使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第75話『些細な依頼』

 

 フリーレンと旅立って1ヶ月と7日後。

 トリステイン国。ロワール村。

 

 

「猫探し?」

 

 ルイズは素っ頓狂な声を上げた。

「えぇ……ずっと探しているんですが、なかなか見つからなくて……」

 貴族であるルイズの反応を聞き、思わず身をすくめながらそう答えたのは、この村に住むどこにでもいる一介の平民だった。

 

 この村で宿屋を営んでいる店主で、独り身の彼は、唯一の家族のような存在であるその猫と一緒に暮らしていたらしい。

 だが、ある日を境に、その猫がぱったりと戻ってこなくなったという。

 

「この村の近くにはオーク鬼の住処もありますから、もしや襲われたのではないかと心配で……」

 

 と、ひげを生やした小男の主人は、至極困ったような顔でルイズたちに話した。

 ルイズはため息を漏らす。ギーシュの領地を発ってこの村に着いたのは、ついさっきのことだ。

 とりあえず宿を取ろうかと考えていたところ、この宿の主人がいかにも困りきった様子で応対してきた。そこでフリーレンが「何かあったの?」と尋ねたことから、この話が始まったのだ。

 

「でも、オーク鬼の住処に行ったって確証があるわけじゃないんでしょ?」

「えぇ……まあ」

「じゃあ、そのうち帰ってくるんじゃないの?」

「そんな……いなくなってもう一週間近くになるんですよ!」

 

 主人が悲鳴を上げる。貴族のマントを羽織ったルイズの前で、なかなかの度胸である。

 それだけ猫のことを大切に思っているのだろう。なりふり構っていられない様子だった。

 

 ルイズはというと、旅で疲れているのだから早く休みたいのに……と、少し目を細めながら主人の話を聞いていた。

 

「いいじゃないですか、ミス・ヴァリエール。助けてあげましょうよ」

「彼にとって唯一の家族のような存在なら、無下にすることもあるまい」

 

 隣でそう言ってくるのは、旅仲間のシエスタとアニエスだ。

 普段から鍛えている二人は、疲労の「ひ」の字も見せず、けろりとそんなことを言ってのける。

 疲れているのは自分だけ。

 これではまるで、自分が聞き分けのない子供みたいじゃない。

 そんなことを、ルイズは内心でぼやいていた。

 

「確かに体力お化けのあんたたちは余裕があるんでしょうけどね……、わたしはもうへとへとなのよ」

「じゃあルイズだけ休んでいればいいじゃん」

 

 そう言ったのは、ルイズの使い魔でもある千年を生きた大魔法使いのエルフ。フリーレンだ。

 彼女もシエスタやアニエスと同じ気持ちらしく、すでに宿屋の主人と交渉を始めていた。

 

「いいよ。探してきてあげる。報酬は何かない?」

「生憎、たいしたものは……。あ、ですが、探して頂けるのであれば宿代は取りません。施設にあるものも、好きに使ってくださって結構です」

 

 しばらく考えたあと、フリーレンは宿屋の主人と固く握手を交わした。

 そんなわけで、フリーレン一行は急遽、猫探しの依頼を請け負うことになった。

 

 

「なんでわたしがこんなこと……」

 

 ぼやきながらも、ルイズも結局ついてくることになった。

 大貴族である自分が、平民の飼い猫を探す羽目になるなど、旅に出る前の自分に言っても多分信じてくれないだろう。

 

「こういう些細な依頼も、魔王討伐の旅ではよくやっていたからね」

 

 探知用の魔法陣を展開しながら、フリーレンは言った。

 迷子になった猫の足跡を魔法で視覚化し、その痕跡を追って見つけようというのだ。

 

「それって、ヒンメルがそうしていたから?」

「そうだよ。ヒンメルはどんな小さな困り事にも手を差し伸べていたからね」

 

 ルイズの問いに、フリーレンはあっけらかんと答える。

 ヒンメルが解決してきたのは、魔物退治や困難な依頼だけではない。

 むしろ、こうした日常の困り事に手を貸すことの方が多かったのだ。

 

