「帰ってきた……か。誰も望んでないんだけどな」
フリーレンはそう言いながら、飛行をやめて地面へと降り立つ。ボーウッドと少女を庇うように。
「あ、あんたは一体……」
ボーウッドは何が何やら、分からないような表情を浮かべた。
まさか、ここにきてブリミル教の敵たるエルフが来るなんて。しかも、自分たちを守るかのように……。
「ごめん、説明は後にして。早くここから逃げて」
フリーレンは今、耳を縮めていない。緊急事態だったし、面倒だったからだ。
そのためエルフであることは彼にあっさりバレた格好だが、それを気にする余裕はない。
「す、すまない……!」
ボーウッドはそのまま、この街唯一の生き残りである少女を連れ、ここから逃げようと足掻いた。
アウラはすっ……と、天秤をボーウッドの方へ向けたが、それを咎めるようにフリーレンの閃光魔法が迸る。
アウラも『それ』には気づいていたのか、天秤ごとゆるりと身体を逸らし、閃光を回避。それから、まるでアウラの盾になるかのように、首無し兵が幾度も経ち塞がる。
「まあいいわ、あなたが釣れただけでも、彼らには価値があったと言うべきだしね」
アウラはそう言うと、優雅に一歩前に踏み出る。
それに倣って、首無し兵たちは槍を一斉に構えた。
「お前の部下が色んなところで悪さをしていると聞いて思ってたんだが、やっぱりお前も生き返ったんだな」
槍、斧、剣、弓矢……、色んな刃に囲まれながらも、涼しい表情でフリーレンは、従僕の奥で控えるアウラを見据えた。
「魔王も他の七崩賢も生き返っているの? 今度はハルケギニアを征服しようという魂胆?」
「さあ? 少なくともこの世界に来てから、魔王様や他の幹部連中と会ったことはないわ。いるのかもしれないし、いないのかもしれない」
アウラは笑みを深くしながら答える。フリーレンは目を細めた。
魔族の言うことに信を置くなど愚の骨頂。それは分かっているだが、この言葉自体には嘘はないように思えた。
なぜなら今のアウラは、誰にも抑制されずに楽しんでいる、そんな朗らかで邪悪な笑みを浮かべていたからだ。三年前と同じあの笑顔で。
「今の私は悠々自適。『ここ』はいいわよね。美味しい人間がたくさん。『マギ族』って初めて食べたんだけど、こんなにも素晴らしいものなのね」
(……マギ族?)
聞き慣れない言葉に、フリーレンは内心首を傾げる。
そんな風に疑問符を浮かべる彼女が面白がったのか、アウラは更にこう続ける。
「そっか、分かるわけないか。人を食べる感触を知らないあなたにはどうでもいいことよね?」
「そうだね。一生分かりたくない感覚だ」
フリーレンは杖を前に向ける。それに応じて一番前に控えていた、意思なき死兵は動き出す。
鈍色の光を閃かせ、斧を振り落とし、剣を振り回す。
フリーレンはそれを細やかな空中動作で回避。そんな彼女のこめかみに矢が飛んでくる。
それすらも予定調和とばかりに、首をひねって回避。二つ結びの白髪が、鏃に一瞬振れて大きく煽られる。
フリーレンは杖先に魔力を込め始める。そして、この最低に反吐が出る魔法の『解除』を試みた。
杖先から迸る、巨大な閃光を浴びた死兵は……三年前の『あの時』なら、すぐに崩れ落ちて物言わぬ遺体へと戻る……筈だった。
「無駄よ」
アウラの嘲笑と共に、光を浴びた兵は再び動き出す。
一瞬動きを止めた筈の兵が、再び目の前のエルフ少女を害さんと迫りくる。
回避しようにも、その先にも刃の群れが殺到してくる。単純に逃げ場がもう、無かった。
(
解除魔法が通じなかったことに、さして動揺しなかったフリーレンは、魔力を一瞬だけ解放。
魔力の塊を単純にぶつけるという形で、周囲に迫ってきた兵たちを無理やり吹き飛ばした。
「ソリテールみたいなことしたわね」
吹き飛ばされたアウラの軍は、一気に
先の魔法を食らった兵たちは、飛ばされて倒れはしたものの、身体を激しく損傷させる類の威力まではなかった。すぐに持ち直し、動き出す。
「当てが外れたわねフリーレン。この私が『一度解除させられた術式』を、そのまま放置していると本気で思ったのかしら?」
