E 's Il Nome Della   作:ピュゼロ

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BGM “ミセリコルディア -Misericordia-” by 桃梨
――争わないで手に入れられるものなんてあるんでしょうかね。


メイガスナイト その①

 一、

 

 その日は朝から何かがおかしかった。

 珍しく昼近くになってから目を覚ました魔理沙は、横になっていた薄い布団の上で“おや?”と思った。覚えのない不可解な感じが……なんとなくどこか調子が悪い気がした。

 その、何かが変だなという感覚は多少気になったが、いやいや大した事じゃないだろうとその時には軽く思っていた。

 けれどもすぐに、こりゃ異常だなと思い知った。

 着替えたりして動いている間中ずっと、体が徹夜明けで疲労しているみたいにずっしりと重くて、その上にいつの間にか頭痛まで感じる。

 こめかみに手をあてて、どうしたんだぜ、どうしたんだぜ、とぶつぶつ繰り返した。その奇妙な現象に動揺を隠しきれていなかった。意味もなく家の中をうろうろと歩いて、手助けを望める味方を探したりもした。すんすん鼻を鳴らして、二回ぐらいくしゃみをした。

「どういう……事なん、だ」

 さすがに事態がかなり不気味な方へと推移しだしていると感じた。とりあえずは、家から離れようとした。別に行き先も何も考えていなかったのだが、気弱になった思考は自然に博麗神社を思い浮かべた。昔から魔理沙は何かあると神社に飛ぶ。もう癖や慣れというか習性と呼べるレベルにまで染み付いた行動だったし、それは弱った野生動物が安心できる場所へ逃げ込もうとするのにも似ていた。

 家の前で箒を飛ばそうとした瞬間、理由もわからないままに“こてっ”と転んだ。そして、手の中から箒が転がっていってしまう。

 すぐに立ち上がろうとした。この魔理沙ともあろうものが一人で自宅前の土にまみれているのはとてもとてもよろしくないと思ったからだ。

 しかし、体に力が入らない。骨を全部コロイド溶液のゲルにでも変えられてしまったように、くにゃくにゃと力が抜けていってしまう。うんうん唸って、腹筋に力を入れてもだめだった。そもそもそれは魔法少女の腹筋であり、幻想郷の少女の腹筋が活躍する場面は弾幕ごっこの時と相場は決まっていた。

 次に、こいつは一体誰の仕業なのかと考えた。さすがに自分の中にこんな事の心当たりはなかった。次々と知人妖怪その他の顔が浮かぶが、どいつもこいつもやりそうになかったけれど、同じぐらい誰でもやりそうだと思えた。矛盾しているようだが、幻想郷の面々なんてそんな奴らばかりだった。

 そして、そうやって、次の瞬間。

 魔理沙は思い切り吐いた。

 

 

「二日酔いだったわ」

 吐くだけ吐いたらすっきりした。

 少しして不調から復活した魔理沙は風呂に入った後霊夢のところへ行って朝餉を共にした。神社には、朝っぱらから背筋をしゃんと伸ばして清まし顔のアリスがいた。基本的に、滅多に森から出ないヤツだ。魔理沙との相性はあんまり良くなかった。両者とも火力偏重の狭撃タイプであり、霊夢のホーミング性を見習ってほしいところだが、その頭悪いスタイルが相乗した火力の結果がマリス砲であるともいえるから、まあそこそこ仲良しさんなのかもしれなかった。

 味噌汁の具について多少アリスと魔理沙とで口論になったが、霊夢が二人を無視してジャガイモをぶち込んだために争いは収まった。

「シンプルに、豆腐でいいだろ。何だ蕪って」

「あら、食べればわかるわよ」

「別に何だっていいじゃない」

 どうも霊夢は食べられれば別に何だっていいじゃないとか考えている節がある。

 朝食がひと段落し、アリスが持参した茶葉をいそいそと淹れ始める。それは深橙色の紅茶で、日本ではもちろん栽培できない。そのため、紅茶に似た何かである可能性が高かった。こんな伴天連茶飲めたもんじゃないわと最初は口をつけるのを渋っていた霊夢も、強引に薦めるアリスに押し負けてちょっとだけ啜り、まあまあねと感想を零してアリスを微笑ませた。

 魔理沙はしばらく産地について説明されるものだと思って待っていたが一向にアリスが喋る気配をみせないから潔く諦めて“グィィィ――z__ッ”と一息に紅茶を飲み干した。

「えッ!」

「うそだろッ! オイッ!」

「うわお! バッチイッ! 飲みやがったこいつッ!」

「何飲ませたんだよお前ら」

 

 ※ ※ ※

 

 朝五ツ半(午前九時)ぐらいになって神社を文字通り飛び出した(基本的に箒で飛んで移動しているため)魔理沙はまっすぐ西へと向かった。紅魔館の地下、なんちゃら図書館が目的である。