「ペット探し、荷物運び、おつかい、子供の面倒……。まあ、いろいろやってきたよ」

「本当に何でも請け負う方だったんですね」

「そんな依頼ばっかり引き受けて、よく魔王討伐とか古代竜退治なんて成し遂げたわね。いくらなんでものんびりしすぎじゃない?」

「まあね。回り道をしなかったら多分三、四年で旅は終わっていたんじゃないかなって思うことはあるよ」

 フリーレンは小さく首を振って頷く。

 もしヒンメルが寄り道を一切しなかったら、少なくとも十年もかからなかったのは確かだ。

 

 

「でもそれも、終わってみれば確かな思い出だ」

 

 

 当時はこんな調子で魔王討伐なんて行けるのかと、その時のフリーレンも思ったものだ。

 けど、終わってみれば小粒のように輝く、鉱石のような光を放っている……ように感じるのだ。

 少なくとも今は、そういった旅をしてきたことに後悔はないし、彼が死んだ後は、ヒンメルがやってきたことを繰り返すような旅をするようになった。

 人間を知るために、もっとヒンメルのことを思い起こすために。

 

「だから、私もこういう困り事を放っておくことはしないよ、ルイズ」

「……分かったわよ。じゃあ早く、ちゃっちゃと済ませましょ」

 

 ルイズももう、それっきり愚痴や文句は言わなくなった。

 これもまた、経験なんだ。平民の頼みだとか、そういうので機嫌を損ねるようなことはもうやめよう。

 

 

 

 やがて一行は、深い森の奥へと足を踏み入れていく。

 この先には、オーク鬼に奪われた人間の村がある。その場所へと導くように、猫の足跡と……オーク鬼らしき足跡が見つかったのだ。

 

 しかも猫の足跡は、途中から走ったような形に変わっている。

 どうやらオーク鬼に追い立てられ、住処へと逃げ込まされた可能性が高かった。

 

「これは戦闘になるかな。みんな、一応準備はしておいてね」

 フリーレンの言葉に、周囲も緊張した面持ちで頷く。

 

「猫ちゃん、大丈夫かな……?」

 シエスタが心配そうに呟くと、フリーレンは静かに答えた。

「行ってみないと何とも言えないね」

「……それもそうですね」

 

 シエスタはすぐに戦えるよう、デルフの柄に軽く手をかける。

 この一帯はすでにオーク鬼の縄張りだ。いつ戦闘になってもおかしくはない。

 

「ま、安心しな。伝説の勇者の血を引く嬢ちゃんと、この『英雄の剣』デルフリンガー様がいりゃあ、たいていの相手には負けやしねえさ!」

 

 珍しく起きていたのか、デルフが鞘から飛び出してカラカラと笑った。

 あまりにも緊張感のない言葉に、ルイズは思わずため息をつく。

 未だに彼女には、このおしゃべりな剣が古代竜の急所に刃を突き立てた伝説の剣とは思えないのだ。ヒンメルとの旅に詳しい以上、嘘ではないのだろうが……。

 

「……そういえば、勇者ヒンメルは魔王討伐の時、どんな剣を使っていたのだ?」

 

 ふと気になったのだろう、アニエスはフリーレンに尋ねた。

 デルフリンガーはハルケギニアに来てから使っていたと聞いている。

 ということは、魔王討伐時代は別の剣を使っていたことになるからだ。

 

「あー、俺も気になるな。どんな剣だったんだ?」

 

 同じ『剣』であるせいか、その話にはデルフも強い興味を示す。

 フリーレンは探知用の魔法陣を維持したまま、その質問に答えた。

 

「私の世界で伝わる、伝説の〝勇者の剣〟……そのレプリカだよ」

「勇者の剣?」

「うん」

 

 ここでフリーレンは、ルイズたちに〝勇者の剣〟について語る。

 

 天地創造の女神が授けたとされる伝説の剣。

 大いなる厄災を討ち払うことのできる勇者だけが引き抜ける。

 そんな伝承が残る、いわく付きの剣だ。

 

「ほー、それらしい伝説の剣も、フリーレンのいた大陸にはあったのだな」

「でも、『レプリカ』って何よ? 本物は使わなかったの?」

 

 当然、ルイズは疑問符を浮かべながらさらに尋ねた。

 魔王を討ち、ハルケギニアでは古代竜をも倒したとされる伝説の勇者。そんな人物なら、レプリカではなく本物を振るっていてもおかしくないはずだ。

 シエスタも、アニエスも、デルフも、当然同じ疑問を抱いていた。

 

