マチルダが学院長室で、悲痛な叫びを上げている頃。
閑散とした広場、ヴェストリの広場では、青髪の少女が魔法の猛特訓を行っていた。
「――――はぁっ!」
〝飛行魔法〟で宙を舞いながら、杖先から閃光を迸らせる。
それは予め積んでおいた巨岩に、綺麗なまでの貫通痕を残していく。
青髪の少女―――タバサはそのまま、横に並んでいる他の巨岩にも、閃光魔法を撃ちこんでいった。
「――――ふぅ……」
一通り撃ち抜き修行を終えた後、タバサは地表へと着地する。
汗をぬぐい、誰もいないベンチの上でしばし、休憩する。そして自分が貫いた巨岩をしばし見つめていた。
〝
距離を伸ばすことも大事だが、いかなる状況でも即撃ちできるように対応した訓練だった。
幸い、射程距離はともかくとして、魔法陣展開から発射までの速度は、自分の中でも随一だと思えるくらいには高めたと思っている。
フリーレンやオスマンクラスはともかくとして、速度だけだったらルイズは勿論、マチルダにも負けないと思えるくらいには向上していた。
これを極めていけば、いずれは本当に達成できるかもしれない。
自分の中に秘した思い……父を奪い、母の心を壊した奴らへの復讐を……。
「きゅい、お姉さま、お腹すいた」
そう言ってバサバサと青の翼をはためかせてやってくるのは、召喚の儀で呼び出した己の使い魔、幼竜シルフィードだ。
分類上は『風竜』として振る舞わせているが、彼女は元々、竜族の中でも一際高い知性を持つ種族『韻竜』である。
高い言語機能とそれを操る知性、更には『先住魔法』と呼ばれる技術も備えており、必要とあらば人間そっくりに化けることもできる。当人はあまりやりたがらないが。
ただし、人間の間では絶滅したといわれるくらい滅多に見ない種族であるためか、揉め事を避けるために『風竜』であるとしているのだ。
これを知るのは自分を除けば、後は古代竜戦で戦った面々のみ。あれはもう仕方がないと、タバサも割り切っていたが。
そんな、ドラゴンの中でもかなりの希少種であるのだが……普段はそんな知性の欠片もないくらいに幼稚な面も持ち合わせていた。これでも数百年は既に生きているとのことだが……。
かぷかぷと自分の頭を甘噛みする幼竜をやり過ごしながら、タバサは言った。
「後で」
「きゅ~い、出たのね。お姉さま必殺のうたい文句『後で』って。そう言ってお姉さまは私にご飯くれるのを忘れるのね! だから今言うのね、お腹すいたお腹すいた」
「……分かった」
はぁ……と嘆息しながらタバサは修行を切り上げる。
一段落ついたとは思っていたし、修正すべき課題も見つけた。残りは明日やろうと思っていた。
「きゅい、ごね得、ごね得なのね」
一方のシルフィードは子供のようにキャッキャとはしゃいでいる。タバサは再び嘆息する。そもそもきちんと朝昼晩、ご飯はあげているし忘れているつもりはない。
ただ、その体格に違わぬ大食らいということもあって、馬鹿正直に彼女の要望に応えていたら破産する。自分の食費や勉強用の本も買いたいし、それに見合った節制をしているだけなのである。
まあ、彼女はそれがまだ分からないのだろう。人間社会の構造を理解するには、彼女はあまりにも幼すぎるのだ。
この前だって、おつかいを頼んだらどういう経緯か分からないが、あわや人攫いに攫われかけたなんてこともあったし。
「あなた、本当に数百年も生きているの?」
ふと、タバサはそんなことを呟いた。
フリーレンのことを思い出したのだ。彼女は千歳生きているのも納得の貫録を出しているのに、この使い魔がオスマン以上の年月を生きた、知性のある竜だとは到底思えない。
「きゅい、それはヘンケンってやつなのね、お前たち人間と比べてもわたしは長きを生きた立派な旧き眷属竜なのです。きゅい」
案の定、シルフィードは憤慨しながらそう返答した。
「とてもそうは思えない」
これまたタバサのばっさりとした反論に、更にシルフィードは「むきー」とばかりに翼を広げる。
「お前、あいつと比べているのね! あのエルフと! わたしのような韻竜を呼び出して使い魔としておきながら!」
