転生者が多すぎる田舎町で、陰気な俺がヒーローになるようです   作:げげるげ

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第6話 竜王と『影』の騎士

 違和感があった。

 

「本来ならば、僕が真っ先に駆け付けなければならぬ立場だというのに、遅れてしまい申し訳ありません」

 

 自分の口が、自分の意思に逆らって勝手に動く。

 そのような違和感が、静真の中にあった。

 

「僕の遅参故に、貴重な騎士たちを失ってしまいました」

「ほう。まるで、貴様が先んじていたら失わなかった、とでも言っているようだな? この我が先んじて君臨していたというのに」

 

 違和感があった。

 先ほどまで普通に会話を交わしていたはずの未咲が、まるで別人になっていることに。

 姿形は変わっていないというのに、その中身だけが別人に入れ替わってしまったような有様になっていることに。

 

「はい、そう言っています。それこそが、僕の役割ですので」

「く、くくくっ。相変わらず、貴様は真面目が過ぎる。己の役割が過ぎる上に、そのためならば不敬でも構わぬという頑固者よ」

「恐れ入ります」

 

 突然の出来事によるダブルパンチにより、静真の精神は揺らいでいた。

 だが、それも仕方がないことだろう。この事実をいきなり思い知って、それでも精神が揺らがぬ方が難しいだろう。

 

「ならば、ジーン。そこまで言うのだ。あの厄介な番人どもを始末する算段は付いているのだろうな?」

「無論、そのための――この肉体であります故」

 

 自身の肉体に、いつの間にか転生者が憑依していて。

 さらには、無意識下でかなり好ましく、いや、恋をしているレベルで好意を持っていた女子もまた、転生者に憑依されていたのだから。

 こんな事実をいきなり目のあたりにして、精神を揺らがせない者の方が異常だ。

 

「暗殺に秀でた僕に、この肉体を用意したのは女神側の融通でしょう。この肉体の持ち主は、番人二人の素性を知っています。そこから、突き崩すように攻略しましょう。何なら、今から仕事をして参りましょうか?」

 

 だが、そうも言っていられない事情が生まれた。

 番人二人、昭輝と優里花の暗殺。

 そのような計画を聞かされてしまえば、のんびり呆けている暇は無い。無理やりにでも立ち直らなければ、取り返しのつかないことになってしまう。

 

「くくっ、勤勉さは貴様の取柄であるが、少し待て。こちらにも予定というものがある」

「なるほど。陛下は既に、この土地を攻略する算段を付けていらしたのですね?」

「く、くくくっ…………まぁ、算段は付いているというか、計画はしているのだが、その人員が集まる前に、いつの間にか消えているというか」

「陛下。失礼ながら、後々計画を見直しましょう」

「我が騎士、ジーンよ。貴様、なんかこう、転生してからさらにクソ真面目な不敬になってしおまったな?」

「ご無礼を。しかし、これもまた魂罪であるが故に、お許しください…………む?」

 

 静真は過去二度の遭遇と、昭輝からの説明により、なんとなく予想を付けていた。

 肝心なのは、拒絶なのだと。

 その力を願望のために受け入れるから、浸食される。

 知らないからこそ、突然の力に溺れてしまう。

 だが、静真は知っている。この力が破滅への片道切符であることも、その果てに待つのが望まぬ殺人や暴力だということに。

 そんなことは認められない、絶対に。

 

「む、ぐ、ぎ…………陛下、度々ご無礼、を。どうやら、この宿主、予想よりも、よほど、気骨があるもので………………が、ぎ、うぐぐぐぅ!」

 

 がん、がん、がんっ! と何度でも自分の頭に拳を叩きつけるイメージで、静真は強制的に肉体のコントロールを取り戻す。

 未だ、番人見習いなれども、それ故の意地により、転生者の憑依を蹴飛ばしたのだ。

 あるいは、覚えてなくとも、夢の中で一度拒絶したのが効いたのかもしれない。

 なんにせよ、静真の体は動く。深夜に起きたような鈍重さではあるが、十分に動く。

 そう、番人である昭輝に連絡をするには、指がまともに動きさえすれば十分なのだ。

 

「ぐぅううおおおおおおおっ!! 動け、俺の指ぃ!」

 

 携帯電話のアドレスを開いて、昭輝へコールする。

 それだけで十分なのだ。それだけを行えば、恐らくは全てが上手くいく。最低限でも、暗殺なんて真似を成功させる可能性を格段に下げることが出来る。

 その使命感が今、静真は動かし、転生者の支配を跳ね返して。

 

 

「んちゅっ」

「???」

 

 

 何やら柔らかい感触が唇を覆った。

 

