使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第89話『アルビオンへ②』

 

「話ってなに?」

 フネの別室にて、カンテラがからから揺れる頼りない明かりの中。

 フリーレンは神妙な顔つきのマチルダと向かい合っていた。

 

「……会議じゃ()()()()を知らない奴もいるからさ、こうしてあんたたちだけ呼び寄せたんだけど……」

 

 そう言ってマチルダは、疑問符を浮かべて同じくやってきたルイズの方にも目を向ける。

 逆に、ルイズの方が、マチルダが何を言いたいのかを先に察した。

 

「もしかして、ティファニアって子のこと?」

「……そうだよ」

 

 もう隠しても仕方がないとばかりに、マチルダも頷いた。

 

「今あの子は孤児たちと一緒に、アルビオンのウエストウッドという村に匿っている。人目につかない場所だから、貴族の連中も気づかない。だから今まで安全だって思ってたんだが……」

「まあ、危ないよね」

 

 フリーレンは断言した。

 一時期の、魔王軍による『エルフ狩り』の様相を思えばだろう。

 フリーレンは一瞬、焼け野原に変えられた自分の故郷を思い出す。

 

「ああ……だからこれを機に、あの子たちをウエストウッド村から逃がしてやりたいんだ」

「その手伝いをしてほしいと?」

「いや……あんただってこれからアウラと戦うんだろ? そこまで負担をかけるようなことはしたくない。ただ、アルビオンに着いたら私は真っ先にウエストウッド村へ行くってことだけ、伝えておきたくてさ」

「危険じゃないの? 単独行動なんて……」

 

 ルイズは心配からそう言うが、マチルダも譲らない。

 

「そうだね、理屈で言えばルイズが正しい。でも……それでもあの子はかけがえのない大切な子なんだ。周りがどれだけあの子を疎んでいても……いや、疎んでいるからこそだ。私があの子の居場所になってあげないといけない」

「分かったよマチルダ。〝魔力の隠蔽方法〟については教えてあるから大丈夫だよね?」

「問題ないよ。あん時みっちり叩きこまれたからね」

 

 二か月前の修行を思い出し、身震いとともに頷くマチルダ。

 隠密についてのイロハも軽く教えているため、自ら危険へ飛び込まない限り、マチルダなら切り抜けられるだろう。

 

 

「それよりもさ、そのアウラってやつ、本当にあんた一人で大丈夫なのかい? フリーレン」

 

 

 マチルダはここで話題を変える。

 アウラの魔法については色々聞いたけど、本当にアルビオン軍そのものを傀儡とするような化け物であるのなら、いくら千年を生きたエルフとはいえ、かなりつらいだろうという気もするが……。

 

「まあ、やるだけやってみるよ。どのみちアウラは生かしておけない」

「……」

 

 冷静にそう告げるフリーレンを見て、ルイズは複雑そうな顔で沈黙した。

 なんだろう。魔族が話題になるたび、少しフリーレンが怖く感じてしまうのだ。

 いつもの彼女らしくない、並々ならぬ『敵意』、『殺意』を見せるからだろうか、どこか落ち着かない気分になってしまう。

 そんなルイズをよそに、フリーレンはこう続ける。

 

「とにかくアルビオンについたら、アウラがどれだけ戦力を揃えているのか見極める必要があるね。そこから奴が根城にしている拠点を見つけ出して強襲するか……」

「あんたですら奇襲前提なんだね」

 

 嘆息とともにマチルダが呟く。

 ここでルイズが、何か思いついたような顔つきで、

 

「そう言えばフリーレン、前にアウラを倒したときって……言ってたわよね。『欺いて殺したって』」

 

 あれってどういうこと? とルイズは尋ねる。

 

「簡単に言うなら、魔族の連中は『魔力を偽装する』って概念が存在しえないんだ。前にルイズ達には話したよね。『魔力偽装』について」

「あぁ、あの時の……」

 

