「ぅ……ん?」
微睡みから覚醒し、ゆったりと瞼を開ける。
ガタガタと揺られる小気味よい振動音で、金髪の少女……ティファニアは目を覚ました。
どうやら眠ってしまっていたらしい。格子から仄かに流れ込む二つの月光が、いやにまぶしく感じられる。
頭はまだ、うまく働かない。未だ視界で「ここはどこなのか」という判断すら得られないままだった。
(あれ……? わたし、なにしてたんだっけ……)
確か、ウエストウッド村……アルビオンの中でひっそりと存在する小さな村で、一緒に暮らす孤児たちに、夕食の準備をし始めていて……。
そこで……首なしの人たちと出会って……!
「ん……ぅう!?」
ここでティファニアは、一気に意識を覚醒させる。
そうだ、あの首なしの化け物に襲われて、『魔法』で対抗しようにもまるで通じなくて……!
それで、攫われゆく子供たちを助けようと手を伸ばしたら、後ろから殴られ気絶して……。
そして今、自分は一人きり。
身体を、手足を縄で縛られ、口に布を噛まされて。
おそらく馬車の荷台の中に、放り込まれている。
それが、今のティファニアの現状だった。
「……ようやく目を覚ましたか」
「うぅ……!」
声が、横たわるティファニアの上から降りかかる。
厳かな女性の声だ。ティファニアは思わず、そちらの方を見上げる。
ティファニアは猿轡の奥で小さく呻いた。
彼女の見上げる先には、エルフがいた。
自分と同じく、長く尖った耳に流麗な金髪をなびかせて。
座れるような段差に胡坐をかけて、腰掛けている女性がそこにはいたのだ。
(あ、あなたは……誰なの?)
一瞬、もういないはずの母の姿を重ね合わせたティファニアだったが……、こちらを見るそのエルフの目つきは、あのやさしき母のそれとは似ても似つかない。
本当に、彼女はいったい何者なのだろうか?
喋ろうにも呂律が回らない以上、意味のないくぐもった声しか出せない。
それでもティファニアは尋ねずにはいられなかった。
彼女も自分と同じく捕らわれたのだろうか?
でも、自分と違ってこの女性は特に縛られてはいない。
じゃあ見張り? 自分が逃げ出さないように、監視をしているのだろうか?
身じろぎして何とかコミュニケーションをはかろうとするも、芋虫のような這いずりしかできない。
そんな自分を、女性はどことなく冷めたような様子で見ていた。
「……ブリミルの継承者。その力の糸を手繰ってみたらまさかの
「んうう!?」
いきなり「ボンクラ」呼ばわりされ、思わず呻くティファニア。
結局、彼女は何者なのだろうか? あの首なし人間と何の関わりが?
子供たちはどうしたの? わたしはこれからどうなるの!?
「『契約』も『系統』も上手く扱えず、かといって燃え滾るような野心も無し。才能はあろうが……正直惹かれんな。まだ成り上がりを目に滾らせて試験を受けに来る在野の魔法使いの方が、心が動くというもの」
長い髪をいじりながら、女性は胡坐から足を組み替え片膝を立たせる。
さっきからこちらを品定めするかのような物言い。敵か味方なのか、さっぱり分からない。
でも、これだけは分かった。彼女は……自分を助けるつもりはないらしい。
「ぅ……うう!」
「聞き取れんぞ。身体は拘束されても魔法は封じられてないだろう。『精霊』に頼むなりなんなりして、自分で外したらどうだ?」
涙目で助けを訴えるも、女性は意地悪な笑みを浮かべてそう告げるのみ。
『精霊』って……母が言っていた『精霊の力』? 自分は扱えない。混じり物だから。
だから自分にとっての魔法は、ハルケギニアのメイジとほとんど変わらない。行使にはすべからく、杖が必須。
そしてその杖は、当然ながら取り上げられている。だから魔法は使えないのだ。
だから現状、自力脱出は不可能。
だから助けを求めているのに、この人は一体何なの……?
