使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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外伝その6『神話の大魔法使い』

 

 フリーレン達がアルビオンへと渡っていたのと同じ頃。

 北部高原、魔法都市シュラーフェンでは。

 

「ふわっ……」

 

 その日もまた、平賀才人は背伸びをしながらベッドから起き上がった。

 カーテンを開けて、外を見る。今日はあいにくの雨。絶え間ない雨音が窓を叩いている。

「今日は雨かぁ……」

 才人は起き上がって、いつものように服に着替え、顔を水で洗い、朝食を食べに下へと降りる。

 

「おー、サイト、おはよう」

「おはようシュタルク、最近雨続いてるな」

 

 下に降りれば、まずはシュタルクが才人とあいさつを交わす。これもまた、日常の一つとなっていた。

 この後はフェルンと一緒に三人で朝食だ。たまにカンネ、ラヴィーネやデンケンと席を囲むこともあるが、基本的にはこの三人で囲む朝食が日課になっていた。

 だが、その日の朝食の席には、見慣れぬ顔があった。

 

 

「よう、シュタルク。そいつか?」

「ああ、ヴィアベル。そう、こいつが昨日話したサイトだ。異世界から来た人間なんだぜ」

「異世界ねぇ……にわかには信じ難ぇ話だが、お前らが揃って嘘をつくとも思えねえしな」

 

 

 そう言ってシュタルクと気さくに話すのは、なんとも近寄りがたそうなヤンキーみたいな兄ちゃんだった。

 才人はちょっと身構えた。なんかコンビニの前でタバコをふかしていそうな、不良じみた雰囲気だったので、近寄りがたく感じたのだろう。

 

(なあシュタルク……、あの兄ちゃん誰?)

(ヴィアベルっていってな、フェルンと同じ一級魔法使いだ。まあ顔は怖いけど良い奴だよ)

「お前ら聞こえてんぞ」

 

 こそこそ話す二人に、笑いながらヴィアベルは突っ込んだ。

 

「でもよ、なんでこんなところにいるんだ? 北の果てで魔族が暴れているから帰るって話になってなかったっけ?」

「ああ、また情勢が変わったらしくてな。予断は許さねえが暫くは問題ない、って形に落ち着いたんだとよ。まあこの情勢も、いつ変わるか分かったもんじゃねえけどな」

「その報せを港町で受けたところに、新しい任務が入ってね。それでここへ来たってわけ」

 

 ヴィアベルの後を継いでそう答えるのは、無表情な顔つきの女性だ。彼女の隣には黒髪の青年も座っている。

 

「っと、自己紹介がまだだったな。俺はヴィアベル。こいつらはエーレとシャルフ。魔法使いをやってる。よろしくな」

「あ、ああ。俺は平賀才人っていうんだ。どうも……」

 

 ヴィアベルが気さくな感じで握手を求めてきたので、才人も態度を軟化してその手を握った。

 確かにシュタルクの言う通り、怖いけど悪い人って感じじゃなさそうだ。

 

「任務ってなんだ? 大陸魔法協会からのやつか?」

「ん? ああ。詳細はまだよく知らねえ。ただ、『シュラーフェンへ集合。以後待機』だとよ」

 

 スクランブルエッグをもぐもぐしながら、才人はシュタルク達の会話を聞いていた。ヴィアベルたちはもう食事を済ませたらしく、樽のジョッキを呷りながら色々語っていた。

 

「こんな奇妙な任務は俺も初めてだが……、何かが起こる。そんな臭いだけは嫌ってほど感じるぜ」

「……それよりも、エーデルがまだ目を覚まさないって本当なの?」

 

 ここでエーレが、向かい側にいるフェルンに話しかける。それを聞いた才人は、思わず視線を落とした。

 そして、左手の甲を無意識に見る。

 

(この左手の中に眠る『ガンダールヴ』の記憶を覗いたせいで、エーデルさん、まだ意識が戻ってないんだよなあ……)

 

 彼女は未だに、ベッドの中で眠りについていた。

 僧侶の魔法で、身体的な治癒はほぼ済んでいるのだが、意識だけは未だに戻らないのだそう。

 それを聞くたび、胸の奥に重い罪悪感が広がるのだった。

 

「ええ、あれからずっと眠っているそうです」

「極めて高い精神魔法の使い手が、記憶を覗いて目を覚まさないって……いったい、どれほどのものを覗いたのかしら?」

 

