使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第88話『アルビオンへ①』

 

「はぁ……、はぁ……!」

 剣を構えながら、アニエスは汗を流していた。

 世界樹(ユグドラシル)桟橋の頂上で、湯水のごとく湧いてくる首無し騎士との戦闘で疲弊していたのだ。

 

「くそっ……!」

 アニエスは顔をしかめる。

 早く、早く連れ去られたアンリエッタ姫を追いかけたいところだが……、これ以上単独で戦うとなるとかなりきつい。

 なにせこいつらは、どれだけ切られようとも、四肢を全てもぎ取らない限りずっと襲い続ける。

 このままでは、純粋な物量で押し負ける。

 

 疲弊で一瞬、足をもつれさせるアニエス。

 その一瞬を、敵が察知し襲い掛かる。

 

「しまっ……!」

 剣を振りかぶって襲い来る首無し騎士を、呆気に取られて見つめるアニエス。

 そんな彼女を救ったのは……ここまで培った旅仲間。ではなく……巨大なゴーレムだった。

 

「邪魔だ! 吹っ飛びな!」

 

 世界樹の枝を『錬金』し、土に変えてから生み出した、八メイル級のゴーレム。

 それが急に現れて、アニエスを除く、化け物たちを巨腕の一振りですべて吹き飛ばした。

 

「な……? ゴーレム?」

 

 魔法の事はまだ分からないアニエスは、一瞬この光景に目を奪われる。

 自分を巻き込まなかったという事は、味方か……?

 そんな思案をする彼女の隣に、一つの影が舞い降りる。

 音も無く現れたその人影にアニエスは一瞬、身構えるが……。すぐに敵意が無いことを見抜き、こちらも態度を改める。

 

 眼鏡をかけた緑髪の美女。杖を持つことからメイジみたいだ。

 だが、立ち振る舞いからして相当強い。『空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)』の連中等及びもつかないだろうと言い切れるぐらいの。

 

「なんだ、取り込み中だったのかい? 助太刀は野暮だった?」

 眼鏡をかけた女性は、勝ち気そうな声でアニエスを見る。

「いや……、正直言って助かった」

 アニエスは剣を納めて礼を言う。

 そしてすぐにアンリエッタ姫を攫っていったフネを見るが……、もう、目にも見えない距離まで遠く、遠くへと行ってしまっていた。

 

「……くそっ!」

 アニエスは拳を握り締める。

 あの首無し騎士さえ来なければ、お救いできたものを……!

 

「悔しがっているところ悪いけど、あんたは何者だい? なんでこの……首のない連中とやり合っていた? 答えな」

 一方、眼鏡の女性は杖を突きつけ、語気を強めて問う。

 敵とは思っていないようだが……、味方とするには『怪しい』と思っているのだろう。

 まあそれは、自分も同じ思いなのだが。

 

「私はアニエス。仲間と共に旅をしている者だ。ついさっきまで日課の修行をしていたところ、怪しい影を認めてな、後を追ってみれば、トリステインのアンリエッタ姫が拉致されそうになっている現場に出くわして、助けようとしたのだが……」

「あの首無しの化け物に阻まれちまったと」

 

 眼鏡の女性の言葉に、「そうだ」と頷くアニエス。

 

「あの首無し騎士は何だい?」

「さてな……ただ、仲間との冒険途中で、あれに近しい『動く死体』を見たことがある。多分、同類だろう」

 眼鏡の女性はそれを聞くと、「ふぅ~ん」と、杖先を自分の顎に当てて考え込んだ。

 

「……もう一つ、あんたの旅仲間って、一体誰なんだい?」

「さっきから私だけ質問攻めか? こちらとて、助けてもらった恩はあれど、聞きたいことはある。今度はこちらの問いに答えてもらいたい。貴方は何者だ?」

 自分だけ答える側であることに思うところはあったのか、少しムッとした調子で、アニエスは反論する。

 だが、眼鏡の女性も余裕がないのか、質問する側であることを譲ろうとしない。

 

