一般通過異世界転生者:あなた 作:ID:Am88n712
当然の事ではあるが、夜の街は昼とはまるで様相が異なっていた。
「……し、静かだね」
同行者のうち最も気の弱い性格の妹が、心細そうにあなたに近付きながらそう言った。あなたが頷き返しながら手を差し伸べると、妹はすぐさまそれを握り、暗い闇の中で存在を確かめるようにわずかばかり体重を預けてくる。
「……やっぱもうちょっと明るい日にした方が良かったんじゃない?」
気の強い方の妹も、実際に歩き始めると雰囲気に気圧されたのだろう。ソワソワと時折屋敷の方を振り返り、参加をやや後悔するような色の声を上げている。
それも無理はない。
電灯どころかかがり火のような物も無いルワ・ザンガラの夜はひどく暗い。か細い星明かり以外に光源のない闇の底は、数歩先に何があるかさえほとんど見通せない。
あたりは昼間の喧騒が幻だったかのように静まり返り、自分達の足跡ばかりがひどく響く。普段は耳慣れたはずの海辺から聞こえてくる波音は、まるで手招く怪物の呼吸音じみていた。
視覚と聴覚が生んだ不安感は嗅覚にも影響するのか。ルワ・ザンガラを満たす潮の香りも、今ばかりは何故かひどく鼻につく。
屋敷から十分離れたと確信し、持ってきたランタン(流木をほぐした木切れで編んだカゴに光る小石を入れたもの。魔法により光る小石は手動消灯に手間がかかるため、使用後は中庭の隅に捨てられて自然に消えるまで放置されがち)を覆い隠していた布を取り、掲げて周囲を照らし始める。
唯一の光源は頼りない光量ではあるものの、それでも少しだけあなた達の周囲の闇を押し返し、ホッと人心地つける居場所を生む。妹達はその狭い空間に自分の身を押し込めるように、ランタンを持つあなたに左右からひっついた。
「何だよ、怖いのか?」
子供達の中で普段と変わりないのはマランだけだ。あなたが持つ物と同じランタンを振り回しながら、ニヤッと歯を見せてからかい声を上げる。
「べ、別に! 良く見えないから歩きにくいってだけ!」
妹はそれに小声で怒鳴り返しはしたが、あなたの左腕に両手をかけながらでは本心は透けて見えていた。そこから始まった小さな言い合いはマラン有利の様相だ。
いつもならばむしろ妹の側が強いのだが、夜への怯えを隠せない今はどうにも勝ち目はなさそうだ。加勢の声もない。あなたの右手を握る方の妹は完全に沈黙してしまっていた。
あなたは空を見上げる。
異世界の空は地球のそれと良く似ていた。見覚えのある星座こそ無いものの無数の星々が揺らめいているのは変わりない。
それどころか、満ち欠けを繰り返す月さえ存在する。
転生の折、神との間で交わした質疑をあなたは思い出す。神はあの時、この世界を作る時に前世の世界を一部真似たと言っていた。ならばきっと、空と月の有り様もそのひとつなのだろう。
今夜の空に月はない。
新月の今日、街は最も深い夜に包まれていた。
「ふぅん。3人で相談して新月の日にって決めたの?」
妹が終始押され、口げんかに決着がつきかけたところで、最後尾から声が上がる。ヤレカだ。彼女は暗闇の中でもやはりフワフワとしたまま、ぼんやりと疑問を投げかけてくる。
「わ、私は明るい日の方が良いって言った……」
「暗い方が幽霊が出そうって言ったらそっちもうんって言ってたじゃん」
「そうだけどぉ……!」
夜の街の探索はいつにするか。その決定は最終的にマランが押し切ったのだろうなと、あなたにも分かる。
あなたの両腕にすがる妹達の力が強くなった。もっとしっかり事前に、明るい夜にしようと主張しておくべきだったと、今更ながら後悔しているのかも知れない。
「ふふ。でも正解だと思うよ」
またも不和の空気が生まれかけたところで、ヤレカはそんな空気を払うように続けた。
「
ヤレカの足音が止まる。
言い争いながらも歩き続けていたあなた達から必然的に距離が開き、ランタンの光が照らす範囲からひとり漏れていく。
「……ヤレカちゃん?」
あなた達が立ち止まり振り向いても、ヤレカはまだ動かない。後方、裸足の足先だけを光の中に置いて。
「……ねぇ。幽霊がなんで暗い夜に出るか、わかる?」
ごく、と。あなたの隣から息を呑む気配があった。
「なんでって、そんなの……明るいとこに出る幽霊とか、なんか間抜けじゃん」
能天気なマランの返答に、ヤレカはくすくすと笑う。