「んんっ」

「????」

 

 しかも、口内にうねうね動く何かが侵入し、それが思う存分静真を蹂躙する。

 

「!!?!??」

 

 そして、蹂躙の最中に静真はようやく、自分が眼前の未咲――否、その肉体に憑依した転生者によってキスされていると気づいた。

 次いで、先ほどまでのシリアスな覚悟が吹き飛ぶほとの混乱が精神に吹き荒れて。

 

「ぷはっ……ふぅ、あまり手間をかけさせるな、我が騎士」

「…………陛下、控えめに言っても助け方が最悪でございます」

「はははっ、王からの口づけである、光栄に思え」

「ぺっ!」

「おい、貴様。唾を吐くな、唾を。これでも我にも乙女心というものがだな」

「雌雄同体だった癖に、妙なところを気になさりますね、陛下」

「雌雄同体というか、性別可変可能だっただけで、我のベースは乙女だぞ?」

「我が忠誠に性別など関係ありません」

「それは唾を吐いた人間の台詞ではないな?」

 

 そのあまりの衝撃に、静真の精神は眠りにつくように封じ込められてしまったのだった。

 

 

●●●

 

 

 ジーン・クロケットの半生は、痛みと怒りに満ちていた。

 竜人の中でも、特異な病気――『鱗無し』の特徴を持って生まれたジーンは、生まれてすぐに捨てられた。何故ならば、すぐに死ぬと思われていたからだ。『鱗無し』の特徴を持って生まれた赤子は、生後一年を満たずに死ぬ確率が九割九分。万全の治療を受けたとしても、その可能性を八割にまで下げることしかできない。

 ましてや、ジーンの生まれた場所はスラム街だった。

 そんな治療は愚か、まともな薬一つ手に入れることすら難しい場所だった。

 故に、シーンは腐臭漂う死体置き場の中に捨てられて。

 

「へぇ、こいつは面白れぇ」

 

 そのスラム街を仕切るマフィアのボスに拾われた。

 無論、慈悲から来る行動ではない。

 

「ちょうど、赤子の実験台が欲しかったところだ。しかも、『鱗無し』の赤子は珍しい。きっと良い研究結果になる」

 

 珍しい実験動物を拾う感覚で、ジーンは拾われたのである。

 そこからの十年は、痛みと薬に満ちた生活だった。

 腕の至る所には注射痕。

 鱗の無い皮膚には、書きやすいとばかりにたくさんの魔法陣が。

 薬物と魔術のマリアージュを見つけ出すため、ジーンは倫理を無視した研究を受け続けた。

 その過程で、いくつもの麻薬が生まれ、その麻薬で大勢の人間が死に、ジーンはまた新しい薬を生み出すための実験台となる。

 そのマフィアはスラム街の地下に研究施設を持つ犯罪組織だったため、ジーンと似たような境遇の子供たちはそれなりの数が居たが、十年経つ頃にはジーンしか残っていなかった。

 

「おおい、今日の餌だぞ、ゼロ号――がっ!?」

 

 ジーンの生活が変わったのは、十一年目の時のこと。

 少しずつ入念に重ねた脱走計画、それを実行してから、ジーンの人生は変わった。

 

「実験体が脱走を――!?」

「がぎっ!?」

「ひぃ、やめろぉ!?」

 

 人生が変わる気づきがあった。

 脱走中、邪魔をしてくるマフィアの構成員や研究者たちを片手で縊り殺していく中、ジーンはそのことに気づいたのだ。

 そう、度重なる薬物と魔術の実験の結果、ジーンは常人を遥かに超えた力を有していたということに。

 

「な、なんだ!?」

「やめろ! やめてくれぇ!?」

 

 常人を超えた怪力。

 自身の影を武具として纏い、他者の影に沈み込む魔術。

 その他諸々、十年間の実験を生き抜いた恩恵により、自身が強くなっていることをジーンは理解した。

 故に、脱走中に方針を変えたのである。

 

「お、お前、拾ってやった恩を忘れて――ぐげっ」

 

 脱出から、皆殺しへ。

 老若男女問わず、実験に関わるもの、マフィアの構成員、そのボス、全てに怒りを抱いていたジーンは殺戮の限りを尽くした。

 無論、殺しのプロではなかったジーンでは、取りこぼしは出てしまったものの、概ね問題なく、殺したい対象をあらかた殺すことに成功した。

 

「ひ、ひひひっ、ひゃははははははっ!!」

 

 自らを害してきた者たちを殺した後、ジーンは心ゆくまで哄笑し――そして、そのままスラム街の影に消えたのである。

 

