使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第79話『妖精の苦難②』

 

「……ぃだっ!!」

 

 身体がふわりと包むような感触に浸っていたティファニアは、ここでいきなり地面に叩きつけられた。

 

「ぅう……ったた……」

 鈍い痛みが身体全体にじわじわくるせいで、泣きそうになるのを何とか堪える。

 なんとか体を起き上がらせる。ここは……ウエストウッド村?

 見慣れた建築物がいくつも見えるから多分そうだ。あの一瞬で、ここへと戻ってきたのだろうか? 

 

「ボンクラの極みだな。お前のような奴が『今の器』なのか。……才能をここまでドブに捨てているとはな」

 

 ティファニアは声のする方向を振り向く。

 薪の束の上で、膝を片方、抱えるように座る金髪の女性がいた。自分を助けてくれた、あのエルフだ。

 

 身体はまだ縛られたままだし、足枷はそのままだし、なんなら首輪もついたまま。

 でも、今の衝撃で猿轡は外れた。なので、喋ることはできるようになった。

 首無し人間たちの気配もない。ようやく一息つけたティファニアは、まくしたてるように尋ねる。

 

「あ、あの……助けてくれて、ありがとうございます。……それで、それで!! あなたは何者なのですか? 村は、子供たちはどうなったんですか? あの首のない人たちはいったい……」

「せめて質問は一つずつにしろ」

 大声でまくしたてたせいで、長い片耳に指を入れながら、女性は少し顔をしかめていた。

 ティファニアも、焦ってしまったのをすぐに反省し、頭を軽く下げる。

 

「ご、ごめんなさい。え、えと……じゃあ、お名前、お名前をきかせてもらっても良いですか? わたしはティファニアと言います。ここで、ひっそりと暮らしてました」

「ゼーリエだ」

 

 つっけんどんながらも、とりあえず尋ねられたからにはと答える女性エルフこと、ゼーリエ。

 

「ゼーリエ、さん……え、えと、あなたはいったい、何者なのですか?」

「見れば分かるだろ。同族(エルフ)だ。お前と違って純血だがな」

「あの、身体が半透明なのは……」

「ああ、これか」

 

 ゼーリエはそう言うと、一度立ち上がる。ティファニアは一瞬、「ひっ」と呻いた。

 元々幽体のように半透明だったの彼女なのだが、その中でも左腕が消えていたのだ。肩から先が、炎のようにゆらゆら揺れているだけ。

 

「一瞬だけでも現実に『顕現』した代償だな。お前がもう少しうまく立ち回ってくれるのであれば、消さずに済んだものだがまあ、それはどうでもいい」

 サウスゴータから脱出する直前、ティファニアと共に〝高速で移動する魔法(ジルヴェーア)〟で移動する時。

 幽体のままであったゼーリエは、一瞬だけ『左腕のみ実体化』したのだ。そうしないと、ティファニアを掴めなかったからだ。

 その反動により、今のゼーリエの左腕は消えていた。

 まだ『意識』と少しの魔力しかこのハルケギニアに送れてないせいで、色々な制約が今のゼーリエには課せられていたのだ。

 

「お前の思念に直接、魔力を送り込んで『私』という存在を認知させたに過ぎない。今の私はお前しか認識できない幽体。故に『実体』があるわけではない。そんなところだ」

「意識? 実体? どういうこと……?」

「私は今、『別世界』から夢の世界を通じて、現実のお前に語り掛けている、ということだ」

 

 ティファニアは唖然とした。

 まさかの『異世界』。それにも驚いたけど、夢の世界を通じて思念を送っている? そんな魔法、聞いたこともない。

 これもエルフの「普通」なのだろうか? 他のエルフはみんなこんなことができるのだろうか?

