一般通過異世界転生者:あなた 作:ID:Am88n712
一般的な異世界転生 青年期編 5
あなたの屋敷の厨房はそれなりに広い。一見してとても一般家庭のそれとは思えない程度には。
そして、その分だけ掃除には手間がかかる。
何しろ広さに加えて、毎日朝晩、最大では24人分の食事を作っていたのだ。住み込みでイシャバに仕事を教わっていた若手が独り立ちして何人か抜け、以前よりは人数が減ったとはいえ、そんな稼働を何年も続けていては溜まるものも溜まる。
日常的な清掃だけでは汚れは到底落としきれず、かといって毎日使わねばならない場所だけに簡単に大掃除だなどとも言い出せない。よって、屋敷の女衆は厨房の隅やカマドの奥からは目を逸らす日々であった。
のだが。そんな事情に風穴をあける変化が今年は起こっていた。
「じゃあ祭りの間はみんな外で食べておいで。小遣いはカウラに渡してあるから受け取っていくんだよ。落っことしても代わりはやらないから気をつけな。いいね?」
広間に集まった子供達、屋敷で引き取って面倒を見ている孤児達を前に、あなたの母メナはそう言い聞かせた。その隣では屋敷の女衆年長のカウラが硬貨の入った袋を子供達の人数分並べ、ひとりずつ手渡していっている。
今日は祭りの続くニニルの季、伝統に割り込んで新設された料理祭当日であった。
街の様々な広場や大きめの道、そういったちょっとしたスペースを取り合って露店が並び色々な家庭の料理を味わえるこの祭りを、メナはただ楽しむ以外の利用法を思いついたらしい。
つまり、料理祭が行われる3日間は屋敷の厨房を完全に止め、大掃除をしてしまおうとだ。
なるほどなぁ、とあなたは感心したものである。確かに良い考えだろう。
祭りに並ぶ露店は大半が素人のもので、自分の家の味を他人に紹介(あるいは自慢)しようという方向の動機で参加する者が多いという。また、料理の腕をアピールする事は女としての価値を示す事にも繋がり、いわゆる婚活として利用する家も少なくない。
そのため積極的に儲けを出そうとする者は少なく、むしろ客を呼び込もうと値を下げる傾向にある。
それならば屋敷の住人全員に外で食事をさせても懐はほとんど痛まない。また、どこで食べるかの選択肢も多く、人数をバラけさせる事も出来る。20人以上の大所帯で市場に押しかけ一角を占領する必要もないわけだ。
「ちゃんと陽が沈むまでには帰ってくるんだよ!」
はーい、と良い返事を口々に叫んで子供達は散っていく。仲の良いグループ3つほどに別れ、それぞれの友人などから聞き出した露店を出す家の情報を交換しながらだ。
その日食べる飯を自分で決めるというのはルワ・ザンガラのほとんどの子供達にとっては新鮮な試みで、今日を心待ちにしていた者も多い。これではメナの注意も頭に入っているか怪しいものだと、あなたは微笑ましさに頬を緩めた。
そうして、あなた自身も弟妹達に続こうとして。
「──さて、あんたはこっちだよ」
ガシリと。有無を言わせない力のこもった手に肩を掴まれる。
「あ、やっぱり」
「そりゃそうさ。ヤレカ、あんたは好きにしな。居残りはこの子だけだからね」
「はーい。ふふ、頑張ってね」
だと思ってたとヤレカは言い、小遣いを手にクスクス笑う。厨房へとズルズル引きずられていくあなたを見守る目はおかしそうに細められていた。
……助けを求めればどうにかしてはくれるだろうが、流石にそれは格好悪すぎるだろうか。
母に手を引かれて広間と厨房の境を越えながらあなたが思ったのは、そんなことだった。
ルワ・ザンガラにおいて女の価値を決めるのは、第一に家事能力だ。
美味い飯を作り、家の中を綺麗に整えておく事。これが出来なければ嫁候補としては落第も良いところ。他の要素、例えば顔の良さや体付きがどれほど男好きのするものだろうと嫁の貰い手がない。
そしてまさに、あなたにはそれが欠けていた。正確には、魔法を用いない家事がてんでダメなのである。
魔法を行使する際に消費されるものは、胎の中に宿る「いずれ何かになるかも知れない可能性」だ。簡単に言えば卵子や精子である。必然的に、魔法を良く使う者は妊娠の可能性が下がってしまう。
嫁というものには当然子を産む役割も課せられるため、魔法を使わずに日常を過ごす能力がどうしても求められる。
