使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第92話『激戦が終わって』

 

 フリーレンの手により、アウラの偽物は粉々に砕け散った。

 今、彼女の手には焼け爛れた、顔と足のない人形が握られている。

 

「で、それはなんだい?」

 

 隣にやってきたワルドが尋ねる。

 アウラそっくりに化けるほど高性能な人形など、果たしてあるのだろうかと。

 

「……聞いたことがありますぞ。術者そっくりに化ける魔法人形がその昔、存在していたことがあると」

 

 コルベールは顎に手を添え、記憶の中で資料を探る。

 その昔、古代の王たちが戯れにと作ったといわれる魔法人形。

 血を触媒に、その者そっくりに化ける、高性能な人形がガリアにて作られたと。

 確か名は……。

 

「スキルニル、だね。血を吸った相手に完全に化けるというマジックアイテム……」

 

 ここでマチルダが、盗賊時代の記憶を掘り起こしながら回答した。

 その複写性能は尋常ではないほどに高く、性格も能力も、魔法すらもきちんと再現できるのだとか。

 

「じゃあこのアウラは『スキルニル』による人形……というわけだ。道理で、()()()()()()()()()()()()

 

 こうやって様々な配下を作っているのだろうか? だとすると……想像以上に面倒くさそうなことになっているな。フリーレンは思った。

 スキルニルを各所に配置することで効率よく軍勢を増やす策略なのだろうか? それにしても、なんでこんな人形がアウラのところに……?

 疑問は尽きない。だが、この残骸を解析するうちに、もう一つ、分かることがあった。

 

 それは、この人形の操り手はアウラ当人ではないということ。ラ・ロシェールでも感じた、船を動かしていたガーゴイルを、遠方から操った者と同じ波長を感じたのだ。

 

「良くは分からないけど、アウラの配下の中に、魔道具の扱いに長けた人間がいるみたいだね」

 

 この魔法人形(スキルニル)も、その一端に過ぎないということなのだろう。厄介な奴がアウラの背後についたものだ。

 操られているのか、別の理由があるのか、そこまでは定かではないが……。

 

「とりあえず、まだ脅威は終わったわけじゃない。浮かれないように注意してね」

 

 フリーレンは三人の方を見て言った。

 てっきり、これで終わったものと思っていたマチルダやコルベールは、恥ずかしさで顔を赤面する。

 ワルドはあまり楽観視してなかったのか、さして動じなかったが。

 

「あ、あの……」

 

 と、ここで三人とエルフに向けて、声をかける者がいた。

 最初から最後まで、逃げ惑うことしかできなかったボーウッドだ。

 

「ああ、すまない。ミスタ。我々はトリステインから来た者だ。私はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。隣は連れのコルベールとロングビル。そして……」

「エルフのフリーレンだよ」

 

 もう隠しても仕方ないとばかりに、長耳を見せつけるようにフリーレンは言った。

 

「トリステインから!? え、援軍として来てくれたのかい……? 我が国の惨状を聞きつけて……!」

 ボーウッドはそうして、目に少し希望の光を宿していたが……。ワルドは申し訳なさそうに、つばの広い帽子を少し下げる。

「いや、すまない。この国の惨状について、我が国は全然把握できてなかった。いったい何があったのか、詳しく聞かせてもらってもよろしいか?」

 ここでフリーレンたちは、アルビオン王政府の一員たる、ボーウッドに話を聞くこととなった。

 

 

 

「一か月前だ……、トリステインとの結婚を間近に控えた、程よく忙しい時期に、『それ』は起こった」

 突如、ウェールズ皇太子が『革命』を、起こしたのだという。

 何をもってしての革命なのかは、ボーウッドにも定かではない。ただ、目的無き『革命』は猛火のごとく燃え広がり、気づけば王子に従う者たちで溢れかえっていたのだとか。

 そうして今の王政府を蹴落とし、民に、貴族たちに地獄のような振る舞いを始めたのだという。

 

「本当に、何が何だか分からないんだ。平民の不満から発したものじゃないらしいし、そもそもとして王子がどうしてそのようなことを始めたのかすら、分かってない。でも、気づけば濁流の如く、ほかの地位の高い上司たちも『王子に従うべし』と、告げてきたんだ」

