使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第80話『勇者の記憶① ~極光のワルド~』

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「……ヒンメル。こんなところで何をしているのですか?」

 

 聞き覚えのある声に、ヒンメルは身を起こす。

 どうやら頭を打って気絶していたらしい。瞼を開けると、そこには見慣れた二つの人影が、珍妙なものを見るような目でこちらを眺めていた。

 

「あ、アイゼン? ハイター……?」

 

 後頭部をさすりながら、ヒンメルは起き上がる。

 周囲を見渡す。ここは……そうだ。確かグレーセ森林の奥地で新たに発見された洞窟――。

 ハルケギニアへと向かうきっかけとなった、あの大円鏡が鎮座する空間だった。

 

「あれ、僕は……?」

「まったく驚きましたよ。急に村人たちが『ヒンメル様が消えた』と大騒ぎになり、慌てて駆けつけてみれば、今度はいきなり鏡が光り始めまして」

「そこからお前が現れて、見事なまでに頭を打って気絶していたというわけだ」

 

 ああ、そうか。

 ヒンメルはここで、自分がどうして戻ってきたのかを思い出す。

 確かタルブで、あの社に飾られていた鏡をくぐって――。

 

「じゃあ、一時的に僕は戻ってきたわけだ。中央諸国に」

「一体何の話をしているんだ?」

 

 当然ながら、駆けつけてきたハイターとアイゼンは、ヒンメルの言葉に首をひねるばかりだった。

 

 久々に揃った旅仲間……いや、フリーレンはいないけれど。まあ、彼女は仕方がない。

 本当なら、この鏡やハルケギニアのことも伝えたかったのだが……。

 

「少し、信じられないような話をするけど、いいかな?」

 

 ヒンメルは立ち上がり、傍らに突き刺さったままだった『勇者の剣』を手に取る。

 タルブで装備していたデルフや日本刀は持ってこれなかった。どうやら向こうの世界の物は持ち込めないらしい。

 喋る剣ことデルフがいれば、もう少し信憑性も増したのだろうが、仕方ないか。

 

「ちょっと別の世界に行ってね、冒険をしていたんだ」

 

 再び首をひねるハイターとアイゼン。

 ここでヒンメルは、鏡で起こったこと、ハルケギニアなる世界を旅したこと、紆余曲折あってここへ戻ってきたことを、かいつまんで説明した。

 

 

 

「ハルケギニアか……」

「二人とも、聞いたことはあるかい?」

「いえ、初めて聞く地名ですね」

 

 当然ながら、アイゼンもハイターも、ヒンメルが先ほどから語る言葉に疑問符を浮かべていた。

 ただ、ヒンメルは誇張や多少の脚色はあっても、まったくの嘘をつくような性格ではないことを、十年以上に及ぶ旅路で知っている。

 だからこそ真剣に耳を傾けていたのだが、二人とも静かに首を振るだけだった。

 

「魔族のいない世界ですか。それはまた、夢のような場所ですね」

「その分、人間同士の争いが絶えない世界らしいけどね。エルフとも仲が悪いみたいだし」

「そうか……フリーレンにとっては辛い話だな」

 

 鏡の前で焚き火を囲みながら、ヒンメルたちはしばし情報を共有した。

 

「それで、これからどうするのですか?」

 改めてハイターがヒンメルに尋ねる。鏡はまだ、青白く薄っすらと光を放っている。

 おそらく、この鏡に手を触れれば、再びハルケギニアへ戻れるのだろう。そんな確信がヒンメルにはあった。

 

 ただし、ハイターやアイゼンが先ほど触れても、鏡は何の反応も示さなかった。どうやら通れるのはヒンメルだけらしい。

 

「そうだね。しばらくはあちらを旅してみようと思う。もしかしたら、〝フリーレンが元の時代に帰るための魔法〟とか、何か手がかりが見つかるかもしれないし」

「となると……この話を軽々しくフリーレンに伝えるのはまずい、ということですね」

 