 一番最初のフリーレンの講義の時のことを思い出し、頷くルイズ。

 この世界で例えるなら、本来は『スクウェア』でありながら、周囲には『ドット』程度にしか見えないよう偽装する魔法。

 事実、今のルイズやマチルダから見ても、フリーレンの魔力量は『スクウェアクラス』相応に留まっている。本来、それ以上の魔力規模を誇っているのにも関わらずだ。

 

「ずっと疑問に思っていたのよね。どうしてそんな面倒臭いことをしてまで、魔力を隠そうとするのか」

 

 やり口を見れば、なんというか……フリーレンらしくはないと、ルイズは思っていた。

 このハルケギニアの誰よりも強いんだから、もっと堂々としていればいいのに……。とは、口には出さずとも思っていたのだ。

 しかし、フリーレンは、

 

「これは師匠から教わった『対魔族用』の技術なんだ。魔族は個人主義社会。魔力の多寡が全てを決める。奴らにとって魔法は財産でもあるんだ。ハルケギニアだって、魔法のランクで偉さを決めている節があるんだから、理解はできるでしょ?」

 

 そう言われれば、と、そこは腑に落ちたかのような顔をするルイズとマチルダ。

 

「だから、隠密で『一時だけ』魔力を隠蔽することはあっても、『ずっと』……言い換えるなら『一生』自分は弱いと思われるほど魔力を隠す思考は、連中にとっては理解の外なんだ。その隙をついてアウラに〝服従させる魔法(アゼリューゼ)〟を使わせ、私の魔力を天秤に乗っけさせた。その上で魔力を解放して奴の魔法を手玉にとった。前にアウラを殺した時はそうしたんだ」

「な、なんか……思った以上にせこいやり口ね……」

 

 思わず、口に出してしまうルイズ。

 大貴族の令嬢たる彼女である。その『正々堂々』とは程遠い、陰険な戦法をフリーレンがするとは、あまり思ってなかったかのよう。

 これはフリーレンの強大な力を、ずっと間近で見てきたというのもあった。もっと高火力な大魔法を撃ち続けた末にアウラを倒したのだと思っていたのだ。

 すると「こら」と、マチルダがルイズの頭を軽くたたく。

 

「あんたね、戦いってのは常に正々堂々……というのはほとんど行われないものよ。そういうことを言う奴は大体、『騙された側』が負け惜しみで言うものさ」

「いや、そりゃあそうなんだろうけどさ……」

「いいよマチルダ。ルイズの言う通りだ。このやり口は魔法を愚弄している。師匠もそう言っていた」

 

 フリーレンも、このやり方を『卑怯』ときっぱり認めた上で、「でも……」と、こう続ける。

 

「このやり方を極めていたからこそ、アウラを突破できたのは紛れもない事実だ」

「……けどさ、その戦法をアウラがもし覚えているのなら、同じ手は二度通用しないんじゃないの?」

「そうだね、そこだけ私も懸念している。アウラももう、容易に私の魔力を天秤に乗っけることはないだろうね」

 

 だから、『ガンダールヴ』とデルフリンガーを使ってヒンメルの力を解放し、無理やり奇襲するか。だが、こちらも懸念点がある。

 まず、力の大部分を現在、才人に渡していること。今だとデルフの支援があっても古代竜(エンシェント・ドラゴン)戦時の二割弱……発揮できればいい方。

 夢の世界を経て才人と交渉し、一時的に返してもらうという手も取れなくはないが……、フェルンとの交信タイミングもある。すぐには難しい。

 

 たとえ全盛の力を返してもらったとして、アウラはかつて、勇者(ヒンメル)一行から逃れたこともある。最強の戦士や女神に愛されし僧侶、そして自分がいたにも拘らずだ。

 逃したら厄介なことにもなる。失敗は許されない。そのくせ成功率は良くて三割……。いや、三割あれば良い方だろう。

 だが、一人で動かざるを得なくなった場合、これが最良の策となる。『ガンダールヴ』については、アウラも知らないだろうし。

 