なので、メナはどうしてもあなたに家事を仕込もうとしているのだが……。
| ランダム分岐/料理の作成 |
家事技能で判定
あなたの家事技能 レベル1 レシピの作成難度 レベル3 成功率30%
1〜7で失敗 8〜10で成功
1d10=6 |
ヨシ、と小さく呟いてあなたはボウルから手を離した。
中には白に近い灰色の生地がある。街の外に広がる畑で取れた穀物、イオを挽いた粉を水で練ったものだ。あなたの屋敷で主食として出される薄焼きパンの原料である。
発酵はさせないタイプのパンであるため、練り終えたなら後は焼くだけだ。これは中々良く出来たのではないかとあなたは監督官であるメナを見やる。
しかし。
「どこ見てヨシって言ったんだか……。ほら、ここ見てみな」
メナが横から手を伸ばし、生地をふたつにちぎって見せる。
するとそこには、しっかり練りきれずに粉っぽい部分が残っていた。このまま焼いてしまえば食感はひどいものになるだろう。
気まずさに、思わずあなたは目を逸らした。
だがその視線の先にも逃げ場はない。
「それから魚も茹ですぎ。味が抜けるし硬くなるよ。まぁ、そっちはどうせすり潰して味を足すから大した問題でもないけどね」
生地を練りながら茹でていた魚が、残念な状態となってそこに鎮座していた。
料理という苦手な作業であるためか、あなたは厨房にいる間マルチタスクがてんで行えなくなる。おかげで生地にばかり気を取られ、魚に火を通しすぎてしまったのだった。
これであなたはすでに素材をふたつダメにした事になる。生地の方はメナがついていたために追加で練り直してリカバリーが叶ったが、ひとりでやっていたならばこの時点で失敗作が出来上がるのは決定的だっただろう。
その上。
「──よーし、手ぇ止めな。なんでそれ入れようと思ったか聞かせてくれるかい?」
最後の最後。パンに乗せて食べる魚のペースト作りの工程で、何故かあなたが酢に手を伸ばした瞬間にメナは額に青筋を立てて制止した。
魚のペーストはルワ・ザンガラの定番料理だ。茹でた魚をすり潰し、塩と油で調味して出来上がる品で、単純なレシピは大昔から決まりきっている。そして、そこに酢の出番は一切ない。
あなたが酢に手を伸ばした理由は簡単だ。酢には食材を柔らかくする効果があるとどこかで聞いた覚えがあったためである。茹ですぎてボソボソになった魚の身をほぐそうと、つまり失敗を取り返そうとひと工夫を考えてみたわけだ。
……これはあなたの明確な悪癖だった。
レシピにないはずの事をその場の思いつきで実行してしまう、というものである。良かれと思ってだ。正直に言えばレシピにただ従うだけではつまらないと感じているのも本音だが、そこに悪意はない。
あなた自身は本気で美味しい食事を作ろうとしているに過ぎないのだ。それが成功裡に終わる事があんまりないというだけで。
ただしもちろん、講師のメナにそんな弁明が通じるわけもなく、バチンと炸裂したデコピンがあなたの額に痛みを生むのだった。
酢の投入は避けられたものの、女衆が作る普段の食事よりも味の劣る朝食を済ませ、次は掃除だ。
今日から3日間を休ませる事が決まっている厨房の大掃除である。こちらもまた、あなたには魔法を禁止しての参加が命じられる。
これもまた、あなたには辛い時間となった。
カマドにこびりついた焦げを剥がし、床に染みついた油汚れを落とし、石鍋を丹念に洗ってにおいを取り除く。どれもこれも手間と時間ばかりがかかり、成果はちまちまとしか積み上がらない。
生来の、そしで元日本人としての勤勉さで懸命に取り組みはするものの、急速にストレスが膨らんでいくのは誤魔化しようがない。
単純に作業が面倒だというのもあるが、最も大きい要素は魔法さえ解禁されれば遥かに時間を短縮できるという自信と事実だ。
あなたの家事の腕は同年代どころか年少の妹と比べても劣るが、魔法の腕前ならばそこらの大人顔負けの実力である。少なくとも、あなたが知る中で格上の魔法の使い手はメナだけだ。それも、そう大きな差はない。
並の者ならば設備や食器を破損させる恐れから使えない魔法……効力が繊細に微調整された剥離の呪文で汚れだけを浮かせてしまうという手段を選ぶ事も出来る。
料理にしてもそうだ。
