使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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 本作を読んで頂き、ありがとうございます。お団子です。

 来週より第4章アルビオン導入編となります。かなりの長丁場となりますので、『アルビオン到着までの導入』の4章、『アルビオン事変』の5章という形で分けています。

 折角なので、現時点で書き上がっているこれからの各エピソードの一部を抜粋して先行公開します。
 どのような状況でこのやりとりが発生しているのか、楽しみにして頂ければと思います。
 ハーフなあの子もお転婆なあの子もようやく出てきますよ! レコン・キスタがないと本当にあの姫さまとの接点ってないんだなって……。

※エピソードは順不同です。


Chapter4 アルビオン導入編
『アルビオン編』一部本編先行公開



 

抜粋1『不穏前の平穏』

 

 さて、そんなこんなでラ・ロシェールをいったん離れ、鬱蒼と生い茂る雑木林の中。

 

「やや、お久しぶりですな、ミス・フリーレン! ミス・ヴァリエール!」

 

 斜陽に差し掛かる林の中、宙に灯りを浮かべながらジープを整備していたコルベールは、フリーレンたちの姿を見るなり嬉しそうな声を上げた。

 

「『お久しぶり』かな? 会ったの、ついこの間でしょ?」

 

 そう呟きながら、フリーレンはコルベールが整備していた鉄の黒棺――ケネディジープへと視線を向ける。

 

「へぇ……これが例の」

「そうなのですよ! いやはや、この丸い物体……『タイヤ』というのですかな? この板を踏んだ瞬間に回り始めた時は、もう本当に驚きましたぞ! 世界はやはり広いですな! こんな重い物体が、この板一つで自在に動くなどと!」

 

 コルベールは世紀の大発見でもしたかのような興奮ぶりで、まくしたてる。

 なお、運転の基本やジープの各部名称については、あらかじめオスマンからレクチャーを受けているらしい。

 ガソリンも『錬金』で生成可能となり、こうして本格的に運用できる環境が整ったというわけだ。

 

「本当に、このジープと巡り合わせてくれたことに感謝しますぞ! シエスタくん!」

 そう言ってコルベールは、シエスタに深々と頭を下げる。

「いえいえ! こちらこそ、動かせるようにしていただいて、感謝の言葉もありません!」

 シエスタも嬉しそうに頭を下げ返した。

 

「ねえフリーレン……これ、本当に動くの?」

 

 一方、ルイズは怪訝そうな顔でジープのフロントガラスを軽く叩いていた。

 その横でフリーレンは、左手のルーンを淡く光らせながら、ジープの各部に触れていく。

 やがてそのまま、操縦席に座り込んだ。

 

「これが『ガスペダル』、これが『ブレーキ』……ギアチェンジのレバーにバックミラー……、へぇ……」

 ハンドルに両手を添え、しばし考え込んだ。

「やはり興味深いでしょう? ミス・フリーレン」

「うん、そうだね」

 しばらくの沈黙の後、フリーレンはふとコルベールに視線を向ける。

 

「ねえ、運転してみていい?」

「え、できるの?」

 

 ルイズは唖然とした表情で問い返した。触ってまだ数秒しか経っていないのに。

「さっき、どうやったら動くのか『ガンダールヴ』で解析したからね。たぶんいける」

「……よく分からないけど、あんたのルーン、本当に便利ね」

 

 ルイズは複雑そうな顔で、使い魔の左手に刻まれている、契約印を見つめる。

 自分の系統もそうだが、このルーンは一体何なのか……。そんな契約効果、聞いたこともないし。

 

 一方のフリーレンも、この乗り物が扱いによっては『兵器』になり得ることから、ガンダールヴが反応したのだろうと内心で分析していた。

 もっとも、今はそんなことはどうでもいい。

 

「せっかくだし、ルイズも乗ってみなさいよ」

 キュルケに急かされる形で、ルイズもまた、半ば強引に後部座席へと押し込まれた。

「シエスタくんもどうぞ。ぜひ、このジープが動くところを見ていただきたい!」

「あ、ありがとうございます!」

 コルベールからそう言われたので、シエスタも、ルイズの隣へと乗り込んだ。

 ……と、ここで全員は乗れないことに気づく。

 

「あれ、四人まででしたよね……詰めれば座れるかな……?」

「私は構わん。まずは貴殿らで楽しんでくるといい」

 アニエスはそう言って軽く手を振る。

 

「あたしもいいわ。ジャン、付き合ってあげて。フリーレンだけじゃちょっと不安でしょ?」

 キュルケもコルベールの背中を押した。

「ええ、では……」

 

 コルベールが助手席に乗り込もうとした、その時だった。

 付き添いで来ていたアニエスの顔を見て、ふと足を止める。

 

 

「……失礼。あなたとは、どこかでお会いしたことが……?」

「いや……私は覚えがないが……」

 

 

 そう言うアニエスも、胸の奥がチクリと痛むような感覚を覚えていた。

 しばし、無言で見つめ合う二人。

 その様子を、キュルケが遠くから、ジト目で睨んでいた。

 

「ちょっと! 何お見合いしてるのよ! さっさと行ってきなさいっての!」

 

 キュルケに急かされ、二人は視線を外す。

 コルベールはそのまま、助手席へと乗り込んだ。

 

 


 

抜粋2『エルフの来訪』

 

 オスマンはゆっくりと立ち上がる。

 マチルダは「え?」といった表情を浮かべたが、その間にもオスマンはクローゼットを開け、旅支度を始めていた。

 