そう、この解除魔法は一度、アウラに見せているのだ。
そのこともきちんと、向こうは記憶していたのだろう。術式を弄って、より複雑かつ強固なものへと変更したようだ。
そもそもとして、七崩賢に名を連ねる最低条件が『人知も人の
故に、一度披露した解除魔法が、また馬鹿正直に通じるとは、フリーレンも思ってなかった。
……思ってはないが、それはそれとして、軽い苛立ちは覚える。フリーレンは吐き捨てるように言った。
「下衆なところばかりが極まったようだな。本当に不快な魔法だ」
「酷い言い様ね。大変だったのよ。一からまた術式を組み直したんだもの。言葉にはしなかったけど解除された時、結構悔しかったんだから」
でもね……、と、声のトーンを一つ落として、アウラは続ける。
「そんなの、『あれ』に比べたら些細なものよ。私が培ってきたもの全てをへし折るかのような殺し方。あの屈辱と比べたら……!!」
「……」
やがて、アウラはゆっくりと、開いた手で地面に突き刺さっていた剣の柄を握る。
そして、それを自分の首筋にゆっくりと向けた。
「本当に、痛かったのよ」
「そうか」
「だから、あなたにもこの感触を、是非とも味わってほしいの。お分かりかしら?」
「知らないな」
「そうやって精々余裕ぶってなさい。あなたは只殺すだけじゃ飽き足らない。必ず私が味わった苦痛を、味わわせてあげるからね」
「その前にもう一回、地獄に送り返してあげるよアウラ。二度と現世に戻ってこれないよう、今度は念入りにね」
フリーレンは再び、杖を向ける。
一瞬、その目に憐憫の色を乗せて。
(ごめん、ヒンメル。ごめん、みんな。なるべく傷つけないようにするけど、
だから、最初に心の中で謝る。必要以上にはしないつもりだが、それでも死体を激しく損壊させてしまうかもしれないことに。
(その代わり、この無念は必ず晴らす。アウラを討ち取るという形で)
そう意を決して、フリーレンは杖を向ける。それを見たアウラは、持っていた剣を指揮棒のように、前へと突き出す。
次の瞬間、再び首無し騎士が殺到した。
「……始まったようですな」
アンソン街から少し離れた場所にて。
『M151』……ケネディジープを使って戦場を離脱してきたコルベールは、ワルド、マチルダと共に街の外で待機していた。
これ自体はフリーレンと、予め話し合って決めた格好だ。
ジープを使って虚を突きアウラを轢き殺す。それが無理ならフリーレンは残って他は離脱。アウラの魔法範囲外まで離れて戦いを観察。
そうして自分とアウラの戦いを、見ていてほしい。とのことだったからだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「本当に、わたし達は蚊帳の外でしかないのかい?」
当時、その作戦を聞いたマチルダは、やりきれなさそうな顔でフリーレンに尋ねていた。
ワルドもコルベールも、口にはしないが思いは同じだった。
「仕方が無いよ。ワルドやマチルダたちほどの魔法使いを、アウラが放っておく理由はない。絶対〝
「そりゃ、無策で行ったらそうなるんでしょうけど……!」
「『
ワルドが別視点から策を提示する。
本体が直接赴かなくても良い魔法。ワルドなら『偏在』、マチルダなら『ゴーレム』。それを使って遠くから支援することも、できなくはないはずなのだ。
しかし、フリーレンはなおも強い否定で返す。
「それ、思ったんだけど多分、やらない方が良いと思うよ」
「……どうしてだい?」
ワルドが納得できなさそうに首を傾げる。フリーレンはここで、懐から何かの破片を取り出し、みんなに見せた。
「それは?」
「あの船を操っていたガーゴイルの破片。研究用にと持ってきておいた」
そう言い置いて、フリーレンは続ける。
「この破片に残留していた魔力を調べて分かったんだけど、ゴーレムや偏在のような、術者を介して何かを操る魔法は、それ自身を触媒にして『逆探知』される可能性が高い」
「……どういう意味だい?」
「偏在やゴーレムでアウラを襲わせても、それらがアウラに捕まったら解析されて居場所を特定してくる可能性が高いってことだよ。このガーゴイルを操っていた人も、その手法でやられたんだと思う。そんな痕跡が見つかったから」