 エーレも、純粋に気になるといった感じで頷いた。

 それを聞いた才人は、食べるのをやめてぽつぽつと語り始める。

 

「ごめん、思い出そうにも、何も覚えてないんだ……ただ、ブリミルって人が魔族を弟子にしていたって記憶しか……」

「……相当な酔狂だな。そのブリミルとかいう魔法使いは」

 

 これに反応を示したのは三級魔法使いのシャルフ。彼の言葉に、ヴィアベルも椅子の背に重心を預けて天井を見上げた。

 

「人間の力を利用しようって魔族は、まあ俺もごまんと見てきたものが……流石に人間に弟子入りしたって奴は聞いたことがねえな。魔法使いとしてプライドの高いアイツらが、どうして人間に教えを乞おうだなんて思ったのかねえ」

 北側諸国で数々の魔族、魔物を討ち取ってきたヴィアベルだからこそ、イメージできないとばかりに首を振った。

 

「魔族に弟子入りした酔狂な人間なら、ここにおるがな」

 するとその時、朝食部屋の扉の方から別の声が響いた。

 

「あ、デンケンじっちゃん」

「レルネン様も」

 ここで、デンケンとレルネンの二人が、この部屋にやってきた。

「すまんなサイト、今日もまた、少し付き合ってほしい。大陸魔法協会支部までな」

「どうしたの、じっちゃん」

「ゼーリエ様がお目覚めになられた。至急、君を連れてくるようにとの仰せだ」

 

 

 

 というわけで、再び馬車の中。

 ヴィアベル達と別れた後。フェルン、シュタルク、才人の三人は、デンケンやレルネンを伴って、雨の中、大陸魔法協会支部の塔へと進んでいた。

 ザーザーぶりな雨の中、馬が泥を跳ねながら先を進んでいく。その窓を、なんとなしに才人は見ていた。

 

「なあシュタルク、確かゼーリエって……」

「ああ、フリーレン以上の大魔法使い、って、俺は聞いている」

「正確には、フリーレンの師であるフランメ、そのフランメの師にあたる御方だ」

 

 レルネンが最終的に、ゼーリエについてそう説明した。

 フリーレン以上の魔法使いエルフ……というのは、確かここへ来る前にちょろっとだけ聞いたけど……ずっと眠っていたとも聞いていた。

 

(そこまですごい人だったら、この左手のことも解決してくれるのかな……)

 

 才人は無意識に、左手の甲へと視線を移す。

 彼の葛藤を見抜いたのだろう、デンケンが言った。

 

「そう気に病むでない、サイトよ」

「え?」

「その左手の中に眠る記憶のせいで、エーデルが傷ついたと思っているのだろう? お前は巻き込まれただけだ。むしろ、こうなることを予想できなかった儂らに責任がある」

「で、でもじっちゃん……」

「それにね、彼女はああ見えて強い、優秀な魔法使いだ。そう簡単に折れるとは思えんのだよ」

 

 一時期行動を共にし、マハトの記憶を攫う瞬間を見ているからだろう。

 エーデルはこのまま寝ているだけで終わる少女ではないと、レルネンが微笑みながら続けた。

 

「お二人の言う通りです、気を落とさないでください、サイト様」

「あんなもん、予想しろって方が無理だと思うぜ、誰もお前を責めたりなんかしないって」

「フェルン、シュタルク……」

 隣に座る二人もそう言ってくれたおかげか、才人は顔をほころばせて頷いた。

 

「ありがとう……!」

 

 少なくとも、俺は良い人たちに巡り合えた。

 外は寒いのに、心が仄かにあったかくなるような気持ちを覚えながら、才人は大陸魔法協会の塔へと向かった。

 

 

 

(この塔に来るのはこれで二度目だな……、相変わらずでっけえ)

 

 そうして、才人たちは再びシュラーフェンの大陸魔法協会の支部に訪れる。

 エントランスへ入ると、その中央に誰か立っていた。

 

(うわ、すっげえ髪……シャンプーどれくらい使うんだろ?)

