転生者が多すぎる田舎町で、陰気な俺がヒーローになるようです   作:げげるげ

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第2話 非日常の始まり

 花弁の如く、紅蓮の火の粉が舞う。

 

「先手必殺、決めれば格好いいよな?」

 

 金髪サングラスの男――否、『人型の戦闘機』は、残像を残すほどの素早さで疾走すると、瞬く間に蛇男との距離を肉薄した。

 ぐぉん、と手足の噴出口から紅蓮の炎を吐き出しながら。

 まるで、バイクや戦闘機が加速するかのような動きで高速移動したのだ。

 

「うらぁっ!」

 

 そして、荒々しい声と共に、回し蹴りが振るわれる。

 蛇男の頭部を蹴り飛ばさんとするその一撃は、さながら達人の如く。一切の無駄なく、なおかつ噴出口による加速が行われ、とんでもない速さと威力を秘めた一撃となった。

 

「す、凄い……」

 

 クリーンヒットした。

 少なくとも、静真には『人型の戦闘機』の一撃が、蛇男に綺麗に入ったように見えた。

 

「ちっ、格好悪いな」

 

 しかし、実際のところ、その一撃は蛇男の頭部に到達していない。

 その数センチ前のところで、無数の障害物――飛行する鱗によって阻まれ、止められていたのだ。

 

「せぇええいっ!」

 

 一撃が止められたのならば、さらに手数を増やせばいいと言わんばかりの攻勢。

 『人型の戦闘機』は無数の打撃を蛇男に向かって放つ。

 

『《グロロロロッ!》』

 

 それでもやはり、打撃は蛇男には届かない。

 無数の鱗、それらが展開したバリアの如き透明な障壁が攻撃を阻み、全て無効化しているのだ。

 

「なるほど、自動防御の『権能(チート)』か」

『《シャアァアア》』

 

 攻撃が通じないと理解した『人型の戦闘機』は、素早く後退して間合いを取り直す。

 一方、攻撃を防ぎ切った蛇男は威嚇のように奇声を上げていた。

 

「さて、少年。問題だ」

「へっ?」

 

 唐突に、『人型の戦闘機』から静真へ声がかけられる。

 静真は当然、ここから先は自分の出番などは無いとばかり思っていたので、露骨に困惑して取り乱してしまう。

 

「も、問題、ですか?」

「ああ。こっちの攻撃を自動的に防御するシールドを相手が展開している場合、果たして、この俺はどんな方法で攻撃を通すでしょうか?」

「ええっ?」

 

 なにその問題、と怪訝そうに静真が目を細めるのと、『《ギャウッ!》』と蛇男が牙を剥いたのはほぼ同時だった。

 

『《グルルルァ!!》』

 

 獰猛な鳴き声を上げて、蛇男は『人型の戦闘機』へと飛び掛かるように爪を振るう。

 その機敏さたるや、静真を追いかけていた時の行動が遊びだとわかってしまうほど素早いもので。

 

「答えは――」

 

 けれども、その爪は宙を切る。

 当然の如く、蛇男よりも『人型の戦闘機』は素早く動いて。

 

「シールドが防御するよりも早く、相手に打撃を叩き込む」

 

 次は、残像すら残さぬほどの速さで動いた。

 あまりの速度に、移動した瞬間、『ぱぁんっ!』と空気が弾ける音が響くほどに。

 

『《グロォ!?》』

「まず、一発だ」

 

 空気が弾けるような音の後、衝撃音が響く。

 のけぞるように体勢を崩す蛇男の姿から、『人型の戦闘機』の打撃が通ったことがわかるだろう。

 

「二発」

 

 ぱぱぁんっ!

 次いで、息つく暇も与えず、『人型の戦闘機』は打撃を叩き込んでいく。

 あまりの攻撃速度に、蛇男はふらつき、もがき、もうやめてくれと言わんばかりの悲鳴を上げて――――だが、そこで終わることは無かった。

 

『《グルゥオオオオオオッ》』

 

 やられっぱなしだったはずの蛇男が、咆哮を響かせる。

 直後、紙吹雪の如く、鱗が周囲に飛び散って。

 

「ちぃっ!」

 

 ばちんっ!!! と互いに反発するかのように弾け飛んだ。

 それはさながら、全方位に飛び散る散弾銃の如く。

 当然、戦闘には参加していなかった静真のところにも来襲して。

 

「うらぁっ!」

 

 事前にそれを予期していた『人型の戦闘機』により、静真に襲い掛かる全ての鱗は叩き落されることになった。

 一瞬の内に、弾け飛ぶ鱗の軌道を判別し、その全てを叩き落したのである。

 神技、と呼ばれるに相応しい打撃による守護だった。

 

「ふん、逃げやがったか」

 

 ただ、静真を守り切るために支払った対価は安くない。

 いつの間に、蛇男は弾け飛ぶ鱗に紛れて姿を晦ましていたのだ。

 

「まぁ、あれだけ暴れたんだ。よほどの激情家でなけりゃあ、しばらくはもつだろ」

 

 『はぁ、やれやれ』と言わんばかりに『人型の戦闘機』は肩を竦めると、呆然としている静真へと向き直る。

 

「装纏解除」

 

 そして、再び『人型の戦闘機』の装甲が炎に包まれ――否、装甲が炎に変換され、姿かたちが戻っていく。

 胡散臭い、金髪サングラスの男と、一台のバイクの姿へと。

 

「さぁて、と」

「…………っ」

 

 金髪サングラスの男は静真へと向き直る。

 その瞬間、静真は思わず息を飲んだ。

 陰気でネガティブな思考がぐるぐると回転し、『口封じ?』やら『記憶処理?』などという物騒な単語が頭を駆け巡る。

 

「少年、君には二つ選択肢がある」

 

 そして、金髪サングラスの男は、実に楽しげに静真へ告げる。

 

「一つは、『何もなかった』ことにして日常に帰ること。これなら、何も面倒なことは何一つ起こらない。互いに『面倒事』は起こらない素敵な選択肢だ」

「…………」

「もう一つは、この俺と一緒に飯を食いに行くこと。まぁ、今は持ち合わせがないから、ちょいとコンビニで金を卸してからになるが、前回の借りも合わせて、俺の奢りだぜ?」

 

 二つの選択肢を提示し、静真の決断を待つ。

 

「お、俺は……」

 

