転生者が多すぎる田舎町で、陰気な俺がヒーローになるようです   作:げげるげ

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特撮ヒーローっぽいのを始めます。


第1話 季節外れの転校生

 日頃の行いは良かったはず、と少年は己の過去を省みる。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ!」

 

 荒く息を吐きながら、夜道を駆けながら。

 必死に、背後から迫りくる恐怖を少しでも遠ざけるため、頭の中で現実逃避が行われる。

 

「なん、でっ! なんで、なんで、なんでだよっ!」

 

 迷子の母親を探して、一緒にさ迷い歩いた。

 年長者には進んで電車の席やバスの席を譲るようにしている。

 つい最近だと、体調が急変した妊婦に付き添って救急車に乗ったこともある。

 日頃の行いとしては、十分過ぎるほどの善行が溜まっているはず、と少年は貯蓄されているはずの己の徳へと呼びかける。

 頼むから、こういう時に善因善果の運が回ってきてくれ、と。

 

『《グルゥォオオオオオッ!》』

 

 しかし、少年の前に現れたのは、そんな願望を否定するような現実だった。

 ――――蛇の如き頭部と、鱗の生えた皮膚を持つ、人型の怪物という非現実だった。

 

「なんっ、で!?」

 

 思わず悲鳴を上げた少年の中にあるのは、怪物――蛇男の実在に対する疑問ではない。

 そんなものに割けるほど、今の少年の思考リソースに余裕は無い。

 

「なんでだよ!? お前は、後ろに居たはずなのに!?」

 

 故に、疑問を向けた先にあるのは非常に単純なもの。

 どうして、背後から追ってきたはずの怪物が目の前にいるのか、ということだけ。

 

『《グルァッ!》』

「ぎゃっ!?」

 

 疑問の答えは、単純な行動によって示された。

 跳躍。

 蛇男は人並外れた跳躍力を見せて、少年へと襲い掛かったのである。

 恐らく、この跳躍力をもって、背後から少年を飛び越して見せたのだろう。

 そして今、少年をその跳躍から獣のごとく襲い掛かろうとしているのだ。

 

「ひ、ひ、ひっ!」

 

 少年はなすすべなく蛇男によって路面に押し倒された。

 

『《グロロロロ》』

 

 満足げに喉を鳴らす蛇男の口内には、蛇にふさわしい鋭い牙が見える。

 

「あ、あぁ……」

 

 事ここに至って、少年は悟るように理解した。

 この世界は己に都合の悪いように出来ているのだと。

 日頃の行いが良くとも、それが報われるようなことなどは無く。

 むしろ、蛇男のような理不尽に突然襲われ、わけのわからないまま死ぬ。

 どれだけ人を助けようが、逆に誰かに助けられるような都合のいい出来事は起こらない。

 ――――ヒーローはいない。

 そんな当たり前のことを少年は今わの際に思って。

 

『《シャアッ!》』

 

 鋭く鳴いた蛇男。その牙が、少年の首元に突き刺さらんと迫っていた。

 

 

●●●

 

 

 少年――鳴上 静真(なるかみ しずま)が、何故このようなことになっているのか?

 それを説明するためには、数日ほど時間を遡ることになる。

 

 静真は陰気な男子高校生である。

 少なくとも、静真自身はそう思っている。

 外見だっていかにもそうだ。

 ひょろりと長い身長に痩せ気味の体躯。曲がった背筋。知り合いからは海藻っぽいと言われる独特の髪質。無駄に鋭い目つきに、卑屈に歪んだ口元。視線は常に落ち着きなく、周囲を探っている。

 第一印象はよろしくなく、不潔感は無くとも清潔感は無い。

 当然、女子にモテることもあり得ない。むしろ、同性の友達すら皆無。

 にじみ出る『陰』のオーラを纏う、生粋の陰キャ。

 それが鳴上静真という男子高校生だった。

 けれども、そんな静真には、陰キャには似合わぬ体質がある。

 

「うう、お腹が……っ!」

 

 それは『ヒーロー体質』だ。

 静真は何の因果か、他人の窮地によく遭遇しやすい体質の持ち主なのである。

 そして、その時もやはり、静真は他人の窮地に遭遇していた。

 学校への通学路を歩く途中、突如として道を歩いていた妊婦が腹を抱えてうずくまってしまったのだ。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 静真がとっさに声をかけたのは、善意というよりはほぼ反射に近い行動だった。

