一般通過異世界転生者:あなた   作:ID:Am88n712

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一般的な異世界転生 少年期編 8

 

「全員揃ったな! ならばこれから沖に出るが……最後にもう一度、よぉく確認しておけ!」

 

 ルワ・ザンガラの海沿い、岩礁帯を臨む広場に男の大声が響いた。

 

 もちろん、あなたの父にして漁師たちの頭領、イシャバのものである。二つ名の由来である声量は今日も健在だ。石造りの街では良く反響し、元々の倍にも感じられる。

 

 そんな呼び掛けの内容は、出発前の最終確認を促すものだ。

 

 ルワ・ザンガラからは、ついにニンバル()の季は去った。沖合の小島から侵略の手が迫るブージェ()の季、その始まりを告げる臨戦の儀に向かうため、あなた達はここに集められていた。

 

 

 

「ザンガラ飛びの魔法はかけたな!?」

 

 言われ、あなたは足を持ち上げて足裏を指で押した。魔法によって張られた皮膜はゴムのような感触で指を押し返し、不可視ながらもそこに存在する事を主張する。

 

 

ランダム分岐/皮膜の精密性

魔法技能で判定

 

あなたの魔法技能 レベル5

呪文の詠唱難易度 レベル1

成功率90%

 

1で失敗

2〜10で成功

 

1d10=8

 

 

 同様に、膝や肘、手のひらなど、転倒時に岩礁に接触しやすい部分にも皮膜が張られているのをあなたは確かめた。

 

 普段は足裏以外に魔法をかける事はないのだが、何しろ今回は街から離れた飛び慣れない環境の岩礁に赴く事となる。その上ブージェとの戦闘も行われるのだ。ひとつのケガが惨事を招きかねない以上、このくらいはやっておくべきだろう。

 

 幸い、あなたの魔法の腕は歳を考えればかなり優れたものだ。関節や指の動きを阻害せず、しかし負傷を防ぐ事はできる、そんなちょうど良い皮膜を形成するための、繊細さを要求される詠唱も十分にこなせる。

 

 

 

「槍に欠けや傷はないか! 繋ぎはしたばかりだろうな!? 心配ならもう一度ここでかけておけ!」

 

 次いで、手に持った槍を見る。

 

 ごく普通の石製の槍だ。いわゆる石器であり、極めて原始的な武器と言える。だがその分製作のためのコストが凄まじく低く(魔法を使える者ならその辺りの岩場で数分とかからず用意できる)武器を使い捨てにする投擲魔法とすこぶる相性が良い。

 

 その作りはしっかりとしたものだ。

 

 引力を生む呪文でガチガチに固定された刃は力をこめても柄から外れる気配はない。効果は優に半日以上持続し、集合前にかけてきたばかりのため、問題なく使えるだろう。

 

 

ランダム分岐/武器の強化

加工技能で判定

 

あなたの加工技能 レベル0

物品の加工難易度 レベル1

成功率40%

 

1〜6で失敗

7〜10で成功

 

1d10=1

 

 

 残念ながらそれ以上のものではない。

 

 より威力を高めるため、あるいは投擲の安定性を上げるため、あなたも多少の工夫は行おうとはしたが、良い方法が見つけられなかったのだ。

 

 例えば矢のように尾羽根をつけるなどを思いつき、岩礁帯に残されていたエト(海鳥)の羽根を使っていくらか試してみたものの、効果はまるで得られなかった。むしろ逆に飛距離や弾道に悪影響が出る事さえあり、あなたは頭を抱えたものであった。

 

 エトの羽根が素材として向いていなかったのか、取り付け方などが悪かったのか。それともそもそも槍に羽根をつけても意味はないのか。

 

 原因の特定もままならず、ならば余計なことはしない方がマシと諦める他なかったわけだ。

 

 もっとも、それでも十分ではある。何しろ漁師たちは普段からこの武器で戦っているのだ。プラスを積み上げられなかったというだけで、マイナスは発生していない。

 

 

 

「背負い筒にほつれや破れはないか! 結び目も間違いなく見ておけ! お前達の命に直接関わるぞ! これだけは確実に確かめろ!」

 

 最後に、あなたは背負わされた筒を見る。

 

 ニンバルのツルで編まれた頑丈な筒だ。中には予備の槍が何本も入っている。要は矢筒の槍版だ。

 

 今回、あなたは前に出て戦うわけではない。女、あるいは職人の子など、将来的に海に出る可能性の低い者は男達の後ろで守られる事となる。

 

 だがそれは、何もしなくて良いわけではない。

 