 提示された選択肢を前に、静真は悩む。

 不可解を抱え込んだままの日常か。

 それとも、理解を求めての非日常か。

 

「俺は……うん、決めた」

 

 悩んだ末に、静真は金髪サングラスの男へ一歩踏み出し、答えを言う。

 

「ご飯、奢ってください」

 

 トラブルを避けたいと願う保身よりも、母親譲りの好奇心を満たすための答えを。

 

 

●●●

 

 

 天見町にファミレスは存在しない。

 地方の田舎町の中でも、結構寂れてきている天見町には、ファミレスというものが存在しない。代わりに、昔ながら続いている飲食店がいくつも存在する。

 金髪サングラスの男が連れてきた定食屋も、その内の一つだった。

 

「俺ぁ、ヒレカツ定食。少年は?」

「あ、ハンバーグ定食でお願いします」

 

 金髪サングラスの男と静真は、互いに向かい合うようにテーブル席に座っていた。

 周囲には家族連れの客、サラリーマン、ツナギ姿の壮年などが食事を取っている。

 内装は昭和のドラマに出てくるような年季を感じさせるものだが、店内に目立った汚れは無い。そこも綺麗に清掃されており、店内の空気も大きめの換気扇で常に入れ替えられていた。

 

「んじゃあ早速……と言いたいところだが、誤解を生まないように前置きを言っておこう」

「前置き、ですか」

 

 金髪サングラスの男は、からんとお冷の中にある氷を鳴らすと、ごくりと一口飲み込む。

 

「これから話すことは世間一般からすれば、『超常現象』だったり『隠された真実』だったりするわけだが、あんまり深刻に受け取らないように」

「……ええと、何故に?」

「世間一般では大層なことでも、天見町では割と知っている人間が居るから。まぁ、大体あれだな。少年にわかりやすく言うなら、これから話すことは大体、クラスに一人は知っている人間が居ることだとでも思ってくれ」

「そんな、『真冬でも半袖で過ごす馬鹿』みたいな割合で知られている話なんですか?」

「まぁ、地方の田舎だからな、そういうこともある」

「たまにある因習みたいに言われても」

 

 金髪サングラスの男の話に、静真は戸惑いながらもなんとかついていく。

 静真の今までの常識としては、あの蛇男は実在が確認されるだけでも、世間を大いに賑わす価値のある存在だった。超常的な怪物、もしくは新種の何かだと、世界観が一転するような要素であると考えていた。

 しかし、天見町ではどうやらそうではないらしい。

 

「まず、少年を襲っていた奴な? あの蛇みたいな頭をした奴な? あれ、人間だから」

「……へ?」

 

 静真は金髪サングラスの男の発言を聞いて、思わず半口を開けてしまう。

 人間? あれが? あの怪物が? などと疑問を頭の中で渦巻かせつつ、金髪サングラスの男に確認するように尋ねた。

 

「マジですか?」

「マジだ」

「……ホモ・サピエンス?」

「正真正銘の。ただし、ちょいとばかり厄介な事情がある」

 

 ぐびぐび、とお冷を飲み干した後、にやりと笑って金髪サングラスの男は言う。

 

「あれはな? 悪霊憑きなのさ」

 

 さながら、伝奇小説の一節であるかのような言葉を。

 

「悪霊、ですか? え? 人間、悪霊に取りつかれただけでああなるんですか!?」

「まー、悪霊は悪霊でも、ちょっと特殊な悪霊でな? その特殊性の所為で、憑りつかれた人間はあんな怪物みたいな姿に変身するし、ちょっとした特殊能力を得るわけだ。ほら、俺の攻撃をバリアで防いだみたいな奴。多分、あれは自動防御の権能だろうが」

「……頭が痛くなってきました」

 

 額を抱えて難しい顔をする静真。

 対照的に、とんでもない事情を説明しているはずの金髪サングラスの男の表情は、飄然としている。

 

「そんでもって、ああいう奴らに対処して、取りついた悪霊をどうにかするのが、俺たちみたいな『専門家』の役割だ。まぁ、退魔師みたいなもんだと思ってくれ」

「……現代の退魔師って随分、ハイテクっていうか、近未来的っていうか、変身ヒーローみたいな姿になるんですね?」

「おうとも。あれっくらいの装備が無いと、あいつらをどうにかできないからな」

「…………なるほど」

 

 静真はお冷を手に取り、チビチビと飲みながら思考を回す。

 まず、静真が感じたのは『全部の情報を語ってはいない』ということだった。

 怪物の元が人間であること、特殊な悪霊の影響で怪物化してしまったこと。これらに関しては恐らくは真実。

 ただし、『何故、悪霊が特殊なのか?』という疑問や、悪霊程度の特殊能力を、『権能』なんて仰々しい呼び方をしていたところから、事態は単なる『悪霊祓い』とは異なることはなんとか推測出来ていた。

 だが、推測出来たからと言って何の意味があるのだろうか?

 ここで突っ込んで事情を尋ねたところで、真実を説明してくれるかはわからない。適当な作り話でお茶を濁される可能性もある。そもそも、この件の真実を知ったところで、静真に一体何ができるのか?

 自分も何かできる、と己惚れるにはあまりにも、蛇男と『人型の戦闘機』との戦いは現実離れしたものだった。

 

「あの、『ああいうの』って結構居るんですか、この町?」

「ん、ああ。結構居るぜ、この町には。だから、事情を知っている人間もそれなりに居る」

「うわぁ」

 

 故に、静真が選んだのは『保身』に徹する道だ。

 だが、それはこの場を無難に流すという意味ではない。

 

「あの、オジサン。『ああいうの』にまた遭遇しないためには、どうすれば? 後、遭遇してしまった場合の対処法とかを一つ……」

「ふーむ、そうだな」

 

 今後、この町で生き延びるために動く、という意味だ。

 何せ、この町は蛇男のような怪物が結構居るという。そんな話を聞かされてしまえば、普通ならば即座に引っ越しを選ぶのが一般的な反応なのだろうが、残念ながら静真の母親は一般的ではない。むしろ、『ようやく世界が私に追い付いてきたか』と言わんばかりに、悪霊憑きに関して調査を開始するだろう。

 静真の母親は、静真を愛しているし、普通に命は惜しむ人間ではあるのだが、こと小説が絡むとそれが吹き飛ぶ傾向にあるのだ。

 従って、静真が考える保身とは、この町の中で可能な限り母親に真実は伝えず、うまく怪物たちと遭遇しないように工夫することだった。

 