「悪いけど、今は私が聞いているんだ。その仲間……もしやエルフが関わっていたりしてないだろうね?」

「……答える気は無いな」

 

 アニエス視点では、あくまでエルフであるフリーレンを庇っての答えだった。ハルケギニアの常識からして、軽々に明かすことはできない。隠すのは当然のことだろう。

 一方、眼鏡のメイジも目を細めて、しばしそんなアニエスを睨む。

 二人が放つ静寂の拮抗を破ったのは、空からの更なる訪問者。

 

 今度は魔法人形(ガーゴイル)を乗せた竜が、こちらに向かって襲い掛かってきたのだ。

 

 竜はゴーレムすら届かない高さで接近した後、乗せていた魔法人形を降下させる。

 再び、アニエスたちのいる場は敵で満たされる。

 更に、降下部隊はその竜一頭だけじゃない。三頭、五頭、十頭はいるか。当然、それを乗せている人形の数も、数十は越えた。

 

 あっという間に、数十体の魔法人形に囲まれることとなった二人。

 アニエスは剣を油断なく構える。眼鏡のメイジ女性も、厳しい表情で杖を向けたが……。

 

「ん?」

「……なんだ、どうした?」

「あれは……」

 

 魔力で何かを探知したのか、女性の目は敵ではなくあらぬ方向を向く。

 眼鏡に『遠目』の魔法をかけることで、さながら望遠鏡のようにラ・ロシェールへと続く街道を見つめる。

 

 そこには、かつてタルブで見せてもらった……あの『鉄棺』がもうもうと煙を立てながら、こちらへと向かってくる光景が見えた。

 さらに、そこから薄っすらと魔法陣が展開された瞬間、数十に及ぶ魔力の閃光が、こちらに向かって一気に殺到してきた。

 

「いっ!」

「伏せろ!」

 

 アニエスはそう叫んでうつ伏せになる。女性もそれに倣った。

 次の瞬間、自分たちを囲い込んでいた魔法人形たちを、一斉に胴体や顔を『貫通』しながらぶち抜いていった。

 

 

「「まったく、フリーレンだなあれは……」」

 

 

 突如飛んできた攻撃の嵐がやんだ後、埃を払いながら二人は呟く。

 なんの偶然か、同じセリフを同じタイミングで発したことで、再びお互いは顔を見合わせる。

 

「あんた、フリーレンを知っているのか?」

「そういうあんたこそ、旅で知り合ったエルフって、やっぱりフリーレンのやつだったんだね」

 

 早くそう言ってくれればよかったのに。と、女性は髪をかき上げ眼鏡をとる。完全に警戒を解いたようだ。

 

「フリーレンを知る者なら隠さずとも良いな。その通り、私が武者修行の途中で知り合ったエルフとは、フリーレンのことだ」

「そうかい。……私はロングビル。トリステインで魔法学院の教師をしている者だよ。フリーレンのことも、当然知っている」

「教師だったのか! いやこれは申し訳ないことをした。立ち振る舞いからして只者ではないと思っていたが……」

「別にいいさ。それよりも……」

 

 ここまで話を終えた後、『走る鉄棺』こと、ケネディジープは世界樹桟橋の根元近くで停車する。

 そこから魔法を使える者は宙に浮き、一気に世界樹の頂点……ロングビルとアニエスのいる所へと向かって行く。

 

「あ、アニエス! それにマチルダも!」

「マチルダ? ロングビルじゃ……」

「ルイズッ、馬鹿! あんたこういうところでは『ロングビル先生』と呼べっつったろ!」

「あっ!」

 

 そう、幻獣グリフォンに跨ったルイズとシエスタが、飛行しながら先に向かって来たのである。

 再開早々、そんな寸劇を繰り広げる彼女らをよそに、フリーレンたちも後になって到着。

 世界樹の桟橋で、一同が会する。

 これを遠目で見ていた……輸送を担っていた飛竜たちは、一斉に飛び立ち、アルビオンへと逆戻りしていった。

 