「え、え? 学院長?」

「わりぃな、マチルダ。ってなわけで、わしはしばらく席を外す」

「ええぇええ!?」

 

 マチルダは仰天の声を上げるが、オスマンはもう決めているようだった。

 

「ダチが頼ってきてるのに、見捨てるわけにはいかねえだろ? ヒンメルならそうするからな」

「で、でも学院はどうするのさ?」

「夏休みだし、今の学院など雑務がせいぜい。わしがおらんと回らんような仕事などあるまい、そうだろ?」

「い、いや……あんた、公爵との会談はどうするのさ?」

 

 ついさっきまで公爵との会談で忙しいとぼやいていたではないか。こんな対応をされては、ヴァリエール公爵だって困るだろう。

 そういう意味も込めて尋ねたのだが……。

 

「ああ、それか」

 

 軽く答えると、オスマンは杖をひと振りした。

 一枚の用紙と羽ペンが手元へ飛来し、机の上にすっと整う。

 オスマンはさらさらと文字を書きつけていく。

 思わずマチルダは、その用紙を覗き込んだ。

 

 ……最初の一文には、こう書かれていた。

 

 

 

 

『わし、しばらく旅にでっから』

 

『みらいのおうさまがんばえー』

 

 

 

 

(おぅふ……)

 

 もはや何も言うまい。

 マチルダは、再びこのふざけた手紙を受け取るであろう公爵の胃を、心の底から案じていた。

 もちろん別紙で事情はきちんと説明しているのだろうが……それでもなお、同情せずにはいられない。公爵に。

 

「第一、わしのような老い先短い老人に、いつまでも頼っていては国など引っ張れんぞ。民間魔法に関する教材も、すでにピエールには送ってある。あとは自分で研鑽を積むのが、未来の王族(あやつ)の務めじゃろうて」

 

 そう言いながら、オスマンは手紙をモートソグニルにくくりつけ、公爵へ届けるよう指示を出す。

 ネズミは「イエッサー」とでも言いたげに小さく敬礼すると、そそくさと部屋を後にした。

 

「いいのか?」

「構わん。事態の深刻さは、お前の方がはるかに上じゃ」

「……助かる」

 

 ビダーシャルもカップの茶を飲み干し、静かに立ち上がる。

 その頃には、オスマンの旅支度はすでに整っていた。

 

「というわけで、わしはこ奴と旅に出る。何かあれば、伝書鳩でもいい。連絡を寄こせ」

「……はいはい、分かったよ」

 

 マチルダは、すべてを諦めたような顔で頷く。

 どうせ何を言ったところで、この男の決意は揺らがない。

 

(私だって、ティファニアに危険が迫っていると聞いたら、何を差し置いても助けに行くだろうしね)

 

 無意識に、このエルフとティファニアの姿を重ねていたのかもしれない。

 だからこそマチルダは、何も言わずに去っていくオスマンとビダーシャルの背を、ただ静かに見送った。

 

 

 


 

抜粋3『牙を剥く脅威』

 

「あぁぁぁもう! つまんないつまんないつまんないぃ!!」

 

 アンリエッタとの会談を、ほとんど追い出されるような形で終えたベアトリスは、地団太を踏んで悔しがった。

 せっかくの目出度い結婚式。これを機に王室に取り入ろうと、わざわざラ・ロシェールくんだりまで赴いたというのに。

 振り返れば、無駄に喧嘩を売っただけで終わってしまった。

 

 いくら自分が大公国の姫とはいえ、やっていいことと悪いことの線を越えていることくらい、さすがに自覚している。

 

 昼間はヴァリエール、そして先ほどはアンリエッタ姫。

 側近のマザリーニでさえ、自分を見る目は冷え切っていた。

 

 しかもその三者は、父から「絶対に敵に回すな」と、口を酸っぱくして言われていた相手だ。

 もし喧嘩を売れば、自国の運営すら危うくなると。

 

(どうしよう……このまま帰ったら、さすがのお父さまもお冠よね……)

 

 甘やかされて育ったとはいえ、厳しいところは厳しい父である。

 忠告を破って好き放題やったと知れば、ただでは済まないだろう。

 ある程度冷静さを取り戻し、どうするべきか考え始めたその時……ふと、悪知恵がよぎる。

 

 

「そうだわ……『ヴァリエールとエルフは懇意である』と、その証拠を掴んで王室に報告してやれば……!」

 

 

 先ほどアンリエッタに叱責された理由は、「不確かな情報を事実のように語るな」だった。

 ならば、確たる証拠を掴んで提示すればいい。

 ヴァリエールとエルフの関係が公になれば、あの家の地位も失墜する。いかに大貴族といえどもだ。

 そうなれば父が王権を握る道も開けるし、何より自分の溜飲も下がる。

 

(よし、決めた! こうなったら何が何でもあの女の裏を暴いてやるわ! 見てなさい!)