 魔王討伐の旅の途中、フリーレンが一時的に未来からやってきたことがあった。

 その時の彼女の言葉……「ただ、帰りたいだけだ」。

 そして、未来の時代にも楽しいことがあると、静かな笑みを浮かべて語っていたフリーレンの姿を、三人は思い出していた。

 

 過去から来た彼女を無事に送り返す魔法。それをいつか見つけなければならない。

 もしかすると、その手がかりがハルケギニアにあるかもしれない――そう考えるのは不自然ではなかった。

 

「何にせよ、ヒンメルが無事だったと分かって何よりですよ。さあ、祝い酒といきましょう!」

「お前、ただ飲みたいだけだろ」

 

 どこからか酒瓶を取り出して掲げるハイターに、アイゼンが冷静に突っ込む。

 

「そうだな。一杯やったら、僕は向こうへ行こうと思う。オスマン達に何も知らせずに来てしまったから、心配しているかもしれないしね」

「……どうやら、すでにあなたの心は向こうにあるようですね」

 

 ハイターはくすりと笑い、三人の杯に酒を注ぐと、残りをヒンメルに手渡した。

 

「私からの餞別です。仲間たちと分けてください。あちらの旅路でも、女神様の加護がありますように。ヒンメル」

「俺からやれるものはないが、気持ちは同じだ。まあ、銅像作りはほどほどにしておけよ」

「ははっ、どうかな。もしかしたらフリーレンが後から来るかもしれないって思うと、ついね」

 

『未踏破の洞窟』に刻まれていた言葉を思い出し、ヒンメルはふっと微笑む。

 もしかしたらフリーレンも後から来るのかもしれない。ならば銅像は、きちんと残しておかねば。

 

 それから三人は、静かに杯を交わした。

 一献交わし、たわいもない話をひとしきりした後、ヒンメルは再び鏡の前に立つ。

 

「〝勇者の剣〟はいいのか?」

「残念だけど、向こうにはもうデルフがいる。剣を三本も持っていたら、あいつが拗ねちゃうだろうから。今回はお留守番だ」

「ではこれは、あなたの家に飾っておきますね」

「ああ、頼むよ」

 

 そう言うと、ヒンメルはハイターとアイゼンに別れを告げ、再び鏡の向こうの世界へと旅立った。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「かぁーっ! うめぇえな、この酒!」

 顔を赤らめ、千鳥足で歩くのはオスマンだ。

 彼は今、ハイターから貰った酒を手に、上機嫌で歩いている。

 

「いい友達持ってんな、ヒンメル! この酒、マジでうめえぞ! 今度紹介してくれ!」

「堂々と歩き酒するんだ……」

 

 隣を歩くヒンメルは、少し呆れたような表情を浮かべる。

 もう譲ったようなものだから気にしてはいないが、少々下品すぎやしないか。

 

 中央諸国から再びタルブへ戻ったヒンメルは、デルフ、オスマンと共に悠々自適の旅を続けていた。

 当ては特にない。とりあえず道の続く方へ進むだけだ。魔王討伐の頃のように。

 

「ラ・ロシェール……?」

「ああ。そっちに向かえば『アルビオン』行きの船便があるぜ」

 

 途中、見つけた看板を読もうとすると、デルフが代わりに訳してくれた。

 どうやらこの先には、トリステインとは別の国があるらしい。

 

「船便ってことは……海を越えた先にその国があるのかい?」

「ああ、そうか。知らねえのか!!」

 

 ここでオスマンが酒臭い息を吐きながら、ヒンメルの首に腕を回す。いかにも楽しそうな顔で。

 

「アルビオンってのはな、宙に浮かぶ大陸なんだ! 高度三千メイル以上に浮かぶ『白の国』! すっげえだろ!」

「へえ、空を行く大陸か。いいね、面白そうだ」

 