「うん。少し違うけど本質はついてる。お昼は明るすぎて、全部良く見えちゃうからね。そんなところに幽霊はいられない」
ひとしきり笑った後、ヤレカは片手をゆっくりと持ち上げた。
「幽霊が夜に出るのはね。そういうところにしかいられないからだよ。……ねぇ、そこの道の角、何があったっけ?」
そうして指差す先には曲がり角があった。
ここはまだ屋敷に近く、あなた達全員が通り慣れた道だ。当然、その角に何があったかなどは覚えている。
「本当に?」
あなたは頷き返す。
そこにあるのは、小さな墓だ。愛想が良く甘え上手だった野良猫のもので、生前はこの辺りの住人に愛されていた。ある日この曲がり角の隅で小さく丸まり冷たくなっているのが見つかった時は多くの者が悲しんだのを覚えている。
あなたも妹達も、猫の遺体を石に変えて砕き墓として積む儀式には参加していた。ポロポロと涙をこぼす妹の背中を撫でた記憶もまだ新しい。ほんの、半年ほど前の事だ。
「……本当に? そこに本当にお墓はある?」
ヤレカの声から色が消える。冷たく、そして余りにも平坦なそれに、あなたの背筋さえ凍えるように震えた。両腕に食い込む妹達の手はますます力を増し、痛いほどに爪を食い込ませている。
他にも、体温がひとつ至近距離に近寄る気配があった。妹達と同様、マランも庇護を求めるようにあなたの背中に肩を押し付けてくる。
あなたはそっと、ヤレカから目を離し、振り向いた。
「どう?」
……曲がり角の隅にまでは、ランタンの光は届いていない。そこに本当に猫の墓があるかを、今確認する事はできなかった。
「そう。わからない。夜の中だと何もかもぼやけて曖昧で、どこに何があるのかもわからない。……そこに何がいても、わからない」
ぺた、と小さな音だけを残して、ヤレカが一歩を下がる。
足先さえ光の中から消えて、ヤレカの姿は全く曖昧になった。
「幽霊みたいに曖昧なものは、曖昧なところにしかいられない。例えば、月の光が届かないこんな夜の中とかね」
くすくすと。
「ねぇ。ここは本当にいつもの街? 並ぶ家の形が少しずつ違っていても、みんなには見分けられる?」
くすくすと。
「波の中に混ざってる聞いた事のない音には気付いてる?」
くすくすと。
「道の端からこっちをじっと見てる何かなんて居ないって、本当に思ってる?」
くすくすと。
「さっきからずっとあなた達の後ろをついて歩いてきた──」
楽しそうに、嘲るようにヤレカは笑って言う。
「──わたしはだれ?」
| 好感度分岐 |
| あなたのヤレカに対する信頼度が高い |
あなたはヤレカの名前を呼んだ。
……悪ふざけを咎める色を声に乗せてだ。同時にヤレカへと数歩近付き、ランタンを掲げて顔を照らす。
「ふふ。ごめんね。ちょっと楽しくなっちゃって」
その表情はあなたの良く知るいつものヤレカのものだった。声色や口調も違和感はなく、本当に、先ほどの問いかけが真実ただのイタズラだとあなたに確信させた。
「ヤ、ヤレカちゃん……?」
「…………っ……っっっ」
あなたはじっとりとヤレカを見つめ、妹達を指差す。
ヤレカの作った雰囲気に完全に当てられた2人は、カタカタ震えて抱き合うだけの置き物と貸していた。怖がりな方は歯を震わせるばかりで声も発せていない。
「ふふ、ちゃんと怖かった?」
「こここ怖くなんかねーし!」
「バ、バカ! ヤレカちゃんのバカ! やっていいことと悪いことがあるでしょ!」
「ヤレカちゃん嫌いー!」
マラン達は悪びれないヤレカにぴーぴー喚いて食ってかかるが、それも当然だろう。流石に、まだ小さい子供に対していくらなんでも怖がらせすぎであった。せめてもう少し手加減をと、あなたも思うところである。
さて、ともかく、そんな一件を越えてあなた達は探索を開始した。
妹達はやっぱり帰らないかと無理もない主張を始めたが、何の成果もなく帰っては折角の準備がもったいない。彼女達自身も同様の気持ちはあるのか、夜への恐怖と天秤にかけて、続行を決意したようだ。
隊列はマランを先頭に、妹達を保護するあなたが続き、最後尾をヤレカが固める。
震える妹と手を繋ぐために仕方ないとはいえ、先頭をマランに任せるのは暴走の不安があったが、少なくとも当分は考えなくても良さそうだ。先ほどのヤレカの語りが効いたようで、チラチラと何度もあなたを振り返り、距離を一定以上に離そうとしない。
ヤレカがこの効果を狙っていたのなら大したものだ。……それでももう少しやりようはなかったのかとは思うが。
