転生者が多すぎる田舎町で、陰気な俺がヒーローになるようです   作:げげるげ

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第3話 この町には転生者が多すぎる

 文芸部の本棚は意外と内容が充実したものだった。

 古典文学からライトノベルまで、有名どころはある程度揃えられており、その中には異世界転生モノまできっちりと取り揃えている。

 

「転生者、ねぇ」

 

 静真はその内の一つ、『社畜だった俺が異世界でブラック魔王軍の四天王に抜擢されたけど、予想以上に内部関係が昼ドラ』の単行本を取り、ぱらぱらとめくって行く。

 転生モノ。

 その大半は現代から異世界へと魂が移動し、生まれ直すことが多い。

 だが、その逆はあまり見られない。

 無論、探せばいくつかそういう内容の本が見つかるかもしれないが、現代からの転生に比べて数は圧倒的に少ない。

 だが、静真は母親から、『転生者ブームってのがあったのよね、結構昔に』という話を聞いたことがあるので、なんとなくイメージは掴めていた。

 異世界の存在が、現代に転生してくるというイメージが。

 

「……はぁ」

 

 静真は浅くため息を吐き、昨日の出来事を思い出す。

 悪霊憑きの真実――異世界からやってくる魂の転生事情を。

 昭輝から受けた、思わぬスカウトの話を。

 

 

●●●

 

 

 天見町は壁が薄い。

 『世界の壁』が薄い。

 世界を隔てる壁が薄く、そのため異世界から侵入者が現れることも多いのだ。

 そして、その侵入者というのは大抵、人間ではない。人間であったとしても、異世界を股にかけて旅をする大魔導士というパターンが大半なのだが、それはさておき。

 一番多い侵入者のパターンは、『神』である。

 滅んだ異世界の神々が、緊急避難とばかりに天見町に潜伏してくることが多いのだ。

 だが、それならばまだ構わない。多少、不法移民問題にはなるが、相手は神である。その辺の問題は勝手に上手くやるだろう。

 故に問題は、緊急避難的に天見町に入ってきた癖に、『侵略』を目論む神が存在することだ。

 

 侵略を企む神の行動は、大体は同じパターンである。

 天見町の人間に接触し、洗脳して手駒にするか。

 あるいは、天見町の人間に『ストックしている偉人英傑たちの魂を憑依させ、強制的に別人へと生まれ変わらせる』か。

 前者の場合は、対処は簡単である。

 神とは言えども、所詮は異郷の敗残者。洗脳の痕跡を辿り、天見町に存在する『土地神』のバックアップを受けた者たちを派遣し、異世界の神を討伐することは難しくない。

 けれども、後者の場合は少々厄介だ。

 人間、『人が変わる』ということは割と珍しくない。何かに感化された人間というのは、人が変わったかのように生まれ変わるものである。故に、『本当に生まれ変わっている』場合と判別がつきづらい。しかも、憑依という形で元の魂と同居しているので、隠密性は非常に高く、土地神による探査も効きづらいという有様だ。

 

 しかし、それでも隠蔽が完璧というわけでは無い。

 異世界の魂を憑依させるのには条件が存在する。

 それは、憑依先の人間――宿主の願望を叶えること。

 そう、異世界の魂は何かしらの願望を持ち、『心に隙のある者』にしか憑依することが出来ないのだ。しかも、憑依したらしたで、その者の願望を叶えなければ、浸食して宿主の肉体を掌握することもできない。

 従って、異世界の魂は大抵の場合、神から『権能』という特殊能力を賜っている。

 宿主の願望を叶えるため、侵略のため、この世ならざる力を持っていることが多いのだ。

 そして、『権能』を使った願望成就というのは悪目立ちをしてしまう。どのように上手く隠したつもりでも、都市伝説として町の中で噂になってしまう。

 

 都市伝説を辿り、この世ならざる力の残滓を見つけ、転生者へと対処する者。

 土地神の威光の下、輪廻を介さぬ転生者に正しい死を与える者。

 それこそが、天見町を守る守護者、『番人』なのである。

 

 

 

「まー、あれだ。ぶっちゃけると、ちょっと表には出せない地方公務員って感じなわけだ」

「地方公務員の退魔師ってことですか?」

「そうそう」

「……実際に戦っている時と、その実態に対するイメージの乖離がひどいっていうか。最近の地方公務員っていうのは、そういうこともやっているんですね?」

「いや、実は千年以上前から、天見の土地で受け継がれていた仕事らしいぞ?」

「で、伝奇小説みたいな世界観なんですね、天見町」

「異世界人がファンタジーな恰好をするときもあるけどな」

「ファンタジーな恰好っていうか、特撮モノの怪人っていうか」

 

 昨日の放課後。

 静真は町の定食屋で、思いのほかファンタジー感が溢れる説明を受けていた。

 

「ちなみに、あの怪人形態になると通常兵器ではまともにダメージを与えられなくなるから気をつけろよ?」

「あ、やっぱりそういう『お約束』みたいなのあるんですね」

「まぁな。大抵の転生者ってのは、自身の魂を『装纏』する技術を持っている。『装纏』された魂ってのは、この世ならざる物質となって、物理法則だけに依存した攻撃を防ぐ。だから、そいつらを倒すには特殊な装備が必要となる」

「それが、あの特撮ヒーローみたいなパワードスーツってことですか?」

「ああ。あれは『神機』と言ってな? 神様の力が込められた機械生命体なんだ。俺たち番人はそれを鎧として纏うことにより、転生者どもに対抗しているってわけだ」

 

 テーブルの上にはそれぞれ、昭輝が頼んだ親子丼、静真が頼んだソースカツ丼が置かれている。そう、この非日常的な会話は、実に日常的な食事と共に行われていた。

 

