一般通過異世界転生者:あなた   作:ID:Am88n712

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一般的な異世界転生 少年期編 9

 

 それは誰がどう見ても絶望的な対峙だった。

 

 イシャバは大男ではある。身長は優に190を越し、全身を鎧を連想させるような分厚い筋肉に覆われた、見るからに一流以上の優れた戦士だ。

 

 だがそれは、人間という生物のくくりの中では、と注釈を付けねばならない。

 

 筋肉量で言うならばブージェのそれはイシャバを軽々と置き去りに、遥か優越している。体高、地面から頭の先ならば3メートル以上。鼻先から尻までは4〜5メートルはある。

 

 大男であるはずのイシャバが、小兵どころか子供にしか見えないサイズ差だ。

 

 

 

 毛皮のあるカバに近いその胴体は、数トンはあるだろう。重量からすれば素早い動作など望むべくもないと考えてしまいがちであり、あなたもまた動きは鈍いはずだと思っていた。

 

 が、現実は空想を易々と裏切る。イシャバを轢き潰さんとするブージェの突進は目を剥くほどに素早い。

 

 あの体躯で何故、と疑問が湧き、そして瞬時に解決する。

 

 オスのブージェが持つ特徴的な前脚。ヒトの腕のように長く、しかしヒトのそれとは比較にもならない太さのそれが岩礁を掴む。五指の先端に生えたかぎ爪は岩場に食い込み、膨張した筋肉が生む力を無慈悲なほど効率的に前進という運動に変換していた。

 

 

 

 誰かの悲鳴が上がったのを、あなたの耳は捉える。

 

 当然だ。力も重量もブージェが遥か格上。その上、突進の速度ですらヒトの上を行きかねない。そんな怪物と接近戦など愚行が過ぎる。

 

 イシャバがどれほど強かろうと関係ない。オスのブージェはヒトが勝てる生物とは到底思えず、激突の後に残るのは無惨な骸のみだと、子供達のほぼ全てに想像させただろう。

 

 

 

Muz(基点)!」

 

 だが、イシャバに臆した様子などなかった。

 

 イシャバは岩場を蹴り、真っ直ぐにブージェへと全力で駆ける。その最中(さなか)、槍の先端がガリガリと音を立てた。あなたの持つ数打ちの石槍とは違う、街の鍛治師が鍛えた鉄の穂先が岩を削り、同時に何らかの魔法が行使される。

 

 その意図をあなたが理解する前に、次の魔法は即座に放たれた。

 

Yha(警鐘) Yee(斥力) Yat(投射)!!」

 

 ルワ・ザンガラの戦士の魔法、その基礎たる投擲の魔法だ。

 

 槍は弾丸と化した。振りかぶり投げ放たれたそれはイシャバの手を離れた瞬間に音の速度を超え、轟音を引き連れて直進する。

 

 

 

 血しぶきが上がった。槍は確かに飛び、命中はした。

 

 だが致命傷には程遠い。オスのブージェの毛皮と脂肪は厚く、ライフルの銃撃めいた一撃であっても、たかが一撃では命には届きようがない。

 

 発射の衝撃で柄は自壊し、残った穂先はブージェの肩口に半ばまで突き刺さった。それが開幕の一投で与えられた成果であり……無論、その程度の痛痒ではこの巨体を止めるどころか、勢いをわずかに減じさせる事すら出来ない。

 

 

 

 獲物の儚い抵抗にブージェが嗤う。

 

 配下のメスを殺せた程度で己という強者に挑んだ無謀、その代価を払わせんと、最強の武器と信頼する腕を振り上げる。外敵のことごとくを葬り去ってきたそれは今回も敵手を容易く殺すと彼は確信していた。

 

 確かにそうなるだろう。ブージェの腕にこめられた暴力は桁が違う。ヒトの体など筋肉も骨もまとめて粉砕し、無様な血袋へと変貌させるに十分過ぎる。

 

 

 

 ただしそれは。

 

Suu(引力)!!」

 

 イシャバに直撃すれば、の話だ。

 

 

 