「……『あの動き』を模倣しても成功率三割弱か……、マジで強いのね、そいつ」

 

 この話をマチルダとルイズに共有すると、真っ先に彼女がため息とともにそう告げた。

「ねえ、ほかに何か方法はないの?」

 

 ルイズも、使い魔一人に何とかさせる現状が嫌なのだろう。

 するとフリーレンは、神妙な顔で「あるよ」と、告げる。

 

「ただし、これ(・・)はルイズにすごく頑張ってもらうことになるけど」

「……どういうこと?」

 

 

 その言葉の意味を、フリーレンに尋ねようとした時だ。

 ズドン! という衝撃音と共に、フネが思い切り揺れた。

 

 

「きゃあっ!」

 ルイズは床で転んでしまう。マチルダとフリーレンは壁に手をついてやり過ごしたが、揺れはどんどんひどくなる一方。

 

「ふ、フリーレンさん!」

 ここでシエスタが、慌てた表情で廊下口から顔を出す。

「し、シエスタ! これなに!?」

「そ、そそそ外がひどいことになってます! 嵐です!」

「あ、嵐!? どういうこと……!」

 

 ルイズが聞き返すより先に、フリーレンとマチルダは急ぎ部屋を出る。

 ルイズ自身も、シエスタに助けてもらいながら外へと出た。

 

 

 外は大雨で大荒れだった。

 横殴りの雨が甲板を叩きつけ、船体そのものを引き裂こうとしている。

 マストの帆が引きちぎれんばかりに膨張し、木組みが悲鳴を上げている。

 甲板にはワルドやコルベールもいた。

 

「これは……」

「ああ、どうやら嵐の渦に捕まったようだ……!」

 

 雨に打たれながら、ワルドが状況を推察する。

 彼らが気付いた時はもう、荒れ狂う風の流れに捕らえられてしまったようだ。この船に積載してある浮遊の核、『風石』だけでは抗えない。

 

「ど、どどどどうなるのですか子爵!」

「落ち着き給えギーシュくん、今、私がなんとか風の流れに沿って運航させている。数分は大丈夫だろう。その隙に嵐を抜けられれば……!」

「抜けられなかったら?」

「……」

 

 ワルドは黙ってしまった。

 そんな彼を見て、より慌ただしくなる周囲。

 

「ふ、ふふフリーレン! なんとかならないの!?」

 今度はルイズが、己の使い魔に詰め寄った。

 

「この嵐をどうこうはちょっと無理かな。あまりにも規模が大きすぎる」

「そんな……!」

「とりあえず、私もワルドと同じように風の向きをいじって、乗り切る方面で舵を取るしかないね」

 フリーレンは杖を取り出し、その先を船の先端の方へと向ける。

 

「こんな嵐の中でも船を安定させる魔法があるのかね?」

「一応、〝勝手に舟がゆらゆら動く魔法〟があるよ」

「それって……。確かちいねえさまと小舟に乗っていた時に使ったやつ? こんな大きな船にも有効なの?」

「民間魔法は割と許容性が高いものが多いからね。私も初めて試すけど、しばらくは問題なさそうだ」

 

 フリーレンが魔法を使うと、その名の通りフネは、しばらくゆらゆらと蛇行のような移動を始めた。

 とりあえず、壊れるのではないかと思うほどの揺れは収まったが、マストは既にへし折れてしまっている。

 そんな中、ルイズは見る。

 

 

「あ、フリーレン! あれ……!」

 

 ルイズが指さした方向。船の下。

 雨と暗闇の二重苦でとても見づらかったが、大陸の地面、その突端が薄っすらと見えたような気がしたのだ。

 どうやらいつの間にか、アルビオン大陸には到着したらしい。

 

