一般通過異世界転生者:あなた 作:ID:Am88n712
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ルワ・ザンガラの学校は、当然ながら前世の学校とは随分と違う。
まず、主な教室となるのは中庭だ。
学校はあなたの屋敷や中央市場と同様、ドーナツ状に真ん中がくり抜かれたような構造となっている。そうして作られた中庭に背もたれのない石製の椅子が扇状に並ぶ。
雨が少ないルワ・ザンガラではこれで問題なく、もし降ったとしても簡単に天幕が張れるようになっている。実際、生徒たちの椅子の前方に置かれた教員用の椅子の上には常に天幕が日陰を作っていた。
次に、科目が違う。
文字の読み書きや計算、街や国の歴史といった点は同じだが、それと同等に一般的な家事や職業訓練、礼儀作法にも力を入れている。前世の家庭科でも多少はそういったものはあったが、より実践的なものだ。
そして何より、授業時間が違う。
何しろわずか3時間だ。正午を中心として、その前後の約1時間半ずつ。これだけがあなたが学校で教育を受けられる時間となっている。
これはひとえに、生徒達の家の都合だ。あなた達はまだ子供ではあるが、この街においてはすでに労働力の一端を担う存在でもある。朝から夕方までその手を勉学ばかりに費やさせる親はそうそう居ない。
よって学校は、どの家も通常は昼休みにあてる、最も気温が高い真昼の時間帯のみ、その門を開いている。
「んー……だるぅ。もうちょっと授業短くなんないかなぁ」
「同感……」
「半分でいいよなー」
あなたにとっては残念な、つまりはもう少し学びたいと感じる短さであったが、他の子らにとってはそうでもないらしい。
学友のひとりとなったとある少女が、うんざりとした顔で伸びをしながらぼやいていた。
他にも数名が同意するように小さく相槌の声を上げた。いずれも自己紹介の際、商人である親に強制されてやってきたと言っていた子達である。
あなたのように自ら入学を決めた者は少数派だ。さらに言えば、その少数派の中でも時間の延長を望んでいるような人間はあなたひとり。他の教育機関を知らず、役割は求められつつも忙しなさとは余り縁のないこの街の住民にとっては、3時間でも十分長い拘束なようだ。
それも仕方ないかも知れない。
日の出前に起きて男衆を見送り、朝食の支度と片付けを済ませたなら作業場で魚を捌き、数時間の長い昼休憩を学校で過ごし、街を駆け下りて戻った家で保存食作りや掃除洗濯に精を出し、夕食の支度と片付けを終えた頃にはもう夜だ。
これは漁師の娘であるあなたの日々のルーティンだが、他の家の子らもこの時期は似たようなもの。自由時間の少なさは彼ら彼女ら遊びたい盛りにとっては中々つらいものがあるのだろう。学校に通っていない知人友人は真昼の街を走り回っているのだからなおさらだ。
とはいえ、今日ばかりは幾分かは自由が多い。
ルワ・ザンガラにも休日はある。毎日毎日仕事ばかりでは参ってしまうものである。特に漁師などは疲労を原因として事故が起きれば命にも関わるのだからその辺りの管理はキッチリとされていた。
そして、漁師が休むならと市場や工房なども大半が閉ざされる。開いているのは賭場などの娯楽施設や、よほど働きたがりの者の店など。
あとはこの学校ぐらいのものである。学校の授業料は30日で銀貨8枚。取り立てて高いわけではない(むしろ学べる内容からすると破格の安さ)が、折角払ったのに休日だからと通わないのはもったいないということで今日もほぼ全員が登校していた。
そんなわけで、登校こそしているが本日は休日であり、授業が終わっても今日ばかりは生徒達にも遊ぶ時間があった。
「ねぇ、
