使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第87話『攫われゆく姫たち』

 

「断頭台の、アウラ……?」

 

 ルイズは再び、呆けたような表情でその名前を呼んだ。

 ルイズ自身、〝魔族〟がどういったものかは、カトレア救出の時に、身をもって味わっている。

 シエスタも、実際にドラートと対峙したのだ。だから魔族に対しての理解はそれなりにあるつもりだ。

 まあ、実際に見たことのない生徒三人組や、コルベールは若干、置いていかれたような表情を浮かべていたが。

 

「あっ、でも言ってたわ! アウラ様って、あの姫さまを攫った連中が! 確かに崇めているような感じはあったわね」

 

 数分前の会話を覚えていたキュルケは、即座にそう返す。

 むしろ、それを聞いて『確定』だと、フリーレンは目を眇めた。

 

「さっき、味方同士で首を吹っ飛ばしていたって、言ってたね。その首を飛ばされた騎士、ちょっと様子がおかしくなかった?」

「ええ、『主人はアウラじゃなくてテューダー家』って、呟いていたわ」

「多分抗っていたんだろうね。〝服従させる魔法(アゼリューゼ)〟は意志が強い者なら一時的にだけど抵抗ができる。首を飛ばされた兵隊は多分、ずっと主人はアウラじゃないって、内心足掻いてたんだろうね」

 

 それを聞いて、キュルケ達は愕然とした。

 首を飛ばされても動くものだから、人に似た化け物かと思っていたのに、当人たちは必死になって異常な命令に抗っていたのかと。

 その時になって、悍ましい発想にたどり着いたコルベールが、口を開く。

 

 

「もしや、首を飛ばしたのって、その反抗する意思をはく奪するため……と?」

 

 

 思わず背筋が凍るような発言に、「そうだよ」とフリーレン。

 聞いていたルイズ達は、更に顔を強張らせた。

 

「生前のアウラは、その魔法を使って千を越える首無し騎士〝不死の軍勢〟を常に従えていたんだ。反抗する意思を、首を飛ばすことで奪って強制的に服従させる。そうして作られた首無し騎士たちは、アウラの命令一つでその身を朽ちさせるまで、永遠に従い続ける」

 

 さっきのドラゴンのようにね、フリーレンは燃え尽きた竜の死骸に指をさす。

 その身の毛もよだつような発想と、それを成す魔法の恐ろしさに、ルイズ達は恐怖で身を震わせた。

 

「……生前? ですか?」

 一方、コルベールは先のフリーレンの言葉を反芻し、更に尋ねる。

「アウラは一度、私が完全に葬ったんだ。奴の魔法を逆手にとって、自害を命じさせた」

 

 

 アウラの魔法〝服従させる魔法(アゼリューゼ)〟の肝ともいえる『服従の天秤』。

 対象の魔力量を天秤にかけ、より重く傾いた方が『相手を自由に弄ぶ権利』を得られる。

 当然これは、相手方が勝てばアウラ自身にも適用される。そういったリスクを背負っているからこそ、この魔法における強制力は絶対的なものとなっている。

 アウラの持つ魔力量、五百年分の力に打ち勝つだけの魔力を持っているのであれば、理論上、この魔法の脅威からは逃れられるどころか、アウラ自身を追い詰める一手ともなりうるのだ。

 

「ちょっと前、アウラと対峙した時。『私の魔力はアウラ以下』と錯覚させることで奴を欺いたんだ」

 

 今、フリーレン達はキュルケ達の案内により、ベアトリスの誘拐場所にまでやってきていた。

 余力のあるコルベール、シエスタを掴んでいるルイズが〝飛行魔法〟で、ゆっくり進むジープに追随。席には代わりに疲労しているキュルケ、ギーシュ、モンモランシーの三人が乗っていた。

 

「駄目だね、みんな死んじゃってる」

 

 ベアトリス誘拐現場の周囲には、彼女を助けんとした『空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)』の遺体が横たわっていた。

 それを見て、悲しそうな表情を浮かべるシエスタとルイズ。

 一方、コルベールやフリーレンは慣れた手つきで、冷たくなった遺体を横たわらせて並べていく。彼らは貴族である。きちんとした場所で葬らねば失礼というもの。

「ともかく、このことを至急、王宮に報告せねばなりませんな」

 コルベールの言に、フリーレンは頷いた。

 

