「その追放、本当に正しいですか?」   作:埴輪庭

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第4話「訳アリ女魔術師の後始末」

 ◆

 

 夜の帳が街を包み込み、家路を急ぐ人々の足音が石畳に響く頃。

 

 エリーナもまたギルドからの帰路についていた。

 

 今日の業務も無事に終わり、いくつかのパーティの未来を良い方向へ導けたというささやかな達成感が、疲れた心と身体をわずかに軽くしてくれる。

 

 窓口でのやり取りを思い返し、ふと笑みがこぼれそうになったその時だった。

 

 エリーナの左手、細い路地の暗がりから自身へ向けられる剣呑な気配に気付く。

 

 ──殺気は私へ向けられていますね。無視してもいいですが……

 

 そうすれば恐らくやみくもに攻撃をしてくるだろう。

 

 そんな破れかぶれの危うい気配だった。

 

 はあ、と溜息一つ。

 

 エリーナはさりげなく右手の指輪に触れ、路地へと入っていった──そして。

 

 月明かりに照らし出されたその顔を見て、エリーナはわずかに眉をひそめた。

 

「……ライラック様、でしたか」

 

 そこに立っていたのは先日、セイルのパーティへの加入申請が取り下げられたばかりの魔術師、ライラックその人であった。

 

 整った顔立ちは怒りと憎悪に歪み、その瞳に狂気が爛と光る。

 

「こんな夜更けに何か御用でしょうか」

 

 努めて冷静にエリーナは問いかけるが、ライラックの纏う不穏な雰囲気は穏やかな話し合いなど望むべくもないことを告げていた。

 

「とぼけないでちょうだい!」

 

 ライラックの声はまるで絞り出すように低く、そして震えていた。

 

「あなたのせいで、私の計画は全て台無しになったわ!」

 

「計画、と申しますと」

 

 エリーナは相手を刺激しないよう、慎重に言葉を選ぶ。

 

「マルコスよ! マルコスは私のものになるはずだったの!」

 

 ライラックは狂気を帯びた目で叫ぶ。

 

「あなたが、あの余計な忠告さえしなければ……! あの男は私を受け入れてくれたはず! そうすれば、マルコスを! あの女狐から奪い返せたのよ!」

 

 エリーナの脳裏に、先日セイルに伝えた懸念が蘇る。

 

 ──やはり、彼女の目的はマルコスさんでしたか。そして私へのこの敵意は、完全な逆恨みですね

 

「ライラック様、あなたの個人的な感情は理解できなくもありません。しかしギルドの編成相談窓口として、私は適切な助言を……」

 

「黙りなさい! 発火(ファイ・オ)!」

 

 その手に炎が渦巻くのを見たエリーナの目に霜が降りる。

 

 ──起動符ですか。こんな街中で随分と大きい魔術(モノ)をお使いになるようで

 

 起動符とはいわゆる()()である。

 

 パンチをする際に腕を引く様に。

 

 大きくジャンプする際に膝をたわませる様に。

 

 大きな魔術を使う際にも準備が必要だ。

 

 無論その様な魔術を街中で使う事は禁止されている。

 

「……ふう。ここで止めればお説教だけで済ませてもよかったのですが」

 

 エリーナは殊更に溜息をついて言う。

 

 だがそんな態度はライラックをより激昂させるだけであった。

 

「あなたさえいなければ! あなたのせいで、私のマルコスへの愛は踏みにじられたのよ!」

 

 彼女の瞳に宿る憎悪の炎は、手のひらの魔術の炎と呼応するように激しく燃え盛っているように見える。

 

「この怒り、あなたにぶつけてあげるわ! 激礫爆導炎球(エクスプロガ)!」

 

 次の瞬間、ライラックの手から灼熱の火球が放たれた。

 

 火系統の攻撃魔術の中でも、中位に位置する強力な魔術である。

 