 ただただ疑問府ばかりが浮かぶ。ティファニアは再び尋ねた。

 

「その、なんでわたしにそんな、思念を……?」

「……まあ、興味だな」

 

 ゼーリエはそう言うと、くるりと振り向き、村を見る。

 見渡す限り、家は燃え尽きたかのような焦げ跡が残されているのみ。自分とティファニア以外には誰もいない。

 そんな惨状が今のウエストウッド村だった。

 

「……今日の昼までは、のどかな村だったんです」

 背後で、消え入りそうな声でティファニアが語り始める。

 

「いきなり、首のない人たちが、盗賊の人達と現れて……魔法……魔法を使ったんですけど、その、首のない人たちには通じなくて……」

「何の魔法だ?」

 ゼーリエは踏み潰されて綿が噴き出している、汚れたクマのぬいぐるみを見つめながら尋ねた。

 

「『忘却』……っていうんです。わたしにも良く分からないけど、それを使うと相手の人の記憶を、取り上げることができるんです。悪い人達がここにくることはあっても、その魔法を使うことで、なんとかやり過ごすことができたんです」

「だが、今回は頭のない相手もいた」

 ゼーリエが、ティファニアの言葉を引き取るように言った。

 

「奴らには思考する力がそもそもない。故に『忘却』が通じなかった。そんなところか」

 

 すぐさま分析し、そう返すゼーリエ。魔法とは相性が多分に占める。

 伝説の系統とあれど、その一種類しか使えないのであれば、このような手合いに出会った時、対処ができないことだろう。別におかしいことじゃない。

 

「本当に、あの人たちは一体何なのかしら……? どうして、アルビオンに一体、何が起こっているの……?」

 

 消え入りそうな声で、ティファニアは呟く。

 ずっと人付き合いを避けてきてひっそりと暮らしてきた反動。そのせいで、アルビオンで、世界で何が起こっているのか、それ以前に一般的な常識ですら、今一つ曖昧な面があった。

 ぐすり、と涙がぽろぽろとこぼれる。孤児たちのみんなは、攫われて、あの後、どうなったのだろう?

 自分があんな目に遭ったことを考えると、やっぱり、あの子たちも、首を切られて……。

 

 

「安心しろ、子供たちは生きている」

「―――え?」

 

 

 急な言葉に、ティファニアは顔を持ち上げる。

 視界の先では、ゼーリエが立ち上がって周囲を見渡していた。

 

「このぬいぐるみやおもちゃ、調理器具についた魔力の痕跡を辿ったまでの事。おそらくどこかに閉じ込められているのだろうが……、魔力の流れは未だ健常なところを見るに、殺されたり操られたり、ということは無さそうだ」

 

 ゼーリエはそう言うと、鋭い眼力で遠くを見つめる。

 この人、やっぱりすごいエルフなのだろうか。エルフってみんなこんなことができるのだろうか?

 どうして自分はこれができないんだろうな。できたら、みんなを守れたはずなのに……。

 

 でも、とりあえず、みんな生きている。

 それだけ分かっただけでもティファニアは破顔した。

 

「お、おねがいします! ゼーリエさん! 助けてください! あの子たちを、どうか、助けてあげてください、お礼は何でもします! 何でもしますから!」

 

 ティファニアは何度も頭を下げる。

 自分じゃどうしようもない現状、彼女に頼るしかない。魔法の技術も腕前も、自分より遥かに高いであろう人であることはもう、疑いようが無いからだ。

 だから、何度も頭を下げる。自分の代わりに、子供たちを助けてほしいと。

 だが……、

 

 

「断る」

 

 

 本当にばっさりだった。

 ティファニアは一瞬、委縮で動きを止めてしまった。

 

「……え?」

「お前が助けに行けばいいだろう。何故私がそんなことをせねばならん」

「そ、そんな……だって、杖も無いのに……!」

 

 ティファニアは震える。杖が無い以上、魔法は使えない。

 そもそもとして使える魔法はその『忘却』のみ。

 

 大体杖があったとしてもだ。相手はその『忘却』が通じないあの首なしの化け物たち。つまり自分は、この戦いではどこまでも無力でしかない。

 立ち向かったところで、捕まって……殺されるのが、首を切られるのがオチ。

 あの重厚な大斧を思い出したティファニアは、恐怖で身体を小刻みに震わせる。

 

「い、意地悪言わないで……お願いします……お願い……」

 

 しかし、ゼーリエはティファニアを無視して、唯一屋根が焦げていない小屋の中に入っていく。

 元はそこそこに整っていただろうチェアハウス。扉を開けると、穴の開いたフライパンがひっくり返っており、卵黄が飛び散っている。卵を焼こうとして、その最中に襲撃に遭ったようだ。

 まあ、どうでもいいことだが。

 

 椅子も足が折れて横になっており、机には剣が突き刺さって。

 壁には色んな切り傷がある中、唯一無事だった椅子に、今度は胡坐をかいて器用に座る。

 そしてあくびを一つ。ゼーリエは考える。

 

