転生しました。
令和の日本で企業戦士(死語)として働いていたおれは、ほんの些細なきっかけで死に、聞いたこともない土地で赤ん坊として生まれ変わっていた。その際に自称神様からいろいろ言われた気もするが……まあ、今はいいだろう。どうせ大したことは言われてないし。
そんなこんなで転生ってやつをしたわけだが、新しい人生はまーすごい。
まず生まれが開拓村。しかも極貧農家。開拓村のあたりは基本的に春と冬しかないのだが、冬は雪に覆われ、わずかばかりの春には魔物が元気いっぱい村にやってくる。誰だよこんなところ開拓しようとか言い出したやつ。ここ絶対人間が住めるような場所じゃないって。
魔物と言ってもいろんな種類がいる。前世で見たことあるような動物のパチモンもいれば、創作の中でしか見たことないもの、はたまた実物を見てもよくわからんものまで。肉食も草食もごちゃごちゃだが、共通してるのは、開拓村が彼らにとって格好の餌場だということだ。人間も、人間が生きるために育てる家畜や作物も、彼らにとっては労せず手に入る食料に過ぎない。一年の大半を雪に閉ざされているようなここでは特に。まったく最高だね。クソがよ。
そんなこんなで七回目の春。おれは死にかけていた。
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開拓村は基本みんな貧乏だ。開拓村に住むから貧乏なのか、貧乏だから開拓村に追いやられたのか、それはわからんが、とにかくこの村に住む人間は基本的に飢えている。農業機械も化学肥料もないせいで畑の面積も収穫量も足りないし、育てても育てても魔物が奪いにくるし、残されたわずかな収穫物だって大半をお役人様が奪っていく。そんなんだから毎年餓死者が出るのが当然ってくらいの環境。地獄かな?
我が家では去年父が死んだ。魔物に食われたからだ。兄姉は二人餓死し、一人は魔物に食われた。妹は栄養失調をもとに病死。
生き残っているのは母、兄が二人、おれ、弟。なお全員餓死寸前な模様。
食事は二、三日に一回うっすい粥のようなものを一杯。あとはがぶがぶ川の水を飲むか、近くの森で食べられるものを探すか、土を掘り起こして虫を捕まえるか。なお森には魔物が棲んでいるものとする。狩りで肉を取ろうとか、魔物を倒して食べようみたいな話はもちろん上がった。その結果が父の死だ。彼の勇姿をおれは生涯忘れることはないだろう。おかげで人手が減って畑の収穫量が激減した。
笑えるのが、年々魔物の被害が大きくなってるということ。特にここ数年はひどい。笑っちゃうくらいだ。開拓村の存在がボーナスステージみたいな扱いになってやがる。マジで笑えねえ。おかげさまで開拓村は全滅まで秒読み状態だ。
ここ最近は木の皮をかじるかそこら辺の石を舐めるくらいしか空腹を紛らわせる手段がない。……これだけ極限状態なのに、村に転がっている遺体を食べようとする気が起きないのは、喜ぶべきなのか、嘆くべきなのか。少なくとも、涙を枯らしながら弟の肉を貪っている母と兄たちよりは、早く死ぬだろう。
あーあ。一度でいいからお腹いっぱいになるまで食べたかったな。恨むぜ神様。
そうしておれは、なんとかつなぎとめていた意識を手放した。
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次に目が覚めたとき、おれは檻の中に横たわっていた。
まだ生きてたのか、とか。ここはどこだ、とか。今の状況は、とか。
いろいろと考えようとして、すぐにやめた。
あたりに響き渡る魔獣の唸り声に似た音。空腹による腹の音だ。
…………腹へったな。
もう餓死したかと思ってた。何故かまだ生きているが、さりとて空腹が満たされたわけではないらしい。これじゃあ結局遠からずのうちに死ぬことになるだろう。