「ヒンメルもね、選ばれなかったんだ」

「は?」

「だからずっと、子供の頃に助けた商人から貰った、『勇者の剣の形をした普通の剣』を使っていたんだ。その剣で、魔王討伐を成し遂げたんだよ」

「はぁぁぁぁぁ……??」

 

 フリーレンは首を横に振り、どこか懐かしむような口調でそう続けた。

 それを聞いたデルフは、ついに大声で激昂し始める。

 

「なんだその紛い物! 存在する意味なんかねえじゃねえか!! ヒンメルすら認めなかっただぁ!? ざけんじゃねえ! そんなナマクラ、折っちまえ溶かしちまえ埋めちまえ!!」

 

 聞けば聞くほどふざけた存在だと、デルフはこれ以上ないほど怒り狂っていた。

 少なくともデルフは、ヒンメルを『最高の相棒』だと信じて疑っていない。

 彼以上の剣士など、この先現れることもないと言い切れるほどに。

 

「で、デルフさん……気持ちは分かりますけど、声を抑えて……!」

「おりゃあ! 今でも相棒(ヒンメル)は最高の勇者だと思ってんだ! このデルフリンガー様が認めてんだぞ!! それなのに抜かせなかったとか、見る目なさすぎるだろそのゴミ! マジふざけるんじゃねえ!」

「そうだね。私も()()()()より、デルフの方がよほど『伝説』にふさわしいと思ってるよ」

 

 ヒンメルを認め、力を貸し、厄災を討った実績がある。

 だからこそフリーレンも、デルフリンガーの方がよほど奉られるべき『勇者の剣』だと思っているのだった。

 

「ただ、今の声はちょっとうるさかったね。……囲まれた」

 

 フリーレンの言葉に、女性陣の身体が一斉に強張る。

 アニエスはすでに鞘から剣を抜いていた。

 木々や茂みに隠れながら、こちらを窺う鼻息が一つ、二つ……。

 

「十体以上はいるな」

「だね」

 

 アニエスの言葉に、シエスタやルイズもそれぞれ武器を構える。

 女性ばかりのパーティなのに、すぐ襲いかかってこないのは、この中にエルフがいるからだろうか。

 ハルケギニアの住民にとって、エルフほど相手にしたくない種族はいない。

 その認識はどうやら人間だけのものではないらしい。

 だが、茂みの奥から聞こえる鼻息の数は、どんどん荒くなっていく。

 どうやら「数で囲めば勝てる」と、向こうは判断したようだ。

 

「まったく、伝説の剣ならもう少し感情を制御してほしいものね……」

 

 緊張で一筋の汗を垂らしながら、ルイズはぼやいた。

 デルフも悪いと思っているのか、「すまん」と短く謝る。

 ルイズは杖を油断なく茂みへ向けた。

 

 フリーレン召喚当初……まだ魔法が使えなかった頃。

 マルトーを助けようとして、オーク鬼に殺されかけたことを思い出す。

 

「大丈夫だよ。今のルイズなら、あの程度のオーク鬼は問題なく倒せる」

「……当然よ! わたしだって修行してるんだから!」

 

 緊張しながらも、ルイズは強気に言い返す。

 その間にも、向こうの準備は整ったようだ。

 数は……二十に増えている。

 

 この数で一斉に襲えば勝てる――そう考えたのだろう。

 だが、それが甘い見通しだと、すぐに思い知らせてやるとしよう。

 

「よし、やるよ」

 

 そう言って、フリーレンは杖を魔法で呼び寄せた。

 それを合図としたかのように、茂みの奥からオーク鬼たちが一斉に襲いかかってきた。

 

 

 

「さて、この近くかな」

 

 あの後。

 無傷でオーク鬼をぶちのめしたフリーレン一行は、そのまま連中が根城にしていた、崩壊した村へとやって来ていた。

 

「……にしても、あんた強いのね、アニエス。あそこまでやるとは思わなかったわ」

 すでに戦闘が終わっているからだろうか。感心した様子で、ルイズはアニエスに声をかけた。

 なにせ、彼女が本気で剣を振るうところを見るのはこれが初めてだったのだ。

 戦士にもシュタルクや才人のように強い者がいることは理解していたつもりだったが……それでも、想像以上だった。

 