 危険の大きな場に立たない代わりに、男達の補佐として荷を背負うぐらいはしなければならない。もちろん、動きが鈍らない程度にだが。あなたが負っている筒はそういう理由がある。

 

「うん、大丈夫そう。私のも見てくれる?」

 

 筒は背中にあるため、あなたはヤレカと互いに確認しあった。

 

 集合前にも確認は行っているため当然だが、筒に破損などの兆候はない。持ち前の頑丈さで石槍の重量をしっかりと支えている。岩礁の上を飛び回っても、壊れて槍をぶち撒けるような事もないだろう。

 

 

ランダム分岐/荷物の固定

家事技能か加工技能か魔法技能で判定

 

あなたの魔法技能 レベル5

呪文の詠唱難易度 レベル0

成功率100%

 

 

「……お嬢、結び目は俺も見ておこう」

 

 そこへ、今回あなたとヤレカを守る役割を担う屋敷の男衆、ランバが近付いてきた。いつも通りのムッスリとした表情だが、別に機嫌が悪いわけではないと知っているあなたは伸びてくるランバの手を黙って受け入れる。

 

 筒を固定する紐は肩と腋に回されたものが1本、腰をぐるりと巻いたものが1本、それらが切れても問題ないよう、肩にかける太いものが1本の合計3本で構成されている。

 

「……わざわざ魔法で固めたのか?」

 

 それを順繰りに見ていって、ランバはそう呟いた。

 

 正直な話、あなたはこういった細かい作業は人並み程度にしか出来ない。普段から女衆の仕事を手伝っている義妹などと比べてしまえば大きく劣るだろう。紐の結び方の正確性に自信があるとは到底言えない。

 

 だが、ならば魔法で補ってしまえば良いのだ。

 

 石槍の刃を固定したのと同様の魔法で、結び目は完全に固定されている。靴紐の結び方がわからずアロンアルファで固めるような乱暴さではあるが、目的は達成出来ているのだから問題はないだろう。接着剤と違い、別の魔法を使うか時間経過を待つかで簡単にほどけるのも良い。

 

 もちろん、魔法の燃料たる「可能性」の残量も十分だ。少なくとも今回は、あなたにそのあたりの抜かりはなかった。儀礼の途中で魔法が使えなくなり、身体能力だけで動かねばならないなどという事態はそうそう起こらないはずである。

 

 

 

「最後に、覚悟は良いか! 恐ろしいと思う心はここで振り払え! どうとでも守ってもらえるなぞと甘える頭は捨てていけ! 鈍った動きで無傷で帰ってこれるほど、ブージェは弱くはないぞ!」

 

 イシャバの言葉に、集まった子供達、そのうち男子の大半から力強い雄叫びが返る。

 

 そこに含まれるのは、みくびるな、という意志だ。漁師の子たる彼らは槍の腕と戦意を磨き上げ、この日を今か今かと待ち続けてきたのだ。滾る思いは子供の体には収まりきらず、叫びとして迸っている。

 

 中でも一際大きな声を発しているのは、あなたの義弟であるマランだ。集団の一番前、イシャバの眼前に立ち、養父の大声に負けじと喉を震わせている。

 

 だが、そういった態度はもちろん漁師の子に限った話だ。中には当然怯えを隠しきれない者も居る。

 

 あなたは周囲に視線を巡らせた。

 

 この場に集められたのはあなたやヤレカを含め、臨戦の儀、その第一陣に参加する事となった15人の子供達だ。その内、あなたが見覚えのある……つまり海沿いに住む漁師関係者の子は10人ほど。

 

 残りは街の中層や上層に暮らす、市場の商人や職人の子のようだ。ザンガラで遊んだ事はあれど、自分がそこを飛び回って戦う未来を持たない子らである。

 

 それでもここが戦士の街であるからか逃げ腰の者は居ないが、明らかに落ち着きはなく動作も固い。

 

 あなたはそういった者に近付き、声をかけて回った。出来る限り緊張を取り除き、無事に帰ってこられる可能性を高められるなら、その程度はやっておくべきだろう。

 

 

ランダム分岐/仲間の鼓舞

社交技能で判定

 

あなたの社交技能 レベル2

子供達の精神状態 レベル1

成功率60%

 

1〜4で失敗

5〜10で成功

 

1d10=4

 

 

 ただ、残念ながら大きな効果があったとは言い難い。

 

 あなたの鼓舞によって多少は震えが和らいだようにも見えるが、どうも強がりで押し隠しているだけのようだ。根本的な解決が叶ったとは思えず、すぐにまたぶり返すに違いない。