気力も体力もないままにしばらく寝そべっていると、床が揺れてるのに気づく。床というか、檻全体が跳ねるように動いている。それに、檻の上から何かが覆い被さっているのか暗くてよく見えないが、おれ以外にも何人か檻の中にいるようだ。なんか泣いてたり、暗い顔でうつむいてたり、おれみたいに元気なさそうに寝転がってたり。共通するのは、みんなポジティブな顔はしてないってこと。あとおれほどじゃないけどみなやせ細ってる。
うーん。こりゃあ売られたか。最近のおれは空腹のあまりろくに働けてなかったしな。死んで価値がなくなる前に少しでも生活の足しにしようとするのは理解できる。まあ次会ったときは力の限りぶん殴るけど。……なんて、もう二度と会わないだろうし、意味のない感傷だ。
あーあ。腹減ったなあ。転生してからうっっっすい麦粥みたいなドロドロくらいしかまともな料理食べてないもんなぁ。あとはよくわからん虫と草と木。今後の人生でまともなもの食べる機会は来るのかねぇ。せめてパンくらいは食べたいなあ。
…………。
……嘘だ。
肉も魚も新鮮な野菜も食べたい。お腹いっぱい美味しいものを食べたい。兄弟家族みんなで笑い合いながら食卓を囲んでみたかった。
おれを売った彼らに恨みを抱くのは環境が許さなかった。
悲しさを覚えられるほどに彼らのことを知れなかった。
そんな感傷を感じられるほど、心も体も余裕がなかった。
だけどせめて、涙を流すくらいは許してくれ。
自分でもなんの涙かわからないけど。
絞り出すように一滴涙を流し、おれはまた目を瞑ることにした。
▽
「おら起きろ! ちんたらしてる暇なんかねえぞ!」
怒声と轟音に目が覚める。突然のことに飛び起きようとするが、空腹で力が入らない。それでもさすがに寝たままでは駄目だろうと、最後のエネルギーを振り絞ってどうにか体を起こす。
巨きな男だった。自分が小柄な子どもだというのを差し引いてもなお巨きいと思えるほどの身体だった。身長だけでなく体格も目を見張るほどで、全身の筋肉が鎧のように膨らんでいて、身にまとう服が張り詰められている。
正直に言おう。おれはビビっていた。だが同時に、ある種の余裕があった。おれなんてこのままここにいるだけでも衰弱して死ぬのだ。ならば、この男の不興を買って殺されるとしても、大して変わりはない。そう思うと、目の前の大男の顔を真っ直ぐに見つめることができた。出来ただけで、それ以外のことは何も出来ないのだが。
そんなおれの様子を知ってか知らずか、その巨躯に見合ったがさつさで、床に置いた何かをこちらに押し込む。……目の前の巨漢に気を取られていたが、おれはまだ鉄格子の中にいるようだった。牢屋だろうか、ひんやりしてジメっとしてて空気が淀んでいる。あとシンプルに汚い。牢の中にはおれの他にも二人いるが、どちらの状態もまあひどい。おれと同じくらいやせ細っていて、おれと同じくらい生命力を感じない。マジで死んじゃう5秒前って感じ。
あの二人のことも気にはなるが、何はともあれ巨漢だ。巨漢は体格に負けずがさつさで、手に持っていたトレイを押し付けるように鉄格子の隙間に押し込む。……トレイの上には、ドロドロの麦粥のようなものが入った器と、一本のスプーンが乗っていた。
目が離せない。今目の前の食べ物に手を付けないのは、巨漢への恐怖がかろうじて俺の身体を縛り付けているからだ。そうでなければ獣のように貪っていただろう。スプーンも使わず、器に顔を突っ込んで。干からびた咥内に潤いが生まれてくる。
おれが必死に「待て」をしているのを、面白げに眉を動かしながら見つめる巨漢。
「飯だ。お前ら三人分のな。配分は好きにしろ。──食っていいぞ」
巨漢の言葉を認識した瞬間、おれは目の前の椀に顔を突っ込んだ。
