フリーレンと旅立って1ヶ月と3日後。
グラモン領、ロベール・バスティーユ。
「美容
「そ、グラモン領付近で咲いている花の一つよ」
ルイズの話では、その花はグラモン領の中でも、きわめて限られた土地にのみ咲くものらしい。
「その名の通りよ。濾して薬にすれば美容に抜群で、肌はつるつる、シワも消えて、髪まで艶やかになるんですって」
「へー、それは興味ありますね」
美容全般的に効果があるという、女性が喜ぶ要素てんこ盛りな要素を聞いて、思わず目を輝かせるシエスタ。
「まあ、他の花と比べると優先度は落ちる花だけどね。本当に美容に効果があるだけだし。後は杖の触媒にもなるってくらいだしね」
かの花は、健康面での効能こそ美容に限られるが、花そのものが魔力を込めやすい性質を持つため、茎や花弁は杖の素材として用いられることも多い。
何を隠そう、ギーシュの使う薔薇状の杖も、もとはこの花を触媒として作られたものだ。
「人間って、よく若さを気にするよね」
そんなことを宣うのは、千年以上を生きるエルフ、フリーレンだ。
不老とさえ思えるほどの瑞々しさを保つ彼女にとって、人間……とりわけ女性が気にする「若さ」への執着は、いまひとつ理解しがたいものだった。
それを聞いたルイズは、ふんと鼻を鳴らして言った。
「千年生きてても変わらない若さを持っているエルフにはどうでもいいかもしれないけどね、こっちは本気なのよ。ちいねえさまにもずっと綺麗でいてほしいし」
タルブを去ってから、馬車を使ったり相乗りをしたりしながら旅を続けてきたルイズ一行が、ここグラモン領でもっとも活気ある街にたどり着いたのは、ついさっきのことだった。
百年以上前までは、領地拡大の急先鋒としてあらゆる戦地で名を馳せたグラモン家。
しかし現在は(主に借金の影響もあるのだが)、比較的穏やかな姿勢に転じ、人々の往来や交流も、ヴァリエール領と同じくらい活発で温和な土地となっている。
かくして領地への立ち入りを許されたルイズたちは、限られた土地にのみ咲くという魔法花を求め、この街へと足を踏み入れたのだ。
「どうせ次なる地、ラ・ロシェールに行くついでよ。基本的にフネは『スヴェルの夜』の次の日じゃないと出ないし、その日が来るまではまだ時間があるからね」
一度アルビオンへ渡ったことのあるルイズが、したり顔でそう言った。
なんでも、月夜が重なるその夜の翌朝が、もっともアルビオンが近づく時期なのだという。
逆に言えば、それ以外の時期は基本的にアルビオン行きの船便が極端に少ない。
つまり、運賃が跳ね上がるということだ。動力源である『風石』を節約しようとする船乗りが多いからである。
まったく渡れないわけではないが、法外な値を吹っかけられる可能性は高い。
だからこそ、アルビオンへ向かう際は時期を慎重に見極めなければならない。
すでに手紙を送り予約は済ませてあるものの、この時期に人数分の切符を揃えるとなると、かなりの出費は覚悟せねばならなかった。
「どの道まだ時間はあるし、だったら寄り道したって構わないでしょ?」
「いよいよアルビオンへ向かう感じなんですね」
「『風雲花』もそうだけど、アルビオンには色々治療によく使う魔法花があるのよね。できるのなら向かいたいわ」
それに、フランメの手紙に記されていた地図の印。その一つはアルビオンを指していた。
『聖地』云々はさておき、フリーレンにとってもアルビオンへ向かう理由は、確かに存在する。
この主従二人が目的地をアルビオンに定めている以上、空の大陸へ渡ることは、いずれ避けては通れない道なのだった。
「ま、そんなわけだから、少しはのんびりしよう」
街でも評判の宿に荷を下ろしながら、フリーレンはそう言った。
見栄えをことさら重んじるグラモン領らしく、一等地にある宿ともなれば、家具の一つ一つまで小綺麗に整えられている。
とはいえ、ルイズからすれば「どこかちぐはぐで落ち着かない」と、辛口の評価を下すのだが。
「まったく、ちぐはぐなのはシャツだけにしてほしいわね」