「なるほど……あの、昭輝さん」

「なんだ?」

「がっつりと内部事情を説明してくれていますけど、ええと、これって教えてもいい情報なんですか? その、『悪霊憑き』の時みたいな『最低限のぼかし』が入った説明でもなくて、かなり具体的に色々語っていますけど?」

「んー、実はちょっと駄目だな」

「駄目なんですか!?」

「だが、安心しろ。駄目なのは俺だけだ。俺が思いっきり始末書を書かなきゃいけないだけで、別にお前の記憶が消されるとかは無い。つーか、そんな便利な技術は無い。精々、口止めを『お願い』するだけだな」

「微妙に怖いニュアンスが含んでいるんですが……というか、駄目ならなんでここまで説明してくれたんですか?」

 

 昭輝は食事の手を止めないまま、何でもないように答える。

 

「そりゃあ、スカウトする相手にはきちんと仕事の内容を説明しないといけないだろ?」

「…………本気、なんですか?」

「これを冗談にするほど、センスの悪い人間であるつもりはないぜ?」

 

 対照的に、静真は箸を置き、佇まいを直して昭輝と向き合った。

 

「何故、俺を? その、俺は全然凄くないというか、むしろ助けられた立場の人間なんですが」

「そりゃあ、素質があるからさ。この仕事に対する素質って奴が」

「そんなのわかるんですか? 俺と会って数日しか経っていないのに」

「こういうのは時間じゃなくて、直感なのさ、静真君」

 

 飄然と答える昭輝の真意を探るように、じっと見つめる静真。

 けれども、いくら見つめたところで、さっぱり昭輝の意図など見抜くことは出来ず。

 

「んで、どうする? ヒーロー、やってみるか?」

 

 選択の時が来た。

 

 

●●●

 

 

 ぱたん、と単行本を閉じて、静真は回想から戻ってきた。

 ほとんど目を通していない単行本を本棚へと返却すると、「はぁ」と小さくため息を吐く。

 

「俺は間違っていない、はず」

 

 選択の時、静真が選んだ答えは『ヒーローにはならない』だった。

 何故ならば、戦うことが怖いから。

 いくら格好よく思っていたとしても、昭輝の仕事は『怪物との戦い』である。

 しかも、ウロと昭輝の戦いを見る限り、それは命がけのものになってもおかしくないものだ。

 そんな仕事に誘われて、『はい、やってみます』とあっさりと答えられるほど、静真は今の生活に不満を持っているわけではない。いや、仮に生活に不満を持っていたとしても、命がけの仕事に身を投じるほど追い詰められているわけでもない。

 加えて、静真には家族が居る。

 多少、奇行が目立つ破天荒であっても、きちんと愛情を注いで育ててくれた母親が居るのだ。

 命がけの仕事をやることになって、心配させるのは忍びない。

 以上の理由から、静真は昭輝の誘いを断ったのである。

 もっとも、昭輝の方も駄目で元々という意識があったためか、すんなりと『ま、そりゃあそうだよなぁ』と納得したので、変に拗れることは無かったのだが。

 

「間違ってはいないんだけど、うーん」

 

 しかし、静真としては少し心残りがあるのも事実だ。

 何せ、ヒーローである。

 格好良く自分を救ってくれたヒーローが自分をスカウトしてくれた、という夢のシチュエーションであるのだ。全く心が揺られなかったかと言えば嘘になる。

 故に、スカウトに応じるつもりは無くとも、断ってしまったことに未練や一抹の後悔というものも確かにあって。

 

「……はぁ」

 

 静真はふと、自分ではないため息が部室内から吐き出されたことに気づいた。

 あまりにも良いタイミングだったので、自分が吐いたものだと誤解しそうになったのだが、それは違う。

 

「はぁーあ」

 

 ため息の主は、部室に存在するもう一人の人物だった。

 

「…………はぁああああ」

 

 深々と本日三度目のため息を吐くのは、静真のクラスメイトである隆造だ。

 何やら思い悩むことがあるのか、先ほどから小説の文庫本のページが先ほどから少しも進んでいない。

 

「田村、どうした? そんなため息ばっかり吐いて」

 

 そんな状態のクラスメイトを放置しておけるほど、静真は薄情ではなかった。

 陰気ではあるものの、困っている人間、しかも隣の席のクラスメイトを見て見ぬふりはできない性質なのだ。

 

「鳴上……あー、いや、ちょっとした愚痴っていうか。心配事みたいなものがあってさ」

 

 静真から声をかけられた隆造は、一瞬、取り繕うように笑顔を浮かべる。

 

「心配事? 訊いてもいい奴?」

「いい奴……ではあるけれども、つまらないぞ?」

「いいさ。何かできるとは限らないけど、愚痴や心配事を吐き出すぐらいだったら付き合うよ? ほら、三國さんのことで助けられた借りがあるし」

「そっか。んじゃあ、遠慮なく」

 

 だが、隆造の取り繕った笑顔はすぐに剥がれた。

 残ったのは付き合いの良いクラスメイトに対する苦笑のみ。

 

「ちょっと仲の良い先輩のことで悩んでいてさ……最近、人が変わったというか、やたらと荒れている感じなんだよな」

 

 隆造が語った内容をまとめると、以下のようなものになる。

 中学校の頃から仲の良かった先輩が、最近様子がおかしい。

 言動が荒れて、すぐに他人に対して怒鳴るようになってしまった。

 以前は後輩に対する面倒見が良く、周囲の潤滑油のようにあらゆる人の仲を取り持つことが上手い、協調性に溢れる人物だったのに、今ではまるで逆。周囲の迷惑など知ったことでは無く、我を通すことにこだわっていたりする。

 その変化は部活動の内容にまで及んでおり、その先輩が所属するバスケットボール部の雰囲気は今や、最悪に近いものとなっていた。

 