 大気を割り砕くような咆哮。そこに籠められた魔法の詠唱は、ブージェの行動に瑕疵を生んだ。

 

 使われた魔法はひどく単純なものだ。引き寄せる力を発する引力の魔法。その利便性から生活の各所で用いられるそれは、先んじて唱えられた魔法の基点を設定する呪文により、ブージェに突き刺さる槍の穂先を中心として発生した。

 

 それはブージェの行動を阻害するものではない。敵を叩き潰すための振り下ろし、そのための肩の筋肉の収縮をむしろ加速させるものだ。

 

 結果、ブージェの攻撃はより強烈に、より速く放たれた。

 

 余りの速度に、獲物、イシャバの鼻先を掠めて、無為に岩場を叩くほどに。

 

 

 

「ヴォ……!?」

 

 ブージェの嗤いが困惑に変じた。

 

 魔法の知識を持たない彼には、自身に起きた変調に気付く術がない。何故振り下ろしが想定よりも速く振るわれ、間合いを見誤って地面を叩いたのかが理解できない。

 

Muz(基点)──Suu(引力)!!」

 

 その隙、秒未満の空白をイシャバは捉えた。

 

 力強い踏み込みは、振り下ろされた勢いのまま地面に張り付くブージェの腕を踏んだ。その足裏を通し新たに作られた基点から、再び引力の魔法が発動する。

 

 瞬間的な力を生む先のものとは異なり、持続的な力を生じる詠唱。発音の変化により自在に操られた魔法は、ブージェの掌と岩場とを強力に接着させた。

 

 持続的とは言っても、永続するものではない。ブージェの膂力は尋常ではなく、魔法を引きちぎり拘束を破壊する事は容易いだろう。

 

 たが、それは一瞬で、つまりは隙なく出来る事ではない。残る三肢で踏ん張り、張り付いた腕を引き抜くように力を籠める事で可能となる行動だ。

 

 

 

 そして、それをただ傍観する理由は男達には存在しない。

 

「「「Yha(警鐘)!」」」

 

 イシャバに付き従い、共に大岩場に上がった副頭領達が槍を構える。その声に押されるように、イシャバはブージェの腕を駆け上がった。

 

 自身の体躯の大きさを苦ともせず、咄嗟に繰り出された脚を狙う噛みつきをスルリと避け、猿のように走ったイシャバはそのまま宙まで飛び上がり──そこに、()()()()()()()()()()2本目の槍を掴んだ。

 

 イシャバが初撃の投擲を行った瞬間、部下のひとりが投げ放っていたものだったと気付けた子供が何人居たか。

 

 あなたの脳を理解が巡るよりもずっと速く、次なる一撃は放たれる。

 

「「「Yee(斥力) Yat(投射)!」」」

 

 隊列を組んだ男衆、そして宙で身を翻したイシャバの手から、一斉に槍が飛ぶ。狙いなど決まっている。岩場に固定され、今この時だけはただの的と化したブージェの片前脚だ。

 

 

 

「グ、ヴォォアアァッ!!!?」

 

 肉が弾け、血が撒き散らされる。肘を鋭くえぐった何本もの刃に、ブージェもたまらずに苦痛の悲鳴を上げた。

 

 その痛々しさに、子供の誰かが「やったか!?」と快哉を叫ぶ。

 

 しかし、それで終わるならブージェも怪物とは呼ばれない。

 

 苦しみに身をよじった秒の後、ブージェは全身に力を籠めた。接着された右腕を無理矢理引き抜き、魔法を破壊して自由を取り戻す。

 

 そして、右腕の筋肉を膨張させ……たったそれだけで肘に並ぶ傷からの流血は止まった。

 

 

 

「ヴゥ、フゥ、ウゥ……」

 

「おいおい、最初の勢いはどうしたよ? ガキみてぇにガンばっか飛ばしてねぇで……さっさとかかってこいよ、ノロマ」

 

「ヴゥオオォッ!!」

 

 戦闘はまだ始まったばかりだ。

 