 それから五年間、ジーンはスラム街に潜む『怪物』として暗躍していた。

 標的は主に、偉そうで暴力を振るっている奴だ。後は、薬の臭いがする奴ら。

 ジーンはそいつらを片っ端から闇討ちし続け、結果的にスラム街の浄化に繋がる行動を取っていた。

 行動理由としては、己の過去に対する復讐というものだったが、皮肉なことに、その復讐により、スラム街はまともな街へと生まれ変わろうとしていたのである。

 誰しも、影の中から不意打ちを受けて死ぬのは嫌であるが故に。

 

「この町では怪物が出るらしいぜ。良い子にしていないと、影の怪物に食われる」

「あー、あのマフィアが作った生物兵器って奴だろ? でも、あれ噂じゃね?」

「いやいや、それが実際、俺の友達の友達が怪物を見たって話で」

 

 そして、ジーンの行動はいつの間にか、スラム街の外にも流れ始めて。

 

 

「面白い。ならば、我がその怪物とやらを捕まえてやろう」

 

 

 恐れ知らずの王が、偉大なる竜王が、お忍びで『怪物狩り』へと乗り出したのだった。

 

 

 

 ジーンの半生は痛みと怒りに満ちていた。

 では、『残りの半分』はどうだっただろうか?

 赤子の時に捨てられ、実験体として生かされ、怪物として生きることしかできなかった子供は、ずっと怒りと痛みを抱き続けなければならなかったのか?

 ――――その答えは、否だ。

 

「怪物よ。影なる怪物よ、我は貴様を気に入ったぞ」

 

 ジーンはその出会いのことを、何年経っても覚えている。

 しつこく自分を追い回してきた『偉そうな奴』――黄金の鱗を持つ偉丈夫に、ついに捕まえられたその時、そいつは実に偉そうに、そして楽しそうにこう告げたのだ。

 

「我の騎士になれ! これは命令だ!!」

 

 騎士になれ、と。

 『偉そうな奴』の癖に、ジーンへ手を差し伸べてきたのだ。

 

「…………ぁう」

 

 その威風堂々とした自分勝手な態度に、ジーンは圧倒され、けれども生まれて初めて日の出を見た子供のように目を細めて。

 

「うう、がう」

「よろしい! これで貴様は、我が騎士――そう、『影』の騎士だ!!」

 

 肯定を意味する唸り声と共に、恐る恐る、その手を取った。

 

 これが、『影』の騎士、ジーン・クロケットの始まり。

 竜王に仕える騎士の中で、最も『汚れ仕事』を請け負った、最も忠誠に厚い騎士。

 影の如く竜王の背後に侍る、竜王と最も親しいとされている騎士の始まりだった。

 

 

●●●

 

 

「ん、あ?」

 

 静真は夢から目覚めた。

 自分ではない誰かの夢を視ていたような、自分自身の夢を視ていたような、自他の境界線を漂うような曖昧な夢だった。

 

「ここは……俺の部屋、か」

 

 周囲を見回すと、そこは慣れ親しんだ自分の部屋。

 そして、自分はベッドの上に私服姿で寝転がっている。窓の外は薄暗く、すっかり夜になっているようだった。

 

「夢だったのか? どこまで?」

 

 静真は寝ぼけた頭を横に振り、思考から眠気を振り払おうとする。

 すると、段々と静真は思い出してきた。

 放課後、未咲と共に歩いた帰路を。

 突如として、肉体の制御を奪われたその時を。

 転生者二人の会話を。

 そして。

 

「…………気になっている女子とのキスなんて、絶対に夢でしかないと思うんだけど、ううん。いや、でも、そうなると下校時間の記憶がどこまで本当なのかわからない感じになるし……仕方ない、ここは無難に」

 

 思い出すだけでも顔を赤らめてしまう経験の所為で、夢か現かわからない静真であったが、それでも最悪を避けるために無難な行動を取る。

 即ち、夢の内容も含めて、全て昭輝にぶっちゃけるという行動を。

 

『《待ってもらおうか》』

「へっ?」

 

 しかし、いざ行動を取ろうとすれば、動かした手に漆黒の何かが絡みついていることに気づく。見ればそれは、平面の黒だった。影が勝手に動いて、自分自身の手を縛っている、そういう風に静真には見えていた。

 

『《あの番人に連絡するのは得策とは言えない》』

「……お前は」

 

 やがて、その影は立ち上がるように静真の目の前に現れて、まるでシルエットの如く人型を象る。静真のものではない声を発する。

 この事態に、静真は先ほど思い出したことが夢ではないと確信した。

 

「『影』の騎士、ジーン・クロケット」

『《いかにも》』

「番人の敵、転生者どもの一人」

『《いかにも》』

「そんな奴の言うことを、俺が大人しく聞くとでも?」

 