| 選択肢分岐スキップ |
| 探索地候補は選定済み |
この夜の中、どこを探りに行くかはすでに絞ってある。
昼のうちに期待度の低い箇所の探索は終えているのだ。一度行ったところに、わざわざ時間のない夜に足を運ぶ必要はない。
その道中、あなたは昼に見つけた幽霊の噂の正体を語って聞かせた。
恐怖が無くなりすぎるのも困るが、今の怯えすぎの状態も良くない。わかってしまえば呆れるような幽霊の正体によって、いくらかでも緩和できないかと考えてだ。
その甲斐あって、過度の体の硬さは取り除かれたようだ。普段通りに近い足取りで歩みながらも、適度な恐怖によって夜闇への警戒は維持しつつ、一塊に集まった状態を崩そうとはしない。
そんな理想的な進行で、あなた達はまず最初の候補地に到着した。
そこは小さな路地だった。
街の至る所で見つけられるような、取り立てて語る部分もないようなごく普通の道である。家と家が並ぶ隙間を通る細い道は、特に行き止まる事もなく、くるりと弧を描いてまた別の道に接続している。ルワ・ザンガラの迷路めいた光景を形作る道のうちのひとつだ。
「夜に探検に出かけたって奴らがさ、何人もここで変なものを見てるんだ」
マランが語るには、ここには時折おかしなものが出るという。
揺れる影だ。
それは時に獣のようであったり、ヒラヒラとした羽衣のようであったり、はたまたもっと別の何かのようであったり。その時々で目撃情報は様々で、ただ影を見たという事以外に共通点はあまり無い。
あなたが着目したのは、その話のつまらなさだ。
通常、こういった怪談話は盛りに盛られるものである。例えば揺れる影が追ってきたであるとか、影が何かを捕らえて貪っていたとか、そういった風に。
ところがこの話にはそれがない。
ただ揺れる影が居たというだけ。これでは何の面白みもない。そして、その分だけ証言に真実味が感じられるような気がした。
が。
「……影の正体って、これ?」
残念ながら、話がつまらないなら真実もつまらなかった。
道を進んだあなたが見つけたものは、路地の片隅に転がる光る小石だ。あなたが持つランタンの中に入っている物と同じ、光を発するよう魔法をこめられた、何の変哲もない照明用の小石である。
あなたが上を見上げると、路地を作る壁……つまりは誰かの家の壁に開いた窓の穴が見えた。
大方、そこの住民がわざわざ魔法を使い直して消灯するのを面倒くさがり、窓から小石を捨てたのだろう。後はその近辺を何か、小動物や羽虫が通れば壁に影が映り、光の揺らぎで不気味に蠢いているように見えた、という事に違いない。
実際、面白がったマランが小石の光を使って影絵遊びを始めれば、見ようによっては不気味とも感じられる影が付近の壁に描かれた。
「これはどう見ても幽霊じゃないねー」
「ちょ、ちょっと安心したかも……」
どうやらここはハズレのようだ。あなた達はきびすを返し、次の候補地に向かう。
その次。
街の中にあるとある店の横を通ると、いつの間にか荷物が減っている。
そんな噂には被害者が何人も居た。実際に物を無くした者から妹が直接話を聞いたらしく、こういった場合にありがちな「友達の友達から聞いた」が発生していない。
その上おどろおどろしさもなく、話が盛られた気配が薄い。
だから信憑性に期待が持てる案件だったのだが。
「わっ、かわいー」
「ッシャー!」
「……かわいくなかった!」
この噂の正体は猫だった。夜、あるいは夕方の街並みに実に溶け込みやすそうな暗褐色の毛色で、シャープな体付きはいかにも身軽そうだ。
猫は音もなくあなた達に忍び寄り、お弁当として屋敷から持ち出していた魚の燻製を狙って飛びかかったものの、ヤレカの手に弾かれて叩き落とされた。それでも地面にはしなやかに四つ足で着地し、素早く距離を取ってあなた達を警戒している。
| アイテム分岐 |
| 漁獲網修繕済み |
「一応捕まえとこーぜ。次来た時にも見つかるかわかんないし」
マランはそう言うと、畳んで腰巻きに引っ掛けていた網を広げた。ボロボロになって捨てられていたものを拾ってきて、あなたが修繕した物だ。
素早く投げ放たれたそれは空中で広がり、逃げようとした猫に覆い被さる。そこをさらに妹達が取り押さえ、グルグル巻きにして確保した。
マラン達3人の今回の探索の目的は、最年少の妹であるツァナに幽霊なんて怖くないと示す事にある。