 

 

「姫さまが……!」

 アニエスからことのあらましを聞いたルイズは、顔を真っ青にした。

「申し訳ない……。言い訳にもならないのは分かっているが、相手がアルビオンの王子ウェールズ殿下というのもあって、怯んでしまった」

 

 謝るアニエスの声には、悔しそうな情感が滲んでいた。

 アニエスの証言と、今までルイズ達の身に起こったこと。そのすべてをここで共有した一行は、改めて事の重大さはこれ以上ないほど深刻であると、改めて認識することとなった。

 

 ルイズはもう、居ても立っても居られない様子で、『空船』が停泊する受付への階段出口へ向かおうとする。

 そんな焦る彼女の手を、掴んだのは使い魔のフリーレンだ。

 

「待ってルイズ」

「離して! 離してよ! 姫さまが攫われたのよ! じっとしてなんかいられないじゃないの!!」

「だからこそだ。一度深呼吸して、落ち着いて。ルイズが一人バタバタしたって、状況がすぐに変わることはない。きちんと情報を整理してから動かないと」

 そうだけど……! と、口から言葉が出かかった時になって思い出す。フェルンの言葉を。

 

『冷静になって、深呼吸してください』

 

 心の中のフェルンが、自分に向かって囁いてくる。

 わかってるけど……! と、思いながらも、気が急いているのは自分とギーシュだけ。モンモランシーでさえ、顔を青くはしているけど、自分と比べるとまだ冷静だ。

 

「なにを悠長なことをしているんだね! 早く、一刻も早く姫さまをお救いせねば! アルビオンへの一番槍を果たさねば……!」

「だから落ち着けって言ってんでしょうが!」

 

 麗しき姫君が攫われたと知って荒ぶるギーシュは、モンモランシーが強引に収める。拳で。

 げふぅ! と呻いて倒れるギーシュを見て、こいつと同類と思われたくないとなったルイズは、徐々に元の調子を取り戻していった。

 大きく深呼吸した後、ルイズは言った。

 

 

「……そもそも、どうしてこんなことになったの?」

 その言葉に、周囲は頷いた。

 

 

「ウェールズ殿下が姫さまを攫ったって……、なんでこのタイミングで? 結婚はもう決まってたんだから、姫さまがアルビオンに来てから行動を移せばいいのに……」

 続いてモンモランシーが、顎に指を当ててそう呟く。

 そう、アンリエッタはどのみち、アルビオンに永住する予定だったのだ。ウェールズ殿下の妻として。

 アルビオンという国自体がアンリエッタを求めるのであれば、結婚式後に行動を起こせばいいのに、どうして婚約前のこのタイミングなのか。

 それとも、何か複雑な事情、もしくは政争の一環に巻き込まれたのか……。

 

「私の推測を聞いてもらってもいい?」

 

 ここで、フリーレンが手を挙げてみんなの注目を集める。

 この周囲にいる面々は、何の疑問もなく彼女の言葉に耳を傾ける。ここにいるのは大なり小なり、彼女によって色んな『未知』を味わった者だ。

 今回も、彼女の世界の『なにか』が関わっているのかもしれない。そう思うのは変なことではない。

 

 

「……断頭台のアウラ。かの者が関わっているという推測ですかな?」

 

 

 真っ先にそう質問するのはコルベールだ。彼の瞳はすでに『軍人』のごとき表情に仕上がっている。普段の頼りなさそうな姿は欠片も見当たらない。

 ルイズやシエスタは内心、コルベール先生もこんな顔ができるのかと、少し呆気に取られていたところだ(一方でアニエスの目線は、どことなく険しくなっていくのだが)。

 

 フリーレンは、そんなコルベールを見て「そうだよ」と、端的に返す。

 

「アウラ……って、何だい?」

「私の世界でかつて存在した大魔族の一人。〝服従させる魔法(アゼリューゼ)〟を使い幾千もの死体の群れを従え、人間の勢力圏を脅かしていた厄介な魔法使いだ」

 アウラの話も、まだ聞かせていなかったアニエスやマチルダ、そしてワルドの三人にも共有する。

 

「んだよそれ……んじゃ、もしかしてそいつがアルビオンに……!」

 

 事情を聴いたマチルダは、親指の爪を噛んで苛立ちの声を上げる。

 あの子への必需品を送っていた業者……ジャネットが依頼を断った原因って、もしかして……!