 

「はは、気にすんなよお嬢。大丈夫大丈夫、毎年のこったからな。俺らがキッチリ面倒見るさ」

 

 あなたが失敗した様子に、ランバと同じくあなたを守るルワンジが軽い調子でフォローした。

 

 彼の言う通り、これは引率の男達の仕事である。あなたが失敗したからといって大きな変化はないはずだ。

 

 

 

 どうやら、これで事前の確認は終わりのようだ。

 

 満足そうにひとつ頷いたイシャバは全体を見渡した後、一度だけあなたに視線を向けて静止した。

 

 その顔には感嘆などは見て取れないが、過度の心配もない。あなたならば儀礼への参加にあたって大きな問題はないだろうという、我が子に対するほどほどの信用があるようだ。

 

 

 

「ではこれより、我らは戦いに挑む! ザンガラを見下ろすタンバシャよ! 遥か天に座すジナバルよ! 決して泥に沈まぬ巌の闘志を! 槍の約定、その誉れをご照覧あれ!」

 

 最後にイシャバは槍を振り上げ、天を仰いで祈りを叫ぶ。

 

 男達の咆哮がそれに続き、臨戦の儀、その幕はいよいよ上がろうとしていた。

 

 

 


 

 

 

 ザンガラを渡り継ぎ、あなた達は沖合を目指し進んでいく。

 

 ルワ・ザンガラから続く岩礁帯はすさまじく大きい。何しろ水平線の彼方まで続いている。どこまであるかを確かめきれた者はない。遥か遠い別の陸地まで伸びているという者もあれば、世界の果てまで途切れないと嘯く者も居る。

 

 実際のところどうなっているのか。それを知りたがる心はあなたの中にもあるが、今ばかりは余計な思考を回すべきではないとわかってもいる。

 

 

ランダム分岐/ザンガラ飛び

運動技能で判定

 

あなたの運動技能 レベル3

運動の実行難易度 レベル0

成功率80%

 

1〜2で失敗

3〜10で成功

 

1d10=5

 

 

 小さく盛り上がった岩礁を上っては下り、その端で大きく跳躍する。

 

 この世界の人間特有の関節構造が生んだ跳躍力は、あなたを前方斜め上へ力強く押し出した。前世ならばオリンピックで金メダルを狙えそうな距離を滑空し、海面を飛び越えて別の岩礁に着地する。その衝撃は、足裏の魔法の皮膜がしっかりと吸収した。

 

 この程度はあなたも普段からやっている事だ。今更失敗するようではザンガラっ子など名乗れない。

 

 が、それでもあなたはわずかな緊張の含まれた吐息を漏らした。

 

 すでに街から遠く離れ、鋭い角を持つメスのブージェがいつ飛び出してきても不思議はない。跳躍前には水中を注視し、危険がなさそうな事を確認してはいるが、助走しながらの目視に漏れがないとは限らない。

 

 

 

 視界の端では、別の子らもやはり慎重に飛んでいるようだ。

 

 あなた達は横に大きく広がって進んでいる。同じ岩場を一直線に連なってではなく、それぞれが選んだ別々の道を飛ぶ形だ。おかげで、さほど視線を振らずとも周りの様子は確認できた。

 

 気負いなくやれて当然の大人達を除けば、余裕のありそうな様子なのはあなたを含めて数人というところだろう。

 

 

 

「ほっ、よっ、とー」

 

「おいおい、相変わらず怖いもん無しか?」

 

「かもね?」

 

 代表は街に居る時となんら変わりのないヤレカと。

 

 

 

「ほうっ! 度胸あるなお前、踏み切りが段違いだ」

 

「へへっ、まぁな。もっと誉めてもいいぜ!」

 

「調子に乗りやすいとこは減点だけどな」

 

 明らかに戦意を漲らせているマランあたりか。

 

 

 

 他はみな、恐る恐るの跳躍である。

 

 それでも問題は起こっていない。失敗の兆候があれば大人の誰かが手助けに入っている。海に落ちるような間抜けは今の所居なかった。

 

 

 

 そうして、やがて規模の大きな岩礁が見えてくる。

 

 小さな陸地と呼んだ方が良さそうな、巨大な岩場だ。ゴツゴツとはしているが他と比べて比較的平たく、走り回れそうな広さがある。

 

 

 

「止まれぇ!」

 

 先頭を走っていたイシャバの号令に、全員が足を止める。場に緊張が走り、誰もが槍を構えた。

 

 その時、岩場の陰からのそりと、それは現れた。

 

 

 

 濃灰色の巨体だった。

 