「先輩、あんまり運動神経が良い人じゃなくてさ。中学時代からレギュラーとか取れない感じだったんだ。だから、高校ではどうしてもレギュラーが欲しいって練習を頑張って……だけど、頑張り過ぎて怪我をしてしまった所為で、逆にレギュラーが遠のくこともあって。最近、ようやく怪我が治って復帰し始めた矢先に、今度は荒れ始めて……ワンマンなプレイは当然みたいなって、酷い時はラフプレーで周囲をけん制するようになったんだよ」

「ふーむ」

 

 静真は隆造の話を聞き、顎に手を添えて考え込む。

 転生者案件、と決めつけるのは時期尚早だ。

 人間、生きていれば普通に人が変わるように荒れることもある。ましてや、その先輩は怪我という挫折の機会を経験しているのだ。真面目に練習した結果、報われずに自棄になっている可能性は否定できないだろう。

 

「月並みの提案で悪いけど、ストレス発散が必要な奴じゃない?」

「あー、やっぱりそう思うか?」

「直接、その先輩を見たわけじゃないから詳しくはわからないけど、田村の話を聞く限り、色々と今まで溜め込んだものが爆発したように感じるね」

「……それは、うん。先輩、荒れる前は部活動から友達関係まで、誰かの間を取り持ったり、愚痴をよく聞いて相談に乗ってくれるような人だったから」

「んじゃあ、やっぱりストレスじゃない? もしも、別に要因があるとしても、荒れているならストレスを発散して損するってことはないだろうし」

「ん、そう……だなっ! よし! サンキューな、鳴上!」

 

 静真からの無難な提案を真面目に検討し、納得したように隆造は力強くサムズアップした。

 

「早速、今日の放課後にでも先輩をカラオケに誘ってみるわ!」

「おう、頑張れー」

「ついでに、鳴上も一緒に来ようぜ! つーか、今の先輩相手に一人だと気まずいから、一緒について来てくれ」

「えぇ……」

 

 そして、サムズアップした手を素早く合掌させて、静真へ頼み込んだのだった。

 

 

 

 静真は頼みを引き受けた。借りのある隆造からの頼みということもあったが、静真はその先輩の件を転生者案件ではないかと疑っていたのだ。

 とはいえ、何の事件も起きていない時点で昭輝に連絡するのは憚られたし、とりあえずはその先輩とやらと接触してみようと思ったわけである。

 故に、隆造からの頼みを引き受けた理由としては、借りが半分、転生者案件の確認が半分というものだった。

 

「まぁ、流石にこの短期間に二度も転生者案件に遭うことなんてないだろうけど」

「ん? 何か言ったか?」

「いいや、何でも」

 

 自身の小さな独り言を誤魔化した静真は現在、隆造と共に体育館へと向かっていた。

 バスケットボール部の練習が終わったところで、隆造の先輩を誘ってカラオケに行くという計画である。

 

「そういや、鳴上はカラオケ屋の場所知ってる?」

「んー、知らないけど、どこ? 駅前?」

「いや、国道沿い。打ちっぱなしのゴルフ場の近く」

「へぇ、歩いて何分」

「二十分」

「そこそこかかるね、時間」

「普段は自転車で行ってるからなぁ、俺」

 

 体育館に向かって歩く隆造と静真は、他愛ない言葉を交わしながら歩く。

 特に何でもない、普通の話題。

 つい最近、転生者という怪人が現れたというのに、まだそういう存在が隠れ潜んでいる可能性があるというのに、その町に住む住人の会話は、当たり前だが普通極まりないものだ。

 そのことに奇妙なギャップを感じた静真は、なんとなく自分が浮ついているのだと自覚した。

 昭輝と出会ってから、妙に地に足がついていない。非日常を体験したが故の高揚が、まだ抜けきっていないのだろうと。

 だが、きっとこのギャップもいずれは収まる。

 自分はヒーローにはならないという選択をしたのだから、非日常に関わることも段々と少なくなっていくだろうと、静真は達観を浮かべながら歩く。

 そして、雑談を交わしていくうちに、二人はいつの間にか体育館前まで着いて。

 

「おい、どういうことだよ!? なんで、俺より下手な奴がレギュラーなんだ!?」

 

 体育館の外側まで響く、怒声を聞いた。

 見ると、開かれた体育館の入り口付近で、二人の男子生徒が何やら揉めている。

 

「落ち着け、伏原」

「これが落ち着けるかよ。事の次第によっちゃあ、三年の先輩に直談判を――」

「その先輩からの判断なんだよ。最近のお前は確かに前よりも上達したが、チームプレイを疎かにし過ぎだって」

「はぁ? そんなの他のレギュラーも似たようなもんだろ!? なんで、俺だけ!」

「…………だから、もう間に合ってんだよ」

 

 怒声を浴びせている方は、黒髪短髪の中肉中背という姿の男子。

 困った顔で宥めているのが、高身長でスキンヘッドという特徴的な要素を持つ男子。

 二人はどうやら同じ部活に所属しているらしく、その部活動に関して言い争っているらしい。

 

「間に合っているって、どういうことだよ!?」

「だから、そういうプレイをする選手は間に合っているんだ。だから、お前に期待していたのはそういうのじゃなくて――」

「期待!? 散々、積極性が足りないとか言ってきた奴が何を今更!」

「だから! 前のお前はチームプレイに長けていたが、積極性が足りなくて! 今のお前はそれ以前って感じなんだよ!」

「何がそれ以前だ? 上手くなりゃ、それでいいだろうが!」

「上手くなっても、バスケットボールはチームワークのスポーツなんだぞ!? 本当にそのことをわかっているのかよ!?」

 

 熾烈に言い争う二人の男子。

 そこから少し離れた場所に居る静真は、困ったように呟く。

 