「対処法か……俺の携帯電話の番号を教えるから、遭遇したらかけてくれ」

「えっ」

 

 ただし、現実というのは必ずしも、解決法がくっ付いている問題ばかりではない。

 

「いや、こう……悪霊憑きがわかるセンサーとかあればいいんだが、ぶっちゃけ、人間形態の時は悪霊が潜伏していてよくわかんねぇし。魔除けみたいな対処方法も、あの悪霊憑きには聞かないからなぁ。見つけたら逃げて、俺たちみたいな『専門家』に連絡するぐらいしか対処方法がないんだな、これが」

 

 問題はあれども、解決方法が見つからないことも多々としてあるのだ。

 そして、この問題もその内の一つだった。

 

「……あの、嫌な予想をしてしまったんですけど、その、元が人間ってことは理性があることですよね? その場合、俺を狙ったあの怪人というのは、『俺を狙う理由を持った人間』ということになるのでは?」

「あー、その件についてはまぁ、大丈夫だと思うぞ? 大抵の場合、悪霊憑きが暴れだすのは、自分のストレスが溜まり過ぎて爆発して、その所為で悪霊に体の操作権を奪われるからであって。何も、がっつり少年に殺意を向けているわけじゃあないと思うぞ?」

「そうなんですか?」

「というか、その場合だったら、俺が間に合わなかったな。遊びも容赦もなく、お前を殺していただろうさ」

「殺意満点だったら、悪霊憑きって容赦なく殺しに来るんですね?」

「そりゃあ、憑りつかれた人間と憑りついた悪霊の意思が一致している場合はそうなるだろうな。まぁ逆に、殺意溢れる人間の行動を悪霊が抑制する場合もあるが……これに関しては余計な例外だな、忘れてくれ」

「あ、はい」

 

 とりあえず、自分に殺意を持った人間がどこかに隠れ潜んでいるわけでは無いと知り、安堵で胸を撫でおろす静真。

 だが、そもそもの話、冷静に考えれば静真は数日前に転校してきたばかりの人間であり、この短期間で殺意を抱かれるのは無理があるため、無用の心配だったのだが。

 

「とりあえず、『悪霊憑きっぽい人間の行動』を教えておく。ただ、あくまでも『っぽい』だけであり、正体を確定させるためには相手が変身した瞬間を直接見なければならない。そのことを忘れず、上手く情報を活用してくれ」

「わかりました……」

「後は何か知りたいことはあるか? 何でも、とは言わないが、今の段階で答えられる質問なら答えるぞ?」

「ええと、それじゃあ」

 

 静真は金髪サングラスの男の質問に、今更ながらの疑問で応える。

 

「名前をお伺いしても?」

「……あー、なるほど、すっかり忘れていたぜ」

 

 そう、自己紹介という当たり前の行動をスキップしたが故の疑問で。

 

「俺は稲川 昭輝(いながわ しょうき)。三十代にもなって、退魔師みたいな仕事をやっているオジサンだ。よろしく」

 

 静真はようやく、命の恩人の名前を知ることが出来たのだった。

 

 

●●●

 

 

 金髪サングラスの男――昭輝から『隠された真実』のような話を聞かされた翌日、静真は浮足立つ気持ちで登校していた。

 昨日、悪霊憑きの蛇男によって襲われたという理由もあるが、何よりも『本物のヒーロー』の如き昭輝から、この町に関する裏事情を聞いたことで落ち着かない気分になっているのかもしれない。

 何せ、ヒーローだ。

 怪物を倒し、人々を助けるヒーローだ。

 昭輝本人は否定するだろうが、静真からすれば、己の命を助けてくれた昭輝はまさしくヒーロー同然。しかも、思春期の男子の心をくすぐる様なパワードスーツ姿に変身するという、特撮ヒーローの如き戦闘スタイルなのだ。

 静真が昭輝に憧れてしまうのも無理はないだろう。

 そして、そんなヒーローが存在すると理解した静真にとって、いつもの日常も違って見えてきたのだ。

 さながら、自分という人間が登場する物語の世界観が、昨日までとは異なっているかのように。

 

「やっほー、シズシズ!」

「あ……おはよう、三國さん」

 

 もっとも、その浮ついた気分は、朝の教室に入ってから一分も持たずに沈んでしまったのだが。

 

「昨日の部活動見学どうだった?」

「いや、まぁ、ぼちぼち?」

「吹奏楽部はもう見学した?」

「あー、そっちはまだ――」

「じゃあ、今日の部活動見学は吹奏楽部にしない!?」

「ん、まぁ、うん……」

 

 明らかにパーソナルスペースを侵略して踏み込んでくる美玖のことが、静真は苦手だった。

 もはや、陰キャ云々という問題ですら無く、美玖の押しつけがましい善意に、ただひたすら圧倒されているのだ。

 

「ほんと!? ありがとう!!」

「いや、ちょっと顔を出すだけかもしれない――」

「うちの吹奏楽部って男子が少なくて困っていたんだよね!」

「あの、別に入るわけじゃあ――」

「あ、中学校の頃にやったことのある楽器とかある?」

「え、あ、楽器? トロンボーンを少し……」

「グッド! ちょうど欲しかったところなんだ!」

 

 そして、いつの間にか部活動の見学から、入部が決定づけられている流れになっていることに関して、静真は由々しき事態であると考えていた。

 

「あの――」

「っと、ごめん! ひょっとして、もう入る部活動決めていたかな!? アタシってば早とちりでごめん!」

「いや、別に……入る部活を決めていたわけじゃあ――」

「そっか! だったら、よかった! 安心したよ!」

 

 美玖の言葉は押しつけがましく、けれども巧みである。

 押せ押せの機能とは異なり、今度は一旦、引くことも覚えたのか、静真の拒絶が来る前のタイミングでうまくいなしているのだ。

 その所為か、静真は上手く美玖の誘いを断れずにいた。

 そもそも、どの部活動に入ることなど全く決めていない静真にも問題がある。高校生になっても、静真は『自分が熱中すること』というものは見つかっておらず、ただ、日々を陰気に過ごしているだけの毎日を送っていたのだ。部活動に関しても、できるだけ楽そうなものを探し出して入部しようと思っていただけである。

 故に、そこが負い目となって美玖の誘いをきっぱりと断れずに居たのだ。

 