 何故アウラが生き返っているのか……、他の魔族も蘇っているのか。

 疑問は尽きないが、少なくともアウラがこうしてトリステインやクルデンホルフへの侵略を開始しようとしている。これは絶対、止めねばならない。

 

「……フリーレン!!」

 

 やがて、ルイズが叫んだ。同じく探知したコルベールやフリーレンも、同じ様に察する。

「ど、どうしたのですか?」と、ルイズの隣に立つ、シエスタが尋ねる。

 

「ラ・ロシェール方面で多数の魔力による衝突が起きています」

 シエスタの問いに、コルベールが答えた。

 

「襲われているね。相手は……服従させられた者たちだけじゃない、これは……魔法人形(ガーゴイル)か?」

 

 トリステインでは比較的ポピュラーな存在として知られる魔道具の一つ。

 使い手の魔力に同調し、指令を受けて動く人形。その使い道は作業から危険な土地の探索、純粋な戦力など枚挙に暇がない。

 そのガーゴイルの群れが、ラ・ロシェールの街を襲っているようだ。

 数は……数百はいるか?

 

「い、いきましょうフリーレン! 姫さまが危ない!!」

 

 ルイズは慌てた様子で叫ぶ。

 ベアトリスが攫われたという事は、相手は他国の重鎮を狙っている可能性が高い。操って傀儡にでもするつもりなのだろうか?

 だったら当然、この軍の狙いは……アンリエッタ姫ということになるわけで。

 

「そうだね、飛ばすよ」

 

 フリーレンは再び車に乗ると、生徒三人組を乗せたまま、車のアクセルを全開にする。

 前輪が土砂を激しく巻き上げながら、ジープは急発進する。その後を、ルイズ達が飛行して追いかけた。

 

 

 

「ふっ……はっ!」

 さて、ラ・ロシェールから少し外れた森(フリーレン達がいる方角とは正反対の地点)にて。

 静かな森の中、アニエスは木刀を振って汗を流していた。

 暇を持て余す時は、大体修行をこれに費やす。純粋な筋力は戦闘面のみならず、あらゆるところで役に立つ。故に衰えさせることなく鍛え続けろ。師匠(スカロン)の教えだ。

 運転したフリーレン達と別れた後、やることも無いのでこうして鍛錬に明け暮れていた。

 

「九十九……百……」

 

 目標まで達成したので、一息入れる。

 丁度いい高さの切り株に置いてある水筒を一口。

 そうして落ち着くと、決まって脳裏に過る、あの禿げ頭のメイジのことが。

 どうしても、心の中でざわめきたつのだ。

 こう、彼の顔を思い出すたび、モヤモヤがより濃くなっていくというか。

 決してポジティブな感情をあの男に抱けなかったのは、彼が火系統使いだからだろうか? 確かに彼のマントには焦げ付いた匂いがあった。昔のトラウマから、火系統のメイジはあまり好きじゃないが……。

 

「ん?」

 

 さて、そんな風に考えていたところ。

世界樹(ユグラシドル)桟橋』へ向かう道の上で、急ぎ足で歩く二人の影が、視界に過った。

 影は男女のようだ。星が見えるくらいに澄んだ夜空。そこより発せられる二色の月光が、二人の正体を影越しに明かしたからだ。顔までは流石に分からなかったが……。

 

(こんな夜更けに……逢引きだろうか?)

 

 そんな風に考えながら、修行用具を片付けて帰ろうかと思っていた頃。

 二人の男女が通り過ぎた道で今度は、得体の知れない軍勢が、二人の後を追いかけていったように見える。

 

(なんだ……?)

 

 流石に不穏ななにかは、アニエスも感じ始めていた。

 あの二人、もしややんごとなき身分の方々なのだろうか?

『何らかの理由』で、あの得体の知れぬ影の集まりに狙われているとしたら……?