 

 昼間に出会ったルイズの小憎たらしい顔を思い出し、ベアトリスの胸に黒い情熱が燃え上がる。

 そんな彼女に悲劇が訪れるのは、この後のこと。

 

 

「ベアトリス姫殿下、少々お時間よろしいでしょうか?」

 

 

 そう言って現れたのは、子飼いの『空中装甲騎士団』の隊員だった。

 兜までしっかり被り、完全武装している。

 

「なによ、こんな時間に無礼ね。用件なら後にしなさい」

「無礼は承知の上でございます。実は、『とある件』で、殿下にもご同行いただきたく」

 

 もったいぶった口調で、騎士は跪きながら告げる。

 苛立っていたベアトリスだったが、その妙に神妙な声音に、わずかに冷静さを取り戻した。

 

「……その『とある件』って何よ」

「――エルフの件でございます」

 

 その言葉に、ベアトリスは目を見開く。

 まさに渡りに船だった。

 

「いるの!? エルフが!!」

「目撃情報を掴んだのみですが、信憑性は高いかと」

「すぐに捕らえてここへ連れてきなさい! ヴァリエールとの関係を洗いざらい吐かせてやるわ!」

 

「それが……相手がエルフである以上、ヴァリエール家と繋がりのある可能性も高く、軽率に動けば後々問題になる恐れがございます。現場を確認する立場として、ぜひ殿下にもお越しいただきたく」

 

 その言葉に、ベアトリスは露骨に面倒そうな顔をする。同時に、わずかな不安もよぎった。

 確かに、その名に知れた『空中装甲騎士団』とはいえ、ただの騎士の証言だけでは、後で「捏造」と言い逃れされる可能性が高い。

 そういう面で、きちんと立場のある自分が赴くのは分からないわけではないが……。

 

「……大丈夫なんでしょうね? エルフって、無茶苦茶凶悪だって聞くけど」

「我々『空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)』の実力を、どうか信じていただければ」

「……昼間の騒ぎは、当然あんたも知ってるわよね?」

「問題を起こした者たちはすでに処分済みです。残った精鋭たる我々を、信じて下され」

 

 そう言われてしまえば、ベアトリスもそれ以上は言えない。

 

 エルフは怖い。

 だが、それ以上に……胸の奥で燻る黒い衝動が、「引き返す」という選択肢を塗り潰していく。

 

「いいわ、案内しなさい。確たる証拠さえ掴めば、もう逃げ場はないでしょう。エルフもヴァリエールも、その場で異端審問にかけてやるわ!」

 

 高笑いを上げるベアトリス。

 そうして彼女は、騎士に導かれるまま、人気のない雑木林へと足を踏み入れていったのだが……。

 

 


 

抜粋4『トリステインのお転婆姫』

 

 フリーレンは寝間着に着替え、すでにベッドの上で寝転んでいた。

 鞄から、まだ読んでいない魔導書を何冊か取り出す。完全にオフモードへと入っている。

 さて、シエスタたちが去った後……。

 

「あんた、それ……」

「ああ、これ?」

 

 怪訝な顔をするルイズに、フリーレンは本を向けて見せる。

 それはヴァリエール屋敷で手に入れた、あの何も書かれていない古ぼけた本だった。

 

「何にも書かれてない本なんて、読んだってしょうがないじゃないの」

「ふぅん……ルイズにはそう見えるんだ?」

 

 意味深な言い方に、ルイズは眉をひそめる。

 

「多分だけど、これはかなり強い魔力が込められてる本だと思うよ。私の勘だけどね」

「そうなの? わたしには何も感じないけど――」

 

 そう言いながらも、ルイズはフリーレンから本を受け取る。

 どうせ何も書かれていないのだろうと、軽くページをめくった……その時だった。

 

(……あれ?)

 

 思わず目をこする。

 もう一度、じっと見つめる。

 だがそこには、やはり何も書かれていない。ただの白紙だ。

 

 ……けれど。

 一瞬だけ、確かに『何か文字のようなもの』が、浮かんだ気がしたのだ。

 

(気のせい……よね?)

 

 旅の疲れだろう。そう自分に言い聞かせる。

 一応、最初から最後までページをめくってみるが、やはり何も書かれていなかった。

 結局、首をかしげながら本を返した。

「もう……変な本のせいで目までおかしくなったかと思ったじゃない」

 本を受け取ったフリーレンは、そんなルイズを興味深そうに見つめていた。

 

(今、一瞬だけ……ルイズの魔力と本の波長が合った気がする。気づいていないだけで、やっぱり関連性は高そうだね)

「まったく……くつろぐより先にやることがあるでしょー!」

 

 ルイズはそう言って、フリーレンの鞄を勝手に開けると、フライパンや鍋を取り出した。

 使うたびに洗ってはいるものの、そろそろ錆が目立ってきている。ついでに少し汚れた服も引っ張り出した。

 

 

「ほら、魔法。なんだっけ? こういう汚れを落とす魔法、あるんでしょ?」

「あるよ。〝カビを消滅させる魔法〟とか、〝しつこい油汚れを落とす魔法〟とかね」

 

 フリーレンは起き上がり、軽く人差し指を回しながら頷く。

 ルイズも、旅の中で何度かその手の便利な魔法の話は聞いていた。だからこそ、覚えたいと思っていたのだ。

 

「でもね、それらは一応〝伝説級〟に分類される魔法だから。そう簡単には習得できないよ」

「でも便利じゃない。いいから教えなさいよ」

 

 まあ、ルイズのやる気は悪くないし、教えること自体に問題もない。

 フリーレンはベッドから飛び降りると、杖を取り出して魔法を発動した。

 

 数分後。

 鍋やフライパンは見違えるほど綺麗になっていた。

 

「こんな感じだけど。どう? イメージできそう?」

 

 杖を横に置きながら、フリーレンはルイズの顔を覗き込む。

 だが……。

「……」

 ルイズは、綺麗になった用具をじっと見下ろしたまま、動かない。

 

「ルイズ?」

 様子がおかしい。

 

 よく見ると、焦点がわずかに合っていない。

 口元が、かすかに動いている。

 フリーレンは耳を澄ませた。

 

 

「……きょうに……せいち……だっかん……いきょう、から……せ……っかん……せ……い……から……」

「ルイズ?」

 