それを聞いたマチルダ、コルベール、ワルドは唖然とした。
もしその仮説が正しいのであれば、魔法で何かを送り込むような攻撃は、逆に自分たちが操られるリスクを大幅に増やすことにつながる。フリーレンが止めるのも納得だが……。
「そんな、そんなことまでできるのですか? 魔族とやらの魔法というのは……?」
コルベールの息を飲むような問いに、フリーレンはこう返す。
「マチルダ、コルベール、ワルド。覚えておいて。『七崩賢の魔法は、人知も人の
フリーレンの言葉の一つ一つが、ただでさえ重い空気を、更に緊張感で重くしていく。
魔法の中でも極致と思っていたエルフ少女がこう言うのだ。もう、
「でも……」と、マチルダが呟くのを、フリーレンは手で制した。
「言いたいことは分かるよ。でも、だからこそ三人には、ここでは『見ていて』ほしいんだよね。アウラの……もっと言えば魔族の魔法はどんななのか、きちんと知ってもらう意味でも」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「だから見ていろって……言ってたけどさ……!」
同じく、『遠見』で様子を見るだけに留めていたマチルダは、歯ぎしりしていた。
何せ、視界の先にいる女……天秤を持ち、角を生やしているあいつがアウラなのだろう……。そいつは、笑いながら人を殺していたからだ。
かつて、自分を裏切ったアルビオン軍の事などはどうでもいい。彼女にとって許せないのは、無力で幼き少女を、的当て感覚で撃ち殺そうとしたところ。
あれを見た瞬間、反吐を吐く勢いで腸が煮えくり返ったのだ。
「未熟だな」
隣のワルドは嘆息する。
「うるさい……」
「魔力があらぶっているぞ、少し鎮めろ」
「やってるよ……!」
「お、お二人とも、喧嘩はそこまでに……!」
年若い故にちょっとのことでピリピリする二人を、年長者たるコルベールが諫める。
「コルベール殿、貴殿の所感はどうだい?」
ワルドはここで、コルベールに敬語口調で尋ねる。
年長だから……というわけではない。彼は察していたからだ、コルベールは只者ではないという事を。
魔法衛士隊でも、ここまで研ぎ澄まされた使い手は中々いないと、言い切れるだけの雰囲気を纏っている。故にすぐ気づいたのだ。
一方のコルベールも、年下ながらも才気溢れるワルドを尊重しながらも、思ったことを素直に告げる。
「……正直なところ、まだ何とも言えません。実際に相対したわけではないですし。ただ……」
「ただ?」
「あの光景を見て、馬鹿正直に向かう愚策だとは、はっきり分かりました」
先に参じていたアルビオン軍が、あっさり蹂躙されていった様。
そして『遠見』の先で行われる……大規模な雷撃や竜騎士たちの饗宴を、コルベールは冷や汗を流す思いで見つめていた。
この街を救うためにやってきたはずの彼らは今、何故かアウラの私兵となってフリーレンを攻め立てている。屈強で知られるアルビオン軍を意のままに操り従僕に変える。
あの様を実際に見せつけられては……、フリーレンが言っていたこと、一字一句誇張じゃないことが、まざまざと実感させられた。
「そうだな……、我々としても、ここは見ていることしかできまい」
ワルドも諦観染みた口調で、この異次元の戦いを遠くから、傍観するしかなかった。
視点は再び、アウラとフリーレンに戻る。
レキシントン街では、豪風と共に大規模魔法が飛び交っていた。
アウラが先ほど傀儡にした隊長格……、『雷槍』のドライグの『
それを魔法で防御しながら、飛行魔法で上空へと避難する。するとアウラは『予定調和』とばかりに、下僕にした竜騎士たちを追撃に使わせたのだ。
「あらあら、逃げてばかりかしら?」
アウラはそうやってフリーレンを挑発する。
彼女も今は飛行魔法で宙を浮いていた。
地上の首無し兵は、地表で待機。代わりに弓兵は援護射撃で牽制。
そうやって彼女を疲弊させていたのだ。
(ま、
表面こそ馬鹿にした対応を崩さないものの、内心アウラは冷静だった。
