歴史におけるウマ娘 作:久保田
ホースラディッシュという言葉を聞いて、すぐにそれが何かを思い浮かべられる人は多くないかもしれない。ただ、その辛味を知っている人は意外と多いはずだ。そう、西洋わさびと呼ばれる、あの鼻にツンとくる強烈な薬味のことである。
かつての英語で“horse”は「力強い」「頑丈な」といった意味を持っていた。そのため、辛さの強い大根に「ホースラディッシュ」という名前が付いたのは、ある意味で当然だった。だが、ウマ娘たちの世界では、この呼び名がじわりとやっかいな誤解を呼ぶ。というのも、“horse”と付いている以上、食卓で名前が挙がるたびに誰かの耳がぴくりと動くからだ。
「“ホース”って付いてるから、私たち用の栄養食だと勘違いされるんですよ。でもこれ、私たちにはほぼ天敵。正直、ウマに効くクナイみたいなもんです」
そう語るのは、ニュージーランドの大手酒造メーカー「アンリバー社」の社外取締役を務めるウマ娘・ティップル氏だ。彼女は耳をくるくる回しながら、まるで辛味の妖精でも出てくるかのような顔つきで語る。
確かにウマ娘たちは、人間に比べて強靭な消化器系を持つことで知られている。しかし、その体質にも相性の悪い食材はある。アブラナ科の植物、特にホースラディッシュのような強い辛味をもつものは、ウマ娘にとって刺激が強すぎるとされている。
辛味の元となっているのは、グルコシノレートと呼ばれる配糖体だ。ホースラディッシュにはこの成分が数十種類も含まれ、細胞が傷ついた瞬間にミロシナーゼという酵素が働き、それをイソチオシアネートという刺激性化合物に変換する。これがあの鼻に突き抜ける辛さの正体である。ウマ娘に限らず、多くの動物がこれを避ける。ある意味、植物が自らの身を守るために編み出した“辛味のバリア”だ。
「うちでは、レース後の打ち上げでホースラディッシュを冗談で出すことがあります。マオリ系の血を引く私は割と平気なんですが、日本の子たちはもう……ひと嗅ぎしただけで涙目で逃げますね」
強烈な刺激を放つホースラディッシュは、まさに「美味なる毒」と言える。その風味は、ローストビーフやカクテルソース、あるいはブラッディ・メアリーのような飲料に至るまで、幅広い料理に“鋭いアクセント”を添える存在だ。
「私は好きですけどね。ほら、走りの合間にちょっと気合を入れる感じ。あの鼻に抜ける刺激で、“よし、行くぞ”ってなるんですよ」
彼女の蹄音には、どこかピリッとしたリズムがあった。アンリバー社では「わさび酒」などの辛味系アルコールも開発されており、ティップル氏はそのブレンディングにも関わっている。香りと喉越しの絶妙な配分は、辛味を単なる刺激から「儀式」へと昇華させていた。
「ちなみに、うちの母のホーリックスはぜんっぜんダメなんです。試飲会に来ても、ちょっと飲んだだけで“私の時代はこんなのなかった!”って、真っ赤な顔で文句を言ってました(笑)」
ホースラディッシュは、見た目は少し不格好な白い根をしている。地中でじっくり8〜12ヶ月育てられ、収穫後に葉を落として根を食用にする。緑の葉はテンサイに似ており、全体の高さは約60〜90センチ、横幅はおよそ45センチ。根は太く、周囲に副根がいくつも伸びており、それらが翌年の栽培にも使われる。
「形を言葉で説明するのはちょっと難しいけど、白い大根みたいな主根のまわりに、ヒゲ根みたいなものがたくさんついてるんです。あれがまた繁殖力あるんですよ。あの辛さ、根を絶やす気がないんですよね」
この辛味野菜は、単なる料理の脇役ではない。ヨーロッパの春祭りや結婚式では、「力強さ」「繁栄」「再生」を象徴するものとして食されてきた。ユダヤ教の過越の祭では「苦難の象徴」としてホースラディッシュが用いられ、家族の歴史や民族の記憶を味覚として刻む文化が今も残る。
そうした文化的背景は、ウマ娘の家系にも独自に息づいている。ティップル氏の家では、レースに敗れたウマ娘がホースラディッシュを一かけ食べるという伝統があるそうだ。
「“次はこの苦さを跳ね返せ”って意味らしいんです。まあ、母は一度も食べたことないって言ってましたけどね」