(他の担い手は……すでに皆、『使い魔』を召喚済みか。四の四が復活しかけているのは間違いないようだが、『召喚権』を残しているのはあいつだけか……)

 

 確かに才能はあるのだろう。潜在能力も申し分ない。

 だが、野心があまりにも乏しい。おまけに、自力で魔法を研鑽し、発展させようという意欲も感じられない。

 

 ただその場その場を流れるように生きているだけで、何かに本気で打ち込むこともない。そのせいかどうかは分からないが、自分の潜在能力に気づくどころか、目を向けることさえない。

 要するに、戦乱の極みにある魔法使いを好むゼーリエにとって、ティファニアはまったく食指の動かない、平和ボケした魔法使いなのであった。

 

 そう考えると、フリーレンはやはり弟子に恵まれているのだと思う。あのボンクラよりも、ルイズという少女のほうが何百倍も鍛えがいがあるというものだ。

 虚無は関係ない。()()()()()()()()()()()()()()()()感想だ。

 

(さて、本当にどうしたものかな……)

 そうこうするうち、ティファニアもまた静々と入ってきた。

「あ、あの……縄、解いて、くれませんか……?」

 消え入るような声で、そう言ってくる。

 彼女はまだ、縛られたままなのだ。とりあえず、身体の自由を取り戻したいのだろう。

 

「自分で外せ」

 

 ゼーリエはどこまでも、突き放すように言葉を投げた。

 一応、ゼーリエの座る椅子の下に包丁が横たわっていたので、それを指先で浮かし、動かし、それをティファニアの前に投げつける。

「あ、ありがとうございます……」

 と、小さく頭を下げて礼を言うティファニアから、ゼーリエは視線をそらして窓から外を見つめていた。

 

 

 

「んっ……く……」

 後ろ手で包丁を掴みながら、自分を縛る腕の縄を、切ろうとするティファニア。

「ふぁ……」

 ゼーリエは何度目か分からぬあくびをする。

 明かりの一つもないせいで、闇が家の中を余すことなく浸している。

 ゼーリエにとってはどうでもいいが、ティファニアは暗くなっていくせいで、自分の腕すらまともに見えなくなっていく。

 

「づっ……!」

 

 ティファニアは呻いた。後ろ手で不格好に動かした所為で、指でも切ったのかもしれない。

 カタン、と包丁が落ちたのであろう音が聞こえる。どうやら随分と不器用らしい。まあ、立ち振る舞いからして分かり切ったことだが。

 

「うぅ……うぅうう……!」

 涙目で呻きながら、ティファニアは膝を折り曲げて包丁を探す。だが、部屋は闇が全てを支配している。

 再び縄を切る手段が消えて。今度は指から鈍くも熱い痛みがじんじんと湧き上がって。

 血が流れているのかもしれない。でも、何処を怪我したとか確認することも、包帯を巻くとかの対処も、今の不自由なティファニアはできなかった。

 

「あの……、ほ、ほうちょう、ど、どこ行ったか知りませんか……?」

 ティファニアはおずおずと話しかける。ゼーリエは無視して目を瞑っている。

 眠っているのだろうか? 良く分からないけど、でも、助けてくれる気はないらしい。

 

「どうして……? どうして、わたしばっかりこんな目に……」

 膝から崩れ落ちて、嗚咽を零す。

 子供たちを助けに行くどころか、自身の戒めすらまともに外せず。

 苦渋で、悲しみで涙をあふれさせる。心が折れてしまったようだ。

 ぐす、ぐす……。と、鼻を啜って痛みに耐えるティファニア。

 ずっと、このままなのだろうか? いやだ、いやだ……。と体を捩じるも、その度に縄が締まり、鈍い痛みが彼女を蝕んでいく。

 

「情けない奴だ。精霊も跪かせられんとは」

 

 さっきからゼーリエは、片足を立てて肘を置き、もう片足を椅子の下で振り子のように揺らしながら、そんなティファニアを見下ろすのみ。

 

「およそ優秀な血統からクソみたいな精神性。平和も過ぎるとここまで劣化するものなのか……」

「だって、だって分からないんです……。魔法なんて、『忘却』以外に使ったことが無いし……」

 未だ縄抜けすらできない不器用なティファニアを、ゼーリエは厳しい目で見つめていた。

 やがて、ちょいちょいと、ゼーリエは健在な右腕の中指を動かす。

「こっちにこい」ということなのだろうか? 言われた通り、ティファニアはゼーリエの椅子の前までやってくる。

 