 エリーナの顔面めがけて一直線に飛来するそれが直撃すれば、大けがでは済まないだろう。

 

 だが。

 

 迫りくる火球はしかし、エリーナの目前数寸のところで霧散して消えた。

 

 いつの間にか、エリーナの周囲に霧が発生している。

 

 霧中には細かい氷片が綺羅と光っており、この奇妙な靄が火球を打ち消したのだろう。

 

「なっ……!?」

 

 ライラックの顔に驚愕の色が浮かんだ。

 

 自身の全力の火球がいとも容易く消滅させられたことが信じられない、という表情だ。

 

()()()()戦に於いて、これ見よがしに起動符を口にするのはお勧めしません。多少威力が下がったとしても──」

 

 エリーナはふうと()()()をつく。

 

「この様に、さりげなく起動した方が良いでしょう」

 

 言いながら、エリーナが人差し指を立てくるくると回すと、渦巻く靄に動きがあった。

 

 十数本の薄い氷の輪が形成されたのだ。

 

 ただの輪ではない事は一目瞭然であった。

 

 円輪の外周は薄く、まるで刃物の様にも見える。

 

円禍氷輪斬(ギ・シリ)。動けば殺します」

 

 高速回転する数多の氷輪に込められた魔力の密度と量は、ライラックの頭を冷やすには十分すぎた。

 

「な……なんなのよ、あなた……ただのギルド職員じゃ……」

 

 声が震えている。

 

「ライラック様。ギルド員に対する攻撃は、冒険者ギルド総則第十七条三項に明確に違反する行為です」

 

 エリーナは氷の刃輪を維持したまま、淡々と続ける。

 

「それだけでなく、この街を治めるヴァンキッシュ公爵が定める領法にも違反しております」

 

「わ、私は……」

 

 ライラックが言いかけた所で、それを遮る様にエリーナが「時間切れですね」と言った。

 

 どこからともなく、カツン、カツン、と重厚な金属鎧の足音が響いてくる。

 

 次の瞬間には、白いバケツを逆さにしたような兜をかぶった騎士然とした者たちが二人、音もなくライラックの両脇を固め、その腕を掴み取り押さえていた。

 

 あまりの素早さと気配のなさに、ライラックは抵抗する間もない。

 

「な、なによ、あんたたちは! 離しなさい!」

 

 ライラックは必死にもがくが、屈強な騎士たちの拘束はびくともしない。

 

 白い兜の奥から覗く目はいかなる感情も伺えない。

 

 エリーナは取り押さえられたライラックを見やり、静かに告げた。

 

「彼らはギルドナイト。ギルド及びギルド職員、そして街の秩序を守るために組織された特殊部隊です。ご存じでしょう?」

 

 エリーナはそういって氷輪を消し、やや同情が混じった視線をライラックに向けた。

 

「ギルドナイト……ですって……?」

 

 ここに至ってようやく正気に戻ったのだろう、ライラックの顔から血の気が引いていくのが分かった。

 

 ギルドナイトの名は、法を犯す冒険者にとっては恐怖の代名詞だ。

 

「逆らわないほうが賢明ですよ。私の十倍は強いですから、彼らは。私が現役だったとしても、彼らとはちょっと殺り合いたくはないですね」

 

 その言葉に嘘がないことを、ライラックは本能で悟ったのだろう。

 

 先程までの狂的な激情は消え失せ、項垂れている。

 

 ギルドナイトたちはライラックを連行すべく、無言で歩き出した。

 

「はあ……」

 

 今度は普通の溜息をつくエリーナ。

 

 引きずられるようにして連れて行かれるライラックの背中は、あまりにも小さく見えた。

 

 また一つ厄介な事件が解決したわけだがしかし、その結末は決して後味の良いものではない。

 

 ──誰かを想う気持ちも、行き過ぎれば悲劇しか生まないのですね

 

 エリーナは再び家路へと歩き始めた。

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