歴史におけるウマ娘 作:久保田
紀元前312年。アッピア街道の石がカツンと鳴った。ローマ市民たちはその音を聞き、「ああ、また誰かが道を走ってるな」とつぶやいた。
そう、走っていたのはウマ娘だった。
「すべての道はローマに通ず」。この格言を一番最初に実感したのは、実のところ旅行者でも軍団でもない。ウマ娘である。
彼女たちは舗装という概念を「靴擦れしない道」と理解し、帝国の土木工事を半ばジャイアン的に主導した。国の予算?そんなものは後回し。情熱と速度の前には、元老院も石を積む他なかった。
元来、ウマ娘たちは「もっと遠くへ、もっと速く、そしてもっと目立ちたい」と願う種族である。そんな彼女らにとって、泥濘だらけの古代道路はまさに地獄。転んだ拍子に歴史が終わってしまう、という危機感から、私設レース用に自力で道を作り始めたのである。
問題は、石材も人手も足りないことだ。
「ちょっと、いいとこのおじさん!お金出してくれない?」
こうしてウマ娘たちのクラウドファンディング――通称「走路建設出資券」制度が始まる。市民は貯金壺をひっくり返し、残高など理解せぬままに寄付し、ウマ娘はその代わりに全速力で郵便物と自尊心を届けた。
元々軍用だった道が、いつしかウマ娘の滑走路になっていく。元老院もこの「クルサリア街道(Via Cursaria)」に感動し、税制優遇措置を設けてしまった。「市民の足元に税金が落ちてる」と皮肉を言った詩人は、後日、ウマ娘の蹄で踏まれたという。
アウグストゥス帝が整備した駅伝制度「クルスス・ヒポカンピアヌス(Cursus Hippocampianus)」は、画期的な通信手段となった。伝令文書など端っこの装具に括りつける、そんなわずかな情報ではない。ウマ娘が情報の送り元から、詳しい人を主役としてローマまで運んで送り届けるようになった。ローマは類を見ないほどの精度で情報を収集できるようになったのである。
街道沿いに設けられた「マンシオネス(Mansiones)」は、ウマ娘のためのリゾートホテルでもあった。栄養管理、マッサージ、ニンジン風呂。国家の物流を支えるという名目で、実のところ彼女たちは相当贅沢なケアを受けていた。これが帝国衰退の遠因である、とは史家たちの冷ややかな意見。
施設管理者「マンセプス」は、事実上のトレーナーである。朝は蹄鉄の点検、昼はご飯の選別、夜は感情ケア。時に詩を詠み、時に競馬場で賭けに負ける。ウマ娘を走らせながら、彼らもまたローマという名の馬車に引かれていた。
経済もまた、ウマ娘によって加速した。小アジアのワインも、シリアの香油も、ヒスパニアの陶器も、ウマ娘の手に揺られてやって来た。特急便「疾駆便」は、重さ1kg以下・美術品貴重品優先の高額輸送サービスである。ローマの女たちが泣きながら「耳飾りが明日までに届くのよ!」と叫んだ日、ウマ娘は朝まで走った。
そして、宗教までもが彼女たちを乗せて布教された。伝道者パウロと共にあったのはアルテミシア。彼女は強すぎる信仰心のあまり、競馬にでて勝つたびに、神の愛を説いて回ったという。
彼女たちは、ただ速いのではない。誇り高く、そして美しく走った。
ローマの舗装技術は、芸術である。最下層に砕石、その上にモルタル、そして整形石板の三層構造。これを走るウマ娘たちは、反響音を頼りにピッチを調整するという「耳ラン」技術を持っていた。耳が折れている日は休養日とされたほど、聴覚は重要だった。
古代ローマにおいて「走ること」は「美徳」だった。剣闘士が死を以て勝利を得たように、ウマ娘は走りによって地位と恋と人生を勝ち取った。走路は戦場、そして舞台だった。
476年、西ローマ帝国が崩壊しても、道は残った。なぜなら道は国家に忠誠を誓わない。石は、崩れてもなお存在する。