 

 明らかに異常だった。

 フリーレンは思わず、ルイズの両肩を掴んで軽く揺さぶる。

 

「ルイズ!」

「はっ!?」

 

 その一声で、ルイズの意識が戻る。

 


 

抜粋5『極光のワルド』

 

「大丈夫か!? 助けに来たぞ!」

 

 絶望の状況を救ったのは、青髪の青年だった。

 彼は大上段から片刃の大剣……それもサビたオンボロを使って、鋼鉄とも称されるミノタウロスの皮膚の上から、致命の一撃を与えたのだ。

 ミノタウロスは胸から大量の血を噴出させながら、その場に倒れる。

 

「ひゅう、やるねえ相棒。ササキの爺さんから教えてもらった技を早速活用してるじゃねえか」

「研ぎ澄ますとこんなにも変わるのか。ササキ殿の国はこんな剣技がいっぱいあるのかな」

「いつかは行ってみたいもんだなあ。ニホン……だっけか?」

 

 そんな軽口を、喋る剣と交わす青年。

 彼はしばし、「こんな僕もイケメンだろ?」というようなポーズで格好つけながら、助けた隊員を見る。

 

「お、おい後ろ! もう一体来るぞ!」

 

 隊員は思わず、ヒンメルの背後から襲い来る、激昂したミノタウロスを指す。

 同胞を魔法も使えぬ平民剣士に討ち取られ、涎を口から垂らしながら大声を上げて斧を振り上げる。

 しかし……青年、ヒンメルはくるりと振り向くと、一旦デルフを地面に突き刺す。

 そして、腰に差した曲刀……佐々木氏から譲り受けた『日本刀』の鯉口を静かに切って、中腰になって構える。

 

 一瞬だった。

 隊員の目からは、ヒンメルの片腕が陽炎のように揺らいだようにしか見えなかったことだろう。

 

 神速の抜刀。佐々木氏直伝の居合術。

 ちん、という音を鳴らした時にはもう、斧を振り上げたまま固まる牡牛の化け物が、ずしんと倒れ落ちた時だった。

 

「けっ、そっちも使うのかい」

「拗ねないでくれ。ササキ殿から貰った剣技は無駄にしたくないからね。何より格好いいだろう?」

 

 納刀しながら、残心……というには輝かしい笑顔のまま格好つけるヒンメル。

 彼は居合が気に入ったらしい。静と動が上手く調和するから格好つけがしやすいのだとか。

 

「はは……これはすごいな……」

 

 かろうじて助かった隊員は、羽帽子の奥で動揺の瞳を浮かべていた。

 まさか魔法も使えない青年が、剣一本……いや二本か。それで魔法を極めたとされる衛士隊ですら苦戦するミノタウロスをこともなげに屠るとは。

 

「大丈夫かい?」

「あ、ああ……助かった」

 

 ヒンメルは笑顔のまま、助けた隊員に語り掛ける。

 次いで、隊員の横で倒れる二人の怪我人に目を向けた後、すぐに顔色を変えて様子を見る。

 

「良かった、二人ともまだ生きているみたいだ。すぐ手当すれば、助かるかもしれない――――!」

 

 ここへ来た時に気付く。最初にデルフで倒した個体が、息を吹き返してきた。

 ミノタウロスはそのまま、立ち上がってヒンメルに斧を振り上げようとした。勿論ヒンメルも対応する。再び日本刀を構えようとした時だった。

 

 それよりも速く、紫電の閃光がミノタウロスの目玉を、その奥にある脳髄を焼いた。

 正確無比な稲妻の一撃が、ミノタウロスを一瞬で絶命させたのだ。

 

「おお……!」

「ひゅう、はえぇな……」

 

 ヒンメルとデルフは、共に感嘆した様子で助けた隊員……彼の杖先を見る。

 先ほどの瞬激は、どうやらこの隊員がやったものらしい。

 魔法の発射速度が、この世界に来て一番速いと思えたほど。オスマンよりも遥かに速く、ヒンメルの抜刀にも迫る勢いだった。

 

「これで貸し借り無し、ということにはできないかな?」

 隊員は帽子の奥で、にやりとした笑みと共にそう返す。

 

「あーあ、これで本当に精神力(たま)切れ。でも正直助かったよ。一発だけじゃあのミノタウロス二体は倒せなかったからね」

 羽帽子のつばを少し上げ、隊員はヒンメルを真正面から見る。

 

 

「ぼくはルーヴォワ。ルーヴォワ・ド・ワルド。これでも『極光』の二つ名を先王より授かった風のスクウェアメイジだ」

「そうか、僕はヒンメル。気ままに旅する剣士さ。よろしく」

 

 

 くるくると回した後、五サントもない短い杖を、腰にあるホルスターに差し込むワルド。

 早撃ちに特化した杖に装飾。二つ名といい、どうやら速度には自信があるような面持ちだった。

 

 


 

抜粋6『微熱の覚醒』

 

 

「あたしだって……これくらいボロボロにならなきゃ、会得できないってことなのよね……!!」

 

 痛みをこらえ、歯を食いしばりながらキュルケは立ち上がる。

 強風に煽られ、吹き飛ばされ、地面を転がされて。

 それでもなお、彼女は立ち上がった。

 

 やがて火竜が、雌雄を決するかのように口内へと炎を溜め始める。

 

「ブレスが来るわ! 早く逃げなさい!」

 モンモランシーの叫びが聞こえる。

 

(分かってるわよ……)

 そう思いながらも、キュルケは目を閉じた。

 

 ただ、集中する。

 先ほどから『炎球』を放ち続けたことで、ほどよい疲労感が精神を研ぎ澄ませている。

 極限なまでの精神統一の中、体内を巡る魔力の流れが、はっきりと『感じる』のだ。

 

 それを、意志で掴み、操作する。

 そして何より……、失敗すれば死ぬという、逃げ場のない状況。

 文字通りの『背水の陣』が、精神を更に高める。削り、研ぎ、尖らせる。

 その果てにある『気付き』へ、すべてを賭ける。

 

(ここで終わるなら……あたしはそれまでの人間だったってことよ!)