「まいったな、あの人たちが邪魔で体育館から、全然人が出てこない。これじゃあ、田村の先輩がどこにいるのかもわからないなぁ」

「……いや、違うぜ、鳴上。先輩は、その、そこに居る」

「……どっちの方?」

「身長低い方」

「……あー、なるほどぉ」

 

 言い争う二人の男子――その片方、怒声を浴びせかけている方を、隆造は沈痛な面持ちで眺めている。

 

「先輩……恭司先輩は、滅多に怒ったりする人じゃなかったんだけどな」

 

 結局、二人の男子の言い争いが終わるよりも前に、静真と隆造はその場から立ち去ることにした。

 カラオケに誘うにはあまりにも、殺伐とした雰囲気過ぎて。

 

 

 

「恭司先輩はさ、多分、機嫌が悪いだけなんだ。ちょっと、心が荒んでいるだけだと思うんだよ」

「……ん」

 

 体育館から離れていく隆造は沈んだ声で、何かの言い訳のように言葉を重ねる。

 

「だって、あの人は俺が荒んでいた時、根気よく付き合って慰めてくれた。昔、俺が怪我して野球を辞めなきゃいけなかった時、他の誰もが俺を見捨てたのに、あの人だけが俺に最後まで付き合ってくれたんだ。だから、ああいうのはマジで本当に、タイミングが悪かっただけというか」

「そっか」

 

 沈痛な面持ちで重ねられた言葉を、静真は余計な口を挟むことなく聞いていた。

 

「…………悪い。カラオケは、また今度だ。ちょっと、俺も気持ちの整理をしたい」

「わかった。んじゃあ、また明日」

「おう、また明日」

 

 やがて、隆造は無理やり笑顔を作って、静真へ別れを告げた。

 少し速い駆け足で去って行くのは、心の中の動揺を抑えるためもあったのだろう。

 

「……さて、と」

 

 すぐに背中が見えなくなっていく隆造を見送ると、静真は切り替えるように深呼吸を一つ。

 

「俺の勘違いなら、余計なお世話。だけど、もしも勘違いじゃないなら……借りを返す程度の働きにはなるかもしれない」

 

 覚悟を決めたように呟くと、踵を返して体育館へと戻っていく。

 隆造が慕っていたはずの人、恭司先輩の真実を確かめるために。

 

 

 

 静真は本気で、その『恭司先輩』が転生者に憑かれていると疑っているわけでは無い。

 人間、荒れる時は荒れる。親しい間柄でも、全く知らない面を持っていることもある。思いもよらぬことをした人間が、周囲から『あんなことをする人間には見えなかった』と言われることも多々あるだろう。

 

「…………」

 

 故に、静真は一度だけ尾行を行うことにした。

 恭司先輩と呼ばれていた男子の後を付いて回り、帰路を見張ることにしたのだ。

 本気で疑っているわけでは無く、自らの納得のために。

 

「無駄足が最善。なんの成果もないのが一番……だけど、もしもの場合は……」

 

 ごくりと喉を鳴らし、静真は恭司先輩の背中を追っていく。

 尾行の経験なんてない静真だったが、母親の小説の中に探偵が出てくるものもあるため、いくつかのコツのようなものは理解していた。

 慌てない。目立たない。騒がない。

 そして、止まらない。

 漫画やアニメの描写のように、露骨に電柱の影に隠れ潜んで移動することはしない。堂々体を晒しつつ、単なる通行人として印象に残らないような歩き方をするのだ。仮に、尾行相手が急に立ち止まったとしても、それに合わせて立ち止まるような真似はしない。ある程度のタイムロスは覚悟しつつも、その場は平然と立ち去るぐらいの肝の太さが必要なのだ。

 

「……ふむ」

 

 そんなコツを上手く実践できているのか、静真自身に判別がつかない。

 だが、静真は恭司先輩が帰路に着いてから、バレることなくその背後を歩き続けることに成功していた。

 

「やっぱり、考えすぎか? いや、たった一度の尾行で何がわかるんだ、って話かもしれないけど」

 

 恭司先輩の動向を見守っていた静真は、自分の杞憂だったのかもしれない、と心の中で結論づけていた。

 そもそもの話、仮に転生者に憑かれているとしても、静真が尾行を初めてから怪しい行動をするとは限らないのだ。ましてや、怪物に変身する場面を目にする可能性は低いだろう。

 

「……ひょっとすると、俺は馬鹿かもしれない」

 

 無駄足の可能性が高いことは予想していたが、こんな無駄過ぎる行動で果たして自分は納得できるのだろうか? などと静真が思い始めていた頃のことだった。

 

 ――――ぞくり。

 

 爪先で黒板をひっかいたような不快感が、突如として全身を襲った。

 

「……っ!?」

 

 一体、何が起こったのかと静真が周囲を確認すると、居ない。

 いつの間にか、足早に恭司先輩以外の人間が立ち去り始めていたのだ。

 

「…………今のは、一体?」

 

 そして、静真の足もいつの間にか、この場から離れたがっているように武者震いを起こしている。

 何事もなければ、最初から尾行していなければ、静真は周囲の人間と同じく、この場から立ち去っていたかもしれない。

 だが、今の静真は確かなる意思で恭司先輩を尾行している途中だ。

 さりげなく出ていく周囲の人間に混じって動きつつも、街道の曲がり角に身を潜めて、恭司先輩の観察を続行した。

 すると、今まで歩いていた恭司先輩はふと立ち止まって、隠れ潜む静真以外誰も居ない空間で呟いた。

 

「魂罪装纏」

 

 静真の懸念が的中してしまう、これ以上ない証拠となる言葉を。

 

『《くはっ!》』

 

 喉の奥から笑い声を漏らす、恭司先輩はもはや、単なる人間ではなかった。

 両腕と同化した翼。

 鳥の頭部。

 かぎ爪の如き両足。

 体中を覆う、茶けた羽毛。

 ――――鳥人間、あるいはバードマン。

 静真はその姿に、都市伝説に登場する怪物の姿を思い浮かべて。

 