「え、もう着いたのかい?」

 同じように気づいたマチルダが、船の真下を見て口を開ける。

「トリステインからなら、この時期でも半日はかかるはずだよ!?」

「……それだけアルビオン大陸側が、トリステインとかなり急接近しているんだろうね」

 マチルダの疑問にすぐ答えるフリーレン。推論交じりではあるが、それなら辻褄は合う。

 

「だったら今、見えている街はロサイスか?」

「一応、目的地はそこにしているつもりだが……」

「そもそもこの乱気流はまだ収まらないの? アルビオン大陸ってこんなに台風で荒れている国なのかしら?」

 

 アルビオンに始めて来るキュルケが、皮肉交じりに呟く。

 

「まさか! 上空三千メイルにある国だよ! そりゃあ交通に天気の荒れはつきものだけど、地上でこんな台風、生まれて初めての体験だよ!」

 

 何がどうなっているのか分からないマチルダが、そう返す。

 とりあえず今わかったことは……どうやらこの台風は、アルビオンの地上で起こっているということだけだ。

 そう話す間に、悲劇が起こる。

 

「……あ、ワルド」

「ああ……限界だな」

「え、え……!?」

 

 フネを魔法で操作している二人が、そろって何か不穏なことを呟き始めている。

 気が気でなかったモンモランシーが叫んだ。

 

「え、どうしたのよ! もしかして魔力が切れたとか……?」

「違うよ。魔力は問題ない。問題なのは……」

「この船の耐久値だ。みんな『飛翔(フライ)』の準備を急げ! この船はもうすぐ空中分解する!」

 

 突然のワルドの報告に、みんな騒然とした。

 だが、ワルドがそう叫んだ瞬間から、船の破片が徐々に空へと飛んでいく。

 帆も、支柱も、船の突端すら、風の力に飲み込まれていく。

 もう限界、それを悟ったのか、先にフリーレンが行動に移していた。

 

「みんな、フネに積んだ『風石』を切り崩して持ってきた。これがあれば、多少嵐の勢いを緩和できるはずだから、持っていて」

 ガーゴイルに指示を出して、先に動いてたらしい。

 渡りに船とばかりに、みんな急いでガーゴイルの持ってくる『風石の破片』を受け取った。

 だが、これでフネの飛行能力はなくなったも同然。

 

「なんなんだ……一体アルビオンはどうなっちまったんだ!」

 

 マチルダがそう叫んだ瞬間、船は一気に解体され、バラバラに霧散した。

 ルイズ達は一気に、風の暴力包まれるアルビオンの上空に取り残されたのである。

 

「きゃああああああ!」

「ぐっ……!」

 

 魔法を使えないシエスタとアニエスは、ただなされるがまま、もみくちゃにされながら風に流されていく。

「シエスタ! アニエス!」

 そんな二人を助けたのが、ルイズの〝防御魔法〟だった。

 今回はクッションのように二人の進行先に魔法を置き、その隙に自分が〝飛行魔法〟で接近、そうしてまず、二人の手をキャッチする。

 バラバラになる前に貰った『風石』のおかげで、フネを引き裂かんばかりの大荒れでもなんとか〝飛行魔法〟を維持できたのは幸いだ。

 

「み、ミス・ヴァリエール!」

「かたじけない! 助かった!」

「手を放すんじゃないわよっ……!」

 

 このまま、他の面々も助けたいが、現状、自分だけだとこの二人を助けるので手一杯。

 

「うわあああ!」

「きゃあああ!」

「モンモランシー! ギーシュ! ったく世話の焼ける……!」

 

 同じように流されていくモンモランシー達には、キュルケがサポートに入った。

 同じ方向へ飛ばされた二人を、キュルケは追いかけていく。あっちはもう、彼女に任せよう。

 

「フリーレン! フリーレン……!」

 

 ルイズはここで、使い魔の名を呼び掛ける。

 しかしフリーレンは、コルベールが秘かにフネに乗せてきた『ケネディジープ』を助けに回っているようだ。よく見れば近くにマチルダもいる。

 