 当然ながら、ヒンメルは強い興味を示した。

 空に浮かぶ大陸など、自分の世界では聞いたこともない。

 実に面白い。好奇心が心地よく刺激される。

 

 そんな軽い調子で、一行は行き先をラ・ロシェールへと変えた。

 途中、物々しい傭兵団と何度かすれ違いながら。

 

 

『革命万歳! 戦争万歳!』

 

 

 オスマンと同じで、酒で出来上がった傭兵らしき人々が、陽気な声で物騒な言葉を叫んでいた。

 

「……アルビオンも物騒なところなのかい?」

「ああ……よく分かんねえけど、『革命派貴族』とやらが暴れてるって話はあるな。無能な王権は潰せーとか、聖地を目指すぞーとか……。まあ、馬鹿連中のバカ騒ぎだろ」

「確か、聖地って……」

「エルフどもが占拠してるっていう、ブリミル教徒の拠り所だ。おれたちの祖先は、そんなよく分からねえ土地のために兵を挙げては追い返される……ってのを繰り返してきたらしい」

 

 おれは興味ねえがな。

 酒瓶を一気にあおりながら、オスマンは本当にどうでもよさそうに言った。

 仮にもメイジでありながら、旅に出ると同時に信仰心も捨ててきたらしい。彼が信じるのは、自分の腕のみだった。

 

 

(人間とエルフが争う……か)

 

 

 ふとヒンメルの脳裏に、十年旅してきたエルフの姿がよぎる。

 彼女がこのことを知ったら、何を思うのだろうか――と。

 

(せめて、フリーレンがこの地に来るころまでには、彼らの関係が少しでも良くなっていてほしいけどな……)

 

 そんなことを考えていた、その時。

 ズシン、と大地を震わせる衝撃音が、はるか遠くから響いてきた。オスマンには聞き取れないほどの微かな音だが、ヒンメルには確かに届いた。

 

「誰かが、何かと戦っている」

「へ?」

「行くぞ、あっちだ!」

「ちょ、ちょっと待て!」

 

 すでに出来上がっている千鳥足のオスマンを待っている余裕はない。

 ヒンメルは俊足で、悲鳴の聞こえる方へ駆け出した。

 

 

 

「ぐあっ!」

「ひ、怯むな!」

 

 どことも知れぬ山の中。鬱蒼と生い茂る森の下で。

 そこでは、騎士たちの悲鳴と戦闘音が絶え間なく響いていた。

 へし折れて横たわる隊旗には百合の花。倒れている騎士たちの鎧には、グリフォンの紋章があしらわれている。

 

 トリステイン王軍でも屈指の近衛部隊、グリフォン隊。

 彼らが相対しているのは、数十体のミノタウロスだった。

 

 トリステインとアルビオンを結ぶ主力街道が、人食いの化け物たちに占拠された。

 さすがにこの非常事態には、腰の重い国軍も動かざるを得なかった。

 それに対処するため、トリステイン国でも虎の子のグリフォン隊を投入したのだが、それでも苦戦を強いられているようだ。

 

「くそっ、傭兵連中が余計な真似をしなければ!」

 

 その中の一人、広いつばの羽帽子をかぶった隊員が、苦々しげに呻く。

 彼の前には、すでに血まみれとなった隊長と副隊長の姿があった。

 

 ミノタウロス殲滅は、洞窟で眠っている間に火攻めで弱らせるのが定石だ。

 そのため深夜に到着するよう時間を調整したというのに、その前に流れの傭兵たちが似たようなことをして失敗したらしい。

 そのせいで敵に警戒され、奇襲は失敗。四方へ散ったミノタウロスの駆除のため、戦力を分散せざるを得なかった。

 

 当然、被害も甚大になった。

 実際、この羽帽子の隊員が率いる小隊は、壊滅状態に陥っている。

 相手はミノタウロスが二体。対してこちらは一人。

 可愛がってくれた上官たちは、すでに血を流して倒れている。

 