 

「待ってくれ。仮にそのアウラなる者の仕業だとしても、アルビオン軍は列強だ。そう簡単に崩れるとは思えんのだが……」

 

 冷静に疑問を呈したのはワルドだった。

 トリステインとアルビオンの婚姻は、一ヶ月も前から両国の大使や当人たちを交えて進められていた話だ。結婚に関しては数年前より決まっていたので、ほぼ最終確認、来賓の調整や契約の最終確認などで。

 そして一ヶ月前にトリステインを訪れたウェールズ皇太子や随行の者たちに、不審な様子は見られなかった。

 

「一ヶ月前以降は? アルビオンとの交流はあった?」

 フリーレンの問いに、ワルドは首を横に振る。

「いや。実はこの一ヶ月、アルビオンは『遠征期間』に入っていた。浮遊大陸である以上、定期的に西方の海域を回遊する。その間は他国との往来が大きく減るんだ」

 

 アルビオンは移動する大陸だ。

 回遊先によっては他国との距離が大きく開き、情報のやり取りすら難しくなる。

 

「だから夏季休暇に入る前、急いで婚姻に関する取り決めを済ませたのさ。書状への署名も、その時点で終わっている」

 

 再びアルビオンがトリステインへ近づいた時。

 その時こそ正式に両国の結束を示す機会になる。そう考えていたのだ。

「少なくとも、その時のウェールズ殿下たちに異変はなかった。不穏な話も聞いていない」

 だが、その説明を聞いたフリーレンは……。

 

 

 

「一ヶ月か。……十分だな。アウラだったら『一日』あれば余裕で国を陥落させられる」

 

 

 

 あまりにもきっぱりと、そう告げるのだった。

 なにせこの世界には魔族がいない。ゆえに魔族に対する魔法や手段に乏しい。

 その一番の例が〝防護結界〟なのだ。大魔法使いフランメが作り出した、魔族への侵入を阻む強靭なる境界線。あれがあるからこそ、人類は魔族への『安全圏』を確立している。

 

 それがない以上、アウラがどこから侵入しようとフリーパス。

 

 堂々と正面口から入ってきたのか、裏からコソコソ侵入したのか。どっちにしろ、アルビオンの中枢へ入り込み、王を〝服従させる魔法(アゼリューゼ)〟で支配すれば、一気に国を混乱へ陥れられる。

 その機に乗じて……、というのは、十分にありうる話なのだ。

 

 これはアウラの力もさることながら、『浮遊大陸』であるがゆえに情報が他国へ伝わりづらい、アルビオンという国の特性も原因だろう。

 そのせいで、とっくにアルビオンはアウラの手中に落ちているにも拘らず、それに気づくのが遅れてしまったのだろう。

 気付けたとしても、その時にはもう手遅れだっただろうが……。

 

 

「じゃあもう、姫さまを攫ったのもアルビオンがこんなことをしてきたのも、全部アウラってやつの仕業なの?」

「少なくとも、アルビオン側の思惑とするには矛盾が多すぎるんだよね。だってモンモランシーが言った通り、あと少し待てばアンリエッタ姫はアルビオンに永住するわけなんだし。姫殿下の身柄が目的なら、結婚式で移動してから行動した方がいいでしょ?」

 

 フリーレンの言葉に、ごくりと唾を飲み込むルイズ。

 そんなフリーレンは今、マチルダとアニエスが破壊した魔法人形の一部を、手に取っていた。

 目を細めて、波長を分析し始める。

 

(複雑な術式……アウラじゃないな。いや、『ガンダールヴ(これ)』の同類か)

 

