「その追放、本当に正しいですか?」   作:埴輪庭

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第3話「いかにも訳アリな女魔術師を加入させたい!」

 ◆

 

「さて、本日の業務もあと少しといったところでしょうか」

 

 エリーナは窓口に置かれた小さな卓上時計に目をやり、小さく呟いた。

 

 陽はさらに傾き、室内に差し込む光もオレンジ色を濃くしている。

 

 もう一人か二人、相談者が来れば終わりだろうか。

 

 そんなことを考えていると控えめなノックの音と共に扉が開き、一人の青年が姿を現した。

 

「失礼します。こちらでパーティ編成の相談ができると伺ったのですが」

 

 穏やかな声だった。

 

 年の頃は二十代半ばだろうか。

 

 整った顔立ちに、爽やかな笑顔がよく似合う。

 

 身にまとっているのは軽装の革鎧だが、手入れが行き届いており、実直な人柄が窺えた。

 

 ──この方は……確か、銀等級パーティ「蒼銀の翼」のリーダーですね。噂通りの好青年といった印象です

 

 エリーナは内心で人品鑑定しつつ、いつも通りの職業的笑顔で応じた。

 

「はい、編成相談窓口へようこそ。わたくしが担当のエリーナと申します」

 

「俺はセイルです。「蒼銀の翼」というパーティでリーダーをさせてもらっています」

 

 セイルと名乗った青年は、丁寧に一礼した。

 

「本日は新しいメンバーの加入申請をお願いしたく参りました」

 

「新規加入のご相談ですね。承知いたしました」

 

 エリーナは手元の書類に視線を落とす。

 

「差し支えなければ、加入を希望される方の詳細と、現在のパーティ構成についてお聞かせ願えますでしょうか」

 

「はい。俺たち「蒼銀の翼」は、現在、剣士のマルコス、弓士のミーシャ、そして斥候兼リーダーの俺、セイルの三人で活動しています」

 

 セイルは指を折りながら説明する。

 

「今回加入させたいと考えているのは、ライラックという名前の魔術師の少女です」

 

「魔術師の方ですか」

 

 エリーナは頷きながらペンを走らせた。

 

「ライラックさんとは、どのようないきさつで?」

 

「それが、先日たまたま立ち寄った酒場で隣のカウンター席に座っていましてね」

 

 セイルは少し照れたように頬を掻いた。

 

「飲んで話しているうちに、なんだか意気投合してしまって。その流れで、彼女の方から『もしよかったらパーティに入れてほしい』と言われたんです」

 

「なるほど、酒の席での出会い、ですか」

 

 エリーナは内心、またそのパターンか、と思わないでもなかったが顔には出さない。

 

「うちのパーティにはこれまで魔術師がいなかったので、火力支援や後方支援の面で強化できるなら丁度良いかな、と。彼女の魔術の腕も、話を聞く限りでは確かなようでしたし」

 

 セイルは続ける。

 

「それで、ひとまず俺の方で承諾したんです。まあ、酒の席での口約束みたいなものですけどね。正式な加入は、ギルドの許可が下りてからメンバーにも伝えようと思っています」

 

 エリーナはセイルの話を一通り聞き終え、記録水晶に手を伸ばした。

 

「承知いたしました。それでは、まずライラックさんの冒険者登録情報を確認させていただきますね」

 

 水晶に魔力を込めると、ライラックという名前に該当する冒険者の情報がいくつか表示される。

 

「年齢、外見的特徴などからおそらくこの方で間違いないでしょう」

 

 エリーナは該当するデータを選択し、詳細を読み進めた。

 

 ライラックはフリーの魔術師としていくつかの短期依頼をこなしているようだ。

 

 特筆すべき問題行動の記録もない。

 

 ──表面的には、特に問題はなさそうですね。セイルさんのパーティは前衛と弓士、斥候ですから、魔術師の加入はバランス的にも悪くないように思えますが……

 

 エリーナは慎重に思考を巡らせる。

 

 パーティ編成は、人間関係が大きく影響するものだ。

 

「念のため、ライラックさんの過去の所属パーティについても調べてみましょう」

 

 エリーナはさらに水晶を操作し、関連情報を深く掘り下げていく。

 

 すると、一つの情報がエリーナの目に留まった。

 

「……これは」

 

 思わず、といった風に小さな声が漏れる。

 

 画面には、ライラックが以前所属していたパーティの名前と、そのメンバーリストが表示されていた。

 

 そして、そのリストの中に、見知った名前があったのだ。

 

「セイル様、少しお尋ねしてもよろしいでしょうか」

 