ある地方の伝承では、北の山中に“辛味の精霊”が棲むという話が伝わっている。その精霊は、根のなかに宿る神性であり、挑んだ者に「疾走の祝福」と「鼻腔の試練」を与えるという。まことしやかに語られる「聖辛根(セイシンコン)」の伝説だ。
「私はまだ、“聖辛根”を舐めたことはありません。でも、いつか挑んでみたいって思ってるんです」
そう語るのは、ニュージーランドのクラシック世代で注目される期待の新星ベルフィーユ。レースでは未完の大器と言われる彼女だが、その耳の角度には、まだ見ぬ味を受け入れる意志がある。ウマ娘の試練は、ただの競走だけではない。味覚もまた、魂の耐性を問うのである。
ホースラディッシュ。たかが薬味、されど薬味。その辛味は、ときに毒となり、ときに祈りとなり、ときに文化や試練の記号となって、ウマ娘たちの魂にしるしを刻んできた。
走る者にとって、その刺激は避けるべきものか、それとも向き合うべきものか。答えは鼻腔の奥、涙腺の先、あるいは一陣の風の中にあるのだろう。
尾が揺れ、耳が震える、その一瞬。鼻に抜けた辛味の彼方に、ひとつの誓いが聞こえる。
「次は、走る前に泣かないように──」
それは、ウマ娘が走り続ける理由のひとつかもしれない。
―――
ヤエノバフィブンは、まだ冬を感じる夏、いや春の空の下で重たくまぶたを落とした。
クラシック級。
それは、夢の檻であった。偉大なる名を継ぐ者として、彼女は走ることを望まれ、走ることしか許されなかった。
だが、2月の条件戦でようやく勝ち星をあげたその後、勝利は蜃気楼のように遠ざかった。オープン競走では、掲示板の端にかろうじて名前が残るだけ。それでもヤエノバフィブンは、決して涙を見せなかった。なぜなら「勝ちたい」と願う心は、いつしか「勝たねば」という鉄条網に変わっていたからだ。
「なぜ走るのか」と、彼女は幾度も己に問うた。返ってくるのは、耳鳴りのような沈黙ばかりだった。
京都新聞杯、13着。
敗北という言葉すら生ぬるい、惨敗だった。彼女は最後の直線で脚を止め、ゴールラインを見つめながら、ただ風に揺れていた。
「君は、何のために走ってる?」
レース後、田原トレーナーの問いは静かだった。だが、それは彼女の心を大きく揺るがした。
「勝利のため? 栄光のため? 誇り高き名のため?」
問いかけの先にあるものを探しながら、田原は続けた。
「平地だけがすべてじゃない。速さだけが走る理由じゃない。……フィンランドへ行ってみないか?」
唐突にも思えたその言葉。しかし彼の瞳は真剣だった。彼はかつて北欧の地で見た、別の『走り』の形を語った。律動と協調。孤独を越える蹄音。――それは、平地競走へ新たな視点を与えてくれると彼は信じていた。
ヴェイントレーニングセンター学園──フィンランドの北にある、冬の神々が住むかのような場所。
ウマ娘たちが走る音は、ここでは別のリズムを奏でていた。繋駕速歩競走(トロットレース)──速さではなく、律動と協調。静けさと忍耐の中に、力強い蹄音が響く。
ヤエノバフィブンは、当初この地に心を閉ざしていた。速く走る意味がないと感じたレースに、なぜ彼らは誇りを持てるのか。なぜ笑顔でいられるのか。
だが、ある授業で同じ班となった少女──リンネアとの出会いが、氷のような心に小さな割れ目を生んだ。
リンネアは、陽だまりのような存在だった。栗色の髪をなびかせ、雪原を軽やかに駆ける彼女は、勝ち負けに縛られない走りをしていた。
「あなたは、風の音を聞いたことがある?」
ある日、リンネアがそう尋ねた。
「風が、蹄の音に溶け込む瞬間があるの。それを感じるとね、ああ、私、生きてるなって思うのよ」
その言葉は、ヤエノバフィブンの胸に深く残った。
白夜が続くある日の午後、リンネアが言った。
「うちの村でね、お祭りがあるの。たいしたものじゃないけど、あなたに来てほしいの」
「私に?」
「うん。あなた、最近ちょっと、春の匂いがしてきたから」
その言葉に、ヤエノバフィブンは首をかしげた。 だが、心の奥で何かが、やわらかく溶けはじめていることに気づいていた。
勝たねばならないという呪いが、少しずつ霧散していく。 走る理由を、まだ言葉にはできないけれど──
白夜の空に、蹄音が溶ける。 それは遠い祖国でも、きっと聞こえるような、魂の音だった。