 静真は無理やり影に縛られた手を動かし、携帯電話を取ろうと藻掻き始める。

 

『《鳴上静真。君の懸念は理解できる。そして、僕は間違っても君たちの味方だと言える立場ではない》』

「そうかよ」

『《だが、完全なる敵でもない》』

「…………」

 

 だが、影から発せられる言葉に――ジーンの言葉に、静真はぴたりとその動きを止めた。

 そして、静真が促すように目線を向けると、ジーンは語り始める。

 

『《僕は番人と共同戦線を張れるほどの信用は無い。だが、未だ、番人ではなく、この僕の宿主である君ならば、あるいは共犯者になれるかもしれない》』

「おいおい、まるで転生者の裏切り者みたいな台詞だけどさ。まず、お前の目的を言えよ。何が目的で、こんな回りくどい会話をしている? あの時、俺の意識を奪った癖に。一体、何が目的で――――」

 

 

『《僕の目的は、陛下の討伐だ》』

 

 

「………………は?」

 

 思わぬ言葉に、静真は思わず半口を開けて目を丸めた。

 何を言っているんだ? という疑問を隠さず、ジーンを見る。

 

「いや、いやいや、お前、何を言っているんだ? だって、お前は転生者だろ? 同士討ちでもするつもりかよ?」

『《その通りだ》』

「なんのために? お前とあの竜王とか呼ばれていた転生者は――未咲を乗っ取っている転生者の野郎は、聞いている限りだとお前と信頼関係があるように見えたが?」

『《ああ。僕は陛下を信頼しているし、陛下も僕を重用してくださっている》』

「だとすれば、どうして?」

『《――――忠義故に》』

 

 意味がわからない、と静真は頭を横に振ってため息を吐いた。

 

「説明する気があるのなら、俺の理解できるように言えよ」

『《…………まず、僕たち転生者の仕組みだが、僕たちの魂は輪廻を介していない。死後、女神によって魂を捕らえられた。そして女神は、この世界の『ちょうどいい人間』に対して、その魂を憑依させることにより『生まれ変わらせる』ことを目的としている》』

「その『ちょうどいい人間』の定義は?」

『《女神視点で『存在を塗り替えても問題ない人間』という意味だ。女神は才能あふれる人間には手を出さない。心の弱さ、隙間を見せた、『弱い人間』たちならば、転生者の憑依先として消し去っても問題ないと考えている》』

「オーケー。女性には優しいことを心掛けている俺だけど、その女神は何発か殴らないと気が済まないわ」

『《理解したのならば、話を戻すぞ》』

 

 怒りで拳を振るわせる静真の前で、淡々とジーンは説明を始める。

 

『《本来、魂は輪廻を介して転生する。いわば、輪廻転生という奴だ。この際、魂は浄化を受け、記憶も人格も全て洗い流される。これを防ぐために、女神は直接魂を別の人間に憑依させるという手段を取っているというわけだ。だが、これには明確なデメリットが存在する》』

「デメリット?」

『《魂罪による人格の汚染だ》』

 

 転生者に関わる重大な事実を、他人ごとの如くあっさりと説明する。

 

『《僕も含めて、転生者は全員、前世で死んでいる。その際、魂罪という穢れが発生し、これにより人格が汚染された。まぁ、本来の形なら即座に輪廻転生に組み込まれ、魂は浄化されるから問題ないのだろうが、これを介さぬ形での死者蘇生や憑依となると、当然の如く汚染された人格での復活になるわけだ》』

「じゃあ、今まで会った二体の転生者どもがろくでもなかったのは?」

『《少なくとも、あの者たち二人は生前、無辜の民を犠牲にして生き延びようと願う者ではなかった。無論、全てが全て魂罪の所為とは言わないが、多少の影響があるのは確実だ》』

「…………」

 

 静真は思い出す。

 転生者たちの醜態を。

 魂が剝き出しとなった叫びを。

 あれはひょっとして、一度死んだが故の醜態だったのだろうか?