『《くははははっ! そうだ、『そう』すればいい! 名案だ!!》』

 

 哄笑を響かせながら飛び立つその背中を、しばし呆然とした様子で見上げる。

 

「…………治安悪すぎだろ、この町」

 

 その後、静真は吐き捨てるように言って、急いで携帯端末を操作し始めた。

 静真が知る限り、一番のヒーローに助けを求めるために。

 

 

◆◆◆

 

 

 伏原 恭司(ふしはら きょうじ)は自他共に認める努力家だった。

 初めてバスケットボールに触ったのは、齢五歳の頃。

 学生時代にバスケットボールを嗜んでいた父親の影響を受けて、幼い頃からバスケットボールに慣れ親しんで生きてきた。

 小学生の頃は、スポーツ少年団のミニバスケットボールに参加して。

 中学生の頃は、バスケットボール部の部員として毎日練習を重ねて。

 けれども、どうにも恭司にはレギュラーとして活躍する機会に恵まれていなかった。

 理由としてはいくつかある。

 まず、恭司が所属したバスケットボールのチームがどれも強かったこと。

 次に、恭司の運動神経が平均以下だったこと。

 最後に、恭司は本番に弱く、レギュラーを決めるための部内練習試合では、良い成績を残せなかったこと。

 これらの理由により、恭司は今までレギュラーの機会に恵まれなかったのである。

 

 ただ、機会に恵まれなくとも、恭司は今まで腐らず過ごしてきた。

 レギュラーを獲得できないのは、あくまで自分の力不足の所為。他人に当たり散らしても意味はない。それよりも練習を重ねよう。レギュラーになれなくても、それ以外の部分でチームの力になれるように尽力しよう。

 そんな人柄の持ち主であったが故に、恭司は年上年下を問わず、周囲から慕われて生きてきた。レギュラーになれずとも、チームにとっては縁の下の力持ちとして認められていた節すらあったほどに。

 

 そんな恭司の心にヒビが入ったのは、高校の部活動の最中に起こった事故だった。

 事故を起こした相手は、同学年の部員。バスケットボール歴は恭司よりも短いものの、センスの良さからぐんぐんと腕を上げている選手だった。

 天才肌故の傲慢なのか、ラフプレイが多く、自分が思うがままに動いた結果、反則を取られることも少なくない相手だった。

 そう、その時も恭司のディフェンスを鬱陶しく思ったのか、強引に抜けようとして接触事故を起こしてしまったのである。その結果、恭司の左足にヒビが入り、謝って済むレベルではない怪我を負わせてしまったというわけだ。

 当然ながら、怪我を負わせた相手は部内から非難されるようになってしまって。

 

「みんな、あれは事故だった。彼を過度に責めるのはよくない」

 

 けれども、当事者である恭司の執り成しがあって、なんとか騒ぎにはならずに収まった。

 怪我を追ってもなお、恭司は協調性に溢れた態度を取っていたのである。

 これにより、チームの不和は取り除かれ、問題は解決した――――はずだったのだが、問題は恭司の心の中に残ってしまった。

 

 ――――なんで、俺はこんなところに居るんだろう?

 

 怪我をして休んでいる最中、コートの外側から部員たちを応援している最中、恭司の心はどんどんとひび割れていった。

 正しいことをしたはずなのに、嫉妬と怒りが収まらない。

 心の中の不満がいつまで経っても消えない。

 怪我をしていなければレギュラーになれていたかもしれない、という想いが消えない。

 どれだけ、表面上は取り繕っても、恭司の心の奥底では、そのような想いが澱のように段々と積み重なって。

 

 

『《生まれ変わりたいと望む貴方に、祝福を与えましょう》』

 

 

 夢の中の啓示に、抗えなかったのである。

 

 

 

 夢の中で啓示を授かってからというものの、恭司は絶好調だった。

 何故ならば、今まで苦戦していたことが嘘のように容易くこなせるようになったのだから。

 バスケットボールの技術。

 たとえば、ドリブル。

 たとえば、シュート。

 たとえば、ディフェンス。

 今まではいくら努力を重ねても、いまいち冴えない技量しか身に付かなかった恭司であるが、啓示を受けてからは、異様なほどの成長速度で技量を向上させて行ったのである。

 さながら、漫画やアニメの主人公のように。

 天性の才能を持った、選ばれし者のように。

 

「そうだ。これだ、これだよ! これなら、俺だってレギュラーになれる!」

 

 恭司は自らの成長を喜んだ。

 きっと、今までの努力の積み重ねがようやく実を結んだのだろうと、深く考えずに喜んで。怪我が治ったばかりだというのに、ブランクも感じさせない勢いでどんどんと恭司はバスケットボールの技術を上達させて行って。

 

「悪い、伏原。今のお前じゃあ、俺たちはチームに入れたいと思わない」

 

 何故か、そう、『何故か』、恭司はレギュラーに選ばれなかった。

 技量としては十分だったはずだというのに、恭司は高総体のレギュラーに選ばれることは無かったのである。

 少なくとも、同学年でバスケットボール部のエースをやっている男子からは、そのような判断を下されてしまったのである。

 

「…………は?」

 

 意味不明だ、と頭の中が疑問で満ちた後、その疑問は怒りによって塗り替えられた。

 技量は上がったはず。

 怪我をする前よりも、ずっと上手くなったはず。

 今のレギュラーメンバーの全員よりも上手いとは言えないが、それでも自分の方が上手い奴は居るはず。

 なのに、どうして?

 どうして、どうして、どうして、どうして――――俺を認めない?