 

(余計なお世話になるかもしれんが……行ってみるか)

 

 木刀の代わりに鉄剣を持ち、一息整えた後、アニエスは二人の男女が向かった先まで歩いていく。

 

 

 

 世界樹(ユグラシドル)桟橋。頂上。

 

「わぁ、きれい……!」

 この世界がハルケギニアと、命名される前から存在されたとされる長老の大木の天辺にて。

 アンリエッタ姫はウェールズに連れられる形で、この世界樹の上から星々の海を眺めていた。

 

「『連れて行きたい場所がある』というから来てみたら、確かにこれは絶景ね」

 

 学生服姿のアンリエッタ姫は、ひとまとめにしたきめ細やかな髪を揺らし、この美麗な光景に目を潤す。

 一昔、ルイズと一緒に侍従の目を盗んでは色んなところで遊んだことを思い出した。

 まさかこの年になって、こんな昔の楽しさを思い起こせるような体験ができるだなんて。

 ウェールズには、感謝してもしたりない。

 

「本当にありがとう、ウェールズさま。わたくし、あなたと結ばれること、心よりうれしく思います」

 

 アンリエッタ姫はそう言って、隣で立ったままのウェールズを見上げ、そう言った。

 ウェールズはにこやかな笑みを浮かべたまま、静かに頷く。言葉は発しないが、今のアンリエッタは特に気にせず、言の葉を続ける。

 

「ねえウェールズさま、覚えていますか? ラグドリアン湖でのこと。水の精霊の前での誓いの事を」

 

 三年前、母マリアンヌの誕生日会を祝う催し。

 そこで初めて隣の彼と出会い、そして恋に落ち。

 あの時抱いた情熱こそが己の全てだと、今でも信じているアンリエッタは、水の精霊の前で誓約を交わした。『ウェールズを永遠に愛すること』を。

 だが、ウェールズだけは誓ってはくれなかった。ここはラグドリアン湖ではない。そんなことは分かってるけど……。

 

「あの時、どうして誓ってくださらなかったのか……、それを聞き出すことはもう致しません。当時のウェールズさまにも事情があったのでしょうし」

 

 その代わり……、とばかりに座っていたアンリエッタは立ち上がり、ここからでも見えるラグドリアン湖……、二つの月により雅に照らされるハルケギニア屈指の景勝地を見つめ、そして呟く。

 

「改めて、誓います。トリステイン王国……いえ、もうこの身はアルビオン国のものですわね……、未来の皇太子妃アンリエッタはウェールズ皇太子を、永久に愛すると」

 

 そう言って、アンリエッタはその目をウェールズに向ける。

 

「さあ、今度こそ誓ってくださいまし。あなたのその、美しい口元より流れる誓いの言葉を、ずっと、それこそ夢に出るほどまで待ち望んでいましたの」

 

 さあ、誓って。

 アンリエッタはウェールズの腕を抱きしめると、そのままラグドリアン湖が見える位置にまで、彼を連れていく。

 

「大丈夫、この位置でもラグドリアン湖ははっきりと見える。きっと水の精霊様も、わたくしたちの言葉を聞き届けてくださるわ」

 

 だが、ウェールズは何の反応もしない。

 ただ、アンリエッタに向けて、固まった笑顔を向け続けるのみ。

 

「どうしたの? ウェールズさま……?」

 

 さすがのアンリエッタも、その目に疑問の表情を浮かべる。

 具合でも悪いのだろうか? だったらいけない。大事な結婚式が控えているのに、前日で風邪を引いたなんて洒落にもならないではないか。

 

「あの、気分がすぐれないようでしたら、そろそろ帰りましょうか?」

 

『治癒』を唱えてあげた方が良いだろうか?

 アンリエッタは鞄から、水晶を頭に乗せた白色の杖を取り出そうとして……その手を、ウェールズにつかまれた。

 

「あっ」

 

 呆気に取られる間もなく、アンリエッタはウェールズと、互いの息がかかるほどの距離まで近づいていた。

 アンリエッタは一瞬、彼と唇を重ねるのだろうか、いけませんわ……。と思いながらも、目を瞑って、彼のやりたいことを素直に待つ。

 瞼の裏、暗闇の視界で仄かに灯るドキドキを楽しんでいた。

 やがて、彼の息遣いが顔から耳元へと寄せられる。何かささやくつもりなのだろうか……。

 

 

 

「にげ、て、くれ……。アン……もう……、おさえ……られ」

 

 

 

 アンリエッタは目を開ける。

 肩が痛い。ウェールズが、震える腕でがっちりと掴んで来たのだから。

 まるでそのまま、締め落とす勢いのまま、腕の力を強くしていく。アンリエッタの表情は、苦悶で歪む。

 