 真実は分からない。だが、もしもそうだとしたら、静真はそんな彼らのことを少しだけ哀れに思った。

 

「つまり、こうして話しているお前も魂罪によって歪んでいると?」

『《ああ》』

「あの竜王とか言う奴も?」

『《その通りだ》』

「……歪んでいるから、殺すのか?」

『《ああ、その通りだ》』

 

 ジーンは静真の推察を肯定し、言葉を紡ぐ。

 

『《我らが王は歪んだ。無辜の民を犠牲にしてまで、生き延びようとする方ではなかった。女神の侵略に手を貸す方ではなかった。あれほど、往生際の悪い方ではなかった》』

「…………」

『《故に、殺す。最後の忠義として、間違えた道を行く王を諫めるのが我が役目》』

「なぁ、ひょっとして――」

『《君が考えている通りだ。そう、僕のこの考えも歪んでいる。生前はここまで苛烈に忠義を通そうとは考えなかった。忠義を通すために陛下を害することなど元も子もないと考えるような人間だった…………だが、今の僕はそれが唯一の正しさだと感じている》』

 

 ジーンの言葉に、虚偽の気配は無かった。

 本当の本気で、竜王という転生者を討つために行動しようとしている。

 少なくとも、静真はそのように感じた。

 

「わからないな」

 

 だからこそ、静真は話を進める。

 完全に真実とも、一旦はその話を事実であると仮定して進める。

 

「ジーン。お前の目的が竜王という転生者を殺すことなら、猶更、俺が番人である昭輝さんたちに連絡することを止めない方が良いんじゃないか? 上手く順当に説明できれば、番人二人と転生者一人というアドバンテージを――」

『《死ぬぞ?》』」

「えっ」

『《その場合、陛下は賭けに出る。宿主である竜ケ崎未咲の負荷になるとしても、竜王としての全身全霊を発揮し、番人二人と戦うことを選ぶだろう。加えて、陛下は強い。番人二人を相手にしても不利ではあるが、容易く負けるお方ではない。そして、負けるとしても何も被害を残さずに逝くわけがない。陛下の力があれば、道ずれとして番人の片方は持っていくだろう。いや、今の陛下ならば、無辜の民の命を使った大魔術の行使も――》』

「わかった。もう、わかった。俺がいかに愚策を言っているのかは理解できた」

『《理解を得られたようで何より》』

 

 馬鹿な生徒へ懇切丁寧に説明する教師のようなジーンに、うんざりしたように静真は肩を竦めた。

 

「それで? 番人に通報しないって言うなら、結局、お前はこれから何をするつもりなんだよ?」

『《ああ、それなんだがね》』

 

 そして、静真からの問いかけに、ジーンは当たり前のように言った。

 

『《とりあえず、僕たちは今から番人に襲撃をかける》』

「……は? え、あ? 今から???」

『《そう、今から》』

 

 既に日も沈み切った夜だというのに、まだ静真の一日は終わらないのだと。

 

 

●●●

 

 

 昭輝を所定の場所に呼び出すことは、さほど難しいことではなかった。

 何せ、静真には今までの実績がある。過去に二度、転生者と遭遇することになった実績が。

 二度あることは三度ある。

 この言葉の通りにするため、静真はジーンと相談の下、昭輝を呼び出す場所を決めた。

 場所は静真の家から一キロほど離れた場所の裏路地。

 そこに人払いの魔術を発動させ、『何かしらの儀式魔術の準備』として、適当な祭壇を作っておく。これはもちろん、単なるフェイク。こんなところで転生者が何をしていたのか? という疑問に答えを用意するための偽の動機に過ぎない。

 本命はあくまでも、最強の番人と言われている昭輝とのバトルである。

 

「魂罪装纏」

 

 静真はジーンに促されるまま、変身のキーワードを呟く。

 すると、静真の肉体をジーンの魂が覆い、物理法則を通さぬ鎧を纏わせる。

 だが、ジーンの装纏状態は、鎧というよりは黒子のようだった。

 全身を頭からすっぽりと包む、漆黒の衣。さながら、アメリカのコミックヒーローの如き全身タイツのような有様で、足元からは立体化した影が茨の如く這い出ていた。

 

『《さて、あらかじめ言っておくが、戦闘中は可能な限りこちらの動きを制限しないように。相手は強者の中でもさらに上澄みの相手。僕と言えども、足を引かれればすぐにやられる》』

 

 自らの口から出るジーンの注意に、静真はため息で肯定する。

 信頼は出来ない。ならば信用できるかと言えば、それもまた微妙だ。

 ジーンは虚偽を語っている気配は無いものの、全てを語っているという保証もまた無い。

 その上で、静真はジーンとの共犯関係を一時的に受け入れるつもりだった。

 無論、いざという時は無理やりにでも肉体の主導権を奪い返し、いつでも再殺してやるという気概を持ちながら。

 とりあえずは、昭輝との戦闘という無茶を受け入れたのだった。

 

『《――――来た》』

 

 そして、その時はやってきた。

 

 ――――ドッ!!