加熱時間を事前に設定した熱の呪文ならば魚を茹ですぎる事もなく、引力と斥力を巧みに切り替えて練り上げに利用すれば粉の残留もなかっただろう。
どうして魔法を使ってはダメなのかと、不満がふつふつ湧き出るのは止めようがない。禁止の理由が理屈として理解できていてもだ。
それもまぁ仕方のない事である。そもそもとしてあなたには親の言う通りにいずれ嫁入りして子を産もうという気がさらさらない。つまり魔法を使わない家事技術というものに何の意味も見出していないのだ。
という事を、一度腹を割って話でもすれば良いのかも知れないが……。
「ん? なんだいその目は」
あなたのすぐ隣、あなたと同じく床に座り込み、額に汗を浮かせながら油汚れの落とし方をレクチャーしているメナがどう反応するかは恐ろしいところである。
メナの指導は根気強く、また丁寧なものだ。教えても教えても素人に毛が生えた程度にしか育たないあなたに対し、怒鳴りつける事もなく、出来るまでとことん付き合おうという姿勢が見て取れる。
それはひとえに、娘に対する愛情と言って良いだろう。メナが考える女としての幸せをあなたにも与えたいと、彼女がそう思って行動してくれている事はあなたにもわかる。成果の見えない苦行をそれでも延々と繰り返すその様に、愛情に報えず申し訳ないという気持ちは日々つのるところだ。
もし、そんなメナにあなたの腹の中を打ち明けたならどうなるのだろうか。
怒るのならまだ良い。呆れでも構わない。だが、もしひどく悲しまれたり、自分の子育てが悪かったのだと責任を感じられたりしたのなら。そう考えるとつい二の足を踏んでしまう。
だが、そろそろ潮時でもあるのかも知れない。
メナの指導は、ハッキリと言って時間の浪費だ。あなたにその気がない以上、無駄な労力を払わせていると言って過言ではない。
街を出たいのだと伝えるには早いにしても、嫁入りするつもりがないと伝えるくらいはしても良いのかも知れない。
ルワ・ザンガラの女とて、全員が全員嫁入り出来ているわけでもない。どうしても相手が見つからず独身でいる者もおり、そういった女もそれはそれで暮らせてはいる。屋敷の女衆も大半は未亡人などだが、独身女性もひとりかふたりは居たはずだ。
彼女らのように生きたいと伝える程度は出来なくもない。
そう分かりつつも、出来る事なら、あなたが嫁入り以外の未来に進む事を納得させるに足る十分な材料を揃えてから話をしたい……と、先延ばしにしたい気持ちもある。
もしそう出来たのなら、つまりメナに「そういう事なら仕方ない」と思わせるだけの何かを用意出来たのなら、無用に悲しませる事もないだろう。そちらの方がいくらかでも親孝行になるのではないかと囁くあなたもいる。
こういった場面では、自慢の従者もいまいち頼りにならない。自分の意見というものを持たないヤレカがのほほんと「あなたの好きなようにするといいよ」と答える様はありありと想像できた。
なので、相談できるとすればそれ以外だろう。具体的には屋敷で働いている独身女か、弟妹のうち口の固そうな者か、屋敷外の友人といったところ。
どうすべきなのだろうかと、床の汚れを見つめながらあなたは思案した。
| 現在のあなた |
| 性格/混沌・中庸 良くも悪くもルールに縛られる事を嫌う |
| 所持金/6 |
| 面倒見+1 知識欲+3 戦闘意欲+1 好奇心+4 勤勉さ+2 |
| 運動技能レベル10 教養技能レベル5 社交技能レベル8 諜報技能レベル5 戦闘技能レベル4 魔法技能レベル13 鑑定技能レベル5 家事技能レベル1 加工技能レベル1 |
やる気ボタン → 評価
コマンド?
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メナと腹を割って話す
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家の誰かに相談する
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友人のマイアに相談する
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今は保留する