 

 頭を抱えながら、ボーウッドは呟く。

 外は夜になってしまった。今やフリーレンたちは、アンソン街の真ん中で焚き木をしながら、彼の苦悩を聞いていた。

 

「他国へ連絡しようとか、考えなかったのかい?」

 ワルドは問うも、ボーウッドは首を横に振る。

 

「ハヴィランドで起こった『革命』と同時期に、ロサイスやダータルネス……スカボローなど、アルビオンでも主要の港は抑えられてしまった。おまけに虎の子の『ロイヤル・ソヴリン号』も、革命派の者たちに強奪させられた。当時、ぼくは現場にいたんだ。あの惨状は決して忘れはしない……」

 

 そもそもとして、この時期のアルビオンは『遠征期間』というのもあった。

 ガリア、ロマリア、トリステイン、ゲルマニア……。それらがある大陸自体から離れ、どことも知れない海上を動き回る時期。地理的にも他国との連絡を取るのが難しくなり、更に湾港を抑えられているのならば、情報を伝えることすら困難なことであったのだろう。

 

「そうして船の仕事を追われたぼくは、この惨状を何とかしようとする義勇軍と接触してね……、そこで聞いたんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どうやらボーウッドたちも、この騒動の元凶は誰にあるのか、きちんとつかんでいたらしい。

 その女さえ除けば、再び騒乱が静まると信じて。

 そうして準備を進め、今日、その悲願を達成するつもりで赴いたという。

 

 

「……であったのに、結果はこのざまさ」

 

 

 薪の火に愁いの表情を落として、ボーウッドはそこまで語り終えた。

 彼の背後には、この戦に参じた者たちの遺体が並べられていた。結果は悲惨なものとなった。

 一方でドライグを始めとした竜騎士隊……アウラに洗脳されたままの隊士たちは、その竜を使って四方に散っていった。スキルニルのアウラを倒しても、洗脳が解けるわけではないらしい。

 

「本物のアウラを倒すまで、この修羅場は続くだろうね」

 

 フリーレンもまた、この戦で散っていった人々に祈りを捧げていた。

 異世界だろうと、天地創造の女神は誰にでも祝福を齎してくれる。ここにハイターが居たなら、そう言うだろうなと思いを馳せながら。

 勿論、この村で犠牲になった人々もきちんと供養した。遠くでは亡くなった両親を見て、改めて泣く少女と、それを励ますマチルダの姿があった。

 

「……不思議だね、エルフであるきみが、ここまでぼくたち人間を供養してくれるだなんて」

 

 ボーウッドは本当に不思議そうな表情で質問するが、フリーレンは「よくやっていることだからね」と、今更というように返事をした。

 

 

 それからしばらく落ち着いた後。

 

 

「それで、ボーウッドはどうするの?」

 火も弱まり始めた焚き木に囲みながら、フリーレンはここで知り合った唯一の生き残り……ボーウッドに尋ねる。

 ちなみにコルベールだけ、少し離れた場所でジープの点検、及び燃料錬成と補給を行っていた。とはいえ、話に耳を傾けてはいたようだが。

 

「まあ……一度このことを、ジェームズ王に報告しに戻る必要があるね」

 

 それを聞いたマチルダは、思い切り顔をしかめた。

 

「んだよ……生きてんのか、あのジジイ……」

 

 露骨に嫌そうな顔をしたので、隣にいるワルドも「抑えろ」と注意するほど。ボーウッドなんかは、これまた自国の王の悪口を聞いて目をぱちくりとした。

 

「あの……彼女は一体……」

「ああ、すまない。彼女の非は私が詫びよう」

 

 ワルドがとりなすようにボーウッドに告げる。

 しかし、マチルダは引き続き煮え切らないと言ったような顔を浮かべていた。

 彼女の態度に思うところはあるのか、フリーレンは続ける。

 

 

「マチルダ、アルビオンに来てから落ち着きが無いよ。最初に会った頃のルイズみたい」

「……」

 

 