「ルイズ! 大丈夫か!」

「ワルド!」

 

 ここでグリフォンに乗ってきたワルドがルイズを助けようとするも……、

 

「ぐぉう!」

「ワルドぉ!」

 

 突如飛んできたフネの破片に押しつぶされ、グリフォンごと流されてしまう。

 どうやらフリーレンたちのいる方向へ飛んでいったらしい。

 一行はジープにつかまる形で、嵐をやり過ごしているようだ。

 

「ルイズ、ルイズ、聞こえる?」

 

 ここでルイズの耳元に、フリーレンの声が聞こえてくる。使い魔の耳目共有機能を使っているようだ。

 

「フリーレン! 大丈夫なの!?」

「こっちはね。ただ、コルベールがケネディジープを助けるって聞かないから、私はこっちの面倒を見ることにするよ」

「じゃ、じゃあわたしもそっちに……!」

「慌てないで。今は地上に無事到達することを考えて。ここで無理に合流しようとして、飛べないシエスタたちの手を離す方が危険でしょ? 降りられたら必ずまた会えるんだから、今は二人を助けてあげて」

 

 フリーレンにそう言われ、はっとした様子でシエスタたちの手を、握る力を籠めるルイズ。

 そうだ、フリーレンがあんなことで死ぬわけがない。キュルケ達だってそうだろう。

 今は、自分にできることを精一杯やる。それが大事だと、旅で学んできたのだから。

 

 

「分かったわ! 必ず後で連絡しなさいよ! フリーレン!!」

「ルイズも気を付けてね。じゃああとで、アルビオンのどこかで会おう」

 

 

 相変わらず呑気な声に、思わず苦笑しながら、ルイズは自身の周りを〝防御魔法〟でバリア状に展開する。

「とにかく、ゆっくり地表に降りるから、二人とも、手を離すんじゃないわよ……!」

 

 

 一方、フリーレンはコルベール、マチルダ、飛ばされてきたワルドと共に、ジープの中に乗りながら落下していく。

 ルイズ達の姿はもうない。どうやらあっという間に流されてしまったらしい。

 一方で、徐々に風の勢いが弱まり始めている。風力より重力が強まったのか、真下へと落ちる速度が上がってきている。

 

「み、ミス・フリーレン! このジープだけでも……!」

「分かってる。ちょっと待ってて」

 

 コルベール、ワルド、マチルダを乗せたジープの運転席に、フリーレンは座る。

 即席の四人パーティになってしまったな。と思うフリーレンだが、特に気にすることなく。

 

(ジープの重さと落下速度。それを計算してから浮かせないと、私達はごちゃ混ぜのミンチになる)

 

 自分の浮遊魔法では、このジープを浮かせて軟着陸させることはできない。〝飛行魔法〟は魔族の術式をそのまま転用しているため、自分以上の大きさを持つ物体は『僅かしか』浮かせることができない。

 

 なので、地面に衝突する寸前を見計らってジープを浮かせないと、やばいことになる。

 まあ、似たようなことは馬車の時で経験している。フリーレンは特に焦るようなことなく、魔法を調節する。

 

「私が一瞬だけ浮かせるから、みんな、何かに掴まって衝突に備えて」

 

 その言葉にすぐ倣う面々。実力、経験共に豊富な大人組だからか。焦ったり慌てたりするような未熟者はここにはいなかった。

 かくして、四人を乗せたジープはそのまま、強烈な衝撃音と共に、アルビオンの大地へと向かったのだった。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「――――はっ!!」

 

 裂帛の気合と共に、勇者ヒンメルはデルフを振るい上げ、黒ローブを被ったメイジ達を吹き飛ばす。

 その隣ではオスマンが『風の刃(エア・カッター)』を詠唱と共に撃ち放つ。ヒンメルと違い彼は遠慮などせず、風の刃は敵の一人の利き腕を、杖と共に吹き飛ばす。

 しかし、彼らは飛ばされた腕や足をすぐに繋げて、ヒンメル達に襲い来る。

 