 

「ふざけるんじゃねぇ!」

 

 怒りで声を荒げた恭司は気づかない。

 夢の啓示を受けてから今まで、明らかに自らの性格が変わってしまったことに。

 才能に溺れた、なんて言葉では言い表せないほど、豹変してしまったことに。

 今までは、チーム全体に広がっていたはずの視野が狭まり、恭司が見ているのは己自身だけになってしまった。故に、他者への気遣いなど忘れ、自己中心的なプレイングが目立ち、困惑する部員たちの様子を全く気にすることは無かった。

 そう、恭司は気づかない。

 別人と呼んでも差支えがないほどに、自らの人格が『浸食』されていることに。

 

「くそっ、どうすりゃいい? どうすれば、俺はレギュラーになれる?」

 

 自己中心的な性格に変貌してしまった恭司は、レギュラーから落選してしまった後に考えた。

 一体、どのような手段を用いれば、今からレギュラーを獲得できるのかを。

 今以上に練習を重ねて、実力でわからせる?

 いいや、さっきみたいにチームワークが云々という理由で落とされるに決まっている。

 直接部長への抗議をする?

 いいや、同学年のエースの発言の方が、部長が耳を傾けることはわかっている。

 ならば、どうするか? どうすれば、伏原恭司がレギュラーを獲得できるのか?

 恭司は――――否、恭司に憑りついた転生者は考える。

 考えて、考えて、そしてシンプルな答えに辿り着いた。

 

「レギュラーを、減らせばいい?」

 

 既に枠が埋まっているのならば、その枠を減らせばいい、と。

 

「魂罪装纏」

 

 故に、恭司は変身する。

 転生者の魂を身に纏う。

 この世ならざる者へと姿を変える。

 もっとも効率よく、他者を害するための姿へと変貌する。

 

『《くはっ!》』

 

 湧き上がる殺意はもはや、恭司のものとは呼べなかった。

 

『《くははははっ! そうだ、『そう』すればいい! 名案だ!!》』

 

 翼を持つ怪物として飛び立った瞬間、その殺意は転生者によって支配されていた。

 

『《くははははっ!》』

 

 哄笑を響かせながら向かう先は、レギュラーメンバーの一人の場所。

 かつて、恭司に怪我をさせてしまった、天才肌の部員の下へ。

 無論、哄笑しながらも、恭司の内に潜む転生者は『人払い』の魔術を忘れない。

 殺意のままに暴れさせるなんて真似はさせない。

 忌々しい番人に邪魔されぬよう、きっちりと準備を重ねた状態で宿主に殺人を犯させる。その罪の重さによって、精神をへし折り、肉体を完全に掌握する。願いを叶えるための行動と、精神を浸食するための行動を合わせて、一石二鳥を狙う。

 それが転生者の狙いだった。

 

『《死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇい! 俺のために! ワタシのために! 死んでくれよぉおおおおおおおお!!》』

 

 転生者は恭司の憎悪を煽りながら、空を飛ぶ。

 標的以外の人は羽ばたきと共に、人払いで追いやって。

 

「……ん?」

 

 そして今、間抜け面をした標的に向かって、急降下してその心臓をくちばしで貫かんと迫る。

 

 

「だらっしゃぁあああああっ!!?」

「んぎゃっ!?」

 

 

 だが、そのくちばしが標的の心臓を貫くよりも前、標的が急に横へ吹き飛んだ。

 正確に言えば、『突然、隣に現れた何者かによって突き飛ばされた』のだ。

 

『《……お前》』

 

 羽ばたきと共に、転生者は邪魔者を見下ろす。

 冷徹なる判断を下す。

 

『《お前も、邪魔だ》』

 

 即ち、この邪魔者もまとめて排除してしまおう、と。

 人払いの魔術を乗り越えてやってきた何者か――――静真を殺さんと、再び上空へと飛び立ったのである。

 

 

●●●

 

 

「づうぅううおおおおおおおお!!? 逃げろ、逃げろ、早く逃げろぉ!!」

「んな!? 何!? え、なんだこれぇ!?」

 

 天然パーマの先輩――今にも殺されそうだった男子の尻を、静真は蹴り上げる。

 強制的に立たせて、背中を押しやり、無理やりにでも走りださせる。

 

「なぁ、なんだよ!? なんだよ、あの怪物!?」

「話は後で! さっさと逃げて!!」

 

 先輩に対して敬語を扱う余裕なんてない。

 当然、事情を説明している暇も。

 従って、静真は必死に天然パーマの先輩と共に逃走を開始した。

 

『《邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ! 邪魔なんだよぉ、お前らぁ!》』

 

 背後から翼を持つ怪物――転生者が怒声を上げながら迫りくる。

 そのスピードたるや、獲物を狙う鷹の如く。人間大の大きさの物体が、猛禽類の如き素早さをもって、静真たちに襲い掛かってきているのだ。

 

「しゃがんで!」

「ひぃ!?」

 

 静真はそれを間一髪で回避する。並走していた天然パーマの先輩の胸倉を掴み、無理やりしゃがませて回避させる。

 ひゅん、と頭の上で鳴る風切り音は、死神の鎌が振られた音に等しい。

 まともに転生者からの攻撃を受ければ、ただの人間である静真たちではひとたまりもないだろう。

 

「ほら、先輩! いつまでもしゃがんでないで! 走って逃げるんだ!」

「な、なんだんだよ、もぉ!」

 

 涙目になった天然パーマの先輩を激励すると、静真は再び走りだす。

 ほんの僅かでも時間を稼ぐために。

 

『《無駄、無駄、無駄ぁ! 無駄なんだよぉ! お前らは全員、死ぬぅ! ワタシに殺される運命なのだぁ!》』

 

 上空から降ってくる殺意の言葉に足を萎えさせないように、必死に呼吸を繰り返して。

 

「し、死ぬっ! 死んじまう!? い、嫌だ! こんな死に方は――」

「泣き言を言う暇があったら走る! 大丈夫! 助けは来るから!」

 

 天然パーマの先輩を励ましつつ、足を止めないように闘争を続ける。

 一度目、転げ回るように爪を避けて。

 二度目、空から振り下ろされる暴風に体を揺らされながらも走って。

 三度目、上空から振り下ろされる『羽根の刃』を横っ飛びで避けて。

 四度目。

 

『《よくもまぁ、無様に足掻いてくれた。だが、もう終わりだ。お前たちの動きは既に、『学習』済みだからな――――今度は外さん》』

 

 静真たちの動きを先読みするように、転生者はそのかぎ爪で二人の喉笛を掻き切ろうと振るおうとして。

 

 ――――バババシュンッ!