「お前、自分の魔法を何だと思っている?」

 

 ゼーリエはティファニアが自分の前で正座したのを見ると、ぶらぶらさせていた方の足を、ティファニアの太腿に押し付け、踏みつけながら尋ねる。

 わざわざ足だけ『実体化』させてまで。

 

「え? その、なにって……」

「その様子だと、考えたことすらないらしいな。お前の魔法、その源流は何かについても」

「は、はい……。本当に、気づけば使えるようになっていて……」

 

 ティファニアはひたすら、困惑したような声で頷くのみ。

 あれ? そういえばこの魔法、いつ使えるようになったんだっけ――――。

 

 

『このことは、一度忘れなさい』

 

『それが、あなたのためなのです。ティファニア』

 

 

「――――うっ!」

 ティファニアは呻いた。何故か、記憶の奥でずきりとした「なにか」が走った。

 必死になって記憶の底を漁ろうにも、何故か思い出せない。

 なにか、大事なことを忘れているような……。

 

 

「……まあいい。思い出せんのならそれでいい」

 ゼーリエも、そこを気にしても仕方がないといった風情で、今度は踏みつけていた足でティファニアの腹にゆっくりとめり込ませる。

 

「思い出せんのならそれなりに、この魔法を発展、研鑽しようとは思ってなかったのか?」

「……はい」

 ゼーリエの足の親指が、ゆっくりとお腹に沈んでいく。

 痛みは無いけど、押された圧迫感で、少しティファニアは呻いた。

 

 

「その魔法、極めればあらゆるものを『分解』できると知ってもか?」

 

 

「――――え?」

 今度はゼーリエの言葉に青ざめる。

 

「お前の操る魔法は、世界を構成する物質、更にその微小からなる『粒』に干渉する力。火、土、水、風、この地のメイジが扱う『系統』よりも更なる原点。『忘却』もいうなれば、脳内に流れる『記憶という繋がり』を解消し、分解するものに過ぎん」

 

 故に、虚無。

 

「お前の扱う魔法は、この世界のメイジの頂点、ブリミルが見出し発展させた力。それを受け継いだものだ」

 

 ティファニアの操る魔法は『虚無』である。

 そのことを、あっさりと当人に伝えるゼーリエ。

 

「だから、極めれば記憶のみならず、物質全てに干渉し、自在に分解、再構築も可能となる」

 

 その究極が『生命(せいめい)』にあることも、ゼーリエは当然知っていた。

 かつて、あらゆる賢者が挑みながらも遂にたどり着けなかった至高の域。

『生命』への自在な干渉。

『生きる魔導書』とも称されるゼーリエが、ブリミルに一目置く理由の一つである。

 

「わたしが、『虚無』?」

 

 ティファニアはぽかんと、放心していた。

 一応、五大系統……そのあらましについては、マチルダによってある程度説明を受けている。

 だから、『虚無』という系統がどんな存在なのか、それについてはティファニアは知っていた。

 

「そんな、『混じりもの』のわたしが? 虚無なんて……」

 

 だが、到底ティファニアは信じられなかった。

 人間とエルフのハーフ。それゆえにどこにも居場所が無い。

 そんな寂しい幼少期を送っていたティファニアは、子供の頃から『自身』とは無縁の生活を送っていた。

 不思議な魔法『忘却』についても、自分は他の人とは違うから、だから魔法も皆と違うという、そんな理由でそれ以上の思考を止めていた。

 

 ただ、静々と、何も知らない子供たちと暮らしていけば、それでよかった。

 それ以上を、望んだことなど無かった。

 

「そんな平和ボケした感性で過ごした『ツケ』だな。この惨状は」

 

 ゼーリエは足の親指をもっと強く、ティファニアのお腹にめり込ませる。

 今度は鈍い痛みが伝わって、「えぐ、ひぐ……」と、顔を歪めるティファニア。

 縛られているから、ゼーリエの行動になされるがままでいるしかない。

 

「お前がもう少し魔法を極めてその域にまでたどり着けていれば、あのような木偶の群れ如きに、やられることもなかったろう?」

 

 全ては魔法の研鑽を怠ったせい。

 平和を享受するのは良い。だが、それにかまけて研鑽を怠れば、未知の脅威が迫った時に対処など、できるはずもない。

 