「な、なにを……ウェールズ、さま……?」

 

 困惑の色を強め、抵抗するも杖は取り上げられ、地面に捨てられた。

 この時点で無力な少女でしかないアンリエッタは、ただ、彼の力強い腕で抱きしめられ、抵抗する力を奪われていく。

 

 更にアンリエッタを驚かせたのは、いつの間にか自分たちの周囲に、いつの間にか数十にも及ぶガーゴイルが湧いてきたという事。

 そして大樹の枝から夜空の月を覆い隠すように、一隻の宙船が姿を現したという事だった。

 

「え? え? ど、どういうこと……?」

 

 当然、こんな事態になるなんて、想像だにしていなかったアンリエッタは、ただただ困惑するしかなかった。

 抵抗しようにも、魔法は使えないし、ウェールズが腕力でねじ伏せているから、ここから微動だにできない。

 その間にも、ガーゴイルたちは無機質な表情を浮かべたまま、アンリエッタへ静々と迫っていく。

「い、いや! やめて!」

 恐怖を感じたアンリエッタは、だんだん強くもがく。だが、微々たる抵抗でしかなかった。

 もはや悲壮の表情まで浮かべるアンリエッタを助けたのは、白刃の一刀。

 

「失敬! 非常事態とお見受けした! 義により助太刀いたす!」

 

 ガーゴイルの首を一閃、切り裂いたアニエスが、この場へとやってきたのだ。

 

 

「あ、あなたは……?」

 アニエスはアンリエッタの問いより先、この襲い来る魔法人形へと剣を振るう。

 ガーゴイルも、この無粋な闖入者を排除せんと、斧や槍、剣を構えて威嚇するも……、

 

「邪魔だ!」

 

 その声と共に繰り出される、裂帛の剣捌きが、四方八方から襲い来るガーゴイルの腕や脚、首を切り落としていった。

 

「ね、ねえ! ウェールズさま! どうしたのですか! これは一体、何を……?」

 

 ガーゴイルに迫られる恐怖が和らいだことで、再び意識をウェールズに向けるアンリエッタ。

 しかし、ウェールズは貼り付けた笑顔のまま、アンリエッタの両腕を背中側にねじ伏せると、杖を振って詠唱。

 風を編んで作り上げた魔法の縄で、彼女を縛り上げ始めた。

 

「やめろ! その人を放せ!!」

 

 流石のアニエスも、この距離ならばトリステイン王女の顔は認識できた。

 彼女を助けんと、ガーゴイルの群れを剣腕で追い払い、ウェールズに肉迫する。

 ウェールズもまた、『剣化(ブレイド)』を唱えて杖を魔法の剣に仕立て上げる。緑と白が混じった光の剣が、アニエスの鉄剣と交わり、花火を引き起こす。

 

「やめて! この人はウェールズ皇太子なの! 怪我をさせないで!!」

 

 彼によって体の自由を奪われたにもかかわらず、尚も言葉でウェールズを庇うアンリエッタ。

 アニエスも、まさかこの国の王女を攫おうとしている犯人が、まさか結婚先のアルビオン王子と聞き、一瞬動揺した。

 その隙をウェールズは見逃さない。口語で剣状にしていた杖を元に戻し、『ウィンド・ブレイク』を唱える。風の壁ともいうべき突風が、アニエスを数メイル先、頂上の端まで吹き飛ばす。

「ぐっ……!」

 あわやそのまま、落ちそうになるのを必死になって堪える。そんな彼女に追撃するべく、生き残ったガーゴイルが取り囲む。

 

「だ、大丈夫!?」

 次いでアンリエッタは、アニエスの心配をするが、この状態では助けることもできない。

 するとウェールズ、今度は強引に、抵抗できないアンリエッタの頬を掴み、顔を近づけた。

 

(本当に、ごめん……でも、必ず、たすけ……)

 

 唇を交わす前、何かに抗うような……震える言葉が、アンリエッタの耳元に届く。

 次いで、二人の唇は静かに重なる。三年前、交わしたあの時と同じ温かさが、アンリエッタの心を少し安静にさせる。

 