いつもフリルのついたシャツを気取って着こなす同級生の顔を思い浮かべながら、ルイズはそう呟いた。
「美容
「あ、でしたら『ガルニエ座』へ行きませんか? そこのお芝居を、一度見てみたかったんです!」
時間が取れると聞くや否や、シエスタは目を輝かせ、両手を胸の前で合わせた。
この街の中心には、豪奢な劇場がそびえ立っている。
首都トリステインにも『タリアージュ・ロワイヤル座』という名高い劇場があるが、それと肩を並べるとまで評されるほど華やかな建物だ。
その芝居を観るためだけに、地方からはるばる足を運ぶ者もいるという。
シエスタもまた、その一人なのだろう。
「劇場ね……」
ルイズは一瞬、いかにも興味がなさそうな表情を浮かべた。
アニエスもまた、いまひとつ要領を得ないといった面持ちだ。
フリーレンに至っては、「うーん」と曖昧に唸るばかりで、相変わらずの無表情。
味方がいないと悟ったシエスタは、ジェシカ直伝「いいじゃないですか」攻撃を繰り出すことにした。
「いいじゃないですか、いいじゃないですか! こういうのも旅の醍醐味ですって! ねえ、みんなで一緒に行きましょうよ! ねっ!」
「まあ……シエスタがそこまで言うなら、私は別にいいけど」
最初に折れたのはフリーレンだった。
そこからさらにシエスタの猛攻に押され、ルイズも渋々といった様子で頷く。
「分かったわよ。あんたがそこまで見たいって言うなら……まあ、行ってみましょっか」
「じゃあ、私はその間に旅の必需品でも買っておこうか?」
「だーめ! アニエスさんも行くの!」
遠慮から口にしたアニエスの提案を、シエスタは文字通りばっさりと切り捨てた。
こうして、メイド一人の趣味に三人が巻き込まれる形で、一行はガルニエ座へと向かった。
幸い今日はそれほど混み合っておらず、並ぶことなく全員分の切符を購入することができた。
開場まで少し時間があったため、ルイズはまず劇場前の噴水広場へ向かう。
その周囲の庭に咲く美容
この花はグラモン家が積極的に栽培していることもあり、平民の間でも売買されることは珍しくないという。
これで、ルイズ目的はひとまず達成されたことになる。
噴水広場には、ギーシュを思わせる身なりの男が二人、気取ったポーズを決めているという、どこか珍妙な像が立っている。
ルイズが何とはなしにその像へ目を向けた、その時だった。
「あれ、ルイズじゃないか!?」
驚いた声が、ルイズに向けて投げかけられた。
彼女は思わず立ち上がり、声のした方へ振り向く。
そこに立っていたのは、この地を治める領主の息子、ギーシュだった。
「ギーシュ! あんた、帰ってたの?」
「ああ、夏休みだからね。ぜひとも麗しのモンモランシーに、我が領地きっての名物を見せてあげようと思ってね――――」
「余計なことまで言わなくていいの」
ギーシュの背後から、モンモランシーがひょいと顔を出す。
「なによ、あんたたち、結局よりを戻したの?」
ルイズは呆れたように言った。
その場にルイズはいなかったが、マリコルヌと決闘騒ぎを起こした際、モンモランシーが「もう絶交よ」と言わんばかりの平手打ちを食らわせた……と聞いているが。
「そりゃあもう、何度も何度も謝り倒したさ。そうしたら、モンモランシーが寛大にも許してくれてね」
「欲しかった魔法薬や花の素材を全部負担するって言うから、渋々ながら許してあげただけよ」
その総額は百エキューにのぼるが、それは当人たちのみぞ知るところである。
ギーシュ自身も相当葛藤したようだが、あれだけのことをしてしまった負い目もあって、最終的には受け入れたらしい。
「で、あんたたちは何しに来たの?」
「とりあえず、今はこの劇場を見に来たわ」
旅の本当の目的を話す気はなかったルイズは、簡潔にそう答える。
「ほう、そのためにわざわざぼくの領地まで? ちょうど良かった。ぼくもモンモランシーと、これから劇場へ向かうところなんだ!」
「ちょ、ギーシュ! 別に言わなくてもいいじゃないの!」