 自分の体質により、数多のトラブルを見てきた静真はもはや、反射の領域で窮地に陥っている人間に声をかけてしまう癖がある。

 故に、後悔するのはいつも声をかけてから。

 

「(ああもう、よりにもよってこんなタイミングで!?)」

 

 静真はちょっとした事情により、学校には早めに登校しておきたかったのだ。

 可能であれば、今の立場を他の誰かに押し付けたい気分で満杯だ。

 しかし、通りすがろうとした妊婦がいきなりうずくまったのであれば、声をかけなければそれはそれで非道な人間として思われてしまう。

 陰気故に、静真は他者の目を気にする。

 従って、他者から非難される行動を可能な限り取ろうとはしない。

 その結果、今のような形で、つい最速の反射で妊婦に声をかけてしまったのだ。

 

「どこか腰を落ち着ける場所まで肩をお貸ししましょうか? それとも、タクシーを呼んだほうがいいですか?」

 

 とはいえ、一度声をかけてしまったのだから、対応はしっかりとやらなければならない。

 体質故にトラブル慣れしている静真は、慣れた態度で妊婦へ優しく声をかける。

 そう、まずは慌てず、焦らず、相手の様子を観察することが肝心だ。

 可能であれば、早々に面倒ごとを妊婦の知り合いか身内に押し付けるため、周囲へ視線を配ることも忘れない。

 

「う、産まれるっ!」

「産まれる!?」

 

 だが、静真が冷静な対応ができたのはそこまでだった。

 青白い顔をした妊婦から発せられた言葉、『産まれる』というワードに、肝をぶち抜かれてしまったのだ。

 

「う、産まれるって赤ん坊が!? いや、いやいやいや!?」

「だ、だめ……つらい、しんどい、出そう……」

「き、き、救急車ぁああああああああ!!?」

 

 妊婦当人だけではなく、産まれる子供にも関わる大事に、静真は困惑しながらもなんとか救急車を手早く携帯電話でコール。通話が繋がった時点から、焦りながらも的確に状況を説明。その後、救命士の指示を受けながら、緊急処置を行うことに。

 

「あ、後はお任せしま――あれ? 手が離れないぞぅ?」

「患者の意識が朦朧としています!」

「ええい、無理やり引き離すよりも少年も連れて行こう!」

「えええっ!?」

 

 そして、なんやかんやの流れで静真も救急車に乗ることになり、妊婦が落ち着くまでの間、必死に安心させるための言葉を投げかけることに。

 加えて、その後は妊婦が持っていた連絡先へと電話し、夫である人物や、妊婦の実家への状況説明をしたのだった。

 その結果、静真の尽力がどれだけ効果をなしたのかは不明であるが、妊婦は無事に出産を終え、その出産に夫である人物も間に合うことが出来たという。

 

「……転校初日から遅刻は、流石にまずいよなぁ」

 

 なお、当然のごとく静真は学校に遅刻することになった。

 

 

●●●

 

 

「仙台から来ました、鳴上静真です。皆さん、よろしくお願いします」

 

 本来は朝のホームルームで行われるはずだった、転校生としての自己紹介。

 静真はそれを三時限目の初めに行うことになった。もちろん、授業の予定はずれ込んでの自己紹介である。担任教師は別のクラスで授業中のため、副担任の若い女性教師と、本来の授業の予定だった数学担当の中年の男性教師が、静真の両脇を固めての自己紹介である。心なしか、二人の教師から向けられる視線が痛い静真だった。

 

「はい、質問でーす! 鳴上君はどうして遅刻して来たんですかー?」

 

 やがて、定番とばかりのクラスメイト達からの質問タイムでは、当然のごとく、ずれ込んだ時間について追及された。

 それもそのはず。初日から遅刻をかましてくる転校生の事情など、クラスメイト達からすれば、興味の対象でしかない。美男美女の転校生、なんてフィクション染みた存在ではないにせよ、遅刻して来た転校生として、静真は今、クラスメイト達から少なくない注目を受けているのだ。

 

「あー、はい。実は今にも子供を産みそうな妊婦さんを助けていて」

 

 そして、このような答えを真顔で返すのだから、クラスメイト達の間から笑いが漏れるのは仕方がないと言えるだろう。

 幸いなのは、失笑や嘲笑というよりは、『ナイスジョーク!』という意味合いでの笑いが大半であることだが。

 