 あなたから大岩場までの距離は数十メートルはある。にもかかわらず圧を感じるほどの威容だ。

 

 余りにも分厚い、手に持った槍がなんの頼りにも思えないほどに分厚い脂肪と筋肉に覆われた体は、一体あなたの何倍あるのだろうか。その体を支える四肢、特に長く太い前脚から、あなたは目が離せなかった。

 

 あなたはすでに、全身標本として剥製を目にしてはいる。

 

 しかし、その経験をもってしても戦慄は禁じ得ない。一歩ごとに躍動する筋肉はもちろん、その奥に感じる重厚な骨格の気配は、脆弱なヒトの体との格の違いを無言のまま雄弁に語っていた。

 

 正面からの戦闘で、こんなものに勝てるわけがない。先日抱いた感想は、その鮮度を増し、量を倍にしてあなたの中に湧き上がった。

 

 

 

「ひっ……!」

 

「あ、あんなに、デカいの……?」

 

 それはもちろん、他の子供達も同様だ。各所から次々に怖気付くような声が上がり、あたりに絶望的な空気が満ちていく。

 

 そしてそれは。

 

「ヴゥゥオ゛ォォォオオ!!」

 

 大岩の頂点に登ったブージェがあなた達を睥睨し、威嚇の咆哮を上げた瞬間にピークに達した。

 

 

 

 その中で、あなたは気圧される事なく槍を構えて立ってみせた。

 

 ブージェのオスが規格外の怪物であるとは、あなたはすでに知っていた。ならば当然、遭遇に際しての心構えは事前に固められている。

 

 また、そもそもオスのブージェには近付かなくて良いとわかっている。あれと戦うのは大人達だけ。子供が対するのは小さなメスである。その点も平常心を保つ役に立ち、あなたの手足から震えを取り去っている。

 

 

ランダム分岐/恐怖の演技

諜報技能か社交技能で判定

 

あなたの社交技能 レベル2

情報セキュリティ レベル1

成功率60%

 

1〜4で失敗

5〜10で成功

 

1d10=1

 

 

 ……しかし、それでも影響の全てを抑え込めたわけではない。

 

 大気を震わせる咆哮に、あなたは一瞬自分がすべき事を忘れた。つまり、オスのブージェを今この時初めて見たのだという演技をだ。

 

「あーあ。ふふ。仕方ないから一緒に怒られてあげるね」

 

 などという隣からの声にハッとした時にはもう遅い。

 

 あなたとヤレカを左右から挟み守る引率者ふたりは、あなたの反応から察したようだ。湧き出た恐怖をその場の胆力で押し込める様と、すでに知っている恐怖に前もって対処しておく様は、当然ながら違う。その差異を、優れた戦士であるランバとルワンジが見逃すわけがない。

 

「……ふう」

 

「はっはぁ、やりやがったな? 毎年何人かは居るもんだが、今年はお嬢だったか」

 

 ランバは呆れか失望かはわからないが低く息を吐き、ルワンジはニヤニヤと口元を歪めてからかうように言う。

 

 イシャバの言いつけを破りブージェの詳細を調べたのはどうやらバレた。ルワンジだけならばともかく、ランバにも知られた以上、儀礼の後にイシャバまで話が回る事は確実だろう。

 

 男衆とイシャバからの評価下落はおそらく避けられまい。もちろん、それなりのお説教も。あなたは場違いにもゲンナリとし、自身の迂闊を後悔した。

 

 

 

()ォォォォオオオオッッッ!!!」

 

 あなたが失態を演じている間に事態は進行した。

 

 威嚇を受けたイシャバがさらに数歩前進し、威嚇を返した。恐るべき海獣ブージェにも負けない、いや、ともすれば上回る大音量の叫び。それは二つ名に恥じぬだけの衝撃を伴って岩礁帯を駆け巡った。

 

 その力強さは味方を強力に鼓舞したようだ。

 

 ブージェを視認して怯えていた子供達がイシャバを見る。その大きな背中は怪物を前に微塵も揺らぐ事なく、出発前の宣誓の言葉そのままに、巌のごとくそこにあった。

 

 子供達の顔には未だ恐怖が残り、体からも強張りが抜け切ったわけではない。しかし、広まりつつあった絶望感は確かに吹き飛ばされていた。

 

 

 

「見たな!? アレがブージェだ! アレが俺たちの敵だ! だが安心しろ! アレは俺の獲物だ! お前達が戦う必要はない!」

 

 続く叫びと共に、イシャバは掲げた槍の先端で指し示した。

 

