使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第74話『歌劇 アルマン・ド・グラモンの冒険譚②』

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 それからというもの、ヒンメルとアルマン――二人の本気の舞踏は、昼も夜も途切れることなく続いた。

 二人とも時間を忘れ、ただ踊りに没頭していた。

 途中で休憩を挟むことも、食事をとることもない。

 ただひたすら、自らの内に描きうる最大限の『美』を、互いに披露し続けていたのだ。

 

「やるな、きみ!」

「そっちこそ、この僕のイケメン想像力についてこれた人間はきみが初めてさ!」

(なんだよイケメン想像力って……)

 

 夜が明け、太陽が天頂に昇り、そして再び水平線の彼方へ沈んでも、その勢いはいささかも衰えることはなかった。

 もはや『先に踊りを止めた方が負け』と言わんばかりの応酬を繰り広げていたのだが……、当然ながら、楽しんでいたのはその二人だけであって、周囲はとうの昔に飽きてしまっていた。

 

 もう『始祖への祭事』はとっくに終わったわけだし。かといって二人があまりにも熱心なので止めるわけにもいかず。

 オスマンに至っては完全に無視して村の女性にナンパを仕掛け、ぶっ飛ばされる始末。

 そうこうする内にまた二つの月が昇り始め、それが頂点にまで昇りつめた時だ。

 

 

 きゃあああっ! なにすんのよこのスケベ!

 

 ぶべらぁっ!!

 

 

 平手打ちを食らって伸びるオスマンを片隅に、ヒンメルとアルマン、二人のポージング勝負にもそろそろ変化が訪れる。

 

「はぁ、はぁ……」

「おいヒンメル、どうやら向こうさん、そろそろ体力がつきかけているようだぜ」

 同じく五十時間以上付き合っているデルフが、アルマンの動きの鈍りようを見てそう告げた。

 まあ無理もない。ずっと休みも食事も水も取らずに踊り続けているのだから。むしろ、このような状況に至ってなおまだまだ余裕のある表情を浮かべるヒンメルがおかしいのである。

 

「大丈夫かい? 無理しない方が良いんじゃないのかい?」

 気遣いからそう言うヒンメル。だがその割にポージング自体は止めるつもりは無いらしい。

 そんな余裕のある平民剣士を見て、アルマンも「フッ」と鼻を鳴らす。

 

「なあに、平民にしては中々やるなと思っただけの事さ。まだまだぼくだって、これしきでくじけるほどやわな鍛え方はしていな――――」

 

 その時だ。

 胸を大きく張ろうと上半身を持ち上げた時、「ブチン」という音がアルマンの胸の方から聞こえた。

 

 

「「え?」」

 ヒンメルもデルフも、一瞬呆気に取られる。

 アルマンのシャツの隙間から、するりと白い布がこぼれ落ちる。それと同時に男性ならばあり得ないだろう大きさの隆起が、胸元で大きく主張していたのだ。

 

「きゃっ!?」

 一瞬、女性のような悲鳴を上げながらアルマンは両手で自分の胸を抑える。

 顔を真っ赤に染め、羞恥に満ちた表情でその場にしゃがみ込んだ。

 必死に胸元を隠そうと、慌てふためいている様子だった。

 

「あー……、失礼」

 ヒンメルはすぐにポーズを解くと、自分の羽織っていたマントをアルマンへ差し出した。

 彼――いや、彼女は貴族でありながらマントを身につけていなかった。周囲に人はいないとはいえ、「女」であることを悟られたくなかったのだろう。

 それを察したヒンメルは、迷うことなくマントを渡したのだった。

 

「す、すまない……」

「なに、困ったときはお互い様さ」

 

 ヒンメルは微かに笑みをこぼすと、アルマンに背を向けた。

 さきほどまで気障なポーズを競い合っていた相手とは思えないほど、真摯な対応だった。

 その様子に、アルマンも思わず笑みをこぼす。

 

 

「きみはいい奴だな」

 

 

 そう言いながら、アルマンはヒンメルのマントを羽織り、その中で上半身だけ服を脱ぐ。

 そしてシャツを、始祖の像の台座の上にそっと置いた。

 そのあと、切れてしまったさらしを取り出す。どうやら胸を抑えるための、魔法で加工された布らしい。

 アルマンは杖を使い、それを丁寧に修復し始めた。

 あまりに長く踊り続けたせいで、布が耐えきれなくなったのだろう。

 