「私の方で保障しますが、鳴上君の発言は嘘ではありません。彼は通学中、体調を崩した妊婦さんに連れ添った所為で遅れてきました」

『『『えっ?』』』

 

 なお、副担任の発言により、その言葉はすぐさま困惑に取って代わった。

 冗談だと思ったことが本当であると、人は一瞬、思考が止まってしまうらしい。

 

「遅刻したことは悪いことですが、その理由は責められるべきではありません。皆さん、鳴上君のことをこの件で責めないように配慮をお願いします」

 

 副担任から重ねられた注意の言葉に、クラスメイト達は困惑しままではあるが、躊躇いがちに「はーい」などと了承の言葉を返す。

 流石に、ここから深い事情を静真へ突っ込んで尋ねる者はクラスにはいないようだった。

 

「では、次の質問をどうぞ」

 

 その後は、副担任から促されるまま、クラスメイト達は静真へ幾つもの質問を投げかけた。

 

「彼女はいますかー?」

「ええと、今はいません」

「えっ、『今は』!?」

「やべっ。いません、はい、いません! 彼女なんていません、非モテです」

「え、マジで!? 昔は彼女居たの!? 鳴上君!」

「いません、いません。あー、さっきのは冗談です。わざとそういう反応をしただけです、はい」

「くっそ、反応がわかりづれぇ!」

 

 クラスメイト達からの質問に、静真は慣れた様子で受け答えをする。

 

「はーい、好きな食べ物はなんですか?」

「唐揚げ定食です」

 

 時に淡々と。

 

「はいはい、好きなタイプの異性は!?」

「人の自由を束縛してこない人ですね」

「過去に何かあった人間の発言じゃん!」

 

 時にウェットに富んだジョークを交えて。

 

「前の学校ではどんな部活をしていましたかー?」

「バドミントン部に所属していました。ですが、強豪校だったので、こう、練習がきつ過ぎてトラウマになったので、しばらくは文化部の活動をしたいと思います」

 

 陰気なはずの静真は、新しいクラスメイト達の前で、緊張する様子を見せずに自己紹介をして見せた。

 通常、陰気な人間というのは、この手の人の前で話すイベントは苦手な人間が多いのだが、静真は一部例外がある。何故ならば、静真は今まで数多の転校を繰り返してきた、転校生のプロとも呼ぶべき存在だからだ。

 従って、静真は知っている。

 転校初日、下手に恥ずかしがってぎこちなく質疑応答をすれば、今後はそれをいじられてしまう立場になってしまう。クラスメイト達の中では、『いじってもいい相手』として認識され、クラス内での平穏を得られなくなる可能性が高くなるのだと。

 それを避けるためにも、静真は陰キャには似合わぬと自嘲しながらも、振り絞ったコミュ力で『特に問題ない転校生』を演じているのだ。

 

「はい、じゃあ質問はここまで。授業を始めます」

 

 かくして、静真はなんとか自己紹介の時間を無難……と言っていいのかはともかく、なんとかやり過ごすことが出来たのだった。

 

 

 

 鳴上静真は転校生である。

 過去に十五回の転校経験のある、転校生のプロと呼んでも過言ではない転校生である。

 一身上の都合により、転校に次ぐ転校を経験した静真は当然、新しい環境に飛び込んだ際の処世術というのも持ち合わせている。

 たとえ、陰気な性格をしていたとしても――否、陰気な性格をしているからこそ、最初が肝心なのだと静真は悟っている。

 最初から周囲を拒絶するような態度では、周囲との軋轢を呼んで返って面倒なことになってしまう。

 最初から気合を入れ過ぎた仮面を被っていては、その仮面がいつの間にか外せなくなって気苦労を重ねてしまう。

 故に、最初に程よい交流が肝心なのだ。

 わかりやすく、『こいつは悪い奴じゃないけど、あんまり話すのが得意ではない』という印象を周囲に抱かせること。これが何よりも肝心なのだと静真は悟っていた。

 従って、まずは隣の席の人物への挨拶である。

 人間関係とは挨拶から始まるものだ。可能な限り、相手に悪印象を与えず、なおかつうっとうしがられない程度に、『友好的』に言葉を交わさなければならない。

 

「初めまして。これからよろしく――」

「うん、よろしくね! シズシズ!」

 

 そう、あくまで『友好的』に行かなければならないのだが、静真は一言目から右隣りの女子が苦手になった。

 

「し、シズシズ……?」

「アタシは三國 美玖(みくに みく)。このクラスの学級委員長だから、何かあったら頼ってくれてもいいよ!」

 

 右隣の女子――美玖は一見すると、黒髪おさげで大人しそうな外見の女子だった。

 

「転校初日って色々とわからないことが多いよね? アタシがこれから色々教えてあげるよ、シズシズ! あ、でも、色々といってもエッチなことは駄目だから!」

「あ、はははは……」

 

 なんだろう、この急な距離感の詰め方というか、距離感を間違えた交通事故は?