白は色ではない。白は、忘れられた声たちが眠る場所。涙がこぼれる前に凍ってしまう世界で、それでも誰かの手の温もりを信じたいと願う者がいた。
走る。それは逃げることではない。走るとは、痛みとともに生きる術。鼓動は祈りとなり、雪を打ち、風に溶けてゆく。それを「孤独」と呼ぶのは簡単だった。でももし、それが誰かの鼓動と重なり合ったなら──。
物語は、遠い白の国で始まる。いや、正確に言えば、終わりかけていた少女が、もう一度始めようとしたその時から始まる。
飛行機の窓から見下ろした世界は、空でも地でもなかった。「無」だった。それは雪。音を吸い、色を消し、感情までも凍らせてしまうほどの白。
ヤエノバフィブンはその白の中に降り立った。冷たさが頬を斬る。だが、その痛みがどこか心地よい。コートの襟を立て、鼻から息を吸い込む。それは山葵のような刺激だったが、もっと深い、「敗北の記憶」に似ていた。
「……寒いって、痛いものだったんだね」
出迎えたのは、リンネア・カラヤルヴィ。彼女は数言話しかけた後、車へと歩き出す。ヤエノはその背中を見つめながら、この旅が「始まり」ではなく、「終わり」に触れるためのものだと直感していた。
静けさの国、沈黙のサウナ。学園の寮では、薪の香りが漂っていた。時間が、雪の中で眠っているようだった。
「フィンランドではね、沈黙は礼儀なの」
そんなことを、ある日リンネアがぽつりと口にした。言葉がない日々の中で、ヤエノはサウナへと誘われる。
湖畔に佇む丸太小屋。丸太と石、火と水。サウナの熱は皮膚を焼くだけでなく、心の奥に閉じ込めた何かをも浮かび上がらせた。
裸で座るふたり。熱と汗が全てを削いでいく。やがて冷たい湖水が、焼けた心をそっと包み込む。
「……泣きたかったんだ、きっとずっと前から」
「言葉って、時々、すべてを隠してしまうから。体で泣くと、本当のことが出てくるの」
ヤエノは思い出す。敗れて倒れた日の方が、勝利の歓声よりもずっと心に残っていた。誰かの手の温もりが、痛みを優しく肯定してくれたあの日。走るとは、感情を棄てることではない。痛みと共に、なお歩もうとする意志なのだ。
夏祭りの夜。雪明かりの中で行われる「辛味酒コンテスト」に、リンネアが誘う。
ヤエノは持参した山葵を使い、日本式の辛味酒を即興で仕込むことにした。こんなところで父の趣味が役立つ日が来るとは、思いもよらなかった。
真剣な気持ちから無言で進む作業の中、ふたりの呼吸だけがかすかに交わる。言葉よりも深く、酒に込められた過去や孤独が、香りとなって立ち上る。
「……この辛さ、なんだか泣ける」
誰にも言えなかった悔しさ。夢が遠のいたあの朝。それらが、アルコールと辛味のなかでゆっくりとほどけていく。ふたりの手が触れ合うたび、沈黙のなかにある確かな連帯感が、温かく満ちていった。
酒は村の人々に好評だった。
「涙が出るのに、あとから不思議とあたたかくなる」
誰かがそう言ったとき、リンネアが静かに笑った。その笑顔を見て、ヤエノはそっとつぶやいた。
「走ることも、そんな風になれたらいいのに」
夜、氷湖の上。ふたりはただ走る。蹄の音だけが、雪を打ち、風に溶けていく。
走るとは、過去を振り切るためではない。それは、痛みを超えてなお誰かと共に在ろうとする祈り。
サウナで流れた涙は、今、氷点下の雪の上に「熱」として刻まれていた。
ヤエノは初めて、本当の気持ちに気づく。
「わたしが走りたかったのは、速さのためじゃなかった」
「ただ、『ありがとう』と言いたい人の隣で、心を裸にして、前に進みたかったんだ」
氷点下の夜。ふたりの白い息が交わる。
雪を蹴る音は、やがて風と同化し、空へと溶けていった。その音はもう、「孤独」ではなかった。
ヤエノバフィブンは走る。 雪の残る草原の上を、光のなか、風の中を。
勝利は彼女にとって、もはやただの終着点ではない。 走ること、そのものが、彼女の心に命を与えると知ったからだ。
遠くフィンランドの白夜の下で生まれた、静かな目覚め── それは彼女が再び祖国のターフに立ったとき、確かな力となるだろう。
そしてそのとき、彼女はこう言うかもしれない。
「私は、風の音を聞いた。だから、また走れる」