「なに、一人で旅していた頃は、あれ以上のオーク鬼どもをまとめて討伐したこともある。それに比べれば、仲間がいる今はずいぶん楽をさせてもらったぞ」

 

 はっはっは、とアニエスは豪快に笑った。

 ルイズは軽く、先ほどの戦闘を思い返す。

 

〝防御魔法〟を覚えた今、そう簡単に死ぬことはないだろう――そう思ってはいたが、それでも死角からオーク鬼が襲いかかってくる場面もあり、決して楽な戦いではなかった。

 

 その死角を的確にカバーしてくれたのが、アニエスとシエスタだった。

 

 シエスタが、ルイズの背後から振り下ろされた敵の斧をデルフで受け止め、アニエスが未踏破の洞窟で手に入れた『魔改造銃』で反撃する。

 

 拘束特化の繭弾を敵の顔面に叩き込み、窒息させて動きを止める。

 その隙に剣が閃き、アニエスは豚亜人の首を一息に刎ね飛ばした。

 あまりにも鮮やかな手並みに、ルイズも思わず見入ってしまったほどだ。

 

 もっとも、ルイズもルイズで何もしていなかったわけではない。

 得意の〝一般爆裂魔法(エクスプロージョン)〟で残りのオーク鬼の群れを吹き飛ばすなど、きちんと戦果は上げている。

 とはいえ、その魔法を撃つ準備の時間を稼いでくれたのは、自分を守ってくれた二人のおかげだった。

 

「アニエスさんはスカロン叔父さんから手ほどきを受けてきましたからね。それにずっと武者修行を続けていたみたいですし、戦闘経験ならわたしより断然上だと思いますよ」

「……じゃあなに、あのオカマも相当に強いの?」

「少なくとも、私はまだスカロン殿から一本も取れていないからな。まだまだ修行中の身だ。精進せねば」

「ああ見えてジェシカも強いんですよ」

 

 ルイズは、巫女服を着てうねうねしていたオカマの店長の姿を思い出し、思わず身震いした。

 アニエスやシエスタの言葉が本当なら、あのオカマもオーク鬼程度なら苦も無く退治できることになる。

 

「ちなみにその、若い頃のスカロン叔父さんを鍛えていたのが、わたしの曾祖母、ヴィヴァンおばあちゃんなんです」

「彼女はスカロン殿以上にパワフルな御仁でな。幼少の頃、一度会ったことがあるが……まあ、勝てる気がしなかったな」

「わたしもです。……今思えばあの人、絶対わたしと同じ〝予知の力〟を持っていたと思うんですよね……」

 

 二人の会話を聞いて、ルイズは徐々に顔を青くしていく。

 この二人をしてたじたじになる人間って、それもう人間だったのだろうか? トロールとかサイクロプスとかの血が混じってるんじゃなかろうか。

 なんて失礼なことを考えていると、先を進んでいたフリーレンから声がかかる。

 

「いたよ。依頼達成だ」

 

 フリーレンはここで、崩壊した建物の隙間の前で屈んだ。

 ルイズ達もその隙間へと注目する。

 やがて、にょろっとした足さばきで、無傷の黒猫がそこからやってきた。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「ったくよー、なんでおれ様が猫探しなんざしなきゃならねーんだよ」

 

 在りし日の光景。

 どこかの村の中。鬱蒼とした森の中で若きオスマンはぼやいていた。

 名前も覚えきらない、どこぞの村人が飼っているペット探し。それを始めてはや二時間近く経過。

 なんの成果も得られません。さすがにオスマンもぼやき始めていた。

 

「っったく、それもこれもあれもどれも全部ヒンメルのせいだ。いつもいつも、二つ返事で請け負うなっつうんだよバカヤローコノヤロー!」

「言っている暇があったら目を皿にして探したらどうだ?」

 

 うがー、と大口開けてぼやいていると、木の上から声が聞こえてきた。

 