そこまで辿った時に気づく。ちょうど、また格子越しに光が当てられたから、より女性の素顔がはっきり見えたせいでもあるのだが。
このエルフ……、身体が半透明なのだ。
まるで幽霊のように、ゆらゆらとした映像だけが張り付いているかのような違和感が、そこにあった。
その時だ。
大きく揺れたと同時に、小刻みな振動が消える。
どうやら馬車が止まったらしい。どこかに着いたのだろうか?
「やっっとサウスゴータに着いたな……、肝が冷える思いだぜ」
「あのエルフを売れば、この国を脱出できる。本当に長い道のりだったな!」
「しっかし、最近の空の国は一気に物騒になりやがったな……」
「いいから、早くアイツを化け物に引き渡して終わりにしようぜ」
そんな会話と共に、がちゃりと扉が開かれる。
そこには、まともに首がつながった……ただし決して気質とは思えない風体の人間たちが、下種な笑顔とどこかしら焦燥を張り付けたような顔で、ティファニアに迫っていた。
「ぅ! ぅうう!!」
「おら、暴れんな! ったく、まさかエルフがアルビオンにいたとはな……」
足の縄を解かれて、代わりに最低限歩けるだけの長さの足枷をはめられて。
その上でを首輪から伸びる紐を強引につかまれて、ティファニアは起き上がらされた。
(た、助けて! 助けてください!!)
ティファニアは首を振りながら、必死になってまだ座ったままの女性エルフに懇願する。
何故か人攫いたちは、この座りっぱなしの女性エルフには一切反応しなかった。会話からして、確実に反応を示すだろうにも関わらず。
もしかして、見えているのは自分だけ?
いったい全体、本当にあの人はなんなの?
だがそんな悠長な疑問を胸に抱く余裕は、ティファニアにはなかった。
彼女はそのまま、たどたどしい足取りで外へ出される。そして、更に唖然とした表情を作る。
冷や汗を浮かべる盗賊たちの周りには、およそ数十は越える、自分たちを捕らえただろうあの首なし人間も多数いたのだから。
「……今より四年前、アルビオン王の弟、モード大公の醜聞の一つが発覚しました。エルフを妾にして、あろうことか子を成したのです」
時は同時刻。場所はハヴィランド宮殿。
真っ白な部屋の中に夥しい血がまき散らされた凄惨な部屋の中で。
「と、当時の私は歓喜で震えました……。これを上手く使えれば、今の王を玉座から引きずり下ろす、格好のネタにできると。政治に不満を抱く貴族に情報を流し、再び栄光の……第二のレコン・キスタを作らんと、い、色々情報操作に動きました……」
そんな中で、断頭台のアウラは目の前にいる、元はとても格の高い貴族だったのだろう……小男の懺悔を聞いてやっていた。
彼は両腕を首なし騎士たちにつかまれ、一切の抵抗をできないようにされていた。彼は心底青ざめた口調で、『当時』をアウラに語っていた。
「そ、それを察知したのでしょう。じぇ、ジェームズ一世もまた、影で色々……う、動きました。我々貴族派と、王党派、その静かな争いはその時に確かに起こったので――――「そんなことどうでもいいわ」」
男の声を、アウラは遮る。全部自分にとってはどうでもいいことだ。
この男……名前はサー・ジョンストンとかいうらしい。もし『レコン・キスタ』が健在なれば、司令長官を任されていただろうと豪語するほど、格式の高い貴族のようだ。
まあ、大きいのは態度だけ。鍛えてもいなければ魔力もそこまで高いわけじゃない。先祖が偉かっただけのボンクラのようだが。
長年潜伏していたアウラが、アルビオンの首都に単身乗り込み、ハヴィランドを『一日』で陥落させたのがつい一週間か二週間前のこと。