 別れ際の一言もない二人の態度に涙眼になんてなっていない。

 魔理沙は強い子だった。

 愛用の箒は中空を滑るようにして彼女を運んだ。リボンのついた帽子や白くて黒いエプロンドレスの隙間から夏の青い日差しが照りつけてくる。金髪に縁取られた頬が、じんわりと熱を持つ。

 目の前に広がる魔法の森には色々な妖怪なんかが生息しているためか、上を飛んでいるとけったいな連中とのエンカウントが多かった。

「あ」

「あら」

「あっと」

「――ん。三妖精か」

 魔理沙の前に、金髪と金髪と黒髪の妖精たちが現われた。ちんまいのとロリいのとペドいのと言い換えてもいい。念願叶い見事STG作品ゲーム本編に出演した後も、妖精というだけで甘く見られているのか、大して株は上がらなかった連中である。

 三匹集まって、なにやらひそひそと話し込んでいたようだった。多分またぞろイタズラの相談でもしていたのだろうと魔理沙は思った。妖精といえばイタズラだ。なぜか阿求は蛇蝎のごとく妖精を嫌っているが、その理由もおそらくイタズラされたからだろう。子供程度の知恵は働くため、たまさか面倒な事をされたりもする。

 ちなみに三妖精は彼女の事を魔理沙さん魔理沙さんと呼んでいたりする。きっと妖精相手でもそれなりに構ってくれるからだろう。魔理沙の方も、まんざらではないようだった。

「魔理沙さんだー」

「今日はお出かけ?」

「こんにちは。いいお天気ですよね」

「私たちはこれから里の方へ行くつもりだったんですけど、そっちは?」

「サニーが、里は太陽の導きがどうのって聞かなくて」

「人里だと、ちょっと失敗すればすぐおっかないのが飛んでくるし」

「ちょっと待て、一人ずつ畳み掛けて喋るな」

 少しうっおとしくなって、エプロンのポケットに入っていたなめこ味の飴玉をそれぞれの手に握らせた。

 微妙に渋い顔をされたので、足早にそこから立ち去る事にした。

「はて、今どこぞで人気だとか聞いてたんだが」

 時と場所によるのかもしれなかった。

 小さいせせらぎの音がするような、眼下の森の少し開けた場所では、秋の神様がローキックの稽古に精を出す姿が見えた。魔理沙の経験上、この手の精神病患者が明るく振舞っている時にはそばに近寄るべきではないから、見なかった事にしてさっさと飛び去ろうとしたのだが、静葉がひょいと顔を上げ魔理沙を見つけて大声で呼び止めてきた。

 仕方なく、箒の高度を下げていく。正直なところかなり迷ったのだが、下手に逆恨みされてもおもしろくない。芋を焼く程度の神でも一応そのぐらいはしてきそうだった。

 顔がはっきり見えるぐらいにまで近づいてきて、何気なく足元を見るとスカートから伸びる白い膝に赤く滲んだ包帯が巻かれていた。

 両膝だった。

 手首には巻いていなかった。

「おおい、確か山で会った、魔理沙とかいったっけ……てぇおい何で逃げる!」

「別に逃げてるわけじゃない。誰だって火事があれば高みの見物するだろ? お前らみたいに飛び込む馬鹿は人間にゃいないぜ」

 季節が秋ではないからか、魔理沙の速度が速いのか、それ以上の反応は無かった。秋でも怪しいぜと魔理沙は思った。

 その後も、喧しい天狗に付き纏われたり、自称常識的巫女に絡まれたりしていたから、魔理沙が最初考えていたよりずっと時間を食ってしまった。下のアングルからシャッターを切る天狗を魔砲で撃退し、風祝と明後日に博麗神社でパジャマパーティーを行う旨の約束を交わした。

「――しかしそれって霊夢に伝えてるのか?」

「え?」

「えっ」

「当日まで黙っているからドッキリなんじゃないですか」

 早苗は清々しいまでのドヤ顔でそう言っていた。

 ああこいつは長生きするだろうなと魔理沙は思った。それから、そういや神なんだっけかと思い直した。

 魔理沙は今日も愛されています。

 

 

 二、

 

 手足のごとく箒を繰って縦とも横とも上下ともいえぬ微妙な飛行を繰り返す。

 ガリガリガリガリという――耳に残る弾幕とグレイズの小気味よい効果音。

 夢に出てきそうな色とりどりの大瀑布を相手取り涼しい顔をかけらも崩さない魔理沙は――目下のところ、“ごっこ”の真っ最中だった。

 小悪魔の弾幕は俯瞰的な視点を使った細かい円運動を強要される。そのくせ目先の空白地帯より早め早めで次の弾幕に突っ込んだ方が労力を使わずにすむ上、大玉の影から何気なく小玉が飛んできたりする非常に陰湿なものだ。魔理沙の竹を割ったような性格(パワーを溜めて物理で殴れ)とは相容れないものがあった。