まずい。冷めてるし、ねっとりして食感が気持ち悪い。味つけも何もないから麦の味と、変なえぐ味が鼻をついて吐き出しそうになる。おそらく水の質が悪いのだろう。これなら開拓村でのシャバシャバの粥の方がよっぽど喉を通った。まあ開拓村のあれは限りなく水に近かったから食べごたえなんて皆無だったから、そういう意味ではこの粥の方が食事してる感はあるな。
……なんて、そんなことを考えられたのは、しばらくあとになる。
夢中だった。恥も外聞もなく、獣のように四つん這いになりながら、一心不乱に食らいついた。久しぶりの食べ物に胃が驚きむせ返りながら、器からこぼれた分まで無駄にしないようにと啜った。
おれはこのとき正しく獣でしかなかった。
しばらくして理性を取り戻す頃には器の中に麦粥はほとんど残っていなかった。おそるおそる巨漢の顔を覗き見ると、おれの無様な姿を見て笑っている。その顔に怒りを覚えたが、取り戻した理性が羞恥心を余計に意識させた。
おれはこんなにも浅ましい人間だったのか。いや、人間以下の獣のような存在だったのか。二十一世紀の文化的な生活を経験したはずの前世を持つはずなのに、さっきまで死すらも受け入れていたのに。なのに、目の前に食べ物が置かれただけで理性が吹き飛んだ。3人分の食べ物を、他の二人のことなんか一切考えず、独り占めしようとした。
器を見る。ほとんど残っていないが、かき集めれば数口分はあるだろう。腹が減った。まだ足りない。どうせ二人ともろくに意識なんてないんだから、ここでおれが全部食べたってわかりゃあしない。というかほとんど餓死寸前だし、もし食べさせてもこのまま死ぬんだったらもったいないし、確実に生き残れそうなおれが食べるほうが合理的だろ。ほら巨漢だって何も言ってこないし。
おれは木匙を手に取り、そして──
「────ッッ」
その腕に思い切り噛み付いた。痛い。口の中に鉄の臭いが充満する。落ちそうになる木匙の下に器を添える。
涙が溢れてくる。乾いた鼻腔から鼻水が垂れてくる。痛みからじゃない。情けなさからだ。
ああ、おれはこんな人間だったのか。己可愛さに、こんな小さな子ども達のことを見捨て、あまつさえそこに合理性だの何だのって理屈をつけて正当化しようとしてる。そうじゃないだろ。食事っていうのは腹を満たせればそれでいいのかよ。こんなガリガリの子どもを犠牲にして食う飯がそんなに美味いのかよ!
「……ぅ、うぅぅ……!」
ジクジクと痛む傷を無視し、器に残った粥を極力見ないようにしながら、ぎこちないながらも木匙ですくい取る。口の中によだれがあふれる。なまじ食べてしまったからこそ、餓えへの耐性が下がっていのが自覚できる。腹減った。まだ足りない。どうせ数口しかないんだから──
「……ぅ、んん!」
雑念を振り払うように、あるいは未練を断ち切るように、近くにいる方の子の口元に木匙を押し付ける。もうほとんど意識がない。仮に食べても喉に詰まって死ぬんじゃなかろうか。一瞬そんな考えが過ぎったものの、ほかにどうしようもなく、半ば無理矢理口の中に粥を詰める。そのままもう一人の方も同様に。
少し待つと、ゆっくりとだが口を動かし飲み込むのがわかった。それだけの力は残っていたらしい。安心と同時に罪悪感で押しつぶされそうになりながら、喉を詰まらせないよう少しずつ均等に麦粥を口に運んでいく。
器がきれいになる頃には二人とも体力が尽きたようで、麦粥を飲み込んだ体勢のまま眠りに落ちた。おれも、つかれた。
「食べ終わったか。通路に出しておけ。次来たときに出てなかったら飯抜きだからな」
巨漢の言葉の意味を理解しきれずとも飯抜きの恐怖に突き動かされ、空になった器と木匙を牢の隙間に押し込む。
これでまた飯が食える。そう思うと緊張の糸が切れたのか、全身に力が入らなくなる。そのまま他の二人と同じように倒れ伏した。