 静真は戸惑いながら、そっと美玖から視線を外して周囲の様子を伺ってみる。

 

「……???」

「委員長、大丈夫か?」

「なんか、少し前からあんな感じだよな?」

「改心したのか?」

「ちょっと怖いわ」

 

 様子を伺った結果、余計に混乱する羽目になった。

 どうやら、クラスメイト達も美玖の様子に戸惑っているらしい。ひょっとしたら、普段の様子とは異なっているのかもしれない。

 だが、そうだとしても原因は不明だ。

 

「ところで、授業の教科書は大丈夫? 机くっつけようか?」

「あ、ちゃんと持ってきているから大丈夫――」

「わかった! じゃあ、何かわからないところがあったら遠慮なく言って! アタシはこれでも勉強は得意なんだ! えへん!」

「…………は、はい」

 

 静真は美玖のぐいぐい来る善意に対して、正直引いていた。

 今までの転校の経験から、『お人よし』に世話をしてもらう経験は無きにしも非ずだったのだが、今回の場合は押し売りが過ぎるというか、何故かクラスメイト達も引いているという状況なのだ。転校生の静真では、美玖という人間に一体何が起こっているのか推察できない。

 

「何かあったら、頼りにさせてもらうよ、うん」

「まっかせて!」

 

 故に、静真には美玖のよくわからない距離感に付き合うしか無く、転校生の最初としてはあまりよろしくないスタートを切ることになったのだった。

 

 

●●●

 

 

「ただいま――うわぁ」

 

 静真が思いのほか疲れた転校初日を終え、自宅に帰ってくると、玄関でくたばっている母親の姿があった。

 ぼさぼさの黒髪に、丸眼鏡をかけたジャージ姿。自分の母親ながら、色気が皆無の姿で倒れている母親の周囲には、わざわざ血糊を使って書いたであろう、『〆切』というダイイングメッセージが残っている。

 

「母さん」

「…………」

「執筆の調子が乗らない時、奇行に走るのはやめなよ、母さん」

「…………息子よ、お帰り」

 

 仰向けに倒れたまま、迎えの言葉を告げる母親の名前は、鳴上静香。

 三十七歳の独身女性にして、売れっ子のホラー作家である。

 

「着替えたらさっさと晩御飯作るから、ちゃんと玄関の掃除はしておいてよね?」

「はぁーい。うう、息子が悪ノリに付き合ってくれなくて悲しい。これが反抗期という奴なのかしら?」

「俺が真っ当に反抗期をやっていたら、少なくとも母さんを無視していたけど?」

 

 日常的なやり取りを交わしつつ、静真は手早く玄関から自室へと入っていく。

 静真と静香の家は、高校のある田舎町――天見町の隣にある大きな市の中心街、そこに建てられたマンションの一室だ。基本的に、日本全国を転々とする生活を続けていたため、静真と静香は大体が借家で暮らすことになっている。

 幸いなことに、静香の年収は平均的なサラリーマンの年収を大幅に上回っており、静真は世の中の高校生の中では質の良い住居に住んでいる方だった。

 

「ご飯できたから、皿と箸を並べてー」

「はぁーい」

 

 ただし、母親である静香の生活力が皆無のため、静真は必然と家事を担当することになっているのだが。

 

「今日は忙しかったから、簡単な肉じゃがとみそ汁でごめんね?」

「ふふふっ、母さんを甘く見ないで、息子。母さんは肉じゃがが簡単に部類される料理だということも知らなかったわ!」

「甘く見る以前の問題かー」

 

 料理を準備する静真の手つきは、既に慣れ切っているものだ。

 恐らくは日常的に食事を作っているのだろう。包丁さばきはもちろん、フライパンの扱いも申し分なく、三十分もかからずにダイニングのテーブルには、見事な和食が並べられることになった。

 

「「いただきます」」

 