 

 その人物を見て、まず才人が思った感想がそれだった。

 人形のような華奢な体格ながら、足元に届きそうなほど長いベージュ色の髪を背中いっぱいに広げた女性。

 手入れ大変そう……何となく才人はそんな感想を抱いた。

 

「出迎えご苦労、ゼンゼ」

「お前もこちらに移動したのか」

「眠っているゼーリエ様の護衛として、ゲナウやメトーデと共にな」

 

 ゼンゼ。

 そう呼ばれた女性は、続いて才人の方を見る。

 

「きみか? 『魔法のない世界』からきた少年というのは」

「あ、はい。平賀才人って言います。よろしくお願いします」

「私はゼンゼ。一級魔法使いだ。早速だがゼーリエ様がお呼びだ。ついてきてもらおう」

 

 ゼンゼはそう言うと、背を向けて奥へと進んでいく。

 才人はごくりとつばを飲み込んだ。『フリーレン以上のエルフ』が、一体全体、何のようなのだろうか?

 緊張で拳を握る才人の気持ちを、和らげるようにフェルンがこう申し出た。

 

「あの、私達もその話に同席してもよろしいですか?」

 

 先を歩いていたゼンゼは足を止め、顔だけをこちらへと向ける。

 一瞬、何か考えていたようだが……。

 

「まあ、ゼーリエ様が否と言わなければ、私から言う事はない」

 

 と、同席を認めるかのように言って再び歩き出したので、フェルンとシュタルクも安堵の笑みを浮かべた。

 

 

 才人たちが進んだ先。

 最初に来た時とはまた違う、荘厳そうな雰囲気と装飾が入った大扉が姿を現す。

 

「ゼーリエ様、客人をお連れしました」

 

 ゼンゼはそう言うと、手ではなく、髪先で扉を押す。

 すると、扉はギギギ……と、重厚な音を立ててゆっくりと開き始める。

 

(髪をあんな風に動かすのか……あれも魔法なのかな?)

 

 だからあんな髪を伸ばしているのだろうか? 魔法って本当、千差万別だなあと、才人は何となしに思った。

 才人がそう思う合間にも、扉は完全に開き、先の光景を才人達の視界に投影する。

 

 その先に広がっていたのは、色とりどりの花々と緑で丁寧に整えられた庭園だった。

 一瞬、屋内にいることを忘れるほど、美しく静かな空間。

 

 

 そしてその先、蓮の葉が浮かぶ澄んだ水面。

 その縁に腰掛けた金髪のエルフが、退屈そうに足先で水を弾いていた。

 時折、ぴしゃりと水滴が跳ねる。

 

(あれが、ゼーリエ……さんか……。フリーレン以上の大魔法使い……)

 

 足先で水面を叩き、時に蹴り上げて水を飛ばしている。

 だが、その表情は終始無表情。垂れた金色の瞳は、未だにこちらを捉えようともしない。

 だが、来訪者が来たことは分かっているのだろう。ゼーリエは口を開く。

 

「ご苦労、ゼンゼ」

 

 ゼーリエはそう言うと、足を引っ込めて胡坐をかく。

 そして、体をこちら側へと向けた。

 

「レルネン、私はどれくらい眠っていた?」

「三か月と十四日……、でございます」

「そうか……やはり時間軸に多少のズレがあるな。まあいい」

 

 ゼーリエはそう言うと、まだ視線を才人達の方には向けずにこう続ける。

 

「さっきエーデルの様子を見てきた」

「……!」

「どうでしたか?」

「しばらく放っておいて構わん。()()()()()()()()()()()()、引き続き〝解析〟はあの子に任せるとする。いいな、レルネン」

「はっ」

 

 そう、意味深な発言の後、ようやくゼーリエはその瞳を才人の方へと向けた。

 

 

 

「お前か、今の『魔法を操る小人(ガンダールヴ)』は」

 

 

 

 いきなり『ガンダールヴ』のことを言われ、才人は若干のけぞった。

 この様子だと、彼女はさっき起きたばっかりといった様子。だというのに、今までのことを見通していたかのような風情で、ゼーリエはこちらを見ていた。

 

「あ、はい……。俺、平賀才人って言います。ど、どうも……」

 

 過去最大級かもしれない緊張感で心音を高鳴らせながら、才人は挨拶する。

 ゼーリエは彼の挨拶を聞くと、指でくいくいと、こちらを向ける。

 

(こっちにこいって、言ってるのか?)