「きみは……、一人で旅をしているのかい?」

 

 アルマンに背を向けながら、ヒンメルは問う。

「そうさ。自分の力を試したくってね」

 さらしを直しながら、アルマンも答える。

 

「子供の頃から魔法と剣の腕では家族一だった。兄貴達にも負けたことはなかったくらいだ。でも……親に言われたのさ。『女じゃ騎士にはなれねえから大人しくしろ』ってね。バカバカしいと思ったよ。だったら証明してやろうじゃないかと。女でも立派な武芸者になれるってことをね」

 

 そしたら親はもうおかんむり。アルマンは笑いながらそう続ける。

 

「『家と馬鹿げた旅、どちらを捨てるか今決めろ!』って迫られたのさ。勿論前者を選んだよ。今のぼくは根無し草の一匹オオカミ。でもまあ、悠々自適にやらせてもらっているよ」

「随分楽しそうだね」

「まあね、歩くのは好きさ。今まで見たことのない色んな、美しい景色が見える。あの家の中にいたら決して見えなかったものだ」

 

 でもね、と、ちょっと愁いを零した目で、アルマンは更にこう続けた。

 

「やっぱりね、『女の一人旅』ってのは色んな意味で重荷になっているみたいだ。舐められるわ、色目で見られるわ、手込めにしようとしてくる輩が絶えないわ……、ま、全部この杖で叩きのめしてやったけどね、でも面倒だから、今はこうして『男』として振る舞っているわけさ」

 

 アルマンはここで、自分の喉を軽くつつく。

 地声がそもそも男性と言われても納得しそうな低い声だというのもあって、胸さえ隠せばバレるようなことでもなかったという。

 事実、ヒンメルどころかオスマンも気付いてなかったわけであるし。

 

「分かった、僕もデルフもこのことは見なかったことにするよ。いいねデルフ」

 

 ヒンメルの言葉に、デルフも「あいよ」と応える。

 アルマンは内心、嬉しそうな顔をヒンメルの背中に向けた。

 

 

 

「もういいよ、終わった」

 

 数分後。

 さらしを再び巻き直したアルマンは、背を向けたまま待っていたヒンメルにそう声をかけた。

 ヒンメルは再びアルマンの方を見る。彼女の胸元は、再び男と見紛うほど平らになっていた。

 アルマンはそのまま、借りていたマントをヒンメルに返す。

 

「さて、思わぬハプニングが起こったわけだが……」

 

 アルマンはどうしようかと首をひねる。一応、決闘宣言している以上、白黒はつけたいと思っていたが、そんな空気でもなくなってしまった。

 

「普通に引き分け、ということでいいんじゃないかな? これ以上踊ると村のみんなにも迷惑がかかるだろうしね」

 

 優勢だったはずのヒンメルの方からそう提案してくれたので、アルマンもそれに素直に頷いた。

「本当にきみはいい奴だな。勝てた勝負だったろうに」

 強がってはみせたものの、あのまま踊り続けていれば、先に倒れていたのは間違いなくアルマンの方だった。

「なに、僕だってきみのポーズから色々と着想を得られたからね。むしろ感謝したいくらいさ。きみとは『友』と書いて『強敵(ライバル)』と呼べる関係でありたいと思ってね。そういうことにしておこうじゃないか」

「はは、そう言われると悪い気はしないな! よし、じゃあこの勝負は引き分けだ!」

 

 ヒンメルとアルマンは、そう言って互いに、固い握手を交わした。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「……ってな感じで仲直りした。それが俺の知る決闘のあらましさ」

 デルフの語りを聞き終え、周囲は「へぇー」と感心したように頷いた。

 

「対応がもう、格好いいの一言に尽きますね」

 シエスタはさっそく、ヒンメルをそう評する。

 女性に対してできる限り紳士的に振る舞っていたヒンメルに、女性陣の好感度はさらに上がったようだった。

「なるほど、伊達に勇者と言われてはないわけだ」

 同じくアニエスも、内心賞賛する。女性の一人旅という点では、フリーレンたちと出会う前の自分と重なる部分もあったのだろう。

 

「いやあ、素晴らしいなあ! その剣士ヒンメルという平民は! まるでぼくみたいじゃないか!」

 ギーシュも素直にヒンメルを称賛するが……。

「「いや、あんた絶対鼻の下伸ばすでしょ」」

 モンモランシーとルイズが、同時にツッコんだ。

 少なくとも、アルマンが胸をさらけ出した場面でヒンメルのような対応が自然にできるとは思えない。

 

