転生者が多すぎる田舎町で、陰気な俺がヒーローになるようです   作:げげるげ

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第4話 初めての経験

 餅は餅屋という言葉があるように、専門家に任せた方がいい問題というのは確かにある。

 

「んじゃあ、ここから先は俺たちが地元警察と協力して捜索を行うから。くれぐれも、少年が独自で捜査とかしようと思わないこと! いいな!?」

 

 そして、転生者の捜索をするのであれば、番人である昭輝や、人探しのプロである地元警察たちに任せるのが筋というものだ。

 それは静真もよく理解している。

 警察への捜査協力をする素人探偵というのは残念ながら、この世界には存在せず。

 プロよりも優れた素人というのはほとんど居ない。

 ましてや、単なる高校生である静真がプロと比べられるほどの捜索能力があるかと言えば、全くそうでもないのだ。

 

「わかりました。これ以上は厄介ごとに首を突っ込まないようにします!」

 

 故に、静真は力強く昭輝からの忠告に頷いた。

 プロの仕事を妨害するつもりは無く、身の程というのを弁えている静真はこの時、本気であの後に関わるつもりはなかったのである。

 

 だが、この時の静真は忘れていたのだ。

 自身が大変厄介な体質――ヒーロー体質の持ち主だということを。

 

 

●●●

 

 

 転生者に危うく殺されかけた翌日。

 静真はそんな気配など微塵に出さないほどに上機嫌だった。

 

「ふふっ」

 

 登校中、すれ違う人たちに見せないように小さく微笑みを浮べたのは、昭輝からの称賛の言葉を思い出したが故に。

 そう、静真は死にかけた経験よりも、昭輝から向けられた称賛が記憶に残ったのだ。

 これは陰気な静真にしては、とても珍しいことである。

 何せ、静真は何事に対してもネガティブに構える人間だ。そっちの方が期待を裏切られるダメージを負わなくていい、という静真なりの処世術なのだが、その所為で大体一日中は陰気に暮らしており、背筋も曲がって猫背になってしまっている。

 しかし、今の静真の背筋は伸びていた。

 視線も下向きではなく、遠くまで広がっていくように周囲に向けられていた。

 

「んっ?」

 

 だからこそ、気づけたのかもしれない。

 数メートル先を歩く女子生徒のスクールバックから、不細工な猫のキャラクターのアクリルキーホルダーが落ちたことに。

 

「よっと」

 

 こういう時、静真は迷わない。

 躊躇うよりも前に、さっと行動してしまう。

 誰もが気づかない落下物を拾い上げ、小走りで女子生徒の隣まで近づいて行って。

 

「これ、落としたよ」

「ふぇ?」

 

 声をかけた女子生徒が呆けた顔を作ったところで、段々と陰気が追い付いてくる。

 普通に声をかけてしまったが、気持ち悪くなかっただろうか?

 そもそも、先輩だった場合、敬語じゃないので気分を害されるかもしれない。

 いや、こんな陰気な男子に私物を触られたくなかったかもしれない。

 そんな無数の考えがぐるぐると頭の中に渦巻いて。

 

「あーっ! 『ブサ猫』の奴! 私、落っことしていたんだね!? 拾ってくれてありがとう! 鳴上君!」

 

 しかし、そんなネガティブな考えは、女子生徒からの満面の笑みで吹き飛ばされた。

 

「ああ、いや、どうしたしまして…………ええと、俺の名前、どうして?」

「ん? どうしても何も、私は君のクラスメイトだけど?」

「…………ごめん」

「あはははは、ひっどーい!」

 

 けらけらと笑う女子生徒の陽気に圧倒されながらも、静真は恐る恐る頭を下げる。

 

「なーんてね、全然かまわないよ! だって、鳴上君って転校してきたばかりでしょ? だったら、クラスメイトの一人や二人覚えていなくても仕方ないって!」

「そう言ってもらえると助かるよ」

「だ・け・ど! これからはちゃんと覚えてね?」

 

 女子生徒は静真の肩を掴み、ぐいと頭を上げさせると、陽気な笑みを浮かべた顔を近づけた。

 触れ合うほどではなく、けれども互いの息がかかるほどの近さで、思わず静真は反射的に顔を赤らめてしまう。

 

「私の名前は竜ケ崎 未咲(りゅうがざき みさき)! 苗字はいかつくて可愛くないから、未咲って呼んでね!」

 

 そして、近い距離で女子生徒の――未咲の笑顔を見た瞬間、静真の胸がどくんと弾むような感覚を得た。

 そう、今まで一度も体験したことのないような感覚を。

 

 

 