「そっちはどうなんだよビダー坊。ネコちゃんみつけたのか」

「いや、上から探したが成果がない。別の場所かもしれん」

「こーいう時、得意のせんじゅ……じゃなかった、『精霊魔法』だっけか? 使えたら楽に探せたのかね?」

「知らん。()()()()()()()()我には精霊の力の仔細が分からん。まあ仮に使えたとして、こんな些事に『大いなる意志』が答えるとは思えんが」

 

 木の枝から飛び降りて答えるのは、九歳程の少年。

 流れるような金髪の横に、長耳が主張している。エルフの少年だった。

 

「もう日が暮れるぜ。いつまで探しゃいいんだよ」

「ヒンメルと█ィ███リ█は向こうに行っている。一度彼らと合流するのも手だろう」

「思ったんだがよ、エルフのお前さんはこういうの、どう思ってんだ? やっぱくだらねーって思ってるのか?」

 

 おれは思ってるぞ、とばかりにオスマンは幼きビダーシャルに顔を近づける。

 ビダーシャルも、人間の飼っている猫探しなど、最初は放っておけばいいだろうと思っていたクチだった。

 それでいなくなるのであれば、それはもう自然の摂理だと。

 エルフとして生まれたが故の感性は、ずっとそう囁き続けている。その声自体は否定はしない。

 だが……、

 

 

「彼はそうやって(ムニィラ)を助けてくれたからな」

「……そういやそうだったな」

「ああして困っている者には誰彼構わず手を差し伸べていった結果、我の、たった一人の家族を救ってくれたというのであれば、その気持ちは無下にするべきではない。そう思っているだけだ」

 

 

 ビダーシャルはくすりと、おかしそうに微笑みながら歩を進める。

 オスマンは「かぁー」と、あくびしながらもそれに続いた。

 

 ヒンメル達と旅をして、かなりの歳月が流れた。

 この旅の終着点がどうなるのかは分からない。もしかしたら死ぬまでずっと続くのかもしれない。

 ……ただまあ、それならそれでもまあいっか。

 どことも知れぬ地の下に骨を埋めるのであれば、それもまた一興。

 当時のオスマンもまた、そんなことを考えていたくらいには、ヒンメルらと長く旅を続けていたのだった。

 それぐらい、彼も楽しかったのだろう。

 

「おーいオスマン! ビダーシャル! こっちにいたぞ!」

「おうやっとか! ほんっと、やれやれだぜヒンメルさんよぉ!」

「今ヴ█████アが追い立ててくれている! オスマンとビダーシャルは捕獲を頼む!」

「分かった。場所を示してくれ、我が捕まえる」

 

 

 こうして、二時間半にわたる探索劇の末、隠れるのが大好きな性悪猫を見事つかまえ、家族の元へ連れ戻すことに成功したのだった。

 

 そう、些細な思い出だ。でも、今振り返るとそれでも楽しかった。

 デルフの中に眠る、確かな記憶の残滓。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「……へ」

「なによデルフ、気色の悪い声出して」

 

 いきなり妙な声を出したデルフを見て、ルイズは思わず身をよじらせた。

 気持ちは分かるが、『勇者の剣』に怒鳴りつけたり、本当にこいつは『伝説の剣』なのだろうか。やはりいまいち信用できない。

 

「なぁに、昔ヒンメルたちと旅してた頃にな。こうして猫探しをしたことがあってよ、それを思い出しただけさ」

 

 デルフは気にした様子もなく、そう答えた。

 

 猫探しの依頼を無事に終えたルイズたちは、その足で村へと戻ってきていた。

 猫が無事帰ってきたことで、宿屋の主人はたいそう喜んだ。礼として、好きなだけ宿泊していていいと言ってくれたのだ。

 

 主人からの感謝の言葉を受け取ったり、宿泊手続きなどを使い魔のフリーレンに任せ、ルイズたちは一足先に、この宿で一番きれいな部屋で身体を休めていた。

 

「デルフさんも、ヒンメルさんたちと一緒に猫探しをしていたんですか?」

「まあな。あいつは本当に、お節介で世話焼きだったからなあ」

 

 どうやらハルケギニアに来てからも、ヒンメルは変わらず人助けを続けていたらしい。

 デルフもまた、フリーレンの魔王討伐の話を聞いて、どこへ行ってもヒンメルはヒンメルなんだなと感じていたのだという。

 