「あなたを呼び出せたことに未練も後悔もない。むしろこれ以上ない成果でもある。でも、それを差し引いても彼女の方が優秀すぎる」
あなただって命を助けられたじゃない。
タバサにそう言われ、納得とばかりにシルフィードは項垂れた。
エンシェント・ドラゴン戦では、危うく取り込まれかけたのをフリーレンに助けられた。それもあるため、彼女の名前を出されると強く出られない。
自分と比べて優秀、そう言われる理由は分かる。
でも、納得いくかと言われたらそうでもない。
「でもあいつ、間違いなく『逸れ者』なのね。精霊と契約を交わせているって点では、シルフィが勝っているのね!」
「……『逸れ者』?」
聞かない言葉に、タバサは純粋に首を傾げた。
「『大いなる意志』からの恩寵を受けていない者を、そう言うのね! あいつ、エルフなのに全然精霊魔法を使わないじゃない! よく分からない魔法ばっかり使うけど!」
確かに。
思い返すと、フリーレンは全然『先住魔法』……シルフィードの言う『精霊魔法』を使うような形跡がなかった。
別視点からの指摘に、タバサは興味を惹かれたような面持ちを見せる。
「どうして、彼女は『精霊魔法』を使わないと思う?」
「元々、精霊の力を借りるには生まれたときに『大精霊』と契約を交わす必要があるのね! わたしたちも『ブレス』という、竜にとって大事な武器を捧げることで精霊様のお力を、『大いなる意志』から借り受ける許可をいただいているのね!」
シルフィードは口を開ける。ボウッ! とそこから小さな火が出る。
火を吐くこと自体はできなくもないようだが、火竜と比べるとなんとも頼りない勢いだ。一応、これが彼女の本気ブレスらしい。
「大精霊って、なに?」
「きゅい、目には見えない大いなる意志のことをそう言うらしいのね。わたしも物心つくころには契約を済ませちゃっているから、正直よくは分からないのね」
なんとも面白い話だと、タバサは思った。
メイジにとって異教徒扱いされるほどに憎たらしく思われている『先住魔法』に、そんなルーツがあったとは。
これは幼くとも『行使手』を使い魔としたタバサだからこそ、聞ける話だった。
「……彼女は、じゃあ契約をしていないと?」
「たぶんね。精霊のお力を借りた方が便利なことも多いのに、あいつ、全然使ってないじゃない。だからそうじゃないかって、シルフィードは思ったのね」
「彼女は、異世界のエルフと言っていた」
もしかしたら彼女の世界では、そのような契約をするしきたりがないのかもしれない。
ならば、先住魔法を全然使わないことについても納得ができる。
(今度聞いてみよう。精霊のことについて、先住魔法が使えるのかどうかも)
見識が深い彼女の事だ。それについての知識も既に蓄えているかもしれない。
今度、自分が立ちはだかる相手に『行使手』が出てくるかもわからないし、色んな知識を収めることは非常に大事だ。
そんなことを思案していた時だ。
「……あれ? お姉さま」
ふと、シルフィードは上空を見上げる。
タバサの上に、蝙蝠型の
その人形の足には、丸まった手紙が挟んである。
タバサは無表情な顔をしかめて、魔法人形が持ってきた手紙を受け取る。
手紙を広げる。そこにはこう書かれていた。
『任務を伝える。アルビオン港、ダータルネスの下記の小屋まで来られたし』
「お、お姉さま……」
シルフィードは息をのむ。あまりにも物々しい内容。
タバサの目は、氷のように鋭くなる。
「すぐに向かう」
タバサはそれだけ告げると、踵を返す。
「ごはんは好きなものをあげる。でも手早く済ませて。食べたら向かう」
「……きゅい! わかったのね!」
シルフィードは頷いた。
何事もなく終わればいいなあ。そう思いながら。
ガリア、プチ・トロワ宮殿。
ハルケギニア屈指の大国。千五百万人が住む国の首都、リュティスにある宮殿内。
その中でも小さき薄桃色の小御殿の中にて。
「……以上、『元素の兄弟』への連絡は既にあなたのお父様が済ませたとのことです。イザベラ殿」
「……分かったよ」