 竜ケ崎未咲は、クラスの中心人物の一人だ。

 肩まで伸びた、明るい茶髪は天然色。背丈は女子の平均。特に発育が良いわけでもなく、眉目秀麗と噂されるほどの美貌の持ち主というわけでもない。

 ただ、そこに居るだけで誰かを優しく照らすような、そんな心地よさのある女子生徒だった。

 

「へぇ! じゃあ、『静真君』のお母さんって、作家さんなんだ! すっごい! 超凄い! え? なんてペンネーム? 教えて、教えて?」

 

 つまりは、陽キャのコミュ強なのである。

 さりげなく、いつの間にか『鳴上君』から『静真君』呼びに変えても、まるで違和感を抱かせないほどに。

 

「あー、知っているかどうかはわからないが、『泥波香蓮(どろなみかれん)』っていう、主に伝奇系のホラーを書いている作家で――」

「ふえぇ!? 泥波先生!? あの!? 去年は『透明な手』が映画化して、ホラーマニアの間では熱烈なブームになったという、あの!?」

「お静かに」

「あ、ごめん……やー、でも、びっくりだよ……あ、あの、サインとか頼んでもいいのかな? 迷惑じゃない?」

「それぐらいならいいよ。あんまり、母さんの正体を広めないのなら」

「うん、絶対に広めない。これは私と静真君の二人だけの秘密する感じで」

「……まぁ、別にそこまで厳重に守らなくてもいいけど」

 

 静真が未咲と共に登校することになったのは、自然な流れだった。

 二人とも向かう教室は一緒。会話の流れは、上手く未咲がリードしているので途切れることはない。故に、静真にしては珍しく、『女子生徒と共に会話を交わしながら教室に入る』という、中学時代は経験しなかった青春イベントを達成して。

 

「あ、おはよー、未咲……えっ、転校生も一緒? 珍しいね?」

「おー、同伴出勤?」

「ラブラブですねぇ!」

「あはははっ! そうなの! 実は、今日の朝、運命的な出会いの下、私たちは結ばれることになったのでした! ね! 静真君!」

「教室に入った途端、会話のデッドボールを決めてくるのはやめてくれないか?」

 

 いつの間にか、静真は自然に未咲と言葉を交わせるようになっていた。

 

「冗談はさておき、何かきっかけでもあったの?」

「そうそう、朝から未咲をナンパしたりしたの? 鳴上君」

「あー、俺はその――」

「静真君はね、私の落とし物を拾ってくれたの。ほら、大事な、大事な、私のブサ猫キーホルダー」

「へぇ、やるじゃん」

「格好いいじゃん」

「やるぅー! 未咲のそれって確か、中学時代の親友と二人で買った奴だよね?」

「うん。だから、静真君には本当に感謝しているの」

 

 そして、本来はクラスの中心になんて入り込むことのない静真が、未咲が絡むことにより、教室の話題の中心へと押し込まれたのである。

 当然、陰キャな静真にとっては、それは一種の拷問にも等しい出来事だったのだが。

 

「このお礼は絶対にするから、楽しみにしていてね、静真君!」

「……いや、まぁ、そうだね。じゃあ、楽しみにしておく」

 

 不思議と未咲に笑顔を向けられていると、静真はクラスの中心に居ることも嫌ではなくなっていた。

 未咲が近くに居る時に感じる、やたらと騒がしい自らの鼓動すらも、心地よく思えてしまうほどに。

 

 

 

「ふん、ふふふーん♪」

 

 放課後、静真の上機嫌は持続していた。

 理由はもちろん、未咲に関することである。

 

「いやぁ、この俺の人生の中で、女子と休日に会う約束をする時が来るとは」

 

 静真は今日、朝のホームルームから放課後まで、未咲が所属するクラスの中心的なグループの中に居た。

 本来、それは陰キャである静真にとっては拷問に近いものなのだが、未咲の手にかかれば、その負荷は居心地の良いものへと変換される。

 そう、静真は今日、まるでクラスの陽キャみたいなポジションで過ごしたのだ。心身共に、明るく過ごしてしまったのだ。

 おまけに、キーホルダーを拾ってくれたお礼と、今度の休みに食事をごちそうになる約束を未咲と交わしている――そう、実質デートみたいな感じの約束を。

 年頃の男子である静真としては、これで浮かれるなという方が無理な相談だった。

 

「なんだろう? 善因善果って言うのかな? 良いことをすれば、良いことが返ってくるように出来ているんだな、世界って……まぁ、十六年の人生でこの仕組みが機能したのは、今回も含めると数回ぐらいしか記憶にないけど」

 

 静真は上機嫌のまま廊下を歩いていき、文芸部の部室の前に辿り着いた。

 そしてそのまま、薄っすらと笑顔を浮かべたままドアを開けて。

 