 静真と静香、子と母親は行儀よく声を揃えてから箸を取る。

 

「もぐもぐ……うん、今日も美味しいわ、息子」

「そりゃあよかったよ、母さん」

「もぐもぐ……それはそうと、転校初日はどうだったの?」

「大体いつも通りだよ、母さん」

「なるほど、いつも通りにトラブル塗れだったのね? そこら辺を詳しく」

「息子のトラブルを小説のネタにしようとしないでくれる?」

「家計のためよ、受け入れなさい」

 

 二人は食事をとりながら、和気あいあいと言葉を交わす。

 その会話の雰囲気は、思春期の男子高校生と母親にしては、和やかなものだろう。

 静真が早熟なのか、あるいは母子家庭から生まれた連帯感なのか。どちらにせよ、鳴上親子の関係性は良好のようである。

 

「ああ、そういえば息子」

「なんだよ、母さん」

「言い忘れていたけれども、今回の滞在は長くなる予定だから、高校生の間はこの辺に留まるかもしれないわ」

「へぇ、長期連載予定?」

「喜びなさい。雑誌連載よ?」

「そりゃ珍しい。大抵は書下ろしなのに」

「ふふふっ、出版社とここら辺の地域おこし担当が手を組んだらしいの。私以外にも何人か、ここら辺を――岩手を舞台に小説を書かせる予定みたい」

「となると、雑誌を創刊?」

「紙ではなくて、WEBの有料雑誌になるけれどね?」

 

 静香は何でもないように語りながらも、その表情からは喜色がにじみ出ていた。

 

「なるほど、そのためにしばらくはここで取材と」

「そうなるわ」

 

 静香の表情の機微を読み取り、静真は納得したように頷く。

 何せ、長期滞在は珍しかったが故に。

 

「ふふふっ、でも、楽しみだわ。静真、貴方が通う学校がある天見町はね、オカルト業界ではちょっとした有名どころなの。『バードマン』の目撃情報に、『人魚伝説』や、最近だと『蛇男』の目撃情報なんてあるのよ? まさに、オカルトの宝庫。地方の田舎町では珍しいぐらい、いろんなオカルトに溢れた町なの」

 

 静香はホラー作家である。

 取材を特に大切にするホラー作家である。

 そのため、作品の舞台となる場所に引っ越し、住居を構えてから作品の終わりまでそこで過ごすというルーティーンを持つのだ。

 静真はそんな母親のルーティーンに付き合っているため、幼少の頃から何度も転校を繰り返しているのだった。

 

「特に、学校なんてそういう噂が集まる最たる場所だわ。息子よ、母親のためにその手の噂を聞いたら、しっかりと覚えておいて、可能だったら噂を話していた人に取材をしてちょうだいね?」

「善処するよ、可能な限り」

「後、そろそろ私も母親的に、貴方の友達が遊びに来てくれたりするイベントとかを体験したいのだけれども?」

「善処はできないよ」

「できないの!?」

「ごめんね、母さん。貴方の息子は陰キャなんだ。後、転校生活に慣れ過ぎて、友達がいなくてもぶっちゃけ困らない感じの性格になっちゃった」

「ごふっ! 息子からの指摘が痛い! 痛いわ、胸が! ごめんなさい、私の執筆方法が特殊なばっかりに!」

「まー、生活をさせてもらっている立場だから、文句は言わないって」

 

 苦笑する静真の言葉に嘘は無い。

 親の都合で転校を繰り返して、ろくに友達もできない、と言えば可哀そうな部類に入る境遇だろうが、既に孤独には慣れ切っているため、静真本人としては特にダメージは無いのだ。

 最初から程よい距離感で他人と接し、その距離感のまま去っていく。

 長期滞在という予定を知らされなければ、静真は今回もそうして学校生活を過ごしていただろう。

 

「とりあえず、友達に関しては気長に待っていてよ」

 

 だがしかし、静真も高校生だ。

 陰キャと言えども高校生だ。

 そろそろまともに友達の一人でも作った方が世間的には良いということも知っているため、気が向かなくとも前向きに取り組むことだけは、静かに告げたのだった。

 

 

●●●

 

 

「シズシズ、アタシが学校を案内してあげるね!」

「え、あー、ありがとう?」

 

 翌日。

 今度は何事もなく登校した静真は、朝から美玖に絡まれていた。

 