 マチルダは髪をかき上げる。

 テファのこともある。だが……自分を親や家名ごと蹴落とした当事者の名前を聞いて、冷静でいられるほど落ち着けるわけではない。なんだかんだいって、彼女はまだ二十代前半なのだから。

 マチルダも分かってはいるようだが……どうしてもイライラが抑えきれないようだった。

「ほら、深呼吸深呼吸」

「……」

 言われた通り、大きく息を吸って、吐いてを繰り返すマチルダ。

 そんな彼女を見ながら、ボーウッドは続ける。

 

「その敵……アウラについて、我が反抗軍……。もっというなら、ジェームズ王は特に関心を寄せるかもしれん、できるなら、一緒に来てはくれまいか?」

「エルフ嫌いなあんた達の王さまにフリーレンを会わせろだって? ふざけんじゃないよ!!」

 

 さきの深呼吸はどこへやら。立ち上がりと共にマチルダの怒号が、周囲に響き渡る。

 その怒号に驚いたコルベールが、「だぁつ!?」と、サイドミラーに頭を打ち付け目を白黒させていた。

 

「マチルダ、だから落ち着いて――――」

「落ち着けですって!? 無理よ! フリーレンも聞いてたでしょ! こいつらの王が、わたしやエルフに、何をしやがったのか……ッ!!」

 

 立ち上がりと共に、激しい頭痛を堪えながら、マチルダは叫ぶ。

 どうして痛むのか分からない。でも、強烈な不快感を感じる鈍痛だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その痛みを吐き出す場所も求めていたのだろう、怒りのままにマチルダはボーウッドを睨みつける。

 

「あ、あなたは……まさかアルビオンの……?」

「ああそうさ、言ってやるよ。わたしはマチルダ・オブ・サウスゴータ。大公がエルフを妾にしていた、ただそれだけで父も家名も、そして故郷も! そのクソジジイによって辱められた者だ!!」

 

 サウスゴータ。ということはつまり、今は亡きモード大公の……。

 そこまで思考を巡らせたボーウッドは、徐々に顔を青くしていった。

 

「大公殿の……、まさか、こんなところで……サウスゴータ所縁の者と出会うなんて……!」

「その通りさ、何が反抗軍、何がレジスタンスよ! 王族としての責務も果たせなくなった耄碌ジジイなんざ、いっそ滅んじまえばいいんだ!」

 流石に過ぎた言葉だと思ったワルドが、「いい加減にしないか!」と怒声を上げる。

 しかし、マチルダも譲らない。フリーレンのところへ行き、彼女の首周りに腕を絡めて、泣きそうな顔で叫んだ。

 

「どうせまた、わたしから奪うつもりなんでしょ! エルフを消すためだけに色んな所に火をつけた奴ですものね! そんな奴とフリーレンが会ったらどうなるのか、少し考えればわかることじゃないのさ!!」

「落ち着いてよマチルダ。まだ争うって決まったわけじゃないし」

「いやよいや! もう失いたくはないの! わたしの大事な人が、無慈悲に奪われるような苦しみを、味わいたくはないの!! お願いだから行かないで、フリーレン!!」

 

 そのままマチルダは、フリーレンをぎゅっとだきしめる。うなじ部分に顔をうずめ、嗚咽を零し始めた。

 王政府に対する怒りもあるだろうが、それ以上にエルフであるフリーレンのことを、案じている様子だった。

 

「そう、だったのか……。失礼した。これは私の失言であったな……」

 

 やがて、疲れた様子でボーウッドも頭を下げる。

 彼視点ではまた、マチルダに何か言いたそうな口の動きをしていたが、今の彼女には受け入れられないだろうなと、最終的には唇を真一文字に結ぶ。

 

「……では、貴殿らはこれからどうするつもりなのだい?」

「引き続きアウラを追うよ。少なくとも、アイツを生かしておくわけにはいかない」

 

 フリーレンは、手にしている破損したスキルニルに、視線を落とした。

 ……アウラはあと、何体のスキルニルを持っているのだろうか?