「――――ぴっ!?」

 

 思わず、奇声を上げてしまうほどの『美しさ』が目の前に立っていた。

 しかし、それは人であるというのに人の美しさをしていない。

 まるで、刀剣のような殺意に満ちた美しさの持ち主だった。

 黒髪ロングに、凛々しいを通り越して鋭い目元。女子にしては高い身長。すらりと伸びた手足。無駄が感じられない引き締まった体躯。

 身に纏う雰囲気は、さながら武人のそれ如く、油断なく殺気に満ちている。

 

「すっ、すみません」

 

 制服のリボンの色から、その人物が二年生の先輩だと察した静真は、素早く前から身を避ける。

 

「…………」

 

 じろり、と睨みつけるように、美しくも恐ろしい女子は静真を見た後。

 

「あまり、調子に乗らないことね、一般人」

「???」

 

 何やらよくわからない忠告をして、文芸部の部室から立ち去って行った。

 

「え、何? え、えぇ?」

 

 当然、いきなりの忠告に対して、静真は困惑しかない。

 先ほどまでの上機嫌も、今や冷や水を浴びせられたかのように、ローテンション――つまりは、いつも通りの陰気な状態に戻っていた。

 

「災難だったな、鳴上」

 

 そんな静真の背後から、ぽんと肩に手を置く一人の人物が現れる。

 

「あ、田村」

 

 そう、同じ文芸部であり、教室では隣の席の田村隆造である。

 

「あの人は文芸部の先輩でな? 二年の國生 優里花(こくしょう ゆりか)って人なんだ」

「あー、やっぱりあの人も文芸部な感じ?」

「おうよ。ただし、文芸部の中でも結構真面目に、っていうかかなりの頻度で文章を上げてくる人でな? 部室にはほとんど居ないけど、文芸部の中では一番真面目な人って言われている」

「なるほど」

「そして、実家が何やら『実践武術』みたいな道場をやっている家の人間だから、文芸部内の戦闘力ダントツ一位で、愛想が欠片もなく常に殺意に満ちているような佇まいなことから、遭遇したくない先輩第一位でもある」

「な、なるほど……」

「ちなみに、あの人の美貌に騙されて告白した男子も何人もいるらしいんだが……その結果は、あまりにも無残過ぎて、『惨殺魔國生』なんて呼び名もあるぐらいだ」

「格闘家のリングネーム???」

 

 隆造と静真は馬鹿な話をしながら、部室に入り、共に適当な席へ座った。

 

「ま、命が惜しかったら、あの人には関わらないことだな」

「そこまで言われて、関わろうと思う奴は中々居ないと思うぞ?」

「そりゃそうだ。女に飢えた馬鹿ならともかく、鳴上は……ははっ」

「おーう? なんで笑った?」

「いやぁ、竜ケ崎相手に上手くやったな、って」

「げほっ!? ちがっ、朝のことは偶然というか! むしろ、俺が上手くやられている感じというか!」

「竜ケ崎は競争率高いからな、精々頑張れよ?」

「んもう!」

 

 隆造と静真は馬鹿話をしながら、部活動を開始する。

 部室の本棚から、各自、好き勝手に本を抜き取り、読書を始めて。

 

「…………はぁ」

 

 その重々しいため息が聞こえてきたのは、しばらく経ってからのことだった。

 

「はぁーあ」

 

 明らかに陰鬱なため息。

 しかも、目線は手元の本に向けられていたとしても、ページはまるで進んでいない。

 そうなると、静真としても流石に気になってくる。

 

「田村、昨日に引き続きどうした?」

「あ、悪い。ちょっと油断した、気分を害して悪いな」

「いやいや、それは別にいいさ。そんなことよりも……あー、また、例の先輩の話?」

 

 そして、すぐに思い至ることがあった。

 バスケットボール部に所属する先輩、伏原恭司。

 転生者の宿主となっている、被害者にして加害者になろうとした人物。

 

「そうなんだよ…………あの人、昨日の夜からずっと家に帰っていないみたいで」

 

 そんな先輩が行方不明になっているのは、当然の流れであったことに思い至った。

 そう、あの流れであれば、転生者に憑かれている伏原恭司は行方不明にならざるを得ない。番人たる昭輝が地元警察と協力している今、のうのうと自宅に帰ることなどは不可能なのだから。

 

「そうか。家出とか、そういう感じ?」

「わからない。何度か俺からも連絡してみたんだけど、全く音沙汰もなしで。一応、恭司先輩の家族はもう警察には連絡したみたいなんだが」

「警察沙汰か……となると、俺は正直、何の力にもなれそうにないね」

「いや、それは俺も同じっていうか、大体の奴は同じだから」

 