 絶望的な状況だった。

 そもそもこちらは夜通し戦い続け、精神力もほとんど底をついている。

 撃てる魔法は、あと一発が限界。

 それで生半可な魔法を弾く皮膚を持つミノタウロス二体を、一斉に倒すなど――。

 

 そう考えた、その瞬間。

 

 ついに一体のミノタウロスが、斧を振り上げた。

 逃げる力もない。援軍も期待できない。もはやこれまで――そう思った刹那。

 

 上空から、紫電一閃。

 それがミノタウロスの右肩へと突き刺さった。

 

 

「大丈夫か!? 助けに来たぞ!」

 

 

 絶望的な状況を救ったのは、青髪の青年だった。

 彼は大上段から片刃の大剣……それも錆びたオンボロを振るい、鋼鉄とも称されるミノタウロスの皮膚に、致命の一撃を与えたのだ。

 

 ミノタウロスは胸から大量の血を噴き出し、その場に崩れ落ちる。

 

「ひゅう、やるねえ相棒。ササキの爺さんから教わった技、さっそく使いこなしてるじゃねえか」

「研ぎ澄ますと、こんなにも変わるのか。ササキ殿の国には、こういう剣技がたくさんあるのかな」

「いつかは行ってみたいもんだなあ。『ニホン』……だっけか?」

 

 そんな軽口を、喋る剣と交わす青年。

 彼はしばし、「どうだい、イケてるだろう?」と言わんばかりのポーズで格好をつけながら、助けた隊員へと視線を向けた。

 

「お、おい後ろ! もう一体来るぞ!」

 

 隊員は思わず、ヒンメルの背後から襲いかかる、激昂したミノタウロスを指さす。

 同胞を魔法も使えぬ平民剣士に討たれたことに激昂したのか、涎を垂らしながら咆哮し、斧を振り上げていた。

 

 しかし――。

 

 ヒンメルはくるりと振り向くと、一度デルフを地面に突き刺す。

 そして腰に差した曲刀……佐々木から譲り受けた『日本刀』の鯉口を静かに切り、中腰に構えた。

 

 一瞬だった。

 隊員の目には、ヒンメルの腕が陽炎のように揺らいだようにしか見えなかっただろう。

 

 神速の抜刀。佐々木直伝の居合。

 ちん。という音が響いた時にはすでに、斧を振り上げたまま固まったミノタウロスが、ずしんと倒れ伏していた。

 

「けっ、そっちも使うのかよ」

「拗ねないでくれ。ササキ殿から教わった剣技は無駄にしたくないからね。何より、格好いいだろう?」

 

 納刀しながら、残心……というなの格好つけを決めるヒンメル。

 どうやら居合が気に入ったらしい。静と動の切り替えが、彼の『格好つけ』に程よく合っているのだとか。

 

「はは……これはすごいな……」

 

 かろうじて助かった隊員は、羽帽子の奥で動揺の顔色を浮かべていた。

 まさか魔法も使えない青年が、剣一本……いや、二本か。……で、精鋭の衛士隊ですら苦戦するミノタウロスを、いとも容易く屠るとは。

 

「大丈夫かい?」

「あ、ああ……助かった」

 

 ヒンメルは笑顔のまま、隊員に声をかける。

 続いて、その傍らで倒れている二人の負傷者へと目を向け、すぐに表情を引き締めた。

 

「良かった、二人ともまだ生きている。すぐに手当てすれば、助かるかもしれない――!」

 

 そう言いかけた、その時だった。

 最初にデルフで倒した個体が、息を吹き返したのだ。

 ミノタウロスはゆっくりと立ち上がり、再びヒンメルに斧を振り上げる。

 当然ヒンメルも応じようとする。再び日本刀に手をかけた――その瞬間。

 

 それよりも速く、紫電の閃光が走った。

 