 

 さて、そんな時だ。

 中央の噴水広場に立つヒンメルとアルマンの像が、突然動き出した。

 台座がぐるぐると回転し始め、二人の像はからからと音を立てながら、ぎこちなく手足を動かし始める。

 

 

「これは?」

「ああ、時間になると動き出す仕組みになっているのさ。第二幕の決闘シーンを再現するためのものなんだ。芝居では見せきれないなら、広場で全部披露しようじゃないかと。そういう発想で作られたらしいよ」

 

 どうやら中心の銅像は、魔法人形(アルヴィー)だったらしい。

 さらにギーシュの話によれば、この人形はここからきっちり十時間、動き続けるという。最初期の歌劇に盛り込まれていた、十時間にも及ぶ決闘シーンのポージングを、この広場で再現するためだ。

 

「まあ、誰にも迷惑はかからないことだし、いいんじゃないの?」

 

 ルイズはどこか他人事のように言った。

 芝居の中で延々と見せられるよりは、見たいときに見られる仕組みの方がまだマシだろう、と考えていたからだ。

 

 そうしてしばらく、歌劇を見終えた観客に混じって、動き出した銅像を眺めるフリーレンたち。

 

「ねえデルフ、ヒンメルとアルマンはその後どうしたの?」

「一緒に旅はしなかったが、要所要所で顔を合わせてな。まあ、いい顔なじみってやつになった。最後に会ったのは……古代竜戦だな。あいつも命を懸けてくれたんだが……」

 

 デルフの声が、ふっと暗く沈む。

 ルイズたちもまた、自然と彼の方へ視線を向けた。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 それは、古代竜戦時の事。

 

 

「た、大変だ! ヒンメルが、ヒンメルが!!」

「な、なんだこの怪我は! 早く、『治癒』急げ!」

 

 ワルド男爵に担ぎ込まれる形で、ヒンメルは当時の避難所の一室へ運び込まれた。

 この時の彼は、ひどい怪我を負っていた。

 腹部は真っ赤な鮮血に染まり、意識はない。呼びかけにもまったく反応しない。

 青い双眸は虚ろで、まるで光を失っているかのようだった。

 

「なんでだ! どうしてこんなことになった!? 作戦は順調だったはずだろう!」

「エルフと聖堂騎士(パラディン)の間で妙ないさかいが起きたんだ! それを仲裁しようとヒンメルが動いたところに奴が現れて……その馬鹿どもを守るために……!」

「ったく、あの野郎ども……! 世界を救うんだろう!? こんな時まで互いの足を引っ張り合ってどうするんだ!」

 オスマンは歯を食いしばりながら叫んだ。

「すまない、我も動いたのだが……力及ばず……」

「……おめえの所為なんかじゃねえよビダーシャル坊、ていうかおめえも大怪我してんじゃねえか」

「ヒンメルのそれと比べたら、物の数ではない」

 

 オスマンはそう言って、頭から血を流しているエルフの少年……ビダーシャルの頭を撫でる。

 同時に『治癒』を唱えると、少年の傷はゆっくりと塞がっていく。

 ……だが、そのオスマンでさえ、ヒンメルの重傷だけは治すことができなかった。

 

 

「女神の魔法を、もっと使いこなせれば……!」

 

 

 彼は先ほどから、悔しそうに手にした聖典を叩いていた。

 諸事情により、彼は『先住魔法』……『精霊の力』が使えない。()()()()()()()()()()()

 代わりに修行してきた『女神の魔法』でこの古代竜戦に臨んでいたのだが、まだ彼の力は、その高みには届いていなかった。

 

「ああもう! とにかく今は、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

「モンモランシー! おめえ……、来てたのか?」

「あたりまえでしょ! ほら、ヒンメル渡して! わたしが治す!」

 

 大人たちが必死にヒンメルの治療に当たっている中、駆け込んできたのはビダーシャルと同じくらいの年頃、九歳ほどの少女だった。

 

 巻き毛の金髪に丸眼鏡。

 溌剌とした蒼い瞳を持つ少女……当代のモンモランシーは、この時点ですでに『水系統のスクウェア』。

 水に関する才能だけなら、当時のオスマンすら凌ぐとされる神童だった。

 