魔族の魔法に対する知識も対策も持っていない人間どもの集落は、たとえ強大な城壁と軍勢を要しようとも落とすのはたやすいことこの上ない。
なにせ、侵入を阻む〝防護結界〟すらもないのだから。
そんなアルビオンを陥落させたアウラが次に始めたこと。
それは優秀な手駒を集めることを目的とした『メイジ狩り』だった。
この世界にはヒンメルやアイゼンといった、素手や武器で百の魔物を屠るような怪力自慢はそういないらしい。強さの象徴はあくまでも『魔法』であり、それを操るメイジがヒエラルキーのトップに位置付けられているのだとか。
じゃあそいつらを手駒にすれば強力な軍勢を操れるかといったらそうでもなく、『口語』や『杖』が必要な関係上、どうしても首を堕とさず運用しなくてはならない。首を落とした場合、戦力としては二流以下となる。身体も鍛えたメイジはそう多くはないからだ。
あまりにもその落差がひどすぎるので、一時、洗脳後に首を落とさず殺しても魔法が使えないか、試したことがある。
こめかみを銃で撃ち抜かせるとか、毒殺とか、焼殺とか、絞殺とか。
首を切らずに殺す方法などいくらでもある。口だけ残して、魔法が使えないかの実験は何度もした。
だが、結局のところこの世界のメイジは魔力を、『精神力』として
メイジの魔法運用のメカニズムを解き明かせば、いずればそういった活用もできるだろうが、流石にそうする上で三年という時間は、あまりにも短すぎた。
そんなことをするぐらいなら、『洗脳』の力をより深めて生きたまま運用するのが手っ取り早かったので、こうすることにした。
なので、優秀だと思ったメイジは『洗脳』のまま、魔法を使えぬ者や反抗心の強い者だけ、首を落として運用していた。そこは臨機応変にこなしていくことにしたのだ。
そうして今は軍勢を増やしているが、最終的な目標は特に定めていない。
まあ、せっかくだしエルフの住むという『砂漠』、もしくは『聖地』とやらに殴り込むのも面白い。
気ままに攻めて気ままに手駒を集め、そして気ままに国を落とす。その辺の塩梅は、死を経た今となっても変わらないアウラなのであった。
さて、話を戻そう。
首なし軍勢を使った『メイジ狩り』でこの馬鹿を捕らえたのがつい先日。
泣き叫びながら命乞いをしてきたこいつは、「このアルビオンに関する重大な情報を握っているから見逃して」とほざいてきたのでそれを聞いてやっている途中なのである。
身の上話は正直興味はないが、「アルビオンにエルフがいる」という情報はなかなかに聞き逃せない。そいつが自分を屠ったあのエルフ……フリーレンである可能性もあるからだ。
ただ、聞いていくうちにどうやら違うようでもあるようだが。だが、エルフはどのみち野放しにするつもりはない。
「あなたのお涙頂戴話なんてどうでもいいの。聞きたいのは……そのエルフは今、どこに潜んでいるか。それだけよ」
アウラは、滂沱の涙を流すジョンストンの顎を、人差し指でくいとあげる。
するとジョンストンは蒼白となった。当然、そんなこと知る由もない。
「そ、それは……」
言葉はそこまで。ジョンストンは黙ってしまった。
この男はこの男で、決して小さくはない野心という名の火を、胸の内に抱えていた貴族のようだ。
長の不祥事をネタに、王政府を揺るがし、いずれは打倒し、国のかじ取りを己の手で担う。そんな、野心溢れる未来絵図を描いていたのだろう。
だが、その不祥事の扱い方を、ジョンストンは大きく間違えた。
その結果、モード大公を除くことはできたものの、それを圧倒的に上回る化け物が、アルビオンを闊歩する羽目となってしまった。
