後ササキのじいちゃんはヒンメルをめっちゃ気に入ったみたいでな。剣や武芸とかいろいろ教えていたのも思い出したぜ。ヒンメルのやつ、わざわざ道着を着てな」

「あー、だから銅像のヒンメルは道着姿だったんだ」

「『道着姿を着た僕もイケメンだろう?』とかほざいてたよ。……これは思い出さなくても良かったかな」

「そうだね」

 

 だが、教えを乞う時のヒンメルはきちんと、礼節を持って佐々木氏の教えを受けていたらしい。

『剣』はいたずらに人を傷つける道具にあらず。高潔な精神にこそ武芸の道の神髄だとか諸々。

 彼のそういう謹直な態度もまた、佐々木氏が気に入った点だと言っていた。

 

 

「ずっと眠ってたから、もうやってねえのかと思ってたけど……、まだ続いてたんだな」

 デルフは思うような声で、幻想的な光景を生み出すタルブの川を眺めていた。

 当時は『送り火』だった名称が、時が進んで『灯篭流し』と呼ばれるようになって。でもその仔細は変わらず、今も続いている。

 

「ここでも、ササキのじーさんとヒンメルの想いは、確かに受け継がれているってこったな」

「……本当に、立派な方なのですね」

 

 隣で聞いていたシエスタはもう、深い気持ちで何度も頷いていた。

 なんかもう、会ったことも無いヒンメルに惚れそうな勢いだった。というより、惚れているのだろう。

 

「そうね、確かにこうしてご先祖様の想いは残っているってことだもの。すっごい人だったのね」

「そうだね。曲がりなりにも二回、世界を救った勇者だからね」

 

 フリーレンも、どこか誇らしげな笑みを浮かべていた。

 さて、ルイズの隣では、ジェシカが笹の葉の蝋燭に火をつけている。

 やがて、彼女は真剣な表情で笹の船を流し始めた。そして、目を瞑って両手で手を合わせる。

 

「なにしてんの?」

「死んじゃった母さんに向けてね」

 ジェシカの言葉に、ルイズは少し怯んでしまった。

「……病気?」

「ええ。まあもう、ずっと昔の事だけど、手を握ってくれた温もりは今でも覚えているわ」

 そう言うと、隣でまだ祈っている巫女服のスカロンに目を向ける。

 

「みんなオカマだっていうし、否定はできないけど、あれでも強くてやさしい、良いパパなのよ。お母さんが死んじゃった時、泣き喚くわたしに向かって『じゃあパパがママの代わりも務めてあげる』って、言い出したのがきっかけなの」

「それがあのトレビアンってワケ?」

 ルイズの問いに「そうよ」と、ウインクして返すジェシカ。

 

「ねえ、ルイズって家族はみんないるの?」

「……うん」

 

 ちょっと前、次女があわやという危機に陥ったけど、今はもう回復の兆しを見せているし。

 ルイズはここで、この旅は「身体の弱い次女を治せる薬を作るための旅」ということを、改めて伝える。

 

「へー、お姉さんのためにか。いいじゃないそういうの。素敵だわ」

「そ、そう?」

「そうよ」

 ジェシカの言葉に、ちょっと頬を染めるルイズ。

 平民とはいえ、こうして褒められるとやはり悪い気はしない。

 

「ルイズ、家族は大事になさいね、あと、シエスタの事、よろしくね」

「……ええ。言われなくとも大丈夫よ」

「あの子は引っ込み思案なところはあるけど、やる時はやる子だし、なんたって強いからね。わたしでも一回も勝てなかったくらいだもの」

「まあ、なんとなくそれは分かるわ」

 実際にその実力を目の当たりにしたルイズは、何度も深く頷くのだった。

 

 

 そうする合間に、最後の一艘。

 フリーレンはここで、シエスタの父からより大きい笹の船の灯篭を受け取る。

 

「これは?」

「この前訪ねてこられたオールド・オスマンからです。『わしの代わりに流してやってくれ』と、仰ってました」

「んだよ、てめーで流しにくりゃあいいじゃねえか」

 デルフの軽口を聞くと、「『生憎と、お前と違ってこっちは忙しいんじゃ』と返すように仰られてました」というシエスタの父の伝言に、「ケッ」とデルフ。

 

「いいよ。オスマンの分も込めて流しておくよ」

 

 フリーレンはそう言うと、袖をまくって最後の一艘を流す。

 やがて、蝋燭は勝手に灯る。魔法の蝋燭のようだ。

 

 

 火の色は、ヒンメルの髪色と同じ、青の色合いだった。

 

 

「オスマンなりの弔いなのかな」

 フリーレンの言葉に「だろうな」と、デルフは返す。

 

「ご先祖様はよく、こうして船を見送ったそうよ」

 

 スカロンはそう言って、目を瞑って両手を合わせる。

 フリーレンも、何とはなしにそれに倣う。

 ルイズも、シエスタも、ジェシカも、アニエスも。

 

 

 

 かつて災厄から世界を救った勇者に、確かな祈りをその手に込めて。

 青の灯火は、ゆったりと川へと流れて見えなくなっていく。でもその鮮やかな色合いの明かりは、この場にいる全員の目の裏に、確かに残っていた。

 

 

 

 次の日の朝。

 