 それでも大人たちは「子供だから」と彼女を避難させていたはずなのだが、どうやら戻ってきてしまったらしい。

 本人いわく、「ビダーシャルだって同じじゃない!」とのことだった。

 

 ……そして何より、今この場にいる大人たちにとって悲しいことに。

 彼女が来てくれたことが、何より頼もしく思えてしまったのだった。

 

「治せそうか? モンモランシー!」

「分かんない……! ひどい怪我だけど、でも『水の精霊様』もいらっしゃるし、何とかしてみせるわ!」

『浮遊』でヒンメルの身体を持ち上げたオスマンは、そのままモンモランシーが作り出した水の膜の中へと彼を沈めた。

 モンモランシーの小さな透明瓶から水が溢れ出し、意思を持つかのように集まっていく。

 それはやがて、ヒンメルを包み込む巨大な水球へと変わったのだ。

 

「それよりも、そっち! あの化け物竜を何とかしなさいよ!」

 

 そう言い残すと、モンモランシーは足元に水をまとわせ、高速でその場を離れていく。

水の膜に包まれたヒンメルを連れて。

 

「とりあえず、ヒンメルはモンモランシーに任せるしかねえな……」

「ってもよ……マジでどうすんだ? ヒンメルがいねえのにあの化け物竜を止めるだなんて……」

「いや、彼がいないからこそだ」

 

 そう言って、真っ先に薔薇の杖を掲げたのが、何を隠そうアルマンだった。

 

「彼はこの世界の人間じゃないのに、ここまで戦線を支えてくれた。そんな彼に甘えること自体がおかしいんだ。これは僕らハルケギニア人の問題。一致団結して乗り越えるぞ!」

 

 アルマンの言葉に、周囲は静かに頷いた。

 

 

 

 だが……、勇者ヒンメルが戦線離脱した。

 その穴は、あまりにも大きかった。

 

 

 

 その合間にも竜の群れが大挙して押し寄せ、軍の大半はその迎撃に回らざるを得なかった。

 そして悠然と歩を進める古代竜を押しとどめるために、この旅の中で培った友人、全員が命を懸けた。

 そんな中……。

 

「うわあああああああああ!! みんな、みんなぁあああああああああ!!」

 

 虎街道入り口付近。

 ガリア首都リュティスへ踏み込まれる最初の防衛ライン。

 そこは、戦場の中でも最も激しい激戦区だった。

 そして……そこで、多くの友人が命を落とした。

 

 

 エンシェント・ドラゴンが放った巨大なブレスが、防衛ラインの防壁ごと貫いたのだ。

 

 

「アルマン! ロングビル母ちゃん! ワルド! ヴィクトリア陛下!!」

「ボシュエ、ボシュエは! じい! じいや!」

 

 

 オスマンとサフランの絶叫も虚しく、古代竜は悠然と歩を進めようとする。

 だが、その第一歩で……竜の片足が、地面の奥へと沈み込んだ。

 

 後で知ったことだが、それはアルマンとロングビル、そして土系統のメイジたちが夜を徹して作り上げた即席の落とし穴に嵌ったのだった。

 歩みを一時止めるだけの苦肉の策。それでも竜の動きは確かに止まった。

 

 今のうちだ、とばかりに竜騎士隊が上空から集中砲火を浴びせる。

 しかし、その攻撃もまた、古代竜の『魔障壁』に弾かれた。

 とはいえこちらの障壁も、度重なる戦闘で消耗している。反射するほどの威力は残っていない。

 

 竜は空を飛び交う竜騎士隊に注意を向け、ブレスの照準を上空へと向けた。

 時間が稼げたので、オスマンは今の内と、一人でも生き残りがいないか探し回っていたが……。

 

 

 そのうちの一人、アルマンはもう、虫の息だった。

 片腕を無くし、腹から止めどなく出血している「彼女」を見た時、オスマンは悟った。もう助からないと。

 

 

「どうやら、老木は、ここまでのようです……」

「じい! 待ってくれじいや! ぼくを、ぼくを置いていかないで……!」

 

 オスマンの後ろでは、サフランが泣きながらボシュエの身体を抱き起していた。

 だが、彼の下半身は吹き飛んでいる。どう足掻いても助からない傷だった。

 