 静真はいかにも内情を知らぬ一般人のように語る。

 

「だけど、ほら、最近は荒れているって話だったし。事件に巻き込まれているって可能性よりも、ちょっとした家でとか、そういう感じじゃないか? まだ、一日程度の時間だし」

「確かに、言われてみればそうなんだが……こう、なんだか妙に嫌な予感がして」

「はははっ、心配し過ぎだって、田村。あんまり心配し過ぎると、その先輩が返ってきた時、どんな顔をしたらいいのかわからなくなるって」

「……んー、まぁ、そう、か。言われてみれば、確かに、ナーバスになり過ぎているような気もする……」

 

 考え込む隆造に、静真が真実を教えるわけにはいかない。

 そして、仮に教えたとしても、『何をふざけているのか』と怒りを買うだけになってしまうだろう。

 従って、現在の最善は当たり障りなく、田村に慰めの言葉をかけること。

 

「そうだって! ほら、俺たちは思春期の高校生なわけだし、ストレスが溜まって馬鹿なことをすることもあるだろ? そういう時、周りが真剣に心配し過ぎたら逆に困るって。気楽に構えて、馬鹿な事やってんなー、ぐらいに見ておいた方がいいさ」

「んんー、そういう考え方もあるか」

 

 まだ釈然とはしていないものの、隆造は段々と静真に説得されていった。

 そもそも、説得されようがされまいが、隆造一人が悩んだところで事態は進展せず、何も変わらないというのが裏側の事情なのだが、静真としては同じ部室を共有する仲間が凹んでいる姿は可能な限り見たくなかったのだ。

 

「あんまり俺が真剣になり過ぎるのも問題、か。それもそうだな、うん。鳴上、相談に乗ってくれてありがとうな?」

「いやいや、大したことはしてないさ。単に一般論を語っただけだし」

 

 やがて、静真の説得は成功した。

 完全に悩みが解決したわけではないものの、悩んでいた時に比べると、明らかに隆造の表情は明るくなっている。

 

「多分、その先輩が返ってきたら周りから死ぬほど怒られると思うから、その時、どうやって慰めるか考えるといいよ」

「おうよ。んじゃあ、その時は今度こそカラオケ行こうぜ、カラオケ」

「いいねぇ、カラオケ」

 

 故に、この話はこれで終わりになる――そのはずだったのだ。

 

 ――――ヴヴヴヴヴヴッ!!

 

 隆造の携帯電話が、振動しなければ。

 

「ん、一体誰――――え?」

 

 隆造がその携帯電話を取らなければ。

 携帯電話の画面に表示された名前を見て、血相を変えた様子で通話に出なければ。

 

「もしもし、恭司先輩っすか!?」

 

 何の騒動にも巻き込まれず、平穏無事に部活動を過ごせていたかもしれない。

 

 

◆◆◆

 

 

 エルン・フォーラウンドは過去の夢を視る。

 魂に刻まれた、この世ならざる場所の夢を視る。

 

「女だてらに、騎士なんてやれんのかい? 大人しく嫁に行ったらどうだい?」

 

 エルンの人生はいわば、母親に言われたこの言葉を覆すために会ったようなものだった。

 

「嫌だ! ワタシは立派な騎士様になるんだ!」

 

 竜人族の少女として生を受けたエルンは、幼い頃から騎士物語に憧れて育った。

 悪竜と戦った、高潔なる白騎士伝説。

 聖なる杯を探し、数多の異境を乗り越えた黒騎士伝説。

 そして何よりも、性別という壁を越え、偉大なる竜王の右腕となった女騎士の伝説に憧れ、ただの村娘から成りあがることを望んだのである。

 

 無論、その道のりは容易いものではなかった。

 例外はあれども、基本的に騎士は男社会による産物。単なる村娘が憧れたところで、到底叶わぬ夢に過ぎない。

 騎士の夢を語れば、周囲に馬鹿にされ。

 騎士の練習とばかりに、木刀を振り回せば、周囲から軽蔑され。

 挙句の果てには、村の品位が下がるから止めてくれ、と言われる始末。

 エルンにとって、環境は味方ではないことが多かった。

 

 けれども、エルンには才能があった。

 絶大なほどの才能が。

 剣を振れば、瞬く間に鉄を立てるほどの腕前に。

 槍を持てば、魔獣の心臓を鋭く穿て。

 弓矢を持てば、駆ける雪原の兎を仕留めることも難しくなかった。

 その中でも、エルンは特に空を飛ぶことが得意な騎士だった。

 

「ああ、参った、参った。それだけの翼を持っているのならば、騎士団への入団を認めざるを得ない」

 