 稲妻の一撃が、ミノタウロスの眼窩を貫き、その奥の脳髄を焼き切る。

 正確無比な一撃は、怪物の命を一瞬で刈り取った。

 

「おお……!」

「ひゅう、速えな……」

 

 ヒンメルとデルフは、感嘆の声を漏らしながら、助けた隊員の杖先へと視線を向ける。

 先ほどの攻撃は、どうやらこの隊員が放ったものらしい。

 

 その魔法の発射速度は、この世界に来た中でも群を抜いていた。

 オスマンよりも遥かに速く、ヒンメルの抜刀にも迫る勢いだった。

 

 

「これで貸し借りなし、ということにはできないかな?」

 

 

 隊員は帽子の奥で、にやりと笑ってそう言った。

 

「あーあ、これで本当に精神力切れ。でも正直助かったよ。一発だけじゃミノタウロス二体は倒せなかったからね」

 

 羽帽子のつばを少し上げ、隊員はヒンメルを真正面から見据える。

 

「ぼくはルーヴォワ。ルーヴォワ・ド・ワルド。これでも『極光』の二つ名を、王様から授かった風のスクウェアメイジだ」

「そうか。僕はヒンメル。気ままに旅する剣士さ。よろしく」

 

 くるりと回した後、五サントにも満たない短い杖を腰のホルスターに差し込むワルド。

 早撃ちに特化した杖に、その装飾。二つ名といい、どうやら速度には相当の自信があるようだった。

 

「それにしても速いな。きみの抜刀も。魔法を使わずにやってのけたのかい? 俄かには信じられないな……」

「きみこそ、ずいぶん速かったじゃないか。詠唱から杖を抜くまでの動きが、揺らいで見えたよ」

「ははっ。戦闘では『稲妻(これ)』しか使わないと決めているんだ。『偏在』すら封じている。その代わり、この抜杖と発射、操作のすべてに捧げた」

「なるほど、だからか。速さだけじゃなくて正確さもすごいと思っていたからね」

 

稲妻(ライトニング)』は本来、『稲妻の雲(ライトニング・クラウド)』と呼ばれる魔法の雲と併用することが前提の魔法だ。

 単体で使えば制御が難しく、どこへ飛ぶか分からない。発射時に生じる膨大な魔力の奔流は、最上位のクラスと言われるスクウェアですら扱いきれないからである。

 

 だが彼は、その『稲妻』を正確無比に、しかも刹那の速度で撃ち放っていた。

 これ一つに絞り、徹底的に鍛え上げなければ到底辿り着けない領域だ。

 

 それほどまでに、彼は『早撃ち』を極めている。

 なるほど、『極光』の二つ名に偽りなしだ。

 

「おーい! ヒンメル! そっちはどうだ!」

「あの声は……オスマンか」

 

 どうやら、ようやく悪酔いから復活したらしい。

 遅れてやってきたオスマンの協力もあり、倒れていた隊員たちも無事一命を取り留めた。

 その後も、ヒンメルたちが援護に加わったことで、ミノタウロスの掃討は無事完了。街道には再び平穏が戻った。

 

 

 

「わはは! 飲め飲め!」

「今日は無礼講だぞ!」

 

 その夜。

 事件もあらかた片付き、後始末も終えた頃。

 近くの酒場で、騎士隊による慰労会が開かれていた。

 

「あんたらには本当に助けられた! 今日は貴族も平民も関係なしだ、思いきり楽しんでくれ!」

 

 そう言って、ヒンメルやオスマンにも酒を勧める騎士たち。

 あの討伐戦で、二人に救われた者は少なくない。誇り高い彼らにとって、恩を返さないのは貴族としての沽券に関わる。

 そのため、褒賞の意味も込めて、この席へと招いたのだった。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて!」

「さっき散々飲んでただろ、お前」

 

 再び羽目を外して飲みまくるオスマンに、デルフが呆れたように突っ込む。

 ヒンメルは軽く笑いながら、酒のカップに口をつけた。

 