 オスのブージェを囲むようにワラワラと、岩場の向こうから顔を出した小さなメスの群れをだ。

 

「今お前達が立ち向かうのは、あの小物達だ! 親玉に比べれば笑えるほどに小さいだろう! 気合いをこめて槍を撃て! そうすれば、お前達でもアレらは殺せる!」

 

 それは詭弁だ。確かにメスはオスよりも小さいが、海の中では決して雑魚ではないだろう。陸に誘き出しさえすればどうとでもなるとしても、水中からの奇襲は戦闘経験に乏しい子供には脅威であるはずだ。

 

 だが、そうとは感じさせないだけの力がイシャバの声にはあった。誰よりも前に立ち、全身を震わせて呵呵大笑したイシャバは、最後にこう保証した。

 

「お前ら! 今日ばかりは帰った後に好きなだけ肉を食わせてやる! 1匹でも仕留められた奴には山ほどの土産もくれてやろう! ……さぁ、来るぞ! 野郎ども! ガキどもに毛ほどの傷もつけさせるなよ!」

 

 宣言と同時、ブージェは再度咆哮した。

 

 今度は威嚇のためではない。彼らが新たな領地と定めた岩場に近付いた愚か者を、牙と角で粛清すると決定した、宣戦の吠え声だった。

 

 

 

 

 

「さぁて、始まったぞ! お嬢、ヤレカ! 前には出るなよ!」

 

「……俺の近くにいろ。3歩の範囲にいる限りはケガはさせん」

 

 大岩場からメスのブージェが次々に飛び降りた。

 

 飛沫を上げて海に落ちたブージェはヒレで水をかき、瞬く間に周辺全域に広がっていく。中には水中深く消えていき姿を追えなくなった個体も多い。

 

 いや、見えなくなったのは潜ったものだけではない。何十頭という数のブージェが泳ぎ回る海域は水面がかき乱されて白く波立ち、また浅い部分では砂が巻き上げられて濁っていく。元々の透明度の高さなどもはや関係なく、急速にあなた達の目は奪われつつあった。

 

 しかし、大人達には動揺はない。どっしりと構えたまま、海面を睨みながら槍を構えている。

 

 という事はこれはブージェの基礎的な戦術なのだろうとあなたは察し、その知能の高さに舌を巻いた。

 

 

 

「相棒、頼んだぜぇ!」

 

「……おう」

 

 あなたが関心をブージェに向けていた間に、ルワンジは走り出していた。

 

 相棒、ランバに声をかけ、2度の跳躍で今立つ岩礁から飛び出し……何を思ったか、海の上へと落下していく。

 

 あなたは目を見開いた。そのままではただ水中に落ち、機動力に大きく劣る以上助かる術はない。全身を串刺しにされて死ぬだけだ。

 

 

 

 が、その足が水面に触れた瞬間。

 

Yee(弾け)!」

 

 ルワンジは水を蹴って跳んだ。

 

 あなたには理解できる。今発された詠唱は、斥力の呪文の使い方のうち、瞬間的に強大な力を自分を中心として呼び起こすものだ。それによって海面を足場にしたのだろうと、分かりはする。

 

 だが同時に、その非常識な練度に唖然とせざるを得ない。

 

 繊細なコントロール、などという言葉で納得できるようなものではない。わずかにでも魔法が弱ければ海に落ち、逆に想定よりも強ければ大きく跳ねすぎてバランスを崩すだろう。足と水面が触れるタイミングをわずかに逃すだけでも同様だ。

 

 絶技。そんな言葉があなたの中に浮かび、驚愕が全身に浸透していく。同年代の中では魔法の扱いに優れるだけに、あなたにはルワンジの技量のほどが理解できてしまっていた。

 

 ふ、とどこか誇らし気な鼻息がランバから漏れる。

 

「……俺たちの魔法は姐さん(メナ)仕込みだ。あれが出来ない奴は、親方の下で漁なんざ出来ん」

 

 

 

 跳ぶ。跳ぶ。跳ぶ。

 

 ただの一度もしくじる事なく、ルワンジは海面を飛び跳ね続ける。表情にまるで重さはなく、時に槍で海面を掻いて波を立てる余裕さえあるほどだ。

 

 幾度も見せられた事でわずかに冷静になったあなたは気付く。

 

 ルワンジの行動はなんのためか。そんなものは決まっている。挑発だ。お前達の敵はここにいるぞ。良く狙えよと。

 

 

 

Yha(来るぞ)!」「Yee(おうよ)!」

 

 鋭いランバの声に、瞬間的にルワンジは反応した。

 