 古代のアイテムと言っていたから、そこまで数はないとは思いたいけど……分身ともいえるこの人形を崩すか本体を倒さない限り、アルビオンの蹂躙は続く一方。

 

 この戦いで分かったこと。どうやらスキルニル越しでも〝服従させる魔法(アゼリューゼ)〟は機能すること、そして一度服従させてしまえば、魔法をかけたスキルニルを破壊されても魔法は解けず、支配権がそのまま本体に移るという事だった。

 

 つまり、今のアウラはスキルニルで複数の分身体を作り上げ、それをアルビオン各地で配置させ、効率よく人を操ったり村を襲ったり、調査に赴いたりに使っているのだろう。

 一ヶ月という短時間で、ここまでアルビオンを支配できたのは、この魔道具があったからだろう。

 

 だから、あまり彼女に時間を与えたくはない。

 アウラ本体を見つけて始末するか、地方に散っている分身体(スキルニル)を各個撃破していくか。

 もしくは、この人形を操る『大元』を無力化するべきか。

 いずれにしろ、この上記三種への対策が必要だ。

 

「なんとかあいつに関する手がかりが欲しいところだけど……」

 なんとなしに呟くフリーレン。それを聞いて、手を挙げたのはこの村、アンソン街の少女だった。

 

「そういえば……、あの化け物のお姉ちゃん……エルフを探しているみたいだった……」

 

 それを聞いた一同は、視線を少女に集める。

 

「エルフ? フリーレンのことかい?」

「ううん、金髪のエルフって、言ってた。お姉ちゃんは白髪だから、違うと思う」

「それっ……て、まさか!!」

 

 またマチルダははっとしながらフリーレンから離れる。

 そんなマチルダを見て「忙しない奴だ」とワルドは零した。

 

 

「テファがこの街に訪れてたってことかい!? あんた、何か知ってる?」

「うん、お腹が空いて困ってたみたいだったから、ママに頼んで、パンをあげたんだ」

 

 

 と、ここであっさりと情報を提供する少女。

 少女が言うには、アウラが襲ってくる数日前ほどか。

 夜遅くに、『金髪を流した耳長の少女』と、『二つ結びの同じく金髪の少女』、そして『顎髭を生やしたお坊さん』の三人が訪ねに来たというのだ。

 

 

 三人は食べるものに困っていたが、エルフがいる故に騒ぎになってもいけないと、色々思いあぐねていたので、見かねた少女が、両親に頼んでこっそりと食事を渡しに行ったのだという。

 

「その人たちは『ダータルネス』ってところに行こうとしていたみたい。港があるからって。そこに探している人達がいるかもしれないって。そんなことを言ってたよ」

「そっか。……ちなみにアウラにこのことは?」

「ううん、言ってない。言いたくもなかったし、言う元気もなかったから」

「そうか、よくやったね」

 

 フリーレンは少女を褒めて、やさしく頭を撫でた。

服従させる魔法(アゼリューゼ)〟を使えば聞き出せたのに、横着したばかりに欲しかっただろう情報を取りこぼして。

 そういうところだぞアウラ。内心、フリーレンはアウラに向かって嘯いた。

 

「とりあえず、これで情報は手に入った」

「そうだね、ダータルネスに行けば、テファと合流できるかも!」

 

 マチルダも嬉しそうな声で拳を握り締める。

 やはり、大切な妹分もこの惨事に巻き込まれていたらしい。ただ、先の話を聞くに、どうやら無事であることも確かなようだ。

『顎髭の生えた坊さん』と『二つ結びの少女』という、聞きなれない連れがいるのが気になるけど。ただ、攫われた王女の一人であるベアトリス姫の外見がそんな感じらしいので、もしかしたらその一人は彼女かもしれない。

 一方、フリーレンも『顎髭の生えた坊さん』と聞いて、「まさか……」といった表情をする。

 

「さっそく行きましょうよ! フリーレン!」

「慌てないでマチルダ。目的地は分かったけどどの道、ジープを動かす燃料が足らないんだ。動かすにしても明日になるだろうからね」

 

 フリーレンは後ろでせっせことガソリンを『錬金』している、コルベールに視線を向ける。フリーレンではまだ、ガソリンを独自錬金できるほどのイメージが定まっていない。ガソリン錬成は、この時点ではコルベールにしか出来なかったのだ。