中世、巡礼者たちはその石を辿って神を探し、ルネサンス期の学者たちはその轍を触って涙を流した。彼らは言った――「これは単なる道路ではない。意志だ」
そして今日。
ローマの一角、ヴェネト通りの石畳。午後のカフェテラスでカプチーノを飲んでいると、突然カツン、と音がする。
振り返ればそこには、ポニーテールを揺らした少女が走り抜けていく。ハイブランドのスニーカーにローマ数字の刺繍がある。ウマ娘は、いまだに走っているのだ。
道が続く限り。
我々が忘れかけている「つなぐ」という思想。速度よりも、持続よりも、そこにあるのは「意味」。我々は「止まったら負け」という至極単純なことを忘れてしまったのかもしれない。
そう、道とは物質ではなく、精神である。ウマ娘とは、ただの競走者ではなく、国家と時間を結ぶ走者であった。
すべての道はローマへ通ず。
そして、ローマには、いつだってウマ娘がいた。
−−−
アッピア街道、午後三時。石は語らずとも、蹄が歌う。紀元前312年に敷かれたその道は、今日も誰かの足音を待ちわびている――たとえば、ひとりのウマ娘。
古代の石畳に陽光が差し、苔むした影が濃く落ちる。その上を、ポニーテールを揺らしながら駆けてくる少女がいた。名はノエル、14歳。ソレント生まれ、ローマ育ち。競走登録なし、所属もなし。唯一の肩書きは「趣味:マラソン」。
けれど街道ランナーの間では、彼女のことを“アッピアの精霊”と呼ぶ者もいる。あだ名の出所は不明、たいてい彼女自身が言いふらしている。
走ることは自己表現であり、現実逃避であり、数学テストからの逃走手段でもあった。文武両道?いや、どちらも中途半端。それでこそ、思春期だ。
彼女は生まれつき聴覚が過敏気味で、耳介筋が強く発達していた。そのため、音によって自律神経のリズムを自然に調整できた。ソレント近郊の故郷には、今も牛を引く音が響く石畳の小径があり、彼女は幼少期からそのリズムを身体で覚えていたという。メンコの工夫もあり、過敏さを苦にせず感覚だけを研ぎ澄ませて育った。
イタリアシリーズ――それはトロッター(速歩)中心の競技体系。ノエルのように平地競走への憧れを抱いた者にとって、それは冷たく、そして古臭い壁だった。彼女の祖先はイヴァノエ・ボノーミ、かつて国を手玉に取った男として有名だったため、その一族はイタリアシリーズでは常に腫れ物扱いで、スカウトはおろか、会話すら避けられていた。
そんな事情を知らずにいた日本人の青年が、その日、街道脇の休憩所跡「マンシオネス」に腰を下ろしていた。
彼の名は西条智、27歳。日本の競馬界で「トレーナー」として生きて5年。実力は中の中、根性は中の下、語学力は……どうしようもない。
2年前、府中の上司に言われた。「このままだとウマ娘じゃなくて、そろばん引く人生になるよ?」 その“餞”を背負って彼はイタリアに来た。欧州的センスを学ぶ研修生、という建前で。
だが実際は、「ティラミスひとつ」が注文できず、カフェの隅で震える日々。サルティンボッカのように豪快なイタリア人トレーナーたちと比べると、彼の存在感は塩抜きのフォカッチャ以下だった。
ただ一つの誇りは、日本から持ってきた銀色のトレーナーバッヂ。それだけは、胸にぶら下げていた。唯一、イタリア語が書かれていない安心な物。
「それ、トレーナーバッヂでしょ!」
澄んだ声が彼の耳を撃ち抜いた。見れば、ノエルが頬を紅潮させて立っている。汗で額を光らせながらも、瞳はキラキラしていた。
「え、はい……そうですけど」
西条の頭の中で、辞書が慌てて回り出す。しかし――
「すっごい!日本のトレーナーさんが本当にいるなんて!わたし、アニメとソシャゲでずっと勉強してたんだよ!」