 滑空、着水、同時にルワンジ目掛けてブージェが襲いかかった。不可視の水底で稼いだ猛烈な速度のまま、鋭利な角を光らせて海面から飛び上がる。

 

 それまでと同じ跳躍であれば串刺しとなっていただろうルワンジは、しかし相棒の警告を受けて高く高く跳んでいた。必殺の角はすかされ、それどころか槍によって弾かれて、灰色の体は空中でほんの一瞬静止させられる。

 

 そして、その時にはすでに。

 

Yee(斥力) Yat(投射)!」

 

 ルワンジがどこでブージェを止めるかなど分かっているとばかりに、槍の投擲は終えられた後だった。

 

 

 

「キュイッ!?」

 

 悲鳴はわずか一瞬。敵を串刺しにするはずだったブージェは逆に射貫かれ、哀れを誘う断末魔を残し、水切りの石めいて海面を転がるように弾き飛ばされた。最期には身動きを完全に止め、水面に漂うのみとなる。

 

 こちらもまた、絶技と言って良い。

 

 同じ威力の魔法ならばあなたも使えはするだろう。だがそれは、撃てるというだけだ。

 

 空中の至近距離に味方と標的が同時に存在している状況で射撃が行えるというだけでも尋常ではなかろうに、撃ったランバも撃たれたルワンジも当然だとばかりに平然としている。相棒の能力と意図を完全に理解していなければ達成できないだろう必中を、ふたりは確信しているに違いない。

 

 

ランダム分岐/戦闘補助

運動技能か戦闘技能で判定

 

あなたの戦闘技能 レベル4

戦闘行動の難易度 レベル0

成功率90%

 

1で失敗

2〜10で成功

 

1d10=3

 

 

「……槍を」

 

 愕然としつつも、あなたは何とか冷静だった。

 

 ランバの呼び掛けに素早く反応し、持っていた槍を手渡す。代わりに新たな槍を筒から抜いて待機する。

 

 あなたに課せられた役割はこれだけだ。投射を終えて無手になったランバに、予備の槍を次々に渡す事。他にやるべき事はない。

 

Yha(警鐘)! Yee(斥力) Yat(投射)!」

 

 2度目の投擲もやはり命中し、あなたはまた槍を渡す。

 

 ふたりの連携には全く危なげというものがなく、あなたの役割はなんの難しさもなかった。このまま同じ事を続けていれば本当に無傷で街に帰る事が叶うだろう。

 

 

 

 聞いてはいたが、本当の意味では知らなかった大人達の強さ。それを目の当たりにしてあなたは驚愕したが、別の感情を得た者も居たらしい。

 

Yha(警鐘)!」

 

 別の岩礁から聞こえた若い声に、あなたはランバの挙動に集中しつつも目を向けた。

 

 聞き慣れた男の子の声だ。マランのものである。

 

 漁師の子で、かつ男。その条件を満たしているマランは今回、あなたと違って戦闘参加を許されていた。

 

Yee(斥力) Yat(投射)!」

 

 石槍を振りかぶり、詠唱する。発現した魔法は目で追えない速度で宙を駆け。

 

「ギャウッ!」

 

 ブージェの体に突き立った。

 

 しかし浅い。どうやら狙いがわずかに甘かったらしく、致命傷になり得ない傷だけを残して貫通し、石槍は海中に消えていった。

 

「かぁ、惜しい! どうした坊主、そんなもんか!?」

 

「クソッ……! 舐めんな! もっかいだ!」

 

「ハハハ、良い返事だ!」

 

 それでももちろんマランはめげない。別の子供、顔を青くしつつもしっかりと立つ女の子から新しい槍を受け取り、次の襲撃を虎視眈々と待ち構える。

 

 

 

 それを見て、あなたの心も段々と落ち着いてきた。

 

 義弟が立派にやっているのである。姉であるあなたがいつまでも浮き足立ってはいられない。呼吸を深くし、狭まりかけていた視野を広く持つ。

 

「そっち槍減ってきたでしょ。代わるね」

 

 と、ヤレカがそう言って、槍の補充役をあなたと交代した。

 

 そのすれ違いざまに、短く囁く。

 

「今のうちに見たいものは見ておくといいよ」

 

 あなたは小さく頷きを返す。

 

 出来た従者である。あなたの目的であるブージェの観察、それが十全に行える環境が整うのを見計らってくれていたのだろう。

 

 戦況は人間優位で安定し、一時的に役割も消えた。今ならば標的の観察には持ってこいと言える。

 

 

 