 

「浮足立つのは分かるけど、ほら、深呼吸深呼吸」

「……」

 

 言われた通り、すぅはぁすぅはぁ……と、深呼吸を繰り返すマチルダ。

 どの道夜はまだ長い。この間にフリーレンは、ボーウッドにもアウラについての情報を、できる限り共有することにした。

 彼女の操る魔法、服従の天秤、それによる強制力は、ハルケギニアの人間では絶対に覆せないという事を。

「そこまで強力なのかい……?」と、にわかには受け入れられなさそうな表情を浮かべるボーウッドだったが……。自分たちのリーダーたる『雷槍』殿もあっさり落ちてしまったことを思い出し、そういうものだと信じるしかなかった。

 

 

「あの魔法を正面切って破れる人はそうはいない。最強と謳われた『烈風』カリンでも無理だろうね」

 

 

 他国の英雄とはいえ、『烈風』の武勇はアルビオンでも及んでいたようだ。彼女のことを持ち出されて、軍人たるワルドやボーウッドは口元で手を抑えた。

 

「だから、正面からアウラと戦うようなことはしない方が良い。どうしても戦うとなったら、不意打ちとか騙し討ちとか、とにかく手段を択ばない方法でやった方が良いよ」

「ううぅむ……。やはり貴殿には、是非とも我が反抗軍に来て欲しいのだが……」

 

 助けられたこともあってか、ボーウッドはあまりエルフに対して嫌悪感を持ってはいないようだ。

 それよりも、状況を打開できるフリーレンの情報が価値があると思っているのだろうが、マチルダの視線を始め、他の反抗軍や王は彼女を恐れる可能性は高い。故に強く出ることができない。

 どうしたものか……と、悶々としていると、ここでワルドが折衷案を提示する。

 

「ならばこうしないか? ぼくはボーウッド殿と一緒に赴き反抗軍……そしてジェームズ王と謁見する。どの道アルビオンの内情を探るのも任務に入っているしね」

 

 ワルドの提案に、ボーウッドは「かたじけない」と、握手を交わすことで友好の意を示した。

 これにはマチルダも反対しなかったし、フリーレンも悪手とは思ってなかったので、素直に頷く。

 

「じゃあワルド、頼んでも良い?」

「ああ、君たちは引き続き、アウラを追ってくれ」

 

 

 

 そうして日も開けて。

 

 コルベールが夜通し『ガソリン』を錬成してくれたおかげで、しばらくは燃料切れになることもなくなった。

 タイヤに関しては『固定化』魔法がかかっているため、摩擦や衝撃への摩耗を抑えられる。動かすうえでの問題点はクリアできた格好だ。

 

「本当、ジープを残してくれたヒンメルやシエスタの家族、燃料を作れるコルベールには感謝しないとね」

 

 そのコルベールは、後部座席で爆睡していた。ずっと寝ずに作業していたのだから無理もないが。

 横になった彼を後部座席に、マチルダが助手席、そしてフリーレンが運転席へと乗車する。

 

「そっちは任せたよ、ワルド」

「ああ、きみたちも、気を付けて」

 

 ワルドはボーウッドと、生き残った少女と共に、まだ残っている反抗軍(レジスタンス)へ向かう事となった。

 今回の戦闘結果について、ジェームズ王に報告しなくてはならないし、亡くなった同志たちを後できちんと葬るつもりとのことだ。

 

「本当にありがとう、お姉ちゃん。お父さんやお母さんの仇を討ってくれて」

「あんたも、今は辛いだろうけどしっかりなさいよ。生きていれば、きっといいことも訪れるんだからね!」

 

 別れる前、マチルダは少女を強い抱擁を交わしていた。

 そうしている間にワルドが、元気となったグリフォンを口笛で呼び出す。そこに少女とボーウッドを乗せ、颯爽と飛び立っていった。

 

 

 

 程よく晴れた空を上に、澄み渡る緑の草原を下に。

 一台の車が、煙と異音を吐き出しながら、颯爽と進んでいた。

 ここまでくると運転も慣れたものであり、特にアクシデントを起こすことなく、ジープは走行していく。

 朝食で、チーズとハムを挟んだパンを頬張りながら、片手で運転するフリーレン。隣の席ではマチルダが地図を見ながら(そして吐きそうになるのを堪えながら)、ナビゲーターをしている。