青の髪を腰まで揺らした、外見上は意地の悪い姫のような風格を纏わせる少女、イザベラ・ド・ガリアは眉間にしわを寄せて頷いた。
彼女の前には使用人の少女が傅いている。見てくれはどう見ても平民であるはずなのに、凛としたその姿勢は、歴戦の戦士のような雰囲気を漂わせていた。
「ご苦労、『地下水』。暫くは待機。指示があれば追って知らせる」
『地下水』と呼ばれた使用人は、深く頷きそれに応える。
彼女の手には一本のナイフが握られていた。
「さしでがましいことを言うようですが、放っておいてよろしいのです?」
「……例の吸血鬼の亜種かい?」
「今のところ、活動地域は遠方の村だけとはいえ、決して無視できる被害ではありませぬ。将来の禍根は早めに摘み取った方がいいかと思いますが」
ガリアの村々で起こる残虐事件について、宮殿が知らない訳ではない。
対処しようとこちらでもいろんな騎士を送ったが、芳しい成果は得られず。
とうとうイザベラが抱える騎士の中でも、有数の討ち手である『元素の兄弟』を送り込んだが、その彼らでさえ報告によると「簡単にはいかぬ手練れ」と返してきた。
「凄腕の奴ら『元素の兄弟』ですら全員でかからないと難しいと言ってきた連中だ。お前があいつら四人分に匹敵する実力があるというのなら任せてやってもよいけど……」
「さすがにそこまで自惚れてはおりませぬ」
謹直な態度で、平民のそれとは思えぬ優雅な姿勢で、使用人……地下水は答える。
彼女もまた、裏社会では名うてとされるメイジの一人。まるで地下室の水滴のように闇から闇へと消えていく様からそう呼ばれている、王国の暗部、
それゆえに、「簡単にはいかない」と元素の兄弟が評した標的を、自分が軽々と仕留められるとは到底思えない。地下水は素直にそう告げる。
「仕方がないさ、今は手駒が少ない。村の連中にはもう少しだけ泣いてもらうしかないけど……」
「できうる限り、監視は続けます」
「ああ、頼むよ地下水」
玉座に身体を沈めた、タバサと同じ色合いの青髪をなびかせた少女は今、心底物憂げな表情をしていた。
村を襲う化け物、各地で起こる不穏な空気感。それはこの王女も何かしら感じていたのだろう。
だが……、それ以上に『ある少女』の存在が、彼女の思考をいつも苛んでいる。
「……シャルロット様のことを、今もお考えですか?」
地下水の言葉に、イザベラは反応する。
「……人形七号といいなよ、今のアイツはただの騎士の一人、それ以上でも以下でもない」
「では、何故
地下水は三年前に起こった大事件を知っている。
今のガリアを、今後のガリアを揺るがす大事件を。
それ以来、シャルロット……、優秀な王弟の子として生まれたかの姫は、両親を奪われ、家柄をはく奪され、復讐を成すための殺意をひた隠しにした人形となった。
だが、それ以前のシャルロットは、父に似て魔法も優秀で、誰からも好かれる少女として知られていた。
イザベラはそのシャルロットに強い羨望と嫉妬を抱いていた。
自身は魔法の才がない。それ故に誰も自分を見てくれない。
嫉妬で誰かを焼けるのであれば百人は黒焦げにできるだろう業火が、常に自分の中で渦巻いていた。
昔の自分だったら、もしシャルロットがこうして身を持ち崩し、自分の部下となったとしたら、嬉々として危険な任務に……、例えばこのような妖魔討伐とかに駆り出したことであろう。
だが……、
「わたしももう、わかんねえんだ。あいつをどうしてやろうとか、そんな気が……どうしても湧かねえのさ」
色んな事件があった。
シャルロットが王権から追われる際に、本当に色んなことがあった。
それを経た今のイザベラは、シャルロット……人形七号……タバサと今は名乗っている少女をどう扱ったものか、完全に持て余していた。
かといっていまさらかくまうというのも変な話。最終的にイザベラは彼女を
なんか不完全燃焼のような気持ちを持ちつつ、かといっていつかは彼女をどう処するか、決めねばならない時が来る。それは分かっているのだが、はてさてどうしたものか……。
そしてそこで、いつもイザベラは思考をやめる。彼女のことを考えたくないのに、でも考えてしまう。