「お、俺はその……あんまりガチなのは――」

「大丈夫! 大丈夫! うちの吹奏楽は別に全国とか目指してないから!」

 

 静真はがっちりと首輪を嵌められてしまった己自身を幻視する。

 昨日、非日常やらヒーローやらでテンションが上がっていたというのに、今は日常にうちのめされている現状に、静真の心はテンションがた落ち状態だった。

 

「あー、悪い。委員長!」

 

 だが、そんな静真にも救いの手というのは訪れるようで。

 

「転校生は今日、うちの文芸部を見学する予定だったんだ、わりぃな!」

 

 静真は左隣の席からもたらされた男子の声に、間髪入れずに乗っかることを選んだ。

 

 

 

「差し出がましい話だったら、わりぃな、マジで」

「いやいやいや、本当に助かったから。本当に、マジで感謝」

 

 放課後。

 静真は救いの声をもたらした男子と共に、文芸部の部室に居た。

 

「ん、そっか。いやぁ、あの委員長のお節介は色々辛そうかと思ってな。ちょっと口を出させて貰ったんだよ」

 

 その男子の名前は田村 隆造(たむら りゅうぞう)。

 坊主頭でがたいが良く、爽やかな笑顔の持ち主という、一見すると運動部が似合いそうな同級生である。

 

 

「うん、結構辛かった。いや、善意なのはわかっているよ? でも、俺はその、できる限り楽をしたいというか、実質サボり部みたいなところに入部したくて……」

「ははっ、正直だな、転校生! いや、鳴上!」

 

 隆造はからからと笑った後、気安く静真の背中を叩く。

 

「でもまぁ、それならうちの文芸部はちょうどいいかもな? 何せ、部員のほとんどが幽霊部員。活動実績として、月に一度適当な文章を提出してくれればそれで万事オッケーのゆるゆる文芸部だからな」

「あ、入部する、入部させてください。ほんと、そういう部活に入りたかったところ」

「はははっ! 正直でよろしい! んじゃあ、この入部届にサインを頼む」

「うん、わかった」

 

 まさに、渡りに船とはこのことだった。

 思わぬ救いの手を掴んだところから、静真が理想としていたサボり部に所属できることになるとは。

 人情と幸運を噛みしめながら、驚くほどスムーズに静真は入部届を書き終える。

 

「これでいい?」

「ん、大丈夫だな。後はうちの部長と顧問に届ければオッケー」

「よかった……これであの猛攻から逃げるだけの口実が得られる」

「はははは! ほんと、転校生は災難な時に来たもんだよ、まったく」

「いや、悪い人ではないとは思うんだけどね? でも、ちょっと距離感が辛かったというか。あ、ちなみにさ、田村君」

「田村、でいいって。俺も鳴上って呼ぶし」

「じゃあ、田村……に質問があるんだけど」

「おう、とんどこい」

「月に一度の適当な文章ってどんなの?」

「あー、そうだな」

 

 静真の疑問に答えるため、隆造は部室の本棚から、一つの冊子を抜き出す。

 表紙にはコミカルな猫のキャラクターと、『猫のすすめ』とタイトルが書かれた冊子だ。その作りは簡単なもので、重ねた紙をホチキスで綴じただけである。

 

「月一で出している内の部誌だけど、ここに乗せているのは簡単なエッセイや読書感想文、創作会談とか、地元の都市伝説をまとめたものとか、色々だな。まぁ、よほどアウトな内容でなければ、普通に載るぜ? ちなみに、文字数は最低千文字だから頑張れ」

「なんだ、千文字でいいの?」

「お、自信あり?」

「自信というか、慣れ?」

 

 母親が作家であり、過去に母親から小説の書き方を習っていた経験のある静真としては、一か月千文字は軽い課題だった。

 

「ま、何はともあれ、書けるならそれに越したことはないからなぁ。ちなみに、うちは普段は緩いけれども、最低限のノルマをこなせないとその時点で退部だからよろしく」

「あー、自由の対価って奴?」

「そうそう」

「んじゃあ、とりあえず月初めにはノルマを達成できるように気を付けておくね。文章の内容は、そうだな、この中だと都市伝説…………あ」

「ん?」

 

 ノルマの文章を書くための参考文献として部誌に目を通していた静真だが、その中の一つ、『悪霊憑き』の都市伝説をテーマにしたものに目が留まる。

 

「あのさ、田村。この『悪霊憑き』の都市伝説って、割とガチの奴?」

「ん、んー、ああ、それな? 確か、先輩が書いた文章だったと思うが、割と内容はきっちり調べられたガチな代物のはずだぜ? というか、ここだけの話。割とマジでうちの学校では『悪霊憑き』って現象があったりするんだよ。『突然、人が変わったみたいに性格が一変する』って現象が」

 

 田村の言葉に、静真は思い出す。

 昨日の定食屋で、昭輝から聞いた『悪霊憑き』を見分ける方法の一つを。

 ――――性格が突然変わった人間が、一番怪しいのだと。

 

「とはいえ、割とデリケートな話だからな、こういうのは。獣憑きってのは昔から、精神疾患云々の問題もあるわけだから、病気のものとは違う『ガチ』なものとの区別はしないといけないわけで。その区別として、この先輩が考えたのは、予兆や言動に関する――」

「田村、一ついいか?」

「うん?」

 

 故に、静真は隆造に訊ねる。

 

「ここ最近、『悪霊憑き』だって噂されている生徒って誰か居る?」

 

 自らを襲った悪霊憑きへと迫るために。

 

「……さっきも言ったが、これは結構デリケートな話題でさ。場合によってはいじめにも繋がる話題ってわけ。だけど、まぁ、あれだ。鳴上は『被害者』でもあるわけだから、知る権利はあるだろうな、うん」

「ええと、被害者?」

「そう、被害者。だってな?」

 

 だが、迫らんと一歩踏み出そうとした静真は気づいていなかった。

 

「最近、『悪霊憑き』って噂されるぐらい性格が一変したのは、お前に絡みまくっている委員長――三國美玖だぜ?」

 

 自ら逃げ出した相手こそが、真実に一番近かったことに。

 

 

◆◆◆

 

 

「美玖ちゃんの言っていることが正しいことはわかっているよ? でも、正直、正しいだけだよ、それは。全然、優しくない」

 