その自由を逃すまいと、あなたと仲良くなった少女が言う。職人の娘である彼女は普段街の上層で暮らし、岩礁で遊ぶ事はあっても、あなたのように素潜り漁に従事してはいない。そんな彼女にとって海の中から貝を拾い上げてくるのは刺激的な新しい遊びとなったようで、休日の度にあなたの手ほどきを受けている。
少女はすっかりやる気だ。中庭の青空教室から全員で移動した先、便宜的にあなたが被服室と呼んでいる一室で制服のワンピースを豪快に脱ぎ捨てながら、あなたの背中にドンとぶつかってくる。
「あ、それ俺も行きたい」
「僕もいい? こないだ父さんに
それに男子も加わってくる。腰紐を解いてチュニックとズボンを放り出し、けれど授業で習った通りに畳みながらだ。
1、2週間程度では衣服に慣れはしないらしく、誰も彼も授業が終わった途端に被服室に駆け込んでいつもの腰巻胸帯スタイルに戻る、というのがこの学校のお決まりであった。男子も女子も関係なし。服の下には普段の装いがあるのだから、脱衣に恥じらいを伴うわけもない。
例外は、前世の常識を未だ残してしまっているあなただけだ。子供とはいえ見られながらの着替えは正直言って羞恥に身を縮めざるを得ない。
特に、未だ男か女か性自認が微妙に定まりきらないあなたにとって、周囲は全員異性のような感覚がある。見るのも見られるのも、まず気まずさが先立ってしまって仕方ない。
悪いことに、こういった面ではヤレカは無頓着も良い所なため、味方は誰ひとり居なかった。
話を戻して、つまりは学友からの遊びのお誘いである。
あなたも嬉しいところだ。同じ師に学ぶ友人達と海に潜って過ごす時間はそれなり以上に楽しく、普段ならば二つ返事で同行しているだろう。
が、残念ながら今日は首を縦に振れない理由がある。
| 選択肢分岐 |
マイアを訪ねる |
「えー! そんなぁ……昨日から楽しみにしてたのにぃー!」
「ごめんねー。領主さんのとこに用事あるんだ」
申し訳なく思いつつもあなたが断り、ヤレカが理由を説明する。こればかりは仕方がない。先約が優先なのはいつ、どこの世でも同じなのだ。
「次はこっちに付き合ってよねー!」
あなたを誘った少女も多少はぶー垂れながらも、そう粘る事なく納得し、あなたに手を振りながら街を駆け下りていった。友人達を引き連れながらだ。
素潜りは諦めたが、ザンガラで遊びはするらしい。ケガに気をつけてと送り出し、あなたは学校からさらに上層、領主の砦を目指した。
さて、そうして訪ねた領主の砦にて。
「お父様、貴族らしくなかったでしょう?」
マイアはそんな同意しにくい言葉から話を切り出した。
今回、砦を訪問したあなたとヤレカを出迎えたのはマイアの父、ジェウェス城爵その人であった。のだが、あなたは初見でその人物をそうと見抜けなかった。
理由はひどく簡単で、ルワ・ザンガラのそこらに居そうな中年男性そのものだったためである。
日に焼けた褐色の肌に、しっかり鍛えられた筋肉質の体に腰巻一枚のいでたち。髪色こそマイアと同じく栗色だったものの、それ以外は特別感は微塵もなく、貴族感もカケラ未満。街の市場を歩いていたとして、事前に顔を知っていなければ気付ける者はいないだろうとあなたに確信させるほど。
なんなら槍さえ持っていた。完膚なきまでの蛮族スタイルである。
「うん。全然見えなかった」
あなたがどう答えようか迷っているうちにヤレカがそうハッキリ答え。
「ですよね? ルワ・ザンガラではこれが正装だからと言って、邸内でもずっとああなんです。せめて槍は置くようにお願いしているのに……」
額を抑えて頭を振り振り、マイアが返す。
それから、窓へと顔を向けて苦笑する。
「……それだけ、お父様もこの街を愛していらっしゃるという事は分かっているのですが。家の者が止めなければ領都からのお客様の前にもあの格好で出ようとするもので……全く、困った父なのです」