その言葉に、彼は救われた。現代教育、恐るべし。
それからの会話は止まらなかった。ノエルは学校とバイトの合間に街道を走っていること。ランニングも勉強も「そこそこ」で、将来の夢も「とりあえず走ること」くらいしか思いつかないこと。
西条もまた話した。トレセンでは期待されながら結果が出せず、イタリアでもつかみ損ねてばかりで、そろそろ帰国が見えてきたこと。
ふと、西条は彼女の動きを注視する。特異なまでに動く耳。
「……君、その耳、走ってるときもそんなに動いてるの?」
「え? ああ、うん、いつも道の音を聞いてるんだ」
「道の音?」
「そう。石の継ぎ目とか、音が違うでしょ? そこに合わせて脚を動かすの」
西条は凍りついた。
古代ローマ――帝政末期までの訓練技術。耳で路面の変化を察知し、走行リズムを数秒単位で修正する“耳音反応式走法”。かつてはエリートウマ娘のための訓練法として知られたが、習得には特殊な感覚が必要で、継承困難なために廃れた。まさか今、それを“自然に”やっている者がいるとは。
「……すごいな、それ」
「え? なんか変だった?」
「いや、違う。すごい。かつて日本で見たダート王者の走りが“重戦車”だとしたら……君のは“細剣の舞い”だ。力を“制御”するのが一流だと思ってた。でも君は、“調和”してる」
「へえ……」
ロゼッタは少し驚いたように目を丸くし、しかしすぐに笑った。
「じゃあ、ちょっと見せてあげようか? わたしの走り」
そう言って、彼女は街道へ踵を返す。そして走った。
石畳を正確に読み、音を耳で捉えながら、リズムを変えず、時に加速し、時に滑らかにかわす。あらゆる不整地を無力化する、柔らかく、鋭利な走法だった。
西条は目を見張った。これは、間違いない。だが。
「スカウト……いや、無理だ。俺なんかじゃ」
心の中でそう呟き、ただ拍手を送った。その拍手に、彼女は少し首を傾げた。
「……ねえ、スカウトしないの?」
「俺じゃ君に釣り合わない」
「ふうん」
それでも彼は、見たままを、感じたままを言った。
「だけど、君の走りは本物だ。もし、どこかで誰かがチャンスをくれたら……きっと君は、一流になれる」
その言葉を聞いたときのノエルの表情――それは笑顔だったが、どこか寂しげでもあった。
「私の母方の祖父は、戦時中に都市を守った義勇団員だった。走ることで、私はその“道”を継いでるの。でも、父方のはね――」
そう、彼女は誇らしげに言った。
** *
1年後――府中、春。
新入生を迎える日、西条は職員棟のチェックリストを片手に眠そうに立っていた。上司の北条チーフからは「次に期待してる」と言われたが、期待というよりは、もはや様式美だ。
「ま、いつも通り……」
そのときだった。カツン――と、石を打つ音。
振り返ると、春風にポニーテールが揺れていた。制服姿の少女が、駆けてくる。
「ちょっと遅れちゃった!あ、久しぶり、トレーナーさん!」
「……なんでお前がここに……!?」
「言ってなかったっけ? あのとき、“ちょっと走る理由ができたかも”って」
にっこりと笑ったノエルは、そのまま校内へ走っていった。
「ねえ、知ってる?“すべての道はローマに通ず(Omnes viae Romam ducunt)”って言葉」
「でも、私はね――“すべての道は、誰かと再会するためにある”って思うんだ」
彼女の言葉に、西条は思った。
自分が何を置き忘れていたのか、ようやくわかった気がした。
その日から、彼は再び走り始めた。道の先に誰がいるのか、確かめるために。
そう、すべての道は――驚きの再会へと。
「今日は走るのか?そばの川沿いはいい走り場所だけれども」
「今日はやめておくね」
ノエルの耳は少し折れていた。