「朝のホームルームまで時間があるから、手早く案内するね! 廊下は走っちゃ駄目だから、早歩きで移動しよう!」

「いや、朝の忙しい時期にわざわざ案内してもらわなくても――」

「じゃあ、行こう!」

 

 一言で表すのならば、美玖はお節介だった。

 朝、ホームルーム前に学校を案内したのは序の口。

 

「シズシズ、お昼を一緒に食べる相手が居ないよね? 私たちのところに一緒においでよ!」

「女子のグループに混ざれと!?」

 

 昼休み、戸惑う静真を引きずって女子グループに混ざらせ、微妙に気まずい雰囲気で弁当を食べる羽目になったり。

 

「シズシズ、うちの学校は部活動に必ず一つは所属しないといけない決まりでね。良ければ、アタシが一緒に部活を紹介して回ろうか?」

「あ、いや、結構です。一人で大丈夫です」

「あははは! そんな遠慮せずに!」

「いや、遠慮とかじゃなくて!」

 

 挙句の果てには放課後、美玖は静真を引きずって部活動の見学までさせてくるのだ。

 自分の部活動の時間を削ってまで。

 流石にこうなれば、陰気で流されがちな静真とは言えども、違和感を持つ。妙に善意を押し売りされているような気がするのだ。それでいて、間違っても異性的な好意は抱かれていない。そういう感じの気配は微塵もしない。まるで、何かしらの使命感に酔っているように見えているのだ。

 

「あの、三國さん」

 

 故に、静真が意を決して話を切り出したのも仕方がないことだろう。

 

「色々と俺の世話を焼いてくれるのは嬉しい。感謝している。でも、これはいくら何でも、三國さんが身を削りすぎている。そこまでされて世話をされるのは居心地悪いし、何か馬鹿にされている気分がするからやめて欲しい」

 

 部活動見学が終わった、下校時間の手前。

 結局、自分の部活動を休むことになった美玖へ、静真はやや強めの口調で言った。

 

「俺は一人で大丈夫、とまでは言わない。ただ、何もかも誰かに手伝ってもらわないといけないような子供じゃないんだ。そこをわかってほしい」

「…………」

 

 静真の言葉に、美玖は一瞬、真顔になった。

 今までの愛想のよさが嘘みたいな、感情がごっそりと抜けたような真顔だった。

 

「うん、わかったよ!」

 

 ただ、それも一瞬だけのこと。

 

「ごめんね、アタシは色々とやり過ぎたみたい。今度からもっとちゃんと気を付けるよ」

 

 にこやかな笑みを浮かべて、美玖は殊勝な言葉を返した。

 その背後に怒りの気配は感じない。

 

「でも、アタシはあのクラスの委員長だから。何か困ったことがあったら、いつでも相談に来てね?」

「ああ、うん。ありがとう、助かるよ」

 

 しかし、妙に親切な美玖の態度に、静真は違和感を覚えざるを得なかったのだった。

 

 

「もうちょっと言い方があったのでは……でも、あれぐらい言わないと伝わらないかもしれないし……だけど、ううむ……」

 

 下校途中、静真は自己反省会を開きながら街道を歩いていた。

 天見町は基本的に、道路と田んぼと山林が合わさったような地形であり、夜は街頭もろくに見当たらないような場所であるが、商店街通りというものも存在している。

 数キロ先にある大型デパートによる影響で、シャッターが閉まっている店も多いものの、いまだに経営を続けている店も少なくない、そんな場所を静真は歩いていた。

 

「きゃっ」

 

 そんな最中の出来事である。

 例によって例のごとく、静真の眼前で何かしらのトラブルが発生した。

 

「ああうあう……ごめんなさい……」

 

 それは小学校低学年ぐらいの少女の失敗。

 アイスの自販機で棒アイスを買ったばかりだったのだろう。周囲の友達と話しながら、ろくに前も見ずに歩道を進んでいって。

 

「おおん?」

 

 通行人にぶつかってしまったのだ。

 しかも、ギラギラの金に黒のサングラス、よれよれのシャツとスラックス姿という、いかにも堅気ではない気配が溢れる、成人男性に。思いっきり、アイスをシャツにぶつけて落としてしまう、という形で。

 

「あー、あー、もったいねぇな、おい」

「ひぅ」

 

 金髪サングラスの男は少女を見下ろすと、『にぃ』といかにも意地の悪い笑みを浮かべた。

 その笑みに、思わず周囲の友達も委縮してしまい、ろくに言葉も発せなくなってしまう。

 