その視線につられるように、あなたも窓を向いた。
今日通されたのは中庭ではなく、応接室の方だった。石造りの白い部屋なのはこの街の標準だが、調度品が幾らか並び、壁にも紋様が描かれ彫刻で装飾されている。
設置された椅子とテーブルはルワ・ザンガラではそうそう見かけない木製のもので、品を感じさせる精緻な意匠と、背を預けた時の安定感がある重厚さを兼ね備えていた。
そして、その椅子とテーブルは、大きな窓に隣接して置かれている。
開口部を塞がないルワ・ザンガラ様式はここでも健在だ。縦は腰の高さから始まり天井間際まで、横は数本の柱を挟みつつも壁一面をほぼ全て使って。そんな風に作られた大窓は、街と海、そして岩礁を一望できるようになっている。
よそから訪ねてきた誰かにルワ・ザンガラを紹介するには全く合理的な作りと言える。
が、きっとこの窓の理由は合理性だけではないのだろう。少なくとも、今代の領主とその娘にとっては。まだ短い付き合いでしかないあなたから見ても、マイアが街を見下ろす視線にはそうと分かるだけの愛着を感じられた。
と、そんな事を考えていたところへ、使用人のディアが飲み物を運んできた。
どうやら今日はホットのようだ。音もなくあなたの前に置かれたカップに、白い湯気を立てる湯が注がれる。
すると、先んじてカップに入れられていた黄色い塊がホロリと溶けて崩れた。崩れやすい部分とそうでない部分を細工によって分けていたのか、塊は蕾が花に変わるように開いていく。
見た目にも楽しいそれは、やがて全てが溶け消えて甘やかな香りを放ち始める。ひと口飲んでみればトロリと舌や喉に絡み、なんとも甘い。
「わ、おいし。トロトロだー……。はちみつ湯?」
「ええ。今日の授業は音読が中心と聞いていましたから」
それは、学校で繰り返した発声のために疲れた喉にひどく優しく沁み渡る。
| ランダム分岐/技能成長 |
| 教養技能(少し) 1から順に 微妙に、微妙に、少し、少し、少し、普通に、普通に成長する
1d7=5
少し成長する |
| ランダム分岐/貴族の作法 |
教養技能で判定
あなたの教養技能 レベル5 庶民作法との乖離 レベル4 成功率60%
1〜4で失敗 5〜10で成功
1d10=6 |
そんな気遣いに、あなたはしっかりと礼を伝えた。
……ディアに、ではなく。マイアのみに対してである。
「ふふっ。ええ、どういたしまして」
そんなあなたにマイアはクスリと、上品に目を細めて笑った。理由の理解できるあなたは思わず頬を赤くする。
先日、同じく砦を訪ねた際、あなたは供された飲み物に対し、マイアではなくディアに礼を伝えた。飲み物を淹れ、運んできたのはディアなのだからあなたとしては当然の行いであった。
……が、これはなんと礼を失した行為にあたる。
使用人とは、すなわち主人の手足だ。つまりディアが飲み物を供したのなら、それはマイアが自分の手を動かして飲み物を供した、という扱いになるのだ。貴族の世界ではそういうものなのである。
よって、礼を伝える相手は使用人たるディアではなく、その主人たるマイアでなければならない。
お前は使用人を従えられるような器ではない。または、使用人の域を超えてでしゃばりすぎている。時と場合によってはそんな意図の下で用いられる事もあるような行いであった。
前回ディアがあなたの礼を受け取って腰を曲げたのも、マイアがそれを咎めなかったのも、目こぼししてくれたに過ぎない。要は、あなたに恥をかかせないようにしてくれたわけだ。
「学校は、お役に立っているようですね?」
友人同士のからかいを乗せて、マイアが微笑む。学びを経て自覚を得た今のあなたは、彼女にとって多少つついても良い者になったらしい。
領主の娘と友人なら必要になるだろうから。教師のカスタルドがそう言って教えてくれた作法は確かに役立った。