 中学生の頃、三國美玖は己の省みる機会があった。

 それは文化祭の準備を行った時の出来事。

 当時も委員長だった美玖は、その立場に相応しいだけの振る舞いをしようと気を張っていた。

 具体的に言うのならば、文化祭の準備をサボろうとするクラスメイト達を注意して、非難したのである。それも、反論を許さぬほどの徹底的な正論によって。

 間違っていない。

 今でも美玖は、その当時の行動が間違ってはいないと思っている。

 けれども、『優しくなかった』のは確かだと認めていた。

 だからこそ、苦し紛れのようにクラスメイトの女子――友達だと思っていた相手からの言葉を、今でも時折、思い返しているのだ。

 そう、思えば美玖は優しさよりも正しさを選んできた人間だった。

 

「美玖ちゃんの裏切り者! どうして、先生に私たちが夜に出歩いていたことをチクったの?」

 

 クラスメイトの女子が、こっそりと夜間に遊び歩いている姿を見かければ、容赦なく教員へと告げ口をして。

 

「ああもう、わかった、わかったよ! 三國は正しい、俺たちは間違えていた。それでいいだろ? もう」

 

 掃除の時間中、サボっていた男子を叱れば、うんざりしたように言葉を返される。

 その結果、美玖はヒステリックに声を荒げて、男子を非難して、また周囲から呆れの混じった視線を向けられるのだ。

 ――――正しければ、いつか報われる。

 そんな幻想は、中学生の間に打ち砕かれた。

 世の中は正しい人間よりも、優しい人間の方が好かれるように出来ているのだ、当たり前に。

 何故ならば、美玖もまた優しい人間を好きな大衆の一人だったのだから。

 けれども、正しくあるよりも優しくあることは難しい。

 

 誰の頼み事も快く引き受けよう。

 でも、それは単なる使い走りでは?

 

 誰に対しても笑顔を浮かべている人間になろう。

 でも、それは単なる八方美人に過ぎないのでは?

 

 誰かが嫌がることを率先してやろう。

 でも、それは単なる自己満足に過ぎないのでは。

 

 優しくあることは難しい。

 少なくとも、高校デビューをもくろんだ美玖が失敗する程度には。

 故に、だからこそ。

 

 

『《生まれ変わりたいと望む貴方に、祝福を与えましょう》』

 

 

 夢の中に出てきた、『光り輝く何か』の声を、美玖は受け入れてしまったのだ。

 

 

 

 啓示の如き夢を視てからというものの、美玖は絶好調だった。

 ストレスが溜まらない。

 ヒステリックに叫ばない。

 多少の空回りはあるものの、自分が思い描く『優しい人間』の通りに動けている。

 夢の中の出来事はぼんやりとしか覚えていないが、美玖は自分がとても素晴らしいものを受け取ったのだと思っていた。

 

 身の回りで起こる『不可解な暴力事件』にも気づかずに。

 時折、自分の意識が途絶える時間帯があることも気にせずに。

 

 少しずつ、美玖は自分の理想の人間へと生まれ変わっている実感があった。

 そんな時である、転校生がクラスにやってくると聞いたのは。

 これはチャンスだ。『以前の自分』を知らない人間が入ってくるのはとても好都合だ。少なくとも、その転校生の前で優しい人間として振る舞い続ければ、そうしている間は『新しい三國美玖』として在れるのだから。

 

「色々と俺の世話を焼いてくれるのは嬉しい。感謝している。でも、これはいくら何でも、三國さんが身を削りすぎている。そこまでされて世話をされるのは居心地悪いし、何か馬鹿にされている気分がするからやめて欲しい」

 

 失敗した。

 空回りが過ぎた。

 美玖は優しくあろうとし過ぎた結果、善意を押し付けすぎてしまったのである。

 ――――ぴしっ。

 その瞬間、取り繕っていた心の仮面がひび割れる音が聞こえた気がしたが、美玖は慌てない。焦らない。昔の自分のように、ここでヒステリックに叫ばない。

 大丈夫、大丈夫、ストレスはいつの間に無くなっているのだと心の内で言い聞かせる。

 事実、そのストレスはすぐに消え去った。

 

 転校生が怪物に襲われることになったことにも気づかずに。

 けれども、自身を邪魔する『何者か』の存在はしかと心の奥に刻み込んで。

 

 美玖は更に変わる。

 優しい人間になるために、己の内側を変化させる。

 ただ、押しつけがましい善意を押し付けるだけではなく、相手を上手く取り込むような話術も織り込むのだ。

 まるで、『誰かにアドバイスを貰っている』かのように、美玖は順調に作戦を立てた。

 そう、転校生を自分が所属している部活に引き入れて、お世話する作戦だ。

 この作戦には少し自信があった。何せ、転校生はいかにも押しに弱そうな陰気な男子だ。銭会は空回りが過ぎて失敗してしまったが、今度は上手く逃げ道を潰していけばきっと、自分の思い通りに事が進む。

 自分を優しい人間だと思い込める、そのための相手として利用ができる。

 

「あー、悪い。委員長!」

 

 そのはずだった。

 

「転校生は今日、うちの文芸部を見学する予定だったんだ、わりぃな!」

 

 転校生を庇うように、クラスメイトの男子が口を挟んでこなければ。

 

 

 

「むかつく、むかつく、むかつく、むかつく……」

 

 その場ではどうにか取り繕ったものの、美玖の我慢は限界に達していた。

 どうして、上手くいかない? どうして、優しい人間として扱ってくれないのだろうか? 自分の思い通りに事が進んでくれないのだろうか?

 ああ、自分は転校生のためを思っているのに。

 優しい人間になりたいだけなのに。

 それだけなのに、どうしてこうも苛立つのだろうか? 灼熱みたいな感情が胸の奥から湧いて出てきてしまうのだろうか?