「やあ、あんたヒンメルだったか」

「そういうきみは、ワルド殿か」

「『殿』なんてやめてくれ。ぼくの爵位なんて精々『シュヴァリエ』だ。先輩や同僚と比べれば、まだまださ」

 

 謙遜するように、ワルドは笑う。

 だがその佇まいからも分かる。相当鍛え上げられているのだと。

 

「その通り! 彼は次期隊長候補にも名を連ねる逸材なのさ! なにせ魔法詠唱の速度は、このぼくをも上回るのだからね!」

 

 そう言ってワルドの肩を叩いたのは、現グリフォン隊隊長。

 副隊長ともども無事に回復し、今はこうして酒を楽しんでいる。

 

「いえ……自分など、まだまだですよ。()()()()隊長」

「ははは! その謙遜はよしたまえ! 今日の戦いを見て確信したよ。きみはやはり強い! あの巨大なミノタウロスを十三体も仕留めるとは! ぼくなど六体がやっとだったというのに!」

 

 グラモン隊長。

 そう呼ばれた金髪の青年は、バシバシと背を叩きながらワルドを称賛する。

 ヒンメルは一瞬、デルフの方へ視線を送り、こそっと囁いた。

 

「……グラモンって、確か」

「ああ、アルマンの嬢ちゃんと同じ家名だな」

「きみたち! アルマンを知っているのかね!?」

 

 ここでグラモン隊長が、ずいっとヒンメルとデルフに詰め寄った。

 

「ええ、ここに来る前に彼女と踊りの決闘をしまして」

「平民と決闘!? まったく、あいつは奔放だな! 何をしているというんだ……!」

「お兄さんですか?」

 

 ヒンメルが尋ねると、グラモン隊長はやれやれと首を振る。

 

「『お兄ちゃんみたいな騎士になる!』って夢を持ったまま大人になってしまった奴さ。……まあ、確かにぼくよりも戦いのセンスはあると思っているんだけど、女に生まれてしまったのがね。それで父と、衛士隊に入る入らないで大喧嘩してしまってね」

「確かに、そんなこと言ってたっけな」

 

 グラモン隊長の愚痴に、デルフはうんうんと頷く。

 

「でも、そうか……。まあ、元気にしているのなら何よりだ。うん」

「心配じゃないのです?」

「仕方がないよ。喧嘩といっても『決闘』と言って差し支えないほどの魔法合戦だったんだから。魔法の力で無理やり領地を抜けていったのが、半年くらい前のことだ。『あいつは家どころか領地にも入れさせるな!』って、今も御父上はカンカンさ」

「大変だな……彼女も」

「もしあいつと会うようなことがあったら、ぼくからもよろしく言っておいてくれないか?」

「分かりました。その時は僕からも伝えておきますよ」

「しかし、ずいぶん活発なお嬢様なのですな、隊長の妹君は」

「はっはっは! 可愛いけど、間違いなくあいつはじゃじゃ馬姫さ。きみでも御せるか怪しいものだね、ワルドくん!」

 

 グラモンはそう言ってひとしきり笑うと、ちょび髭を優雅にいじりながら背筋を伸ばしてこう告げる。

 

「申し遅れた。ぼくは現グリフォン隊の隊長を務めている、アジェノール・ド・グラモンだ。今日は危ないところを助けてくれて、本当にありがとう。平民とはいえ、きみもなかなかやるな! メイジだったら是非ぼくの麾下に加えたいものだよ!」

「僕はヒンメル。気ままに旅する冒険者です。よろしく」

 

 ヒンメルとグラモン隊長は熱い握手を交わす。ワルドもそれを見て、うんうんと頷いた。

 さて、そんな和やかな空気の中、酒盛りは続いていたのだが――。

 

 

 んだとおてめえ! もういっぺん言ってみやがれ!