 エリーナは顔を上げ、セイルに向き直る。

 

「あなたのパーティにいらっしゃる剣士のマルコスさんですが……」

 

「はい、マルコスがどうかしましたか?」

 

 セイルは不思議そうな顔で問い返した。

 

「この記録によりますと、マルコスさんは以前、『紅蓮の牙』というパーティに所属しておられた時期があるようです」

 

 エリーナは水晶の表示をセイルにも見えるように調整する。

 

「そして、その『紅蓮の牙』には、今回加入を希望されているライラックさんも、同時期に在籍していた記録があります」

 

「えっ、マルコスとライラックさんが、昔同じパーティに?」

 

 セイルは驚いたように目を見開いた。

 

「それは初耳です……。彼女からはそんな話は一切聞いていませんでした」

 

 表情からは、純粋な驚きだけが読み取れる。

 

 どうやら本当に知らなかったようだ。

 

「さらに、気になる情報が……」

 

 エリーナは言葉を選びながら続ける。

 

「この『紅蓮の牙』は、解散という形ではなく、メンバーの離脱によって活動を停止しています。そして、その主な原因として……当時のメンバー間の男女問題が記録されているのです」

 

「男女問題……ですか?」

 

 セイルの顔に困惑の色が浮かぶ。

 

「記録によれば、その問題が遠因となり、マルコスさんが『紅蓮の牙』を脱退した、とされています」

 

 エリーナは静かに事実を告げた。

 

 ライラックとマルコスの間に、過去に何らかのトラブルがあった可能性が極めて高い。

 

 しかもそれは男女間の問題だという。

 

「……そんなことが」

 

 セイルは言葉を失ったように、水晶の表示を見つめている。

 

「セイル様、お聞き及びかもしれませんが、あなたのパーティのマルコスさんとミーシャさんは、現在恋人同士でいらっしゃいますよね?」

 

「……はい、その通りです。二人はもう長い付き合いで、とても仲が良いです」

 

 セイルは頷く。

 

 先程までの朗らかさは消えて明らかに不安そうだ。

 

「そうであるならば今回のライラックさんの加入は、あまりお勧めできません」

 

 エリーナはきっぱりと言い切った。

 

「過去に男女間のトラブルがあった相手を、現在の恋人がいるパーティに迎え入れるというのは、新たな火種を生む可能性が非常に高いと言わざるを得ません。ライラックさんの思惑も気になりますね」

 

 セイルはしばらく黙り込んでいたが、やがて顔を上げ、深い溜息と共に口を開いた。

 

「……そう、ですよね。俺としたことが、軽率でした。ライラックさんの人柄は悪くないと思ったんですが、そんな過去があったとは……」

 

 セイルは力なく首を振る。

 

「マルコスとミーシャの仲は俺も大切にしたいと思っています。そこに波風を立てるようなことは、絶対にしたくありません」

 

 さすがはメンバー思いで知られるリーダーだ。

 

 エリーナの助言の意味を、彼は即座に理解した。

 

「今回の加入申請は……見送らせていただこうと思います」

 

 セイルは苦渋の表情を浮かべながらも、はっきりとした口調で言った。

 

「賢明なご判断かと存じます」

 

 エリーナは静かに頷き、書類に『申請取り下げ』と記入する。

 

「ライラックさんには、どのように伝えれば……」

 

「事情を話すのは難しいでしょうから、ギルドに丸投げしてくださって構いません。許可が下りなかったと、そのまま伝えてくだされば」

 

「え……でもそれだと、その……」

 

「恨まれたりするかもしれない……ですか?」

 

 セイルは頷く。

 

「“そういう事”もギルドの役割なのです。どうぞお気になさらずに」

 

 セイルはほっとした様子で言う。

 

「わかりました。エリーナさん、的確なアドバイスをありがとうございました。あなたに相談して本当によかったです」

 

 セイルは立ち上がり、深々と頭を下げた。

 

「いえ、それが私共の仕事ですから」

 

 エリーナは微笑んでセイルを見送った。

 

 ──また一つ、未来のトラブルを未然に防げたということでしょうか

 

 セイルの誠実な人柄に、エリーナも少しだけ救われたような気持ちになっていた。

 

 どんなパーティにもそれぞれの事情と人間関係がある。

 

 それを無視した安易なメンバー変更は、時として取り返しのつかない結果を招くのだ。

 

 窓の外はもうすっかり夜の帳が下りようとしていた。

 

 エリーナは静かに息をつき、本日の業務終了の札を窓口に立てるのだった。

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