 

 ここを越えられなければ、あの二人には一生追いつけない。

 キュルケは静かに杖を掲げる。

 

 この最悪とも言える状況を覆してこそ、この苦難という壁を崩してこそ、その先に二人はいるのだ。

 

(大丈夫……イメージできる!)

 

 次いで思い描くのは『放出』のイメージ。

 ルイズは爆発。タバサは槍。マチルダは鍵。

 なら……、自分は?

 

 答えは決まっている。『炎球』だ。

 

 

 最も慣れ親しんだイメージ。

 それを核にし、魔法陣を『書き加える』。

 ここで使うべきは〝地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)〟じゃない。

 

 極限まで自分を追い込み、精神を削り切った先で、イメージを『飛躍』させる。

 すべては、あの二人に近づくために――!

 

 次の瞬間、竜の口から業火が放たれた。

 キュルケが普段使う炎を、覆い尽くすほどの圧倒的な火力。

 もはや回避は不可能。

 

「キュルケ!!」

 

 モンモランシーの悲鳴が響く。

 だが、死を目前にしたキュルケの表情は、驚くほど静かだった。

 ゆっくりと、杖先をブレスへと向ける。『三枚花弁の魔法陣』が浮かび上がる。

 

 そして。

 いつものように、『炎球を投げる』動作で、魔法を放つ。

 

 

「――――〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟!!」

 

 

 放たれたのは、青白い炎球。

 それは竜のブレスを正面から打ち消し……、なおも勢いを失わず。

 一直線にドラゴンの頭部へと突き刺さった。

 

 次の瞬間。爆発。

 五メイル以上ある火竜の頭を、今ので吹き飛ばしたのだ。

 

「……うそ」

 モンモランシーが呆然と呟く。

 その衝撃で、気絶していたギーシュも目を覚ました。

 

「ふぁ……一体どうなったんだい? モンモランシー……」

「まったく能天気ね、あんたは……。キュルケが火竜を一人で倒したのよ」

「へー……それはすごい……って、えぇ!? ドラゴンを!?」

 

 エルフと並び恐れられる存在――ドラゴン。

 それを同級生が単独で討ち取るなど、常識ではあり得ない。

 だが。

 

 目の前では、頭部を吹き飛ばされた竜が崩れ落ちている。

 それだけで、すべては事実だと理解できた。

 

「もしかして……〝一般攻撃魔法〟を使ったのかい?」

「え? 一般攻撃魔法?」

「まったく遅れてるなぁ、モンモランシーは。『民間魔法学』で最優秀を取った者だけが習得できる特別な魔法さ!」

「ああ……それね」

 

 モンモランシーは思い出したように頷く。男子たちが妙に盛り上がっていたあの魔法のことか。

 自分は興味がなくて流していたが。

 

(でも……もしそれでドラゴンを倒したなら……)

 モンモランシーはごくり、と息を呑む。

(とんでもない魔法じゃない……)

 使い方次第では、竜を一方的に屠れる可能性もある魔法。

『民間魔法学』で教わる魔法には、あまり攻撃系がなかったから、ちょっと油断していたけど、よくよく考えればないわけないじゃないか。

 これを極めたら、魔法のレベルがまた一段階変わるかもしれない。

 そう確信せざるを得ない光景が、目の前に広がっていた。

 


 

抜粋7『ようこそ白の大陸(アルビオン)へ②』

 

 

「――――はっ!!」

 

 裂帛の気合と共に、勇者ヒンメルはデルフを振り上げ、黒ローブを被ったメイジ達を吹き飛ばす。

 その隣ではオスマンが『風の刃(エア・カッター)』を詠唱と共に撃ち放つ。ヒンメルと違い彼は遠慮などせず、不可視の刃は敵の一人の利き腕を、杖と共に吹き飛ばす。

 

 しかし、彼らは飛ばされた腕や足をすぐに接いで、ヒンメル達に襲い来る。

 

「チッ、キリがねえ!」

「オスマン、彼らは操られていると思うか?」

 

 ヒンメルとオスマンは、互いに背中を合わせながら、こちらを取り囲む黒ローブの集団を見る。

 この戦いで分かったこと、それはたとえ腕を飛ばされようともすぐ治せるほどの高い回復力を持つこと、そしてどんなに吹き飛ばされようとも決して動じず、悪態や罵倒の一つもつかずに襲い来ることだけだ。

 

 一瞬、昔やりあった大魔族の一人、〝断頭台のアウラ〟の魔法を思い出したのだ。これもまた、同じ様な症状でこうなっているのかと。

 

「分かんねえ、少なくとも『ディテクト・マジック』には何の反応も無かった。系統魔法の仕業じゃねえのは確かだが……」

「別系統の魔法、とか?」

「先住魔法か……そっちは俺も専門外だからなぁ……」

「そうだな、これは『先住魔法』だ」

 