ギーシュはそう言うと、中央に立つ像に負けないくらいの大仰なポーズをかまし、ルイズ達に告げる。
「きみたちもどうだい? せっかくだし、ぼくの顔に免じてタダで見せてあげるよ!」
「別にいいわよ。切符ももう買っちゃったし」
「まあまあ、そう固いことを言わず! こういうのは、みんなで観た方が楽しいじゃないか!」
能天気な調子でそう言うと、ギーシュはさっさとガルニエ座の中へ入っていく。
モンモランシーは心底呆れたようにため息をつきながらも、渋々その後を追った。
一方、立ち止まったままのルイズは、ギーシュに借りを作るのがよほど嫌らしい。
「いいじゃん、ルイズ。タダになるんだし。ギーシュの好意に甘えようよ」
「えー、あんたまでそんなこと言うの、フリーレン?」
「ミス、わたしもフリーレンさんに賛成です。お金は使える時に取っておくべきです」
「これから必需品も買わねばならんのだろう。費用が浮くのは悪いことではあるまい」
三人からやいのやいのと言われ、ルイズもついに折れた。
結局、渋々ながらギーシュの好意に甘んじることにしたのだった。
こうしてルイズたちは、購入した席とは別に、ほどよく全体を見渡せる特等席へと案内された。
「なんて劇なの?」
フリーレンがシエスタに尋ねる。
「『アルマン・ド・グラモンの冒険譚』。
「そうそう! ぼくの遠いご先祖様、アルマン・ド・グラモンがかつて成し遂げた偉業を、歌にしてまとめた作品さ! クオリティは保証するよ! 少なくとも『トリスタニアの休日』よりはずっとね!」
ギーシュは胸を張り、からからと笑った。どうやら先祖自慢をしたくて、積極的に誘ったらしい。
ギーシュの話によれば、はるか昔にアルマンという騎士が存在し、各地を旅して数々の功績を挙げ、最後には世界を救ったという。その物語を歌劇に仕立てたものだという。
「何よりすごいのは『ノンフィクション』であることさ! アルマンは実在した流浪の騎士でね、我が家では誰よりも立派な勇者だったと語り継がれている! もちろん多少の脚色はあるけれど、そんな偉大な先祖の活躍を、ぜひ心ゆくまで堪能してほしい――――」
「あの、劇が始まりますので、お静かに願えますか?」
徐々に熱を帯びていくギーシュだったが、隣席の客がやんわりと注意した。
見れば、周囲の観客が一斉にギーシュへ視線を向けている。
いかに領主の息子とはいえ、節度というものがある。そんな無言の非難が、静かな空間に満ちていた。
「はい……」
やがて、しょぼしょぼと肩を落としたギーシュは席に腰を下ろした。
ルイズやモンモランシーたちは、なるべく自分たちは無関係だと言わんばかりに、さりげなく視線を逸らす。
そうこうするうちに、劇は幕を開けた。
なるほど、ギーシュが太鼓判を押すだけのことはある。
クオリティは決して悪くない。歌も相当練習を積んだことが窺えるし、演技も棒読みではなく、それなりに真に迫っている。
……まあ、ポーズがやたらと凝っているし、それを見せつけるような脚本には若干のうざったさを覚えるが。
見られないほどではない。ルイズはそう結論づけた。
この歌劇は三幕で構成されているらしい。
第一幕は、幼いアルマンが伝説の騎士を目指して家を出る場面。
そして第二幕は、彼が出会った『とある平民剣士』との決闘シーン。
決闘といっても、実際に役者たちが剣戟を交えるわけではない。
歌いながらイケメン然としたポーズを取り合うという、正直よく分からない演出が、たっぷり二時間続くのだ。
ここまでそれなりに楽しんでいたルイズも、さすがにこの『薔薇色』の寸劇を延々と見せられ、次第に呆れ顔になっていく。
モンモランシーに至っては、すでに夢の世界へと旅立っていた。
シエスタも、この章にはあまり興味がないらしく、必死にあくびを噛み殺している。
アニエスは頬杖をつき、静かに眠気と戦っていた。
心から楽しそうに、うんうんと頷いているのは、ギーシュただ一人である。
(どうだい、ミス・フリーレン。この歌劇の肝ともいえる場面さ。役者のクオリティも見事だろう?)