 

『《がぁあ!?》』

 

 何かが着弾する音の後、転生者が悲鳴を上げた。

 

「へっ?」

 

 静真が振り返ると、そこには空を自在に飛行していた転生者が、無様に地面へ墜落している姿が。

 

「一体、何が?」

 

 あまりにも唐突な助けに、静真は何度も目を瞬かせる。

 すると、その助けが偶然でなかったことを証明するかのように、『バシュンッ』と着弾音が響く。

 

『《ちぃいいい!? どこだ!? どこに居る!?》』

 

 転生者は無様に転がりながら、その着弾音が自分から響かないように動き続けた。

 

「あれは……水?」

 

 ただ、静真が注目したのは転生者の無様な回避行動ではない。

 着弾音の後、静真の頬にかかるほどの何か――冷たい雫と、濡れた路面に注目したのだ。

 あれはひょっとして、何者かが水を超高速で撃ち出しているのではないかと。

 

「はっ! 先輩、今のうちに!」

「お、おう!?」

 

 だが、その考察も一瞬の出来事だ。

 すぐに正気を取り戻した静真は、天然パーマの先輩の背中を叩き、逃げるように促す。

 

『《させるかぁ! 貴様らだけは、ここで殺すぅ!》』

 

 しかし、それを止めんと吠えたのは転生者だ。

 転生者は水の狙撃を受けながらも、吠えるように叫ぶと周囲に暴風を展開した。

 

「ぬわっ!?」

「うわぁああ!?」

 

 その暴風は一時的に水の弾丸を散らし、二人の逃亡者の動きを鈍らせるには十分な威力がある。

 

『《ぜぇ、ぜぇっ! 殺す、殺す、殺す!》』

 

 代わりに、少なくない力を使ったのか、転生者は息も絶え絶えの状態であるが、その殺意に衰えはない。

 

『《我が刃よ!》』

 

 暴風に乗せた羽根の刃を、二人の命を奪わんと、高速で撃ち出す。

 一般人二人の命を確実に奪うだけの威力を込めて。

 

 

「間に合ったみたいだな、少年」

 

 

 だが、その羽根は焼き尽くされた。

 暴風は紅蓮によって引き裂かれた。

 

「よくやってくれた。後は『俺たち』に任せな」

 

 絶好のタイミングに迫りくる死を焼き尽くさんばかりに現れた、人型の戦闘機。

 稲川昭輝の登場に、静真は「――――っ!!」と声なき歓声を上げた。

 

 

 

 転生者は知っている。

 異世界の魂に刻まれた、戦いの記憶が知っている。

 戦場では『上』を取った方が優位に進むのだと。

 翼を持つ者に対して、翼を持たぬ者は劣勢を強いられるものなのだと。

 

『《お前が番人か! だが、地を這う者が! この『翼』の騎士! エルン・フォーラウンドに敵う道理も無し!》』

 

 故に、転生者――エルンは羽ばたいた。

 上空まで急上昇し、無数の羽根を刃として宙に固定する。

 

『《死ねぇい!》』

 

 そして、再び暴風と共に羽根を撃ち出した。

 先ほどよりも強く、早く、多くの羽根を刃として。

 

「なんだ、知らないのか?」

 

 だが、昭輝はまるで慌てない。

 全方位に向けられた羽根の刃に対して、昭輝の対応は一つ。

 

「番人に二番煎じは通じない」

 

 全部、蹴り飛ばす。

 紅蓮の炎が辺り一面に広がったかと思うと、無数の蹴りが全ての羽根を吹き飛ばしていたのである。

 

『《なんとぉ!? だ、だが、それでも――》』

「それでも、なんだ?」

『《――っ!!?》』

 

 次いで、いつの間にか昭輝はエルンの上に立っていた。

 否、違う。立っているのではなく、宙を飛行しているのだ。手足から噴出する紅蓮の炎による推進力によって。

 

「まさか、空を飛べるのがお前だけだと驕っていたか?」

『《ぐっ!》』

 

 判断は一瞬。

 エルンは一転して、この場から逃げ去ることを選んだ。

 翼を大きく羽ばたかせて、追っ手を妨害するために暴風を発生させる。

 素早くこの場から離脱しようと、高速移動を始める――――だが。

 

 ――――バシュンッ!

 

『《がっ!?》』

 

 何者かによる狙撃により、片翼を撃ち抜かれて落下した。

 

『《ごっ……ぐ、ぐぅうううう》』

 

 地面に落下したエルンは、地に這いつくばり、必死に逃れようとするが、遅い。

 

「まさか、俺一人で来ていると思っていたか?」

 

 紅蓮を纏った昭輝の右足が、エルンの頭蓋を踏み砕く勢いで放たれた。

 

 

『《我が息吹よ、万難を排せ》』

 

 

 その瞬間、紅蓮ではない炎――黄金の炎が周囲を舐めるように蹂躙する。

 

「ちぃっ!」

 

 昭輝の判断は素早く、正しい。

 エルンへの攻撃ではなく、静真ともう一人の要救護者を守るために蹴りを放ち、辛うじて黒色の炎を切り裂き、安全地帯を生み出すことに成功する。

 