友人に無自覚な非礼を働かなくても良くなったという良い面でも、あなたの赤面をより深くしたという悪い面でも。
あなたとヤレカ、そしてマイアはそれから少しの間、歓談にふけった。
内容は様々だ。学校の授業の感想であったり、最近の海の様子であったりという城爵家の業務に関わるところから、最近あった少し嬉しい出来事のような他愛のない雑談まで。
「まあ、それでは寝苦しかったのでは?」
「そんなこともないよ。ガウィルは寝相も寝つきも良いから」
例えば、年の離れた幼い弟が「ねぇねと寝る!」と騒いで部屋に乗り込んできて、抱きついてくるやいなやスピスピ眠り始めたその可愛らしさなど。
なお、あなたの希望が通り今や同室となったヤレカはガウィルに対抗するように逆側にべったりくっついていた。ヤレカは寝苦しさはなかったなどと言っているが、サンドイッチの具にされたあなたは翌朝少し寝不足になる程度には不自由な睡眠となったものである。
「えー? 私邪魔だった? そっかー。じゃあ次からは離れて寝よっか」
そう指摘するとほがらかな笑顔で言うものだから、あなたはそうは言ってないと否定せざるを得ず、ヤレカの顔をニマーッとさせてしまったが。
「ふふ。家族が多いというのは良いものなのですね。少し羨ましいです。私にも兄弟姉妹がいたらと、つい考えてしまいますね」
あなたとヤレカのやり取りにマイアが微笑む。
浮かんでいるのは純粋に言葉通り、あなた達を羨む表情だ。演技には見えない。広い砦で暮らす一人娘。残るは親と使用人のみというのは、きっとあなたの屋敷にはない静けさや寂しさもあるに違いない。
また、父親たる領主の話は聞くが、その妻の話題は人の口から聞いたことがなく、砦に出入りしていても気配を感じない。
わざわざ尋ねるような不躾はしなかったが、あなたにもここに住まう家族は父と娘のふたりきりなのだろうとは推察できていた。
| ランダム分岐/技能成長 |
| 社交技能 1から順に 微妙に、少し、少し、普通に、普通に、普通に、 中々、中々、かなり成長する
1d9=7
中々成長する |
| ランダム分岐/話題の転換 |
社交技能で判定
あなたの社交技能 レベル8 話題の転換難易度 レベル3 成功率100% |
これは話題選びに失敗したか。
そう判断したあなたは、不自然のないように話をほんの少しズラした。
兄弟や姉妹はいないようだが、なら甥や姪、あるいは従姉妹などはいないのかと。貴族ならばそういった血縁の付き合いの重要度は高そうなものである。そういった中に親しい者だって居るのではないだろうか。
「あら、私に従兄自慢をさせたいのですか? 長くなってしまいますよ?」
そして、これは上手く正解を引き当てたようだ。
マイアは話題転換に乗って冗談めいた口調で返し、口の端をご機嫌に上げてあなたを見る。いかにも語りたそうな様相だ。あるいはあなたの気遣いに気付いて大袈裟に乗ったのかも知れないが、どちらにせよここは口を開かせるのが得策そうである。
そうして始まった従兄自慢は確かに長かった。
が、騎士としての武勇に優れるという従兄殿の話はあなたにも中々興味深いものであった。その上マイアの語りも上手く、長さの割にあなたを飽きさせない。そして、長くはあったが長すぎるとは感じさせずに程良いところでピタリと収めるバランス感覚も大したもの。
実に貴族らしい話術の巧みさと言えた。
「ああ、そうそう、武勇といえば……」
そしてもうひとつ。
「折角文字を覚えたのでしょう? いかがですか、史料展示室で歴史探訪など」
相手の弱い部分をガッチリと掴む能力もだ。
| あなたの性格変動 |
知識欲+2 好奇心+1 |
以前、ブージェの剥製を閲覧するために踏み入った史料展示室。そこに陳列されていた史料の数々にあなたが目を奪われていたのを、マイアは当然見逃していなかったのだろう。