 

 ジーンと視界を共有する静真をして、目で追うことも出来ない一撃と共に、昭輝は飛び込んできたのだ。

 既に、当然の如く装纏状態。

 紅蓮の炎を纏わせた飛び蹴りは、さながら砲弾の如くジーンへと放たれたのだ。

 

『《ぐっ!》』

「ちっ」

 

 うめき声と舌打ちはほぼ同時。

 

『《番人め、もう嗅ぎ付けたか》』

 

 ジーンは影を何重にも腕に纏わせ、その腕を十字に構えることで昭輝の飛び蹴りを防いだのだ。

 

「今回シーズンの転生者は手ごわくて困るぜぇ。前シーズンの転生者どもは、大抵はこの不意打ちで一撃だったのによぉ」

 

 敵意を隠さぬ昭輝の声に、ジーンの内部に居る静真の精神が震える。

 

『《お生憎様だ。これでも、僕たちは生前、騎士でね》』

 

 しかし、ジーンは流石と言うべきか、威圧感溢れる昭輝の前に立ちながら、欠片も怯えていない。まるで、対等の敵対者の如く昭輝と向き合っている。

 

「そうかい。騎士様が現世では、賊の真似事とは落ちたもんだな?」

『《いいや。生前も汚れ仕事専門でね。あまりやっていることは変わらない》』

 

 じりじりと、静真には分からぬ間合いの測り合いの後、両者は再び激突した。

 

『《だからまぁ、今更だ》』

 

 ジーンの攻撃は変幻自在。

 足元から伸びる影は、茨の如く昭輝の足を絡めとろうと動いて。

 影の武装を纏ったジーンは、伸縮自在の刃を放ち、昭輝を切り裂かんとする。

 

「なるほど、それを聞いて安心したぜぇ」

 

 昭輝の攻撃は単純ながらに多数。

 紅蓮を纏った打撃は、数多の残像を生み出しながらジーンの攻撃を弾く。

 さらには、ジーンを守る影の武装を段々と蹴り散らしていって。

 

「これで心置きなく、テメェを殺せる」

 

 次の瞬間、さらに昭輝のギアが上がった。

 行動の一つ一つの速度が増す。

 纏う紅蓮が煌々と輝き、打撃の威力を増す。

 

『《ぐっ!》』

 

 瞬時に、ジーンは不利に陥った。

 先ほどまでは拮抗状態であったものの、今の昭輝の攻撃では耐えきれない。

 勝てない。

 ジーンの内部で昭輝と相対する静真は、初めてその威圧と凄まじい攻撃の手数を体験し、絶対に勝てないと驚嘆していた。

 

「テメェの影は光で潰せる」

 

 さらに、ジーンの足元の影が薄くなる。

 全方位から煌々と燃える紅蓮に照らされ、影の茨がその力を失い始めていた。

 どうやら、ジーンと昭輝は実力差もあるが、元々の相性もよろしくないらしい。

 

「ここで終われ、異世界の騎士」

『《――――いいや、終わらない》』

 

 だが、それでもジーンは馬鹿ではない。

 無策で昭輝を待ち構えるほど、馬鹿ではない。

 

『《権能発動》』

 

 ジーンの呟きと共に、炎が空間に溢れた。

 だが、それは紅蓮の色をしていない。漆黒だ。影の如き漆黒の炎が空間に溢れて。

 

『《この場は預けておこう、恐るべき番人よ》』

 

 漆黒のシルエットが、さながら『人型の戦闘機』の如き姿――昭輝の装纏状態を模倣したものへと変わったジーンは、音速を超えた速度でその場を離脱する。

 人払いの魔術の効果範囲、その外側へと高速で飛んでいく。

 

「ちっ、判断が早いじゃねーか」

 

 忌々しげに吐き捨てる昭輝は、ジーンの後を追わない。

 速度の面では追従することは可能ではあるが、ジーンの権能による『模倣』を見た瞬間、自身の強さによる弊害を懸念したのだ。即ち、戦うことによる周辺被害を。

 

「次は、優里花も呼んで確実に始末しねぇと」

 

 空間に残る漆黒の炎の轍を睨み、昭輝は次の戦いに向けて策を練る。

 どこまでも油断なく、容赦もなく、現世を害する転生者を屠るために。

 

 

 

『《ここまで来れば、大丈夫か》』

 

 安全圏まで到達したジーンは、そこでようやく装纏状態を解き、主導権を静真へ返した。

 

「し、死ぬかと思った、死ぬかと思ったんだが!?」

 

 主導権を返された静真は、突如として感じた疲労に息を荒くしながら叫ぶ。

 

『《安心しろ、静真。君は死なない。あの番人が殺すとしたら、僕だけだろう》』

「だとしてもぉ! その後、どんな顔すればいいのかわかんないだろ!? 番人見習いだった俺が、転生者に憑依されて暴れたとか、どんな顔をすればいいのか! 現在進行形でさっぱりわかんねぇんだけどぉ!」