「とりあえず、ただ化け物に食われて終わりみたいな任務に、あいつを借り出す気はないよ」
「……やはり、少し心配しておられるのではないですかな?」
「地下水、余計な詮索は身を滅ぼすよ。長らく闇の世界を歩いてきたあんたが、それをわからないわけじゃあるまい。だろう?」
「出過ぎた言葉でした。申し訳ございません」
「そう、それでいいのさ」
そうやって地下水の言葉を、イザベラは諫めた。
「いいからもう行きな」と彼女が伝えると、地下水は「承知」の一言と共に姿をかき消す。
「ふぅ……」
と、地下水が去った後、イザベラは息を吐く。
やがて、彼女は玉座を立ち、廊下を進む。
「姫様、お加減のほどは?」
途中、使用人が気を利かせて尋ねる。
「別に、なんともないよ」と、手を振って使用人を払う。
昔はよく使用人をいびり倒していたが、玉座に座って以降は飽きた。そんな暇も無いくらい、忙しいというのもある。
使用人たちも、昔が昔なので脅えが少しありながらも、イザベラのことを案じている様子であった。
やがて、イザベラは地下室へと降りられる、魔法の昇降機がある入口へと立つ。
王家の血を受け継ぐ者しか入れない、特別な部屋へと向かえる道だ。
イザベラは懐から金色の鍵を取り出し、入口の鍵を解除する。
そして地下へと向かえる昇降機の中へと入ると、そこから数分かけて宮殿の底へと向かう。
やがて、巨大な振動音と共に昇降機の扉が開かれる。
そこに広がるのは、天井から魔法の光を照らしだす、特別な庭園施設。
周囲にはガリアの青たる
東西南北、四方にそれぞれ色とりどりの花が咲いており、道なりには花の手入れをするガーゴイルや
その中央には、青色で作られた銅像があった。
かつて、古代竜という名の厄災から
ガリアの王族は、十五歳になると必ずこの地を訪れる。
大っぴらに伝えるとロマリアからどのような物言いが来るかわからない。だからひっそりと、代々口伝として継承されているのだ。
シャルロットはこの場所を知らない。十五になる前に、王族を追われてしまったのだから。
だがイザベラは、かの事件が起こる前に、父ジョゼフに直に連れてこられてここへ来た。
『おれはずっと、彼のような〝勇者〟に憧れた。いや、今も憧れている』
『イザベラよ、彼らへの敬意は絶対に忘れるな』
「異国より来たりし
大昔の人物ゆえに、どんな人間なのか、イザベラは知る由はない。
ただ、思うのだ。魔法も使えないただの剣士が、厄災を祓った。そんな偉業を成した人物が、今のガリアの様相を見たらなにを思うのかを―――――。
さて、
高度三千メイル以上にもなる浮遊大陸。地盤に眠っている『風石』の暴走により、数千年前から空を舞台に『動く国』。
絶えず流れる川が大陸の端から零れ落ち、白の霧を生み出すことから別名『白の国』とも呼ばれる。
回遊ルートは時によってまばらで、ハルケギニアの海の端へと消えていく時期もあれば、『スヴェルの月夜』によってハルケギニアへぐっと迫るときもある。
潮の満ち引きが関係しているかとも言われているが、今のところ、その回遊ルートの法則性を見つけられた者は皆無。
そのため、時期によってはこの国の情勢が他国と比べて遅れることもある。メールも電話もない時代、情報の伝達が遅れるのは致し方がないこと。
そのため、今この状況において、かの国がどのような惨状になっているのか、正確に知る者はおそらく、一人たりとていないことだろう。
それほどまでに、徹底した『情報規制』を敷いていたのだから。
「ゆ、許してくれ! 命だけは――――!」
船で逃げようとした『脱獄者』の首を、ガーゴイルが無情にはねる。
意思無き魔法の人形は、この国の異常に気付いた者たちへの徹底的な処分に動いていた。
その悲鳴が響き渡る背景の中、アルビオンの首都、ハヴィランド宮殿。
本来ならば、そこにはこの大陸を運営する王族が住まう屋敷の筈だった。
その白一色に綺麗とした宮殿の王室に、『彼女』は向かう。
アルビオンの礼拝堂より復活した、かつての魔王直下の大魔族、〝七崩賢〟の一角。
そして今はアルビオンの新たなる主として君臨した。