こんなはずでは……。顔で、涙でそれを語るジョンストンだったが、もはや言葉すらまともに考えられなくなったのだろう。
アウラの質問に、無言で返すだけになった。
「あっそ、もういいわ」
聞けたいことはもう聞けた。これ以上の新情報はもう出てこないことだろう。
それだけ分かったアウラは、ジョンストンに背を向け、歩きながら指をパチンと鳴らす。
メイジとはいえ、所詮は平民をいびることに特化した魔法。この程度の豚、不死の軍勢に加える価値も無し。
「ま、待ってくれ! まだ話は――――!」
そこから先は、断首の音が聞こえるのみ。
悲鳴を上げる暇すらなく、ジョンストンは隣で控えていた、首なし騎士の斧により絶命した。
「エルフか……」
さて、アウラは顎に指をあてて考える。
かつては魔王直々に勅命を下してまで行われた『エルフ狩り』。
最初は何をそんなに怯えているのかと思ったものだが、どうしてどうして、放っておいたら厄介な種を生むというのは、フリーレンとの戦いで身に沁みて分かった。
ジョンストンが語ったエルフがフリーレンであろうとなかろうと、野放しにしておく意味はない。
(それに、
次にアウラは、髪をいじくって考える。
アルビオンの地下深くにあるあの『洞窟』……。そしてその奥から感じる『強力な魔力の波長』。それを守るように鎮座する一つの魔力。
この地に住む人間どもは気づいてないのかもしれないが、今のアルビオン大陸があるのは、あの地を守護するエルフがいるからなのだ。
「なんにせよ、調査は大事ね」
三年に渡る潜伏を経て、ハルケギニアがどういった大陸かについては、大体わかってきたと思っている。
今はとりあえず、少しずつ進むとしよう。なに、時間などいくらでもある。
アウラは二つの月……、雲に隠れたせいで今は一つしかない、真っ赤な月を見上げていた。
同時刻。
アルビオン大陸、シティオブサウスゴータ。
「うぅ……っ!!」
首輪をかけられ、繋げられたリードで無理やり歩かされて。
そして今度は無造作に、ティファニアは地面に叩きつけられる。
彼女の周囲にはもう、首無しの化け物しかいなかった。
さっき自分を連れてきた生きている人間……盗賊たちも、自分を連れてきたと知ったらもう、「後は用済み」と言わんばかりに殺された。
「ま、まってくれ!」
「約束が違うだろ! エルフを連れてくりゃ見逃すって……!」
そんな断末魔を最後に、首無し集団に詰められ斬り殺されていった彼らの悲惨な姿を見たのが、ほんの数十秒前。
ティファニアはもう、心底震えていた。顔は真っ青で、歩く足は子鹿のように震えて。
本当に、自分は一体何のために生まれてきたのだろうか? やっぱり『混じりもの』だから? 誰にも受け入れられないから? 存在しちゃいけないから? だからこんな目に遭うのだろうか?
(助けて、たすけてよぉ……マチルダ姉さん……)
唯一親身になってくれた、母の忠臣の名前を心で呼ぶも、しかし、その願いは聞き届けられることは無く。
ついにティファニアは、「処刑場」と思える様相……周囲に首なし死体がごろごろ転がる、悲惨な場所までやってきた。
そして、地面に叩きつけられる。
縛られて身動きできないのに、それでもなお数名の首無し人間たちが、彼女の身体を、頭を押さえつける。
そんな中、ティファニアは見る。
地面に頬を付けられながら視界の端に映ったもの。それは血に塗れた大斧。
「ぅ……うううううううう!!」
ティファニアは猿轡の奥でくぐもった悲鳴を上げた。涙を零して必死に身じろぎするも、全てが意味のない抵抗にしかならない。
死にたくない、死にたくない、死にたくない!
(助けて! 助けてよぉ! 誰でも、神様……マチルダ姉さん……!!)