「そのせいで、オスマンとはよく喧嘩してたけどな。……まあ、振り返れば楽しい旅だったさ」

「そうなのね……」

「でも、そんな奴だったからこそだろうな。あいつの周りには貴族も平民も亜人も関係なく、いろんな連中が集まってきたんだ。古代竜退治は、その集大成みたいなもんだ」

 

 それにはルイズもシエスタも、深く頷いた。

 

「そうね。サフランおじい様も、お世話になっていたみたいだし」

「わたしもそうですよ。ヒンメルさんが来てくれなかったら、今頃タルブはコボルトの住処になっていて……わたしは生まれてこなかったかもしれませんし」

「色んな人助けをしながら世界を救った剣士か……。私も是非会ってみたかったものだな」

 

 アニエスもまた、しみじみと呟いた。

 

「そうさ、本当にあいつはすげえんだよ。……それなのに認めてねえとか、ぜってえおかしいってその剣……」

「またその話になるんだ……」

 

 ヒンメルを認めなかったという〝本物の勇者の剣〟のことを思い出したのか。

 デルフは再びぶつぶつと呟き始める。どうやらまだ腹に据えかねているらしい。

 

「でもさ、逆に言えばその辺にあるようなただの剣で、魔王を討伐したってことでしょ? それはそれで凄いと思うけど……」

「そうだな。凄かったのは剣じゃなく、それを扱う当人だったってことだ。それが分かっただけでも十分じゃないか?」

 

 特別な力が備わった魔剣でなく、普通の剣で魔王を討ったのなら、それはそれで箔が付く。少なくともヒンメルの評価が下がるような話ではない。

 デルフもそれに納得したのか、ぶつぶつ言うのをやめた。

 

「……まあ、それもそうだな。俺はただ、ヒンメルは間違いなく『本物の勇者』で『最高の剣士』だってことだけは伝えたかった。それだけだ」

「それはもう、わたしたちも分かってるわよ。気にしなくていいわ」

「そうですよ。自信持ってください、デルフさん」

 

 この旅の中で、ヒンメルの凄さは十分に伝わってきていた。

 ルイズでさえ、そう思うほどに。

 

「……ありがとよ、みんな」

 

 デルフもまた、嬉しそうにそう言った。

「よし、せっかくだしもう少し昔話でも語ろうかな。ここでオスマンもブチぎれたヒンメルの銅像制作エピソードとか――」

「いや、もうお腹いっぱいよ……。ただでさえ今日は慣れない依頼で疲れたんだから、ゆっくり寝かせなさいよ……」

「なんでえ、若いくせに体力ねえなあ、娘っ子は」

 

 昔話を拒否されたことで、デルフは軽く憤慨する。

 だが、ルイズだって眠いのである。

 

 そんな意識がぼんやりしていたからこそ、油断してしまった。

 つい、口をついて出てしまったのだ。

 

 

「うるっさいわね……。デルフもフリーレンも、年寄りだからか話が長いのよ。ちょっとは自重しなさいっての」

「……あ」

 

 

 シエスタが慌てて止めようとした時には、もう遅かった。

 アニエスも、デルフも、青ざめた顔でルイズを見ている。

 

「なによ、どうしたのよみんな……」

 そこでようやく、ルイズも気づいた。

 ちょうど部屋へ戻ってきたフリーレンが、ドアノブに手をかけたまま立っていた。

 耳をぴくぴくと震わせながら。

 

 え、なに? どうしたの……?

 

 この空気は何なのだろう。

 ルイズは本気で理解できていなかった。

 

 

「ルイズ、言ったな? 三回目だよ、三回目」

「……え、あ!」

 

 

 ここでようやく、ルイズも自分の失言に気づいた。

 

「い、いや違うのよ! おばあちゃん並みに話が長いってだけで、おばあちゃんだなんて一言も――!」

 

 慌てて弁明するが、もうフリーレンの身体は小刻みに震え始めていた。

 

 

 あ、ヤバい。

 その場にいた全員が、同時にそう思った。

 だが――もう遅かった。

 

 

『三回おばあちゃんって言ったらどうなるの?』

 

『泣き喚く。三日三晩泣き喚く。癇癪を起こした私は怖いよ。勇者ヒンメルでさえ恐れ戦いた』

 

 

 その日の夜から、フリーレンは三日三晩泣き続けた。

 