その者の名は、〝断頭台のアウラ〟。
「本当に真っ白ね、飾り気がないというか。まあ、たまにはそれもいいか」
ハヴィランド宮殿の王室……かつては王様、ジェームズ一世が座っていた玉座に、アウラは座る。
彼女を咎める者は既にいない。アルビオンのノブリス・オブリージュはとうに潰えており、今は彼女の信望者が仕えるのみ。
アウラが座ると同時に、その者の一人……首無き従僕が、小机にあるカップに茶を注ぐ。優雅に足を組み替えながら、アウラは真っ赤な血のように揺らめく紅茶を見つめた。
「それにしても便利なものね、あなたの力」
やがてアウラは、下僕のように傅く首無き従僕の群れ……その中で唯一首がある女性に向かって声をかける。
「お褒めにあずかり恐縮でございます。アウラ様」
アウラの言葉に、女性は凛とした声で答える。
黒髪を流した女性だった。黒を基調とした服装を纏っており、その額には、フリーレンの左手と似たような文様が刻まれている。
女性は凛とした様子で、新たな主となったアウラに頭を下げていた。
「『
「私に操れぬ魔法道具はありませぬ。その気になればガーゴイルの大群だろうとサイクロプスのような
「ふぅん、そう。まだまだその底力は見せていないと。そう言いたいのね?」
アウラはカップを手に取り、口につける。
人間の飲むものなど、良く分かってはいない。だがまあ、悪くない味だとはアウラも思った。
まるで目の前の黒髪の女性のような、あってもなくても特に支障はないけど、いるとそれなりに満足する。そんな印象。
「でも、
アウラは心底おかしそうに笑う。
そう、目の前にいるこの女性も……最初からアウラに忠誠を誓っていたわけじゃない。むしろ、自分にはこんな化け物女よりも真に忠誠を誓っている殿方が、既にいるのだ。
この黒髪の女性……名をシェフィールドという。彼女は現ガリア国の王様に召喚された『使い魔』だった。
時の王にその力を見出され、あり得ぬ力を授かり、以後彼の従僕として、そして一番の右腕として、活躍したい、隣にいたいと思うようになった。
最初も、シェフィールドはガリア王に命じられ、アルビオンの調査に赴く者の一人だった。
だが、彼女は過信しすぎた。己の力を。
与えられし力を、自分なら誰よりも理解できると、そしてその力を是非我が主に見てもらおうと、勇み足でアウラに挑んだ。挑んでしまった。
その結果……彼女はアウラの〝
今の彼女は、アウラがその気になれば頭と胴体を簡単に両断できる権限を渡してしまっているのである。
その気がないのは、単純に『彼女を死体で活用すると、この神の頭脳と称される能力が消えるだろう』と判断しているため。
そのためだけにわざわざ首を切らず運用しているのである。
碌な情報がないまま大魔族に挑むことがどれだけ愚かであることか。
その身をもって、シェフィールドは思い知らされたのである。
「ま、いいわ。それよりそろそろ教えてくれないかしら? あなたを送り込んだ本当の主は誰なの?」
一通りカップの中の液体を飲み干した後、アウラは尋ねる。
しかし、それに対してシェフィールドは答えない。笑顔を張り付けたまま、彼女の魔法に抵抗していた。
「ふぅん? 首、いらないの?」
アウラは人差し指の腹で、自分の首を横に引く。
どれだけあがこうとも、自害を宣告すれば全て片をつけられる。そう言っているのであった。
しかし、シェフィールドは笑顔のままぷるぷると震え始める。
やがて、彼女の唇から一滴の血がこぼれ始めた。
それを見た瞬間、ほかの首無し従僕が、彼女を一斉になって押さえつける。そのうちの一人が白い布で、彼女に猿轡を噛ませた。
「あら残念、舌を噛み切って自害しようとしたみたいね。けど、あなたの命をどう扱うかは私が決めるのよ。勝手な真似をしないで頂戴」
脅しつけはしたが、現状、アウラはまだシェフィールドを真の意味で殺す気はなかった。
確かにこの女を送り込んだ主に関する情報は、決してしゃべらない。その忠誠心が時折うざったく感じるも、それを差し引いても『ミョズニルニトン』の効力はそれなりに大きい。