 やろうと思えばアウラもできるだろうが、この人形の操り手はアウラ自身じゃない。魔力の波長が全然違う。

 どちらかというと、ルイズに施された『契約魔法(コントラクト・サーヴァント)』と近しいものだ。

 

(ここにあるだけでも数十あるな。やろうと思えば数百の人形操作は余裕だろう)

 

 魔法のレベルだけで見れば、スクウェアクラスを遥かに凌駕する性能だ。

 オスマンクラスのメイジか、もしくはルイズと同じ『担い手』の『使い魔』によるものか……。

 

(操られているのか、単純に魔族に与しようとする勢力か……)

 

 後者はまずないだろうと断言できるが。

 魔族との共存、利用など百害あって一利なし。まあ……魔族について知らないこの世界の人間ならば、その力に肖ろうと思う連中がいたっておかしくはないが。

 

「あ、あの。フリーレンさん、それで結局、どうするのですか?」

 まだ分析していたかったが、シエスタの言葉で思考を一旦中止した。

 

「まあ、ここまでされて放ってはおけないよね」

「あたりまえじゃないの!!」

 

 ルイズは義憤で声を張る。

 

「そのアウラってやつの仕業であるなら、放置していたらいずれはトリステインも襲いに来るってことよね、一万歩譲って姫さまのことを置いておいても、そんな蛮行、貴族として見過ごすわけにはいかないわ!」

「事情は思ったよりも深刻みたいだし、他人事でもないからね、あたしも行くわ」

 

 キュルケも、ルイズに続くように杖を掲げる。

 

「トリステインで問題が起こっている以上、やらねばならないでしょうな」

「コルベールも手伝ってくれるの?」

「ええ。ただ……、教師である以上、生徒を危険な場所には送りたくはないのですが……」

 

 コルベールも、参戦自体はやぶさかではないようだった。

 どちらかというと、子供であるルイズ達を、この危険な地に連れていくこと自体に抵抗を感じているようだ。

 

「大丈夫だよ、ルイズもシエスタも場数を踏んでいる。特にこの二人とワルドは、実際に魔族と相対している。強さについては勿論、魔族に対する経験値もある」

 

 それに対し、「大丈夫だ」と、推したのはフリーレンだった。

 それを聞いたルイズは強く頷く。シエスタもおずおずとだが、同じように会釈した。

 

「……分かった。そういうことであるのなら、私から何も言うことはない」

「私も行くよ。『あの子』に危険が及んでいるかもしれないんだ。ついてくるなと言われてもついていくから」

 

 同じくマチルダも語気を強めて接する。もともとそのためにここへ来たのだから。

 フリーレンから話を聞くに、想像以上にアルビオンは危険地帯となっているらしい。世間の目から隠れているとはいえ、あの子……ティファニアや孤児たちの身に何か迫ってないか、心配だからここまで来たのだ。

 

「ぼくも! ぼくも行くぞ! 愛しのアンリエッタ姫を助けずして何がトリステイン貴族だ!!」

「ちょっと! あんたが行ったってしょうがないでしょ!」

「何を言うんだねモンモランシー! ことは国同士の諍いよりも危険な状態なのは、ぼくだって感じているんだ! この危機に動いてこそ本当の貴族じゃないのかね!」

「いやっ、そりゃあ……そうだけど……」

 

 そんな風にやいのやいの言い合うギーシュとモンモランシーを背景に、フリーレンはマチルダと別の話をしていた。

 

「……そっか、オスマンは今回、来れそうもないか」

「あっちも色々あるみたいだからね。仕方がないさ」

「かといって、オスマンを待っている時間も余裕もない。急いだほうがいいだろうし」

 

 でも、どうやって行こうか。フリーレンは首を傾ける。

 流石にここから〝飛行魔法〟を使って向かうには距離がありすぎる。フリーレンでも渡国できるか自信がなかった。

 そのため、今から事情を話して至急『宙船』を調達する必要があるのだが……。

 