思わず、そんなことを隣のフリーレンに囁きかけるギーシュ。
彼女だけがじっと舞台を見つめていたため、自分と同じように熱心に鑑賞しているのだと思ったのだろう。
正直なところ、フリーレンに歌劇の良し悪しが分かるような繊細な回路は備わっていない。
だが、彼女がずっと視線を外さなかったのには、別の理由があった。
(なんか既視感があるな……って思ってたけど、今わかった)
先ほどからアルマン役と張り合う『平民剣士』を演じる役者を見据えながら、フリーレンは内心で呟く。
その男の取るポーズの一つ一つが、ヒンメル考案の『イケメンポーズ集』に、どこか似ていることに気づいたのだ。
「ふぁああああ……」
結局、途中で眠ってしまったルイズは、ちょうど今になって身を起こした。
目を覚ました頃には、歌劇はすでに終盤に差しかかっている。
起きたのは、第三幕の丁度クライマックス……『友人の剣士に後を託し、アルマンが悲劇の戦死を遂げる』場面だった。
とはいえ、そうなるまでの流れをまったく把握していないため、いまひとつ感情移入はできない。
隣では、シエスタがハンカチで鼻を押さえながら、ぼろぼろと涙をこぼしていたが。
やがて歌劇は、『アルマンの死を乗り越えた剣士の友が、巨悪(劇中ではドラゴンの模型だった)を討つ』という展開で幕を閉じる。
最後まで貴族が活躍せず、後を平民に託すという、やや異色の構成だ。
だが、その点がかえって平民層には好評らしい。
「アルマンという方、本当に素敵な騎士だったんですねえ……!」
さっきからシエスタは目を真っ赤にし、鼻をすすり続けている。
感動できていいなあ。ルイズは遠い目でそんな彼女を見つめる。正直、第二幕があまりにもつまらなさすぎた。
「もうちょっとポーズ合戦を短くすればいいのに、あれは長すぎるわよ」
「いやあ、あれでもだいぶ削ったんだけどね。初演の頃は十時間近くあったんだ。客席が暴動寸前になってから、今の形に泣く泣く縮めたのさ」
笑いながら、ギーシュはそう答える。ルイズは顔を青くした。
そんな長時間あんなポーズ合戦を見せられるんだったら、自分だったら席を立つ。間違いなく。
「なんであんなつまんないのにこだわんのよ」
モンモランシーも、うんざりした口調でぼやく。
「仕方が無いさ。あれだけは忠実にしようって仕来りがあるほどなんだから。というか、実際は十時間どころじゃすまなかったらしいよ。丸二日やりあったって噂もあるくらいなんだから」
「はぁ……? 馬鹿じゃないの? あんたの御先祖様も、それに付き合った剣士とやらも」
「そうだね、流石のぼくも二日は嘘だろうと思っているけど、まあ十時間ならありえそうだなーと思って……」
「いんや、二日と五時間だ」
ここで、ギーシュの声を遮るように、デルフが言った。
「おわ! なんだその剣? 喋るのかい?」
「へー珍しい。インテリジェンスソード?」
初見だったギーシュとモンモランシーは、デルフを見て思い思いにコメントを残す。
「まあ、そんなものよ」とルイズ。
「それより、さっきのってどういうこと?」とフリーレン。
デルフはさっきまで寝ていたのだが(歌劇中は当然ながら持ち込めなかったので別室の物置で熟睡していた)、どうやら今起きたらしい。
「アルマンの
「……ルイズ、その剣はいったい何なんだい?」
さすがに気になったのか、ギーシュがルイズに問いかける。
ルイズは小さくため息をついた。説明しないわけにもいかない。
「この剣はね、かつて古代竜戦で活躍した剣士が使っていたものよ。当時、その剣士と共に戦った『生き証人』みたいなものよ」
「はあ? この剣が? 冗談でしょ!?」
案の定、モンモランシーは疑わしげに目を細めるが……。
「いいの? 学院長オールド・オスマンとも旧知の仲なのよ。この剣の言葉を疑うってことは、『賢者』と称される学院長の言葉も疑うことになるけど?」
「うぐ……」
学院長公認とあっては、モンモランシーも強くは出られない。
いまだ半信半疑ではあるものの、反論の糸口を失った彼女は、唇をきゅっと結ぶしかなかった。
「へえ、そうなんだ……って、ちょっと待ってくれたまえ。今『嬢ちゃん』って言ったかい? ぼくの知るアルマン殿は男性のはずだが……」
「いんや。あいつは女だった。本人がそう名乗ってたぜ」
「だ、だって、あの像だって――」
「時として真実は虚構に歪められるもんだ。そもそもアルマンは、女であることを隠して旅していたらしいからな。つまり……うまく隠し通せたってことだろ」