 何が起こっているのか正直、まだよくわからないけど……。

 彼自身、望んでこんなことをしているわけではない。それだけは嫌というほど伝わる熱だった。

 やがて、アンリエッタは微睡み始める。どうやら先の口づけに睡眠の魔法がかかっていたようだ。

 そのまま、アンリエッタは意識を手放していった。

 ウェールズは、意識を手放したアンリエッタをその手で優しく抱きしめると、そのまま、宙に浮かぶフネまで『飛翔(フライ)』で向かおうとする。

 

「待て! 彼女を返すんだ!」

 

 体勢を立て直したアニエスが、残りの魔法人形を全て切り崩す。

 だが、再びウェールズの間合いに入ろうとした時、船の上から『それ』が降ってくる。

 

 

 それは、首を無くした騎士隊だった。

 

 

「はっ……!?」

 アニエスが呆気に取られる間にも、騎士たちは剣を大上段に掲げて切りかかってきた。

 アニエスはそれを回避し、追撃で腕を切り飛ばす。

 しかし、敵兵は腕を欠損したにもかかわらず、アニエスに向かって蹴りを放つ。

 

「くそっ、こいつら……また!」

 

 どれだけ切っても、こいつらは物理的に動かなくなるまで迫り続ける。

 ガーゴイルならまだ、胴体を切れば動かなくなるし、なにより無機物であるため、『斬り飛ばすことに』抵抗も少ない。

 だが、こちらは死人とはいえ、一応人間である。切るたび手の中に伝わる肉の感触はどうにも慣れそうもない。

 

 未踏の洞窟でも出会った、体を切られても攻めかかる亡者の群れ。

 それがなぜ、こんなところで……!?

 

 

 そうして手間取っている間に、ウェールズの影はアンリエッタと共に、宙船の中へと収容されていった。

 

 

 

 ラ・ロシェール街。

 

 そこでは、アニエスと同じように首無し騎士と魔法人形の混合軍が、ラ・ロシェールで羽を休めていた貴族たちを襲った。

 

「アンリエッタ姫! どこへ行かれたのですか!?」

 

 街中で火の手が上がる中、枢機卿マザリーニは必死になってトリステイン姫を探していた。

 アンリエッタがウェールズとこっそり逢瀬を始めた頃、更なる混乱を作り上げるべく強襲してきた未知なる軍勢に、案の定碌な警戒をしていなかったトリステイン軍は大混乱に陥っていた。

 

 街中で起こる民や衛士隊の悲鳴を聞き、嫌な予感を覚えて急ぎ姫の寝室に向かってみれば、案の定アンリエッタは消えていた。

 何者かにかどわかされたのかもしれない。マザリーニは鬼のような形相で衛士隊たちに姫の捜索を命じ、自身も状況を把握すべく外へ繰り出して見たのだが……。

 

 その混乱は想像以上だった。

 アルビオンの紋章が描かれた首無し騎士と、機敏な動きで街に火の手をあげる魔法人形の群れ。

 

「ひ、怯むな! 迎撃しろ!」

 トリステインで三つに分かれる、幻獣の名を冠する分隊。マンティコア隊の隊長が、部下たちに命じて魔法を撃ち放つ。

 風の刃、氷の槍、魔法の矢、炎の球……。あらゆる攻撃でもって、迫りくるこの軍勢に対抗していく。

 彼らの攻撃は功を奏し、当たれば敵は吹っ飛び、原形を留めなくなれば動かなくはなる。

 しかし、それを補って余りある数が殺到してくる。

 

「く、くそ! なんなのだこいつらは!?」

「枢機卿! ここは危険です! 早くお逃げを!」

 

 今のマンティコア隊を預かる隊長、ド・ゼッサールが叫ぶ。

 事実、魔法を撃ち続ける衛士隊と敵軍との距離が、どんどん縮まっている。周囲がまだ混乱しきっていることもあり、この戦線を維持することは困難を極めた。

 

「だ、だが! 姫殿下を見つけられずして、おめおめと帰ることなど……!」

「枢機卿! 危ない!」

 

 身の危険を押して、尚も姫を探そうとする枢機卿の頭上、魔法騎士の一体が、戦線を抜けてマザリーニに斬りかかってきた。

 どうやら飛竜の上に乗っている敵兵が、隙を見て上空から降下してきたらしい。

 マザリーニだって、国を仕切る重鎮の一人だ。こうなることは常に覚悟しているが……、

 

(せめて、せめて姫の安否だけでも……!)