「最初に会った時から、随分ご立派になられました……。坊ちゃまなら、必ずや、ヴァリエール家に、新たなる光を……!」

「いやだ! じいも一緒にいてくれなきゃやだ! じいのおかげでここまでこれたんだ! ぼくがヴァリエールを変えるところを見てくれなきゃやだよぉ!!」

 

 サフランの悲鳴が響く中、オスマンは地面を、ダンッと拳で叩いた。

 

「おれがもっと、気合い入れた『鋼鉄壁(スチールウォール)』を作れりゃ、こんなことには……!!」

 

 この防衛壁の設計に、最も深く関わっていたのはオスマンだった。

 彼はすでに人知を超えた魔法――『六乗鋼鉄壁(ヘクサゴン・スチールウォール)』を完成させていたのだ。本来、王家にしか許されぬランクに、独自で踏み込む天才。それが当時のオスマンの評価。

 それを基盤として築かれた防衛壁。

 だが、かの竜はそんな人類の英知を、あっさりと破壊してのけたのだ。

 

 だからこそ、オスマンは自分を責めた。

 

 もっと魔法を極めていれば。

 もっと強くなれていれば。

 

 こんなことには、ならなかったはずだ、と。

 

「き、みが……、くやし、がる、ことじゃ、ないさ……」

 

 弱弱しい声で、アルマンは微笑む。さらしの布が破れていたため、オスマンはこの時アルマンが女であることを知った。

 

「それ、よりも……ワルドと、ロングビル……二人はまだ……息がある、から……、そっちの、救護を頼むよ……」

 

 彼女の向こう、瓦礫に埋まりかけた場所に――確かに二人の姿があった。

 エンシェント・ドラゴンがいつ動き出すかもわからない状況。

 オスマンはすぐに『浮遊』の魔法を唱え、目に入る範囲の負傷者を宙へと浮かせる。

 

 まもなく他部隊の者たちも駆けつけ、救護活動は急速に進んだ。

 アルマンも戦線から引き上げることができた。

 だが……、

 

「な、くなよ……オスマン……」

「でも、でもよぉ!」

 

 滂沱の涙を流すオスマンを見て、可笑しそうな笑みをアルマンは浮かべる。

 

「ぼくは、きみたちと、一緒に冒険ができて、楽しかった……くいは、ないさ」

 

 アルマンはそう言うと、改めてオスマンと肩に担いでいるデルフに向けて、言った。

 

「ヒンメルに、伝えてくれないか? 『またね』って……」

「な、何言ってんだおめえ……?」

「だって、ぼくはまだ……戦う気、満々だからね……、こんな、今生の別れみたいな……、そんな、湿っぽい別れは、嫌だからさ……」

 

 最初の村で踊ったこと、その際の別れの言葉を思い出したのだろう。アルマンはこう続ける。

 

 

 

「『涙の別れは、ぼくたちには似合わない』……だろ?」

 

 

 

 アルマンは精一杯笑ってみせた。激痛で笑うのも苦しいだろうに。

 オスマンは、必死になって涙をぬぐう。

「ああ……そうだな!」

「きみはは、やく……ロングビルのところへ、いきたまえ……彼女を、泣かせるようなことはするんじゃないよ……」

 

 アルマンの言葉に、オスマンは「ぐむっ」と、言葉を飲み込む。

 やはり彼女も「女」だけあって、その手の勘は鋭いらしい。

 

「ぼくは、ちょっと……寝たら、すぐ……かけつけ……る、か……ら……」

 

 アルマンはそう言って、微笑みながら瞼を閉じた。

 オスマンはまた、流れそうになる涙を静かにぬぐう。

 これで死んだとか、思わない。思いたくない。

 

「アルマン……、ヒンメルの野郎に、きちんと伝えてやるから、早く起きて来いよ……!!」

 

 オスマンはそうして、デルフを担いだままその場を去る。他のみんなを助けに。

 

 だが……奇跡は起きなかった。

 アルマンが、再び目を開くことはなかった。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「……ってなことがあってな……って」

「うぅ~、ぞんなごとがあったんでずねえ!!」

 

 シエスタは再び泣き出していた。なんなら歌劇の時よりも泣いている気がする。

 ギーシュもまた、男泣きしていた。

 