『《落ち着け。犠牲を出さないための致し方がないことだ》』

「犠牲の中には俺の苦労は入ってないのぉ!?」

『《ふっ、静真。これだけは覚えておけ……守る者とは大抵、こんなものだ》』

「うわぁ、嫌に実感が籠った言葉ぁ」

 

 静真は立体的に動く影――ジーンと言葉を交わし、ため息を吐く。

 

「それで、ジーン。今回の戦いには何の意味があったわけ?」

『《ああ。陛下の信頼を得るため、という意味ともう一つ。いざという時のため、実際に番人の力を肌で感じておきたかった》』

「いざという時のため?」

『《…………これは必要な時に言う。必要がなかったら言わない》』

「なんだ、それ?」

 

 静真の疑問に、ジーンは肩を竦めるようなジェスチャーで応えた。

 そのいかにもな動きが少し面白かったのか、静真は思わず苦笑して、そこでふと気づく。

 

「…………あれ? いつの間にか、こいつに対する警戒心が薄れているような?」

『《…………》』

「むしろ、こう、一体感? あの戦いの後から妙に、ジーンと分かり合えているような気分になっているような?」

『《…………ちっ、流石は番人見習い。勘が鋭い》』

「おいこら」

 

 がしり、と静真は影の頭部を掴む。

 すり抜けると思ったが、意外と質感がある影に内心戸惑いつつ、怒りを交えた笑顔で問い詰める。

 

「なぁ、乗っ取ろうとしてた? 乗っ取ろうとしてたか? ああん?」

『《装纏状態の継続、権能の使用、これらは転移者の憑依を浸食させる効果がある。覚えておくといい》』

「お前さぁ!? 信頼関係って知ってるぅ!?」

『《知っているからこそ、説明した。事前に説明しなかったのは、いくらか浸食が進めば君と僕のシンクロ率も上がって、戦闘力も向上するからだ》』

「それで浸食される方はたまったもんじゃないが!?」

『《安心しろ。僕は君を乗っ取るつもりはない――いや、そもそも完全には乗っ取れない》』

「はぁ?」

 

 何言っているんだ、お前? と言わんばかりの静真に、ジーンは語る。

 

『《こうして姿を見せて、名前を教え、異なる存在だと境界線を引いている時点で、僕にはもうお前を完全に乗っ取ることなどできない。いや、それどころか、遠くない未来、僕は憑依を保てずに輪廻へ還るだろう》』

 

 現時点で既に、転生者として『生まれ変わる機会』を放棄しているのだと。

 

『《僕の目的は陛下の討伐だ。そのためには君を散々利用させてもらう。だが、逆を言えば、その目的が達せられたのならば、もう生きている理由は無い。素直に死ぬさ……元々、僕は死人なのだから》』

「……言っていることはなんとなくわかる。だが、あくまでもお前が嘘をついていないのなら、という前提だけどな」

『《ふっ、そこは信じてもらう他ないな……いや、信じなくてもいい。後数日、この僕に付き合ってもらえれば》』

「…………とりあえず、変な動きをしようとしたら、無理やり主導権を奪い返す」

『《ああ、そうするといい。僕と君はそれぐらいの関係がちょうどいい》』

 

 心の中に宿る気安さを押し留め、努めて警戒を保とうとする静真。

 そんな静真を好ましく思うように、言葉を紡ぐジーン。

 番人見習いと転生者の共同戦線は、こうして幕を上げたのだった。

 

 

●●●

 

 

 翌日の放課後、竜王は静真の自宅へとやってきた。

 

「わ、わぁああああっ! 泥波香蓮先生だぁああああっ!」

 

 何故か、限界オタク状態となった未咲として。

 

「おー、君が竜ケ崎未咲ちゃん? うちの息子が世話になっているね?」

「いえいえ、そんな! 全然、そんな!」

「君みたいな可愛い女の子が息子の友達なんて、中々信じられなかったけど、うん。こうしてみると感慨深いなぁ」

「か、可愛いなんて、そんな!」

「いや、可愛い。超可愛いよ。今度の短編のヒロインにしたいぐらい可愛いね」

「しょ、しょんな! 光栄なことがありゅんですか!!?」

 

 本気か冗談かはさておき、息子の友達にリップサービスをする静香。

 限界突破して、もはやまともに言語機能が動いていない未咲。

 

「…………おおう」

 

 そんな二人を少し離れた場所から見る静真は、ちょっと引いていた。

 

「あのさ、ジーン」

『《なんだ? 静真》』

 