 

 思わずデンケンとレルネンを見ると、彼らも小さく頷いた。

 才人は、ゆっくりとゼーリエの方へと向かう。何をされるのだろうか、ちょっと怖い気持ちを覚えながら。

 そうして、才人はゼーリエと至近距離まで歩いていく。

 すると、ゼーリエはこう続けた。

 

「左手を出せ」

「え、あ、はい」

 

 これまた言われるがまま、才人はゼーリエに向かって左手を差し出した。

 ゼーリエは難しい顔をしながら、才人の手を取る。

 そしてしばらく、彼の左手の甲をなぞりながら、胡坐をかいて遠くの方を見ていた。

 

(な、なにしてるんだ……)

 

 よく分からないけど、とりあえず、されるがままその場で佇む才人。

 すると、彼の左手が突如光り出す。

 

(な、なんだ……!)

 

 そこに刻まれたルーン、ガンダールヴ。

 その紋様が、急に現れたのだ。

 

「ん、大体わかった」

 

 すると、ゼーリエは才人の手を放す。

 光は最初は強烈に輝いていたが、やがて徐々に光が収まっていき、やがて刻印が見えなくなっていった。

 ゼーリエはそのまま、立ち上がると花園の向こうにある玉座へと向かう。

 そこでは先に動いていたレルネンが、小机とカップ、そして紅茶を用意し待機していた。

 

「先に、お前が一番知りたいことから答えてやろう、サイト」

 

 ゼーリエはそう言うと、玉座に胡坐をかいて、才人を改めて見据えてこう続けた。

 

 

 

 

 

「安心しろ、お前を元の世界には帰せる」

 

 

 

 

 

 それを聞いた瞬間。才人の胸の奥に、ずっと張りつめていた何かが、ぷつりと切れた。

 熱いものが喉をせり上がり、視界がぼやける。

 

「……っ」

 

 顔を伏せる。ぽた、ぽた、と。

 こらえきれなくなった涙が、床へと零れ落ちていった。

 

「やったなサイト! 元の世界に帰れるってよ!!」

「良かったですね、サイト様!!」

 

 当然、これにシュタルクもフェルンも、嬉しそうに駆け寄った。

 

「ああ……、ああ……!!」

 

 才人は何度も何度も、頷くのだった。

 

 

 

 才人が精神的に落ち着いてから後。

 

「それで、どうやって元の世界に帰る……んですか?」

 

 元の世界に帰れると言い切ってくれたからか。

 自然と敬語口調で、才人はゼーリエにそう問いかけた。

 

「ブリミルの術式の中に、『世界を渡る扉を作る魔法』がある。それを解析し、再現する。遠回りに思うだろうが、それが最も安全で確実だ」

 

 だが、今すぐというわけにもいかない。

 ゼーリエの言葉に、才人は今度は、冷えた緊張で心臓が跳ねた気持ちを覚えた。

 

「奴は力を四つに分け、そのさらに四つにまで細分化した。その弊害で術式の大部分が欠落しているようでな。修復に多少、時間を要するということだ。……まったく、アイツも面倒なことをしたものだ」

「ゼーリエ様、ブリミル様を知っているのですか?」

 

 フェルンの問いに、ゼーリエは「……まあな」と、ちょっと煮え切らなさそうな答えを返す。

 

「って、そうだ。そのブリミルって魔法使い、確か魔族を弟子にしていたって話なんですけど……」

「フォルサテのことか」

 

 才人からその質問を聞いたゼーリエは、レルネンから紅茶の入ったカップを受け取り、口につけた。

 

 

 

「……奴と奴を巡るあれこれは、複雑な事情があってな。全てを語るとなると余裕で日が暮れるぞ」

 

 

 

 今は、そんな話をする時間じゃないだろう? とゼーリエは才人を見る。

「話が脱線したなサイト。そういうわけで今すぐとはいかないが、復元自体は可能だ」

「あの、どれくらいかかりそうですか……?」

「安心しろ、十年だの百年だの、人間にとって気の遠くなるような時間を告げるつもりはない。せいぜい一、二か月だ」

 

 そ、それぐらいであれば……。

 と、才人はほっと胸をなでおろした。

 むしろ、それぐらいの時間で帰れる保証があるのなら、余裕で待てるというものだ。

 

(あとは、何とかして母ちゃんたちに連絡がとれれば万々歳なんだけどなあ……)

「できるぞ」

 

 まるで才人の思考を先読みするかのように、ゼーリエがそう言って来た。

 

「え、できるんすか!?」

「『スマートフォン』とか言ったか、持ってきたのだろう?」

「は、はい!」

 