「それなら心配ないよ。どうやら敵さんがここへ来るのに使った船が一隻、この世界樹桟橋に停泊しているのを見たんだ。それをかっぱらっちまおう」

『土くれ』時代の獰猛な笑みを浮かべながら、マチルダはひそひそとフリーレンに耳打ちするのだった。

 

 

 さて、マチルダの言う通り世界樹桟橋の枝の中。

 大勢の人から見て死角になるような、ひっそりとしたところに、船が一隻、枝の先で停泊されている。

 

 それはかつて、勇者ヒンメルが少女エルフを助けるために乗り込んだ船と同じ停泊場所であった。

 

「それにしても、この世界樹……」

「どうしたの、フリーレン?」

「いや……なんでもない」

 

 今言うことじゃないと、フリーレンはそれ以上の会話を打ち切る。

 ただ、この枯れ果てた大樹から……師匠フランメの懐かしき魔力を感じたような気がしたのだ。

 だからどうだというわけではないのだが……、もしかしたら師匠が、この大樹と何か関わりがあるかもしれない。

 

 さて、そんなことを思考するうちに、フリーレンたちは船へとあっさり近づけた。

 元々、飛べない首無し騎士を移送するためのものだったらしい。それなりに広いが、今はガラガラのようだ。

 この船上にいるのは、船を動かすための作業員も兼ねたガーゴイルだけだった。

 

「船自体は簡単に鹵獲できそうだね」

「ただ、船があっても動かす乗組員がいないと話にならないぞ」

 フリーレンの隣で『遠見』を使い索敵するワルドが、そう告げる。

「それについては考えがある。ワルド、マチルダ、コルベール、ちょっといい?」

 するとフリーレンは、大人三人を呼び寄せ、耳元で作戦を伝える。

 

 ……ねえ、本当に行くの?

 

 当然さ! これはトリステイン存亡の危機でもあるんだ! 今立ち上がらずしてなんとするんだ!

 

 未だそんな風に言い合うギーシュとモンモランシーをよそに、大人組はフリーレンの作戦に、少しだけ懐疑的な姿勢を見せる。

 

「そんなこと、できるのかい?」

「さっきアニエスたちが倒してくれたガーゴイルの破片から、〝解析〟を加えた。多分いけるよ」

「まあだが、この作戦ならば人をこれ以上雇うことなく、あの船から直接アルビオンへ向かえそうだな」

 

 ワルドは顎髭をしごいて感心したように呟く。

 コルベールも、フリーレンが「できる」というのであれば、これ以上どうこう言うことではないとばかりに頷いた。

「確かにこれは、隠密行動に長けている我々が動いた方がいいですな。よし、やりましょう」

 

 

 

 船の中、ガーゴイルだけが静かに動く無人の船内にて。

『ミョズニルニトン』の効力により、遠距離でも操られている魔法人形は、ただ送られてくる指示に愚直に従い、誰も乗る予定のない船の整備を続けている。

 その中の一体のガーゴイルの背後で「からん」と、何かが落ちたかのような音が起きる。

 指示を守るだけの魔法人形とはいえ、最低限の自衛はするようプログラミングされている。何が原因で音が発生したのか、確かめようと持ち場から背を向けた時だ。

 

 突如、背後から音もなく現れた影の手により、頭に衝撃が走る。

 まるで『指令を勝手に書き換えられているような感触』を覚えたその瞬間、ガーゴイルの主は、新たな指令を出す。

「この船をアルビオンへ飛ばせ」

 新たな主人からの指令を聞いた魔法人形は、頷いた後、船を動かす準備を始めた。

 

 

「まったく、魔法人形(ガーゴイル)の指令を勝手に上書きするだなんて、聞いたことないよ」

 

 

 あんたにしかできない芸当だろうね、とマチルダは苦笑交じりに呟く。

 隠密行動に長けた三人が魔法人形をかく乱し、その隙をついてフリーレンが人形に直に接触し、『指令を上書きする』。

 こうすることで船を飛ばすスタッフを現地調達したのだ。

 