「……っ!」

 

 静真が動いたのは、やはり衝動的なものに背中を押されたからだ。

 善意とか、正義感とか、そういうものを気にするよりも早く、体を動かせと心が急かすのだ。

 故に、静真は少女と金髪サングラスの男の間に割って入ろうとして。

 

「――――待ってな。今、オジサンが代わりのアイスを買ってやるよ」

 

 聞こえた言葉に、そっと足を止めた。

 

「ふぇ、いいの?」

「ああ、オジサンの前方不注意だった。悪かったな、ガキ」

 

 口調こそやや乱暴だったものの、金髪サングラスの男は、今にも泣きそうな少女の前で屈み、視線を合わせてから発言していた。

 

「なんだ」

 

 いい人じゃないか、と静真はその様子を見て、己の早とちりを恥じる。

 人は見た目ではないのだ。ちょっと怖い見た目をしていても、立派な大人というのはちゃんと居るものなのだ、と妙に温かな気持ちになって。

 

「ぬぅぉおおおおっ! 伸びろ、俺の右手ぇ! 栄光をその手に……っ!」

「やめ、やめようよ、オジサン! はずかしいよぅ!」

 

 視線を戻した先にあったのは、自販機の下に必死に手を伸ばして小銭を漁る金髪サングラスの男の姿だった。

 どうにも、アイスを弁償するだけのお金が足りなかったらしい。

 

「…………あの、良ければ立て替えましょうか?」

 

 静真はしばし悩んだ後、やはり面倒ごとに首を突っ込むことにした。

 

 

「いやぁーっはっはっは! 助かったぜ、ありがとうな、少年! おかげで、なんとか子供に大人の威厳って奴を示すことが出来たぜ!」

「ありましたかね? 大人の威厳」

 

 静真の尽力――主に金銭の貸与――により、少女のアイスは補填された。

 そして、失われた金銭の代わりに得たのは、どうにも堅気には見えない金髪サングラスの男との交流である。

 

「いやー、流石の俺も財布にまさか二百円も残っていないとは思わなかったわ! 直前にパチですってんてんになったのを忘れていたなぁ!」

「だ、駄目な大人だ……」

 

 ぱしぱし、と金髪サングラスの男は静真の背中を馴れ馴れしく叩いている。

 胡散臭い外見の割に、その対応はフレンドリーなものだ。

 

「この借りは必ず返す。いや、倍にして返すぜ?」

「やー、大丈夫です。はい。そんなに気合入れなくても、また会った時に返してくれれば、それで、はい」

「いやいやいや、少年は今時珍しく良い子だからな。オジサンとしては、借りを返すのもそうだが、ご飯の一つでも奢ってやらないと気が済まんわけよ!」

「ははは、大丈夫ですぅー」

 

 しかし、静真は油断しない。

 先ほどの対応で悪い人間には見えなかったが、駄目っぽい人間である要素が含まれる大人だ。気安く名前や住所、連絡先は渡したくない。

 

「今度! ええ、今度! 縁が合ったらまた会うってことで!!」

「おい、ちょっと?」

 

 万事、逃げるが勝ち。

 トラブル慣れしている静真は、逃走のタイミングというものを間違えない。

 多少、露骨であっても走ってその場から立ち去り、何度も背後を振り返りながら、金髪サングラスの男が追って来ないことを確認する。

 

「…………ふぅー」

 

 そして、完全にまくことに成功したことを確信すると、ようやく足を止めた。

 

「こんな田舎町でも、トラブルに当たるなんて……俺って奴はつくづく……」

 

 数日の間に重なったトラブルのことを思い出し、静真はため息を吐く。

 ヒーロー体質によるトラブルの遭遇は主に、人口密度に比例して多くなる傾向にあるわけだが、どういうわけだか、この天見町にやってきてから、その法則が崩れつづあった。

 妙に、やたらとトラブルに遭遇するのだ。

 

「いや、気のせいだ。新しい環境でちょっとナイーブになっているだけだろ、うん」

 

 その可能性の偏りを、静真は『気のせい』で押し流す。

 下手に気にし過ぎても仕方がない。

 さっさと家に帰ろう、と。

 

「…………」

 

 だが、帰路についた静真の背筋を、妙な悪寒が襲った。

 

「…………」

 

 ――――ざっ、ざっ。

 

 背後から誰かがついてきているような気配がするのだ。

 