 二人の会話に解を告げたのはデルフリンガーだ。

 再び迫ってきた、黒ローブの一人の『剣化(ブレイド)』を受け止めながら、錆びた鍔で語り掛ける。

 

「じゃあやはり、彼らは操られてああなっていると?」

「いや、生気は感じねえな。多分死んでいるところを操られている……ってとこか」

「ケッ、『死者を操る』とか、胸糞悪ぃ魔法もあるもんだな、『先住魔法』ってのはよ!」

 

 オスマンはそう吐き捨てた後、『ウィンド・ブレイク』で周囲を吹き飛ばす。

 もっと攻撃用の魔法を使いたいところだが、火魔法は天候が嵐のおかげで十全な力を発揮できず、『稲妻』はずぶ濡れの自分達にも通電しかねない。

 なので風魔法で敵を船上から吹き飛ばそうとしているのだが、思うように上手くいかない。

 ヒンメルはさっきから、相手に気を使ってるのか必要以上に攻撃を加えないし。

「おいヒンメル! 手心加えんな! 殺す気でやんねえと俺たちまで危うくなるぞ!」

 オスマンは叱咤するが、ヒンメルは「しっ」と、人差し指で口元を押さえる。

 

「僕達の目的はエルフの彼女を助け出して脱出することだ。ここで必要以上に斬り合うこともない。僕が隙をついてあの子を助けて船から飛び降りるから、オスマンはその後のケアを頼む」

「はぁ!? 飛び降りる気でいるのかお前!?」

「このままだとアルビオンに着いちゃうんだろう? 彼女に賞金を懸けた元締めが『レコン・キスタ』で、連中がアルビオンにいるのなら、まずはそこから離れないと」

 

 彼自身は、あくまで冷静に、目的を見据えた発言を残す。

 オスマンはとりあえず、あいつら全員ぶっ飛ばしてこの船を乗っ取る腹積もりでいたのだが……、よくよく考えれば船の操作など分からないし、この集団を必要以上に撃破する必要性もそもそもないことに気付く。

 勿論、ヒンメル的には彼らを必要以上に傷つけさせないように、慮ってもいるのだろうが……。

 

「ったく、飛び降りた先はどうするよ」

「そこはあくまで、野となれ山となれ、さ」

「ノープランかよ馬鹿野郎! 一致番肝心なところだろうが!」

「じゃあこのまま、彼らと不毛な斬り合いを続けるつもりか?」

「……ったく! さっさと行けバカヒンメル!!」

 

 会話を打ち切ったオスマンは、風で周囲の敵を吹き飛ばしながら、自分たちが落下した後の事……、着地するにはどうするかを頭の中で思案する。

 

 


 

抜粋8『妖精の苦難①』

 

「うぅ……っ!!」

 

 首輪をかけられ、繋げられたリードで無理やり歩かされて。

 そして今度は無造作に、ティファニアは地面に叩きつけられる。

 

 彼女の周囲にはもう、首無しの化け物しかいなかった。

 さっき自分を連れてきた生きている人間……盗賊たちも、自分を連れてきたと知ったらもう、「後は要済み」と言わんばかりに殺された。

 

「ま、まってくれ!」

「約束が違うだろ! エルフを連れてくりゃ見逃すって……!」

 

 そんな断末魔を最後に、首無し集団に詰められ斬り殺されていった彼らの悲惨な姿を見たのが、ほんの数十秒前。

 

 ティファニアはもう、心底震えていた。顔は真っ青で、歩く足は子鹿のように震えて。

 本当に、自分は一体何のために生まれてきたのだろうか? やっぱり、『まじりもの』だから? 誰にも受け入れられないから? 存在しちゃいけないから? だからこんな目に遭うのだろうか?

 

(助けて、たすけてよぉ……マチルダお姉さん……)

 

 唯一親身になってくれた、母の忠臣の名前を心で呼ぶも、しかし、その願いは聞き届けられることは無く。

 ついにティファニアは、「処刑場」と思える様相……周囲に首なし死体がごろごろ転がる、悲惨な場所までやってきた。

 

 そして、地面に叩きつけられる。

 縛られて身動きできないのに、それでもなお数名の首無し人間たちが、彼女の身体を、頭を押さえつける。

 

 そんな中、ティファニアは見る。

 地面に頬を付けられながら視界の端に映ったもの。それは血に塗れた大斧。

 

「ぅ……うううううううう!!」

 

 ティファニアは猿轡の奥でくぐもった悲鳴を上げた。涙を零して必死に身じろぎするも、全てが意味のない抵抗にしかならない。

 

 死にたくない、死にたくない、死にたくない!

 

(助けて! 助けてよぉ! 誰でも、神様……マチルダ姉さん……!!)

 

 そんな懇願を断つかのように、ズガン! と、ティファニアの目の前に大斧は振り下ろされる。

 地面越しに伝わる振動音。それは自分の華奢な首など、苦も無く斬り落とせるだろう重厚な音を響かせていた。

 

(やだ! やだ!! 死にたくないぉ! たすけ、たすけ、て……)

 

 だが、そうする合間にも、大斧は徐々に持ち上がっていく。

 今度はもう、間違いなくティファニアの首筋に狙いを定めたものだった。

 

 ティファニアは目を瞑った。もう、どうあがいても、誰も助けてくれない。死は避けられない。そう思ったから。

 せめて、せめて痛みが一瞬で終わりますように、あと、向こうで父や母と会えますように……。そんな後ろ向きな願いばかりが叶うことを胸に、ティファニアは襲い来るであろう最後を受け入れ……。

 

 


 