デルフは想うような声で、噴水広場にある像……、二人の美男子がポーズを決め合っている、阿呆のような銅像に目を向けた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それは、ジョンと出会う以前のこと。
ヴァリエール領を抜け、新天地を目指して旅を続けていたヒンメルとオスマン、そしてヒンメルの肩に担がれていたデルフリンガーは、後に『ロベール・バスティーユ』と呼ばれることになる、当時はまだ名もなき村へと辿り着いた。
当時はまだどこの領地にも属していなかったその村は、亜人の襲来や戦乱とも無縁で、のんびりとした日々が流れていた。
一つ、この村独自の風習として『始祖に捧げる踊り』という、祭りがあった。
日々を不自由なく暮らせるのは、始祖ブリミルがこの地に降誕した加護あってこそ。
そう信じていた当時の村人たちは、折に触れて始祖の偶像に貢ぎ物を捧げていた。
だがある日、何も捧げる物を持たぬ貧しい青年が現れる。その青年は、「ならば代わりに熱意を捧げよう」と、広場で熱心に踊り始めたのだ。
いつしか貢ぎ物は物品ではなく『踊り』そのものへと変わり、こうして始祖を祝う祭事が自然に根付いたこの地で……ヒンメルは『その者』と出会った。
「ふふっ! どうだい! この動き、このポージング! 今夜ばかりは始祖もぼくに見惚れることだろう!?」
その村人の中心に混ざって、一人の人間が熱心にポージングを、惜しげもなく披露していた。
ブロンドの巻き髪にフリルのついたシャツ、黒ズボンという奇妙な出で立ちの美青年。
そんな彼は、口に一本の薔薇を咥えて、始祖……というよりは村人たちに向けてその美を披露している。格好はキザの極みだというのに、なまじ顔立ちは整っているだけに余計に質が悪い。
きゃー! アルマンさまー!
こっちを向いてー!
そんな女性からの熱い声に、アルマンは巻き毛の金髪を撫でつけながらもこたえる。
足をすさっ! と組み換え、腕を広げて薔薇の杖を軽く一振り。『土系統』なのだろう。銀粉がキラキラと夜空の月光に舞う。
格好はキザでも、演出だけは本物なので、村人……特に若い女性たちから黄色い声を集めていた。
綺麗だわぁ! アルマンさまぁー!
すてきよぉー!
アルマンが女性の声にこたえるたび、黄色い声はどんどんと強くなるばかり。
「かぁーっ! なんだアイツ! 反吐が出るほどウッゼエ野郎だな!」
それを見たオスマンはもう、本物のゲロを吐きそうな勢いで舌を出す。
「まあ、気持ちは分かるぜ、顔立ちが整っているのにあのシャツが色々台無しにしていらあ」
デルフも思うところがあるような声を出した。顔立ちは本当にイケメンと言っても差し支えないのに、なんか残念だ。そう思わせる立ち振る舞いだった。
「あーあ、この村の女共はみぃーんなあいつに取られちまってるよ、はぁ……せっかく酒場で楽しもうと思ったのに」
「お、今度は二回転ぐらいするか?」
「うっせえぞデル公。レディの一撃で宙を舞うくらいなら本望よ。剣のてめーにはわからねえかもしれねえがな」
軽口を叩き合う一人と一本。
そんな中、ヒンメルはというと……。
「……素晴らしい」
「「は?」」
「あれほどまでに独創性に溢れたポージング、大胆な振り付け、繊細な足さばき、魔法の使い方……全てがパァァァフェクトだ」
「おーい、頭大丈夫ですかぁヒンメルさぁん?」
だがもう、ヒンメルはブツブツと呟きながら、その足を気障に踊っている美青年の元へと向けて歩いていく。
「負けられない……! 同じイケメンとして、それを惜しげもなく表現する者として、負けられない戦いが、ここにはある!!」
ヒンメルはこれ以上ないくらいに真剣な表情をにじませながら、美青年……若きアルマンのところへと向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「え? ヒンメルってバカなの?」
「バカだぞ。っつか、あの時が一番特にバカだった」
放心していたルイズの問いに、デルフは無情に返す。
「あー……でも、ヒンメルならやりかねないな……」
ヒンメルの人となりを知るフリーレンは、彼女にしては珍しく、やや困ったような顔でそう呟いた。
常に頭の片隅で『イケメンポーズ』を研究しているような男だ。同じ匂いのする人間に、思うところがあったのかもしれない。
ヒンメルならやりかねない。
「じゃああの像は、勇者ヒンメルと騎士アルマンの愉快な踊りを再現したもの、というわけか」