「チッ、キリがねえ!」

「オスマン、彼らは操られていると思うか?」

 

 ヒンメルとオスマンは、互いに背中を合わせながら、黒ローブの集団を見る。

 この戦いで分かったこと、彼らはたとえ腕を飛ばされようともすぐ治せるほどの高い治癒力を持つこと、そしてどんなに吹き飛ばされようとも決して動じず、悪態や罵倒の一つもつかずに襲い来ることだけだ。

 

 一瞬、昔やりあった大魔族の一人、断頭台のアウラの魔法を思い出したのだ。これもまた、同じ様な症状でこうなっているのかと。

 

「分かんねえ、少なくとも『ディテクトマジック』には何の反応も無かった。系統魔法の仕業じゃねえのは確かだが……」

「別系統の魔法、とか?」

「先住魔法か……そっちは俺も専門外だからな」

「そうだな、これは『先住魔法』だ」

 

 二人の会話に解を継げたのはデルフリンガーだ。

 再び迫ってきた、黒ローブの一人の『剣化(ブレイド)』を受け止めながら、錆びた鍔で語り掛ける。

 

「じゃあやはり、彼らは操られてああなっていると?」

「いや、生気は感じねえな。多分『死んでいるところを操られている』……ってとこか」

「ケッ、胸糞悪ぃ魔法もあるもんだな、『先住魔法』ってのはよ!」

 

 オスマンはそう言って、『ウィンド・ブレイク』で周囲を吹き飛ばす。

 もっと攻撃用の魔法を使いたいところだが、火魔法は天候が大雨のおかげで十全な力を発揮できず、『稲妻(ライトニング)』はずぶ濡れの自分達にも通電しかねない。

 なので風魔法で敵を船上から吹き飛ばそうとしているのだが、思うようにいかない。

 ヒンメルはさっきから、相手に気を使ってるのか必要以上に攻撃を加えないし。

 

「おいヒンメル! 手心加えんな! 殺す気でやんねえと俺たちまで危うくなるぞ!」

 オスマンは叱咤するが、ヒンメルは「しっ」と、人差し指で口元を押さえる。

 

「僕達の目的はエルフの彼女を助け出して脱出することだ。ここで必要以上に斬り合うこともない。僕が隙をついてあの子を助けて船から飛び降りるから、オスマンはその後のケアを頼む」

「はぁ!? 飛び降りる気でいるのかお前!?」

「このままだとアルビオンに着いちゃうんだろう? 彼女に懸賞金をかけた元締めが『レコン・キスタ』で、連中がアルビオンにいるのなら、まずはそこから離れないと」

 

 彼自身は、あくまで冷静に、目的を見据えた発言を残す。

 オスマンはとりあえず、あいつら全員ぶっ飛ばしてこのフネを乗っ取る腹積もりでいたのだが……、よくよく考えれば操船など分からないし、この集団を必要以上に撃破する必要性もそもそもないことに気付く。

 勿論、ヒンメル的には彼らを必要以上に傷つけさせないように、慮ってもいるのだろうが……。

 

「ったく、飛び降りた先はどうするよ」

「そこはあくまで、野となれ山となれ、さ」

「ノープランかよ馬鹿野郎! 一致番肝心なところだろうが!」

「じゃあこのまま、彼らと不毛な斬り合いを続けるつもりか?」

「……ったく! さっさと行けバカヒンメル!!」

 

 会話を打ち切ったオスマンは、風で周囲の敵を吹き飛ばしながら、自分たちが落下した後の事……、着地するにはどうするかを頭の中で思案する。

 

(『飛翔(フライ)』中に他の魔法は今の俺でも使えねえから、先に俺が地面で待って後から落ちてくる二人を『浮遊(レビテーション)』で浮かせるか……)

 

 そんな事を考えている刹那、既にヒンメルは敵の懐に、捕まっている少女の元へと切り込んでいた。

 

「もう少しだけ待っててくれ! 必ず助ける!」

 

 そんな彼を見ると、もうこちらとしても腹をくくるしかないと思えるのだから不思議なものである。

 こんな……無茶苦茶な作戦なのに、彼が発言すると不思議と上手くいきそうな、そんな予感を覚えるのだから。

 

(ったく、全て終わったらまた浴びるほど酒をおごってもらうからな! 覚えてろ!!)