幽霊と遭遇し捕獲できれば良いが、それは望み薄だ。本命はむしろどちらかというと、幽霊の噂の正体を確認して見せつける側である。
そこにあなた個人の、幽霊の存在確認という目的が乗っているために若干ややこしくなってはいるが。
さておき、猫を捕らえたのはそういうわけだ。
昼に見つけた墓地の鳥、営巣していたエトと違い、この猫はまたここに来ても会えるとは限らない。網で捕獲して証拠を増やせたのは中々幸運な出来事と言える。
はじめは暴れていた猫だったが、やがて諦めたのか大人しくなった。
流石に連れて歩くには難があるため、猫は道の端に隠して場所を覚えておき、先に進む事とする。薫製を多少むしって一緒に置いておけば腹を空かせる事もないはずだ。あとは帰りに回収すれば良いだろう。
その後もあなた達は街を巡った。
折々で噂を探り、正体を暴き、そのうちいくらかでは持ち帰りのかなう証拠も手にした。上々の成果と言えるだろう。実際、マラン達はある程度の達成感を得て夜の恐怖を忘れたのか、証拠品を見せ合いながら笑って歩いている。
時折しゃぶっている魚の燻製も大人気だ。今ばかりは普段の食べ慣れた味とは違って感じるのだろう。特別な夜、秘密の冒険の空気がそうさせているに違いない。
ただ、あなたにとってはやや残念な展開だ。
やはりというべきか、幽霊にはそうそう簡単には出会えないらしい。昼の探索の時点で噂のいい加減さを実感していたため、半ば分かっていたことではあるが。
そうして、あなたはとある場所を通りがかった。
目的地としてではない。ただの通り道としてだ。
するとそこには。
「ん? ……げっ」
昼に見た顔がまたも居た。
| 分岐 |
| 懲らしめ済み |
「……お前ら、何しに来たんだよ」
どこかしょんぼりとした様子の少年だった。昼間にあなた達に絡み、ヤレカにアゴを打たれて気絶した、悪ガキ達のリーダーだ。あなたの懸念通り夜も出歩いていたようだ。
ただし、どうやら今回はひとりきりらしい。
「幽霊探し! ……お前、幽霊だったりする?」
「なわけねぇだろ。ってか幽霊探しぃ? ハッ、ガキくさ。バカじゃねぇの」
「なんだこいつヤんのか相手になったんぞぉ!」
あなたと少年の間の因縁を知らないマランが普通に話しかけ、あしらわれる。少年はフンと鼻を鳴らすのみで、いきり立つマランに取り合わず、スタスタと歩いてあなた達とすれ違った。
「今回は通せんぼしないの?」
「…………チッ」
すれ違いざまのヤレカの問いには舌打ちが返される。
「やんねーよ。今日はお前らのせいであいつらもいねーし。……大体、いつもやってるわけじゃねぇ」
そして、あなたから顔を背けながら吐き捨てるように続ける。
「思いつきでやっただけだよ。……クソが、ついてねぇ。
去り際の言葉に、あなたはハッと振り向いて去っていく少年を目で追った。
昼間の少年達はあなたとヤレカの道を塞ぎ、俺の名前を言えないなら通さないとすごんで見せた。あなたはそれを、とある怪談の元ネタなのだろうと考えた。
問いかけに答えてしまえば帰ってこられなくなる、入ってはいけない行き止まりの路地。
少年達の悪さについての話が人の口を伝わるうちに盛られ、歪んで、そんな話になったのだろうと。だが考えてみればしっかりと確認したわけでもない。
あれが本当に初めての犯行であり、怪談の元ネタではないとするならば。
あなたの手元に、確かめたと思っていたはずの噂がひとつ、転がるように戻ってきた事になる。
「なんだよアイツ……。まぁいいや、それよりこの辺って行き止まりの路地の噂があったあたりだよな。ちょっと確かめてこうぜ!」
思考に囚われている隙間に、マラン達は行動を起こしていた。あなたから3人で離れ、道の先へ歩いていこうとする。
あなたの記憶が確かなら、その先は行き止まりだ。細い路地の先には小さな広場があり、どこにも繋がっていない。
曲がりくねっているために先は見通せない。
だが、そこにわだかまる
マラン達は軽い足取りで、あなたの持つランタンが照らす範囲からはみ出した。そのまま、光も手も届かない場所へ進もうとしている。
何か、良くない事が起ころうとしているような、裸足の足指からひたりと登ってくる予感があった。
コマンド?
-
マラン達の後についていく
-
あなたが前に出て先行する
-
ヤレカに先導させる
-
5人で固まって路地に踏み入る
-
マラン達を呼び止める
-
3人を無理矢理止めて全力で離脱する