E 's Il Nome Della   作:ピュゼロ

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BGM “Give your faith!” by GET IN THE RING
――近頃は神様も大変なのですね。


序章

 何事も過ぎれば身を滅ぼすといい、例えばそれは、日曜日の夕暮れを見てふと憂鬱に囚われるような感覚を、同じ日の朝、起床した時にふと覚え、さらには土曜日金曜日とずるずる連なって感じるものではないか。

 生きている意義を見失う事。

 怠惰という名の身を滅ぼす病。

 ――えええええという驚嘆の声がみすぼらしい荒ら屋(あばらや)に響いた。

 薄い座布団に腰掛けて、雑誌を片手に持った秋穣子(あきみのりこ)は、キンキンと甲高い声でお姉ちゃんお姉ちゃんと叫んだ。興奮し、左足をばたつかせて騒いでいるのだが、季節柄がまだ秋でないためか、いつもは夕焼けのように真っ赤な瞳がちょっと虚ろな色を帯びていた。本当は畑に行って作物を育てなければならない時分なのだが、このところ梅雨のような雨が何日も続いていて、出るに出れないでいた。あるいはそれが良くなかったのかもしれない。

「お姉ちゃん、ほら、みてみて、ねえお姉ちゃん、ほら、これ、これ、これよ、お姉ちゃん、お姉ちゃんってば」

「わかった、わかった、わかったから、穣子ちゃん、うるさくしないで、やめて、響くの、やめて、やめて、穣子ちゃん、やめて」

 よくある卓袱台の端っこにそれぞれ腰を下ろしていて、そんな遠くもないのに妹のよく通る声で何度も何度も呼びかけられて、静葉(しずは)は締め付けられたかのような頭痛を感じていた。秋以外のシーズンには基本的に気を病んでいて、特に静葉は妹よりも自分達の信仰に切迫したものを感じていたから、まるで神経がささくれだつような心持を抱えていた。

 紙に書き付けていた筆を止めて、手でこめかみを押さえる。やめて、やめて、と苛立ちの混じった口調で繰り返した。

「うるさくしないでちょうだい穣子ちゃん、お姉ちゃん気分がよくないの、頭が痛いのよやめて、穣子ちゃん」

「でもほらお姉ちゃん、一部から七部まで出るゲームだよ、お姉ちゃん、お姉ちゃん、わたし承太郎使うからね、お姉ちゃんは知らないけどわたしは承太郎を使うから、承太郎はわたしが使うんだから」

「ねえ、本当に、やめてちょうだいねえ、やめてやめて、やめて、やめて」

「わた、わたし承太郎だから、お姉ちゃん、いっつも勝手に使うんだから、わたしは承太郎を使うの、承太郎使うのはわたしでお姉ちゃんは違うんだから、わたしは承太郎よ、お姉ちゃんじゃなくてわたしが承太郎使うの」

 締め切り直前の週刊誌に連載している漫画家か何かのような調子であるが、一年のシーズンの四分の三は大体こんな光景が見られた。静葉も常々これはいけないと思っているのだが、近頃は頭痛を感じない時の方が珍しくて、今も視界の端が白く霞みズキズキとした痛みが頭の中でのたくっていた。これで子供ないし眷族でもいたなら怒鳴り散らしていたのかもしれないが、幻想郷において彼女達の地位はそれほど高くなかったから、やっぱりこの諍いは二人の間だけで完結するより他なかった。それが果たして良い事なのか否かは断言する事ができない。

 ただ、多分あんまり褒められた事じゃあないだろうな、というのは、おこりでも罹ったように震える穣子や憎々しげに顔をしかめる静葉を見れば容易に想像がついた。神にも気の余裕というやつは必要なのだと考えさせられる光景だった。

 その時雨音に混じって小屋の戸ががらりと開き、どこも濡れた様子のない、メイという妖怪が現われた。手ぶらで、履いた下駄さえからりと乾いている。そいつは大体ろくでもない話をもってくるか、ろくでもない事態を持ってくるのが常だった。神というよりも、人に頼られる妖怪ってところが身の丈にあってるんじゃないですかね、などと言われた屈辱は静葉の脳裏に焼きついていた。

 ちはー、三河屋です、などという食欲妖怪に、静葉が何を思ったか訳のわからぬ言葉を叫びながら持っていた筆を突き刺した。ずぶり、と濡れた感触が筆越しに伝わる。そいつは一度己の腹を見て、なんじゃこりゃあ……と呟き、半眼で、怪訝そうな表情のまま、ゆっくりと……仰向けに倒れこんだ。

「栄光は……お前に、ある……ぞ…………オレは……おまえを見、守って……」

 静葉は逆さに筆を突き立てた格好のままただただ立ち竦んでいる。メイは唇に血をにじませながら、戻るだけなんだ、元に戻るだけ……ただ元に……と声もなくうわ言のように呻いて、指先が血で“犯人あき――”と描いた。思い出そうとして、思い出せぬまま力尽きたようにも見えた。

 穣子はそれらの騒ぎをまるで意に介さず、死んだ魚のような眼をまん丸く見開いて雑誌を見つめている。山の天狗からではなく外のもので、越境行為であるのだが、どういうわけか境界の賢者にさえ見つからないでいた。理由は定かではない。

 ぺらり。ぺらり。固まっていた静葉はやがてへらへらと笑い出し、右手で唇に触る。指先についた墨が黒い化粧になる。

 穣子は帽子の葡萄もへたっていて、いつもは甘く心安らぐような稔りの香りも、篭りきりでいたためか鼻につくむっとするようなものに変わっていた。ページを捲る指がぷるぷるぷるぷると小刻みに痙攣している。反対に、凝視する瞳はぴくりとも動かない。夏の暑さと湿気にやられ確実に精神が磨り減っていた。

 しとしとと降る弱々しい雨音だけが静かに小屋を包んでいた。

 ぺらりぺらり。へらへら、へら。

 ――この一件は、この少し後に、とある農家の子供が(数少ない穣子を信仰する一家だ)畑の事で言伝にやって来るのだが、穣子と静葉の名前をとっ違えて呼ぶ辺りで絶頂を迎える。その子供は、目を血走らせた二柱と足元の死体によって、しばらく眠れないほどのトラウマを抱えたという事だった。

 

 

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