 

 オスマンは心内でそう叫ぶと、『魔法の矢(マジックアロー)』でヒンメルの援護を始める。

 飛び降り先の事を考えると、精神力も温存しなくてはいけない。故に今は、これが精一杯の援護。だが、ヒンメルからすればこれでも十分すぎるほどだった。

 

 鎧袖一触。魔王を討ったヒンメルの剣腕は、いかに不死身の体を持つこの集団でも、容易には止められない。

 デルフを横一文字に薙ぎ払う。それだけで数十のメイジ集団が船上のあらゆるところで転がっていった。

 

(初めからそうしろよ馬鹿)

 

 内心でツッコミを入れるオスマンをよそに、ヒンメルはエルフを捕まえているメイジを叩き伏せると、後ろ手に縛られていたエルフ少女の縄を解いてあげる。

 

「もう大丈夫だ、怖い思いをさせてすまなかったね」

 

 ヒンメルは屈託ない微笑みを、助けたエルフ少女に向ける。

 耳長の少女は、何を言おうか、迷っているかのような、少し呆けたような表情を浮かべていた。

 まるで、助けに来るとさえ思ってなかったかのような顔だった。

 

「さて、後はこの船から脱出したいところだが……」

 

 ヒンメルは後ろを振り向く。あれだけ叩き伏せたにも拘らず、やはり連中は起き上がってくる。

 ……ここまで来ると、いっそ哀れにさえ思ってしまう。彼らは永久に、『誰か』の命令を聞くだけの、ただの奴隷でしかないからだ。

 

(彼らも、どうにか止めることはできないものか……)

 

 一瞬、愁いの表情で彼らを眺めていたヒンメルだったが、まるで今の彼の心境を聞き届けるかのように、隣の少女が動いた。

「どうしたんだい?」

 ヒンメルはエルフの少女に問うが、彼女は一歩前を歩くと、指輪(・・)をはめている方の手をかざす。

 

 次の瞬間、指輪の台座にはめこまれた水玉が、眩いばかりの光を放ち始めた。

 その光の強さは、思わずヒンメルやオスマンでさえ、目を覆ってしまうほど。

 

「な、なんだ―――!」

「ま、眩し……!」

 

 そうしてしばらく目を瞑っていた二人。

 デルフでさえ、この光から感じる魔力に、何か『覚えがあるかのような感触』に包まれた。

 

(なんだ、この魔法……どっかで……!)

 

 だが、それ以上を思い出すようなことはなく。

 ヒンメル達が再び目を開けた時は、エルフを攫おうとしていた連中は一人残らず、床に倒れていた。

 

 

「……何が起こったんだ?」

「さぁ……?」

 

 オスマンの問いに、ヒンメルも疑問符を付けて返すことしかできない。

 ただ、状況的にこの少女が何かしたようだが……。

 

「きみがやったのかい?」

 ヒンメルの優しい声色の問いに、少し竦めて頷く少女。

 雨音が強くなり、淡い光沢を生み出す金髪が、さらりと揺れる。

「……だったら初めからやってくれりゃあ良かったのに」

 オスマンは小声で呟くが、少女は両手をお椀にして、雨粒をその手の中に溜め始める。

 

「……雨が降ってないと使えなかった?」

 

 ヒンメルの問いに、少女は頷いた。

 どうやらこの指輪は強力な『水』の魔法が込められているようだが、それでこの連中全てにまで効果を及ぼすには、外部による要因……それこそ今のような雨粒の中でないと無理なようだ。