「お前自身、己の才能との希少性に気付けていれば、こんな奇襲がいずれくることぐらい、容易にイメージできただろうに」

 

 エルフと人間という二面性に加え、扱う魔法は『虚無』。

 当人はずっと静かに暮らしていたかったらしいが、そんなことが許される身分じゃないのは、ちょっと頭を働かせれば分かることだろう。悲哀に酔って、真実から目をそむけた結果。大事にしていた者はみんな奪われ、あまつさえ己の命すら危うくさせた。

 

 

「だからお前はボンクラだというんだ。ティファニア・オブ・モード。大公の娘」

 

 

 ティファニアは「はっ」とした。それは、父の名字。

 このひと、どこまで知っているの? 父の名前すらも、自分はその人の娘であることも、お見通しであるという事なのだろうか?

 

 だが、ティファニアに「質問権」など存在しない。

 ゼーリエはそのまま、押し付けていた足を引き上げ、今度は豊満な双房の上にかかとをのっける。

 そして、足先でティファニアの顎を持ち上げた。

「ひぐ……」

 逆にティファニアは、ゼーリエの親指に持ち上げられる形で、彼女を見上げる格好となる。

 二つの月を逆光にして、こちらを見るゼーリエは、今までティファニアが感じたことのない、圧倒的な強者感を植え付けさせられる。

 

「いいか、『魔法はイメージの世界』だ。脳内で鮮明に『光景』を思い描くこと。それが魔法の世界における基礎中の基礎だ」

 

 傍若無人さを押し出しながらも、教え慣れたかのような口調でもって、ゼーリエはティファニアを導き始める。

 

 

「果たしてお前は何を望む? 思い描いて、吐き出してみろ」

 

 

 そこまで言われて、ティファニアは苦しそうにしながらも……言われた通りに思い描いた。

 

 

『ティファニアお姉ちゃん!』

『きょうねー! 向こうで野イチゴ拾って来たのー!』

 

 そう言って、屈託ない笑顔で懐いてくる、子供たちの光景。

 

『こら、走るんじゃないよ。こけるだろ?』

『うえーん! マチルダお姉ちゃああん!』

『ほら、言わんこっちゃない。膝見せな』

 

 時折帰ってきては、一緒になって世話を焼いてくれる、頼もしい姉貴分。

 

『ティファニア、ちょっと、薬と包帯持ってきて』

『はぁい、エマ、ちょっと待っててね』

 

 笑い合って、支え合って。そうやって、静々と、でもかけがえのない大切な日々。

 

『これでよし、と』

『ありがとーティファニアお姉ちゃん!』

『いいのいいの。それよりもう怪我しないよう、気をつけてね』

『うん!』

 

 孤独だった自分の心を温めてくれた、大切な人たち。それを取り戻したい。

 ティファニアは、またあの光景を取り返せるようなイメージし始めた。

 

「……助けたい、みんなを、助けたいです!」

 

 涙を流しながらも、一旦決意を決めると、芯のある煌めきを瞳の中に宿らせ始める。

 それを見たゼーリエは、ようやく少し、口元を微笑で緩ませた。

 

 

(流石に才を活かせぬごく潰しではないようだな)

 やればできるじゃないか。そんな感想をこの少女に抱くゼーリエ。

 

 

「いいだろう」

 そう言って、ゼーリエは足を戻し、椅子から立ち上がる。

「え!? いいって……どういうこと?」

 一瞬、ティファニアの目に希望で輝いた。もしかして、一緒に助けてくれるのだろうか?

 

「勘違いするな。私が助けに行くことはない。()()()()()()()()()()()()()()

 

 と思いきや、すぐ冷や水のような言葉が返ってきて、しゅんとするティファニア。

 でも……、と気を取り直して歩くゼーリエを見る。彼女の右足首も、さっき実体化させた反動か、透明になって消えていた。

 それでも立つ分には問題なさそうに、そのままゼーリエは膝をついてティファニアと目線を同じくする。

 

「助けに行くのはあくまでお前自身だ。それを忘れるな」

「で、でも……」

「慌てるな。ゼロばかりなお前に『一』となるきっかけくらいはくれてやる」

 