 言葉は分からずともそこに含まれた挑発は理解できるのか、ブージェは怒りをたぎらせて牙を剥き、再度岩場に爪を立て走った。

 

 

 

 

 

 その最初の一合で、子供達の中にあった淀みは吹き飛ばされた。

 

 ヒトの刃は、獣に届き得る。

 

 事実として眼前に示された事で、絶望感は丸ごと裏返り、莫大な希望へと変わっていく。誰もがその目をイシャバ達に向け、瞳の奥に憧憬を宿し始める。

 

 

 

 左の振り下ろしをいなし、歓声が飛ぶ。突進にあえて突っ込んで背中の上を転がるように回避し、喝采が上がる。立ち上がった巨体が包み込むように押し潰そうとして悲鳴が漏れ、斉射が顎に炸裂し押し返した瞬間、驚嘆と賞賛が轟いた。

 

 これが戦士、これが我らの頭領の力なのだと。砦と岩礁の民、その体に流れる血が誇りを叫ぶ。

 

 

 

 そんな様を……あなたはひとり、取り残されるように見ていた。

 

 あなたの抱いた絶望感は、他の子らよりも小さかった。転生による精神の違いか、それとも……掟を破り事前に得てしまった知識のためか。

 

 絶望から希望への振れ幅の小ささは、そのまま生じる感情の縮小に繋がった。他のみなが脳を焼かれ瞳に焼き付けられる現在進行形の英雄譚を、あなたは子供達から取り残されてどこか遠くから眺めている。

 

 

 

 長く続いたように感じる戦闘は、その実数分もなかっただろう。

 

「グゥ、ヴゥゥゥ……ッ!」

 

 ブージェが屈辱に身を震わせる。

 

 その両腕には何本もの刃が突き立っていた。どれもが肉に食い込み血を流させてはいるが、致命傷どころか動きを鈍らせるにも遠い。だが、このまま戦闘を続ければいつか深手を負うと、ブージェは理解したのだろう。

 

 それまでの狂暴さを押し込め、じりじりとイシャバから距離を取る。

 

「ほう? なんだ、随分と弱腰じゃねぇか。それでも金玉ついてんのか? 女房共に愛想つかされちまうぞ」

 

「……グゥゥ」

 

 新たに投げられた挑発にも応じず、ついに身を翻した。

 

 まだ十全に動く腕で岩を掻き、転進する。向かう先は海だ。どうやら水に潜れないらしい敵から泳いで距離を取り、安全な場所への後退を決定する。

 

 刻まれた苦痛と屈辱の返礼は傷が癒えてからゆっくりとすれば良い。群れとは正面からぶつからず、狡猾にひとりずつ海に引きずりこんで、少しずつ数を削る形で。

 

 そんなブージェの怨念の籠った誓いは、当然のように果たされる事はない。

 

 

 

 背を向け走るブージェを睨み、イシャバが片腕を上げ、そして下ろす。

 

Yee(斥力)!!!」

 

 合図とともに、終局の一撃は男衆の口から発された。

 

 

 

 バガン、と硬質の音が岩場に轟いた。

 

 同時につんざくような悲鳴を上げてブージェの巨体が崩れ落ちる。見れば、彼の機動力の源たる前腕、その両方の肘が完全に外れていた。

 

 タネを明かせば単純だ。

 

 戦闘の中、男達は執拗に肘を狙い投擲魔法を打ち込んだ。そのためにブージェの腕には何本もの刃が埋め込まれる事になったのだ。

 

 そう、事前に基点の魔法が付与された刃が、だ。

 

 そこから一斉に、あらん限りの強力さで発生した、いくつもの斥力魔法が何を導くか。……傷口の拡大による大出血と、肘関節の脱臼である。

 

 

 

 手傷ではあるが、深手でも致命傷でもない。

 

 そう思っていたのはブージェと、戦士の戦を知らない子供達だけ。とうの昔に王手はかけ終わっていたのだ。

 

 ブージェの巨大に過ぎる体は、こうなってしまってはむしろ枷だ。壊れた腕ではもはや、逃避どころかわずかな身じろぎすら叶わない。

 

 

 