 後部座席のコルベールは寝入っていた。

 

「ねえ、ごめんよ」

 ややあって、マチルダは急にぽつりと、そう呟いた。

 

「ごめんねって?」

「……私だって分かってんだ。昨夜の『あれ』は、全部私の煮え切らないわがままから出たものだって。分かってるんだけどね……」

 

 どうやらマチルダなりに、昨日のことは反省していたらしい。

 

「ただ、ジェームズ……あいつがまだいるって分かって……、自分を抑えきれなくて……、ティファニアも心配だし……ルイズ達も、どうなったか分からないし……」

 

 座席の頭部に身を預け、天井を見上げるマチルダ。

 過去に負ったトラウマを払しょくするにはまだ……、彼女は若すぎた。

 そんな愁いの目を見たフリーレンは、手にしたパンを頬張って、マチルダの頭を撫でる。

 

「マチルダは頑張ってるよ」

 

 それ以上言わず、ただそれだけ言いながら、フリーレンは彼女の頭をしばらく撫でつけた。

「……ありがとう、フリーレン」

 マチルダは心の底からの感謝を、その言葉に込めてフリーレンに送った。

 そうして車は目的地……ダータルネスに向けて走っていく。

 案内以外は車酔いでぐでんとしているマチルダを横目に、フリーレンは思った。

 

(それにしても、顎髭のお坊さんか……)

 

 少女の口から聞いた、ティファニアが連れているという二人の人物、その内の一人がどうしても今は気になっていた。

 

 

(僧侶アゴヒゲ……まさかね)

 

 

 まあ、普通に考えればあり得ないこと。

 だが、この世界でそういう考えはあまり意味がないものだという事は、良く分かっているつもりだ。

 もし『そう』なら、こっちにも少し希望があるかもしれない。そうであったらいいなと思いながらも、でも油断はせずにフリーレンは、アクセルを踏む足を少し強くした。

 

 

 

 ダータルネスから少し離れたとある村。

 各所で起こる『反乱』とはまだ、無縁であったその村の中にある酒場にて。

 

「わりぃな、俺の勝ちだ」

「チッ、ついてねぇ!」

 

 髪を結った顎髭の男が、煙草をくゆらせながら勝ち誇った顔を浮かべていた。

 男の机の前には、揃った札が並んでいる。向かいの禿げ頭の男性は、さぞ面白くないと言った風情で、その札の横に銭をぶちまけた。

 

「初めてやるっていう割には強ぇじゃねえか」

「俺の育ったとこには鬼神の如き強さを誇った村長がいたからな。この手の賭け事じゃ負け知らずよ。まあ相手が悪かったって奴さ」

 

 格好つけて、したり顔を浮かべる顎髭の男。

 それなりに稼げたと思った男は、それで席を立つ。

 

「坊さんっていう割には世俗に塗れてるじゃねえか? いいのか? 敬虔たる神のしもべが、こんなきったねえところで銭を漁るってのは」

「神様や始祖ブリミル様が聞いたら何を思うのかって話よな!」

 

 もう帰ると分かって負け惜しみを言い放つ酒場の男たち。だが、顎髭の男も特に気にした風情でもなく。

 

「そこなんだよなぁ、ブリミルってえのはあんまり俺のいた地方じゃ馴染みがねえ。フランメみたいな偉業を成した大魔法使いって感じなのか?」

 

 むしろ疑問符を浮かべて問いかける。

 それを聞いた男たちは「ブリミルを知らねえのか!」ってバカにするも、そんな挑発にも肩を竦めるのみ。

 彼は、どうやら本当にこの世界を構築したといわれる始祖について、何も知らないようだった。

 

「んじゃあ、俺はこれで。……ああ、そうそう、そこの、相手してくれたあんた」

「んだよ……! まだなんか用があるのか……?」

 