 

「ミス・ヴァリエール! どうにかしてくださいよ!」

「近所迷惑だと、村人たちが詰め寄ってきているぞ!」

「おまけに耳も元の長さに戻っちまってる。エルフだってバレたらまずいぜ!」

「分かってる! 分かってるわよ!!」

 

 ルイズも必死に泣き喚くフリーレンをなだめるが、まるで効果はない。

 

 騒音だと押しかけてくる村人をなだめ、エルフであることがバレないよう立ち回る。

 だがそれすら焼け石に水とばかりに、癇癪を起こしたフリーレンは泣き続けた。

 

「ねえごめんって! 謝るから! お願いだから落ち着きなさいよフリーレン!!」

 

 もはや懇願に近い声でルイズは訴えるが、フリーレンは構わず泣き続ける。

 

 濡らしたベッドや枕の数は十を越え、家具の上で蹲ったり、ベッドの下で転がったり。

 滝のように涙を流し、自分の髪を引っ張りながら高い場所から転げ落ちたりと大騒ぎだ。

 

 かの勇者ヒンメルですら身震いしたという異常事態を、ルイズたちも体験する羽目になった。

 

「そもそもなんで三回も言うんですか! かわいそうじゃないですか!」

「村人たちもそろそろ限界だ! 早く何とかしてくれ!」

 

 幸い、宿の主人は猫を助けてくれた恩義もあり、フリーレンたちを追い出すことはしなかった。

 だが、近隣迷惑になっているのは確かだった。

 村人の対応にも追われ、シエスタたちもすっかり疲れ切ってしまう。

 終盤には、流石のシエスタやアニエスですらルイズへの当たりが強くなっていた程だ。

 

「なによぉ! わだじだっで、わだじだっでこんなごとになるなんで思わながっだんだもん!!」

 

 ついにはルイズまで「うおーん」と泣き出した。

 

 プライドの高い公爵家の令嬢が、平民に詰め寄られて号泣する。

 そんな光景は、後にも先にもこれ一度きりだった。

 

 主人と使い魔による泣き喚き協奏曲を何とか乗り切った面々は、今後絶対にフリーレンを老人呼ばわりしないと固く誓うのだった。

 




「癇癪を起した私は怖いよ、勇者(ヒンメル)主人(ルイズ)も恐れ戦いた」ドヤァ


《おまけ 現時点でのデルフの前衛・使い手評価》
・シエスタ
「『使い手』じゃねえが、この中じゃ一番多く俺を使ってくれてるな。話し相手もなってくれているし、素直でいい子だ。
 握られた感じ、フィジカルはアニエスの姉ちゃん以上、シュタルクの坊主以下ってところだな。普段ぽけーっとしているくせに動く時はめっちゃ動くから、その度ルイズの娘っ子がドン引きして面白いぜ。
 他の奴等にはない特徴として、『予知』ともいえるぐらいに勘が鋭くてな、時折俺でも反応できない攻撃に対応する時がある。
 欠点は戦闘経験の低さと、『予知能力』が封じられると露骨に反応速度が鈍るってところだな。まあ、そんなケースは『封魔鉱』ぐらいの時しか、今のところ見たことはないが……。
 とりあえず、この時点でもそこいらのメイジにはまず負けねえと思える実力を持っているし、将来性も十分だ。期待しているぜ」

・アニエス
「シエスタの嬢ちゃんと違って元は普通の村人らしいが、戦闘経験は十分だな。『予知』も無いしフィジカル面では嬢ちゃんに劣るが、戦闘経験値はこっちの方が遥かに上だ。
 その経験から裏打ちされる判断力や、何が来ても怯まない勇ましさは、他の奴等にはない強さだと思ってる。時と場所が違えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() それぐらいキビキビとしていて俺は好きだぜ。
 あと銃の扱い方がうめえ。俺は銃じゃないからどうでもいい評価だが、外したのを見たことがねえ。『剣士でもあり、銃士でもある』って感じだな」