 才人は懐から、すっかり充電が切れてうんともすんとも言わなくなったスマートフォンを取り出した。

 携帯用のバッテリーもとうに使い切っており、今やこの異世界でそれを動かす術はない。

 デンケンやレルネンも、あれこれと方法を考え、復活に試行錯誤を重ねてくれた。だが、最終的には才人自身がそれを止めたのだ。

「こいつはものすごく精密な機械なんです。ただ電気を流せば動くような単純な代物じゃありません。下手をすれば、二度と直らなくなるかもしれない」と、そう説明したからだ。

 

「も、もしかして……、大魔法使い様ならこれの充電もイケちゃう感じなんですか?」

「当然だろう?」

 

 ゼーリエはそう言うと、今度はゼンゼの方を向く。

 

「ゼンゼ、お前も手伝え」

「なにをすればいいのですか?」

「こいつの『ガンダールヴ』に機能を付け足す。お前は中継役だ。直接送るとこいつが負荷に耐えきれんからお前を噛ませる」

 

 言っていることがさっぱり分からないとばかりに、ゼーリエ以外の全員が首を傾げる。

 ただ、ゼーリエが無駄なことをするエルフではないのは才人やフェルン、シュタルク以外は全員知っている。故に何か考えがあるのだろうと、頷くだけに留めた。

 才人とゼーリエの間に立つように、ゼンゼが近づく。するとゼーリエは二三言、指示を飛ばす。

 ゼンゼは頷き、才人とゼーリエ、二人の左手首に髪を絡ませた。

 

「あ、あの……」

「余計なことはしゃべるな、しばらく黙っていろ」

「あっはい」

 

 ゼーリエが真剣な表情でそう言ってくるので、才人も頷いて黙っているしかなかった。

 

「ゼンゼ、これから私の手首を通じて魔力が送られるはずだ。お前は才人の負荷にならないと思う程度に魔力を渡してやれ。逆に負荷がかかりそうだと判断したらお前自身が受け止めろ」

「分かりました」

「サイト、お前のスマートフォンを寄越せ」

「あっはい」

 

 言われた通り余計なことを言わず、素直に才人はスマホをゼーリエに渡した。

 ゼーリエの手に異世界のオーパーツが渡った瞬間、一瞬で、スマートフォンは宙で元の形を失い、無数の部品へと分解されていった。

 

「えっ!?」

 才人は思わず声を上げた。

 バラバラになった部品は地面に落ちることなく、重力に逆らうように宙へと静止している。

 外装フレーム、液晶ディスプレイ、基板。

 さらに内部の各種チップ、カメラレンズ、通信回路、微細な部品の一つ一つまでもが、まるで見えない糸に吊られているかのように空中へ整然と並び、ゼーリエの掌の上で静かに回転していた。

 

 それはまるで、未来の工房だった。

 SF映画でしか見たことのないような光景に、才人はスマホを分解された怒りよりも、純粋な興奮が勝っていた。

 

(すっげぇ……!)

 

 やがて、スマートフォンの大部分を占めるバッテリーまでもが細かく分解されていく。

 ゼーリエはその内部に僅かに残っていた「電力の名残」を読み取り、目を閉じて解析を進めた。

 そしてしばらくすると、宙に浮かぶ無数の部品たちが、今度は逆再生のように動き始める。

 一つ一つが寸分違わず元の位置へ収まり、基板が重なり、フレームが閉じ、液晶が嵌め込まれ、最後には傷一つない姿のスマートフォンが、ゆっくりとゼーリエの手の中へ収まった。

 完全なる分解。そして完全なる復元。

 まるで最初から何事もなかったかのように。

 

「終わったぞ」

「へ?」

 

 どうやら、先の光景を呆然と眺めている間に、もう『機能の追加』は終わっていたらしい。

 ぽかんとする才人の前で、左手首を絡め取っていたゼンゼの髪が、ゆっくりとほどけていく。

 ……それと同時にゼンゼの長髪が、ぶわっと全方位に広がった。

 

「ぜ、ゼンゼさん、髪ヤバいことになってますよ!」

「電気系統の魔力を受け止めた反動だ。まあ、仕方あるまい」

 

 乾燥した髪に静電気が走った時のように、長いベージュの髪が、孔雀の羽根のように逆立っている。

(うわっ、動画で見た静電気実験みてえだ……)