 酒場の出口を出ようとした時になって、何か思い当たるかのように顎髭の男は戻ってくる。

 そして今まで勝負していた、座っている禿げ頭の丸男に向かって言った。

 

「あんた、勝負している間ずっと顔色悪かったけど、なんか変なもんでも食ったか?」

「……けっ、昨日の夜焼いたキノコが当たったみてえでな……! 勝負(ポーカー)でもすりゃあ紛れるかと思ったが……どんどん酷くなってきやがる……!」

「だろうな。今は腹痛で済んでるが……その様子だと今にこの世のものとは思えねえ激痛が襲ってくるだろうぜ」

 

 それを聞いた周囲は、奇異の目で会話する二人を見る。

 丸男の荒くれは返事しない。恐らく、彼の言う事は正しいと、誰よりも思っているが故の苦い表情。

 かといって、病院なんて気が利いたものはこんな辺境の地にあるはずもなく。酒さえ飲んでいれば治ると豪語して悪酔いした上でこの顎髭の男に挑んだのだが、それがかえって食あたりを悪化させてしまったようだ。

 

「だからまあ、稼がせてもらった『礼』ってことで」

 

 そんな荒くれの勝負者に対し、顎髭の男は彼の肩に軽く手を置く。

 すると彼の手が一瞬、眩いばかりに光始める。

 

「これで許してくれな。どうだ、元気になったろ?」

 

 ただ手を添える。

 それだけで普通、毒キノコの毒が引くことなんてないはず。

 ただ、怪訝な顔を最初は浮かべていた荒くれも、本当に腹の痛みが引いたと分かり、唖然とした表情へと徐々に変わっていった。

 

 

「ま、マジで腹痛が引いちまいやがった……! なんだおめえ、何をしやがった……?」

「この地方の神様の事はよく分かんねえが……、少なくとも俺には、『女神様の加護』がついているってことさ。それをちぃとだけ分けてあげただけだ」

 

 

 意味ありげな顔をして、今度こそ酒場を去ろうとする顎髭の男性。

 荒くれはしばらく啞然としたままだったが……、やがて「待て!」という言葉と共に、顎髭の男に大股で駆け寄る。

 

「なんだよ、まだ何か?」

「いや、ちげえよ……、ただ、坊さんなんかが俺を治してくれるだなんて思わなくってよ……」

 

 この言葉を聞くに、この世界の『僧侶』は恨みでも多く買ってんのか? などと益体も無いことを考える。

 そんな顎髭の男性の手に、荒くれは更に銀貨数枚を握らせた。

 

「まあなんだ……治療費だ。おめえさんにくれてやる」

「……そうかい、んじゃありがたく貰っておくかな」

 

 荒くれの善意をありがたく頂戴した顎髭の男は、続けて「メシを買える場所はあるかい?」と尋ねる。

「それならここを出て左をまっすぐ行きゃあパン屋をやってる婆の店がある。ここじゃうめえと評判だぜ」

 そう答えてくれたので、最終的にはその荒くれと、感謝の握手を交わして顎髭の男は去っていった。

 

 

 さて、顎髭の男はその足で教えてもらった店に行き、パンを数個買い、村の外れにある、誰も住んでいない掘っ立て小屋を目指す。

 

 

「お~い、ティファニア、ベアトリス、飯買って来たぞ」

「あ、ありがとうございます! ザインさん!」

「遅いわよザイン! ご飯買ってくるのにどんだけ時間がかかってんのよ!」

 

 

 さて、誰も住んでいない筈の小屋の中には、現在、二人の少女が隠れて住んでいた。

 一人は綺麗な金髪を流した少女、ハーフエルフのティファニア。

 もう一人はラ・ロシェールから首無し兵に攫われてこの地に来たクルデンホルフ王女、ベアトリスだった。

 

「もうわたし、お腹ペコペコなんだから! これで美味しいものじゃなかったら承知しないわよ!」

「はいはい、いいからとっとと食いなさい」

「あの……お金は大丈夫ですか? ザインさん……」

「気にしなくていいぜ。さっき酒場で賭けしてしこたま稼いできたからな」

 

 ティファニアを心配さえまいと、にやっと笑顔でそう言う顎髭の男性こと、ザイン。

 