 

 

「なんだなんだ?」

「喧嘩が始まったぞ!」

 

 部屋の隅で怒鳴り声とともにヤジも飛ぶ。

 どうやら、揉め事が起きたらしい。

 

「おぉ~う、言ってやるぜぇ! お前らのような傭兵団ごときに、ミノタウロス討伐なんかできるかよ!」

「てめぇ……俺らの中にはメイジ様がいらっしゃることを知ってて言ってるんだろうな!!」

「お前たちのような凡庸な貴族がのさばっているせいで、いつまで経っても『聖地』は征服できねえんだよ! 俺らは違う! 新進気鋭『レコン・キスタ』に入って、エルフ連中と最前線でやり合うのさ! てめえら腰抜けとは出来が違うんだよ、出来が!」

 

「彼らは?」

 ヒンメルも少し怪訝な顔で、声のする方を見る。

 

「ああ……革命団に入るって息巻いている連中か。よく分からんが、今のアルビオンは『聖地奪還運動』が活発になっているらしいね。無能な王権は打倒するだの、優秀な貴族が国を治めるべきだのとか……正直言って、品がないよね」

 

 グラモン隊長はやれやれと呟く。

 熱に浮かされた連中が、ハリボテの大義に突き動かされて余計なことをする。

 しかもよく見れば、この連中は無謀にもミノタウロスの巣に突撃し、被害を拡大させた張本人たちではないか。所詮、声だけが大きい連中にしか見えない。

 

「貴様! 聞こえているぞ! それは我々に対する宣戦布告とみなしたぞ!」

 

 案の定、耳ざとい傭兵団の連中がグラモン隊長を指差す。

 酒の勢いも手伝い、トリステイン屈指の精鋭であるグリフォン隊を相手にしても、一歩も退かない。威勢だけは大したものだ。

 

「やめておきたまえ。こんなくだらないことで争う気はない。せっかくミノタウロスを討ち取って気分がいいというのに」

 

 グラモン隊長は面倒そうに手を振るが、それを「怖気づいた」と受け取った傭兵たちは、杖を引き抜いて気勢を上げる。

 

「ははは! 噂に聞く魔法衛士隊も大したことはないようだな! この程度の臆病者しかいないのだから、いつまで経っても聖地を奪還できないのではないか!? やはり次なる時代を作るのは我々『レコン・キスタ』――――」

 

 次の瞬間だ。

 杖を掲げていた傭兵に向かって、稲妻が迸った。

 バチン!! という衝撃音とともに、杖は真っ黒こげと化していく。それを見た傭兵は唖然とした。

 

 

「うるせえぞ、調子に乗るのも大概にしろ」

 

 

 ヒンメルが横を見ると、杖先から硝煙を噴き出しながら構えているワルドの姿があった。

 腰に差したホルスターから一閃、杖を引き抜き詠唱まで――すべてが刹那の瞬間で行われていた。

 

「き、貴様!」

「俺たちの頭に何しやがる――――!」

 

 案の定、激昂した周囲が剣を引き抜こうとするも、寸分違わず得物に伸びた手に小さな雷撃が直撃する。

 一発の『稲妻』を枝分かれさせることで威力を分散させつつ、さらに正確に当てるべき箇所に撃ち込む精密動作を見せつけながら。

 

「てめ―――!」

 

 それでもワルドの後ろにいた傭兵の一人が、彼の後頭部に向かって短銃を構えようとしていた。

 

「やめなさいって」

 

 それを咎めたのはヒンメルだった。

 彼は銃身に手を添え、相手の手首の動きを殺し、あっさりと銃を奪ってみせた。

 ジョンから習った『対銃用の格闘技』である。佐々木氏のみならず、ジョンからも軍隊格闘技のイロハを学んでいたのだ。

 

「ひっ!」

 

 銃を奪われた傭兵は一転、顔を青ざめさせヒンメルを見る。

 