これにはあなたの心も跳ねた。
初対面の時から続いている妙な懐柔策の一環なのか、それとも単に友人としての好意から来るのか。マイアの真意はわからないものの、どちらにせよ答えは決まっている。
「ええ、ではこちらに。ディア、お願い」
二つ返事で頷くあなたを見てマイアはニコリと笑い、使用人へと指示を出す。そうして、いつもの静かな佇まいでディアはあなた達を隣室へと先導した。
「この街の歴史は、どこまでご存知ですか?」
閉め切られ窓もない史料展示室に、ディアが順繰りに魔法の明かりを灯していく。その後ろに固まってついていきながら、マイアはあなたに問いかけた。
それに対し、あなたは答える。
半島で突如起こった魔物の氾濫。脅かされる村々の嘆き。どこからか現れた旅の僧侶タンバシャによるザンガラの発見と、7日7晩の祈りによる神の降臨。
そして、それでも魔物を防ぎきるには足らず、立ち上がった人々によって築かれた砦こそが、ルワ・ザンガラの興り。崖に張り付くように建てられ、海の果てを睨み続けるこの街の起源だ。
「なるほど、ではその先から見ていきましょうか。細かい部分は後から埋めれば良いとして……大きな動き、王国歴138年に始まり、20年続いた武王親征を」
あなたが以前聞いた話、おおまかに知るルワ・ザンガラの始まりに間違いはなかったようだ。
マイアは訂正を入れる事なく、当時の人々の暮らしや、少しずつ防壁を増やしていった記録などの小さな史料は軽く触れるだけに留め、大きくスペースを取られた展示の前に足を進める。
それは、一言で言うとジオラマであった。
「当時、大陸西部中央……この街から見て北東の遠方にあったとある国が、太古の遺跡から発掘された魔法と、新たに開発された武器を用いて戦争を開始しました」
聖者タンバシャの名がつけられた半島の先端、ルワ・ザンガラを中心にした模型である。王国歴157年、ザンガラの発見から数えて60年以上が経過したそこは、すでに要塞化は完了していたようだ。街の様相はあなたが記憶する限りの今とほぼ変わりない。
「国の名はロット小王国。かつて別の大国から地理的要因によって切り離されつつも属国として支配下に置かれ抑圧と搾取を受け続けていた彼らは、しかし大きな野心を隠し育て、叛旗を翻したのです」
そんな模型の中で、人々は戦っていた。
海の向こうからやってくる黒い異形の生き物と。
そして、陸の先から侵攻する人間の軍勢と。
「ロットの王エルヴァーは自らを武王と名乗って親征を繰り返し、周辺諸国を次々に飲み込み勢力を拡大すると、ついに自分達を踏みつけていた大国の首を落とす事に成功します。しかし、彼はそこで止まる事を良しとしません」
マイアの語りに合わせるように、ディアが魔法の灯を掲げる。
照らし出されたのは軍勢の中心となった大きな戦車だ。鎧を纏った軍馬4頭に引かれるそれに堂々と立つのは、重厚かつ絢爛な武装に身を包んだ偉丈夫である。
ロット王エルヴァー。大陸史に燦然と名を残す偉大なる覇王だ。
「武王の野心は自身の親たる大国を飲み干しただけでは収まりませんでした。地の果てまでことごとくを我らの手に。そう宣言すると、先の戦に倍する速度で国境を塗り替え始めたのです。その槍の切先は、ここ、真実地の果てたるルワ・ザンガラにも届きました」
灯はまた別の、全体図に隣接して設置された模型を照らす。
そちらでは戦場がより詳細に描写されていた。砦、ルワ・ザンガラから雨あられと降り注ぐ槍と、岩の盾を構え槍を防ぐ重装兵の戦列が目に入る。
「エルヴァーの侵攻は激しいものでした。大陸西部を丸ごと飲み込んだ彼の元には数え切れないほどの人々が集い、軍は圧倒的な規模に膨れ上がっていましたから。ルワの民は精強なれど数に乏しく、砦の陥落は時間の問題だったでしょう」