 そして、二人が何やら猛烈な勢いで語り合っている最中、静かに自分の影――ジーンと言葉を交わす。

 

「既に正体が俺にバレているわけだから、未咲の主導権を渡さずに家まで来ればいいんじゃないの?」

『《恐らくだが、陛下は宿主の自覚無く支配しているタイプの憑依だ。やろうと思えば、日常的に主導権を奪うことも可能だろう。だが、そんな些細なことでも宿主にストレスが溜まり、いざという時に、無意識的に拒絶を受けて肉体操作が鈍るかもしれない。それを嫌って、宿主が楽しみにしていたことは奪わないようにしているのだろう》』

「実は、お前の王もうちの母親のファンだったりして?」

『《ふっ、案外あり得るかもしれない。陛下は書物を良く嗜む方だった。それに、我々転生者が宿主に影響を及ぼすように、宿主からの影響を我々も少なからず受ける。どうしても、同じ肉体に魂が宿っているからな。だから、あり得ない話ではないだろう》』

「そうかい……んじゃあ、ジーンも俺に何か影響を受けているのか?」

『《さて、そういうのは案外自分ではわからないものだ》』

 

 今の静真とジーンならば、ほとんど音を立てずに小声での意思疎通が可能だ。

 前日の戦いの影響か、魂同士の繋がりが強化されているらしい。

 

「あまり、俺のことは気取られないように動けよ?」

『《ああ、もちろん。そこは抜かりない》』

 

 二心同体の二人は、楽しげに会話する未咲と静香を眺めながら、その時を待つ。

 未咲が竜王へと変わり、その肉体の主導権を持つ時を。

 番人にも、転生者側にも、極秘な作戦を決行する時を。

 

 

 

「やれやれ、宿主にも困ったものだ。違和感を抱かせることなく、部下の家に行けるのは助かるが、一時間もロスしたのは中々に手痛い」

 

 未咲が竜王へと代わったのは、おおよそ一時間後。

 静香と未咲の語り合いがひと段落し、『後は若いお二人で』などと、静真の自室で二人きり――人格も合わせると四人だが――になった時だった。

 

「まったく、娯楽小説などに現を抜かして。そんなことだから女神に選ばれたのだ」

 

 そして、宿主である未咲を散々に言っている竜王だが、貰ったサイン本を扱う手つきはかなり丁重だ。やや高揚したほくほく顔で、自ら持参したバックに入れている。

 

「我が王」

 

 そんな竜王の様子には突っ込まず、ジーンは至極真面目な顔で話を進める。

 乗っ取ったように見せかけた、静真の肉体で。

 

「昨晩ですが、早速、試しに炎を扱う番人との戦闘をして参りました」

「うむ、そうか……うむ? 我、戦うのは作戦を待ってからと言ったよな? んん? 不敬か? 不敬なのか?」

「本格的な戦闘ではありません。威力偵察ですので」

「なるほど、威力偵察か。それならば――」

「後、三秒ほど逃げるのが遅かったら、今頃は再殺されていたでしょうが」

「おいこら」

 

 竜王とジーン。

 上下関係がはっきりとしている二人であるが、その癖、妙に両者とも態度が気安い。少なくとも竜王は、『翼』の騎士に見せた時の威厳溢れる姿とは、異なる姿を見せている。

 

「ですが、その甲斐あってか、我が権能――『模倣』のストックが溜まりました。いざとなれば、奴を引き付けておくぐらいのことは可能でしょう」

「む、それはつまり、遠回しに奴とは直接対決をするなと言っているのか?」

「はい。我が王が負けるとは思いませんが、勝てたとしても受ける傷は深いかと」

「…………我が騎士よ。我が影よ。貴様、我が考えている作戦を既に見通しているな?」

 

 目を細めて訊く竜王へ、ジーンは真っすぐに視線と忠義を返した。

 

「貴方様が侵略と制圧をする時、何度も僕はその影に控えていましたので」

「ふん。ならば、言ってみるがいい」

「了解しました……この土地、天見町を攻略するためには、番人の各個撃破は現実的ではありません。奴らを倒すにはこちらの数が足りなさすぎる。故に、狙うは本丸。一瞬の隙をこじ開けての電撃戦――いかがでしょうか?」

 

 ジーンの語りに、竜王はにぃと不遜に笑みを浮かべた。

 

「当たりだ、ジーン。そうとも、我らの目的はあくまでもこの土地の支配。我らが女神をこの土地に据え、栄光ある我が国家を復活させる。そのためには」

 

 そして、威風堂々と言葉を紡ぐ。

 

 

「この土地の神を殺す必要がある」

 

 

 文字通り、神をも恐れぬ言葉を。

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