「なるほど、あっちも一人ってわけじゃなかったか」

 

 もっとも、その対価として、転生者たるエルンは逃がしてしまったのだが。

 

 

 

 その光景を見た静真の心は、震えていた。

 恐怖によって、ではない。

 隣の天然パーマの先輩は、全方位の黄金の炎を見た瞬間、気絶してしまってはいたが、静真は昭輝を信頼していたが故に、その瞬間まで目を見開いていたのだ。

 紅蓮が黄金を切り裂き、絶望を切り拓き、自分たちの命を救った瞬間を。

 

「はー、ったく。もう一人の方は冷静だな、おい。こりゃあ、既に宿主を掌握済みの転生者か? 今回の異世界人はどいつもこいつも騎士を名乗る戦闘経験者どもだから骨が折れるぜ」

 

 だが、当の本人である昭輝は大したことなどしたつもりは全く無く、肩を竦めて「装纏解除」と呟いていた。

 

「でもまぁ――――少年。さっきの奴、変身した瞬間は見たんだよな?」

「あ、えっと、はい! ばっちりと! 名前も覚えています!」

「よしきた、でかしたぞぉー!」

「のわっ!?」

 

 変身を解除した昭輝は、大型犬でも撫でるかのように、わさわさと乱暴に静真の頭を撫でる。

 このように乱暴に頭を撫でられる、という経験は静真の記憶には無く――幼少の頃、父親と母親が離婚してからは、久しく感じていなかった奇妙な居心地だった。

 

「だが、それはそれとして」

「へっ?」

 

 しかし、そんなむず痒い思いはそこまで。

 

「少年、お前さぁ……危ない真似はマジでやめろよ? な? お前、生身で転生者に挑むような真似をしやがってまったくさぁ」

「いだだだだだだ!? 痛いんですけどぉ、昭輝さん!?」

「痛くしているんだから当たり前だろうが、馬鹿」

 

 ぎりぎり、と撫でた状態から頭を掴み、その指先の力で静真にダメージを与える昭輝。

 どうやら、外見に寄らず、昭輝はきちんと子供を叱れる大人らしい。

 

「いいか、少年。ヒーローってのはな? きちんと自分も助からないといけないんだ、わかるか? 助けた人間が死んじまったら、助けられた側はずっと心に傷を負うことになるんだぞ? 助けるなとは言わない。だが、もうちょい考えろ。後先を考えて、きっちりと助けて見せろ」

「む、難しいんですがぁ……」

「できるさ、お前なら」

 

 褒められて嬉しいのと、頭が痛いので複雑な気持ちを抱えながら、静真は昭輝を見上げる。

 

「お前は俺が見込んだ才能の持ち主だ。ああ、お前なら良くも悪くも、ちゃんとヒーローになれるさ。だから、ちゃんとやれ」

 

 昭輝から告げられたのは、無茶ぶりとも聞こえる言葉。

 けれども、静真にとっては何よりもの報酬で。

 

「は、はいっ!」

 

 思わず、素直に返事を返してしまったのだ。

 ヒーローなんて損している。

 ヒーローなんてできるわけがない。

 そう思っていたはずなのに、いつの間にか静真はその『言い訳』よりも強い、焦がれる思いを手にしていた。

 

 

◆◆◆

 

 

『《はぁ、はぁ、はぁっ!》』

 

 静真と昭輝が、青春溢れるやり取りをしていた頃。

 街道から遠く離れた森林の中で、エルンは荒く息を吐いていた。

 

『《ぐ、う……そ、装纏解除》』

 

 そして、耐えきれないとばかりに言葉を呟き、変身を解く。

 纏っていた魂は再び体内へと格納され、恭司としての姿へと戻った。

 

「危なかった。まさか、番人がこれほどまでに力を持っていたとは」

 

 だが、その意識までは恭司へと戻っていない。

 完全に宿主である恭司を掌握したわけでは無いが、今は装纏の影響を強く受けている状態だ。しばらくの間ならば、恭司としてではなくエルンとして過ごせるだろう。

 

 

「この世界の言葉で言うのならば、『油断大敵』だぞ、我が騎士よ」

 

 

 故に、エルンはその声が聞こえた瞬間、反射的に跪いた。

 

「ははっ!」

 

 生前に聞いたものとは異なる声。

 けれども、魂に染み付いた感覚は消えない。

 聞くものの心身を振るわせる『王威』は変わっていない。

 だからこそ、エルンは真っ先に跪くという体勢を取れたのだ。

 

「いいか、我が騎士よ。輪廻を介していない魂であるが故に、我らはどうにも『思考が偏っている』のだ。魂罪による影響を受けている。今回、貴様が短絡的な手段を取ったのもその影響が出ているだろう」

「ご忠告、我が魂に刻み付けます」

 

 声の主の姿は見えない。

 森林の木々に隠れて、姿は見えない。

 ただ、声だけが確かなる威をもって響いてくる。

 

「しばし、潜伏して掌握に専念せよ。何、貴様ならばその程度の宿主、時間をかければ完全に掌握することも難しくはない」

「我が主のご期待に沿えるよう、尽力いたします」

「うむ」

 

 エルンは頭を上げない。

 主たる者の気配が遠ざかって行こうとも、頭を上げない。

 

「貴様が再び、我が旗の下に集うことを願っているぞ、我が騎士」

 

 だが、頭を上げずとも十分だった。

 本来ならば、死によって絶対的に隔てられた主君と、こうして再び巡り合うことが出来たのだ。姿を見ずとも、その威は、その意は、確かにエルンに伝わっている。

 

「ははっ! 我らが竜王よ、その時をお待ちしております」

 

 エルンは頭を下げたまま、笑みを浮かべた。

 先ほどの殺意と暴走がまるで嘘のように、忠義と敬愛に満ちた笑みだった。

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