「他の客もいるんだ。ここで暴れたら店の迷惑になるだろう?」

「そぉーだそぉーだ! てめえら雑兵如きがおれらに敵うかよ! とっとと尻尾巻いて逃げ出せってんだ!」

 

 すでに出来上がったオスマンがヒンメルの首に腕を回し、傭兵たちを睨み据える。

 オスマンの背後には、すでにぶちのめされて呻いている者が何人もいた。

 

「お、おぼえてやがれっ!」

 

 他の客も店主も、すでにうんざりした様子で傭兵たちを睨んでいる。

 状況が最悪だと悟った連中は、とうとう捨て台詞を吐いて逃げ出した。

 

 

「やっぱりきみ、やるね」

「なに、朝飯前だろ? 僕も、君もね」

 

 

 互いに不敵な笑みを浮かべながら、ヒンメルとワルドは顔を見合わせる。

「いやあ、天晴れ天晴れ!」

 グラモン隊長が拍手するのを皮切りに、グリフォン隊の面々も二人に向かって盛大な拍手を送った。

 

 その後、すっかり打ち解けた彼らは、酒の勢いも相まったのもあるのだろう。

 ヒンメルとワルド、そしてグラモン隊長はひたすらに『自身が考えうる最大級のイケメンポーズ談義』を始めた。

 オスマンが先にグースカ寝始めた時も、日が昇り始めた頃になっても、その談義は続いたという。

 

 

「じゃあ、僕らはこれで」

「ああ、きみとはまた会いたいものだな」

 

 

 朝になって。

 疲労など微塵も感じさせない満足げな笑みを浮かべながら、ヒンメルはワルドと握手を交わした。

 

「きみもまた『強者(とも)』だった。いやあ、あの熱き談義は決して忘れないよ。今度一緒に銅像を作らないかい?」

「はは! そこまでの武勇を立てる機会があれば、ぜひそうしたいものだな!」

「うえっぷ……吐きそう……」

 

 飲みすぎて青い顔をしているオスマンをよそに、ヒンメルはワルドとグラモン隊長、そして友誼を深めた面々に手を振り、その場を後にした。

 

 

 

「いやあ、中々面白い連中でしたな」

「そうだねまったく。平民であることが惜しいくらいさ」

 

 道中、兵を率いてグリフォン隊は国へと帰還しようとしている。その最中。

 

「……ん?」

「どうしたね? ワルドくん」

 

 グラモン隊長は疑問符を浮かべてワルドの方を向いた。

 ワルドの肩に、ハトが一羽とまっている。足には書簡を収める小箱が括られていた。

 

「隊長、ちょっと失礼しても?」

「ああ……構わんが」

 

 鳩を見た瞬間、ワルドは険しい顔色で隊列から離れる。

 グラモンはそれを咎められなかった。あの小箱に書かれている紋章。トリステイン国の中でも高貴に名を連ねる者が使う符丁だ。

 

『極光』のワルド。彼には疑問が多い。

 あれほどの実力者なのに、爵位が『シュヴァリエ』だけというのは、何か裏があるように思えてならない。

 あの手紙と、何か関係があるのだろうか……。

 

(何事も無ければいいのだがなあ……)

 

 そんな微かな祈りを、グラモン隊長は去っていくワルドの背に向けて送っていた。

 

 

 隊から離脱したワルドは、早速肩にとまったままのハトの足から、書簡を受け取る。

 手紙を広げ見る。そこに書かれた文字を見て、若干ながら顔を歪めた。

 

 

 

『アルビオン王党派との決戦が迫っている。その総仕上げとして、参加を命令する』

 

 

『レコン・キスタ総司令官。グーヴィル』

 

 

 

 ワルドははぁ……とため息をつく。

 だがこれも、病にかかった母のため。

 ワルドは手紙を燃やす。そして鋭い鷹のような目線を、アルビオンのある方角へと向け、そしてグリフォンを走らせた。

 




次回より、主人公パーティ回に戻ります。
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