 騎士団最速の記録を塗り替えた時、エルンは数多の困難を乗り越え、騎士の仲間として受け入れられることとなった。

 

「エルン・フォーラウンド。貴様を我が『翼』として認めよう」

 

 偉大なる竜王に認められ、『翼』の騎士たる資格を得た時は、翼を動かさずとも飛んでいきそうなほど舞い上がったものだ。

 

 ――――これから、ワタシの本当の人生が始まるんだ。

 

 エルンは『翼』の騎士として、竜王に仕え、大いに働くこととなった。

 その活躍たるや、後の歴史があったのならば、偉大なる騎士の一人として数えられていたことだろう。

 そう、『恐るべき黒色』に、国が滅ぼされなければ。

 

 

 

「……が、あ!」

 

 エルンは番人から辛うじて逃げ去った後、ずっと山林の山小屋に身を潜めていた。

 心身の負荷を最低限に収めるため、装纏はしていない。恭司の姿のまま、どうにか番人の捜査網から抜け出そうと試行錯誤を繰り返していたのである。

 だが、それも限界がやってきた。

 

「ぐ、うううう! おのれ、宿主め! 才能のない凡骨の分際で、ワタシの支配に抵抗するなど、身の程を弁え……ぐぎぃ!?」

 

 山小屋の中、エルンは頭を押さえてのたうち回る。

 

『《消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろぉ! なんなんだよ、お前は!? なんなんだよ、お前は!? こんなこと、俺は頼んでない! あいつを殺そうなんて思ってなかったのに! お前の! お前の所為で! 俺は!!》』

 

 元々、魂の相性が良くなかったのだろう。

 人格を浸食し、殺人を犯させようとすることにより、その罪悪感で恭司の精神を完全にへし折る予定だったのだが、それが失敗した結果、拒絶反応が発生してしまったのだ。

 

「やめ、やめろっ! 勝手に動くんじゃない!」

『《うるさい! 俺の体だぞ!?》』

 

 精神的な隙が多い状態ならば、転生者たるエルンが人格を浸食し、肉体の主導権を奪うことは容易い。

 だが、逆に言えば、ひどく抵抗を受けたのならば、エルンの部分を拒絶されたのならば、本来の肉体の持ち主である恭司の方に、主導権争いの分があるのだ。

 

「才能が欲しかったんじゃないのか!?」

『《欲しかったさ! でも、友情を捨て去って良いなんて思ってない!》』

 

 恭司の足が、恭司の思った通りに動く。

 山小屋の中から駆け出し、恭司は運動部の身体能力を遺憾なく発揮して、山林から抜け出そうとする。

 

「なんの犠牲も無く願いを叶えられるとでも!?」

『《なんの犠牲も無く願いを叶えられるから、才能で! 力なんだろうが!》』

 

 息も絶え絶えになりながらも、恭司の肉体は山林を抜ける。

 携帯電話の電波が通じる場所へと到着する。

 そして、恭司の肉体は、携帯電話で自ら警察に連絡しようと指を動かして。

 

「――――今更、戻れるとでも?」

『《……っ!?》』

 

 その指が止まる。

 

「おいおい、伏原恭司。まさか、今更元の関係に戻れるとでも思っているのか? 散々、好き勝手したじゃないか。部活動で乱暴に振舞ったじゃないか」

『《それは、でもっ!》』

「ワタシの影響を受けていた、なんて周囲が信じてくれるかな? いや、信じるわけがない。お前は今、無様な醜態を晒す、自己中心的な部員なんだよ」

『《だ、だけど、それでも……っ!》』

「無理だね! たとえ、ワタシを排除しても、お前のやったことは変わらない! ワタシの影響を受けていたとしても、レギュラー欲しさに人を殺そうと思ったのは事実だ! さぁ、こんな罪を抱えてお前はちゃんと生きていけるのか!?」

『《ううっ!》』

「断言してやろう、無理だ!」

 

 再度、恭司の指が動き始める。

 しかし、今度はエルンの意思によって。

 ――――警察ではなく、恭司を慕う後輩の電話番号を打ち込む。

 

「お前は罪の重さに溺れ、沈んでいく――――さぁ、眠るがいい」

『《う、ううう、あああああ……》』

「その精神、今度こそ完全に沈めてやろう。お前を慕う後輩を殺して、な」

 

 エルンの浸食により、再び恭司の精神は沈んでいく。

 だが、これも所詮は一時的な浸食に過ぎない。

 何故ならば、エルンは恭司の願いを叶えていない。恭司の願いを叶えることのできない状況に身を置かれてしまっている。

 従って、女神が作り上げた『転生の仕組み』は機能しない。

 完全に精神をへし折らなければ、再び浮上してくる恭司の精神によって、今度こそエルンの魂は異物として排除されるかもしれない。

 