 

「ああもう! こんなの! こんなの! 全然! こんなので、怒っているようじゃ、全然、アタシは優しい人間には――」

 

 苛立たしく言葉を荒げ、ヒステリックに美玖は地団太を踏んで。

 

 

「――――思考停止」

 

 

 かちん、と何かが切り替わる音が己の内側で響いた。

 

「原因探査……原因判明……対応検討中…………権能を発動し、精神に負荷がかかる前に、その原因に対処します」

 

 虚ろに呟く美玖に、意識は既に存在しない。

 ただ、機械的に――自動的に言葉を紡ぎ、思考を回転させ、自らの心理状況を改善させる方法を導き出す。

 

「魂罪(カルマ)装纏」

 

 たとえそれが、怪物に変身することであったとしても。

 

 

 

 放課後、転校生が一人で帰路につくことは予想通りだった。

 まだ転校してから数日しか経っていないのだ。転校生は積極的に動くタイプには見えなかったので、共に帰る友達を作れていないのだろう。

 けれども、帰路を歩く足取りは重くない。

 転校生にとって、友達が居ようがいまいが、その足取りが左右されるようなことは無いのかもしれない。あるいは、孤独に慣れているのか。

 

『《シャア……》』

 

 美玖は――否、『それ』は考察を重ねながら、転校生の後をつける。

 怪物の姿であっても問題は無い。

 『それ』には技術がある。自身の姿を隠す技術が。

 この世界とは異なる場所で習得した技術が。

 

『《フシュルル……あ、あ、あああっ、ごほん》』

 

 そして、『それ』は技術を使い続けている内に、段々と思考が明瞭になっていく。

 美玖の願望を考えるだけの自動的な怪物から、一つの意思を持った存在へと戻っていく。

 

『《大分、馴染みましたか》』

 

 やがて、『それ』は言葉を口にした。流暢な日本語を。

 

『《言語機能も問題なし。魔術の使用も問題は無し……っと、流石に完全には掌握できていない。馴染んではきたものの、まだ少し時間がかかる》』

 

 異なる技術――魔術により姿を隠した『それ』の所作が、いつの間にか、怪物染みたものから人間のものへと変わっていた。

 

『《さらに馴染ませるため、宿主の願望を叶えましょう。なに、叶えるついでに、一人でも殺せば罪悪感で易々と私に主導権を明け渡すことでしょう》』

 

 故に、獣染みた攻撃衝動が研ぎ澄まされる。

 単なるストレス解消のための暴力から、目的のための殺人へと研ぎ澄まされる。

 

『《私たちが宿るのは大抵、弱い人間。自らの願望も自らで叶えられない人間。その程度の精神強度しか持ち合わせていないのならば、たった一度の殺人で容易く崩れる》』

 

 虎視眈々と転校生を狙いながら、ぶつぶつと『それ』は独り言を呟く。

 未だ、明瞭になり切っていない思考を整理し、自身の目的を明確化するために。

 

『《転校生、鳴上静真。貴方はそのための犠牲になってください》』

 

 転校生――静真の背中からは、警戒の気配は感じられない。

 ごく普通に通学路を歩き、そして誰かから着信がかかってきたので、立ち止まってから通話を開始する。

 ちょうどよく、人気が皆無の路地で。

 

『《運が良い。あるいは、貴方の運が悪かったのか》』

 

 『それ』は魔術を発動させる。

 人払いの魔術を。

 明確な意思目的のない人間を寄せ付けないための魔術を発動させて、狩場の準備を整えておく。

 

『《どちらにせよ、その電話が切れた時が貴方の命運が尽きる時です》』

 

 虎視眈々と『それ』はその時を待ち構える。

 過去、この世界とは異なる場所で、獲物を狩猟していた時のことを思い出しながら。

 四肢に生きている実感を巡らせながら。

 解放の時を、今か、今かと、待ち構えて。

 

『《――――っ!!?》』

 

 『それ』は静真と目が合った。

 否、目が合ったように錯覚した。

 何故ならば、静真の視線の先にあるのは隠された怪物の姿ではなく。

 

「いよぉ、『転生者』。これで二度目だな」

 

 その怪物へと打撃を放つ、ヒーローの姿だったのだから。

 

 

◆◆◆

 

 

 美玖が『悪霊憑き』の可能性がある。

 その事実に思い至った静真が最初に行ったのは、昭輝への連絡だった。

 報告、連絡、相談。

 社会人ならば必須の技能の一つを、静真は高校生ながらに収めていたのだ。主に、ずぼらな母親をカバーするために必要に駆られて。

 迷惑かもしれない、勘違いかもしれない、などという心配はもちろんあったが、それも含めて判断するのは昭輝だと考えたのだ。

 もう一度非日常に触れられる、という好奇心には気づかない振りをして。

 

『おー、連絡感謝だぜ、少年! マジで助かる、そういうの! とりあえず、容疑者その1として対応させてもらうわ!』

 

 静真の連絡に対して、昭輝は感謝の言葉を返してきた。

 静真が抱いていた心配が、あっさり吹き飛ばされてしまうほどの爽やかな感謝の言葉だった。

 故に、静真は帰路につく頃には『一仕事した』とすっきりした気分で、足取りも軽かったのである。

 

「俺はヒーローにはなれないかもしれないけど、こういう協力ぐらいだったら出来るかもしれない」

 

 町の中で起こる怪事件、都市伝説。

 そういったことを解決するヒーローへの協力。

 それは、静真の心を晴れ晴れとしたものにするには十分な実績だった。

 

「うん?」

 

 だからこそ、帰路の途中で昭輝から通話があった時、首を傾げたのである。

 連絡は終えたはずなのに、まだ何か話すべきことがあっただろうか? と。

 

「ええと、もしもし?」

『うっす、少年。良い知らせと悪い知らせがあるんだが、どっちから聞きたい?』

「なんですか、その定番の質問」

『んじゃあ、悪い知らせから行くぜ?』

「しかも、訊いておいて勝手に進めるし……まぁ、聞きますけど」

『――――少年、多分お前は今、命を狙われている』

「ほあ?」

『んでもって、良い知らせだが』

「いや、いやいやいや、もっとその命を狙われている部分を詳しく――」

『俺が来たから、安心しろ』

 

 静真は思わず振り返った。

 気配、のようなものを感じたのかもしれない。

 きっと、そこに居るだろうという、謎の確信めいた予感に導かれるまま、静真は目を凝らして、そして目撃した。

 

「いよぉ、『転生者』。これで二度目だな」

 

 特撮ヒーローの如き姿で――変身した姿で、透明な『何か』を殴り飛ばす昭輝の姿を。

 

 

 

『《なるほど、貴方が『番人』か》』

 

 打撃を受けて吹き飛んだ『何か』は、言葉を紡ぎながら姿を現した。

 

「おいおい、もう会話可能なレベルまで浸食してんのかよ。ったく、これだから転生者ってのは無慈悲で嫌になる。憑依した先の人間のことなんて、使い潰すための道具としか思っていないんじゃねーのか?」

『《まさか。貴重な肉体を使い潰すような真似はしません。折角、相性の良い宿主を手に入れたのだ。きっちりと丁寧に精神をひき潰して、この肉体を我が物にして、『生まれ変わる』。それこそが、我らが願いです》』