抜粋9『選ばれし系統』

 

「分かったの!? わたしの系統、四大系統のどれになるの!?」

「落ち着いて、ルイズ。その前に、デルフにいくつか聞きたいことがあるんだけどさ」

「なんだ?」

 

 デルフはかちりと鍔を鳴らして、フリーレンの言葉を待つ。

 

「デルフって、六千年前から存在したって前に言ってたよね? その時のことって、何か覚えている?」

「うぅん……いや、まあ、どうだったかな……」

 

 うんうん唸りながらも、最終的には「わり、覚えてねえ」と、淡白に返した。

 この質問に何の意味があるのよ……! 長年不明だった自分の系統に関する話なだけに、ちょっとルイズはやきもきし始めた。

 

「じゃあ、ブリミルや『ガンダールヴ』については?」

「ああ……そりゃあ……ああそうだ、一つ思い出したぜ。俺は大昔、ブリミルが使役していた使い魔、『初代ガンダールヴの剣』だったんだ!」

 

 これは思い出せたとばかりに、デルフは大声で宣言した。

 

「え、ブリミルの使い魔が使っていた剣!? あんたが?」

 これにはルイズも噓でしょと首を振るばかり。『勇者ヒンメルの剣』、『古代竜を討ち取った剣』というだけでも贅沢過ぎる称号だと思っていたのに、この上更に『始祖の使い魔が使っていた剣』でもあったなんて!

 

「その『初代』について、何か覚えている?」

「うんにゃ……出てこねえけど……うん……でも、お前さんに近い……エルフだったような……そう、エルフだった気がする!」

「凄い爆弾発言ばかりじゃないの……」

 

 この上、更に『初代ガンダールヴ』の使い魔がエルフかもしれない可能性が出てきた。

 もしこれをハルケギニアで言い触らそうものなら、嘘つき呼ばわりされるどころか最悪、異端呼ばわりされた上でハルケギニアから追放されることだろう。

 

「私のようなエルフがブリミルの使い魔か……面白い話だけど、また話が脱線するからとりあえずはこのくらいにするとして」

「そ、そうよ! その大昔の伝説とわたしの系統に、何の関係性があるのよ!」

 ルイズは身を乗り出して詰め寄ったが、フリーレンはため息をひとつした後でこう続ける。

 

 

「逆にルイズはまだ分からないの? ここまで色々並べ立てられたら、思うところは出てくるでしょ?」

 

 

 それを聞いたルイズは、とある一幕が脳裏に過った。

 それは……フリーレン召喚当日。その日の夜。彼女から色々な話を聞いていた頃の記憶。

 

 

 

(じゃあ、ルイズの系統は『虚無』なの?)

 

 

 

 途端に、手が、足が、体全体が震えだす。

 何故かは分からない。でも、ここまで状況を並べ立てられるともう……!

 

「う、うそよ……だって……」

「ルイズが私につけた契約(ルーン)も『ガンダールヴ』。ブリミルが昔刻んだという力だって話だよ」

「ぐ、ぐうぜんよ、そう、ぐうぜん……」

「ありえない魔力量、爆発する原因、『ガンダールヴ』、そして未だ解消されない、魔力経路を阻む障壁。それは一つの事実に帰結するんだ」

「な、なんで今まで……黙って……て……!?」

「ごめん、オスマンに止められたんだ。その力を誰かに悪用されないように、しばらくは誤魔化してほしいって」

 でも……と、フリーレンは続ける。

 

 

 

 

 

「ルイズはいろんな経験を経て成長した。私が『大丈夫』だと思ったからこそ、今明かすんだ」

 

 

 

 

 

 そうしてフリーレンは、再び手をルイズに差し出す。

 二つの魔力球が、今度は形成された。

 その内の一つは、最近フリーレンが読んでいる『何も書かれていない、古惚けた書物』へと姿を変えた。

 

 


 

抜粋10『逆襲のアウラ①』

 

「さぁて、じゃあ改めて命令するわね。『上の鬱陶しい蠅を、その槍で撃ち落としなさい』」

 

 一方、アウラは嬉々とした顔で隷属した隊長に命ずる。

 隊長は、尚も身体を震わせ反抗の意思を見せたが……、もはやか細い抵抗にしかならず。

 数秒後には、その大槍を上空で旋回する……竜騎士たちに向けて撃ち放った。

 

「な、何が起こって……!?」

「ぐぁ!?」

「隊長が! 隊長が乱心されたぁ!!」

 

 地上から飛んでくる雷撃の嵐は、それだけで竜騎士隊を紙屑の如く吹き飛ばしていく。

 騎士隊は碌な対処が……離脱すらできなかった。それはただ、突如として隊長が乱心したからというわけではない。

 

「お、おい動け!」

「やめろグリーズ! 何故こっちに向けて魔法を撃つ!?」

「ど、どうなってんだ! 俺たち仲間だろ!? やめっ――――!」

 

 そう、この雷撃の嵐に乗じて、何故か乗り物の竜が反乱を始めたり、仲間同士で同士討ちを始めたり、いきなり自分の竜を傷つけ始める手合いまで現れる始末。

 このせいで、指揮系統が乱れに乱れた。互いが互いを傷つけあう。第三者からは喜劇(コメディ)にも見えるが、演じる当人たちにとっては、至極大真面目な悲劇(トラジェディ)

 逃げることも、戦うこともできず、空を見張っていた空軍も、あっけなく散り散りになっていく。

 

「あはっ、まだこれだけ活きのいい人間たちがいたのね。この街に来たのも、満更無駄ってわけじゃなかったみたいね」

 

 五分経たず、空を覆っていた竜騎士たちは撃ち落とされていた。

 代わりに、彼女……アウラに傅く兵と竜だけが、異様に増えた。

 

 

(な、なんなんだ、あの化け物は……?)