「ワタシたちには使命がある。滅んだ故郷を蘇らせる使命がある。故に、ワタシには迷いはない。たかが、部活程度のことで思い悩むお前とは違うのだ」

 

 エルンは後輩――田村隆造へと通話を開始し、ほくそ笑む。

 邪悪に笑う。まるで、怪物のように。

 

「我が大儀のために、沈め、伏原恭司。所詮、お前は女神に選ばれた、ワタシの踏み台に過ぎないのだから」

 

 異世界の騎士は、無辜の人間を殺すための謀を始めた。

 

 

 

 エルンの作戦は迅速なものだった。

 まず、恭司の口調を装って、一番親しい後輩である隆造を呼び出す。

 場所は山林の近くでありながら、わかりやすい目印であるキャンプ場付近。

 必要なのは、殺意と人払いの魔術。

 凶器なんて必要ない。

 部分的に装纏すれば、エルンは最小限の力で人間の胴体を貫くことが出来る。

 その姿を周囲に目撃されないように、人払いの魔術だけはきっちりと発動さえしておけば、警察に通報される心配などは無い。

 死体は、適当に山林に隠せば問題無い。

 間違いなく見つけられるだろうが、それは時間がある程度経ってからの話だ。

 その頃には既に、エルンは恭司の肉体を掌握し、生まれ変わっているだろう。

 自在に肉体を動かせるようにさえなれば、後は番人にさえ気を付けていれば警察の包囲網から逃げ出すことは難しくない。

 何故ならば、エルンは『翼』の騎士なのだ。

 空を飛び、自在に動けることがエルンの自慢なのだ。

 地を這う虫の如き警察たちの包囲網など、まるで恐れるに足りない。

 

「先輩っ! 恭司先輩っ! どこっすか!?」

 

 などと考えていると、獲物である隆造が待ち合わせにしている場所にやってきた。

 

「……ここだ。よく来てくれた、隆造」

「恭司先輩!」

 

 エルンは姿を現し、憔悴しきった恭司の姿を装い、隆造を誘き寄せる。

 周囲の人気の無さなど気にさせないように、可能な限り弱々しく振舞って。ぐらりと膝を着く程度の演技も見せて。

 

「大丈夫っすか!? 一体、何が――――えっ?」

 

 ぞぶりと、近づいてきた隆造の胸を、エルンの右腕が貫いた。

 装纏し、怪物のものとなった右腕で。

 

「く、ふふふっ! ああ、実に簡単だ!」

 

 驚愕で目を見開く隆造を嘲るように、エルンは邪悪な笑みを浮かべる。

 殺した。確実に殺した。

 ただの人間が、胸を貫かれて生きているはずがない。

 これで、完全に恭司の精神をへし折り、ようやく肉体を掌握できる。

 

 

「ふん、確かに簡単ね――――馬鹿を騙すのは」

 

 

 しかし、次の瞬間、今度はエルンが驚愕で目を見開くことになった。

 何故ならば、弾けたからだ。

 眼前の隆造の肉体が。

 ――――水人形に変化して、炭酸水の如く弾けたからだ。

 

「――っ! 魂罪装纏!!」

 

 とっさの判断が出来たのは、エルンの戦闘経験が故に。

 半ば、混乱したままでも最善の行動を取るため、エルンは素早く変身。翼持つ怪物へと姿を変えたエルンは、そのままこの場から飛び去ろうとして。

 

「おいおい、逃がすわけねぇだろうが」

 

 その片翼を思い切り蹴り折られた。

 

「さぁ、輪廻を介さぬ罪人ども――――ロスタイムは終わりだ」

 

 神機を装纏した、昭輝によって。

 

 

◆◆◆

 

 

 当然ながら、静真が居ながらエルンの想定通りに隆造が動くわけがない。

 転生者に浸食されている恭司からの電話が隆造に来た時、静真は素早く昭輝への連絡を済ませていたのだ。

 そして、隆造を上手く言いくるめて、直接助けに行かせるような真似はせず、『専門家』に任せるという手段を取らせたのだ。

 そう、番人という転生者狩りの専門家に。

 

「言っておくけれども」

 

 そして今、静真は今回の謀の絵図を描いた番人と共に、昭輝の戦いを見守っていた。

 

「一般人が私たちの戦いに手を出すことを認めたわけでは無いわ。今回、貴方が戦いを見学出来ているのは、馬鹿昭輝からのお願いだったから。そこを勘違いしないこと、良いわね?」

「あ、はい。わかりました……というか、あの」

「なに?」

「國生先輩って、番人だったんですね」

 