 本人は平然としているが、その姿は中々衝撃的だった。

 

「それよりも……ほら」

 

 ゼーリエの声に、才人は慌てて振り向く。

 無造作に投げ渡されたスマートフォンを、危うく取り落としそうになりながら受け止めた。

「な、なにするんすか! 大事にしてくだいよ、もう動かない《ブブッ》とはいえ、これは俺の……!」

 聞き慣れた振動を左手に受けて、思わず才人は言葉を切った。

 なぜなら、長らく真っ暗だったディスプレイ画面に『充電中』の画面が躍っていたのだから。

 

「えっ、充電……! で、でもバッテリーはもう……」

「さっきも言ったろう。『ガンダールヴ』に機能を足してやった。左手で触れている間、その手に持った電気機器へ魔力を変換して供給できるようにな」

 

 ついでに、向こう数十年は持つレベルで『電力』も送付したと、ゼーリエは続けた。

 才人は思わず、スマホを握りながら左手の甲を見た。そこでは『ガンダールヴ』の文字がきらきらと光っていた。

 もしかして……さっき言っていた機能向上って……『充電機能の付与』ってことか!?

 

(『俺自身がバッテリーになることだ』状態ってやつ!? やべえ、魔法舐めてたわ……! ファンタジーマジやべえ!)

 

 武器を握れば真価を引き出し、兵器の知識すら理解できる。

 それだけでも十分異常だと、エーデルから教わったばかりだった。

 だが、目の前のエルフはその伝説の使い魔刻印(ルーン)に、さらっと『充電機能』を追加してみせたのだ。

 

 ……これは、才人の『ガンダールヴ』を通じて才人自身の生涯を、ゼーリエ自身が軽く覗き見た事にも起因している。

 生まれてからの彼の十六年、どのような生活をしていたのとか、どんな道具を扱ってどんな生活を送ってきたのとか、そこで扱われる言語や常識、彼の周りの人間関係などを軽く探り、その沿線上でスマートフォンの性能を解析したのである。

 人間にとっての十六年など、ゼーリエにとってはほぼ一瞬に等しい経験だ。

 

 とはいえ、そんな感傷は才人当人には知る由もない。

 ブリミルも凄いと思ったものだけど、やっぱりこのエルフもやはり、異次元な魔法能力を備えているらしいと、この時才人は思っていたところだった。

 

「これで連絡手段は確保できたわけだな。あとは……」

 

 ゼーリエはそう言うと、ゼンゼを一歩下がらせる。

 そして尊大な態度で玉座に腰かけながら、宙に小さな円を描き始めた。

 光の線で描かれた輪は、やがて水面のように揺らめき始めた。

 大きさは五百円玉くらいだろうか? この世界に来るきっかけとなったあの召喚扉と、同じ色合いをしていると才人は気づいた。

 

「現時点だとこれぐらいまでの大きさしか再現できんが、連絡を取るならば十分だろう?」

「え?」

 

 それはどういう……。

 才人が二の句を紡ぐ前に、次いでスマホが震えた。

 なんと、待ち受け画面にずらりと、着信履歴がならんでいたのだから。

 母、母、父、母、母、友達、友達、父、父、母……。

 

 それだけ自分を心配しているのかが一瞬で分かる文字の羅列が、そこにはあった。

 

「ま、まさか……」

「この小窓の先はお前のいた世界。そこから電波だけでも繋いでみせた。簡潔に説明するとそんなところだ」

 

 ゼーリエの小指の先にある窓に、自分の住んでいた世界が広がっている。

 それを聞いた才人は、しばし理解が追い付かず唖然としていたが……。再び、スマホが震えた。

「サイト様!」

「あ、ああ……」

 フェルンの声で我に返った才人は、慌ててスマホのボタンをタップする。

 通信先は……、母からだ。

 才人はすぐさま、スマホを耳に当てる。

 

「も、もしもし! かあさん!!」

『え! 才人! 才人なの!?』

「あ、ああそうだよ! ごめんかあさん! ずっと連絡できなくて――!」

『あんた!! 今どこにいるの!! 生きているのよね!?』

「あ、うん! 大丈夫! 大丈夫だから落ち着いて――――!」

 

 向こうも向こうで、繋がるとは思ってなかったのか、何度も何度も才人の安否を尋ねてきた。

 才人も、急に母と連絡を取ることとなり、上手く言葉が紡げない。

「いいから二人とも落ち着けって!」と、シュタルクに背中を叩かれたことで、才人もようやく冷静さを取り戻した。

 