「なによ……こんなパンなんかで……わたしが満足すると……」

 とかなんとか呟いていたベアトリスは、今は驚いた猫のような輝きで、ザインが買って来たパンを頬張っている。

「あ、本当だ。美味しい!」

 ティファニアもまた、思わず笑みを零して焼き立てのパンを食べた。

「腹が減ってりゃ何食っても美味いもんさ」

 ザインはそう言って、格好つけながら煙草の袋に手を伸ばして……流石に少女たちの前で吸うのは違うなと、自重する。

 

「さっき聞いてきた、ここから『ダータルネス』までそんなに遠くはないらしいとさ。今夜はここで一晩明かして、明日向かうとするかね」

「はぁぁぁ……やっと国に帰れるのね……!」

 ベアトリスは心底疲れたといった表情。普段なら湯水のごとく文句が噴出しただろうが……誘拐されてから起こった数々の出来事の所為で、そういった愚痴を全部我慢できた。

 

「みんな……そこにいるかな?」

 

 港ダータルネスから国に帰るのが目的のベアトリスに対し、ティファニアは違う。

 そこに一緒に暮らしていた孤児の子たちがいるという、情報を掴んでいるからだ。

 

「ま、行ってみるしかねえよな」

「はい……あの、ザインさん。ここまで本当にありがとうございます! わたし一人じゃきっと、こんなところまで来れませんでしたから」

「わぁってるって。いいから、まずは飯でも食いな。明日は早いぞ」

 

 ザインはそう言って、ティファニアにまずはご飯を食べるように促す。

「はい!」と頷いてパンを食べることに集中する少女たちをよそに、ザインは「タバコ吸ってくる」と、外へ出た。

 

 

 掘っ立て小屋の壁に背を預け、ザインは一人煙草に火をつける。

 煙がゆっくりと、二つ月浮かぶ夜空へと浮かんでいく。

 

(しっかし、なんともまあ、変なことになったもんだよな)

 

 あの変な『鏡』を潜って。この二つ月の世界にやってきて。

 何の因果か、『また』エルフの少女と生意気な姫様との三人旅となって。ここまできたわけだが……。

 はてさて、こんな場所に親友(ゴリラ)はいるのかね? 首にかけているペンダントの蓋を開け、写真……幼き自分と一緒に移っている親友の絵を見やる。

 

 

 

(それにしても……フリーレンどころかフェルンよりでけぇ『やつ』を見たのは初めてだぜ)

 

 

 あれに反応しないのは、男として嘘にはなる。

 だがまあ、俺が好きなのは『年上のお姉さん』だ。あれはどちらかというと、庇護欲を掻き立てるタイプだ。

 ベアトリスはいうまでも無いし。

 

(色々とややこしい事態になっちまったけど……)

「あ、あの……」

「ん?」

 ここで、ティファニアが扉を開け、こちらにやってきた。

 

「ザインさん、パン食べました? もしまだなら、これ……」

「ああ、別にいいって。腹減ってるだろ? 俺はまだ平気――」

 

 そこまで言った時、ザインのお腹からみっともない音が鳴った。

「はは……」と頭をかくザインに、ティファニアは笑ってパンを差し出す。

「どうぞ……っていうのもおかしいですけど。ザインさんも食べてください。お腹を空かせたら、なにも出来ませんよ!」

 

 ティファニアがそう言ってくるので、ザインも煙草を靴の底で消して、彼女の手に持ったパンを受け取った。

 

(ま、たまにはこういう冒険も悪くは無いな)

 

 えへへ、と微笑む少女と「あんたたち! わたしを一人ぼっちにしないでよ!」と喚きながらやってくる寂しがりの少女。

 親友を探す目的はあるものの、ムキムキマッチョの男たちとの冒険ばかりだったザインから見れば、たまには麗しい少女と囲まれながらいろいろやるのも悪くはない。そう思っていた。

 




正直出す予定の無かったザイン君、いざ出すと意外と活躍することが分かったので、ここで本格参戦と相成りました。
これに限らず、今回の章は「こいつらどんな会話するんだ?」ってキャラ同士でパーティを組ませて進めていきます。
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