そんな懇願を断つかのように、ズガン! と、ティファニアの目の前に大斧は振り下ろされる。
地面越しに伝わる振動音。それは自分の華奢な首など、苦も無く斬り落とせるだろう重厚な音を響かせていた。
(やだ! やだ!! 死にたくないぉ! たすけ、たすけ、て……)
だが、そうする合間にも、大斧は徐々に持ち上がっていく。
今度はもう、間違いなくティファニアの首筋に狙いを定めたものだった。
ティファニアは目を瞑った。もう、どうあがいても、誰も助けてくれない。死は避けられない。そう思ったから。
せめて、せめて痛みが一瞬で終わりますように。あと、向こうで父や母と会えますように……。そんな後ろ向きな願いばかりが叶うことを胸に、ティファニアは襲い来るであろう最後を受け入れ……。
「――――ちっ、世話が焼ける」
バゴン! という衝撃音が、ティファニアの頭上から降り注いだ。
わずかに動く頭だけで見上げると、先ほど斧を振り上げていた首無し人間が、バラバラに吹き飛んでいた。
それを吹き飛ばしたのは、先ほど、荷車の中で一緒にいた女性。自分と同じ金髪と尖った耳を持つエルフだった。
首無し人間たちは、声こそ発さぬが慌てたような挙動をした。
手持ちの武器を構え、何処に誰がいるのかを確かめようとうろうろし始める。
どうやら相変わらず、このエルフが見えるのはティファニアだけなようだ。
そんな、警戒する彼らをあざ笑うかのように、女性エルフはとん、と手で首無し人間の体に触れる。
たった、たったそれだけで、彼らは吹っ飛んでいく。
見かけこそ「手で押した」だけなはずなのに。それだけで触れられた者は数十メイルは軽くその身を浮かせた。
あっという間に、ティファニアを押さえつける騎士たちはいなくなったのだ。
「……完全顕現でない状態では、この程度しか発揮できんか」
それでも、化け物を吹き飛ばした女性は、至極不服そうな顔をしていたが。
ティファニアは思った。結局彼女は、一体何者なんだろう?
助けてくれた……ってことは、やっぱり味方なの?
(あ、あの……、は、外してくれませんか……?)
抑えつけてくる者はいなくなったが、未だに自分は、腕は後ろ手に縛られ、足に枷を付けられ、口には猿轡、おまけにリード付きの首輪をかけられて……と、売りに出される前の奴隷のような惨状。
せめて会話だけでもしたいから、猿轡だけでも取ってほしい。そんな意思表示を目で訴えるも、やはり女性はそれを無視する。
「いつまで寝そべっているつもりだ? 新手が来るぞ」
逆に、まるで挑発するかのようにエルフの女性は首をくいと上げるのみ。
ティファニアは必死になって起き上がる。見れば、事態の異常を聞きつけ援軍がやってきたのだ。勿論、みんな首が無い。
「ぅ! ぐぅむ!!」
猿轡の奥で声を漏らす。何とか立ち上がったティファニアは足を動かし元来た道を逃げていく。
足かせをはめられているから、それでも亀のような歩みしか出せなかったが。
当然ながら、追手はすぐさまティファニアに追い付く。きめ細やかな金髪を無造作につかみ上げようと、その手が迫る。
〝
次の瞬間、グラグラと街全体を揺らすかのような地震が発生した。
次いで、追手の首無し人間たちは、地面から襲い来る岩柱に、身体を貫かれていく。
(なに? いったいなんなのこれ……!?)
凄まじい振動のせいで、立つのも精一杯ながらも、何とか耐えるティファニア。
その合間にも、襲い来る敵は全て地面から伸びる巨大な棘により、貫かれていった。
ティファニアは思わず女性のいる方を見る。彼女は背中だけこちらに向けて、悠然と歩いているだけだった。
(この地震、もしかして……この人が?)
状況的に、こんなことできる人間がそう居るはずはない。
もしかして、凄く強いメイジなのだろうか? エルフだから? 『混じりもの』でもないのだろうか?