そうやって魔力の量を見間違えたがゆえに、三年前は泣く程の無様を晒す羽目となったから。
(あなたを葬る策はもう、きちんと考えてあるのよ)
今回の戦いは様子見。
だが、おめおめと返す気も無い。
どうせこの状況なら『ここでフリーレンに殺されたところで』問題はないからだ。
だから、やれるところまでやってみるとしよう。奴の手札を、少しでも見つけておく意味でも。
他方、フリーレンはというと。
(当たり前だけど、〝
魔族は傲慢と油断の塊。
ゆえに、魔力を制限させることで欺き、一度は勝利を納めた。
だが、それだけに馬鹿正直に自分の魔力を天秤にかけることはもう、アウラもしてこないだろう。屈辱と評するくらいなのだ。きちんと覚えられていたらしい。
下からは矢と雷撃、上空から竜のブレスと、それに乗る騎士たちの魔法が飛んでくる中、フリーレンは巧みに〝防御魔法〟を展開してやり過ごしていく。
「〝
そして杖先から、魔法陣を展開して閃光魔法を撃ち放つ。
魔力の誤認で欺く手段が通じない以上、アウラを殺せる決定打は『これ』しかない。
ここで〝
「なぁに、戦法変えてきたの?」
他方、アウラは飛び交う閃光をするすると回避し、フリーレンの方を向く。
これはあらゆるものを貫通する強力な魔法。ゆえに死兵による肉盾も意味を成さない。むしろ視界を遮って邪魔になるから、単純に避けることでやり過ごす。
「ほんっと、馬鹿の一つ覚えよね。ゾルトラークゾルトラークって」
竜騎士を差し向けながら、アウラは言葉を続ける。
反抗する人間を長年見てきたのだ。この魔法もまた、飽きるほど見てきた。そう言いたいのであろう。
アウラによって差し向けられた騎士たちが向かってくる。
しかし、そのうちの二体ほどは、急旋回してアウラの方へと戻っていった。
「……?」
「あら」
フリーレンとアウラ、二人がそれぞれ怪訝な顔つきで反応する。
どうやらこの二人は、アウラの服従魔法に抵抗していたらしい。
「わ、我々の敵は……エルフではない……貴様だ!」
「こ、故郷を……家族を……奪った貴様に……怒りの鉄槌を!!」
強靭な精神力で洗脳をはねのけて。
アルビオンを蹂躙する、全ての元凶に向かって杖を振る。
家を失い、家族を失い、親友や主すら奪った。そんなやるせない怒りを以って、アウラに一矢報いらんとするも……。
「〝
アウラは人差し指を向け、細い閃光を撃ち放つ。
そのきらめきは一瞬にして、反抗した彼ら竜騎士の顔を消し炭に変えた。
「ほら、遊んでないでとっとと仕事なさい」
顔を失った騎士たちは、先の怒りをどこかへ無くしたかのように。
反抗する意思を、首から上を消すことで排除したアウラは、そのままUターンさせてフリーレンを襲わせた。
「その魔法……」
「あら、別に『使えない』なんて一言も言ってないわ。あなた達人類ですら扱えるぐらいに理路整然とした魔法なのよ」
アウラは人差し指を上にあげて、賢しらに答える。
フリーレンは別に動揺などしていない。マハトやソリテールも、この魔法を扱えるのだし。
「でもまあ、こうして使ってみると便利は便利よね。クヴァールが
一つの魔法を極めるのが魔族の矜持。そのポリシーに反するといえばそうだが、逆に言えばそのポリシーから唯一の例外としていいくらい、この魔法は使い手を選ばない。
複雑難解を是とする七崩賢とは真逆の極致にいる魔法だが、それゆえにこの魔法を作ったクヴァールには、アウラも純粋に敬意を払っていた。
「ソリテールから聞いたけど、あなたがあのクヴァールを討ち取ったって?」
「……だったらどうした?」
「私にはとんと想像つかないの。これほどの強力な魔法で中央諸国まで攻め入った、魔族でも屈指の武闘派がどうして、あなたにやられたのかしら? 一体どんな騙し討ちをしたの?」
「よく喋るようになったね。ソリテールに毒されたのか?」
「だって、全然乗ってこないんだもの。暇で暇で仕方がないの」
「みんな優秀だからね、お前の安い『演技』に、引っかからないだけだ」
それを聞いたアウラは、ふと眼下に目をやる。
そこには、未だに必死になって逃げようとしている、少女を担いだボーウッドがいた。