「まさか我がご先祖様と、ヒンメルという剣士にそこまでの友情があったとは、天晴だ! 本当に天晴だ!」

 彼は内心、ずっと疑問に思っていたのだ。

 どうして歌劇の最後の章で、騎士アルマンは最後まで活躍せず、平民の剣士へ後を託すような結末になっているのか。

 その理由が今になってようやく氷解した。それがなにより嬉しかったらしい。

 

 流石にルイズやモンモランシーは泣かなかったけど、やはり衝撃を受けたような表情は浮かべていた。

 古代竜戦線。

 教科書で習う程度の知識しかなかったが、当事者から実際の戦況を聞くと、その苛烈さがより鮮明に伝わってくる。

 あのヒンメルですら、一時は戦線離脱を余儀なくされるほどの戦いだったのだ。

 

「てか、あんたの御先祖様も、何気に戦線に出てたのね」

 

 ルイズは現代のモンモランシーを見て言った。

 代々、モンモランシ家は長女が「モンモランシー」という名前を継ぐしきたりがあるのだ。

 

「九歳でスクウェアの天才児か……しかも水の精霊と懇意。今と比べると凋落ぶりがすごいわね」

「う、うるさいわね……。わたしだって驚いているのよ……! まさか「大婆様(おおばばさま)」にそんな過去があっただなんて……」

 モンモランシーも何とも言えなさそうな顔つきで、ヒンメルとアルマンの銅像を見ていた。

 オスマンどころか、自分の祖先すら出てくるとなったらもう、嘘の一言で片づけることができなくなってしまった。

 

 周囲からは「大婆様」として、時に領地を治める父すら頭が上がらないとされるくらいに、水系統を極めた大メイジ。

 自分が物心つくころには、医療の知識を求めて『東方』なる地へ行くくらいに知識への貪欲さで知られる人物だったと聞くが……そのせいもあって、モンモランシー自身は「大婆様」のことをあまり知らない。

 当然、「大婆様」が時の剣士と知り合いだというのも、今知ったのだった。

 

 

「娘っ子たちに一言だけ、俺から言わせてくれ」

 やがてデルフが、静かな声で口を開く。

「確かに最初に会った時のヒンメルやアルマンは、すっげえ馬鹿だと思ったし、その感想は今でも変わらねえ。オスマンも多分そう思ってるし、娘っ子らがそう思うのも当たり前だと思っている」

 だが、と、こう続ける。

 

 

 

 

 

「そんな陽気な馬鹿どもが笑って命を懸けてくれたからこそ、今この平和な世の中があるってことだけは、どうか忘れないでやってくれ」

 

 

 

 

 

 デルフの切なる言葉に、誰もが静かに頷いた。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「じゃあ、僕はこれで」

 

 あの後。

 そのまま静かに友情を深め合ったヒンメルとアルマンは、翌日、それぞれの道を歩むことになった。

 

 ヒンメルは最初、アルマンを旅に誘ったのだが、アルマンが「もう少し一人で旅をしたい」と、やんわりと断ったのだ。

 

「でも、きみと楽しく踊ったあの時間は決して忘れないよ。人生で一番楽しかった」

「僕も、きみとは是非どこかで語り合いたいものだ」

「おれぁ別に会いたくはねえけどな。また長くなるのはたまらん」

 

 至極うんざりした様子でオスマンは言った。

 早く次行こうぜ、とその目が語っている。未だにこの時の彼はアルマンが女であると、気づいてなかったのだ。

 その様子を見ていたデルフが、「はぁ……」とため息をついた。

 

「んだよボロ剣」

「いや、おめえさんがモテねえ理由、分かった気がしてな」

「はぁ? どういうこったよそれ!」

「いやなに。ただ俺は……お前さんじゃなくてヒンメルが今の相棒で良かったと、心から思っているだけさ」

 

 デルフの言葉に、オスマンはただただ狼狽する。彼は結局、この村で村の女性から張り手を貰うだけで終わっていた。

 彼の右頬は未だに手形がくっきりと残っている。

 そんなオスマンとデルフの会話を聞いて、ヒンメルとアルマンも屈託のない笑い顔を向けていた。

 と、ここでアルマンが「そうだ」と、手を叩いてこう言った。

 

「この村をまっすぐ道なりに行くと、『未踏破の洞窟(ダンジョン)』と呼ばれる、難易度の高い遺跡がある。ぼくも挑んだんだけど突破できなかったほどだ。興味があるのなら、行ってみたまえ」

「面白い情報、ありがとう。そういうのに目が無いんだ。早速行ってみるよ」

 