あなたは展示に併記された文章を見る。
学校教育のおかげで解読がかなうようになったそこには、戦闘の詳細な推移が記されていた。
当初、ロットの尖兵に対しては砦の守りと槍の投射によって勝利を重ねたルワ・ザンガラだが、その勢いは本隊が到着するまで。王国の誇った当時の最新魔法……敵の足を縛り、即席の盾を生み、攻撃の必中を約束する、引力の呪文を自在に操る精兵相手には優位は失われる。
当時からすでにルワ・ザンガラの主力であった斥力の魔法によって引力を相殺する事は出来たものの、そうしたところで魔法同士の戦いを対等に持ち込むのが精一杯。
ならば後は兵器の質と兵士の数が物を言い……それらはどうあがいても、今や超大国と化したロットを相手に勝ち目はなかった。
「最早砦の陥落は目前。ルワ・ザンガラの敗北は決まったようなもので、後は何日耐えられるか。どうしようもない負け戦と言えるでしょう。──ですが」
マイアはそこで言葉を区切り、あなたへ振り向いた。
予想される陰鬱な展開を、しかしそうはならなかったと示すように楽しげに目を細めて問う。
「ルワの民は諦めませんでした。聖者タンバシャから引き継いだ槍の誉れを、侵略者の足に踏み躙られるままにはさせじと抵抗を続け、そして一計を案じます。さて、それはどのようなものだったと思いますか?」
あなたは思案する。
こういった場合に取られる手段と言われてまず思い浮かぶのは。
「はーい。エルヴァーの暗殺」
そのあたりだろう。ヤレカがほわんと手を上げてあなたの意見を代弁した。
流石に戦場で暗殺は(ヤレカがその場にいればともかく)不可能事であろうから置くとして、一旦突破の突撃による指導者の殺害は、成功したならば一撃で戦況を覆すに違いない。話を聞くにエルヴァーの野心をカリスマに変えて率いられていそうなロット軍相手ならば特に。
あなたはヤレカの言葉にそう補足し、回答として述べた。
「ええ、まさに。当時ルワ・ザンガラを束ねていた方々もそう考え、実行に移しました。ただし……そこに、相手の想定外をひとつ加えて」
ディアの灯は、また次の模型を照らす。
そこにあったのは、混乱に支配される戦場だ。ロット軍は陣形をメチャクチャに掻き乱され、組織的な抵抗が困難になるほどに引きちぎられている。
守りを放棄した砦を抜けて大地に溢れ出した、無数の魔物によって。
「ルワが築かれ始めてから60年以上。それだけの期間を戦い、ルワの戦士は背にした人々を守り抜きました。わずかな魔物も取りこぼさずに狩り殺し、半島と、その先に平穏をもたらしていたのです」
なるほどと、あなたは納得する。
60年は長い。それだけの期間、遮断が行われていたのならば忘れもする。かつてそこに溢れ生を脅かしたものの存在は、きっともう伝わっていなかったのだ。
あなたの指摘に、マイアは我が意を得たりと頷いた。
「ロットの軍は知らなかったのです。この地に攻めくる魔物の存在も、その数も。彼らは人間を殺す武具と技は持っていても、魔物を相手取るに有効な手段を手にしていませんでした。頼みの綱である引力の魔法は魔物には効力を発揮せず、城壁を砕く兵器は素早い魔物には当たらず、岩の盾をすり抜けて爪を突き立てる相手には防御も叶いません」
そうして生じた大混乱につけ込み、決死の一隊が戦場を駆け抜ける。
投げ放たれた槍のごとく、わずかに残っていた守りを雷のように切り裂いて、ついに覇王の喉元に槍を届かせた。
「……残念ながら、そこで何が行われたかは正式な記録には残されておりません」
なので、これは戯曲として残る物語と、そう承知の上で聞いて欲しいとマイアは言った。