 現状、あなたにはひとつ気になる事があった。海中から飛び出すブージェの勢いが余りにも強いのだ。

 

 一般に、海獣の泳ぐ速度は魚よりも遅い。時速にして20〜40キロ程度。陸上での人間の全力疾走と同程度である。これでは足りない。海面から多少ジャンプする事は出来ても、人間を突き殺すほどの勢いを得るのは不可能なはずだ。

 

 だが、現実にブージェは明らかにそれ以上の速度と勢いでルワンジを狙い続けている。

 

 その秘密はどこにあるのかと、あなたは懸命に目をこらした。

 

 

ランダム分岐/標的の観察

諜報技能か探索技能で判定

 

あなたの諜報技能 レベル0

戦闘行動の難易度 レベル1

成功率40%

 

1〜6で失敗

7〜10で成功

 

1d10=10

 

 

 そして、ひとつの不自然に気付く。

 

 宙に飛び出したブージェの喉から胸にかけて、異様な膨らみがあるのだ。岩場の上に居た時、そして剥製となった姿には存在しなかったはずのものだ。

 

 それが何かと考えて、あなたはハッとした。

 

 視線をルワンジから外し、海域全体を広く見る。予想が正しいなら必ず見つかるはずだと。

 

 波の間。小さな岩陰。水に反射する光の向こう。隈なく注意を向け続け、そして見つける。

 

 

 

 水面から顔を出した1頭のブージェが大きく鼻を膨らませていた。鼻の穴を限界まで開き、時間をかけて空気を吸い込み、それからようやく水底へと潜っていく。

 

 どこまで潜ったかをあなたは想像し、カウントした。海がブージェに荒らされる前に見た水深から鑑みて、残り、3、2、1……。

 

 そのタイミングから大きく外れる事なく、あなたが追っていたブージェは飛び出した。やはり、胸元を大きく膨らませて。

 

 

 

 声には出さず、あなたは快哉を上げる。

 

 生命の進化、その神秘!

 

 ブージェはどうやら体内に大きな浮き袋を持つらしい。大量に吸い込んだ空気を胸の中に溜め込み、それを維持したまま海の底までを潜り、ヒレの力に浮力を加算する事で猛速度での浮上を可能にしているのだろう。

 

 要はプールに沈めたビート板が勢いよく飛び出す現象と同じものだ。

 

 

 

 理解から納得が生まれ、歓喜に変わっていく。

 

 メスのブージェは見た目は前世の海獣に似るが、やはり全く別の生き物なのだと、あなたは興奮する内心で噛み締めた。

 

 鋭利な武器と、この速度。ブージェが前世の海に居たならば支配層の一角だったのではなかろうか。シャチと戦えばどうなるか。サイズ差から勝利は難しいだろうが、この突撃ならば一矢報いる可能性もあるのではないか。そんな妄想も走り始めて、あなたの胸を熱くした。

 

 

 

「……なんだお嬢、ずいぶん楽しそうだが」

 

「ふふ、満足した?」

 

 ランバの怪訝な声とヤレカの微笑ましげな声があなたを引き戻す。

 

 またもハッとしたあなたは、頭を軽く振ってから誤魔化すように顔を引き締めた。ただでさえ事後に評価低下がほぼ確定しているのだ。これ以上の失態は許容できない。

 

 あなたはランバの隣に立ち、残りの時間は役割に専念する事にした。

 

 戦況はやはりこちらが圧倒的に押している。戦いの終わりまでは、もうまもなくだろう。

 

 

 


 

 

 

 そんな予想は正しかったようだ。

 

 メスのブージェは数を減らし、海域の危険度は徐々に下がっていく。奇襲の回数、その勢いは当初とはもはや段違いだ。相手の抵抗は散発的なものでしかなく、戦勝のムードが子供達の間に広がり、空気が緩む。

 

「行くぞ! てめぇらついてこい!」

 

 そしてそれは、イシャバがついに突撃を開始すると歓声に変わった。

 

 ザンガラを飛び渡り、イシャバの大きな体が大岩場に迫っていく。続くのはベテランの漁師達だ。若手ではなく熟練の、イシャバとは別の家として身を立てた一流揃い。それぞれが副頭領として、普段の漁では多くの部下を率いる最精鋭である。

 

 彼らが身に宿す危険を察したか飛び出してきたメスは。

 

「おせぇ!」

 

 一閃。魔法を使う事すらなく振られた槍の切先で、喉を裂き割られて海に叩き返された。

 

 

 

 あなたは安堵に息を吐いた。

 