「力はかなりのものだけど、術式は単純だからね」

 

 順調にすべての人形を無事洗脳した後、フリーレンはそう返す。

 発信源はおそらくアルビオン。この距離まで遠隔でかつ、リアルタイムで指示を飛ばせる魔法の力は凄まじいが、それ故に色々粗があった。そこにつけ込んだのである。

 

「とりあえず、これで問題なくアルビオンへ行けそうだ」

「よし、じゃあ早速行きましょフリーレン! 姫さまを助けに!」

 

 船首にいたルイズがビシィ! と指をアルビオンのある方角へと指さす。

 それに応える形で、ガーゴイルの乗組員たちが、船を動かし空へと動かしたのだった。

 

 

「はぁ……まさかこんなことになるだなんて……」

 船内では、モンモランシーがテーブルに突っ伏してぼやいていた。

 ギーシュを止めようと思ってついて来たのに、彼自身が頑なに首を縦に振らないから、自分も意固地になってしまった。

 そしてそのまま、気づけば船に乗ってしまったのである。

 

「もう、こんなところまできてぼやかないの。こうやって乗り込んだ以上、覚悟を決めなさいよ。あんただって貴族でしょ?」

 

 隣ではキュルケがやれやれと首を振る。

 事実、モンモランシーとしてもベアトリス姫の件がある。顔を覚えられた以上、自分も助けに行かないと資金の融通を打ち切られる可能性……どころか、貸した金を耳をそろえて全額返せとまで言われかねない。

 父、ビュルシャール・アンリ・ド・モンモランシが水の精霊の接待時に「部屋が濡れるから床を歩くな」と言って怒らせ、その地一帯の運営を外されてからこっち、家の懐事情が厳しくなっている。それ故クルデンホルフみたいな成り上がりの国でも、金を貸してもらっているから逆らえないのだ。

 

 そんな中、「金貸し先の国の姫を見捨てて逃げました」なんて知られたらどんな目に遭うか……。優柔不断な気持ちで船に乗ってしまったのであった。

 

「大丈夫さぼくのモンモランシー。命に代えてもきみを守ってみせるよ」

「お世辞にもならないこといわないでよ……」

 

 モンモランシーは両手で顔を覆って、必死に宥めるギーシュから背を向ける。

 確かに『民間魔法学』を履修したことで、いろんな魔法をそれなりに覚えたけど……、まだ魔法のランク自体は、ギーシュと同じドットなのだ。

 

「ま、まあ……、実際には我々が対処するから、無理することはない。なんだったら船で待っていてくれていても全然構わない。ベアトリス姫の件もとりなしてあげよう。ミス・モンモランシー」

 きみは女子なのだから。と、コルベールが宥めてくれたおかげで、ようやく顔を上げるモンモランシー。

 そうして落ち着かせた彼女をよそに、ワルドが改めてテーブルに着いた周囲を見て言った。

 

 

「さて諸君。我々の任務は大まかに分かれて三つだ。一つ、アンリエッタ姫とベアトリス姫の救助、二つ、アルビオン王家の状況確認、三つ、断頭台のアウラの討伐だ」

 

 

 ワルドはそう言うと、鷹のように鋭い目をフリーレンに向ける。

「現状、我々は〝断頭台のアウラ〟についての情報に乏しい。できうる限りの情報を提供してはくれまいか?」

 ワルドの提案に、フリーレンは当然強く頷いた。

 そうした中で、自分が知りうる限りの情報を、この場にいる全員に開示した。

 

 

 

「……では、我々では決してアウラに勝てないと?」

 総合的にまとめた内容が、その一言だった。

 

 

 

「アウラの〝服従させる魔法(アゼリューゼ)〟に打ち勝つには、単純な魔力量による勝負しかない。勝てなかったら私でも問答無用で操られる。アウラ自身も負けたら絶対に操られるというリスクを背負っているからこそ、この魔法による強制力は容易には覆せない」

 

 フリーレンは断言した。

 