 ヒンメルはそう言って、あっさりと踵を返した。

 その様子に、アルマンは一瞬だけ戸惑う。

 そんなにあっさり別れるものなのか、と。気持ちの準備がまだできてなかったのだ。

 だが、振り返ったヒンメルは、優しく微笑んで言った。

 

 

「旅を続けている以上、きみとはどこかで会うだろう。『涙の別れなんて僕達には似合わない』。また会った時に恥ずかしいからね」

「……そうだな!」

 

 

 それを聞いて、少し嬉しそうな顔を浮かべて、アルマンは頷く。

 

 

「じゃあ、またね(・・・)。アルマン」

「ああ、また、必ずどこかで会おう。ヒンメル」

 

 

 そう言って、ヒンメルとアルマンは互いに手を振って別れた。

 

 

「なんとも、面白い奴だったな……」

 ヒンメルたちと別れながら、一人道なりを歩きながらアルマンは呟く。

 旅の中で様々な人間を見てきた。

 だが、その中でも……あれほど印象に残る男はいなかったな。と。

 

 

 おい、聞いたか?

 

 おお、聞いたぜ、いよいよ『聖地奪還運動』がアルビオンで始まるんだろ!

 

 無能な王家は潰えて新しき勢力が舵を取る。この勝ち馬に乗らねえのは嘘だよな!

 

 

「アルビオンか……」

 

 そんな事を言いながら歩き去っていく傭兵らしき連中の後姿を振り返りながら、アルマンはふと呟く。

 

「空の大陸で革命ね……」

 

 貴族の家を出た以上、奪還運動自体に興味はない。

 が、何かきな臭いものは感じる。もしかしたら、ヒンメルもそう思うかもしれない。

 

「案外、再会は遠い未来じゃなさそうだな」

 

 そんな事を呟きながら、より強い風の吹く方向……空の大陸がある方向へと、アルマンは足を向けた。

 




《おまけ1》
『第26話 最初から大決戦③』よりオスマンの台詞

「舐めるなよ巨竜。おれがあの後、どれくらい修業したと思ってる」

「『八乗鋼鉄壁』の最新式防御魔法だ。あの時とは違うぞ。この後ろにそのブレスは絶対通さん」

実はこの台詞こそが、今回の回想で出てきた『あの時』だったのです。
古代竜戦当時、竜への侵攻を阻む防衛壁を展開し、その製作にオスマンも関わっていたのですが結果は御覧の通り。
仲間を多数失う羽目となり、彼にとっては苦い経験となりました。
そんな彼にとって、26話での古代竜復活戦からの防御壁展開は、まさに当時のリベンジ戦だったというわけですね。
勿論、こちらはオスマンの成長もあって、誰一人死なせるようなことはありませんでした。

《おまけ2 ヒンメル旅の時系列》
そろそろ混乱する方も出てくると思いますので、ここで一度整理します。

ヒンメル、グレーセ森林奥の洞窟から鏡でハルケギニアへ(外伝その1)。

道行く商人と遭遇、デルフを手にする(第26話)。

ヴァリエール領、立ち寄った村で竜害事件を聞く。ワイバーン討伐中にオスマンと出会う(外伝その1)。

ワイバーン討伐完了。その報告に戻った村でサフラン、ボシュエの主従と遭遇。同時につがいのワイバーンを撃退(第61話)。

ヴァリエール領を抜けて別の村、『始祖の祭事』中でアルマンと決闘(第73,4話)。

アルマンに教えてもらった『未踏破の洞窟』へ。最深部まで攻略するも途中で断念(第69話)。

ダングルテール村で酒盛り。その最中でコボルトに襲われるジョンを助ける(第70話)。

コボルトの襲撃予告を聞き、タルブへ。そこでコボルトの群れを撃退(第46話)。

ジョンを元の世界へ帰すためにしばらく滞在。『竜の羽衣』が無事飛び立ち、ジョンは帰国。ヒンメルは日本刀を譲り受け、更には『鏡』で一時自分の世界へ(第47話)。



エンシェント・ドラゴン戦

帰国 フリーレン原作1話後半に続く。

《おまけ3》
アルマン・ド・グラモン《男装ver》
【挿絵表示】


ギーシュをTSしたらどうなるんだろう?
そんな発想のもとに生み出されたのがアルマン女史なのはここだけの話。
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