 糸を針穴に通すため真心を込めたスレッジハンマーで打ち抜く。そんな心境で、弾幕を潜り抜けながらレーザーを大雑把にぶっ放す。矛盾しているようだが、弾幕ごっこをしている最中の魔理沙は大体そんな感じだった。位置の確認は一瞬、反撃の呪文詠唱も一瞬、それでいて全体把握は常に。幻想郷の少女達が皆、どいつもこいつも頭のネジの一本や二本外れている原因であり(そして“弾幕狂ども”として差別される一因でもある)、慣れぬ内は「なんだこのクソゲー」といいたくなる中の最たる理由でもあった。被弾しそうな瞬間指がボムのキーを押せるようになるだけでも随分違うから、まずは死んで覚えてください。正直魔理沙はピーキーだからまずは無難に霊夢のがいい。さすが博麗の巫女様……。

 余談だが、魔理沙はレーザーとビームを混合されるのが嫌いだった。恋する魔理沙はビームとかほざく輩をついついアヘらせちゃうの。

 彼女の弾幕は図書館のような暗闇の中で、とりわけ澄み渡った夜空の下が一番映える。レーザーも、星の弾幕も、爆発は一瞬だけまたたいてから闇の中へ吸い込まれるようにして消える。それは魔理沙の生き方を象徴していた。

 交わされる閃光と弾。絢爛豪華な、意志のぶつけ合い。

 幕引き――演題交換。

 その光景を頭上から四角く見下ろせば、そんなイメージが浮かぶのか。紫と紺が等差で織り成す、退廃的ながらどこか心惹かれる悪魔めいた弾の群れが天井に床に壁に水のごとく潜って消えていき、舞台が一時静まる。

 魔理沙の手がスペルカードを切った。

 紅魔館の妖精がよく繰り出すクナイ弾。鎖のように数列並んだ大玉の間をちかちかと光りながら、一斉に魔理沙目掛けて押し寄せてくる。

 どちらかといえば、ランダム弾は嫌いだった。単純ながら、覚えたらクリアできるというパターン作りこそがスペルカードの醍醐味であると思っている魔理沙からしてみれば、気をゆるめると変なところで落ちてしまうランダム系スペルは苦手な部類に入る。死んで、無敵時間の間に画面上部で急いでパワーを回収するのも見目が悪かった。

「例えば――そうだな、私だけキノコを取ったら一機アップとかどうだ?」

 弾の勢いが増した。

 新たなシステムを提唱するのは悪い事じゃない。人間は慣れて飽きる生き物だし、安易なリメイクを繰り返すよりか常にサプライズを忘れないでいる方がよほど有意義ではないのか。魔理沙はそう考えていた。

 ただし地霊殿の教訓は胸に刻むべきだ。

 そしてそれを許容する土台こそが、弾幕ごっこである。

 初見でレバ剣にあっさり一薙ぎで殺されようとも、残機零で泣きべそかきながら気合よけをする破目になろうとも、それこそがスペルカードの醍醐味だと魔理沙は断言できる。

 ――断言はできるぜ。明言しないだけでな。

 そんな風に、魔理沙は本日も図書館の愉快な警備装置と一戦交えていたのだが、それがその変事にいち早く気づく一因となっていた。

 図書館のどこか埃っぽいような風の中を翔る。相手の考える事を見透かして、相手の切り替えしの裏をかいて。赤い空間の中で、そのうちに声もなく会話しているような気になる。言葉も不要で酷く原始的な交流だ。

 そんなさなかの事だったのだ。

「あ、れ……?」

 気づいた時には一機減らしていた。被弾した覚えはないにも関わらずだ。

 自分の手のひらを見る。

「おい、お前、なんかしたのか?」

 ……返事はない。小悪魔は気絶している。本棚の向こうに墜落してすぐ見えなくなった。

「なんだかわからんが食らうと相打ちの形になる……ま、手間は省けたが」

 それにしても奇妙な現象だと思った。箒にまたがってふよふよと浮いたまましばし考え込んでいたが、ややあってうんうんと一人合点したように頷いた。

「まずは目的を果さないとな。それに、パチュリーなら何か知ってるだろ」

 一息で箒に魔力を巡らせてその場から弾けるようなスピードで飛んでいった。苦悩や悲嘆なんて欠片もなさそうなその背中はあっという間に小さくなって、黴臭い空気が再び落ち着きを取り戻す頃には、目を回した小悪魔がいるだけだった。

 恋色の魔法使いは今日も平常運転であるようだった。

 

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