 

 最後の最後で考えることが、アンリエッタ姫のこと。

 そんな彼をまだ、天は見捨てなかった。

 

 

「――――〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟」

 闇夜の隙間から、一筋の閃光がマザリーニを襲う魔法人形の胴体を貫いた。

 

 

「え?」

「い、一体何が……?」

 

 呆気に取られる枢機卿と、ゼッサール。

 更に多量の閃光が伸びあがり、衛士隊を苦しめる敵兵……魔法人形の軍を一掃した。

 呆気に取られる二人に向かって、奇異な鉄の塊が大音量と奇妙な煙を吐き出して、こちらへとやってきた。

 

「うおおおっ!?」

「と、止まれ! なんだ貴様等!!」

 

 当然、こんな訳の分からない乗り物を見た衛士隊は、発狂したように杖を向ける。

 一方、その鉄の塊のようなものはこちら側の一歩手前で停止。

 衛士隊たちはまず、この奇妙な物体に乗っている者が長耳の少女……エルフであることに、大変な驚きを見せた。

 

「き、貴様! エルフか!」

「この騒ぎは全て、貴様の仕業か!」

 当然、この非常事態で混乱していた兵たちは、殺気立った目でそのエルフを見る。

「一体何用で参られた! 怪しい奴! 名乗られい!!」

 隊長のゼッサールは、多少冷静な目で見下ろすも、やはり追及の姿勢を崩さない。

 

「待ちなさい! この異変はわたしたちじゃないわ! 話を聞きなさい!」

 

 顔を赤らめてそう叫ぶのは、この奇異な乗り物を追いかけて飛んできた、桃髪がかった金髪の少女。

 

「わたしはラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。怪しいものではありませぬ!」

 

 それを聞いた周囲はざわめく。

 ヴァリエール家といったら、由緒ある家系だ。

 何より先代のマンティコア隊……ゼッサールを鍛えた師は、かの『烈風』カリーヌ。そういう意味でも、ヴァリエール家とは縁がある。

 

「なるほど……確かに、目元が母親そっくりだ。信じよう。して……そちらのエルフは?」

「彼女は……わたしの使い魔です」

 

 一瞬、嘘をつくか考えたルイズだったが、別に悪いことをしていないのに、どうしてコソコソしなければならないのか。

 そう思ったルイズは、いっそ開き直って本当のことを告げる。

 

「え、エルフを使い魔に!?」

「学院でエルフを召喚したという噂! 本当だったというのか!」

「このエルフが……例の……!? しかもヴァリエール家の息女が……!」

 

 当然、周囲は大きくざわめいた。

『エルフが使い魔になった』という噂は宮廷でもまことしやかに囁かれる噂だったが……、まさか本当の事だったとは。

 

「わたしの使い魔ですが! 信用できる者です! さっきの光景を見たでしょう!? 彼女の魔法が、あなた達を救ったのですよ!」

 

 恩着せがましい言葉であることは分かってはいるも、そう叫ぶしかないルイズ。

 だが、当然ながらこの物言いに、衛士隊たちは疑心暗鬼に陥る。

 ただでさえ、周囲はまだ混乱しているのだ。隊長ゼッサールも、どうしたものか……と色々悩んでいたところ、それに待ったをかけた者がいた。

 

「ええい! 混乱している場合ではない! ゼッサール! この場は私が預かる! 貴官は引き続き、逃げ遅れた者たちの救助と避難に動け!」

「枢機卿……! はっ! 承知しました!」

 

 枢機卿マザリーニが、素早く指示を出ししてきたのだ。

 ゼッサールも、今は悩む時間ではないと、部下たちに命じてその場を去った。

 

 

(やれやれ、まさかこのような形で、例のエルフと対面しようとはな……)

 これも始祖からの試練かもしれないと、気を持ち直してマザリーニは、フリーレンの方を見る。

 

「あの、枢機卿……」

「差し出がましいことですが、その……」

 

 ルイズとコルベールが、前に出て何か言おうとするが、それをマザリーニは手で制する。

 

「単刀直入に聞かせてくれ、この騒ぎに、心当たりがあるのかね?」

 

 マザリーニはフリーレンにまず、そう問いかける。

 フリーレンも、相手はトリステインを影で治める重鎮であることは知っているのか、車から降り、膝をついて頷いた。

 

「この騒ぎを起こした元凶は、私の世界で蔓延る脅威、〝魔族〟の中でも一際凶悪な者の仕業でございます、枢機卿」

 

 魔族……?