 

 

 これを影で、助けた少女と見ていたボーウッドは、動揺を抑えるのに精いっぱいだった。

 あんな化け物、聞いたことない。エルフよりも恐ろしい亜人なのではないか……?

 あんなのがアルビオンから解き放たれたら、他の国は、いやこの世界は、一体どうなってしまうのだ……!?

 そんな危機感さえ、今頃になって持ち始めていた程。

 

 

「いったでしょ、みんなくるっちゃうって……、街のみんなも、あんなかんじで……」

 

 

 少女はもう、全てを諦めきった声と顔に、ボーウッドに向ける。

 ボーウッドは錯乱しそうになるのを必死になって堪える。とはいえ……守るべき民である少女がいなかったら、一人だったら発狂している自信があったが。

 

(なんだ……? 我々は……どうやったら奴を倒せるというのだ……?)

 

 この国の切り札たる巨艦『ロイヤル・ソヴリン』はすでに奴の操る私兵に押さえられている。

 空軍としてのパワーバランスすらも劣勢と言っても過言ではないのだ。

 だからこそ、短期決戦を挑んだというのに……。

 

 本気で絶望を覚えているボーウッド。

 そんな、瓦礫の中へと隠れていた彼らを、一体の首無し兵が襲う。

 先の『雷撃』を逃れた、最初から操られていた兵の一体だろう。振りかぶった斧を、ボーウッドは風魔法を使って何とか逸らす。

 

「ぐっ……、くそぉ! 何故ここがバレた!!」

 

 しかし、そうして魔法を使ったところで、敵は一体だけでない、二体、五体、十体、二十体。敵は鼠のようにわらわらと増えていく悪夢。

 とうとうボーウッドは、隠れていた場所から追い立てられる。少女も勿論連れていたが、大通りのど真ん中。もっと言うなら、アウラと視線が合う地点まで来てしまった。

 

 

 そのアウラは、まるで品定めするようにこちらを見てきた。

 その瞬間、ボーウッドのこれまでの人生の中で、最大級の恐怖というものを初めて抱いた。

 

 

 アウラは無言で、ただにやりと口の端を歪める。それだけでボーウッドは足先が、生まれたての鹿のように震えてくる。

 

 何故かは分からない。でも、『もう自分達は助からない』。

 それだけは嫌というほどに分かる警鐘。

 

 全身から汗を拭きだし、魔法で反抗する術すら『無駄』としてしまうほどの戦慄。

 未知の化け物に自分の全てを食らわれるような、悍ましいイメージが、彼女のどす黒い瞳を見た瞬間に思い描けてしまった。

 

 やがて、アウラの持つ天秤……片方が異様に傾いたそれを、ボーウッドに向ける。

 ボーウッドは目を瞑った。殺すならいっそ、殺してくれと言わんばかりに……。

 そんな彼の耳に、彼女……アウラの言葉が聞こえてきた。

 

 

「随分と荒々しい登場じゃない」

 

 

 ――――へ?

 それは、ボーウッドに向けられた言葉ではない。別の誰かが来たのだろうか。

 ボーウッドは目を開ける。そして、ふと背中を向けると……。

 

 轟音を立てた鉄の塊が、死兵の群れを突っ切ってアウラの元へ向かっていく光景だった。

 

 

「――――うおっ!?」

 ボーウッドは少女を庇って慌てて回避する。

 その横を、馬より速い速度で駆け抜けた『それ』は、一気にアウラとの距離を詰めていく。

 恐らく、アウラを轢き殺そうとしていたのだろう。それぐらい、殺意の籠った突進だった。

 

 しかしアウラもまた、それに気づくと首無し兵たちを肉盾にして守りを固める。

 鉄の塊を操縦している『主』は、それに気づくとハンドルを素早く横に切って、アウラから見て右方向へと移動先を変える。

「あら、逃げるの?」

 アウラは離脱していく、『走る鉄館』を見据えて従僕たちに命じる。

 首無し兵は速やかに動き、数多の矢を去ろうとしていく鉄館に射掛けた。

 

 

「コルベール、運転代わって、ここから離脱して」

「は、はい!」

 

 

 操縦席でそのようなやり取りの後。

 走り去っていく鉄の塊から、一人の少女が飛び立つ。

 その者は二つ結びの白髪を揺らしながら、紅玉を備えた長杖を振り回し、巨大な防御壁……。六角形の半透明型の障壁を生み出す。

 その障壁は、車に向かって飛んでいた全ての矢を、悉く弾いていった。

 

 

 

 

「しばらくぶりだね、アウラ」

「そうねえ、約三年ぶりかしら。帰ってきたわよ。フリーレン」

 

 

 

 

 二つ結びのエルフの少女……。フリーレンは宙に浮き、眼下のアウラを睨み据える。

 対するアウラもまた、得意の『服従の天秤』をその手に持って、フリーレンを見上げた。

 




 以上、これから本格的にアウラも出てきます。
 前にも書いたかと思いますが、本作のアウラはネタ的な消費はしません。
『七崩賢』の大魔族としてヤバめに書いていきます。
 そんな彼女がアルビオンで何をしていたのか、それが判明するのが次の章です。過去編でヒンメルも出るよ!
 そんなアルビオン編が今週から始まります。よろしくお願いいたします。
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