・シュタルク
「夢の中で会っただけだからまあ、現時点で確実性のある評価はできねえが……相棒(フリーレン)が太鼓判を押すだけのことはあるなってのは、俺も感じたぜ。
 フィジカルは嬢ちゃん、姉ちゃん、サイトの坊主よりも遥かに上。正直魔法も血筋も無しにあそこまで肉体強度が高い奴は初めて見たぜ。
 だってあいつ、柱のような大きさの蔓に潰されたり飛ばされたりしても、ピンピンしてたんだぜ? なんかおかしくねーか?
 しかも相棒の話を聞くと、あいつより上はまだまだたくさんいるとのことらしい。
 その上あいつの師匠は、自由落下程度は無傷、毒も効かない、ダイヤモンドすらも握り潰す化け物なんだとよ! なんかおかしくねーか!?
 生粋の戦士ってみんなそんな感じなのかね? 俺も相棒の世界に行ってみてえなあ。ハルケギニアより活躍できそうだしなあ。
 機会があれば是非俺を振るってほしいものだぜ。斧使いらしいけど」

・才人
「ハルケギニアとも相棒の世界とも違う場所から来たっていう坊主で、『もう一人の使い手』だが……うん、まあうん。今の時点だとちょっちコメントに困るね。
 いや、弱いとは思ってねえよ! ただまあ、上であげた連中が揃いも揃って……な感じがあるから、上手い評価ポイントが見つかんねえ状態なんだ。許してくれ。
 むしろ、剣を握って半年未満の奴があそこまでやれるんだ。将来性はある……と思う。
 ああでも、現時点じゃ俺の『本領』……魔力を使った補正操作は相棒(フリーレン)を除けばこの坊主のみが可能。つまり坊主はやろうと思えば『ヒンメルの動きをいつでもこなすことができる』ってことだ。まあそれを使うとなると、今の時点じゃ坊主の肉体的にきついだろうけどな。
 だが、そういう意味では『爆発力』はある。俺と坊主が本気になれば、全盛のヒンメルムーブができるってことは、覚えておいてくれな。
 ガッツもあるし、ああいうやつは何かしらやってくれるものだ。そういう意味でも、成長を楽しみにしているぜ」

・フリーレン
「現相棒でもう一人の『使い手』……なんだけどなあ。
 話し相手としては最高。ヒンメルのこと知ってるし、俺とヒンメル達との馬鹿話を楽しそうに聞いてくれる。そういう意味でも『旅の供』としては素晴らしいよ。うん。
 一方で、俺を使ってくれたのは古代竜の時、あの一回だけ。何度か使ってくれって懇願したんだぜ! なのにあいつ、『重いからヤダ』だと! お前『使い手』だろうが馬鹿野郎!
 よく分かんねえけど、『ガンダールヴ』の身体強化部分の大半はサイトの坊主に渡しちまったから、武器を握っても体が軽くなるわけじゃないらしい(解析はできるみたいだけど)。だから俺を持ちたくねえんだとよ。ふざけた理由だよな。
 ……っつうわけで、剣としての俺の役割はシエスタの嬢ちゃんに丸投げしている格好だ。ここまで使い魔の役割放棄している奴もそうそういないよなあ……娘っ子も大変だあね。
 ……ところで、女エルフの『使い手』って……、昔、いたようないなかったような……う~ん思い出せねえ」

・ヒンメル
「昔の相棒で、俺様も認める『最高の剣士』だ。『使い手』じゃねえけど、あいつ以上はマジでいねえ。
 確かに、度々イケメンポーズしたり銅像作ってもらったり、そのポーズ決めに何十時間も付き合わされてオスマンと喧嘩したりと、しょーもないことしてたけどな。
 でも、あいつは『錆びたままだった頃からの俺』を、ずっと使ってくれたんだ。信じられるか? あいつだけが俺を『特別な存在』であるってことを、一目で見抜いたんだぜ。魔法も使わず、ただ『勘』ってだけで。
 そうしてあいつと紡いだ旅路は、今となっては楽しい思い出だ。何よりも、『古代竜を討った英雄の剣』という、最高の二つ名も与えてくれた。剣としては、これ以上ない最高の(ほまれ)さ。
 でも望んで良いのであれば、もうちょっとあいつらと旅を続けたかった。本当に、惜しい奴を亡くしたものだぜ……。
『ホンモノノユーシャノツルギ』とかいうゴミはマジでくたばれ」


冒険もそこそこに、次回より第4章です。
みんな大好きあの子も動き出すじゃない。
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