「ルワの戦士長がエルヴァーの戦車に辿り着いたその時、全く同時にエルヴァーに襲い掛かったものがありました。ザンガラから解き放たれた魔物です。それは血に飢えた狂乱のまま戦場を駆け回り、エルヴァーにまで牙を突き立てんとしたのです」
その様を示すのは、模型ではなく絵画だった。
壁にかけられたそれは油絵のようで、チリひとつ見当たらない完璧な手入れが施されてそこにある。
「王を射殺すには絶好の好機。戦士長は槍を振りかぶり、必殺の魔法を唱え、そして投げ放ちました」
その絵画の中で、槍により地に縫い止められているのは。
「エルヴァーに襲い掛かる、魔物へと」
侵略の覇王ではなかった。
戦士長はそして、王に語り聞かせた。
我ら砦の民こそは、遥か海の果てを睨み、魔に対する巌の護りとしてこの地に在る不屈の戦士である。大陸の平穏を背負い、戦場に身を晒す槍の誉れを我らから奪うなかれ。
「王は戦士長の言葉を聞き、その覚悟を容れ、軍を引いたといいます」
が。
と、そこでマイアはフンと鼻を鳴らした。
「これは先ほども言いましたが戯曲として伝わる話です。本当のところはどうだったのだか。案外、戦士長の槍で深手を負って、
「お嬢様。はしたのうございます」
「あら、失礼しました。つい。忘れてくださいね?」
珍しく声を発したディアの諌めに、チラリと舌を出してマイアが笑う。
どうやら反省しているかは怪しい。お淑やかなお嬢様然とした彼女だが、やはりルワ・ザンガラの人間らしい。マイアもまた、その根っこには敵に対する苛烈さが宿っているようだ。
こうして窮地を脱したルワ・ザンガラだが、残念ながら完全に王国の手から逃れられたわけではない。
武力により踏み潰される事こそ免れたものの、周辺一帯はすでに王国の支配下に収まっているのだ。小さな砦ひとつだけがいつまでも独立を保っていられるわけもない。
それでも、武王と名乗ってはばからず名を否定する者もついぞ現れなかったエルヴァーの侵攻を跳ね除けた名誉は大きく、ルワ・ザンガラが王国に組み込まれた後も、戦士長の一族は貴族として叙され、自治を許された。
それが、ジェウェス城爵家の興りなのだという。
「とはいえ、今や戦士の長と言えば漁師の頭領。今代ではイシャバ様です。私どもは統治の雑務に追われて槍の鍛錬はおろそかになるばかりで……情けない事に、私などは臨戦の儀でもメスの1頭しか仕留められませんでした」
「へー。貴族の子でもあれって参加するんだ」
「当然です」
「当然ではありません。みなお止めしました。それこそイシャバ様も、せめて槍持ちだけに留めるようにと」
「でも私は
意外な経歴にヤレカが疑問を発し、自信満々に答えたマイアにディアが苦言を呈する。胸を張って跳ね除けられた諫言に、ディアは半ば諦めたように額を抑えてため息を吐いていた。
といったあたりで、あなたの自由時間は尽きた。
まだ日は暮れてはいないが、街の最上層から海沿いの屋敷に戻るにはそろそろ砦を離れておくべきだろう。まだまだ並ぶ史料の数々には後ろ髪を引かれる思いだが、今日のところは帰らねばならない。
また新しく知った街の歴史。どこまでも戦場の血にまみれ、しかし同時に誇りと共にあるそれを心のうちで咀嚼しながら、あなたは家族の待つ家へと向かう。
豊漁の季節を迎えている今、屋敷の夕餉は豪勢なものになりがちだ。
ただでさえ腹と舌に嬉しい海鮮の数々は、弾む気分とあいまって、今日はより一段とあなたを楽しませてくれそうである。
| 少年期編 育成結果 |
| 性格/混沌・中庸 良くも悪くもルールに縛られる事を嫌う |
| 所持金/2 |
| 面倒見+1 知識欲+3 戦闘意欲+1 好奇心+2 勤勉さ+2 |
| 運動技能レベル3 教養技能レベル5 社交技能レベル8 戦闘技能レベル4 魔法技能レベル5 鑑定技能レベル5 家事技能レベル1 加工技能レベル1 |
| 以上の結果より少年期最終イベントを生成中…… |