「強欲だな、死人風情」

『《なんとでも言えばよろしい。我らは女神の加護の下、『生まれ変わる』ための機会を貰ったのです。これを逃すような真似はしません。今度こそ、私は私の人生を全うする。そのためならば、どんなことでもしましょう》』

 

 透明な『何か』は段々とその輪郭を露わにしていく。

 

『《たとえ、怪物だと罵られることになろうとも!》』

 

 姿を現したのは、昨日、静真を襲った蛇男だった。

 だが、その様子は昨日から明らかに変わっている。流暢に日本語を話しているのはもちろんだが、単に人を襲うだけだった様子から、明らかに人間らしい言動に変わっている。

 もっとも、人間らしくなったところで、やることは蛇男の時と変わることなく、静真の抹殺なのだが。

 

『《我が名はウロ・ストルリンガー! 偉大なる竜王閣下の盾にして、『鱗』の騎士なり!》』

 

 蛇男――ウロを名乗る何者かは、周囲に鱗を展開し、攻撃態勢へと移る。

 

「俺は稲川昭輝。輪廻の番人が一人、炎の神機を携える神罰執行人」

 

 ウロの戦意に呼応するかのように、昭輝も構えた。

 武術の構えにも、戦闘機がこれから飛び立つようにも見える構えだった。

 

『《いざ尋常に――――勝負!》』

「はっ! 今更、騎士気取りかよぉ!」

 

 そして、次の瞬間、鱗が爆ぜて、炎の轍が周囲に刻まれた。

 ウロが放つ鱗は、防御だけではなく散弾の如く敵を追い詰める。更には、ある程度、速度や威力、距離もコントロールすることが可能であり、無数の弾丸の如く相手に撃ち込むことが可能である。

 だが、それを悉く叩き落すのが昭輝だ。

 音の領域に近い速度で動き回り、鱗を全て叩き落し、その上で何度も打撃をウロへと通しているのだ。

 

『《ぐっ!》』

 

 打撃を何度も受けてよろめきつつも、ウロは倒れない。

 速度重視のため、一撃一撃はそこまで重くないのか、鱗の散弾をかい潜って到達した攻撃に、なんとか耐えていた。

 

「自らの運命を受け入れなぁ! 死者が生者の足を引くもんじゃねーぜぇ!」

 

 が、がががががっ! と鱗の自動防御を上回るほどの打撃を浴びせ続ける昭輝。

 影すら残さぬ高速移動は、一方的に攻撃を仕掛けては、相手の攻撃を受けることは許さない。

 ――――超速度。

 昭輝が纏う神機のパワードスーツは、常軌を逸した速度で相手を一方的に叩きのめすというコンセプトで製造された一品だ。

 並大抵の者は、その速度を目で追うことすらできない。

 

『《死者が生者の足を引くな? それは、生者が生きる価値のある者という前提が無ければ成り立たない理論ですねぇ!》』

 

 故に、だからこそ、ウロの権能は更新される。

 

『《私が依り代とした人間には、そのような価値は無い! どこにでもいるような、単なる無能な人間です! わかりやすい正しさに飛びつき、それを盲従することで自分の存在意義が保証されると勘違いしている愚か者ですとも! 優しくなりたい、などと言っておきながら、自動防御の権能が、精神保護のために『ストレス解消の暴力』を推奨するほど、性根から暴力と苛立ちが身についている人間だ――――私が憑いていなければ、どうしようもない!》』

 

 自動的に、最も適した形に防御の形が変形する。

 飛行していた鱗たちが、ウロの下に集まり、騎士甲冑が如き防殻を作り出す。

 

『《故に、女神はこの依り代を選んだ! 使い潰すべき人間だからこそ、選んだのです!》』

「ちぃっ!」

 

 舌打ちする昭輝。

 何故ならば、先ほどまで通っていた打撃が通じなくなってしまったから。

 多重構造の装甲は、昭輝が打撃を加えた瞬間、花弁の如く散って衝撃を外側に逃がしてしまう。いわゆるリアクティブアーマ―という奴だった。

 

『《どうでもいい人間の代わりに、価値のある人間が生まれ変わる! これこそが女神の意思! そう、我らの転生は女神によって有意性を証明されているのです!》』

 

 ウロの攻撃はまだ、昭輝と捉えられていない。

 だが、防御が万全ならば、リソースが先に尽きるのは昭輝の方だ。超速度の代償として、少なくないリソースを割いているだろう昭輝は、短期決戦型。戦いが長引けば、旗色は塗り替えられる。

 従って、ウロは当然の如く長期戦に備えた守勢の構えを取って。

 

「三國さんは価値の無い人間なんかじゃない」

『《うん?》』

 

 戦闘を離れた位置から傍観していたはずの静真が、意を決した様子で言葉を紡いでいた。

 

「確かに、三國さんの善意は押しつけがましかった。鬱陶しかった。距離感が間違っているとしか思えなかった。有難迷惑だったよ」

『《獲物風情が、いきなり何を――》』

「だけど、それでも、『良くあろう』とする人だった。数日の付き合いでしかないけど、今の自分よりもマシな自分になりたくて、馬鹿みたいに失敗しながら進もうとしているように見えた――――他人の価値を勝手に決めているお前よりも、よほど良い奴に見えたよ」

『《……貴様》』

 

 守勢に徹していたウロが、殺意を静真へ向ける。

 

『《上っ面しか知らぬ人間が! 魂を読み取った私に対して何を偉そうに! 被害者で! 獲物でしかないお前が、一丁前にほざくんじゃない!》』

「ははっ。敬語、取れるの早くないか?」

『《――――っ!!》』

 

 それでも、静真はウロの殺意と怒りを自らに集中させるように言葉を弄する。

 

「神威顕現」

 

 昭輝が準備を終えるまでの間、時間を稼ぐために。

 

『《んなっ!?》』

 

 静真に対する苛立ちよりも、ウロはようやく昭輝への脅威を優先した。

 それほどまでに、今の昭輝は力に満ち溢れていた。

 全身を纏う紅蓮の炎。

 渦巻く神威。

 ただ、そこにあるだけで世界の理を捻じ曲げんほどの力が、そこにはあった。

 

