E 's Il Nome Della   作:ピュゼロ

8 / 10
BGM “Sk8er Boi” by Avril Lavigne


番外:鈴仙ちゃんの突然の死

 

 ※

 鈴仙はわずかに脚を引きずるようにして歩きながら、ぶつぶつと口の中でひとり言を呟いていた。

「うーっ……あー、もう……!」

 ちくしょう、とかすかに毒づいた。

 彼女の師、八意永琳から言いつけられたお使いが、到底達成不可能で、果せそうにないからだ。

 すでに丸二日、不眠不休で動いているが、頼まれた捜しものの糸口でさえ掴めずにいる。……そしておそらく、自分には言いつけを果たすのが不可能だとも思う。単なる徒労でしかなくて、実に無駄な事だ

 彼女の現在の主人の頭をブチ割って、まんまと屋敷から逃げおおせた下手人を挙げて来い――などと。

 ただの兎でしかない彼女には、確かに手に余るものだったのだ。蓬莱人なんていつもいつも無茶ばかり吹っかけてくるとまで思ったぐらいだ。

 だから――

 知らぬ顔をして、ほっぽりだす事にした。

 

 

 一、

 

 鈴仙がふと顔を上げると、陽光が真っ赤に燃えながら沈んでいく、まさにその瞬間だった。

 大層ご機嫌な感じだ。

 右手にお団子。そして飴湯。

 徹夜が続いて、少々疼痛のする頭に、甘くて温かいものがとても嬉しい。

 店先の腰掛けに落ち着いて、足をぶらぶらと遊ばせる。その影が夕日に長く長く伸びて見えた。靴先がぐんにゃりと奇妙に歪んでいて、耳のところがお化けみたいにゆらゆら揺れていた。

 隣の男もだいたいそんな感じだった。

「……で、ごめんなさい。何て言ったっけ」

「ドッピオですよ」

「ああ。そう、それだわ」

 しょうが湯から上る湯気ごしに、小さな苦笑が見えた。

 覇気がない、というのだろうか。大人しそうなやつではある。人里ではあまり見かけない名前に、髪の色。珍しいのか、鈴仙の耳をじろじろと見てきた。鈴仙はわりと身長が高いが、そいつもわりと低かった。話しかければ、案外気安さはあった。

「ま、お互い大変よね。探し人なんて。里こそけっこう狭いけど、ここで見つからないとなるともう、どこへ行けばいいやら、ね」

「この辺りにいないなら、外にいる事になるのかな」

「そうじゃない? でもまー、妖怪なら何やらに、食われるほど弱くなければ……だけどね」

「例えばどこに行けばいいだろう?」

「ん。んー? 一番近いとこからしらみ潰しに、って?」

「そうするしかないのかもしれない」

「いや、でも……あそこはやめといた方がいい。なんてったって悪魔の館よ」

「なんだって?」

「ほら、あそこ。あの畔のとこ。赤くて趣味悪いやつ。血に飢えた吸血鬼が住んでるからね」

 話す彼女はけっこう生き生きとして、楽しそうだった。

 それは、ドッピオの人当たりの良さがそうさせるのかもしれないし、周囲の事情からくるものなのかもしれない。永遠亭において、輝夜は主人、永琳は師、てゐは年長、その他妖怪ウサギたちは皆手代のようなものだ。気楽に話せる対等の仲という意味ではむしろ、巫女や黒白といった、弾幕を撃ち合ったりする外の連中との方が多いのかもしれなかった。

 

「まあ、やるしかないけどね。頼れるのは自分だけだわ」

「……そうだね」

 

 鈴仙は月の兎である。赤い瞳にすべてを映す。

 月から逃亡を果たした身の上であるが、その能力はたとえ地上でも無敵で最強だ。

 両目でじっとそいつを見つめると、湯呑みにふーふー息を吹きかけていたドッピオは、少しばかり困ったように笑った。

「どうしたの?」

「……そもそも、なんであんたは話しかけてきたんだっけ」

「それは……珍しかったからさ」

 そう言って、何を馬鹿な事を、というように口元を押さえた。

 思わず、口から零れてしまった、という様子だ。

「何が珍しいの。兎ならそのへんにもいるし」

「俺が……見えているようだからな」

 鈴仙の瞳は狂気を湛えている。

 その目が捉えるそいつは酷く、酷く酷く極々短い波長で、あまりに短く隙間が空いていて、その波長の間隙をうまく縫えば、まるで人ひとりぐらいは隠れられそうなほどにいびつで歪んでいた。

 あるいはなんか足りないのかもしれないぐらいだ。こっそりそう思った。

 この世のすべての空間の、光の、感情の波長、それらは普通目には見えないが、鈴仙にはそれがわかる。

 彼女の無敵の能力は、それらを意のままに操れる。

 病的なまでの臆病さ。それがそいつの本性のようだった。

 

「あんたさ、何でそんなにびくびくしているの」

「――あ?」

 

 鈴仙は反応できなかった。

 もちろん、手にはお団子を持ってもぐもぐと頬張っていたし、地上に来て串物を食べる時いつも思う事だが(これこのまま喉に刺さったら怖いなあ)とも心配していたし、あいにく夕日が煌々としていても季節柄そろそろ膝の辺りが寒いなあとも考えていたし、この探索上いつもの仕事のスケジュールはこなせていないが師匠はたぶん戻っても溜まった仕事を手伝ってくれないなあなどと心配もしていた。

 それでも反応は難しかった。

 きっと、空の雲はちぎれ飛んだ事に気づきせず、消えた炎も消えた事を自身さえ認識できない……そういった、何かをぶっちぎった、理解の及びもつかない超常の現象だったのだろう。

 さっとかすかに赤い光がきらめいた。

 たったそれだけだったのだ。

「ザケてんじゃあねーぞッ!! なんだってどいつもこいつもまるでどーでもいいような事に首突っ込んでくんだあああああッ!!」

「……う、うう……」

「コケにしやがってッ!! テメーに関係があんのかよ、ええッ!?」

 鈴仙は優秀な兵士だった。

 その兵士としての感覚が、けたたましく盛んに警報を鳴らして、うるさいぐらいだった。

 それはもちろん命の危機を知らせているのだ。

 片方の耳は完全に千切れてしまったようであるし、もう一方も半分ぐらいしか残っていないようだ。

 鈴仙は自分の頭が軋む音を聞く羽目になったが、泣き言をいうわけにもいかない。なにせ博麗の巫女は異変の最中ならまだしも、普段の態度は行雲流水、お金がなければやる気もなさそうだ。瞬間移動に似た所業はできるが、いまこの瞬間に間に合うかは完全に不明、たぶん無理。そもそも襲われている鈴仙は妖怪の区分に入り、妖怪バスターの霊夢はこの場にいても事態を静観した可能性さえある。

 だから反射的にぶっ放した。

 鈴仙・優曇華院・イナバは優秀な兵士だった。

 兵士が相手を殺すのは自分の意志ではなく訓練によって刷り込まれた反射行動だ。

 手加減ゼロ、遊びでない本気の弾丸を撃って、そして鈴仙の意識はそこで終わった。

 危険な感じにぼーっとする頭で最期に思ったのは、姫さま用に包んでもらったお土産のお団子が、どうも無駄になったかな、という事だった。

 

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