「そして現状、ワルド、コルベール、マチルダの三人を合わせてもアウラの魔力量には遠く及ばない。奴は五百年以上を魔法の研鑽に費やしてきた。その差は圧倒的だ」

「……不意打ちなども通じませぬか? その魔法を発動される前を抑えるとか……」

 

 なんとか一矢報いれないか、といった思いを持つコルベールの提案に、しかしフリーレンは首を振る。

 

「やめた方がいいよ。特にコルベールもマチルダも、ワルドもそうだけど『対人戦』の経験がある魔法使いほど、その考えは改めた方がいい」

「……どういうことだい?」マチルダが尋ねた。

「戦ったワルドは分かると思うけど、『人間』想定で魔族と相対すると、身体能力の差を誤認してあっけなくやられる確率が高い。特に対人戦に馴染んでいる手合いほどそれが顕著に出るんだ」

 

 そんな状態で不意打ちを挑んでも絶対にかわされる。とフリーレンは続ける。

 そして、回避された瞬間、精神的な意味での『死』が確定するのだ。

 

「特にアウラの魔力精査は異常なほど高い。魔法の特性もあるからね。そんな奴相手に、生半可な潜伏とかしても絶対に見破られる」

 

 千年鍛えた自分の魔力偽装までは見破れなかったが、それでアウラの探知精度が低いとまでは決して思ってはいない。

 むしろ魔力の『揺らぎ』まできちんと確認しているのだ。侮れる要素など何一つとてない。

 

 

「じゃあもう、そのアウラってやつはフリーレンにしか倒せないってこと?」

「少なくとも、アウラに操られることなく健常のまま戦えるのは、現時点では私しかいない」

 

 フリーレンはそう言って……しかし、その目は一瞬、ルイズの方に向けていた。

 

「では……アウラの対処はミス・フリーレンに任せるということでいいかね? 力至らずで申し訳ないが……」

「その方が助かる。むしろ、下手に人数を投入するとアウラに操られて場が混乱する。奴相手に『数で攻める』ほどの悪手も無いからね」

 

 だから、アウラの処理は私がやる。

 有無を言わせぬフリーレンの言葉に、周囲は頷くしかなかった。

 

 

(まあ……流石のアウラも『同じ手』は二度通じないだろうから、別の手を考える必要があるだろうけどね)

 

 

 あの時……グラナド領での戦いでも、終わってみれば無傷だったが紙一重の戦いだった。

 アウラの探知を欺くのは簡単なことじゃない。

 それに、プライドが高い大魔族の中でも危機察知能力も高く、不利と見れば駒を使い己は逃げる。

 傲慢から戦況を見誤る手合いであるなら、南の勇者やヒンメルの時に奴は倒せていたはずなのだから。

 

(倒す手段か……。サイトに『ガンダールヴ』を返してもらって近接で倒すか、もしくは……)

 

 フリーレンは再び、ルイズの方を見る。

 見られていたルイズは、なにかあるのかと少しもじもじしたような表情を浮かべていた。

 

(まあ、()()()()()()()()悪いことじゃないな)

 

 後でルイズに伝えるとしよう。

 その後、アンリエッタ姫たちをどう救出するか、この面々でどう動くのとか、色々話し合うこととなったが、ここでは割愛する。

 

 

「ふぁ……つかれたぁ……」

「そうだな、結構な時間話していたな。休憩にしよう。各々、休んでくれたまえ」

 

 ギーシュがそろそろぐったりし始めた頃(モンモランシーに至っては船をこいでいた)、ワルドが打ち合わせの切り上げを周囲に伝える。

 それぞれが個室へと向かって行く中、フリーレンはルイズを呼び止めようとして……、

 

「あぁ、ごめんフリーレン。ちょっといいかい?」

 マチルダが先に、フリーレンに用があるのか、こっそりとした風情で話しかけてきた。

 




書いてて思う。アゼリューゼ、本当に無法。
アウラはクヴァールさんと同じで『初見殺ししなきゃダメだった枠』ですよね、うん。
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