「じゃあ少し、演技のレベルを引き上げましょうか」
アウラは、地上で暇をしていた死兵に指令を出す。『少女を連れたあの男を始末しろ』と。
首なし兵たちは、疲弊しているボーウッドたちにたちまち襲い掛かった。
「く、くそ!」
ボーウッドは杖を構えるも、敵は数百もいる。今の自分の魔法では、自分を守ることすら覚束ない。ましてや民間人をかばってこの窮地を脱することなど――。
「あいつ!!」
これを見ていたマチルダは、思わず義憤から立ち上がろうとする。
「まて」
それを制したのがワルドだ。彼女の手をつかんで抑えるよう促す。
「だって、このままじゃあの子が……!」
「分かっている。だがあの渦中に潜り込んで何とする?」
「こっそり行って、あの子を救うことぐらいなら、別に大丈夫だろう!?」
隠密には自信がある。
アウラはフリーレンに夢中なはずなのだし、二人が争いあっている間にこっそり行って支援することぐらいできるはずだ。足なら『
そう提案するのだが、ワルドも譲らない。
「フリーレンが言ってなかったか? 『見ていろ』と、我らでは決してかなわぬから軽挙妄動は慎めと」
「なんだい意気地がないねえ、今の魔法衛士隊はこんなにも度胸がない奴の集まりなのかい?」
「……なんだと?」
さすがのワルドも、今のはカチンときたのか、マチルダと真っ向からにらみ合う。
「まあまあお二人とも……」と、またもコルベールが諫めに入るが、今度はマチルダも譲らない。
元々、ああいう孤児には弱いマチルダなのである。元が世話焼きの気質ゆえに。それだけにアウラの蛮行は放ってはおけない。
「ねえミスタ、頼むよ、こいつを動かしておくれよ。私だけ向こうに連れて行ってくれるだけでいいからさ」
マチルダの懇願に、コルベールは若干揺らぎそうになる。
思わず、首を縦に振りかけたが……、次の瞬間、ワルドが叫ぶ。
「待て! 何かこっちに来るぞ!」
そう言った時にはもう、一本の閃光が隠れているコルベールたちの目の前へと着弾してきたのだ。
「な、なに!?」
「流れ弾か!?」
「いや……」
狼狽するマチルダとコルベールをよそに、『遠見』できちんと遠望していたワルドだけは、今の閃光がどういう意味かを理解していた。
「今のはフリーレンが『わざと』こっちに向かって撃ってきたようだぞ」
「……え?」
「『やめろ』ってことを、伝えたかったのでしょうか?」
「だろうな……どうやら彼女、俺たちの方を時折見ながら戦っているようだ」
あれだけの激戦の中、こっちを見る余裕まであったのか。
ワルドの言葉に、マチルダは肝を冷やす思いでいた。
「……信じましょう、ミス。彼女……ミス・フリーレンなら、必ずや分かってくれると信じて……」
コルベールの言葉に、マチルダは嘆息しながら立ち尽くすしかなかった。
(危ないなあ、もう……)
一般攻撃魔法を一発、ワルドたちのいる方向へわざと発射した後、内心でフリーレンはそう呟いた。
さっきの『警告』を理解できない彼らではないと。
なぜなら、さっきからアウラの狙いは
「あら、随分と面倒を見るじゃないの。そんなにあの
事実、アウラもまた気づいていた。
フリーレンが連れてきた、手練れとも思えるような三人の魔法使い。
今はここより五リーグ以上離れた地点で様子を見ているようだが、
アウラの本命は、フリーレンを出し抜きあの三人組を支配してしまおうという魂胆だったのだ。
親しき人をなるべく多くとっておいた方が、対フリーレンへの攻略になると、踏んでいるから。
その魂胆に気づいていたフリーレンも、兵たちをけん制しながらその実、アウラを向こうへ行かせないように気を張っていた。
だが、それももう難しくなってきた。
(仕方がない……か)
『本物の』アウラの魔力を探知したかったが、これ以上時間をかけられない。
フリーレンはまず、魔法を使い地表にいるボーウッドのところまで一瞬で移動する。
「き、きみは……」
「ちょっとごめんね」
そう言うと、フリーレンは魔力を開放。
千年以上ある、莫大な魔力規模が大気を圧した。
(ええ、そうよ。それがあなたの全開。もう見間違えたりするものですか)