「と、とりあえず俺は生きているし、こうして連絡も取れるようになったから。心配しないでよ、かあさん」

『……あんた、一体何があったのよ。帰っては来れないの?』

「えーっと、話すと色々長いんだけど……その……」

 

 さて、才人はどう話そうかと、思考を巡らせる。

 まさか急に連絡できるとは思わず、説明を考えてなかった。

『変な鏡をくぐったら、そこは異世界でした』。なんて馬鹿正直に説明するわけにもいかないし。

 ……ってか、こう考えたら悪いのは二割ほど自分じゃないか? 好奇心のままにあの鏡を潜りさえしなければ、こんなことにはならなかったわけだし。

 

「ちょっといいか」

 

 と、悩んでいる自分を見かねてか。

 デンケンがちょいちょいと、こちらへ手招きした。

 

(その魔導書を耳に付ければ、お前の母と会話できるのか?)

(あ、はい)

 

 あ、でも、言語とか大丈夫なのだろうか?

 才人は思わずゼーリエを見たが、彼女は不敵な笑みのまま。

 ……なんか問題なさそうだ。そう思った才人は、デンケンにスマホを渡した。

 

「サイトの母上殿か?」

『え!? あっ、はい。あなたは……』

「申し遅れた。儂の名はデンケン。故あって迷子になっていたサイト殿を保護している者だ」

 

 そこから先、デンケンは説明した。

 流石に『異世界』は向こうでも信じられない概念なのか、そこは上手に伏せながら、彼の身に起こったこと、自分たちと出会った経緯、ここに至るまでの事柄を。

 勿論、異世界の事を話さないとなると色んな捏造や嘘もあったのだが、そこは血みどろの宮廷闘争を生き抜いてきたデンケンである。一市民の母を説き伏せ信頼させるなど、わけないことであった。

 当然これは、才人から予め『日本』なる世界観について、話を聞いていたこともあるのだが。

 

(こういう時、じっちゃんは本当に頼りになるなあ)

 

 と、スマホを手に母と会話しているデンケンを見ながら、才人はしみじみと思った。

 

「……ああそうだ、こちらとしても彼を無事帰してやりたい。だがそのためにも色々手続きが必要でな。もうしばし待ってほしい」

 

 そうして母と会話をひとしきり終えたのか、デンケンは再びスマホを才人に返す。

 

「一応、軽い事情説明をしておいた。後はお前に任せる」

「うん、じっちゃんありがとう!」

 

 才人は再びスマホを受け取り、母と会話する。

 

「……ってわけなんだけど、信じてもらえる」

『……ホント、あんたってば昔っからヌケていたけど、ここまでだとは思わなかったわ』

 

 代わってもらった先から、母からのため息が返ってきた。

 まあ、好奇心からあの鏡を潜ってこうなったわけだし、上手く反論もできない。

 とはいえ、声色からしてかなり落ち着いているようだ。本当、じっちゃん様様である。

 

『詳しいことはデンケンさんから聞いたわ。とにかく、あんたは無事なのね?』

「うん、こんなことになった時はどうしようかと本気で悩んだけどさ、現地の人達がみんな俺に親切にしてくれて、おかげでこうして連絡も取れるようになったわけだしね」

 

 あ、そうだ。才人はここであることを思いつく。

 画面を一度切って、『テレビ画面』に変えることにしたのだ。

 

「ほら、こうすれば俺の顔も見えるだろ? どんな所にいるかも分かるしさ」

 

 と、才人は画面を横にしてカメラを起動。母から見て、才人とシュタルク、フェルンが分かるように画面を変えた。

 

「友達もいっぱいできたんだ。こっちがシュタルクでこっちがフェルン。で、あっちがさっき話していたデンケンじっちゃん」

「え、これ俺たちも向こうに映ってるの?」

「そうだよ、画面の先にいるのが俺の母ちゃん」

「あ、どうも。サイト様のお母さま。フェルンと言います」

『あなた達が! 息子がどうもお世話になっております』

 

 そうしてしばらく、画面先で才人の母と、一緒に会話するシュタルク達。

 周囲に広がる美しい庭園や、笑顔で接してくれる面々を見て、息子がどこかで酷い目に遭わされているのではないかという不安も、少しは和らいだようだった。

 