 

「まあでも、なんにせよ助かった。ありがとう」

 

 ヒンメルはそう言って少女の髪を撫でる。その手に、仄かな温かみを感じている様子の少女。

「さて、後はここから脱するだけだな……」

 

 その時だ。

 フネがガクンと揺れ、大気に呑まれるような衝撃が走った。

 思わず体勢を崩しかける少女を、ヒンメルは助けた。

 

「おい! なんかやべえことになってんじゃねえか!?」

 

 オスマンの言葉に、内心同意するヒンメル。

 どうやら台風のせいで船の制御が利かなくなっているらしい。

 このままでは、船自体が崩壊する。そう思わせるばかりの揺れが襲っていた。

 

「お前、こんな荒れた天気の中飛び降りるとか、よくもほざけたな!」

「それでもオスマンなら、やってくれると思ったのさ」

「あたぼうよ、おれ様にかかればこんなの……って言ってる場合じゃねえ! このままじゃマジでぶっ壊れるぞ!」

「いや、もう遅いかもしれねえ」

 

 デルフの声が聞こえた直後だ。

 フネの帆が、風に呑まれて消えていった。船首が折れて消えた。竜骨がへし折れ、落下していく。

 次の瞬間、フネが真っ二つにぶち壊れ、ヒンメルたちは外に投げ出された。

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」

「オスマン!」

 

 

 暴風に呑まれ、離れ離れになるオスマンとヒンメル。

 未来でフリーレンがやったような、魔法や『風石』による保護も無い。こちらは完全なる暴風に三人は飲まれた。

 

「おれよりテメエの心配してろバカヒンメル――――!!」

 

 そう叫びながら、オスマンの姿はあっという間に消えた。

 ヒンメルはせめて、彼女だけでもとばかりに、エルフの少女を抱えて耐える。

(せめて、この子だけでも無事に――――!)

 そんな時だ。

 ヒンメルの視界に、仄かな光が巡る。

 そして次の瞬間、暴風に身体を引き裂かれるかのような感覚が消えた。

 

(水の……膜?)

 

 どうやら自分と少女は今、透明な水球の中にいるらしい。

 見れば、少女の指輪がまた、発光をしていた。

 どうやら衝撃を抑えるクッション代わりにと、準備してくれたらしい。

 

(どうやら、僕はまた、きみに助けられたようだね)

 

 そのことにお礼を言おうとヒンメルは少女を見る。

 だが……、少女が自分を掴む手は、震えていた。

 

 落下先には地面が見える。どうやらアルビオンに来てしまったようだ。

 オスマンがいない状況で大海に落ちるよりはマシだったろうけど……、どうやらこの国に来てしまったことが、彼女にとってたまらなく怖いことであるらしい。

 

(大丈夫だ、絶対に守ってあげるよ)

 

 心配させないように、ヒンメルは少女を優しく抱きしめる。

 それにより、少女が自分を掴む腕の力は、少し弱まったように思えた。

 

 やがて、水の膜は一粒の雨粒のように。

 空の大陸の地面へと落着する。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 時が経ち、晴天を取り戻した空の大陸の、どこか。

 

「うぅ……ん」

 

 台風が収まり、意識を取り戻したフリーレンが見た光景。

 とりあえずまだ、原形を保った車と、その周囲で倒れているコルベール、マチルダ、ワルドの三人。

 彼女たちは確かに今、アルビオンの大地に立っているのだった。

 




これで第4章終了、サイト編1話挟んだ後、第5章です。
アウラとの本格戦闘がここから始まります。
パーティが固定だった3~4章と違い、色んなキャラとの掛け合いを書きたいためパーティがひっきりなしに変わる構成にしています。
その上でヒンメルの過去も現代とかなり関わっていきますので、ちょっと長くなります……。
基本週1投稿ですが、連続した話はなるべく短い間隔でアップできればと思っています。
これからも、引き続きよろしくお願いいたします。
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