 そう、番人、國生優里花と共に。

 

「そうよ。本来、私が学内の転生者案件に対応する番人なの。だけど、今回は学内の転生者が多すぎたから、中々手が回らず、『見落とし』が発生してしまった。こうして、一般人に手間をかけさせてしまった……不覚だわ」

「あー、その、転生者って意外と結構居るんですね?」

「そうね。意外と結構居るわ。本来、貴方が知るべきことではないけれども」

「そ、そうですかー、あはは」

 

 知らない先輩、しかも美少女が隣に居ることに、静真はただならぬプレッシャーを受けていた。その上、優里花は無表情ながらも露骨に不機嫌なのだ。常に、首元に日本刀の刃でも突きつけられているような気分に、軽く吐きそうになっている。

 けれども、それでもこの場から逃げない理由は一つ。

 

「……國生先輩」

「なに?」

 

 隆造を言いくるめた者の責任を果たすため。

 居るだけで何も出来はしないが、それでも、静真には覚悟があった。

 

「昭輝さん、勝ちますよね?」

 

 昭輝とエルンの戦いを見届ける、という覚悟が。

 

「はっ」

「えっ? ひょっとして、鼻で笑われました、俺?」

「いい? 教えてあげるわ、一般人」

「あの、やめてください。尻をナチュラルに叩かないでください、セクハラです――」

「馬鹿昭輝はね、強いの」

 

 ただ、その覚悟は専門家である優里花からは笑ってしまうようなものらしく。

 

「私たち番人の中で一番強いの――あんな雑魚に負けるわけないわ」

 

 少し遠くから聞こえる激闘の音に、自然と視線は吸い寄せられていった。

 

 

 

『《舐めるなよ、番人っ!》』

 

 肉体は未だ掌握しきれてはいないエルンだったが、それでも戦闘能力に不十分があるわけでは無い。

 折れた片翼を即座に回復。

 魔術による暴風を発生させ、強制的に昭輝との距離を取る。

 

『《ワタシは騎士だぞ!? 『翼』の騎士だぞ!!?》』

 

 吠えるように叫んだ後、暴風に羽根を撃ち出す。

 その撃ち出された羽根を、昭輝は前回と同じく蹴り落そうとするのだが――その羽根は昭輝の間合いに入った瞬間、急速に曲がった。

 

「へぇ?」

 

 昭輝は軌道が曲がった羽根を、それでもいくつか蹴り落したが、いくつかは直撃を受けてしまう。

 纏った神機の鎧に、傷を付けられてしまう。

 

『《我が権能は『学習』!! 戦えば戦うほど、ワタシは学ぶ! お前の倒し方を!》』

 

 攻撃が通ったことを確認したエルンは次に、暴風の範囲を広げた。

 自身の周囲だけではなく、周囲一帯に暴風が届くように広げて、そして、自らもその暴風に乗って加速する。

 

『《どれだけ神威を身に纏っていようが! その中身はただの人間! ワタシたち騎士とは根本から異なる! そう、身体強化の限界値は存在する! 反射の限界値が!!》』

 

 暴風に乗り、ぐるぐると旋回しながらも無数の羽根を撃ち出すエルン。

 その速度は段々と加速していき、ついには亜音速にまで達している。

 さらには、その亜音速のエルンから、銃弾の如き勢いで羽根の刃が撃ち出されているのだ。

 まさしく、暴風の中は、エルンによる反応を許さぬ殺戮空間となっていた。

 

「…………」

 

 その暴風の中、昭輝は防戦一方という様子で羽根の刃を叩き落し続けて。

 

『《そして、戦う時間が長くなるほど、ワタシが有利になる!》』

 

 エルンが放つ羽根の軌道は、さらに複雑さを増して昭輝に襲い掛かる。

 

「…………」

 

 やがて、神機の鎧に無数の傷跡が刻まれた頃。

 

『《思い知れ、番人! 所詮は平和な土地に生まれただけの守り人よ! お前は何もできずに、この私に殺されるのだ――》』

「ちっ、もう一人は来ないか」

 

 当てが外れたように、昭輝は小さく呟いた。

 

「なら、さっさと終わらせてパチンコに行くか」

 

 そう、あまりにも場違いな、緊迫感の無い呟きの後。

 

「――――焔の太刀」

 

 昭輝は暴風を、紅蓮を待った蹴りにより切り裂いた。

 さながら、炎の斬撃が振るわれたかのように。

 

『《んなっ!?》』

「さて、まさかとは思うが、だ」

 

 次いで、昭輝は音よりも速くエルンの間合いに潜り込み、その腹部に痛烈な蹴りを叩き込んだ。ばきん、と魂の鎧がひび割れるほどに。

 