アニエスは噴水広場に鎮座している銀色の銅像に目線を向ける。
銅像の形状は、今のギーシュそっくりのような二人の美男子が、負けじとばかりに踊っている姿。先程歌劇で嫌というほど見せてきたワンシーンをそのまま像として飾っているらしい。
どちらもヒンメルが着ないようなダサいフリルシャツに巻き毛の髪型ということもあって、フリーレンたちは誰もこの銅像がヒンメルだと思ってなかったのである。
ネームプレートも『誇り高き英雄アルマンと、名もなき友人』と書かれているので、尚のこと分からない。
「いいの? フリーレン。あんた、勇者ヒンメルの姿をあんな……ギーシュみたいな姿に魔改造されちゃってるみたいだけど」
自分の曽祖父サフランはきちんとヒンメルの特徴をとらえていた像を立てたというのに。グラモン家の作り出したヒンメルはこのザマなのだ。
思うところはあるのでは? とルイズは思っていたのだが、当のフリーレンはそこまで気にしてない表情。
「別に、時間が経てば詳細な姿なんて忘れられていくものだ。そこは私の世界も例外じゃないよ」
特に『帝国領』では、英雄への敬意が強すぎるあまり、ヒンメルがムキムキのおっさんになったりだとか、フランメに至っては男性になってたりするわけだし。
「それよりも、こうしてヒンメルの功績がきちんと残っていてくれる方が、私にとっては嬉しいかな」
時を経るにつれ、この剣士の仔細は曖昧になってしまったようだが、それでもこうして、ギーシュの領地でもヒンメルの像は残っている。
そう思うと、どこか誇らしげな表情をフリーレンは浮かべていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
当然ながら、突如やってきたヒンメルに、村人はおろか、気分良く踊っていたアルマンですら、呆気に取られていた。
「な、なんだねきみは……?」
せっかくの踊りに水を差され、不機嫌な口調でヒンメルを見るアルマン。
そんなアルマンに対し、ヒンメルは同じようにイケメンポーズを返すことで応える。
足をすさっ! と組み換え、髪を優美に靡かせ、くるりくるりと回転して、マントをたなびかせる。
締めに人差し指と中指を立てて、さりげなく歯の煌めきを見せながらフッと微笑む。それだけで女性陣からの黄色い声が、ヒンメルにも殺到する。
きゃあ! なにあの剣士サマ! すっごいイケメン!
アルマン様も悪くはないけど、やっぱりあのシャツがねえ……。
でもあの青髪の人も、剣がイマイチよね。もっと良い剣使ったらいいのに……。
そんなざわめきがそこかしこに広がる中、広場の熱気は最高潮に達していた。
なにせ、旅人とはいえ『メイジ』に真正面から喧嘩を売る平民が現れたのだ。
この先どうなるのか。それを見届けようと、民衆は沸き立った。
……ちなみに、この光景を少し離れた場所から眺めていたオスマンが、「くたばれ」と低く呪詛を吐いていたことは、ここだけの話である。
「……なるほど、その構え、その動き、その所作。見事というほかない」
一方、ヒンメルの動きを見たアルマンも、彼のポージングに評価はしつつも、「だが!」と力強く発言しながら目を見開く。
「それはこのぼく、アルマン・ド・グラモンに対する挑戦状と受け取った。そこから逃げるは貴族にあらず。よかろう、決闘だ!!」
薔薇を模した杖を高々と掲げ、アルマンは堂々と宣言した。
その声に、広場はさらに沸き立つ。
まさかこの村で、貴族による正式な決闘宣言が行われるなど滅多にないことだ。
……ちなみに、この光景を少し離れた場所から眺めていたオスマンは、いつの間にか地べたに寝転がりながら、「はよ終われ」と力なく呟いていたのは内緒である。
一方、決闘の申し出を受けたヒンメルは、アルマンの意図を察したのか、口元ににやりと笑みを浮かべた。
「決闘か。……勿論」
「そうだ、ここまできたらもう、引き下がれん。心行くまで楽しもうじゃないか」
アルマンは薔薇の杖を一度、口元にくわえ、ゆるやかに引き抜くと、再び天へと掲げた。
対するヒンメルも、『彼』に似た所作を取りながら、しかしどこか自分流に洗練させたポージングを決める。
ここから先――丸二日と五時間にも及ぶ『始祖への舞踏』が繰り広げられることになる。
もっとも、当の二人の胸中にあったのは信仰心でも芸術性でもなく、『ただ互いに負けたくない』という、意地と意地のぶつかり合いだったのだが。
それでも、二人にとって負けられない戦いが、そこにはあった。
オスマンはそっぽを向いて、いびきをかいて寝始めた。