己の操る軍勢に加え、ゴーレムやアルヴィーという魔道具の勢力も自分の手で思いのままにできるからだ。手放すのはまだ惜しい。
アウラはそのまま手を振る。すぐにシェフィールドは首無しの従僕に両腕を捕まれ、別室へと送られた。彼女に治療を施すために。
「この世界の魔法使いは、魔法を使うのに『口語』が必要なのが面倒なのよね」
少し憂鬱な影を忍ばせ、アウラは呟く。
魔法を使うのに『杖』と『口語』が必要な以上、メイジは軽々に頭を飛ばすと戦力として大幅にダウンする。
魔法を使わせるように運用するとなると、頭は残さなければならない。面倒と言えば面倒だ。
〝
それをさせないために首を切って意思そのものを奪っていたのだから。
ただ、残念なことにこのアルビオンではごく一部を除き、そんな大層な精神力を持つ人間などほぼいなかったのだが。
現在、アルビオン軍の大半はすでに、アウラの手中に堕ちていた。操られた者は誰も彼も、アウラが新しい主だと信じて疑っていない。
これは、アルビオン人の気質も悪影響した。良くも悪くも上の言葉に従う『誇りある番犬』が是だと思っている彼らにとって、アウラの強制力はこれ以上なく強く作用したのだろう。
こんな呆気なく落ちるくらいに脆いのなら、『それなりに強力な魔法を携えた人間』でも徒党を組めば容易に堕とせたのではないだろうか。そんな事すら考えてしまう。
「ま、そんなことはどうでもいいことか。ねえ、
アウラはぱちんと指を鳴らす。
すると王室から、一人の青年がやってくる。
綺麗な金髪を短く刈り揃えた美青年だ。その瞳はまるで大海のように静かな色だと例えられるだろう。……正常ならば。
彼の瞳は、正常が青海のごとき青色だとするならば、今は嵐の中で荒ぶる海面のような濃紺に染まっている。彼はそのまま、アウラの前までやってくる。
「この国の新しい主は誰かしら?」
「……アウラ様でございます」
少し間をおいて、青年は答える。
「あなたはどこの誰なのかしら?」
「あなたの……愛すべき従僕、ウェールズでございます」
少しつっかえたような言葉と共に、自己紹介をする青年ことウェールズ。
「あなたがこれからやるべきことはなにか、分かっているかしら?」
「……トリステインに向かい……彼女を……アンリエッタ姫を……ッ!」
「はっきり答えなさい。首いらないの?」
何度も何度も脅しつける。
時に自身の命を脅迫に。時にまだ人質として取ってある従僕たちを盾に。
そうやって何度も心をへし折る。頭を飛ばせない以上、こうやって精神を折ることで洗脳の力を強めることにしていた。
その後もアウラは、何度か他の人間の命で脅しつけることで、ようやくウェールズの言葉を、より流暢にさせた。
「トリステインに向かい! 私が密かに想っている女性、アンリエッタ・ド・トリステイン姫を連れてきて! アウラ様に差し出すことでございまぁすぅ!」
「そーいうこと。そのためだけにあなたは生かしておいてあげているのよ。感謝なさい」
「ありがたき幸せでございまぁああああす!!」
トリステインという国は、他の国と比べてもメイジの比率が多いらしい。
それにまともな王がいなくて舵取りに難がある様子。そんな状況で姫を篭絡すれば、より混乱を誘うことができる。
それに乗じて、より戦力を補強する足掛かりとする。最終的には国を乗っ取る。
ウェールズはもう、狂ったような雄たけびと笑い声を吐き出しながら、やがてアウラに背を向け去っていく。
その背中は、どこか哀愁漂うものであったが、アウラにそんな心情が、伝わる筈もなく。
「さて、それじゃあそろそろ始めようじゃないの。フリーレン」
アウラはクスクスと笑みを強めて、死体ばかりの空間で声を吐きかける。
「今度こそ、今度こそあなたをこの手で服従させ、その首切り落としてやるわ。覚悟なさい」
死臭漂う玉座の間にて、三度相まみえるであろう宿敵の名を呼びながら。
レコン・キスタがいなくなっても即落ちは変わらぬアルビオンェ……。
ウェールズさんが操られるのはもはや様式美。
※タバサを呼び出したあの手紙は、イザベラ親子が出したものではありません。
つまり罠。