 当然、そんな言葉を浴びせられた枢機卿は頭の上に数多の疑問府を浮かべる。

 

「あ、要は……フリーレンが言いたいのはですね……!」

「彼女たちの住む世界で使われる造語です。所謂、我々で言う『亜人』のようなものかと」

 

 隣のルイズとコルベールが、慌ててフォローに入る。

 エルフにのみ伝わる造語……。それならまだ理解できるし、別にニュアンス的にも間違ってはいない。

 

「エルフにも、脅威に値する者たちがいるのか……」

 ふむ、と顎を触って唸るマザリーニ。とりあえず、当たらずとも遠からず的な理解はしてくれたようだ。

 

「その魔族なる者を退治すれば、この場は収まると?」

「そういうことです」

「奴らの……目的は何なのだ? 何故この場を狙った?」

「それはまだ、分かりかねますが……、もしこの騒ぎを起こした元凶が、私の心当たりある者ならば、恐らくは『侵略』でしょう」

 

 アウラの性格はよく分かっているつもりだ。

 人を食らい、血を啜って魔法を研鑽した彼女は、その力を増やす意味でも、より多くの人間を傀儡にする。

 そんな彼女が目指すのは飽くなき侵略。より強い駒を得るため、より強く魔法を研鑽するために。そんな貪欲ともいえる精神性には限度というものが存在しない。

 

「いずれは、トリステインを、ゲルマニアを、アルビオンを、ガリアを、ロマリアを……ハルケギニア全てを食らい尽くす。その最初の戦がこの騒ぎであることは、想像に難くはありません」

 

 その言葉には、マザリーニどころかルイズ達も絶句した。

 魔法の性質を聞いた時からかなり危険な奴だとは思っていたけど、そこまでとは思ってなかったのだ。

 

「故に、奴の討伐は急務。速やかに対処する必要がございます。猊下」

「わ、分かった。あえてこれ以上詳しくは聞かぬ。その魔族とやらの件は、そちらに任せるとしよう」

「す、枢機卿。アンリエッタ姫は……?」

「私も先ほどから探しているのだが、見つからず……部屋から忽然と失踪していて……まったくあのじゃじゃ馬姫が……」

 

 アンリエッタ姫は失踪していると聞き、ルイズは顔を真っ青にさせた。

 やはり、嫌な予感が的中したのだ。

 

 次の瞬間、上空からバラバラになった魔法人形(ガーゴイル)の雨が降り注ぐ。

 やや置いて、グリフォンに乗ったワルドがこちらへやってきた。

 

「猊下!」

「ワルド子爵! きみは一体何をやっていたのだね!? ラ・ロシェールは今、どこもかしこも火を噴いておるぞ!」

「存じております。上空から降下する魔法人形の群れを確認しましたので、我が隊で迎撃をしておりました」

 

 ワルドは上空を見上げる。確かに今いる地点の真上では、グリフォンの群れと竜が、戦闘を繰り広げている。

 

「それで、一体何が起こっているんだい?」

「実は……」

 

 ルイズがかいつまんで事情を説明する。ワルドは羽帽子を目深にかぶって嘆息した。

 

「姫が行方不明と……、何とも」

「事は一刻を争う。ワルド子爵。きみは彼女たちと一緒にアンリエッタ姫の探索を命じる。よいか?」

「はっ、この身にかえましても、必ずや姫殿下を無事お連れ致します!」

 

 ワルドは最敬礼してうなずく。

 ルイズ達も、ワルドが来てくれるというのであれば心強いとばかりに、頷いた。

 

「じゃあ行こう。この先にあるでかい大樹で、魔力の衝突がいくつも起こっている。多分、そこにいるはずだ」

 

 フリーレンはそう言うと、再びジープのエンジンをかける。

 ルイズとシエスタはワルドのグリフォンに乗る形で、コルベールは再び『飛翔(フライ)』を唱えて。

 一行は、アンリエッタ姫を助けるべく、世界樹(ユグドラシル)桟橋へと急ぎ向かった。

 

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