 そう言うと、ゼーリエは掌の上で青白い光球を作り出し、それを人差し指へと集中させる。

 ティファニアはただ、呆然とそれを眺めることしかできない。今まで感じたことのない神秘性を、微かながらのその光から感じるのだ。

 

 

「〝魔力探知〟と〝防御魔法〟のやり方を脳内に直接叩き込んでやる。それを駆使して、子供たちを救ってみせろ」

 

 

 そう言うと、ゼーリエはデコピンの要領でティファニアの額を軽く叩く。

 叩かれたティファニアは、頭が一瞬、真っ白になるかのような情報の濁流に、飲まれていった。

 魔法を二つに絞ったのは、未知の魔法を『習得』できるレベルにまでティファニアがついてこれるようにした措置だった。

一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟も送ってやりたかったが……これ以上は彼女の精神がパンクする。

 

 それでも、ぐるぐるとめぐっていく別世界の魔法という情報に、とうとうティファニアは目を回していく。

 やがて、ばったりと倒れて意識を失ってしまった。

 

 

「……さて、どう化けるか見ものだな」

 

 倒れたティファニアを見下ろして、ゼーリエは立ち上がる。

 弟子にするかは現状、保留だな。才はあるが、やはり野心が足りないのは如何ともしがたい。

 この試練をどう乗り切るか。それで決めるのもいいだろう。

 ゼーリエはぱちんと指を鳴らす。サービスで、縄や首輪、足枷も全部外してやった。

 ようやく自由になれたティファニアは、それでも目を覚まさず、くぅくぅと寝息を立てている。そのまま眠ってしまったらしい。

 まあ、それについてはどうでもいい。どの道、これ以上は幽体でも『この世界に自分を留められない』。

 

 ここに来るまでに魔法を使いすぎた。

 ゼーリエの身体はもう、全体が炎のように揺らめくようになっていた。

 

「精々頑張ることだな。……まったく」

 最後にゼーリエは、天井を見上げながら、誰に言うでもなく言葉を投げる。

 

 

 

「とりあえず、やれることはやってやったぞシャジャル。これ以上はお前の娘次第だ」

 それだけ残して、ゼーリエの姿は完全に消えた。

 

 

 

「――――はっ!?」

 あれから数時間も経って。

 ティファニアはようやく、目を覚ます。

「んしょ……」と、呟きながら起き上がってみると、そこにはもう、誰もいない。ボロボロになり果てた家の床で、寝ていたことを思い出した。

 

「ぜ、ゼーリエさん……?」

 

 ティファニアはか細い声で呼びかけるも、当然ながら、返ってくるのはすきま風くらい。

 扉のない、寂しい玄関口からぴゅうぴゅうと音が鳴るのみだった。

 

(夢……じゃないんだよね?)

 

 ティファニアは自由になった自分の手首を見る。薄っすらとまだ残っている縄の跡。痣をさすると、じくりとした痛みが走る。

 ただ、指を切ったかもしれないと思っていた傷口は塞がっていた。ゼーリエが治してくれたのだろうか?

 また、鍵が必要だろう堅牢な足枷や首輪も外れている。そんな拘束具が床に散らばっている時点で、あの光景は夢なんかじゃないと、ティファニアは思い至る。

 

 ティファニアは立ち上がり、外に出る。瞬間、ずきりと頭の中で鈍痛が走る。

 そして、外の地面に置いてあった、破れたクマのぬいぐるみに注目する。よく目を凝らせば、そこに青白い揺らぎのようなものが、何故かはっきりと見え始めた。

 

(これが……ゼーリエさんの言っていた、痕跡?)

 

 確かにその痕跡は、足跡のように疎らに点在している。

 これを追えば、攫われた子供たちの居場所までたどり着ける?

 

(……)

 

 正直に言えば、怖い。杖も無いのに、またあんな化け物たちに立ち向かうだなんて。

 でも、事態は一刻を争う。ゼーリエはまだ無事と言っていたけど、将来どうなるかまでなんて、分かるはずも無いのだから。

 

(待っててね、サム、ジム、エマ、ジャック、サマンサ。みんな、絶対助けてあげるんだから!)

 

 ティファニアは覚悟を決める。マチルダにも連絡を取りたいけど、現状、そんなことをしている暇なんてない。

 ここで動けるのはもう、自分しかいないのだから。

 ティファニアはおずおずながらも、しかししっかりとした足取りで、未知なる外の世界へ、足を踏み入れていった。

 

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