それを見たアウラもまた、驚愕というより満足そうな笑顔を浮かべる。
こうしてフリーレンの全力をきちんと把握しておくこと。それもまた大事な要素だと言わんばかりに。
「これ以上、お前という『偽物』に関わっている暇はない」
フリーレンはそう言うと、魔力を操作してその塊を、地表の首なし兵たちにぶつける。
そうして大きく吹き飛ばし、ボーウッドたちの周りの安全圏を確保。
次いでフリーレンは、ありったけの魔力を杖先に凝縮させ始める。
それを見たアウラも、配下にした隊長ドライグに命ずる。『身体が壊れてもいいから最大規模の雷撃を放て』と。
哀れな操り人形と化したドライグは、杖先から膨大な大雷を、フリーレンめがけて撃ち放つ。
しかし――、この魔法は、その大規模威力の雷すら『貫通』する。
「〝
やはり、決めるのはこれしかないとばかりに。
人類に莫大なる
雷はかき消され、その閃光は隊長の横をかすめ、上空へと迫っていき。
そして未だにへらへらしていたアウラの身体に、巨大な風穴を開けることに成功した。
「おおっ!!」
これを見ていたボーウッド、及び遠くから見ていたコルベールら三人組は、密かに声を上げた。
ついにフリーレンが、アウラを討ち取った。
マチルダたちはこれに大層喜んだ。これでアルビオンも平和になる。そう思ったから。
「やったやった! フリーレンが、アウラをやっつけた!」
「年甲斐もなくはしゃぐなみっともない……」
嘆息して言うワルドの軽口も、喜びに浸るマチルダには聞こえてないようだった。
「ねえミスタ! 早く、早くフリーレンと合流しましょ!」
「わ、分かった、分かったから落ち着いてください!」
さすがにもう、閃光という名の『警告』も来ないのだし。安全は確保できたのだと、コルベールも判断した。
車のキーをひねり、一行はフリーレンのいるアンソン街へと進めた。
さて、三人が街につき、フリーレンのいる場所へとやってくる。
そんな彼らを出迎えたのは、上半身のみとなったアウラと、彼女の角をつかんで立っているフリーレンの姿。
そしてそれを、少し遠くで見つめているボーウッドと少女だった。
「ふふ……、なるほど、これがあなたの連れってわけね」
三人の姿を見るなり、アウラは笑った。
腹から下が消えているにも拘らず、まるでそれをどうでもいいとさえ思っているかのよう。
「ふ、フリーレン、こいつが……」
「そうだよ。アウラ……の、偽物だね。これは」
その言葉を聞き、ぎょっとするコルベールたち。
偽物……とは、どういうことなのだろうか?
「こいつはアウラであってアウラじゃない。奴の意思を正確に
「え……?」
「少なくとも、本物のアウラはこんなに弱くはないよ」
やっぱり気づいてなかったか。
フリーレンは嘆息する。
「ワルドはともかく、私の魔法を学んできたマチルダやコルベールは気づいてほしかったよ」
「す、すみません……」
思わず、頭を下げて謝るコルベール。マチルダも「悪かったよ……」と、項垂れて言った。
最初に会敵した時から、フリーレンは気づいていたのだ。あのアウラは『本人』ではないと。
だから時間をかけて、この『偽物』は何なのか、どうやって操っていたのか、その解析をしながら戦っていたのだが、マチルダたちが浮足立ち始めてきたから、討伐に切り替えたのである。
「じゃ、じゃあこいつは……いったい何なんだい?」
「さあね。この世界にそういった
フリーレンは敗北した『偽物』のアウラを見下ろす。
当然ながら、アウラはそのことについて何も語ろうともしない。
「ふふ、何の準備もなしにあなたとやりあうわけないじゃないの、フリーレン」
代わりにアウラは笑みを深くしながら、フリーレンを嘲笑う。
「あなたは絶対に許さない。必ず私が味わった苦痛を、それこそ倍以上にして返すつもりだから、せいぜい楽しみにしていなさい」
そうして邪悪な笑みを浮かべるアウラに、フリーレンは魔力の塊を遠慮なくぶつける。
バゴン! という衝撃音と共に、アウラの首から上が完全に消える。
やがて、彼女の姿は小さな……顔と下半身が破損した人形へと移り変わっていった。