「少年、ナイス囮」

「へ、へへへっ。その、俺にはこれぐらいしかできないから」

「おう、助かったぜ――――でも、ぶっちゃけお前が命を懸けるほどのコスパは無いから、次からは絶対にやらないように! 物凄く危ない!」

「うっ、わ、わかりました、はい」

 

 満ち溢れた力とは対照的に、昭輝の態度は飄然としたもの。

 だが、それが余計にウロの恐怖を煽る。

 

「さて、と」

 

 まるで、『勝負はもう着いた』と言わんばかりのその態度に、恐怖と怒りを覚えてしまう。

 

『《な、舐めるなよ、番人! 私は! 最も堅牢な騎士! 鱗の――》』

 

 もっとも、その感情は一瞬までしか続かない。

 何故ならば。

 

「【炎神・超力駆動】」

 

 次の瞬間、音よりも速い、紅蓮の炎雷が堅牢なる装甲を穿ったのだから。

 

 

 

 静真は見た。

 紅蓮の炎雷が、鱗の装甲を穿ったその瞬間を。

 花弁の如く鱗が弾け飛び、ウロという悪霊の魂が剥がされる瞬間を。

 

「あっ」

 

 まるで包装を解かれたかのように、鱗が弾けた怪物の肉体は、美玖の姿へと戻される。

 力無く、果実でも落ちるかのように美玖は、そのまま路面に倒れそうになって。

 

「――おっとっとぉ!?」

 

 慌てて駆け出した静真が、美玖を抱き留めた。

 

「ほーう?」

 

 変身を解除した昭輝が動き出すよりも先に。

 

「少年、やるじゃないか。今のは実に青春していたぞ? だが、いいのか? その子は無意識の結果であれ、お前を傷つけようとしただろうし。ウロという悪霊に殺されかけた要因でもあるんだぜ?」

「え、あ、まぁ、はい……思うところは無きにしも非ずなんですが」

 

 昭輝の問いかけに、静真は複雑な表情を浮かべて答える。

 

「こいつ、クラスメイトなんです。俺のクラスの委員長なんです。しかも、俺の隣の席に居るんですよ? 嫌じゃないですか。ずっと嫌ったり、憎んだりするの。後、『見捨てる権利』があったとしても、こう……女の子が傷つく瞬間に動かなかったことを後悔するのは嫌というか。俺はメンタルが弱いから、できる限りそういう後悔はしないようにしているというか」

「へぇえええ」

「あの、なんですか、その笑顔は? ひょっとして馬鹿にしてます?」

「いやいや、これでも感心してんのさ」

 

 本当に? と疑問に思う静真であるが、ここで追及してもまともな答えは帰ってこない。

 故に、静真は気持ちを切り替えて、別のことを質問することにした。

 

「えっと、稲川さん」

「苗字は嫌いなんだ、昭輝と呼んでくれ」

「……年上の男性をいきなり下の名前で呼ぶの凄い抵抗があるんですが」

「まぁまぁ、俺も少年のことは静真君って呼ぶから」

「…………昭輝さん」

「なんだ、静真君」

「こいつ、これからどうなるんですか?」

 

 すぅすぅ、と腕の中で安らかに眠る美玖の体を強く抱き、警戒するように質問をする。

 答え次第では、このクラスメイトは渡さない、と言わんばかりに。

 

「んー、そうだな。そもそも、転生者――もとい悪霊憑きの宿主は大体が被害者だからな。故意で誰かを傷つけていなければ、そこまで厳しく罰せられることは無い。今回の場合だと精々、どれだけ悪霊憑きであった時の記憶があるかの確認する程度になるだろうよ」

「そう、ですか」

「はははっ! 大丈夫だ、悪いようにはならない!」

「それなら、まぁ、俺としては何も言うことはありません……いや、何か言えたところで、無意味でしょうけど」

「いやいや、そうでもねぇさ」

 

 昭輝は愉快そうに静真の背中を叩き、告げる。

 

「恰好良かったぜ、少年」

 

 その勇気と善意を称賛するための言葉を。

 

 

●●●

 

 

 後日。

 

「何が何だかよくわからないけど、シズシズに迷惑をかけたことはうっすら覚えている感じがするから、これ、お詫びの品」

 

 静真は不機嫌を隠さない顔の美玖に、菓子折りを手渡された。

 朝のホームルーム前に、ほかのクラスメイトが見ている前で、だ。

 

「い、いや、別に。そこまで気にしなくても」

 

 正直、要らない。

 というか、この場で渡されても困る、という気持ちでいっぱいになった静真であるが、美玖の表情が露骨に不機嫌に歪む。

 

「は? 君はアタシに謝罪もさせないつもりなの? 謝罪を受け取ってもらえないほど、アタシはひどいことをしたってわけ? や、それならそれで受け入れるけど、ぶっちゃけ良くわかんないから、そこら辺を一からちゃんと説明して――」

「ありがたくいただきます、はい」

「ねぇ、面倒くさくなったでしょ? そうなんでしょ? アタシと話すのが面倒だから会話を打ち切るために受け取ったんでしょ? ねぇ??」

 

 転校初日に見せた、愛想の良い笑顔はもう既に無く、静真は美玖からの追及をさんざん受けて、朝から疲れる羽目になったという。

 これが、非日常が絡んだ、いつもとは違う人助けの顛末だった。

 

 

 

 さらに数日後、静真は昭輝に呼び出されて、町内の定食屋に来ていた。

 

「先日は世話になったな、今回も奢らせてもらうぜ」

「えっと、良いんですか?」

「おうとも。少年から貰った情報のおかげで、早期解決したわけだからな。大分助かったぜ」

「俺としては、助けられたのはこっちなんですが」

「それは仕事の範疇だからなぁ。礼を言われても貸し借りに思うのは違うだろ」

「そんなもんですかね」

 

 既に二回目となった定食屋の会合なので、静真としても緊張感は少ない。

 昭輝は非日常的な職業のヒーローではあるものの、既に事件は解決したのだ。

 何も気負うことなく、静真はメニューを眺めて。

 

「なぁ、少年」

「なんですか? あ、ひょっとして金額の上限が決まっていて――」

「一つ提案があるんだけどよ」

 

 不意に、その言葉をかけられた。

 

 

「この町でヒーローをやってみないか?」

 

 

 静真の運命が変わる、その言葉を。

 

 

 これが、鳴上静真がヒーローになるきっかけ。

 田舎町で、あまりにも多すぎる転生者たちと戦う羽目になった、その最初の出来事である。

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