「あのオジサンか?」

 

 静真は可能性の一つを考え、素早く駆け出す。

 陰キャのインドア趣味の静真であるが、転校前は強豪のバドミントン部でしごかれた過去がある。見るからにタバコを嗜んでいそうな、金髪サングラスの男には持久力では負けはしない、などと考えて全力疾走を始める。

 

 ――――ざざざざざっ。

 

 しかし、引き離せない。

 むしろ、背後から迫りくる気配が近づいてきているような感覚すらある。

 

「……っ!」

 

 その上、周囲には人影はおろか、道路を行く自動車すら見られないのだ。

 そう、いくら田舎町とはいえ、街の中がこんなに無人というのはおかしい。

 何かがおかしい。

 黄昏に染まる街並みを睨みながら、静真は覚悟を決める。

 

「――――あのっ!」

 

 そして、急ブレーキの如く立ち止まり、勢いよく背後を振り返って。

 

『《シャア》』

「――――は?」

 

 蛇の頭部と、鱗の生えた皮膚を持つ人型の怪物――蛇男が、そこには居た。

 

 かくして、長い長い走馬灯の如き回想を終え、現在に至る。

 

●●●

 

 

 迫る、迫る。

 極度の緊張の中、間延びした時間の中で、蛇男の牙が迫りくる。

 走馬灯は既に終えた。

 この場に於いて、静真が取れる手段は何もないという結論を出して。

 それどころか、何が原因でこうなっているのかすらわからない有様で。

 故に、静真は悟る。

 覚悟をしたわけではない。

 ただ、どうしようもないものだと認め、迫りくる脅威を見ることに徹したのだ。

 せめて、最後の瞬間までは、この理不尽から逃げないように。

 恐怖と涙で滲んだ視界で、精一杯にその牙を睨みつけて。

 

 

「いよぉ、少年」

 

 

 どんっ!! という衝撃音と共に、その牙は――理不尽であったものは、思い切り横っ飛びして行った。

 

「悪いが、金を返すのはもうちょっと待ってくれ」

 

 金髪サングラスの男が跨ったバイク、その突進を受けて。

 

「え、あ、は? これは一体――」

「説明は後だ、ちょっと下がっていろ」

 

 バイクから降りた金髪サングラスの男は、静真を守るように蛇男の前に立つ。

 

『《グロロロロ……ッ!》』

 

 蛇男はバイクの突進を受けても大してダメージがないのか、平然と立ち上がり、障害となった金髪サングラスの男へ怒りの視線を向けた。

 どうやら、標的が静真から金髪サングラスの男に移ったらしい。

 

「に、逃げないと! オジサン、あいつは本当の怪物で――」

「安心しな、少年」

 

 慌てて金髪サングラスの男へ叫ぶ静真だったが、その背中が揺らぐことは無かった。

 

「俺は『専門家』だ」

 

 蛇男と相対するようにして、金髪サングラスの男は懐から一つの物を取り出す。

 それは一見すると、単なるジッポライターにしか見えない。

 鈍色の輝きを放つ、単なる着火道具にしか見えない。

 だが、それは――――。

 

 

「神機装纏(じんぎそうてん)」

 

 

 相応しき者が扱う時、紅蓮の装具を纏わせるトリガーとなる。

 

「……は?」

 

 静真はその光景を、呆然と見ていた。

 ジッポライターから噴出した紅蓮の炎、それが金髪サングラスの男を包む光景を。

 先ほどまで跨っていたバイクが、紅蓮の炎の中に飛び込み、金髪サングラスの男と一体となる光景を。

 

「さぁ、仕事を始めるか」

 

 やがて、紅蓮の炎が晴れる時、静真の目の前に現れたのは、一体の『パワードスーツ』だ。

 流線形に沿った装甲に、ロボットのそれを連想させる頭部のフルフェイス。

 手足には装甲の他に、紅蓮の炎を吐き出す噴出口が取り付けられていて。

 さながら、その姿は『人型の戦闘機』とも呼ぶに相応しい姿だった。

 あるいは。

 

「……ヒーロー?」

 

 特撮モノの変身ヒーロー。

 そんな、『如何にも』な姿をしていたのだ。

 

 

 これが鳴上静真にとっての始まり。

 地方の田舎町を取り巻く、多すぎる『転生者』との戦いの日々の幕開けであり、ずっと燻っていた静真の心に、『火が付けられた』瞬間だった。

 

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