 そこへ、ゆっくりとイシャバが歩み寄っていく。

 

 付き従う副頭領のひとりが、その手に新たな槍を手渡した。持ち込まれた槍の中でも一際太く長く、穂先も大きな一本。それをイシャバは、どう足掻いても回避など不可能なブージェの眉間に向ける。

 

 詰めだ。跪くように首を垂れダクダクと血を流すブージェの苦しみを絶つ、しかし無慈悲な最期が突き付けられる。

 

 それでも、数多のメスを束ねたオスとしてのプライドか。

 

「ヴ……!!」

 

 最期に、己を殺す者へ、叶わぬと知りながらも殺意を叩き付けようとし。

 

 

 

Yha(手向けだ)!!!!!」

 

 鼻先に叩き付けられた、より分厚い殺意に心折られる音を、あなたは聞いた。

 

Yee(ぶち抜かれて) Yat(おっ死ね)ッッッ!!!!!」

 

 

 

 真実、それは落雷と同義だった。

 

 詠唱は雷鳴そのもので、撃ち放たれたものは雷撃に等しい。ならば生じる被害も相応のもの。

 

 頭蓋を貫き穿った一撃は、その先の地面にすら深々と突き立ち、大岩場に大きな亀裂さえ作っていた。当然、ブージェの命脈など繋がっているわけもない。脳を攪拌されぶち撒けられた巨体は一度跳ねるように大きく震え、そして永遠に動かなくなった。

 

 

 

 

 

 雷が去り、シンと広がった静寂の後。

 

「す、げぇ……」

 

 子供達の誰かがそうこぼした。

 

 それを皮切りに次々に声が上がる。

 

「頭領!」

 

 大岩場に上がる事を許されなかった若手が叫ぶ。

 

「俺たちの頭領!」「ザンガラの戦士!」

 

 讃える声は鳴り止まず、海域一帯にこだました。もはや誰の口から飛び出たものかを知るのも難しく、また知る意味もない。

 

「タンバシャの裔!」「巌の戦士!」「槍の誉れ!」

 

 限りなく同化した意思はやがて、ひとつの合唱にいたる。

 

「雷声!!」

 

 世に強者の条件は数あれど、ルワ・ザンガラにおいて第一の要素は決まっている。夷狄(いてき)を貫き仲間を救う、天をも揺らす咆哮だ。

 

「雷声! 雷声!! 雷声ッ!!!」

 

 誰よりも前に立ち、誰よりも鋭く重い槍を放つ、誰からも真なる戦士と認められた者にのみ、その名は許される。

 

 

 

()ォォォォオオオオッッッ!!!」

 

 岩礁を満たす無数の賞賛を、ただひとりで塗り潰す勝ち鬨が、戦闘の終わりを高々と、雷のごとく告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様を、ガラス越しに見るような心待ちで、あなたはポツリと疑問を口にした。隣に寄り添うヤレカへと、確認のために。

 

 つまり、アレは狙っての事だと思うか、と。

 

「うん、多分ね。すごいよねー。私でもやれって言われたらやれるけど、あんまりやりたくないなって思うもん」

 

 ブージェは腕の脱臼と、頭部の破壊により殺された。他の部位には、傷ひとつない。

 

「ふふ。肉も皮も取り放題だね。あ、内臓もか。薬になるって言ってたし」

 

 資源として、この上なく最適な死。

 

 首と腕からは今も血が流れているあたり、もしかすれば血抜きを兼ねている可能性すらある。ならば肉の味はおそらく最上の状態になるだろう。巨体から取れる無傷の毛皮など、どれほどの有用性を持つか。欠けた内臓は何もなく、なんなら腕の骨も外れただけで砕けているわけではない。

 

 

 

 綱渡りではなかった。幸運など必要ない。

 

 慮外の膂力という脅威に対し、イシャバ達は運否天賦を介在させる余地など作らず、精確無比な技と術理、そしてそれらを十全に振るう勇をもって解体せしめたのだ。

 

 

 

 ふつふつと、あなたの中に感情が沸き起こる。

 

 それは……。

 





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