 イシャバ達がオスを魔法の射程に捉えるまで、あと岩礁ふたつ程度を渡れば十分だ。それを止めるだけの力は、数を減らしたメスには存在しない。

 

 後は全員の魔法で投擲を繰り返せばそれで終わる。

 

 メスと違い、オスは投擲の2発や3発で死ぬような体躯をしていない。多少の槍ならば分厚い毛皮と脂肪が阻んでしまうだろう。だが、それが10や20も放たれれば話は別だ。

 

 どうやら、此度の儀礼はこれで幕となりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さぁて、こっからが本番だな」

 

 などと、そう思っていたのは子供だけだった。

 

 あなたの近くへ戻ってきたルワンジが、彼に似合わない重い声で言う。表情は硬く締まり、槍を握る手には力がこもっていた。

 

「お嬢、ヤレカ。親方の戦いをよーく見とけよ。周りの警戒は俺らがやる」

 

「……槍もこちらで勝手に取る。集中しておけ」

 

 あなたは困惑した。

 

 これから始まるのは一方的な戦闘のはずだ。巨大な代わりに鈍重だろうオスに対し、反撃の術がない遠距離から投擲を繰り返すだけ。

 

 それは絶対であるはずだ。

 

 何しろ。

 

 ……あなたは大岩場の上に立つオスを見る。メスの死と、減らない敵に怒りを発して吠えるそれは、劣勢ではあろう。だが、彼の持つ威容は未だ何の翳りもなく健在だ。

 

 勝てない。

 

 あなたは再度確信する。不可能だ。無理である。到底できるわけがない。人間が人間である以上、限界というものは厳然として存在する。

 

 

 

 だというのに。

 

「続けぇぇぇっ!!」

 

 イシャバは、岩礁を砕かんばかりに蹴り、飛んだ。

 

 大岩場へと、()()()()を挑むために。

 

 

 

「……魔法では逃げられる。黙って槍を受け続けてくれるほど、奴らもバカじゃない」

 

 何故、という疑問にはランバが答えた。

 

「……ヤツがこの場に留まるのは、勝ち目がある間だけだ。何度か槍を受けて負けを認めれば、海に潜って逃げ帰る」

 

「そんで、恨みを溜め込みながら傷を癒して……今度はもっと狡猾さを増して俺らを殺しに来るわけだ。無駄に頭が良いんだよ、厄介なことに」

 

 それはそうだと、あなたは遅れて理解した。

 

 ブージェは的ではない。槍の10や20を受ければ死ぬのは確かだろうが、その前に逃げるのは考えれば当たり前の事であった。

 

 ランバとルワンジは言う。

 

 オス1頭と多数のメスで構成される若い群れは、ブージェの季になると故郷の小島を離れて岩礁帯に新たな巣を張る。これを今回のように圧倒できる機会は、初めの遭遇、ただ一度きりなのだと。

 

 人間の脅威を知ったオスは、狡猾になる。

 

 岩場の上で待ち構えるなどもうしない。積極的に人間を探し、数が少なく警戒の薄いところへ、必ず奇襲による先制攻撃を仕掛けるようになるという。

 

 厄介なのは、ならばと放置も出来ない点だ。岩礁での繁殖を許せば、育った子は新たな群れを作り、別の住処を必要として旅立ち、やがてルワ・ザンガラへと少しずつ近付いてくる。

 

 

 

 故に、確実に仕留める他ないのだ。

 

 逃げる気を起こさせないため、最後まで相手に勝ちの目を残したまま、人間が圧倒的に不利な格闘戦で。

 

 

 

 ドクンと、心臓が不吉に跳ねるのをあなたは自覚した。

 

 勝利の想像が出来ない。オスのブージェ、その腕は怖気が走るほどに太い。人間の胴と比較してもそう差はないだろう。しかもその先には非常に鋭い、熊のようなかぎ爪がついているとあなたは知っている。

 

 直撃の必要すらない、掠っただけでも致命傷になりかねない特級の凶器だ。それが届く範囲で戦闘を行おうなど、冗談にしても質が悪すぎる。

 

 

 

 領主の館に剥製があった以上、確かに勝利しうる相手ではあるのかも知れない。

 

 だが本当に? 殴り合いでの勝ち目など本当に存在するのか? あるとしてそれはどれほどの綱渡りと幸運の先にあるものなのか?

 

 ざわめく心は、あなたの目をイシャバから離させない。

 

 

 

「ヴゥ、ッウオオオッ!」

 

「ッルァァアァアッッ!!」

 

 2頭の獣が吠え、見守る子らの悲鳴が響く中、真正面から2つの力が激突した。

 





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