「俺たち番人を、本当に『ただの人間』だと思っていたのか? 輪廻の番人たる、この俺たちを。神威を振るう俺たちを」

『《が、あ》』

 

 蹴りは止まらない。

 打撃音は途絶えることを知らぬ音楽の如く続き、その度にエルンの鎧は、その魂はひび割れを増していって。

 

「だとしたら、愚かが過ぎるぜ、『翼』の騎士」

『《ががげえいががああああああああ!!?》』

 

 そして、悲鳴と共に鎧は砕けた。

 

「輪廻を巡って、その愚かさごと消え去るがいい」

 

 エルンは――『翼』の騎士は、何も為せずに再殺された。

 

 

●●●

 

 

 戦いの終わりを見届けた静真。

 その胸に生まれたのは、強い憧れと一つの覚悟だった。

 

「装纏解除っと。はぁー、タバコ吸いてぇ。転生者をぶち殺した後は、タバコが吸いたくなるわぁ」

「高校生を抱えたまま、不健全な呟きをしないで、馬鹿昭輝」

 

 そんな静真の前に、昭輝は平然とした顔で歩いてくる。

 小脇には荷物のように、気を失った恭司を抱えて。

 

「おいおい、優里花。一仕事終えたオジサンに対して、馬鹿呼ばわりはひどいんじゃないか? オジサンはなー、この年になると酒とタバコとパチンコぐらいしか楽しいことがないんだよ」

「じゃあ、一緒にTRPGをやるわよ」

「やらねーよ、毎回言っているけど、やらねーよ。この年になって、ごっこ遊びみたいな真似できるかってんだ」

「昭輝。その言葉、全世界の三十代TRPGゲーマーを敵に回したわ」

「別にTRPGとやらの否定はしてませんー。俺個人の問題ですぅー」

 

 優里花と言葉を交わす昭輝は、まるで平日から家でダラダラしているオジサンのようで。

 昭輝と言葉を交わす優里花は、まるで仲の良い親戚に構ってほしい子供のようだった。

 

「っと、んなことよりも、今回もお手柄だったみたいだな、少年」

「あ、はいっ!」

 

 対して、静真に向ける昭輝の笑みというのは、長い時間を戦い続けたヒーローのように、敬意を抱かせるものなのだから、昭輝という人間は相対する者によって随分と態度が変わるらしい。良くも悪くも。

 

「だけど、その……俺、昭輝さんの忠告、守れずに……」

「まー、厄介ごとに首を突っ込むなとは言っていたが、厄介ごとの方から突っ込んできた場合は仕方ないわな。それに」

 

 そんな少し不思議なオジサンである昭輝は、慣れた手つきで静真の頭を撫でた。

 

「友達のために動いたんだろ? だったら、俺はその友情を否定しない」

 

 頭を撫でられた静真は、照れくさそうに頬を掻くと、少し間を置いて、意を決したように話を切り出す。

 

「あの、昭輝さん」

「ん、なんだ?」

「……前の話。スカウトしてくれた、話ですけど、その」

 

 何度も言葉を突っ返させ、一つの覚悟に縋りながら、静真は言葉を紡ぐ。

 怖くはないか? という自身の問いかけに、怖いけれど頑張る、と答えて。

 身の程を弁えた方が良いんじゃないか? という自虐に、やることをやってからな、と強がりで誤魔化して。

 

「断った上で、本当に申し訳ないんですけど――――やっぱり、俺、ヒーローになりたいです。昭輝さんみたいに、誰かを、大切な人を守れるヒーローになりたい」

 

 それでも、きちんと言葉を口にした。

 天見町という特異点に近しい場所で――『友達』が居る町で、転生者という名の理不尽に抗える人間であるために。

 

「おー、そう来たか!」

「…………昭輝」

「おいおい、優里花。そんな顔するもんじゃねーよ」

「別に、私はいつもと同じ顔」

 

 静真からの決意の言葉に、昭輝は愉快そうに笑い、優里花は仏頂面で睨んだ。

 

「んじゃあ、とりあえず、ヒーロー見習いからやってみるか?」

「――はいっ!」

 

 そして、何でもないように言われた言葉に、しがみつくように静真は応える。

 

「頑張ります! 陰気で、その、何事もネガティブに考える俺だけど……これだけは、俺は、自分がヒーローになれるって信じて、頑張ります! ううん、頑張って、ヒーローになります、絶対に」

 

 決意と覚悟、憧れによって恐怖を押し留め、精一杯胸を張って。

 

 この時、静真はまだ知る由もなかった。

 憧れた昭輝の姿と、『ヒーローになった静真の姿』というのは、決して重なるものではなかったことに。

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