ただ、今のティファニアはそんな質問を女性に返す余裕はない(あっても口枷の所為でしゃべれない)。
突き出た岩肌の奥から、さらなる援軍の手が迫ってきたのだから。
「ぅうううううう!!」
ティファニアは再び、必死になって逃げだした。
足枷のせいで途中、何度ももつれそうになりながらも、ティファニアはサウスゴータを脱出する。
かつてはアルビオンの交通網の中心街として有名だったかの古都も、いまやメイジを見つけ次第捕える首無し騎士の駐屯場となり果てていた。
まともな人間はすでに逃げ出し、さながらゴーストタウンのよう。
アウラの侵略を受けて、このような惨状となった街や領地は、かなりの数に上っていた。
そんな幽霊街を抜け出すも、何処へ逃げればいいのか、何処が安全なのか分からず、ふらふらと歩くしかないティファニア。
そもそもとしてまだ拘束されたままだ。早く、口枷だけでも外したい。余裕さえあれば、木の枝などを使って外そうとしたのだろうが……。
(待って! 待ってください!!)
ティファニアは内心叫びながら、未だ悠然と歩く女性エルフの背中を追った。
未だティファニアの背後には、数十にも上る首無しの軍勢が迫ってきている。
なんでこんなにも自分を殺そうとしているのか、攫われた孤児たちは無事なのか、それすらも分からない。
ただ、何もかも分からないまま死にたくはない。ティファニアは必死になって、目の前の女性に助けを求め続けた。
「……いい加減お前も何かしてみたらどうだ? 助けを乞うてばかりか?」
一方、女性は苛立ちを含めた声でティファニアをじろりと睨む。
元々助ける予定すらなかった。顔にはそう書かれていた。
事実、彼女はティファニアが死に瀕することで潜在的な魔力を解放し、自力で脱出してくる姿を期待したのだろう。
「ぅうん! むぅう!」
ティファニアは首を横に何度もふる。杖が無いから魔法は使えない。それだけでも伝えたかったのだが、上手く伝わらない。
「……本格的に外れを引いたか」
一方、ティファニアが何度も「自分は無力です」アピールして来るのを見て、女性は「はぁ……」と嘆息する。
そして立ち止まり、追いついてきたティファニアと正面から顔を合わせる。
不遜な顔つき。自分と同じ煌めく金髪と長耳を宿しながらも、立ち振る舞いは優しかった母とは似ても似つかない。
母以外で初めて見る同族なのだが、他のエルフも皆こうなのだろうか? いや、そもそもなんで自分しか見えないのだろうか? 疑問ばかりが湧き上がるが、今はそんなことを聞く余裕も権利も無い。
そうこうする内に、軍勢も追いつく。
再び、首無しの魔の手がティファニアに伸びそうになった時。
「もういい、分かった」
女性は高く手を掲げると、指をぱちんと鳴らす。
〝
高鳴るうねりと共に、風が回り始め、首無しの周りにまとわりついていく。
それはやがて巨大な竜巻となり、ティファニアと女性エルフを除く、全てを宙に巻き上げる。
そしてもう一つ。
〝
瞬間、風は業火に書き換わった。
首無しの人間たちは、一瞬にして赤黒の業炎の中へと飲まれていく。
(す、すごい……)
ティファニアは唖然として、この異常光景を見上げていた。
これがエルフの普通なのだろうか? 精霊と契約すれば、こんなことは当たり前にこなせるのだろうか?
「ぼさっとするな。一度ここから脱するぞ」
すると、今度は女性の方からティファニア近づく。
そして、その華奢な体を、むんずと掴んだ。
一瞬だけ、左腕だけ『顕現』したのだ。もし第三者がこの光景を見た場合、ティファニアの腰回りに誰ともわからぬ左手だけが絡んでいるのが見えただろう。
〝
次の瞬間、音速のような移動速度でティファニアと、女性エルフはその場から消え去った。