「そんなわけだからさ、俺もシュタルク達とうまくやれているから、心配しなくていいよ」

『まあ、あんたが無事なら、それ以上は何も言わないわよ。とにかく、早く帰ってきなさいよ。学校とかあるし、春奈ちゃんも心配してたんだから』

「ああ、うん! じゃあ、父さんにも説明お願いね! じゃ、一度切るね」

 

 色々会話してなんとか無事であるという事を伝えて、もうすぐ帰れることまで伝えた後。

 才人は一度スマホを切る。その後、「ふぅ……」と大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。

 

「あの、本当にありがとうございます。ゼーリエさん」

 そして才人は、頭をゼーリエに下げた。

 

 

 

『フリーレン以上の大魔法使いエルフ』。

 その意味を、才人は強く肌身で感じた瞬間だった。

 

 

 

「今はこれほどの大きさしかないが、一ヶ月もあれば人一人分潜れるくらいまで『窓』を広げられる。それを潜ればお前は、元の世界に戻ることが可能だ」

「はい! 本当に、本当に……! ありがとうございます!!」

 

 才人は泣きながら、何度も頭を下げた。

 ようやく帰れるかもしれないのだ。その感動もひとしおだろう。

 

「良かったな、サイト!」

「うん、俺、みんなと出会えて……本当に良かった!!」

 

 本当に、ここへ来たばかりの頃はどうなることかと思った。

 それでも、こうしてたくさんの人たちと出会えたことだけは、心の底から幸運だったと思う。

 

「しばらくこの鏡は開けておいてやる。他にも連絡したい奴がいたら、今のうちに話しておけ」

「はい!」

 

 才人はそうして、しばらくの間スマホで色んな相手と連絡を取っていた。

 それを、物珍しそうな顔でシュタルク達は眺めていた。

 ゼーリエも同様で、再びレルネンが入れてくれた紅茶に、舌鼓を打っている。

 

 

「これで、彼にとっての憂いは一つ晴れた、といったところでしょうか」

 

 

 彼女の隣で、レルネンがこっそりと尋ねてくる。

 才人が元の世界に帰れる。そのことは大変喜ばしいことだとは、レルネンも素直に思っていた。

 だが……伊達に長年ゼーリエの顔を見ていない。不敵な笑みを浮かべるその裏にある、些細な感情の機微を、この弟子は見逃さなかった。

 

「……何が言いたい、レルネン」

「いえ……『このままでは終わらないだろう』と、ゼーリエ様のお顔が語っているように見えた気がしたので」

()()()()、か。お前は昔っからそうだな。そういう直感は断定で話せといつも言っているだろう」

「申し訳ございません」

 

 レルネンは素直に謝罪する。

 魔法の技術はフリーレン以上だと思っている弟子の謹直な態度を面白がりながらも、ゼーリエは続ける。

 

 

 

「さてな、全ては偉大なる始祖ブリミル様のお導き次第だろうな」

 

 

 

 皮肉をたっぷりその言葉に乗せながら、ゼーリエは答える。

 レルネンは目を細めた。彼女がこうして直球の皮肉を述べることも珍しいが、ブリミルとゼーリエ、二人の間に並々ならぬなにかが、あったような感じを受けたのだ。

 

「ブリミルを、ゼーリエ様はご存じで?」

「後で話す。それよりも……だ」

 

 ゼーリエはそう言うと、スマホ越しに会話する才人達を見ながら、レルネンに続ける。

 

 

 

「近々大規模な戦闘がおこるかもしれん。準備を怠るなよ、レルネン」

 

 

 

 レルネンはそれを聞いても、特に動揺を浮かべることなく聞き届ける。

 大体、察していたからだ。

 ただ『割れた鏡散らばる、崩落した遺跡』の修復に、ここまで魔法使いを集める意味はない。

 まして、武闘派として知られるヴィアベルをシュラーフェンへ呼び寄せた時点で、何かが起こるのだろうとは予想していた。恐らく、当のヴィアベルも同じことを感じ取っていることだろう。

 故に、一切の疑問を持つこともなく、ただゼーリエの言葉に、レルネンは胸に手を当てお辞儀で返した。

 

「承知いたしました」

 




次より、第5章となります。
万能キャラなゼーリエさんですが本作に限っては、結構な苦労人ポジになるかもしれません……。
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