 まだ巫女服を身に纏ったフリーレンたちは、最後にシエスタの家の奥にある神社、そこで祀ってあるヒンメルとジョン、佐々木氏の像に向かって、拝礼する。

 

 軽く一礼をして、さらに深くお礼をして、両手を合わせて拍手を二回。

 結びにもう一度、深い礼をして彼らの銅像に感謝の意を送る。

 

「『二礼二拍手一礼』っていうらしいのよ。これも代々ウチで続く作法なんだってさ」

「勉強になったよ」

 

 巫女服のフリーレンは、にこやかな顔でヒンメルの銅像を見上げた。

 ルイズもまた、武器以外でサイトの世界……「日本」という国に、興味を持ったような顔をしていた。

 

(また会えたら、その時はサイトに色々聞いてみよっと)

 

 その前にまず、お礼を言わなきゃ。

 ちいねえさまを助けてくれたお礼を。

 ルイズは秘かに、もう一人の使い魔となった少年のことを想った。

 

 その日の昼。

 

 巫女服を畳んで返却し、次の旅の準備も進めていた頃。

「シエちゃん、良かったらこれ持っていきなさいよ」

 スカロンはそう言って、シエスタにあるものを差し出す。

 

「え、これって……!」

 シエスタは驚いた。

 それは黒漆の曲刀……『日本刀』だった。

 

「ご先祖様の大切な秘宝にして、かつて災厄を救った勇者も使っていた秘剣。貴方の腕なら、使いこなせると思うわ」

「おいスカロン……うちの娘にそのようなものを持たせるってのは……」

「あら、剣技は本当にすごいのはあなただって分かってるでしょ?」

 

 苦い顔を浮かべるシエスタの父の苦言を、涼しい顔で受け流すスカロン。

 

「そーそー、これから色んなところを冒険するんでしょ? その大剣もいいんでしょうけど、やっぱり昔から振ってた形状の剣の方が、あなただって馴染むでしょ?」

「で、でも……これって勇者様もお使いになられていた剣なのですよね? わたしなんて……」

「いいんじゃないのシエスタ。それで自衛がしやすくなるのなら貰っておくべきだ」

 

 横から、フリーレンもそう言ってくる。次の旅支度を整えているのか、いつもの服装に戻っていた。

 

「で、でしたらアニエスさんとか……」

「師匠の指名を差し置いて自分だけ与ろうなんて思わん。それは貴女のものだ」

 

 アニエスの謹直な答えに、シエスタは改めてジェシカが差し出してくる、ヒンメルも使っていた日本刀を両手で受け取った。

 

 佐々木氏が勇者ヒンメルに受け渡したという剣。デルフ曰く、最終戦のエンシェント・ドラゴンまで彼はずっと愛用していたとのことだ。

 タルブを去って以降のヒンメルは、デルフとこの日本刀を、都度使いこなして立ちはだかる敵たちと渡り合ったとか。

 

 鯉口を切って、軽く刀身を光に晒す。

 すごく煌びやかで、美しい。『固定化』や『硬化』を施し済みとはいえ、こうまで色褪せないものかと思ってしまう。

 

「その剣を活かすかどうかは、全てシエちゃんにかかっているのよ」

 

 そう言うと、今度は渋みのある声でこう続ける。

 

「剣は所詮人斬り包丁。でも勇者様はそこに人の血糊を決してつけることはなかった。どのようにこの剣を扱ったか、常に考えることを止めるんじゃないぞ」

 

 この言葉は、アニエスにも向けられたもののようだ。彼は厳しい視線で、シエスタとアニエスを見据える。

 

 シエスタは一瞬、その気迫に呑まれそうになるも……。彼女ももう決心はついているのか、深く頷いた。

 

「……はい。頑張ってみます!」

 

 一度決意すると大胆になるシエスタは、もう迷わないとばかりに日本刀をしまって、腰に差した。

「御貴族様、フリーレン殿、どうか、うちの娘をよろしく致します」

 深々とお辞儀をするシエスタの家族一同に、ルイズもフリーレンも頷くことで答える。

 

 その日の午後、ルイズとフリーレン、シエスタとアニエスは、タルブを去る。

 次なる流浪の旅が、また始まろうとしていた。

 

 

「ねえ! 見て見てみんな! あれ!」

 最後に、シエスタは高台に上ってみんなに呼びかける。

「なに、どうしたのよ」

「ほらここ! ここならタルブの草原を俯瞰できるの!」

 

 言われた通り、他の三人もシエスタと同じ岩肌に上る。

 そこから見上げる景色は、優美な風が草原を撫でる、波打つ緑の大海原だった。

 

「……綺麗」

「でしょ? 見てよかったでしょ?」

 

 ルイズは思わず、そう呟いた。

 隣のフリーレンは「まあ、そうだね」と、イマイチ理解できなさそうな表情。

 でもルイズ達が楽しそうな顔をしているので、同じく笑みを作ってその平原を見る。

 

(本当に、すっごい花畑。花って、こんなに綺麗に咲くのね……)

 

 タルブの大草原に咲く花畑。

 ルイズの中に、強い記憶となって根付いた瞬間だった。

 




《おまけ》
巫女服のルイズとフリーレン画像はこちらになります。お納めください。
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